Armee du paradis ー軍人と戦術人形、地の果てにてー   作:ヘタレGalm

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すみません、今回は事情が重なってしまい遅れました。


『9A-91』

 三人称視点

 

 扉を開けた先にいるのは、予想通り異形と化した中型ELID。

 しかも近接戦と持久戦に特化したタイプの。

 

「コンタクト! 足を止めないで!」

 

 9A-91の号令の元、救援部隊は広々とした屋上へと散開する。

 義体の性能をフルに発揮した全力ダッシュで撹乱を狙うのだ。崩落に巻き込むなどの搦め手が使えない以上、正面戦闘で制圧するしかない。人類生存圏内に出没するレベルのELIDも基本的に搦め手を使わないことがせめてもの救いだろうか。

 

 牽制がわりにM1911が両の拳銃を撃ち込むが、戦車以上の装甲を持つ相手には無意味だ。虚しく表皮で火花を散らすに留まる。

 相手の規格外の防御力を再確認した彼女は叫んだ。

 

「硬い……9A、決め手はあるの!?」

 

「あります! 当たりどころによっては大型すら転がせるゲテモノが!」

 

 9A-91は片手照準のアサルトライフルを頭に撃ちながら応答する。しかし、その顔には逡巡が浮かんでいた。

 確かに彼女は最大級の切り札を所持しているが、それはこの研究所を消し炭にする覚悟が無いと使用できない代物だ。

 場合によっては味方にまで被害が及ぶ。

 

 それを抜きにしても、酷すぎる欠陥を抱えたソレはやすやすと打てるものではなかった。

 

『Fire!』

 

 滞空するヘリから、フレンドリーファイアの可能性にも怯まず軽量高速の対空ミサイルが撃ち込まれてきた。マッハ4にまで加速し、その運動エネルギーで粉砕する兵器だが────いかんせん質量があまりにも軽すぎる。

 衝撃波とともに敵の左肩に着弾したソレは、虚しくも敵をよろめかせるのみだった。

 

 飛行型ELIDや航空機ならともかく、装甲を持つ陸上型には効果は今一つと言わざるを得ない。

 

 豆鉄砲とは桁が違う衝撃に、今の今まで沈黙していたELIDがぐるりとその首を旋回させた。

 全高4m以上の体躯にしては細すぎる、杭のように変形した両足が撓められる。角ばった左腕が天へとむけられる。

 

 まさか。

 

 その言葉が頭をよぎった瞬間、SAAが叫んだ。

 

()()()()()()()()が来る!」

 

『Tikusyoume! ブレイク、ブレイク!』

 

 パイロットのオグラが日本語で叫び、ヘリが横転染みた機動で回避を取る。しかし、SAAの警告通り射出されたワイヤーアンカーはヘリを追尾した。

 

 指令誘導と推測される以上、ヘリからしたらジリ貧。どう言った理論でそんな形に変化したのだと叫びたくなるが、実際に目の前にいる以上は対処するしか無い。

 

 動いたのは、Five-seveN。

 

「ああクソッ、本当にツイてない……FAL、帰ったら一杯奢りってよ!」

 

『何する気よ!?』

 

「マチェーテでぶった斬る!」

 

『はぁ!? あんた、死ぬわよ!』

 

「アタシは死なないわよ! 信じて!」

 

 叫んだFive-seveNは、シースから大型のマチェーテを引き抜いた。

 地を蹴り飛び上がるのは、油断しきっているELIDの文字通り目と鼻の先。

 ワイヤー状に成形された筋肉に狙いを定め、大上段に構えたソレを振り下ろす。

 

「決めたっ!」

 

 着地。膝で衝撃を受け止めてそのベクトルを横方向に変化、左側に横っ飛びで逃れようとして。

 

 自分の両足が無いことに気がついた。

 

 受け身も取れず無様に転がる。

 

「……え?」

 

「Five-seveN! クソッ!」

 

『させない!』

 

 AK-47が7.62mmロシアンショート弾を撃ち込み、上空からFALが徹甲弾で牽制射撃。しかし、頭部に着弾するものの貫通できない。

 足を止めることが出来ない。

 

 ついに横たわるFive-seveNの目の前にたどり着いてしまった。

 すらっとした右腕が振り上げられ、血を塗りたくりながらもがくFive-seveNに影を落とす。

 しかし、Five-seveNは真っ向から見据えて嗤って見せた。その目に浮かぶのは、戦意。そして、嘲笑。

 

「────ばぁか」

 

 蔑みの言葉を吐きかけたFive-seveNに、感情など持たぬELIDは容赦なく腕を振り下ろす。

 

 しかし、肉を叩き潰すのではなくさりとて地面を叩き割るでもなく、空を切るに留まった。

 

「……すみません、Five-seveN」

 

 割り込んだ9A-91が振り下される右腕に何かを撃ち込んで破壊したのだ。それが何かは分からないが、視界の隅に全力で走ってくる彼女を捉えた瞬間にFive-seveNは確信していた。9A-91はずっと機を伺っていたことを。

 

 奇妙な膠着が生まれる。

 

 いつにも増して鋭い眼光でELIDを見据え、9A-91は小さく宣言した。

 

「私の、ミスです。躊躇ったら負けとはまさにその通りですね……もう出し惜しみはしません」

 

「9A-91……ソレ、まさか」

 

