Side:Dark
「お呼びでしょうか」
ディスプレイの画面の明滅のみが照らす部屋の内に滲み出る霧が人の姿を成す。
元々部屋にいたのは二人。
メガネの老翁と灰色髪の壮年、と言った風貌の男。
各所の監視カメラをハッキングしており、数多ある画面があちらこちらの風景を映し出していた。
それは街中だけに限らず、山や海、林をも映していた。
それらに共通していたのは、いずれも一般的に人相が悪いとされる男女が映っていることだ。
「ご苦労。急に来てもらって悪かったね」
「いえ、私の個性に掛かれば時間も場所も関係ありませんので」
「そうは言ってもご足労頂いたんだ。素直に
「もったいないお言葉です」
やれやれ、と言葉を溢す灰色髪の男。
身を包む漆黒のスーツはややゆったりとしながらもカッチリと着こなしており、体格もあって少し窮屈に見える。
「ドクター、画面に出してくれ」
そう言われた老翁は応答を返さず行動で示す。
シワが刻まれた小さな手を動かし、数秒の内に幾枚かの顔写真が表示された。
「この方々は?」
「まだ"こちら側"に来ていない同志達だ。彼らはどうやらヒーローに監視されている様でね。僕としては窮屈な思いをしているだろうから、こちら側に招待したいと考えていてね。こちら側に来ないとしても彼らの"個性"は有用だ。ドクターが今進めている研究に活用させていただくつもりなんだ」
「つまり、彼らの勧誘あるいは誘拐をして来いと言うことでしょうか?」
「誘拐とは乱暴だね。"招待"してきて欲しいのさ」
結局は誘拐ではないか。
口から出掛かる言葉を飲み込み、了承の意を返す霧を纏う男。
「"こちら側"に来るべきなのに牙を折られた者たちもいる様だが、それは捨て置こう。幾らか惜しい"個性"の者も居るがね。この資料を持って行きたまえ」
分厚い紙束を差し出す灰色髪の男。
恭しく両手で受け取り、それが幾度も捲られ読み込まれた物だと理解した。
「この資料は…?」
「"カラス"から届いた情報だ。こちらで精査し、場所も抑えてある。今画面に映っている彼らを例の施設へ招待してくれ。僕の教え子の為に幾らかの戦力があった方がいいからそれには赤い印を。個性が欲しいものには青い印をつけておいた。監視が付いているからね。出来るだけ素早く招待してくれ」
「畏まりました」
恭しく、執事の様な所作で一礼すると踵を返す。
突如として現れた黒い霧の穴に一歩踏み出し、音もなく姿を消した。
「ホッホ、コレでワシの研究がまた一歩進むわい。先生も届いた暁にはお手伝い願いますぞ」
「こちらこそ、ドクター。出来れば裏切らない様な"作品"を頼むよ」
そうして二人は声を出して笑い合う。
暗闇に溶け込む姿は言葉にして表すならば、魔王とマッドサイエンティストという言葉が当て嵌まるだろう。
「しかし、未来を見通す"個性"か…。コレが何者か分かれば、先生の安全がより一層高まると言うのに…」
「それを探らせるのは、カラスにとっても危険過ぎる。彼と言う情報源が無くなるのは痛手なのだよ」
そう言いながら灰色髪の男は山と海を映し出したディスプレイに目を向けて、ニヤリと笑む。
「子供というのは、なかなかどうして可愛いものだ」
その映像には数人の子供が映し出されていた。
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『消えた推定ヴィランは以上12名だ』
電話口から聞こえる声には疲れが滲み出していた。
居なくなったのは、いずれも監視していた凶悪な犯罪を犯す犯罪者予備軍たちだった。
もしかしたら、未だに見つかっていない者たちもこちらが見つける前に連れ去られてしまうかもしれない。
「以前、資料作成の際にあえて作ったダミーが紛れていますね…」
