「もしこの言葉が届くのならば、時間は動きはじめるだろう。
叶うのならば、この言葉が物質化して、あなたの残した物語に新たな命をもたらしますよう。
ありがとう。」
――『屍者の帝国』より
この日ある一つのSAGAが終わった。
だが世界は何も変わっていないように見える、静かな海、沈みゆく太陽。人の営みはその程度なのかもしれない。
しかし世界は確かに変わった。
奇妙な光景だった。
2014年現在アメリカ合衆国、ハワイで記念艦となっていた20世紀最後の戦艦ミズーリが、太平洋の真ん中で浮いていた。
その隣に21世紀最新の戦艦アーセナルギア、その改修艦アウターヘイブンが浮かんでいた。
ヘイブンの大きさはミズーリより遥かに大きく、小さな島ほどあった。だがこの戦いで勝ったのはミズーリの方だった。もっともこの戦いに明確な勝利者などいないのだが。しかしミズーリの勝利が歴史に刻まれることはあり得なかった。
この戦いは特殊過ぎた、そもそもとうに引退しているミズーリが引っ張り出されたのは、彼女以外動ける軍艦が、世界中のどこを探してもなかったからだ。ヘイブンは全世界の軍事システムを掌握していたのだ。
この戦いはこの軍事システムを巡る戦いだった。そのシステムを生み出した存在を打倒するための戦いだった。世界を裏から支配する存在『愛国者達』を滅ぼすために、誰もが戦っていた。それはミズーリも同じだった。
もしもこの戦いが公になれば愛国者達の存在も明らかになる。全世界を支配していた存在が知れ渡れば世界は混乱に陥る。そんな理由から、この戦いは伝えられることを許されなかったのだ。
だがミズーリは思う、これで良かったと。
伝えられてきたものだけが、世界を創ったのではないのだから。
ハワイに戻るために動き出したミズーリはヘイブンを見つめる、艦が見つめられるわけないが、見つめていた。
私は歴史を伝えるだろう、記念艦として。
あの子はどうなのだろうか、機密保持のために解体される運命しか待っていないあの子は何かを伝えられるのだろうか。伝えられないのだろうか。
夕焼けに写るヘイブンの巨体が酷く寂しく見えた。
この寂しさから、また新たなSAGAが始まるのかもしれない。ヘイブンが解体されても。そう信じたいと彼女は願った。
かつてBIGBOSSと呼ばれた伝説的傭兵がいた。
彼は兵士や傭兵の間で、英雄のような存在だった。
そんな彼を量産しようという計画があった。だが彼はブラボー実験による被ばくで不能者となっていた。だから子を成す以外の方法で、量産計画が立てられた。
『恐るべき子供達計画』とそれは呼ばれた。伝説の戦士BIGBOSSの遺伝子的クローンを生産する計画。
結果、二人の子供が生まれた。
二人は後に、ソリッド・スネーク、リキッド・スネークというコードネームを名乗った。
彼等はBIGBOSSの持つ戦闘に適した遺伝子――ソルジャー遺伝子という要素が発現しやすくなるように作られた。
つまりソリッドとリキッドは、戦う兵士としての
そしてもう一人、スネークがいた。
彼はBIGBOSSの英雄的側面、
見た目、思想、その全てが
彼はソリダス・スネークのコードネームを持っていた。
この兄弟にはある共通点があった、それは敵に奪われた場合の軍事利用を防ぐために、子を成す能力をはく奪されている点だった。
ソリダスははく奪されなかった、BIGBOSSの完全な複製ゆえに、被ばくした時の障害も複製してしまっていたからだ。はく奪しないのではなく、やる必要がなかったのだ。
子を成すことのできないソリダスは考えた、自分は何を残すことができるのだろうかと。
彼は遺伝子情報には含まれない様々な情報――歴史や言葉、思想、存在したという事実そのものを伝えようとした。
それがソリダスにとっての、子を成すということだった。
それ故にソリダスは、伝える自由を奪う存在を強く憎んだ。
情報統制によって、何かを伝えようとする行為を制御する存在。彼は自由を求めて、彼等との、『愛国者達』との戦いを始めることになる。
