【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File9 夜明けの灯

 まるで身動きの取れない入渠ドッグの中は、治療用の液体をほどよく温めたお湯に満たされている。南方の気候に合わせ、温く調整してある。外気に近い水温は、空気との境目を曖昧にしていく。その中に挟まれた神通も、また曖昧になっていく。奇妙なけだるさを感じていた。

 

 抵抗する理由はなかった。

 このドッグの中で自分ができることはないし、したくてもできない。この眠りに身を委ね、早い所回復するのが最善だ。だが、この痛みが消えてしまうのが、不思議と寂しく感じられた。

 

 

 

 

―― File9 夜明けの灯 ――

 

 

 

 

「聞いてたかい、今の」

 

「ええ、まあ」

 

 時間は、青葉と加古が無線をしていた時に遡る。

 青葉の艤装が修復されたのを確認し、加古は入れ替わりで神通をドッグへ入渠させた。だが一度ドッグに入れば出られない、神通は少しばかしの抵抗を見せたものの、あっけなく浴槽へと放り込まれてしまった。

 

 その後、加古はすぐに青葉と話し始めた。

 何処か別の場所に移動もせず、神通が聞いている隣で無線をしていた。だから彼女たちの会話は、神通も聞いていた。

 

「でも、それでもって思うよ。姉ちゃんが今動けなくって良かったって」

 

「貴女もそう言うのですね」

 

「神通もそうでしょ?」

 

 加古の一言に、神通は何の反論もできなかった。かろうじて搾り出せた声も、笑える程に弱々しい。

 

「どうして?」

 

「いったいあたしが、何時から神通の姉ちゃんをやっていると思ってんのさ」

 

 川内型一番艦になるかもしれなかった加古は、もしもの姉だ。

 ただ姉ではないが、上官だったことはある。しかし神通も加古も、滅多にその単語を口に出そうとはしなかった。あれはお互いに、古鷹と那珂にとって、桁違いのトラウマだから。

 

「あたしは、第五戦隊旗艦の加古だよ。部下の心情くらい汲み止める」

 

 その禁忌を口にする時とは、必ずお互いにとって重要な何かが在る時だ。

 

「たまにはさ、肩の力を抜いて休みなよ。寝すぎは古鷹にどやされるけど……」

 

「一人で、待っていろと言うのですか」

 

「今のあんたは出せない、旗艦として判断するなら」

 

 加古の言葉には、有無を言わせない威圧感があった。

 

「でも最後に決めるのは神通、あんただ」

 

「ドッグからは出られないのでは」

 

「それがどうも可笑しなことに、調子が悪いらしい。下手に暴れないでくれよな」

 

 入渠ドッグは一度入れば出られない安全装置がかかっている、だがその制御装置がぶすぶすと煙を吐いている。全力で抗議する妖精に、加古は気まずそうに頭を下げながら外へ出て行く。再度哨戒任務に戻るのだ。

 

「何もできないまま仲間が死ぬのを見届けるのと、真っ先に沈んで周りを孤独にすること。どっちが辛いのか、あたしには分からない」

 

「加古?」

 

「本当なら間違っているんだろうな……でも、選択の余地さえないのは、絶対に嫌だから」

 

 潜水艦に脚をやられ、古鷹に護られるしかなかっ無力感が伝わってきた。

 また独りになった神通は、加古の言葉を反芻する。

 最後に決めるのは、結局私自身だ。当たり前だが、自分の道は自分で選ばねばならない。私が選ぶのは、伝える道は――

 

 

 

 

 そもそも入渠ドッグから出られないのは、安全装置だからだ。

 修理中という不安定な状況下で無理に出撃し、致命的な損耗を負う危険を未然に防ぐための安全装置。そんなものなければいいのに、と神通自身思っている。

 

 だが、どうやっても出られない状況は、ある意味神通に安心を与えていた。

 例え外で誰が沈もうと、動けなかったから仕方がない。

 私のせいではなかったと、大義名分が立てられる。

 しかしその歪んだ安心は、加古が叩き壊していった。

 

 迷いに迷う神通にしびれを切らし、怒声が響いた。

 人ではない。

 海が、地形が。

 技術(テクノロジー)によって作られ、アーセナル(テクノロジー)に壊された基地が、絶叫を上げていたのだ。

 

