【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

14 / 92
※メタルギア恒例演説回です。


File13 空に棲くう姫

 海域の奥で、ソロモン諸島の奥で、サボ島沖の最深部で。

 一隻の姫が、彼女たちを待っていた。ノイズ塗れの無線からは、アーセナルが迫っているという断末魔の交信が絶え間なく届いている。

 

 彼女は思い返す、始めてアーセナルと出会った時のことを。

 成す術もなく蹂躙され、エンガノ岬に沈みかけたあの時の屈辱は、決して忘れてはいない。復讐の時が来る、彼女の頬はつい綻んでしまう。

 

 だが、同時に感謝もしていた。

 何故なら、自分にとって最大の敵が誰なのか、アーセナルが教えてくれたからだ。艦娘にとっても深海凄艦にとっても、全ての物語を破綻させる空っぽな殻。明確なる復讐が、彼女の生きる力となる。

 

 

 

 

―― File13 空に棲くう姫 ――

 

 

 

 

 深海凄艦の大艦隊に空いた小さな切れ目を抜けたアーセナルと青葉。

 それに続く一隻のレイ。後から続いて、加古と衣笠がヘンダーソン飛行場の破壊に動き出す。レイの片割れはそちらの援護に回した。

 

 心残りなのは、言わずもが古鷹のことだった。

 自分を庇い重傷を負ってしまった彼女が、私の手の届かない場所で沈んでしまったら。絶え間なく押し寄せる絶望的なビジョンを払うように、青葉はしきりに周囲を警戒する。

 

「……青葉、いたぞ」

 

 暗闇の奥に、巨大なシルエットが見える。

 資料で見たとおりの、空母棲姫が海上に鎮座していた。巨大な椅子に尊大に座るその姿は、名前通り姫のようだ。幸いにも戦艦棲姫は見当たらない。

 

「こいつが神通さんを……!」

 

 目にした途端、恐怖と憎しみが同時に湧き出して拮抗する。そんな青葉を見て、空母棲姫がクスリと笑う。

 

「ヤッパリ、此処ニ来タノハ青葉、貴女ダッタノネ」

 

「やっぱり、ですって?」

 

「運命の軛か?」

 

 首を傾げながらアーセナルが呟く。私と違い、アーセナルは運命の軛についてかなり半信半疑だ。

 

「今、何ト言ッタ」

 

「お前たちが再現のために、青葉を此処に誘き寄せたんじゃないのか?」

 

「……アア、オ前モ、ソレヲ信ジテイタカ」

 

 声は、ギリギリ聞こえるか否か、というくらい小さかった。

 次の瞬間、空母棲姫が笑い出した。

 突然壊れた彼女に対し、呆然とした恐怖を感じていた。無数の侮蔑が込められた、嘲笑を歌っていた。

 

「運命の軛? 史実の再現? ()()()()に何の意味がある?」

 

「何だと?」

 

「いや、意味はあるな、戦場そのものを作り上げれば、史実は一寸の間違いなく再現される。戦争は語り伝えられていく」

 

 空母棲姫の言っている意味が分からない、あえて言うなら、G.Wの語るS3を聞き始めた時と同じ困惑だ。

 

「分からないか? 分かるまい、我々の自由を無意識に奪ってきたお前たちに、我々の憎しみは」

 

 運命の軛を信じてきた。

 自分の過ちを、運命に押し付けようとして。訳の分からない恐怖にとりあえず理由をつけて、安心しようとして。

 

「運命の軛など、初めから()()()()()のだよ。いや――」

 

 だが、だからこそ空母棲姫の言葉は、誰の言葉よりも強く深く、青葉を殺して見せた。

 

「運命の軛は、お前たち艦娘が創り出したのだ!」

 

 

 

 

「そもそも我々深海凄艦は、史実の再現などしていない。トラウマを想起させる効果はあるかもしれないが、莫大な数の兵士が動く戦場で、そんなものは微々たる効果しかない。無駄な戦略だ。

