この世界へと降り立ってからというもの、光陰矢のごとしと言える程にはあっという間に一ヶ月が経過した。
山積みの問題を抱える俺は、生き抜く為に直ぐ行動に移さねばならず、それはもう忙しい毎日だったのだ。
まず複雑な家庭環境を何とかしようと考え、原作にも登場したサクラ並みにピンクの頭髪が目立つ父親と、濡れて真っ黒になったような印象を持つ頭髪の美人な母親の二人へ「良いんだよ。僕に言ったあの言葉は、もう忘れて良いんだよ」と、それはもう優しく、本当に心底優しげな声音を意識して告げた。
赤子だった俺が覚えている筈が無いし、いつも黙って過ごしていた俺に突然話し掛けられた事で二重の意味で両親はビックリしていたが、俺の言葉を内心で反芻した後に滂沱の涙を流しつつ「覚えているの!?」とか「すまない、親として最低な発言だった!」とか「私達は許されざる人間なのよ!」とか、心底自責の念にかられる二人は終始泣き叫んだ。
まるで今にも自殺してしまいかねない二人を見て、俺はここが正念場だと認識して更に優しげに言葉を紡いだ。
「お兄ちゃんが突然死んじゃったんだよ、だから悲しみにくれて思ってもない事を叫んだとしても、それは本心じゃないと僕は知ってる。だっていつも、お父さんとお母さんは本当に悲しげな顔で僕を見てるのを知ってるから、それは身に染みて分かってるんだ」と、そう言葉を発した後に数拍の間を開け、二人の顔が更にクシャクシャになったのを見て「もう自分達を責めないで。もう苦しまないで。お父さんとお母さんには笑っていて欲しいから」と、そんな言葉で締め括った。
するとそれから日が暮れるまでの五時間、両親はずっと絶叫するかのような声音で泣き叫び続け、最後には声を枯らして言葉にならない思いを必死に吐露するかのように「ごえんなぁ! だえな親で、ごえんなぁ!」と俺に抱きつきながら叫んだ。
そしてその後は、二人とも俺を抱きしめたまま気絶してしまい、俺は二人が風邪を引かないように毛布を掛けて上げ、この体の記憶では一度も無かった川の字で眠りについた。
その次の日、両親は全ての力を振り絞って泣き叫び続けたのが原因なのか、朝になっても起きる気配が全然しなかったので俺が簡単な朝食を作って二人を起こし、まだ俺に対して素直に対応出来ない二人と一緒に少しの緊張感が漂う朝食を摂った。
これがまず始めに俺がやった事であり、複雑な家庭環境を変える為にした精一杯の事だった。
しかしこれが功を奏したらしく、この一ヶ月の短い期間であっても着実に距離を縮められる一助となったのは間違いないだろう。
何故ならその証拠に、一ヶ月が経過した現在では少しぎこちないものであるものの毎朝の挨拶は当然のようにするし、毎晩の就寝時にも「お休み」と声を互いに掛けながら川の字で寝るようになり、尚且つ両親二人共に笑顔で過ごす時間が圧倒的に増えた。
俺としてはホッと胸を撫で下ろしたと同時に、これで気兼ね無く他の事にも集中出来るようになったと言えるだろう。
そして俺がやった事の二つ目は、この世界特有の力であるチャクラと、俺固有の力であるデュエルモンスターズの力を十全に使う為に必要な精神と身体の二つのエネルギーを鍛える訓練方法を発見する事であった。
しかしながら、これは実のところ原作でも描写されてあったので然程苦労はしてない。
座禅をしてひたすら動かない事で精神を鍛え、身体は運動する事で鍛えられるのだ。
故に、俺は午前中を身体トレーニングに重視し、午後は精神トレーニングに重視してこの一ヶ月を過ごしている。
少し距離感の縮まった両親には、うちの息子は何をしているのだろうと不思議がられている様子だが、忍者に憧れているのかなと、そんな風に生暖かい視線で見守られているのは内緒だ。
胸のつかえが取れた事が要因なのか、どうも微笑ましい目で俺を見る事が増えたので、その結果俺がやる事なす事全てにニコニコとした笑みで眺めてくるので、ぶっちゃけ少し恥ずかったりする。
そんなこんなのこの短いがあっという間の期間の努力の結果は、自身でも驚くべきものだった。
両親や隣近所の目がある場所でモンスターを召喚出来ないのであくまでも感覚的なものなのだが、恐らく攻撃力・守備力共に155まで数値が伸びたように感じるのだ。
それはつまり、たった一ヶ月で5も数値が伸びた事を意味する。
たった5しか伸びなかったと思うか、それとも5も伸びたと思うかは人それぞれだろうが、自分としては5も伸びて心底嬉しかった。
それはもう自然と踊ってしまう程で、今や懐かしいパラパラを踊ってしまった程だった。
因みに、その踊りを両親に見られていたのを後々知って、何故自分はコナン君ばりに踊ってしまったのかと真剣に悩んだのは今日の早朝の事である。
━━まだ生暖かい視線を感じる……!