 ドッグに満たされた修復液が激しく波うつと、工廠の壁にも波紋が広がる。無制限に広がって地形を喰らい、津波となって押し寄せる。水のように揺れる基地は水になろうと、自分を叩き壊して砕けようと暴れ狂う。自分の意志に関係なく、神通はドッグから飛び出していた。

 

〈神通! 聞こえている!?〉

 

「何があったんですか衣笠」

 

〈基地が深海凄艦の空爆を受けてるの!〉

 

「爆撃……貴女たちは無事ですか」

 

〈ええ何とか、今は撤退の時間を稼いでる最中。加古がドッグの安全装置を解除したって本当?〉

 

〈本当です〉

 

〈今回ばかりは、正解だったってことね……〉

 

 安全装置を破壊するなどまともな行為ではないが、今安全装置がかかりっぱなしだったら、逃げられなかった。

 

〈とにかくそれなら逃げれるわね、急いで神通、私たちもそう長くは持たない!〉

 

「分かりました、しかしミサイルの支援は来ていないのですか」

 

〈気配の欠片もないわ、連絡も取れないし、レイも見当たらない〉

 

 気になるが今は考えている場合ではない。衣笠たちが戦っているのは、私が逃げる時間を稼ぐためだ。幸い体はともかく、艤装は無事だ。逃げる程度ならまだできる。では、逆はどうだろうか。

 

「待ってください、青葉の『艤装』はどうするんですか。まさかここに置いて行く気ですか?」

 

〈放棄するしかない、仕方がないわよ……〉

 

〈そうですよね〉

 

〈急いで神通、早く――〉

 

 ブツリ、と音を立て、無線が途切れた。

 艤装の重量は見た目以上に重い。しかも怪我を負う神通に、艤装を運ぶ手段はない。無理に引っ張れば速度が低下し、逃げきれなくなる。

 

〈まだ此処にいたのか神通、しかし都合は良い〉

 

 衣笠でも青葉でも、ましてはアーセナルでもない声が無線機から響いた。

 

「G.W……ですか?」

 

〈そうだ、我々だ〉

 

「何をしているんですか、ミサイルはどうしたんですか」

 

 不条理だが、神通は感情のない声を出すG.Wに憤りを感じていた。本来あるべき支援がないせいで、衣笠たちが危機に陥っている。

 

〈済まない、今現在我々も窮地に陥っているのだ〉

 

「窮地? 貴方方が?」

 

〈時間がないから端的に済ませる、海底に潜伏しているアーセナルギアのメイン艤装。それは今、無数の爆撃機に包囲されている。詳しい数は分からないが、間違いなくヘンダーソン飛行場全ての機体が動員されている〉

 

「全てって、あの飛行場に配備されている機体の数は」

 

〈大本営のデータベースにある、この飛行場をモデルとした姫を元にするなら、艦攻と艦爆で、計294機となる。今の状態で浮上すれば、撃墜し切る前に沈められる〉

 

「海底から発射は?」

 

〈無理だ、アーセナルギアはレーダーしか積んでいない。だが水中からでは航空機をロックオンできない。哨戒機まで飛んでいる、動いたりレイを発艦させたら終わりだ。潜伏位置を特定され、瞬く間に艦攻の雨が降って来る〉

 

 何ということだ、深海凄艦はアーセナルギアの欠点を完璧に突いてきたのだ。

 

〈我々の欠点は深海凄艦に見抜かれているらしい〉

 

〈どうしてですか、アーセナルギアなんて艦、知る存在はいません〉

 

〈それは最早どうでもいい。我々が今可能なアクションは、青葉の艤装を守ることだ〉

 

 G.Wを中継する二機のレイがワイヤーを飛ばし、放置される運命だった青葉の艤装を絡めとる。

 

〈青葉もまた危機に直面している〉

 

「青葉まで!?」

 

〈我々からの通信が途絶え、青葉は艤装のない生身でこちらへ向かっている。だが彼女の通るルートには艦隊が待ち構えている〉

 

〈生身で艦隊に、何でそんな馬鹿な真似を〉

 

〈君が心配になっているらしい、しかし無駄な死にしかならない。我々それを止めるために、二機のレイで艤装を運ぶ。艤装があれば、少なくとも青葉は艦隊から逃げきれる。神通、君も早く逃げることだ〉

 

「行けるんですか? 確実に?」

 

