今回はキリが良いのでやや短め。
捏造設定多し、「平和の象徴」についてなど一部触れております。
原作キャラクターも殺してるので「原作キャラ死亡」のタグを付けるべきか正直迷う…。
「出久。最終確認よ」
予定を決めた日から2日。
約束した9月5日。
張り切る母さんを前に僕はボストンバッグの口を開く。
「2日分の着替え!」
「小分けにして袋詰め」
「アメニティセット!」
「オールインワンのセットが二人分」
「歯ブラシ!」
「アメニティセットと一緒。僕はこれで十分だよ、母さん?」
2日前から連れて行くことを決めてすぐさま用意して、昨日の寝る前も確認していたのに、起きてからもまた確認しているとはさすが母さん。心配性ここに極まれり、と言ったところか。
「長い時間電車と新幹線に乗るけど、大丈夫?暇にならない?」
「こんな見た目だけど、中身は大人だよ?そんなに気にしなくても大丈夫だって」
昨日のうちに買ったノートと鉛筆をリュックの中に入れて出かける準備は万端だ。
ハンカチとポケットティッシュも入れてある。
「途中でお菓子買う?」
「要らないよ。もう出ないと新幹線の時間に間に合わなくなっちゃうし、早く行こう?」
土壇場でワタワタ慌てるのは僕ら親子の悪い癖だ。
その様をみてやっぱり親子だなぁと思う。
ボストンバッグを今度は母さん自身で確認してからその口を閉じた。
その直後、自らが部屋着から着替えていないのを忘れていたため、大慌てで着替え出す母さん。
その様を、横目に僕は部屋を出て、水回り・ガスの元栓・戸締りを確認した。
「母さん、戸締り確認出来たよ。もう出れる?」
部屋に入らずに声をかければ、あとちょっとー!と言う声が扉越し聞こえたので、僕はそのまま玄関へと足を向けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふぅ。やっと座れたね」
予定していた新幹線に乗り込み、持っていたボストンバッグを母さんに預け、飛び乗る様に席に着く。
「バッグ、重かったでしょ?私に任せてくれてよかったのに」
「このくらいなら問題ないよ。いい筋トレだと思えば、へっちゃらだよ」
そう言って母さんに顔を向けると、「久さんそっくりになってるぅ…」と口を押さえながら涙を流し始めた。
涙腺弱いのは知ってるけど、一昨日から感涙しすぎじゃないかな…。
「名古屋乗り換えだから大体一時間半くらいかしら?」
「そうだね、そこから近鉄に乗り換えて一時間半くらいだから、十二時には最寄りにつけると思う。だから、電車の中でお昼取っておいた方が合理的だと思うんだ」
そう言っていると体全体に軽やかな衝撃を感じる。
僕らを乗せた車両は西へ向けて滑る様に走り出した。
窓の外へ目を向ければ後ろに景色が早まりながら流れていく。
スマホを取り出した母さんに目を向けると凄い勢いで何かを打ち込んでいた。
横目で確認すれば、「ウチの息子が立派になって…」と言う報告を父さんに送ろうとしていたところだった。
母さんの親バカだって疑われちゃうから、ほどほどにお願いね、と音にせず独り言ちた。
リュックからノートと鉛筆を取り出す僕。
前の座席のテーブルを取り出そうとして漸く気付いた。
しまった、高さが足りない…。
座席テーブルを使って書くのを諦め、開いたノートを表紙同士を重ねて持つことで書いてる途中で曲がったりしないように書くことにした。
小さい体って実は凄く面倒なんだなぁ…。
僕は過去に思いもしなかった苦労と未来の同級生の苦労を偲んで涙を一滴零した。
峰田くん…頑張れ…。
僕はノートに今後の予定、トレーニングメニュー等をつらつらと書き連ねて行く。
