防御寄りな個性の少年の話   作:リリィ・ロストマン

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 大河のトラウマの話です
 誇張しようと書き足していたら、やたらグロテスクなシーンが出来上がってしまいました 苦手な方はご注意ください
 


入学前面談とトラウマ

 

 

 事の発端は昨日来た電話だった。

 

 「面談・・・ですか?」

 

 『そうだ。君はヒーロー科と普通科の両方を受験しているな?』

 

 「はい」

 

 『その件で、こちらで不都合があってな。申し訳ないが雄英まで来てほしい』

 

 「電話では話せない内容なんですね?」

 

 『察しがよくて助かる。明日は空いてるか?』

 

 「予定とかは特にないです」

 

 『わかった。では明日の午前8時に門まで来てくれ。迎えの者を出しておく。急ですまないがよろしく頼む』

 

 「分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、俺は雄英高校の門の前にいる。少し早く来すぎたためか、迎えの人はいなかった。

 ほどなくして、実技試験で俺がいた会場の担当だった試験官が歩いてくる。

 

 「また会ったな、元気だったか?」

 

 「おはようございます。えっと・・・」

 

 「おっと自己紹介がまだだったか、俺はプレゼント・マイク。よろしくな!」

 

 「よろしくお願いします」

 

 「おう。んじゃ早速案内するぜ!」

 

 マイク先生から特別許可証を受け取り中に入る。

 雄英は、部外者の侵入を防ぐ為、許可の無い者が入ろうとすると自動で門を閉めるシステムがある。誰が言い出したのか、巷では『雄英バリアー』と呼ばれている。

 

 

 

 

 「ちなみに俺は出迎えだけだ」

 

 校長室へ案内されている途中、俺はマイク先生と会話をしながら歩いていた。

 

 「そうなんですか?」

 

 「あぁ。今回の面談は内容が特殊だからな。俺は不適任だからってことで外された」

 

 「特殊・・・ですか?」

 

 なんだ?ダブル受験のことでって聞いたけど、別にそれ自体は悪いことじゃない。人使もやってるしな。

 なら試験中のことか?筆記は不正とかはしてないし、実技にしたって途中から救助に切り替えたとはいえ、それも悪いことじゃないはずだ。

 

 「ま、詳しいことは中にいる2人に聞いてくれや」

 

 いつの間にか校長室の前に着き、マイク先生は俺を置いて行ってしまった。あの、せめて入るまでは一緒にいてほしかったんですけど・・・。

 1人になってしまった俺は、深呼吸を1つ挟み、説教ではないことを祈りつつドアを開けた。

 

 

 

 「失礼します」

 

 「やぁ、待っていたよ。わざわざすまないね」

 

 校長室に入って最初に目にしたのは、おそらく校長用であろう豪華な椅子に座るネズミだった。

 

 (ネズミ・・・!?てか今喋った・・・!?)

 

 その場で硬直。理解が追いつかない。

 

 「あっはは!予想通りの反応だね!とりあえず、落ち着いたらそこに掛けてね!」

 

 そういう反応をされることに慣れているのだろう。そのネズミは、穏やかな口調で俺にそう促した。

 

 (やっぱり喋ってる!?個性なのか!?ていうかあそこに座ってるってことは校長なのか!?)

 

 想定外過ぎて思考がまとまらない。知らない人との個人面談でやたら緊張していたのもあって、俺の頭はパニック寸前だった。

 数秒後、どうにか体を動かすに至った俺は、開けっ放しだったドアを閉め、動揺を隠せないままとりあえず席に着いた。

 

 「まずは自己紹介からだね。僕はこの雄英高校で校長を任されている根津という者だ。見てのとおり、ネズミさ!」

 

 校長だった。人語を話すネズミ。やはり理解が追いつかない。

 

 「僕の個性は『ハイスペック』。人間以上の知能が発現するという、世界的にも珍しい種類の個性だ。僕が人間の言葉を話せるのは、この個性のお陰なのさ!」

 

 そして個性。俄には信じがたいが、目の前でこうして喋っている以上受け入れるしかない。

 抱いていた疑問が解消されたことで、少し落ち着きを取り戻せた。

 

 「そして僕の隣にいる彼が、僕が今回選んだもう1人の面接官さ!」

 

 「相澤消太だ。よろしく」

 

 校長の事にばかり気を取られて意識から外れていたが、その隣には確かに男の人がいる。どっかで見たような気がする。

 そうだ。試験後にマイク先生と麗日さんと3人で話してるときに、早く帰るようにって言ってきたあの人だ。声と名前から、電話の相手もこの人だろう。

 

 「よろしくお願いします。畑中大河です」

 

 呼び出された以上俺の名前は知っているはずだが、初対面で名乗らないのは失礼な気がするので名前を告げた。

 

 「さて、本題に入る前に言わなきゃいけないことが1つ。それは、君の試験の合否についてだ」

 

 待ってくれ。まだ動揺が収まりきってないんだ。いきなり合格発表とか心の準備が!

