緑谷夫妻のやり直し   作:伊乃

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3. Confirmation, Reunion, Partner(確認、再会、相棒)

『デクくんッ!?!?』

 

耳元に届く心地よい声。

聞き慣れた少し訛ったイントネーション。

 

「お茶子さん、君も昨日の記憶があるんだね?」

 

『うん!うん!』

 

お互いが涙声である事はバレているだろう。

無事と言えばいいのか、過去の世界に一人で来てしまった訳ではなかったと言えばいいのか考えがまとまらない。

 

「お茶子さん、メモできる?ウチの電話番号教えるから。今は病院の公衆電話からかけてる。現状を伝えると今日は二十年前の9月2日みたい。」

 

『うん、それはこっちでも把握しとる。しかも、個性の成長は変わってないみたい。』

 

「それはまだ確認出来てなかった。僕の方は検査では無個性って診断されたけど、ワン・フォー・オールがある事は確認した。」

 

『ホントに!?制御の方は大丈夫なの?』

 

「まだフルカウルは試してないけど、部分制御は出来た。20%まで流したところで辞めたんだ。【黒鞭】とか【操作】は折を見て確認するつもり。」

 

『無茶しちゃあかんよ。それだけは約束して』

 

「エリちゃんも居ないし、リカバリーガールとの伝手も無い内に無理はできないなぁ…」

 

と言うかする勇気もない。

互いに分かっていることを共有しあい、話が進む。

進むにつれて話題は脱線するも会話は途切れなかった。

が、ふとした瞬間互いの思いが小さく爆発した。

 

『「…会いたい…」』

 

全く同じタイミング。

正しく以心伝心。

異口同音、の言葉を成した。

回線による遅れを考慮しても100%合致のシンクロ具合である。

 

その後、どちらからかの我慢の限界を示唆する破裂音の後、お互いに笑い声が上がった。

 

数十秒間笑い続けた二人は、どちらの顔も見えていないのに、きっと涙でぐしゃぐしゃにした、いびつな笑顔になっているだろう、とアタリを付け、正しくそれで当たっていた。

 

頬を伝う涙をオールマイトプリントのTシャツの肩口で適当に拭うと自然な笑みへと変わる。

 

「お茶子さん、それはまた後で詰めよう。とりあえず、家からまた掛けるから。また後でね。」

 

『分かった、待ってるね?』

 

顔の横で開いた手のひらを小さく振る姿を幻視し、受話器を耳から離す。

ふと、思い立ち再び耳に当てると

 

「お茶子さん?」

 

『ん?なーに?』

 

「愛してる」

 

『ん。ウチも愛しとーよ』

 

自然と口に出た言葉は相手に渡り、帰ってきた言葉に自然と口が綻ぶ。

 

「またね」

 

『バイバイ』

 

ガチャン。

 

虚しさを象徴する音ともに通話が終了した。

 

だが、大きく状況が変わった。

僕は一人じゃなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ただいま、母さん。」

 

「お帰り。誰に電話してたの?」

 

待合室に向かうとソファに腰を下ろした母さんが迎えてくれた。

迎え入れの言葉の後に続くのは、当然の疑問だった。

 

「それに関してなんだけど、後で聞いて欲しいことがあるんだ。家に帰ったら話すから」

 

「そーなの?どんなお話?」

 

「色々だよ。【個性】の事とか未来の事とか」

 

一瞬、母さんの顔に影が差すもすぐに取り繕い、「何なのかしら、気になるわ」と何でもない風を装っていた。

 

その後、母さんは小さくよいしょ、と声に出しながら自然に僕の手を取り、そのまま外へと向かう。

 

「どこかで買い物してお家でお昼食べる?それとも外食にする?」

 

「家で良いよ、母さん。母さんのカツ丼が食べたいな」

 

よーし、腕によりを掛けて作っちゃうわよー!と右腕に力こぶを作るようにする母さん。

 

ああ、幼い頃はこんな感じだったな、と眩しいものを見るかのように目を細めてしまった。

 

「あ、いずくー!」

 

記憶の彼方の声。

彼にこう呼ばれるのは、ちょうど今くらいの時期までだったように思える。

 

「かっちゃん…?」

 

記憶のままの姿、呼び方、態度。

道の反対側、横断歩道の先に彼がいた。

 

おーい、と手を高く掲げ、パチパチと破裂音をその手から鳴らしている。

 

爆豪勝己、僕の幼馴染。

幼稚園で仲良くなり、以後高校卒業後のヒーロー活動で影に日向に支えてくれた相棒。

約十年間関係が拗れていたが、高校二年中頃に復旧。

以後八年もの間、良好な関係を築いていたものの、敵連合の手引きで脱獄したオール・フォー・ワンと相討ちとなる形でその命を落とした。

 

姿、声は幼くともそれらは2年振りに感じる爆豪勝己の存在だった。

 

自然と潤む視界を目頭ごと抑えつけ、大きく手を振り返す。

 

