緑谷夫妻のやり直し   作:伊乃

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6. Hang up after you(君の後に切る電話)

『おはよーデクくん。昨日電話くれるかと思って電話の前で待ってたんだよ?』

 

食後お茶子さんに電話をすると僅か2コールで繋がった。

後で、と言ったのに連絡しなかったのは僕の落ち度だ。

素直に忘れてしまったことを謝るほかない。

 

「お茶子さんごめんなさい。かっちゃんに会ったり、母さんに現況伝えたりして忘れてしまいました。」

 

『せめて顔を見て謝ってほしいなー』

 

電話越しでも分かる不機嫌な声音。

ツンツンとした刺々しい言い草。

きっと丸く大きな目は半分ほどに細められているだろう。

 

「そうだね、会いに行ったら直接謝るね。」

 

『って、爆豪くん?あ、昔に戻ってるから生きてるはずだよね。懐かしいなー。それにお義母さんに話したん?全部?』

 

「未来から戻ってきた事だけだよ。【個性】のことは…まぁ、言える範囲だけ。あとは、なんで戻ってきたかとか未来では誰が何してるとかは話してないよ」

 

『そーやね。それが賢明かも。』

 

「母さんに未来の奥さんもこっちに戻ってきてるから会いに行きたいってお願いしたんだ。その為に話さざるを得なかったんだよね」

 

どうしてその選択に至ったか説明すれば、理解してくれる。

理解したなら、その考えを支持してくれるんだ。

そして、出来るだけの事をして支えてくれる。

初めて会った時と変わらない。

お茶子さんの特に良いところだ。

 

『それなら私も父ちゃんと母ちゃんに説明しておいたほうがいい?』

 

「出来れば一緒に説明したいって言うのは、僕のワガママかな」

 

『んー?どうして?』

 

その心は、結婚する際に麗日家に挨拶しに行った時、あまりの緊張でガチガチになって醜態を晒した。

そのリベンジを果たしたいのだ。

 

『なるほどね。ええよ?今度はカッコいいデクくん見してね!』

 

受話器から聞こえる彼女の声が僕の鼓膜を揺らす度に僕は少しずつ天に召されていると思う。

 

「お茶子さん。」

 

『なーに?』

 

「可愛すぎて反則です」

 

『か、かわっ!?』

 

電話口であたふたする様子が聞こえてくる。

きっと頬を真っ赤にしているに違いない。

 

「出来るだけ早くそっちに行くから。日程決まり次第また連絡するね」

 

『むー…(イキナリ可愛いとか反則はそっちやん…。)』

 

少し遠くからボソボソと何か言うのが聞こえたが、内容までは聞き取れなかった。

僕の言葉に反応がなかったので、何度か「もしもし?」と呼び掛ければすぐに

 

『あ、ゴメンね。聞こえてたよ。連絡、待ってるね』

 

「うん、お茶子さんも何かあったら連絡ちょうだい」

 

『うん!』

 

声音から僕の好きな麗かな微笑みを浮かべているだろう事は察しがついた。

僕もその声に感化され、自分でも分かるほどの笑みを浮かべた。

 

『大好き』

 

「大好きだ。またね」

 

相手が着るのを待ってから僕は受話器を下ろした。

 

通話を終えて振り返れば、廊下とリビングを隔てる扉から母さんが覗いていた。

 

「…い、出久がオトナな表情をして女の子にラブコール…」

 

「ラブコールってもうあんまり聞かないね…。一応、精神的には大人だし、未来の奥さんだよ?愛を囁くくらいするでしょう?」

 

出久が!?大人になった!?って大声で叫びながら大号泣を始める母さん。

…しまった。子供の成長を一足飛びにしてしまったから、母親の感性の成長に追いついてない。

ケアを怠ったなぁ…と右手を後頭部に回し、指先で数度掻く。

 

そりゃあ、数日前まで母親にベッタリな甘えん坊だったはずなのに急に凛々しく他の女の子に愛を囁いているのだ。

こんな反応も頷ける。

ましてや、僕については殊更にオーバーな母さんなのだから、こうなって当然だったのに考えが至らなかったな。

 

どうすべきかと、考えを巡らせているうちに母さんが泣き止み立ち上がる。

 

「そうよね、愛する奥さんに会いに行くんだもの。出来る限り早く会いに行くべきね。出久、先方に連絡なさい。お父様とお母様が揃ってご在宅なのはいつか確認してアポを取るのよ。」