 言いたいことはあるのだが、話が進まなくなりそうな気配を察し、どうにか言葉を飲み込む。

 

 「発表しよう!君はヒーロー科と普通科どちらも合格だ!」

 

 (よっしゃあああ!受かったあああ!)

 

 小さくガッツポーズする。立ち上がって叫びたい所だが、さすがにこの状況じゃ恥ずかしいからやめとこう。

 ・・・ん?ちょっと待てよ?今何て言った?

 

 「あの、聞き間違いですかね?俺、ヒーロー科の方も合格したんですか?」

 

 「聞き間違いなんかじゃないよ。厳正なる審査の結果、君は両方の科の合格基準を満たした!それも、実技試験に関しては総合2位という誇るべき成績だ!」

 

 まじかよ。記念受験のつもりがガッツリ合格してんじゃねーか。

 

 「2位ってことは、救助での獲得ポイントの配分がそれだけ大きかったってことですか?」

 

 「救助ポイントは雄英教師陣による審査制!どれだけ人の心を動かしたかによってポイントが変わるんだ!ちなみに君が獲得したレスキューポイントは68点!この数字は、僕が知る過去の試験の中でも稀に見る高得点なのさ!」

 

 「特に君は、途中からヴィランポイントを捨ててまで救助を行っていた。その献身性がより多くの支持を得たというわけだ」

 

 (ロボを無視したのはそのレスキューポイントの存在に気付いたからなんだけどな)

 

 そこは雄英教師、それもちゃんと理解した上での採点だろう。

 

 「そしてここからが本題!君の第一志望は普通科だったね?」

 

 「はい。ヒーロー科は正直記念受験のつもりでした」

 

 正直に話す。校長の言い回しに、なにか引っ掛かるものがあった。こういうときは、包み隠さずさらけ出した方がいいと思っている。

 

 「でも君は優秀な成績を修めて合格している。僕としては、是非とも君にヒーローを目指してほしいと思っている。それでも、君は普通科を選ぶのかい?」

 

 なるほど。この人はおそらく俺がヒーローを目指していないことを知っている。なのにこの質問をしてくるってことは。

 俺は深呼吸を行い、家族と人使にしか話していない、心の底にある自分の本音を、さらけ出す。

 

 「意思は変わりません。俺は、『ヒーローになってはいけない人間』なんです」

 

 静寂。時が止まったかのように音が消えた空間。

 相澤先生は途中から声を発していない。真剣な眼差しで俺を見つめている。

 やがて、最初とは打って変わって神妙な面持ちになった校長が、この空間に切れ込みを入れるように静かに、その重い口を開いた。

 

 「それは、君があの時、全く動けなかったことと、関係があるのかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 その事件は、俺がまだ幼稚園に通っていた頃、父さんと出掛けている時に起きた。

 

 その日は午前中にプールで遊び、飲食店で昼食を食べていた。なんでもない日常の一幕。

 そしてそんな日常を非日常に変えるのは、いつだって敵である。

 

 「どいつもこいつも幸せそうなカオしやがってクソガァァァ!!」

 

 店に入るなり叫びだした男が、腕を刃物に変えて暴れだした。店内が、一瞬で悲鳴と怒号に包まれる。

 真っ先に動いたのは父さんだった。父さんはプロヒーローで、俺と同じ個性。店にいた人を逃がすために、たった1人で敵に立ち向かったのだ。

 敵は父さんの個性に面食らっていたが、途中で気付いたのだろう。隠し持っていた包丁のような武器を取り出して応戦していた。

 

 俺は逃げ遅れていた。何が起きているか分からなかった。立ち尽くしたまま、武器を振り回す敵と対峙する父さんを見ていた。

 

 「・・・っ!大河!早く逃げろ!!」

 

 父さんが叫ぶのと、敵が不吉な笑みを浮かべるのは同時だった。俺に標的を定めた敵。迫ってくる狂気に耐えることなどできず、俺はその場にへたりこんで目を閉じた。

 

   ドシュッ

 

 何かがなにかに刺さる音。でも不思議とどこも痛くない。何が起きたのか、俺は恐る恐る目を開けた。

 

 

 

 

 

 血を流して倒れている父と、恍惚の表情を浮かべている敵の姿。

 

 

 

 

