「じゃーな、いずく。また遊ぼーな!おばさん、お邪魔しましたー!」
玄関で母さんと二人かっちゃんを見送り閉まった扉に鍵をかける。
「それじゃ、先お風呂はいっちゃいなさい。」
はーい、と気負いなく返事を返す。
着替えを用意して風呂へと向かった。
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「ふぅ…。」
身体を洗い、湯船に身体を沈めるに応じて肺から空気が押し出される。
夢や幻でないと断言は出来ない。
しかし、これが現実だとして…。
「またやり直せる。失った人々を救うことが出来る。」
水面に映る自分の顔。
その先に映るトレーニングとはまだ無縁の矮躯。
文字通りの幼児体型。
腕に目を向けてもかつてよりも三回り、いや四回りは細い腕に小さな拳。
「体作りが急務…と言っても成長が必要だから、あまり激しくはやれないか…」
上げていた拳を再度湯船に浸け、拳を解く。
そのまま両手で椀を作り、顔に湯をブチまけた。
「ふぅ。これから行うべき行動に順位付けしよう」
頭で考えていることを口にするのは僕の生来からの悪癖だ。
例え誰に注意されどもその悪癖は抑止もままならない。
「第一前提、敵連合の組織阻止。方法としてはオールマイトによるオール・フォー・ワンの打倒完遂及びオールマイトの重傷回避。そのためには、早い所オールマイトとの接触が急務。接触ルートの最有力候補はグラントリノ。連絡先及び住所を僕が知っていて且つオールマイトへの説明の信憑性ある証人として利用可能。第二前提、自己の研鑽。雄英入学前約10ヶ月間という短期間で成したあのトレーニングを自己の体型に合わせてアレンジ。目標はオール・フォー・ワンとオールマイトが接触する10歳までにかつてと同様80%フルカウルを無理なく使用出来る程度を目指す。そもそも、現状の使用可能許容量がいくつか把握出来ていないから、現状況の完全掌握を最優先とする。第三前提、お茶子さんとの再会。これはまだ四歳児という親の保護下から抜けられない現状であるため協力が絶対に必要。協力を得る最短ルートは…」ブツブツ…
気付けば既に十分。
湯船に浸かりすぎ、且つ考えるために頭を回転させていたためオーバーヒートを起こしかけていた。
よもや、頭から煙どころか火を噴いてしまう恐れもあったかもしれない…。
しかし、おかげで考えも纏まった。
「お茶子さんとの再会、現況完全掌握、オールマイトとの接触、自己の研鑽の順とする。」
そのためには…
「協力者を得なければならない、ね。」
ザバン、と湯船で波打つ。
その勢いのまま個室を後にした。
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「母さん。今少し良いかな?」
「どうしたの?改まって」
ソファに座ってニュース番組を見ていた母さん。
きっと僕の湯上がりを待っていただろう。
おもむろにリモコンを手に取ると個性的な角のキャスターが占める画面がブラックアウトした。
「ありがとう、母さん。」
「真剣な顔ですもの。話半分になんて出来ないわ」
身体ごとこちらを向いて話を聞く姿勢、スタンバイ、OK.