〈厳しいな、艤装を牽引すれば否応なく航行速度は落ちる。それでこの空爆から逃げきれるかは不明瞭だ。しかし君には関係ないことだ〉

 

 G.Wの言葉には何の感情も乗っていないのに、神通は無性に腹が立った。

 

〈さあ逃げろ神通、我々は青葉にこれを繋げなければならない〉

 

「無理です、レイも艤装も破壊されます」

 

〈君の意見などどうでも――〉

 

「私が囮になります!」

 

 神通が言った言葉であって、そうでないような気がした。

 

〈本当か?〉

 

「やるしかありませんし、沈むと決まったわけでもない」

 

〈……すまない〉

 

 G.Wは謝罪をしたものの、神通は何も言い返さなかった。その理由だけは、結局分からないままだった。

 

 

 

 

 体に纏った艤装が、ドクンと激しく脈打つ。

 久し振りの出撃に興奮しているのだ、兵器としての役割を果たせることに。しかし神通は兵器としてではなく、自分の意志で戦場へと赴いた。

 

 加古や衣笠には、偽の報告をしておいた。

 「私はもう基地を脱出した、貴方たちも早く青葉やアーセナルと合流しなさい」。心から安堵し、衣笠は喜んだ。加古は言葉をつまらせながら、再開を約束した。古鷹はそれを優しく見守っていた。

 

 そして神通は、戦場を前に笑っていた。

 眼前に広がっているのは、無数の敵影だ。戦艦に重巡、そのどれもが対地兵器をこれでもかと詰め込んでいる。夜間にも関わらず、無数の艦載機が飛び交っている。

 

 夜間で攻撃できる空母は、少数だが艦娘にも深海凄艦にも存在している。今回神通の前に立つ空母は、その中でも最悪の部類に属していた。

 

「全ては好調、作戦も、再現も、ソウ、運命サエモ」

 

「……空母棲姫」

 

 神通は歯を食い縛りながら、叫ぶのを堪える。

 丁度入れ違いになったのか、最初からこれを狙って、ミサイルを封じ込めたのか。いずれにせよ分かるのは、空母棲姫も修復が完了したということだけだ。

 

「サア、沈メ」

 

 一度取り逃がしたからか、空母棲姫に慢心と呼べるものは一切ない。しかしそれは神通だって同じだ。

 

 だがこの襤褸切れの体では、あの爆撃は回避しきれない。

 だから神通は敵艦隊の真っただ中に突入を仕掛けた。闇夜に紛れた神通は、ギリギリまで敵に気づかれない。気づいた時にはもう、そいつの頭が火に包まれていた。

 

「私達ガ、巻キ添エヲ恐レルトデモ思ッタノカ」

 

 神通を認めた深海凄艦が、円陣を組んで砲火を成す。

 上から降り注ぐ爆弾が、円陣を膨らませる。当然弾の多くは味方に当たり、次から次へと燃えていく。だが、彼女たちに憎しみは感じられない。あくまで艦娘にだけ向いている。

 

 軋む体が、悲鳴を上げる。

 何故痛いのか、生きているからだ。だからまだ動く、痛い間はまだ時間を稼げる。艦娘であるが故の弊害をそう誤魔化しながら、神通は思う。何故彼女たちは、私達が憎いのだろうか。

 

 深海凄艦は、憎しみから生まれたとされている。

 誰が決めたかも分からないその定義は、デジタルを介して瞬く間に定着した。沈んだ艦の無念、いいように使われて沈められた怒り。後世に残してしまえば争いしか産まない思いが、今こうして牙を剥いている。

 

 ならそれに抵抗する艦娘は何なのか。

 残せないのが深海凄艦なら、残された思いが艦娘なのか。護りたい思い、あの時抱いた誇り。それが受け継がれ、具現化した存在。現に記憶にあって私を成すのは、軽巡神通の史実そのものだ。

 

「そんなものに、私は負けませんよ」

 

 神通の背負うそれらは、空母棲姫の所業を認めなかった。

 無数の砲撃も、爆撃も、全てを紙一重でかわしていく。攻撃を仕掛ける必要はなかった。接近戦を強いられる夜戦は、同士打ちを更に加速させたからだ。

 

 あれだけ基地を追い詰めた艦隊が、瞬く間に消えていく。

 忘れられていた亡霊が、浄化されていくように。

 だが中核をなす空母棲姫を沈めるのは、今の神通には不可能だった。

 火力も体力も、何もかもが足りていない。

 

