筆が乗ると書きやすいなぁ…。
12. Master teacher(師匠の師匠)
Side:???
私が日本に戻ってから既に数年の時が経つ。
当時はヒーローの本場アメリカで経験を成し、頼れる相棒と別れを決めて、夢を達成するべく満を持して帰国したのだ。
帰国したその日にビル一棟丸々焼ける大災害に直面したりして、私の日本デビューは鮮烈な物となった。
一昨年、総キャリアも十年に満たないものの誰もが憧れるビルボードチャートNo. 1ヒーローに選出され、名実ともに私の夢であるヒーローの化身『平和の象徴』になれたと思う。
そんな私の毎日は朝のランニング兼パトロールから始まる。
朝早くは都市部では窃盗、強盗の類。
地方部では暴走やひき逃げなど車に関する事件が起こりやすいものだ。
誰かを呼ぶ声あれば、そこへ急行し、さっと片付ける。
笑いとともに現れ、笑いを残してその場を去る。
ヒーローとは時間との勝負。
然れどもファンサービスを怠ってはならない。
私のコースである一都三県を巡り終わり、六本木のメインに使用している事務所兼我が家へと戻る。
なお、ランニングは決めた時間で行うものだ。
「おはよう、オールマイト。本日も時間厳守で何よりだ。」
「おはよう、サー。今日はちょっぴり寝坊してしまってな。いつもより巻きで走ったが、いつも通りにこれて良かったよ。HAHAHAHA!!!」
ヒーローたるものスマイル上等。
いついかなる時も自らさえ騙して笑顔の仮面を貼り付けるのさ!
「なるほど、いつもよりも脈拍が高いのはそのせいですか。」
毎度思うが、サーの目の付け所が怖いんだよ。
何でぱっと見で脈が分かるんだい?
「それはそうとオールマイト。本日もまた緑の封筒が届いていましたよ」
既に開封済みのファンレターを私のデスクへと投げて寄越す。
やれやれ、何度も言うが手渡しで渡してくれてもいいじゃないか…。
「んん!熱烈なファンも歓迎だがね…こう何度も会いたいと言われてしまうとこちらの気がそがれてしまうね。」
鉛筆で書いたと思しきその手紙は幼げな筆圧と相反して教養の高さを伺わせる内容だ。
これは幼く扮した大人が子供なら相手してもらえると思って書いているのだろうと思っていたが、内容は『顔を合わせてお話ししたいことがあるのでお会いしたい』の一点張り。
空欄の目立つファンレターはいつも緑の封筒に包まれていた。
「差出人は緑谷出久…聞き覚えのない名前だ。」
「一度、サインでも送って会う気は無いとハッキリ伝えてやればいいんじゃ無いですか?ここまでしつこいとこちらが見なくなる可能性だってあるはずなのに…既に1日1通、15通目ですよ?」
「逆にここまで話したいことが何なのか気になるけれどね。とりあえず、いつものように保留にしておこうか。」
「はい。それでは、先日神奈川県警から委託された件の裏取りの話からですが…」
<デンワガ…キタァー!デンワガ…キタァー!
「すまない、先に出ていいかな?」
「構いません。今日は時間がある方ですから」
「もしもし、オールマイトですが」
『おお、俊典。連絡も寄越さんと随分ぶりじゃな!』
「そ、そのお声は先生ですか!?ご無沙汰しております!!」
『ぅ、全く…昔から声のデカいやつじゃな…』
「も、申し訳ございません…。音信不通の非礼も重ね重ね…」
『良い良い。便りがないのは元気の印と言うが、お前さんの場合テレビを付ければ嫌でも知れるからの。最近も手を抜かず頑張っているようで感心だ』
「ご存知いただけて恐縮です。…それで、先生のご用件は何でしょうか…?」
『おお、それなんだがな…』
『お前に客が来とるんだ。今日明日で都合付けて来れないか?』
は?