「今日僕に聞いたよね?『お母さんじゃなく母さん』って。理由があるんだ。」
母さんは僕の目を見て話を聞くもその内容でなく、原因に心当たりがなくて、目線が左上へと向いていた。
「そうよね、たしかに昨日まで『お母さん』って呼んでたのに、今日は朝から『母さん』って…」
疑問をぶつけたのに的を射た回答ではなかったために内心疑問が燻っていた様子。
それはそうだ。
人間、好奇心が突き動かす衝動には耐え難いものだ。
「実は、僕ね。未来から帰ってきた僕なんだ」
そのとんでもない告白にはいくら大らかな母さんでも取り乱し、混乱のあまり何もかもがフリーズした。
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはまさに母さんのこの表情を言うのだろう。
数十秒に渡るフリーズの後、母さんはコテンと首を落とすように傾げた。
「出久…熱でもあるの…?」
その線の方がまだ信じやすいけど、かわいそうな目で見るのはやめて。
確かに未来から帰ってきました、なんて言われりゃ頭のネジやヒューズが飛んだとしか思えない。
「変な心配させてごめんね。でも、事実なんだ。僕もまだ現状を把握しきれてないんだけど。」
朝の問答を例に挙げた。
今年が何年か。
「僕の意識では2X39年なんだ。目が覚めたら、昔住んでいた部屋だと気付いてビックリしたよ」
一番ビックリしたのは、2度と会えないはずの母に会えたことだが、それは曖昧な笑みの裡に隠す。
自分が死んだであろうことも含め、伝えるわけにはいかない。
「電話した相手は僕のお嫁さん、母さんも初めて紹介した時は三人でテンパってたのをよく覚えてるなぁ…」
雄英高校が全寮制になって程なくしてからお茶子さんが口を滑らせたことから、僕もテンパり互いに告白し合うという意味わからない状況に陥ったのを覚えている。
両思いであると知って舞い上がり、何を口走ったかなんてまるで覚えていないが、とにかく「僕も好きだ、付き合ってください」と要約出来る内容を伝えたことだけは確かだ。
寮の共用スペースでブチまけたものだから、クラスメイト全員を巻き込んで大騒ぎになったんだよね。
かっちゃんにも「女から告白させるとかダセェことしてんな、クソがっ!」って言われたっけ?
その翌日には週末という事も相まって、外出届を出し、母さんに二人で報告しに行ったのだ。
今思えば順序も計画性も破茶滅茶で、あの頃は若かったと頰が綻ぶ。
母さんに未来の出久であることとなぜか戻ってきたことを順を追って説明するも相槌のほか、何の反応も見せないものだからつい捲し立ててしまった。
「勢いに任せて、捲し立ててごめんなさい。こんな事、いきなり言われても飲み込めないかもしれない。けど、荒唐無稽な話をしたのはお願いしたいことがあるからなんだ」
ソファに腰掛ける母さんのとなりに腰を下ろし、目線を合わせて「お願い」を伝える。
「この時代にお茶子さんも帰ってきてるんだ。だから、どうしても会いに行きたい。」
子供の座高ゆえ見上げる形にはなったが、誠心誠意お願いする。
どんな回答をされても食い下がる心算で視線に力を込めて、唇を引き結んだ。
「…ねぇ、出久。」
瞬きすら忘れていた母さんが再起動。
そのまま、口から零すように僕の名前を呼んだ。
ん?と小さく返事を返せば母さんは続けて、口から言葉をポツリポツリと零した。
「私は出久にとって良い母親で居られたかしら…?」
その言葉に思わず、答えを失う。
どういう意味なのだろうか?
「当たり前じゃないか。僕にとっては最高で自慢の母親だったよ。」
薄っすらと笑みを浮かべてそう返す。
「…そっか…よし。」
持ったままだったリモコンをリビングテーブルに置き、中腰になってこちらに目線を合わせた。
「私は信じるよ、出久。可愛い息子ですもの。少し先の未来から帰ってきたって私の息子には変わりないわ。」
大好きだった懐かしい笑みを浮かべる母さんが眩しく見え、思わず目を細めてしまう。
「話に一貫性があったし、難しい言葉もちゃんと意味を理解しながら使ってるし。教えてないはずの言葉だって知ってるしね。」
毛の流れに沿うように数度僕の髪を撫で付けてから、母さんは立ち上がる。
「大人だったら一人で行けるかもしれないけど、見てくれはまだ子供ですもの。私が連れて行ってあげるわね?」
そう言いながら浮かべた笑みはいつもの包み込むような微笑みではなく、歯を見せながら笑う、まるでオールマイトのような頼りになる笑みだった。
本日分はここまで。
敢えて3000字程度に納めるようにしていますが、
いかがでしょうか。
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