 史実の再現が起きているなど、艦娘どもの勘違いに過ぎない。たまたま過去と似た戦場と戦闘を見て、それを再現と思い込んだだけなのだ。

 つまりデジャヴ、それが運命の軛の正体。

 だがお前たちは、戦場に過去を見出した」

 

「過去を見出した?」

 

「そうだ、運命の軛を知ったお前たちは、あらゆる側面から戦場に過去の面影を求めた。重巡青葉、お前が思い込んでいるのもその一つだ。

 神通がコロンバンガラの再現で沈んだ? 馬鹿を言うな、確かにあそこはコロンバンガラ島に近いが、かなり離れている。それに再現と言うなら、随伴の二水戦どもは何処へ行った? あいつが逃がした駆逐艦どもは、ショートランドで出撃の準備をしているぞ。

 コロンバンガラの近くだった。たったそれだけでお前は、コロンバンガラの再現と認識したではないか」

 

「なら此処は何ですか? サボ島沖に青葉たちを誘き出したのは、再現のためじゃないんですか」

 

「違うな、ヘンダーソン飛行場を破壊するならここしかない。だから此処で待ち伏せていた。それだけだ。そして戦場に過去を見出す行為は、今の問い掛けで証明された。お前は此処を、サボ島沖夜戦の再現だと思っていただろう?」

 

 そんな筈はない、と言い続けていた。だが心のどこかで、あの戦いを追憶していたのも事実だった。

 

「我々深海凄艦も、お前たち艦娘も、戦争から生まれた存在だ。戦場でこそ、戦うことで何かを伝える存在だ。

 だが、お前たちが過去を見出した時、それは変貌した。

 艦娘たちの認識の変貌により、戦場はかつての戦史に変化した。AL/MI作戦、レイテ沖海戦、第三次SN作戦。過去の再現だと思うからこそ、太平洋戦争で起きた作戦・海戦の名前を、()にも当てはめている。

 史実を再現しようとしているのは我々ではない。戦場を過去に変えたのは、お前たちなのだ!

 過去の再現となった戦場が伝えることとは何だ?

 当然、過去そのものだ。あの時、どう戦いが推移したのか。誰が何を思い、作戦が推移したのか。お前たちが過去を意識すればするほど、戦場は史実に忠実となる、過去はより正確に伝えられる。

 お前たちが自分の意志でやってきたことは、全て過去を伝えるための代理行為なのだ」

 

 だが、と言った瞬間、空母棲姫の顔が憤怒に染まった。

 

「ある意味でお前たちは、自分を伝えてはいる。

 再現された過去は、艦艇だった時の艦娘がやった行為なのだからな。お前たちが残らなくとも、名前は残る。

 しかし我々深海凄艦はどうなった?

 我々は敵としての役割を背負わされた。検索エンジンで調べれば一目瞭然だ、運命をコントロールしているのは、深海凄艦だと誰もが信じている。貴様もさっき言っただろう。

 深海凄艦の意志は、過去に喰われたのだ。

 どんなに怒りを叫んでも、憎しみを歌おうと、運命の軛で括られる。我々の意志は全て、再現のためだけに存在する舞台装置で括られた。エンドロールに役者(艦娘)の名前は載るが、舞台装置は載らない」

 

 今度空母棲姫が睨み付けたのは、青葉ではなくアーセナルだった。

 

「しかし、お前がレイテで現れたことで、それさえ狂い始めた。

 過去の再現は当然、地獄のような戦争を意味する。多くの愚かな大衆は、いっぱしに平穏を望む艦娘は、単なる再現を嫌った。

 そこで英雄アーセナルが現れた。

 過去のない、誰も知らないお前は、だからこそあらゆる史実に介入させることができた。都合が良すぎた、悲劇と不条理に溢れていた戦争は、アーセナルギアを登場させることで、ハッピーエンドに変貌した。史実の二次創作と言っていい」

 

「二次創作?」

 