 惨劇。さっきまで孤軍奮闘していた父さんが、敵にやられて倒れている。そして、恐怖と絶望で目を閉じることができなくなった俺の目の前で、惨劇がさらに加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 「ガキをかばったァ!!さすがはヒーロー様だぜェェ!!最っ高だァァ!!!!」

 

 ドチュッ ドチュッ ドチュッ

 

 

 

 

 

 

 

 敵が、父さんの体を滅多刺ししていた。刺さる度に噴き出す血飛沫と、声にならない声。まるでそれが最上の悦びであるかのような敵の表情。

 

 

 眼前で行われたそれは、紛れもない地獄の光景だった。

 

 

 父さんが物言わぬ骸と化したあとも、敵は叫びながら刺し続けていた。やがて、通報を受けて来たのだろうヒーロー達にあっけなく捕まり、警察に連れていかれた。

 

 

 

 その後警察に保護され母さんが連れて帰ったらしいが、俺は覚えていない。ただ脳裏に焼き付いた地獄の光景だけが、壊れたテープのように流れ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「しばらくの間は外に出ることができず、眠ることすらままならない状態でした」

 

 あの日脳裏に焼き付いた地獄の光景が、絶対的な死が、俺の心を縛り付けた。

 

 「夢の中でその光景を見て、叫びながら飛び起きて。起きてる時も、母さんが視界から外れるだけでフラッシュバックで発狂してました」

 

 2人は、黙って俺の話を聞いてくれた。

 

 「母さんは、24時間付きっきりで俺のそばにいてくれました。職場に連絡して、買い物とかも知り合いに任せてて」

 

 俺は、独白のように、語り続ける。

 

 「知らない人を見るのもダメでした。事情を聞いて夫婦で訪ねてきた人がいたんですけど、視界に入った瞬間に発狂してしまって。あの時の俺は、母さん以外のすべてを拒絶してました」

 

 「・・・それは、どのくらい続いたんだい?」

 

 ずっと俺の話を聞いてくれていた校長は、とても心配そうな面持ちだった。

 

 「1週間くらいで、とりあえず知らない人を見ても大丈夫になりました。母さんと離れても大丈夫になるまでには1ヶ月くらいかかりました。完全に1人でいられるようになったのは、2年以上経ってからです」

 

 「・・・立ち直れなくなっていても何らおかしくない。君は、どうやって立ち直ったんだ?」

 

 相澤先生は表情からは読み取れないが、ひどく優しい声色だった。

 

 「きっかけは、転びかけた友達の体を支えたときに、『ありがとう』って言われたことです。心が、スッと軽くなるのを感じました」

 

 不意に紡がれた感謝の言葉が、俺の暗く沈んでいた心を照らしてくれた。救われた。素直にそう思った。

 それから俺は、人助けを率先して行うようになった。感謝されるために、心を癒すために、その身を捧げた。

 

 「完全立ち直ったあとも、ずっと人助けは続けてました。自分のために利用したって負い目もあったんですけど・・・何よりも、人に感謝されるのが、嬉しかったんです」

 

 いつの間にか、人から貰うありがとうの言葉が、感謝の気持ちが、俺の生きる原動力になっていた。

 

 人助けを積極的に行うその姿勢から、俺はヒーローに向いてるとよく言われる。ただ俺の心には、ヒーローとしては致命的な欠陥があった。

 

 「工事中の建物の近くを歩いていた時でした。鉄骨が降ってきて、落下先に女の子がいて。もし当たったら命が危ないって思ったときに、あの光景がフラッシュバックして。幸い女の子は無事たったんですけど、俺はその時、1歩も動けなくて」

 

 父さんは俺を救けて命を落とした。その事実が俺の心に刻み込まれ、救けようとする心を飲み込む。

 

 「それから似たような事が何回かあって自覚したんです。俺は、『命の危険があって、それが自分に降りかかる状況になると動けなくなる』って」

 

 「・・・それが、君がヒーローを目指さない、いや、ヒーローになることを諦めた理由なんだね」

 

 「はい」

 

 俺の行動を見てる人達は、みんながみんないいヒーローになれると言ってくれている。

 でも、救けを求めてる人がいるのに、自分の命かわいさに見捨てるような奴は、ヒーローとは言えない。

 

 「畑中」

 

 不意に、相澤先生が語気を強めた声で俺を呼んだ。

 

 「お前は1つだけ勘違いをしている」

 

 「勘違い・・・ですか?」

 

 「お前は自分のことを『ヒーローになってはいけない人間だ』と言ったがそれは違う」

 

 「違うって、どういうことですか」

 