先生から言われた言葉の意味を図りかねて私は敵前では晒すことのない硬直に見舞われたのだった。
Side out
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「今、俊典…オールマイトに連絡してやった。一応、今日これからなら都合がつくらしい。すぐに向かうと。」
「急な訪問の上、ご丁寧に対応していただきありがとうございます、グラントリノ」
僕とお茶子さん、そして母さんの三人は甲府にあるグラントリノの事務所にお邪魔している。
麗日邸で2日過ごした後に僕の家へと帰り、ここ何日かは遊びという名のデートやかっちゃんたちを交えたトレーニングをしたりして過ごしていた。
爆豪ヒーロー事務所VSデク・ウラビティコンビで行った模擬試合の数はここ数日だけで五十を超えた。
既に数えるのが億劫だが、当たり前なことに未だ黒星無し。
幼いかっちゃんを合法的にイジれるとお茶子さんがガンヘッド仕込みの無重力柔術で反抗するたびにコテンパンにしていたり、僕は僕でデラウェアスマッシュ(1%)でいなしているのでかっちゃんの競争心がうなぎ登りの様相だ。
この折れない心は、昔かっちゃんから教わったんだよなぁと懐かしくなるものの、同時に子供相手に何をしているんだ、と虚しさと切なさを覚える。
そんな日々を過ごしつつ、オールマイトにコンタクトを取ろうと共通の緑の封筒を使って連絡していたが、応答を得ることかなわず、母さんにお願いしてグラントリノの事務所へとやってきた。
まさか固定電話が無いとは思わず、ノーアポの突撃訪問になってしまったのは、申し訳ないの一言だ。
そして、扉を開けた開口一番に懐かしのセリフを聞けると思わずちょっと涙が出そうになったのは内緒だ。
「それで、緑谷出久。お前さんの先ほどの与太話を信じるとして、お前さんはどの程度扱えるんだ?」
現在、母には席を外してもらっている。
この場にいるのは、僕とお茶子さんとヒーロースーツを着ていないグラントリノの三人だけだ。
応接テーブルの上で湯気を上げるお茶を手に取って啜りながら、僕が差し入れたたい焼きを口にしつつグラントリノは続ける。
「お前さんらが未来から戻ってきたって話を信じるなら、俊典の後継ってことも分からなくはない。だが、戻ってきて早々に俊典にコンタクトを取って伝えたいことと言うのがイマイチピンと来ない」
「宿敵との決戦についてとその手伝いをさせていただきたいと思っております」
ブフゥッッ!?!?
グラントリノが飲み込み損ねたお茶が僕の顔面目掛けて吹き放たれた。
「何をバカなことを言ってる!?ガキにそんなことをさせられると思っているのか!?」
「見た目はガキでも中身はプロです。その為に先手を取るべくオールマイトに、そしてあなたにコンタクトを取ったんです」
「話にならん。帰れ。俊典にもキャンセルしといてやる」
「グラントリノ」
話を中断して、電話へと向かうグラントリノの背中に僕は出来得る限りの低い声で呼び止める。
「一手、お相手願えませんか?どれほど扱えているか、お分かりになると思いますよ?」
僕はその場で立ち上がり、両手を軽く握り構える。
隣のお茶子さんはお茶を啜ってこちらを覗いていた。
「なるほど、どいつに仕込まれたかは知らんが、合理的だ。部屋の損害は気にせんでいい。全力で打ってこい」
パゥっ!
小さな破裂音とともにグラントリノの姿が搔き消える。
否、搔き消えるような速度で動き出したのだ。
壁を天井を時には空中さえも足場として、高速で跳ね回る、師匠の師。
職場体験の時も早いと思っていたが、今の方がまた更に早い。
だが、追えなくはない。
おもむろに出した右手で空を握る。
そこには滑り込んできたグラントリノの細い足首があった。
勢いのまま体を回転させ、回転軸を九十度回す。
そうすることでグラントリノは受け身も取れず、飛び込んだ勢いのまま、地面へと叩きつけられることとなる。
「先生!今の音は何の音ですか!?」
…そこに筋骨隆々の黄色地の鮮やかなスーツの紳士が現れたことで現場の状況は悪化する。
筋骨隆々のスーツな紳士…一体誰なんだ…(すっとぼけ)