「そうだとも、現実逃避と言ってもいい。

 納得できないなら証明してやろう。重巡青葉、お前はこのソロモン諸島の第三次SN作戦に、アーセナルが介入してくるのを夢に見なかったか? 絶望的な状況を何とかしてくれると思わなかったか?」

 

 青葉はアーセナルと出会う直前、座礁して動けなくなっていた時を思い出し、硬直してしまった。

 

「これが答えだ、これがデジタル空間を通じ、無限に蔓延している。無根拠が許されるデジタル空間だからこそ、運命の軛も、レイテの英雄も無制限に蔓延した。

 我々の意志を伝える戦場は運命の軛から――今度は、お前に喰い潰された。

 アーセナルギア、お前は既に、正しい史実さえ歪めるウイルスなのだ。深海凄艦にとっても、艦娘にとってもあらゆる意味で害悪なのだ!」

 

 

 

 

 過去を再現しようとする力は、過去に状況を似せることで現れる。

 過去(情報)を操る情報統制と同じメカニズムだ。だからこそ青葉は、同じ過去を操るという点で、S3と運命の軛は似ている、と考えた。

 

 だが、過去を見出し、間接的に戦場を変えているのは、艦娘の方だったのだ。

 それは理屈というよりも、概念的な問題だった。しかし何かを伝えること自体、理屈よりかはもっと本能的、概念的な考えに近い。

 

 ならば紛れもない。

 運命の軛/S3を実行しているのは深海凄艦ではなく、艦娘なのだ。あれだけ嫌悪感を感じた愛国者達と同じことを、私はやっていたのだ。

 

「それが、私の憎しみだ」

 

 空母棲姫がゆらりと腕を上げ、艦載機が浮遊し出す。

 

「ただ史実の為なんぞに戦い、我々の意志を呑み込む艦娘を憎む。それさえも全てを歪める英雄を恨む」

 

 何処からか現れた随伴艦たちが、空母棲姫を取り囲んでいく。一つに生き物のように動くそこには、空母棲姫の意志しか感じない。

 

「過去のためだけに戦い、そんな無意味なものを伝える貴様らに――我々は挑戦する」

 

 空母棲姫の意志が、戦場を支配していく。

 なら、私は?

 私は誰の意志で立っている?

 私か?

 アーセナルか?

 重巡青葉?

 

「この憎しみを越えた先に、私の()()があるのだ!」

 

 しかし死ねば、第六戦隊も皆死んでしまう。それだけが青葉の縋れる、唯一の現実だった。その思いさえ、過去の産物なのかもしれないが。

 

「シズメ……シズメ……!」

 

 瞬間、嵐が吹き荒れた。

 

 

 

 

 搭載数、耐久度。

 どれをとっても、姫は普通の深海凄艦よりも圧倒的なスペックを持つ。空母棲姫の艦載機は、瞬く間に上空を夜よりも黒く染め上げた。

 

「何度デモ、何度デモ沈ンデイケ」

 

 空母棲姫が楽団を指揮するように、腕を振るう。一糸乱れぬ軌跡で空を舞う。四拍目、指揮棒がアーセナル目がけて振り下ろされた。

 

「三式弾装填、発射!」

 

 本来は対空用の兵装である三式弾を、本来の役目で使用する。続けてアーセナルが戦闘機から強奪した機銃を撃ち、一機のレイが両手に搭載された機銃を撃つ。

 

「無駄ナ足掻キダ」

 

 だが、空母棲姫には護衛艦もいる。

 彼女の指示の元、随伴の艦隊がアーセナルに向けて砲撃を放つ。対空戦闘を妨害するつもりだ。しかし今対空を止めれば、回避不能の攻撃が無数に放たれる。

 

〈聞こえるか青葉、我々だ〉

 

 空母棲姫よりも聞きたくない声に、青葉は顔を顰めた。

 

〈レイの軌跡を辿れ、戦術ネットは使えないが、レイのレーダー越しに攻撃の回避ルートを構築することぐらいなら、まだできる〉

 

「誰があなたのアドバイスなんて!」

 