「この状況では間違いなく最善手ですよ」

 

 歯切れの良い音を立て、手にする9A-91(消音アサルトライフル)をコッキング。吐き出された9mm×39mm弾の薬莢がからからと転がり落ちる。

 

 9A-91の装備も外見もなんら変化していない。顔に無表情を貼り付けている以外は、いつもの9A-91だった。

 しかし、皆既に勘付いている。いきなり右腕を消しとばして見せた破壊力といい、使用を躊躇ってしまったことといい、何か恐ろしいものを隠し持っていることに。

 

 それは相手も同じだった。初めて受けた大ダメージに激昂し、これまでとは比べ物にならない速度で飛び退る。ガリガリとコンクリートを削りながら着地、真っ向から見据える目はギラギラとした狂気を湛えていた。

 

 だが、そんなことは関係ない。態勢を立て直す心づもりだったのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 

「てぇっ!」

 

 ヘリから援護射撃として飛来した極超音速の弾体が、正確に延髄を穿ち抜いた。FALが撃ち放ったレールガンだ。

 

 無論、戦車の装甲も突破することが難しいような威力ではELIDを殺すことはできない。一昔前のM1A2エイブラムスやレオパルド2A7ならばともかく、現在各国正規軍主力の第六世代主力戦車の装甲は中型ELIDに匹敵しているが故の道理である。

 しかし、貫通力と衝撃力は混同してはいけない。

 

 いくら装甲に守られていようが、延髄とは脊椎を持つ生物ならば等しく弱点となりうるのだから。

 

 そして、装甲の防御力が発揮されるのは基本的に「1発限り」なのだから。

 

 

 立て直すまでの比較的大きな隙に9A-91はFive-seveNを回収、AK-47の方へと全力で放り投げた。

 G11とM1911が猛然と牽制射撃を開始する。

 肉が露出した左肩と首筋へ全力の弾雨を浴びせかける。

 

「くたばれッ!」

 

 SAAが右のリボルバーを構え、左のリボルバーの台尻でコッキングしながらのファニングショット。

 短機関銃の連射にも近いレートで6発の45LC弾をぶっ放した彼女は、地を蹴り飛ばして敵の眼前まで跳ね上がる。Five-seveNが足を薙がれた時と全く同じ状況だが、同じ轍を踏むほど愚かではない。

 

「どこ見てんの、あたしはこっちだよ!」

 

 さらに相手の顔を右足で蹴り飛ばし、闇雲に振り上げられた左腕を回避。大振りの攻撃でガラ空きになった顔面にファニングショットを撃ち込んだ。

 

 ローディングゲートを開き、空薬莢を捨てる。

 

 時間は十分に稼いだ、あとは9A-91の出番だ。

 

「任せたよ、9A-91」

 

「はい、任されました」

 

 透き通るような無表情が、印象深い。

 熱光学迷彩マントを翻して走る姿は、ひたすらに理論重視のモノだった。まるで、最速で到達しそのまま轢き殺さんとするかのように。

 

 いつのまにか、彼女の手には9A-91ではなく大口径のカービン銃が握られていた。普段とは違う銃を易々と扱って見せる、いつもとは決定的に異なる9A-91。

 ヌルリとした動きで懐へと潜り込み鳩尾へと銃口を突きつける。フォアグリップをしっかりと握り込むと、銃が固定された。

 ここまで隙を作ってもらったのだから、有効活用しなければならない。

 

до свидания(さようなら)

 

 9A-91は、躊躇なく引き金を引き絞った。

 消音器でも殺しきれないほどの銃声と共に大輪のマズルフラッシュが咲き誇る。

 明らかに小銃弾としてはあり得ないが、そもそもこれは小銃弾ではない。有効射程たった5メートルの、小銃の皮を被った最終兵器なのだ。

 

 弾着と同時に、着弾部位に異変が生じる。

 

 強靭な肉体を構成するタンパク質が分子レベルの崩壊を起こし、その過程でエネルギーを放出し始めたのだ。紛れも無い、高濃度崩壊液に浸された人体の反応。

 

 とっくに感情など抜け落ちたというのに、己を蝕む崩壊に対して苦悶の表情を見せる成れの果て(ELID)からすっと踵を返す。

 

 コッキングレバーを引いて空薬莢を放出、マガジンを引き抜いて懐に仕舞う。普段の9A-91に持ち替えた彼女は、静かに眼下に蠢くELIDたちを見下ろした。

 

「指揮官、障害排除を確認」

 

『……了解、潜入チームを回収する』

 

 無機質な視線で地上を睥睨する彼女の目の前に、一機のヘリがホバリングしてきた。兵員倉が開かれ、中からディビッドが顔を出す。

 

「早く乗ってくれ。それと9A-91、今回ばかりは話を聞かせてほしい。────あれは、崩壊液だな?」

 

「……はい。全て、説明します」

 

「責める気はない、おまえにも事情はあるんだろうさ。……さて、全員帰ろう。45にせっつかれてるんだ、早くしないとここを始末するレールガンの餌食になっちまう」

 

「……ふふ、それもそうですね」

 

 笑って見せながら、ディビッドは手を伸ばす。

 微かに表情を緩め、その手を取った。

 

 




さて、日常挟むか。

お知らせです。
ここから作者多忙につき3日に1話くらいのペースが精一杯になると思われますが、のんびりとお付き合いいただけると幸いです。

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