 

大泣きしながら決心が決まったのだろう。

いつも見せる大らかで少し内向的な性分は鳴りを潜めていた。

その目には決意の炎がメラメラ燃えており、曰く「お母さん、頑張っちゃう」

親子歴22年だったが、その様は初めて見る。

息子の僕をして、「お、おう…」としか反応できなかったのは致し方あるまい。

 

『もしもし、デクくん?』

 

「あー、お茶子さん。お義父さんとお義母さんっていつスケジュール空いてる?」

 

『えっと、父ちゃんは休みないからお昼の時間で会えると思うよ?母ちゃんも事務で一緒やから家にいるはずやし。どうかしたの?』

 

「えっと会いに行くのにアポを取りたいんだけど、時間作ってもらえないかな?」

 

母さんが燃えちゃって、と言う言葉をすんでのところで飲み込んだ。

 

『そうしたら、聞いとく。家に来てもらうより会社に来てもらうと思うから、来客のアポイントで取っとく』

 

「ありがとう。こっちは母さんが張り切ってもう荷造り始めてるんだ…」

 

『最短だと明後日とかに会えるかな、デクくん…』

 

「そうかもね。待ちきれないよ、お茶子さん」

 

『私も待ちきれへんよ、デクくん…』

 

淀みなく続いた会話がプツリと途切れた。

お互い予期せぬ沈黙。

されど悪い心地はしない。

 

数秒の間を僕は惜しみながら破った。

 

「それじゃ、よろしくね。今度はそっちから連絡ちょうだい」

 

『うん。分かった。バイバイデクくん。』

 

「じゃあね、お茶子さん」

 

そうしてまた切るのを待つ。

 

 

待つ

 

 

待つ

 

 

切られない?

 

『もしもし?デクくん?』

 

また受話器からお茶子さんの声が聞こえた。

 

「どうしたの?」

 

『なんでデクくんいつも自分から切らないん?』

 

 

「こうやって何かあった時にすぐに話を続けられるようにするためだよ」

 

『そう言うコトはっきり言えるのホンマずるい…』

 

うぅ…と喉の奥から捻り出すような唸り声が聞こえ、思わず僕は苦笑した。

 

「ハハ…それじゃ、僕から切るね。またね?」

 

『うん。またね』

 

 

会話が途切れたところで受話器を置いた。

先に切るのは新鮮だ。

いつも僕は後から切るようにしてたからだ。

あんな風に言われたってことは何か煩わしかったのかな…?

 

「出久…紳士的な振る舞いなのね…」

 

振り返れば荷造りを始めていたはずの母さんが先ほどと全く同じ姿勢で扉から覗き見ていた。

 

「母さん、そんな覗くみたいじゃなく堂々と見てくれていいよ?」

 

そんな陰から涙を流しながら覗かれてるとストーカーや幽霊の類と勘違いして驚くから本当にやめて欲しい。

 

あとその涙はどう言う意味の涙なの?

子供の成長?それとも整理しきれない親心?

 

僕は続けて苦笑いした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

それから数時間後、昼食を摂った後にけたたましい呼出音が鳴る。

表示された番号は先ほど電話した時と同じだった。

 

「はい、緑谷です」

 

『デクくん、こんにちは。』

 

相手はお茶子さん。

話の内容は先ほどの回答だろうけれど、テンプレートだが、一応問い掛ける。

 

「お茶子さん、こんにちは。どうかした?」

 

『さっきのアポの件なんやけど、明後日時間作ってもらったから、十三時くらいに会社まで来て』

 

「うん、分かった。わざわざありがとう。」

 

会社の住所は分かるよね?と問われるも、以前に何度も伺ってるから問題はない。

 

「それじゃあ、明後日十三時に麗日建設ね」

 

『来るの楽しみにしとるよ!』

 

「僕も会えるの楽しみだよ。それじゃあね」

 

そう言って今回も先に切った。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Side:Ochako Uraraka

 

「じゃあね」

 

そう言って二秒ほどで切断を示す音が鳴る。

さっきなんで後から切るのか確認したから先に切ってくれたのだろう。

 

私も受話器を置いて自室へと戻った。

 

「デクくん来るのは明後日かー…楽しみだなぁ」

 

そう言いながら私は、思わずニヤける口角を押さえつけるように両頬を両手で挟み込んだ。


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