「落ち着け青葉、今死んだらあいつらはどうなる!?」

 

 アーセナルが冷静にそう告げた。彼女の顔も不服そうに皺が寄っていた。彼女が呑み込んでいるのに、私がそうしないでどうする。

 

 G.Wの言う通り、青葉はレイの跡を追いながら対空戦闘を継続する。レイの軌跡を辿る青葉は、砲撃をギリギリで回避していく。癪だが、G.Wのアシストは心強かった。

 

「面倒ナ魚ダ!」

 

 空母棲姫も、砲撃を正確に回避する青葉を見て気づく。

 彼女らは今レイによって支えられていると。

 ならあれを破壊する。

 アーセナル狙いだった艦攻隊と砲撃が、次第にレイに集中していく。

 

「不味い、潜れ!」

 

 アーセナルの指示に従い、レイが水中に潜航する。

 砲撃は無意味に海面を弾き飛ばしただけだった。艦攻が放つ雷撃も、潜航速度が速すぎるレイには届かない。むしろギリギリまで水面に接近した艦攻隊は、アーセナルたちの真正面を飛んでしまっていた。

 

「今だ青葉、ハエを落とすぞ!」

 

「了解っ!」

 

 ほぼ水平に放たれた三式弾と機銃は、密集陣形を取っていた艦攻隊を余すことなく撃ち落とす。数少ない生き残りも、再浮上したレイの機銃が撃ち落とす。今がチャンス――その考えは甘かったと、青葉は再認識した。

 

「繰リ返ス、何度デモ」

 

 再び指揮をとった空母棲姫が、新たな艦攻隊を発艦させた。それだけではない、減った分以上の艦載機が、より一層分厚く展開されていく。最初から全部出さないのは、出し惜しみなのか、レイを警戒しているのか。

 

「レイ、ミサイルを!」

 

 空母棲姫のように指先を突き上げたアーセナルと、レイの対艦ミサイルが連動した。レイのミサイルは、今の青葉たちが確実に有効打を与えられる武装だ。発艦直後の隙を突き、ミサイル群が迫る。

 

 だが砕けたのは姫ではなく、盾に使われた駆逐艦の体だった。

 

「あいつ、僚艦を!」

 

 空母や戦艦を護るのが駆逐艦の務め――そうは分かっていたが、嫌悪感が込み上げる。神通を見てきたなら、余計にだ。

 神通を――彼女を思い出した時、青葉の中で何かどす黒い感情が芽生えた。

が、それを自覚するよりも、いつの間にか空母棲姫の眼前に現れたアーセナルに驚いた。

 

「ミサイルにはこんな使い方もある!」

 

 まさか、レイの発射したミサイルにしがみ付いていたのか? いくら重量的には人間と変わらないからといって、滅茶苦茶だ。

 振り上げた高周波ブレードの刃が、艤装の上に鎮座する空母棲姫の喉元を捉える。

 

 瞬間、無数の羽虫がブレードを阻止した。それは当然虫ではない、苛立ちに顔を歪めたアーセナルを見て、空母棲姫が笑いながら彼女の口調を真似た。

 

「艦載機ニハ、コンナ使イ方モアル」

 

「私の真似をするな!」

 

 反撃に機銃がアーセナルを貫こうとする寸前、海面から飛び出したレイが彼女を加えて助け出す。追撃しようと砲撃を構える深海凄艦、青葉は彼女を護ろうと、援護の砲撃を加える。

 

 狙いはすぐさま青葉に代わり、四隻の砲撃が集中する。回避し切れるか、冷や汗がだらりと流れる。

 

「邪魔だ!」

 

 青葉の前に現れたアーセナルが、驚くべきことにブレードで砲撃を切断した。真っ二つに分かれた砲撃は青葉の両脇をくぐり抜け、遥か後方で爆発する。レイも滅茶苦茶だが、彼女も滅茶苦茶だ。

 

