………て………
……………く…
遠くから声が聞こえた気がした。
真っ暗闇。
僕は確か死柄木との戦いで重傷を受け、出血多量で死んでもおかしくない状況だったはずだ。
飯田君が間に合ったのかなぁ…?
だとしたら早いうちにお礼を言わなきゃ、だね。
重傷と疲労によってから瞼を開けるのも気怠く、億劫に感じるが、呼ばれているのならば起きなくては、と奮起するも睡眠の心地良さに抗いきれない。
……おき……ず…
今度は身体を揺さ振られる感覚。
重傷者を揺さぶるとは何たる愚行か。
早く目を開けて一言言って聞かせなくては。
億劫を押し退けてゆっくりと瞼を持ち上げて光を取り込む。
「やっと起きた出久。全く、お寝坊さんね?」
「かあ…さん?」
視界に入ってきたのは若かりし頃の母さんだった。
いや、おかしい、あり得ない。
だって母さんは二年前に死柄木たちに捕らえられ、首だけを送り返された筈だ。
それにいくらなんでも若過ぎる。
「今日の【個性】診断が楽しみで夜更かしでもしてたのー?それで寝坊してちゃ本末転倒よー?」
【個性】診断!?
全国で行われる【個性】の有無を確認するあの検査?
つまりは…今日は二十年前のあの日…なのか…?
「母さん、今日って何月何日?」
「…?おかしな子ね?今日は9月2日でしょ?」
「…何年?」
「2x19年でしょ?」
僕の記憶が確かなら今日は2x39年の9月2日だ。
と言うことは…
「…戻った…?」
早く着替えてご飯食べる準備しなさいねー、と言葉を残して部屋から出て行く母さん。
その言葉が耳を通り過ぎて反対から抜けて行くようだった。
ぐるりと周囲を見渡すと母さんに誕生日にもらったオールマイトの1/10スケールフィギュアがサイドチェストの上に鎮座していた。
その他にフィギュアやポスターが所狭しと置いてあった筈だが、そんなもの影も形もない。
視線を下ろしてみれば、傷ひとつない小さな右手。
布団を捲れば、失ったはずの左足首が小さくなったものの付いていた。
あまりの事態に理解が追いつかない。
僕とお茶子さんは命を落としたと思ったら、20年前に戻ってきた。
事態はあまりにシンプルだが、シンプルな為に受け止められない。
布団を吹き飛ばし、リビングに走るとテレビのリモコンを引ったくりテレビを付けた。
どのチャンネルも以前行っていた番組ばかりだ。
どれもこれも既に終了した番組ばかりでこんな事を仕込むことなんてきっと出来ない…。
「20年の時間を巻き戻った」としか思えない。
夢や幻ではないかと疑い、右手で頬をつまみ上げグイグイ引っ張っても確かな痛みを残すのみに終わった。
「出久!早く着替えてきなさい!ご飯も早く食べてちょうだい!」
「は、はい!」
起きて部屋から出てきたと思えば寝間着のままだった僕を見てキッチンから怒声を飛ばす母さん。
出掛ける用事も有るし、急いで準備することにする。
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「出久にもきっとすぐに【個性】が出るわよ。何たって私と久さんの子供ですもの」
右手を母さんに引かれながら過去に【個性】診断を受けた病院へと進んで行く。
『ヒーローになるのは諦めた方がいい』と伝えられたあの病院だ。
【個性】を持つ人間が人口の八割。
残りの二割の【無個性】で有ると、烙印を押されたその日その場所であった。
どうやら二十年前に巻き戻ったらしい。
しかし、巻き戻ったらしいのだが、どうやら違うらしかった。
しゃけの塩焼きと漬け物、味噌汁とご飯と言う和の朝食を食べながら母の目を盗んで【個性】を使おうと右人差し指に力を入れた。
僕の【個性】は力を発現させると緑色のスパークが走る。
その現象が間違いなく起こったのだった。
どうやらワン・フォー・オールは持ったまま過去に戻ってきているらしい。
なんで?どうして?何が原因?
脳裏に浮かぶ疑問は尽きない。
なんで僕だけ?
こう疑問が浮かんだ時、本当に僕だけか?と連鎖的に浮かび上がった。
もしかしたらお茶子さんも戻ってきてるかもしれない!