 とうとう敵艦隊が全滅しても、その事実は変えようがなかった。

だがそれで良い、この間に青葉の艤装を背負ったレイは、逃げ切っただろうから。それこそが何よりも、価値があることだった。

 

「……空母棲姫がいない?」

 

 いつの間にか、彼女はいなくなっていた。逃げたとは思えない、あの憎しみの塊が、報復を遂げる機会を逃がす訳がない。

 

〈――ん――じ――通――ッ!〉

 

 無線機から、ノイズまみれの声が聞こえてきた。青葉の声だった。今の彼女にとっては、深海凄艦よりも恐い声だった。だからこそ神通は、無線機を手に取った。

 

「聞こえていますか青葉」

 

〈神通さん!? 無事だったんですね! でも、基地は、皆はどうなったんですか!?〉

 

「空爆を受けていました、ミサイルが無力化されていたせいで、撤退するしか手段がなかったんです。ですが全員無事です、安心して下さい」

 

〈良かった、無線が通じなくて、青葉は不安で〉

 

 襲撃と同時に、無線封鎖も受けていたらしい。それはまだ続いている筈だ。なのに通じるのは、封鎖されていても届く程近くに来ているからだ。G.Wの言った通り、青葉は私に引き摺られて此処まで来ようとしている。

 

 これ以上来れば、待ち伏せの艦隊に青葉は囲まれる。ここで止めねばならなかった、それは自分が間違えてしまったことを、正す行為も兼ねていた。迫りくるタイムリミットが、神通の意志を後押しした。

 

「青葉、聞いて下さい、大事なことです」

 

〈神通さん?〉

 

「今レイが貴女の艤装を運んで、そちらに向かっています。貴女はそれを受け取り、第六戦隊やアーセナルと合流しなさい」

 

〈アーセナルは、その、今……戦艦棲姫と……戦っていて……〉

 

「なら尚更、アーセナルは()()()()が生きて帰るために必要な人です。早く艤装を受け取り支援に行きなさい」

 

〈分かりました、神通さんも早く!〉

 

「それは無理です」

 

 青葉が黙ってしまった、そんなこと分かっていた。

 だけど、だからこそ言わないといけない。とても辛くて苦しい。心の内を開くのがこんなにも難しいなんて。

 

〈……何を言っているんですか、まさか此処がコロンバンガラだから、無理なんて言うんですか?〉

 

「そうかもしれませんね」

 

〈深海凄艦は沈めたんですよね? なら逃げるだけですよ? あのアーセナルだっていますし、第一らしくないですよ、神通さんがそんな弱気なことを――〉

 

「私は、強くなんかないんです」

 

 再び沈黙した青葉の前で、話すこと。それはまるで懺悔室で見えない神父に告白するような気分だった。

 

「強がっていただけです、私は。

 加古が言ってましたよね、置いて行かれる気持ちが分からないって。あれも嘘です、薄々気付いていたんです、私が沈んだ後、あの子たちがどんな気持ちだったのか。

 でも、聞くのは怖かった。だから私は誇りや強さにかこつけて、あの子や貴女達の本心から目を背けてしまった。気づいたら強い艦娘に見られて、失望されるのも恐くて、余計に強がるしかなくって。

 運命の軛だってそう、私は恐い、目の前の水底に私がいるって思っただけで、今も、作戦前の時も震えが止まらない。拷問を受けて、入渠ドッグに入れられた時、私はホッとしたんです。もうあそこに行かなくて良いんだって、貴方たちが戦ってるのに!」

 

 枯れかけた声で、神通は叫んでいた。

 神通とは、神通では無かった。恐怖で自分を偽り、そんな偽りを信じた周囲に合わせたのが自分なのだ。本当の自分は、こんなにも臆病者なのだ。

 

「私は貴女たちが信じたような、強い艦娘ではありません。ですが偽りの私は、ある意味本当になりたい自分の姿でもあるんです。だから私は今からそうなりに行きます、史実なんかじゃない、自分の意志で」

 

〈神通さんは、今、どうなっているんでしょうか〉

 

 こんなことを今言うことに、ただならぬ物を感じたのだろう。

もしくは今の告白からの、逃避かもしれない。

今はそれで良い、これで私の言葉の、本当の意味が伝わってくれる筈だ。それに関してはもう、青葉や仲間たちを信じるしかない。

 