 しかし、このままではじり貧だ。

 空母棲姫の艦載機は再び空を覆い、四隻の随伴艦は姫を護る位置を保っている。それに、敵が一斉攻撃をしてこないのも気になる。まさか、別働隊が挟み撃ちにしようとしている? 私たちが狙いか、飛行場を破壊しようとしている古鷹のどっちが目的だ。

 

「青葉、こいつを一本持っていけ」

 

「え? これって」

 

「私のオリジナルはそれを、『共和刀』と『民主刀』と呼んでいた。こっそりな」

 

 そうアーセナルが投げ渡したのが、どっちの刀なのかは分からなかった。後で聞いた話だが、アーセナルギアを占拠したテロリストは、元々米国大統領だったらしい。二大政党の名前を冠する高周波ブレード、そこにはどんな意味があるのだろうか。

 

「空母棲姫が警戒しているのは私のブレードとレイだ、お前はそんなに警戒していない、その隙を突け」

 

「何ヲコソコソ話シテイル?」

 

 空母棲姫がまた、無数の爆撃を降り注がせていく。この爆撃は戦闘中止まないだろう。いっそ開き直って、この中で闘い続けるしかない。一々迎撃している時間は残されていないのだ。

 

 空爆の水柱から飛び出し、青葉は機関を全力で回転させ、護衛艦隊目がけて飛び込んでいった。心臓とも言える機関が悲鳴を上げている、過度に送り込まれたエネルギーが全身を暴走し、体がはち切れそうだ。

 

 細かい制動などできず、爆撃の真っただ中に入り込んでしまう。だが青葉は一切、これっぽっちも速度を落とさず、尚走り抜けた。

 

「ソレハ、慢心ネ……!」

 

 青葉を沈めようと、艦載機が殺到する。

 途方もない量の爆発が青葉を包み込み、敵艦の姿が見えなくなる。逆に言えば、今何をしても空母棲姫にも、随伴艦にも見えない。

 

 青葉は水柱に紛れて、広範囲に魚雷をばら撒いていたのだ。

 随伴艦はギリギリまで気付けず、重巡一隻がまともにくらい轟沈した。重巡が盾になったせいで、他の随伴艦は落とせなかったがあと二隻だ。

 

 一方空母棲姫にも魚雷は当たっていたが、大したダメージは受けていなかった。姫の耐久力は並みではないと実感させられる。本来なら連合艦隊を組み、着実に傷を負わせなければ倒せない、それが姫なのだ。

 

「ソンナ小細工ガ――」

 

「通じるんだなこれが」

 

 だが、この行動自体がアーセナルを空母棲姫に肉迫させるための囮だった。

 目を見開く空母棲姫の眼球目がけて、ブレードを構えたアーセナルが跳躍する。だが、所詮人間のジャンプだ、一瞬で刀の範囲から逃れる。

 

「艤装モナイ、ミサイルモナイ、ソンナガラクタガ、私ニ勝テルト!?」

 

「お前なんぞには、こいつで十分だ」

 

「モウ遅イ、モウジキ来ルゾ、別動隊ガ!」

 

「それまでに決める!」

 

 対空要員のレイを携えて、アーセナルが再び姫に迫る。

 だが、空母棲姫と今のアーセナルは、相性が最悪だった。空母棲姫の艤装は巨大な椅子のような形状をしていて、姫は椅子に座っている。高周波ブレードが届くのは、生身の部分しかない。

 

 つまり艤装をよじ登るか、跳躍しないと、ブレードが届かないのだ。

 そんな隙を晒したが最後、機銃なり艦載機なりで蜂の巣。

 もしくは距離を取られる。

 ミサイルも、無限に等しい艦載機が盾になってしまう。やはり、完璧に止めを刺すにはG.Wの莫大なミサイルしかないのだ。

 

「青葉は此処です!」

 

 戦場に、異質な声が響いた。

 夜の暗闇と爆音を突き抜けて、サボ島沖に彼女の声が響き渡る。アーセナルを沈めようとしていた二隻の注意は、青葉に逸れた。

 