 たまらず語気を強める。ここまで話してなお自分の考えを否定されたことに苛立ちを覚えた。

 

 「お前は既に、ヒーローの根幹である、困っている人に手を差し伸べられる献身性を持っている」

 

 「けど!!」

 

 「だからこそ」

 

 遮ろうとした俺に構わず、相澤先生は話を続けた。

 

 「お前の心に根付くトラウマを克服できたとき、お前はヒーローになれる」

 

 トラウマの克服。確かに相澤先生はそう言った。

 俺が一生抱えたまま生きていくしかないと思っていたもの。この人は、それを克服した未来を見ている。

 

 「もちろん生半可な道じゃないだろう。最悪の場合一生つきまとうかもしれない。だが、お前がそれを乗り越えた時」

 

 一際視線を強くして、相澤先生が口にした言葉は。

 

 「お前は、本物のヒーローになれる」

 

 俺が望み、俺が諦めた未来を提示する言葉だった。

 

 本物のヒーロー。その言葉に込められた思いが流れ込んでくる。

 今のヒーローは敵退治ばかりに集中したり、金や名声が目当てだったり、本来のヒーロー像からかけ離れている人が多いのだ。

 

 「本物のヒーローっていうのは・・・そういう意味だと捉えていいんですか?」

 

 「察しが良くて助かる。これを言うのは2回目だな」

 

 俺の心境の変化に気付いたのか、相澤先生はそう言って微笑んでいた。

 

 「さて!畑中くんがいい顔になったところで話をまとめよう!ようこそ雄英高校ヒーロー科へ!!」

 

 「あ、いや、普通科でお願いします」

 

 ズルッと音が聞こえそうなほど2人の全身の力が抜けるのが見えた。

 

 「あれ?てっきりヒーロー科だと思ったのは僕だけかい?」

 

 「俺もそう思ってましたよ。畑中、どうしてだ?」

 

 ヒーローを目指さない訳じゃない。これは、俺なりのけじめだ。

 

 「実技試験の時の俺は、ヒーローになるつもりはありませんでした。そんな俺がヒーロー科に入るのは、ヒーロー目指して努力してきた他の受験者に失礼だと思ったからです」

 

 俺がヒーロー科に入れば、本来受かるはずだった人が落ちてしまう。だから。

 

 「俺は、普通科から編入を目指します!」

 

 2人は納得したように微笑み、立ち上がる。つられて俺も立ち上がった。

 

 「それじゃ、これで面談を終わりにするよ!相澤君、あとはよろしく!」

 

 「分かりました。畑中、迷わないように門まで送っていく。着いてこい」

 

 長かった面談が終わる。お礼と挨拶をして、相澤先生とともに校長室を後にした。

 

 

 

 

 門までの道のり、学校がでかすぎるせいでやたら長い距離を、先生と会話しながら歩く。

 

 「資料にはおちゃらけた性格と書いてあったんだが存外真面目なんだな」

 

 「あの状況でおちゃらけかます度胸はさすがにないです」

 

 誰だそんなこと資料に書いたのは。

 

 「あとは親しい友達に化け物扱いされてるらしいな」

 

 「その資料書いた人の名前教えてもらえません?」

 

 「分からん。自分で探せ」

 

 くそう。あとで担任に問い詰めてやろうか。

 

 「親友が隙あらば俺を化け物って呼ぶんです」

 

 「仲は良いんだろ?」

 

 「何言われても許せるくらいには」

 

 「そうか」

 

 門の外に出て特別許可証を返す。

 

 「今日は色々とありがとうございました」

 

 「呼び出したのはこっちだ、気にしなくていい」

 

 「いえいえ、新たな道も見せてもらえましたから」

 

 「教師だからな。生徒の事を教え導くことが、俺たちの役目だ」

 

 「本当に、ありがとうございました!」

 

 深くお辞儀をして先生と別れ、前は人使と2人だった帰り道を1人で辿る。

 

 (本物のヒーローになれる、か・・・)

 

 新たな道。それは、行き止まりだと思い込んでいた、どでかい岩で塞がれただけの道。

 

 (簡単な道のりじゃない・・・それでも!)

 

 

 

 新たな決意を胸に、少年はヒーローを志す。

 

 

 





 なんか書けば書くほど大河が緑谷に近づいてる気がする・・・なんでだ?
 原作キャラの口調は極力気を付けていますが、もしイメージと違ったらごめんなさい

 ちなみに相澤先生の大河の呼び方が『君→お前』に変わったのは、先生の認識が『客人→生徒の1人』に変わったからです(後付け)

 次はようやく入学!の前に、人使に電話する大河のシーンとか書きたい(笑)

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