「修理したての艤装で、修復途中の体で無茶をしたせいでしょうね」

 

 改めて腕や体を動かそうとして、神通は溜息を吐く。

 動かない。

 数メートルさえ進めない。

 生きているからこそ存在する痛みが、もう感じられない。

 単独で艦隊と姫を相手取り、一度は生き延びた対価が、これだった。

 

「動けないんです、全く」

 

〈――逃げて下さい! 艤装を外して! 泳いででも、あ、いや、やっぱり青葉が!〉

 

「無理ですよ、それに見間違いじゃなければ、そこに来てます」

 

〈何が!?〉

 

「貴女の言っていた、戦艦棲姫が」

 

 なるほど、空母棲姫は逃げたのではなく、仲間を呼びに行っていたらしい。

 しかしアーセナルと対峙していた戦艦棲姫が此処にいるなら、彼女は無事だ。きっと彼女も、青葉の力になってくれる。

 

「青葉、今回の戦いをもし新聞にできたら、最初の一部を読ませて下さい」

 

 爆音が起き、青葉の声は途切れた。彼女の元にも艦隊が押し寄せている。しかしレイの届けた艤装が、彼女の命を助けてくれる。

 

 一歩も動けない神通を見て、二隻の姫が笑っていた。

 

「ムザムザ犠牲を増やさないで欲しいわ、イロハ級だってタダじゃないのよ?」

 

「いいだろう別に、それでこいつを、史実通りの場所で沈められるんだから。お前こそアーセナルを取り逃がしただろ」

 

「良いのよ別に、今はまだ」

 

 史実通り、か。

 結局、そうなったのかもしれない。二水戦の子達はいないし、轟沈地点とは微妙に違うけど、概ね同じ再現が成されたのだ。

 

 艦娘と深海凄艦は、何なのか。

 深海凄艦が恨みを伝えるなら、艦娘が伝えるのはそれ以外の思いだ。二つの組み合わせとは、史実の再現に他ならない。運命の軛とは、そういう意味を持つのか。神通の脳裏に、かつての自分が憑依しているいような幻影が浮かんだ。

 

 だとしても、神通は彼女たちに伝えるしかない。

 最後の時間を稼ぐため、神通は二隻の姫に、探照灯を振りかざす。こちらを見ろ、敵は私だ。お前らの望む怨敵は此処にこそいる。

 

「――再現か、腹立たしい、お前たちはそれまでも奪っていく!」

 

 空母棲姫が、艦載機を広げた。

 戦艦棲姫ガ、主砲を構えた。

 神通ハ、探照灯を構エタ。

 

 日はまた昇る。

 

 全てを繰り返すように、太陽は巡る。

 

 海面に浮かぶ探照灯の光は、日の光に飲まれて消えた。




140.85

〈アーセナル、聞こえているか?〉
〈G.W! 貴様何をしていた!〉
〈それは後で説明する、それより報告すべきことがある〉
〈何だ〉
〈神通が轟沈した〉
〈…………は?〉
〈青葉の艤装を運び出す我々(レイ)から、敵艦隊の眼を逸らすために。だがお蔭で、最小限の損耗で切り抜けられた〉
〈損耗だと?〉
〈そうだ、艦艇が一隻沈んだだけ。それだけだ。第一此処で誰が沈もうが、君には関係ないだろう〉
〈……どうして、艤装なんかのために〉
〈白鯨を破壊できなかった我々に残された手段は、空母棲姫の轟沈しかない。しかしその戦いを、艤装なしの青葉が生き残れると思うか? いや、確実に轟沈しただろう〉
〈何が言いたい〉
〈君が生身の青葉をコロンバンガラに連れ出した時点で、青葉か――代わりの誰かが艤装を守って、轟沈するのは決まっていたのだよ〉
〈決まっていた? お前は援護攻撃をしなかったのか!?〉
〈不可能だった、それについてはこちらでも詳しく調査してみる。君は早く()()()()()()()()青葉と合流するのだ〉
〈貴様、何をぬけぬけと……!〉
〈責めるべきなのは、判断を誤った自分ではないか?
 それに少なくとも君が死ねば、提督とのリンクを失い、青葉たちも死ぬぞ?〉
〈…………クソッ!〉

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