「かっちゃーん!」

 

横断歩道の信号が青に変わったことを確認し、左右の安全確認をしてから、駆け足でこちらに寄ってくる。

 

「こんにちは!いずくのおばさん!」

 

「こんにちは、勝己くん。一人なの?」

 

「そーだよ!母ちゃんには内緒なんだ!」

 

「光己さんが心配するわよ?ちゃんと出掛けるのなら言わないと。」

 

「へーきだよ!母ちゃん、ずぶといから!」

 

どこでそんな言葉を覚えてくるのかしら…と困り顔の母さん。

 

「かっちゃん、お昼もう食べた?」

 

二人の掛け合いが止まったところで僕も話題を振る。

 

「朝ごはん食べてすぐに出たからまだだぜ!」

 

「そっか。ねぇ母さん。かっちゃん家に呼んでも良い?」

 

「放っとくよりも家にいてもらった方が光己さんも安心でしょうね…勝己くん、ウチでご飯食べてきなさい?」

 

「ごちそうになります!」

 

「あら、礼儀がしっかり出来てるわね。」

 

今日は出久にカツ丼作ってっておねだりされたから、腕によりを掛けるわ!と先程と同じポーズを取りながら再度宣言。

 

その宣言にかっちゃんもわーい、と続く。

その二人の数歩後ろを続く僕は左目から溢れた一滴の涙の跡を拳で拭った。

 

ふと、示し合わせたかのように振り返る二人。

二人とも同じようなことを口にする。

 

曰く、置いてくぞ、と。

 

 

「待ってよー!」

 

慌てたそぶりを作って見せ、小さな歩幅で駆け出した。

 

僕が死んだはずの時代ではどちらも失ってしまった。

それを再び目にすることが出来て僕は二人に隠れてコッソリと涙した。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「出来たわよー」

 

調理完了を告げる母さんの声。

僕とかっちゃんはやっていたレーシングゲームを投げ出して、食卓へ走る。

 

「ほら、食べる前は手を洗いなさい。はい、洗面所までダッシュ!」

 

椅子を引こうとしていた僕とかっちゃんは母さんの柏手に反応して目標ルートを食卓から洗面所に変えた。

 

先に戻った方には大きいお肉の方を上げる、と言われてしまっては俄然やる気が出るというもの。

 

長くもない廊下を駆け、脱衣所と共用の洗面所に駆け込む。

ほぼ同着だが、僅差でかっちゃんの優勢。

 

「おっきい方は俺がいただきー!」

 

コック式の蛇口を開放して、水を出す。

その一瞬の動作の差で勝つ!

 

「ポンプは僕が先!」

 

「あ!ずっこいぞ、いずく!」

 

ハンドソープを片手に、もう片方の手を水に濡らす。

わしゃわしゃと適当に泡だて、サッと流す。

そして、壁に掛かったタオルも一本。

先にタオルを取り、手を拭く。

 

「おっ先ー!」

 

「あ!待て!」

 

タオルを受け取り、手を拭いたかっちゃんが猛追。

しかし、猛追虚しく

 

「僕、いちばーん!」

 

精神的には25歳の大人なのだが、これはこれで面白いものだ。

 

「くっそー!いずくに負けるなんてー!」

 

目を強く瞑り、歯をイーッと剥き出しにしている。

これはなんて言えば良いのかな…満面の悔しみ?

 

「白熱したデットヒートを制した出久選手には賞品として肉の大きいカツ丼を進呈。惜しくも敗れた勝己選手。副賞として卵の多いカツ丼を贈呈いたします。おめでとうございまーす!」

 

お玉をマイク代わりにレース大会の司会のような振る舞いをする母さん。

何となく様になってしまっているから、新たな一面を見た気分になる。

 

思い出す過去の風景としては勝負事は全てかっちゃんに負けてきた僕。

こんな展開になったのは幼い時分では初めてだったのかもしれない。

 

少し良い気分かも知れない。

だから、こんな余興もやる気分である。

 

「えー!かっちゃんのが卵多いの!?そっちのが良いなぁ!!」

 

潜入調査の過程で培った演技力は健在。

あたかも隣の芝生は青いと宣う。

 

「いずくはお肉大きいから良いだろ!あーげなーいよー!」

 

いーな、いーな!と繰り返す。

童心に帰るというのも悪くないが、こんな場面お茶子さんには見せられないな。

恥ずかしくて。

 

「どーしてもって言うなら交換してやっても良いぞ!」

 

「どーしても!」

 

そう言うと、母さんは耐え切れず、遂に吹き出した。

それに伴いかっちゃん、僕の順に笑いが広がる。

 

こんな幼少期も有り得たのだ、と溢れる涙を拭いながら思う。

 

コレは笑い過ぎて出てきたものだ。

僕は自分自身にそう言い訳をした。




とりあえず、書溜め分の放出。
お茶子さんとの再会出来るよう頭を捻って捻出するでござるの巻。

よろしくお願いします。

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