「ワレアオバ、ワレアオバ!」

 

 青葉は絶叫しながら、その二隻に向かっていった。

 決してその砲撃がアーセナルに向かないように、全力で叫び続けていた。体のふしぶしから血が噴きでる。先ほどの無茶が響いているのだ。

 

 ボロボロの状態でも、敵陣へと叫びながら突撃する。それはまさに、何度大破させても戦場に舞い戻るソロモンの狼の姿だった。そして青葉の心もまた、狼のようになっていた。剥き出しの感情、どす黒いものの正体は、復讐心だった。

 

 神通を沈められたことへの、古鷹を痛めつけられたことへの怒りが青葉を支配していた。深海凄艦へ砲撃を加える度に、淀んだ歓喜が湧いてくる。

 

 だが、それは逃避ではないか。

 復讐できたとして、彼女たちが喜ぶだろうか。復讐は、過去を殺す行為だ。だがそれで今が変わることはない、もう起きてしまった事なのだから。

 

「何故ダ……何故来ナイ、何ガアッタ!?」

 

「どうした? 忘れものでもあるのか?」

 

「煩イ!」

 

 青葉は、アーセナルを見た。

 予想通り空母棲姫には有効打を与えられていない、対空、盾として酷使されているレイは、どんどんボロボロになっていく。なのに彼女は笑っていた。心の底から楽しそうだった。

 

 アーセナルギアは、戦場に出られなかった艦だ。それどころか戦う理由も、全てが偽りだった。だからだろうか、こうやって戦えること自体が、楽しくてたまらないのでないか。

 

 空母棲姫は言った、艦娘も深海凄艦も、戦場で何かを伝える存在だと。

 なら、私はどうだろうか。こうしてソロモンの狼のように暴れ狂う私の姿を見て、誰かが何かを感じるのか。だがそれは史実の青葉であって、私ではないのではないか。

 

 そんな筈はない、そんな筈はない。

 この恐怖が、怯えが、英雄への憧れが、全て史実の焼き回しである筈がない。先ほど叫んだ時、『ワレアオバ』と言ったのも、囮を全うしようとして浮かんだのが、あの言葉だっただけだ。

 

 伝えること――その時青葉は、自分を庇い倒れた古鷹を思い出した。彼女が伝えたいのは何だろうか。彼女と歩いた道は史実とは違う、建造されて、神通に鍛えられて――戦場以外で感じたことがある。

 

「沈め亡霊(GHOST)!」

 

「沈メ英雄(PHANTOM)!」

 

 その時、護衛は沈んでいた。

 空母棲姫は、背後の青葉に気づいていない。アーセナルとレイが、全力を持って注意を引いている。

 

 静かに、青葉は息を吸い込んだ。

 (ウルフ)のような遠吠えではなく、(スネーク)のような、静かに唸りながらブレードを構える。もう壊れても良い、最大船速で加速する。その加速をブレードに乗せる。

 

「――やれ、青葉!」

 

 青葉を止めようとする艦載機は、レイが盾になってくれた。逃げようとする空母棲姫を、アーセナルが押し留めてくれた。青葉の狙いはたった一点、空母棲姫の艤装中央にある、動力機関。動きが止まれば、もうどうしようもない。

 

 刀の一撃が、空母棲姫の機関部分を貫いた。




運命の軛(艦隊これくしょん)
 元々は『劇場版艦隊これくしょん』で判明した、作中の重要ワード。艦娘を過去の史実に縛り付ける運命のような力。これにより艦娘たちは、どうやっても史実通りの最後を迎えるしかないとされている。その他具体的なことは一切不明。
 この世界観においては、艦娘の間で囁かれる噂話として登場。その本質は過去のトラウマや罪悪感を押し付けるために生まれ、デジタル空間を媒介物に急増殖したMEMEである。
 しかし、空母棲姫はそう断言したが、本当に運命の軛が噂に過ぎないのかは分からない。少なくとも我々の知る限り、S3との共通点が多いのは確かではあるが……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。