早朝の踊りを見られてからというもの、そしてそれを昼間に指摘されてからというもの、ずっと感じる両親の視線から逃れるように気分転換も兼ねて家を脱出。
普段家を出る時はランニングくらいでしかなかったので、こんな風に出るのは初めてだ。
まるで京都を彷彿とさせる街並みを眺めつつ、俺はいつもとは違ってゆっくり歩いて進む。
宿屋、甘味処、駄菓子屋、八百屋等々の店が軒を並べていたり、ちょっと変わっている店では焼肉屋とか、こんな店もあるんだなぁと感心しながら脳内で地図を作成して行く。
で、そうしていると何やら剣呑な雰囲気の怒鳴り声が響く一角に辿り着いた。
何が起こっているのだろうかと野次馬根性丸出しで人波を掻き分け進むと、焼き鳥屋と思われる屋台の目前で、俺と同程度だと思わしき年齢の金髪少年が沢山の大人から罵声を浴びせられているのが目に映った。
━━あの特徴的な頬の三本線って………。
今にも泣きそうな少年は必死に涙を堪えているのか、とても幼子とは思えぬ表情で歯を噛み締めている。
俺はそれを見て、大きく溜め息を吐かざるを得なかった。
四十代や五十代の男女が、子供に向かって「里から出て行け!」とか「死ね!」とか言っているのを見させられると、溜め息が出ても不思議ではなかろう。
きっと身内や親しい人を亡くしたのだろうから深い悲しみもあると察せられるものの、かと言ってナルトが何かした訳ではなかろうに。
見るに耐えないとはこの事だ。
ナルトを罵る大人達の顔が、俺には酷く醜いものに見えた。
「おじさん、焼き鳥二本頂戴。タレ多めで」
声高々に罵倒している大人達と涙を必死に我慢しているナルトの間を、俺は態とらしく横切って進むと焼き鳥屋の店主に注文した。
その空気を一切読まない俺にポカンと口を開けて呆ける店主だったが、俺が「早くしてくれる?」と声を発すればパパッと二本の焼き鳥を差し出してきた。
それ故、俺は適切な料金を支払う。
その後、視線が俺へと集中する事で静かになった大通りの中、一口焼き鳥を口に含んで焼き鳥の感想を呟く。
「おぉ、結構上手いな! うん、まずまずだ!」
俺の言葉が静かな大通りに木霊するくらいには静かになっているが、俺はそれを敢えて気にした素振りも見せず、俯いて地面へと視線を向けていたナルトに近付いた。
すると俺の足が視線に入ったのか、ナルトがクシャクシャの顔で俺へと視線を向けてきた。
「なかなか上手いよ。ほら、食べてみ」
怒りではなく、笑顔でもなく、そして泣き顔でもなく、この場に居る誰にも当てはまらない普通の表情を意識してナルトへと焼き鳥を差し出しながら声を掛けた。
こんな突然意味不明な感じで話し掛けられたのが原因なのか、ナルトは非常に困っているみたいに見える。
だが俺はそれを無視して、無理矢理ナルトの手に焼き鳥の串の持ち手を掴ませると、これまたナルトの手を無理矢理掴んで歩き出す。
目指す先は、自分でも不明。
しかしこの場より良い雰囲気の場所がある筈だと思い、俺は戸惑うナルトを引っ張って行く。
すると俺に向かって誰かが叫ぶ。
「ちょっと、その化け物に関わるのはやめときなさい!」
「そ、そうだそうだ! ろくな事がねェぞ!」
我に正義あり、とそんな考えがあるからだろうが、誰かが叫ぶと次々に大人達が叫んだ。
故に俺は、足を止めて声のする方へと振り向き口を開く。
「誰の為にこの子を責めてるの?」
俺の問い掛けに、大通りに集まる人達は誰も答えない。
ならばと、俺は更に言葉を紡ぐ。
「皆に家族は居る? 家に帰ったら大切な人は居る?」
問い掛けるが、やはり俺の問いには誰も答えず、俺の質問の意味を図りかねているのか誰も彼もがポカンとしていた。
「家に帰って大切な人を抱き締める時、自分は小さな子供を罵倒してやったと自慢するの? 自分の子供を抱き締める時、皆は罪悪感を抱かないの? 自分は誇れる事をしたのだと、自分の愛する人達に言えるの?」
今なら誰かが箸を落としたとしてもその音が響くだろう大通りに、俺の言葉は不思議な程に響き渡った。
そして誰もが俺の視線から逃れるかのように、視線を地面へと俯かせた。
その姿はまるで、罵倒されていた時のナルトのようで、俺はそれ以上何かを彼らに言う必要は無いだろうと悟り、ナルトの手を引いて再び歩き出した。