そう思うと確認したくてたまらなかったが、今は母さんの目もあるし、難しい。
どうにか公衆電話で電話する術を考えなくては…。
「母さん、お願いがあるんだけど…」
「どうしたの出久?いつもなら『お母さん』って言うのに今日は朝から『母さん』って呼んで?あ、もしかして今日から大人の仲間入りだからって背伸びしてるのかなー?」
いつの頃から呼び方を変えたから今にしては思い出せないが、確かに幼い頃は『お母さん』と呼んでいた。
些事であった為、慣れた呼び方をしていたのは失念だった。
「そ、そんなことより、お願いがあるんだけど、診断が終わったら電話したいんだ!二百円くらいちょうだい!」
出来るだけ幼い口調を心掛けながら、考えた作戦の通りのおねだりをしてみる。
「公衆電話の使い方覚えてる?テレフォンカードの方がいいかしら」
「どっちでも大丈夫!けど、テレフォンカードの方が楽でいいかもしれない」
「それじゃあ、このカードあげるわ?しっかりオールマイトのお財布に入れておくのよ」
背負わされたリュックサックの中に入っていたオールマイトを模したポシェットのような財布にしまってくれた。
これでいつでも電話は出来る。
あとは隙を見て公衆電話で連絡するだけ…。
僕はいくつかの電話番号を諳で覚えていた。
自宅、実家、自分の携帯、相棒の携帯、そして彼女の携帯と実家だ。
戦闘の影響で何度携帯電話を壊したか分からないが、その為にその数件に関しては必要に駆られて覚えたのだった。
【総合カウンター】と書かれた表札が見える。
母さんが受付をしに、そちらに向かう途中病院の見取り図を横目で確認した。
公衆電話はトイレの少し奥だ。
「出久、少ししたら骨の写真を撮るからしばらくここで待ってましょうね」
「うん」
トイレに行きたいと言えば行かせてもらえるだろうが、ここは我慢だ。
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「結論から言うと、諦めた方がいいね」
その台詞は昔に聞いたものと一言一句変わらなかった。
「この足のレントゲンを見れば分かるのだが、小指の末端の骨は非常に小さく、使われることのほとんどない関節がある。故にこの関節が退化し、関節が一つしかない者が進化した人類という事になる。彼の関節が二つあるのは隔世遺伝だろうが、このタイプに【個性】が発現した例は滅多にない。だから、【個性】が芽生えることは諦めた方が賢明だよ。」
母さんが隣で口元に手を当て、ワナワナ震えているのが横目で見えた。
きっと僕がショックを受けていると思っているのだろう。
「そうなんですか。分かりました」
なので、アッサリと飲み込んだテイを取る。
左から驚愕の雰囲気が伝わってくるが、それに取り合わず、すぐに立ち上がり部屋から退室する。
「失礼しました」
母さんを待たずに先に出た。
「ありがとうございます」
そう言いつつ遅れて母さんも退出。
何と声をかければ良いか迷っているようだ。
「母さん、僕トイレ行ってくるね。ついでに電話もしてくるからさっきいたところで待ってて」
その場から歩き出し、後ろを見ながら軽く手を振って僕はトイレに向かった。
止めようか迷い、宙空を彷徨う母さんの右手を目にしながらも前を向いて歩き続けた。
角を曲がり、トイレに着くも通り過ぎ、目的の公衆電話へ。
逸る気持ちを抑えながら前後の通路の人の有無を確認。
気配を探るも誰もいないことを確認して受話器に手をかけた。
口で諳んじながらプッシュキーを押すこと十桁分。
呼び出しコールが鳴り出し、4回目。
繋がった。
『もしもし、麗日です』
お茶子さんのお母さんの声だ。
「もしもし、僕緑谷って言います。お茶子さんいらっしゃいますか?」
出来る限り子供らしく、かつ出来るだけ丁寧に。
『緑谷くん?お茶子のお友達かしら?』
「デクと言えば分かってくれると思います。代わってもらえますか?」
ちょっと待ってね、と軽く前置きの後に保留音。
数秒間が長く感じる。
どちらに転ぶか、どちらに転んで欲しいのか。
この時代に戻ってきたのは僕だけなのか…それとも…。
ガチャッ
保留音が途切れ、再び通話状態になった。
ゴクリ、と無意識に唾を飲み込んでいた。
「デクくんッ!?!?」
記憶よりも幾分か高い声音。
されど聞き間違うはずもない愛する人の声。
自然と涙が溢れてきたのを歪む視界で気付いた。