自由、それがソリダスの望んだものだった。
そしてこの記録の対象は、ある意味ソリダス・スネークの子供とも言える。
何故なら彼女はソリダスの模倣だったからだ。
この記録を語り始める前に、幾つか念頭に置いて頂きたいことがある。
この記録は、生きる人が些細な日常で語る物語ではなく、生きる人が最後に残す遺言――などという崇高なものでもなく、断末魔でさえない。
この物語は、亡霊の絶叫なのだ。
知らない方も多いと思うので、事前に私たちのことを説明しておこう。
知っている方はまあ、読み飛ばしても構わない。
1985年、深海凄艦と呼ばれる怪物が海に出現した。
その数は瞬く間に増え、各国のシーレーンは断絶する。軍は抵抗を試みるが、現代兵器の一切を無力化する怪物に対抗する手段はなかった。
人々が数世紀に渡り築き上げた
第二次世界大戦――もしくはその前後――で建造された、各国の軍艦。それが人の姿を得て実体化、擬人化した存在。
それが私たち『艦娘』だ。
人に友好的だった艦娘は、深海凄艦に唯一対抗できることもあり、瞬く間に全世界へと広がった。
かくして世界は一応の
ここまで読むと、如何にも、といった印象を受けるかもしれない。
重々しく語ったが、実際に見てみると「それは違う」と感じるだろう。
容姿端麗な美少女たちが、得体の知れない怪物たちと、時に裸体を晒しながら戦う――何とも言えぬ
いや、実際どこかではゲームとして親しまれているのかもしれない。
というのも、私は並行世界出身の――そしてこの記録の中心である――艦娘を、一人知っているからだ。
しかしこの記録を読む方々は、覚えていてもらいたい。
私たち艦娘は、全員着底するなり、沈むなり、解体されるなりして、生物的に例えるならば一度死んでいることを。
どんなに貴方の見る彼女の表情が明るくとも、どんなにディスプレイの中で愛らしく踊ろうと、そこにいるのは一度死んだ存在なのだ。
いわば、ゾンビと言っても良いかもしれない。
間違ってはいないはずだ。
一度眠りについた船を叩き起こし、また戦えと命じているのだから。
この世界では、死者と生者の境界線は無いに等しい。
勘違いしないでほしいが、私たちは命令されたから戦っているのではない。しかし実際問題、屍者を使役している事実は変わらない。
更に追記するが、艦娘は解体により、真っ当な人間に戻ることもできる。
どういう理屈か語れば、少々ネタバレになってしまうので言えないが、
とは言え、その事実が余計に境界線を曖昧にしているのだが。
話を戻そう。
無論こんな混沌とした世界を生み出した元凶は存在している。その事実はもはや国家機密でも何でもなく、インターネットを探せば(私たちの世界では)すぐ出てくるような内容なので、知っている人も多いだろう。
だから私が残すのは、この世界の謎を解き明かすファンタジー小説などではない。
全体としてはそういう構成になっているが、感じてもらいたいことは別にある。
どうして死者は、復活する羽目になったのか。
言ってしまうとそこには何の意味もない。あるとするならば黒幕とやらの、グロテクスな計画に都合が良かったから、としか言えない。
物事に意味を求めるのは、生者の特権だ。
この記録を残すのは、私自身が
この記録は、私が遭遇した並行世界出身の艦娘、『アーセナルギア』の軌跡について纏めたものだ。
自分から世界を守ることを否定し――その癖世界を護った、どこまでも自由を愛した奇人(私も人のことは言えないが)の物語。私は代わりに伝えるだけでしかない。
だが、それは私にしかできないことでもある。
その上で問い掛けたい。
死者は何故復活したのか。
どんな
そして、如何なる
そうだ。
この
そして私こと、青葉の叫びでもある。
読んでいただければ、恐縮です。
願わくば、貴方のいる場所が、静かな海であらんことを。
冒頭の引用は
『屍者の帝国』(著:伊藤計劃×円城塔/河出文庫)
による