母さんがその様を見ながら呆然としていたことに気付かずに新幹線は走る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お茶子さんの実家の最寄りに到着。
時刻は十二時丁度。
約束の時間にはやや早いが見るものもあまり無いので、やや小腹も空いてきたのもあって、駅近くのファーストフード店に入ることにした。
「半ごろにタクシーに乗れば十分前には現着出来ると思う」
「ホント、大人な出久は頼もしいわね…」
母さんのリアクションは、この三日間でもう驚きよりも呆れの割合が大きくなっている様に感じる。
見た目が幼いが故に、未だに感覚が追いつかないのだろうなぁ…。
「ねぇ、出久。これから行く麗日さんのお宅って建設会社なのよね?会社でお会いするって聞いてるけど、行ったことあるの?」
「うん、全部で4回かな?学生時代にお付き合いの報告と夏の帰省、卒業前に結婚する旨を伝えて、それから…」
母さんの葬式の後に一週間お世話になったんだ。
首だけが収まった棺桶を見つめる僕をお義父さんは肩を掴んで無言で慰めてくれたんだったな。
頭に当時の状況が過ぎるも、表情を微塵も変えない。
昔、オールマイトに教わった。
笑顔の仮面で本心を隠せ、と。
「仕事が安定してから一週間くらい遊びに行ったんだよね。資材置場も兼ねてるから敷地が広くて、訓練にはもってこいだったんだよね」
懐かしいなぁ、と呟きあたかも当時の様子を思い出しているように演じる。
考えるな。
考えるな。
今は母さんも居るんだから、何も悲しいことは無い。
だから、考えるな。
「ねぇ、出久。」
ふと、穏やかでありながら緊張を孕んだ声が掛かる。
「何か…あったの?」
その瞬間、僕の表情筋が文字通り凍り付いたと思う。
しかし、何とか不自然になる前に立て直せたので、「何でもないよ?」と誤魔化した。
「そう、それならいいわ」
そう言いつつ、母さんは笑顔を見せる。
が、それは取り繕いきれていない心配を滲ませた笑みだった。
「細かい話はまた今度話すよ。久し振りに来たし、ナゲットとオレンジジュースが飲みたいなー」
あからさまな話題のすり替えだが、母さんも話題を流してくれたので、危機は脱した。
未来に起こる不幸は未然に防ぐ…。
僕らの知り得る不幸は必ず…。
大元を辿れば今より五年後のオールマイトとオール・フォー・ワンの衝突。
そこで悪の帝王を仕留めきれなかったのが、その後に続く不幸の始まりだった。
死柄木…志村転弧の堕落、ヴィラン連合の結成、雄英高校の失墜、多くのヒーローの殉職、友人たちの死…。
僕らプロヒーローは後手に回りながらも最善を尽くし、それらの不幸に立ち向かった。
ヴィラン連合の最初の事件から関わり、教師オールマイトの一期生となった僕ら154期ヒーロー科はプロヒーローになってすぐに世間から『次代の【象徴】』と称された。
そして、ヴィラン連合との抗争が激化し、約半数の友人たちがその命を落とした。
そんな未来は認められない。
いくら、死柄木を、連合の首魁を倒し平和を齎したとしても、欠けたピースが埋まることはない。
僕らが過ごした世界は最善ではあったが、最高ではなかった…。
「…コレはチャンスだ…最高を目指すチャンス…」
隣でコーヒーを啜る母さんに聞こえないよう、口の中で言葉を噛み砕く。
雰囲気は努めて明るく、まるで心配などないように。
ディップしたナゲットを口に放り込んでから、母さんに向くといつもの穏やかな笑みがあった。
先ほどの心配と緊張は拭えたようだ。
話の流れとはいえ、危なかった。
まだ現実になっていない不幸を口にして心労をかけるつもりは毛頭ない。
コレは僕と僕の彼女が最善の未来を最高の未来にするためのやり直しなのだから。
その覚悟をジュースと一緒に飲みくだし、蓋を開けて氷も纏めて噛み砕いた。