分厚い資料に紛れ込ませた誤情報。
凶悪犯罪者になると嘘を書いたメディアに殆ど露出していないヒーローを十人ほど選抜し、彼らにヒーロー活動を自粛してもらっていたのだ。
『作戦のためにとは言え、約四ヶ月もの時間を掛けてヴィラン側に馴染んでもらった彼らには悪いが、やはり内通者がいたようだな』
「ええ、まだ他にも内通者がいる恐れが有りますので、この情報は数人の内に留めてください。
『ああ、問題はない。出来るだけ早く対処しなくては
「ええ。ベストジーニスト…彼のサイドキックって事になりますね」
『ベストジーニストが連れてきた彼が一番怪しいな。本日中に接触し、出来れば捕らえたいところだ』
「彼の処分に関してはことが済み次第が良いでしょうね…。ともかく、ベストジーニストに連絡して捕縛していただきましょう」
『そのつもりだ。また連絡する』
そういうや否や通話が切れた。
しばし、下ろした画面を覗いていたが、かぶりを振ってからカバンへと戻す。
そうしてから二人に目を向ければ、注意した甲斐があったか、緩やかに打ち込み稽古を行っていた。
お茶子さんは涼しげな顔で行っているが、相対する切島くんは汗を全身から吹き出していた。
慣れない動きと緊張、頼りない足元が相まってこちらが思うよりも疲労しているようだ。
時間にして言えば、まだ3分ほど。
全力で動いていればインターバルを挟むところだが、この打ち込み稽古では凡そ5分と決めている。
今が辛くともその分スタミナが付くと考えれば、心を鬼にして接する他ない。
「ほら!腕が下がって来てるよ!顔面殴られたいの!?」
「お、押忍!!」
「受ける瞬間に個性を使うって言ってないよね!?ガードを上げながら個性を使うの!!上げ終わってから使ってちゃ、硬化する前に撃ち抜かれるよ!?」
「押忍!!」
「片腕の力だけで受けない!!必ず、両腕で受けるか、三点防御!!」
「押ぉ忍ッッ!!」
彼女の教えは的確ではあるが、どうしてかいつもの温厚な性格から変わってしまっている。
前はこんなことなかったはずなのだが、いつからだろうか…?
「ああ…かっちゃんたちに挑まれ出してからか…」
今世の僕ら二人の幼馴染であるかっちゃんは良くも悪くも僕らに影響を及ぼしているようだ。
お茶子さんへの影響は『お姉さん化』と『鬼軍曹化』かなぁ…きっと、自覚はないだろうけど…。
「よし、5分!終了!」
「ありあとしたー!!」
そう言いながら砂浜に背中から倒れ込む切島くん。
大して息は上がっていないが、全身が乳酸を分解したくて酸素を求めるはずだ。
「えいちゃん、訓練の後はすぐ横になっちゃダメだって!ほら、ダッシュ一本!!」
そうだった!と心は逸っているようだが、体が付いて行かずヨロヨロと立ち上がる。
そのまま、疲れた体を圧して壁としている冷蔵庫まで走り、今寝転がっていたところまで戻って来た。
「ああー!!疲れたぁー!!」
「お疲れ、えいちゃん。今日はお終いね」
「おお、デクも麗日もありがとな。自分が強くなってるかまだ実感無いけど、少しずつ体力が付いてるのは分かるわ」
「初日は最後のダッシュ出来なかったもんね」
ニヤリと笑うお茶子さん。
『意地悪な面』もかっちゃんの悪影響なのかなぁ?
「そいつを言わないでくれよ…」
元気印の切島くんが目に見えて萎れる。
幼い頃は高校時代ほど心も頑強ってわけじゃなかったんだね。
「でも、個性の部分オンオフも出来るようになったし、最後のダッシュも頑張れた。確実に強くなってるよ、えいちゃん!」
「せやね。昨日の自分に勝てたらそれだけ強くなってるってことだよ!」
そう言うと一瞬ポカンとするものの、直後にニカッと笑い、ありがとな!と返してくれた。
人好きする笑みだ。
彼の人気の一端であったその笑みは、記憶のものと変わらず一致した。