【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File16 単冠湾泊地

 風を食い破り、ジープが走る。

 荒れたコンクリートの道路が、車をガタガタと揺らし続ける。海岸線からは、強い風が吹きつけてくる。冷たい海風は加速と相まって、肌が凍りそうな吹雪となり、神通を苛んでいる。

 

 眼さえ痛くなりそうな激痛を堪え、神通は真正面を見据えた。

 ぼんやりとした視界に、赤い光が灯り始める。その光は生き物のようにうねり、叫びを上げながら、徐々に大きさを増していく。生物のように蠢く炎だ。

 

 炎は、単冠湾泊地を喰らい尽くそうとしていた。

 対して神通の中にも、炎が灯り始めていた。訓練の最後に装備した以来、ずっとつけていなかった艤装が、熱を持つ。内部の動力部に火が灯り、エネルギーが全身を巡る。この炎は、私を喰らおうとしているのか。

 

 

 

 

―― File16 単冠湾泊地 ――

 

 

 

 

 神通とシエルを乗せたジープは、明石の乱暴な運転に引き摺られ、そのまま勢いを殺すことなく単冠湾泊地へと突っ込んで行った。閉じられたゲートは破壊され、衝撃でジープから投げ飛ばされる。このまま地面に激突か、と思った時、シエルが神通を抱きかかえた。

 

「ぼやぼやするな」

 

 シエルは神通を抱えたまま、地面を何度も転がった。衝撃が分散され、二人は無事に単冠湾に辿り着く。しかし肝心の泊地が、煌々と燃えている。早く深海凄艦を迎撃しなければならない。

 

「無事ですか二人とも」

 

「はい、あの、私はどうすれば」

 

 防衛戦力がどうなっているか分からない神通は、自分がどうすればいいのか分からない。指示を出す人が必要だった。

 

「艤装は問題なく動いているな?」

 

「はい、問題ありません」

 

「なら泊地正面に展開している深海凄艦と交戦しろ、数はそこまで多くない。大体が陸地に侵入しているからな」

 

「そこまで攻め入られているのか」

 

 シエルの言葉に、川路が頷く。この泊地はどうなっているのだ。その疑問は後回しにする他ない。

 

「内部が片付いたら、すぐ増援を向かわせる。それまで時間を稼げればそれでいい」

 

「分かりました」

 

 早く実践に出て、英雄らしい実力を身に付けたいと考えていた。だが初めての実戦がこんなに早くやって来るとは。港に向かって走りながら、神通は何度も深呼吸を重ねる。大丈夫だ、実戦に近い訓練は何度も重ねている。何時も通りやればいい

 

「やるしか、ありませんね……!」

 

 震える足を、その一言で無理矢理封じ込めた。やらなければ、単冠湾泊地が壊滅する。

 

「神通、行きます!」

 

 謎のレ級と交戦した時にあった霧は晴れていたが、吹雪のせいで昼と夜の区別は曖昧だ。視界不良の海に向かって、神通は飛び込んだ。装備した艤装は問題無く稼働しており、艦娘らしく二本の足で海面に立つ。

 

 航行速度、出力ともに問題無し。提督とのリンクはちゃんと繋がっている。

 顔を上げた先には、深海凄艦の艦隊が迫っていた。

 軽巡が二隻に、護衛の駆逐艦が二隻。上陸部隊にしては少ない。川路の言った通り、大半は上陸済みという訳だ。

 

 これ以上の上陸を防ぐため、主砲を数発叩き込む。神通の存在に気づいた敵艦隊が、動きを一瞬止める。思考する暇を与えてはいけない。即座に雷撃を発射し、上陸を防ぐ。一時的に後退した深海凄艦は、標的を神通へと切り替えた。

 

 ともかく時間が稼げればいい、無理に倒す必要はない。だからできる限り、相手の主砲が届くギリギリまで距離を取る。その分発射から着弾まで時間がかかり、回避がしやすくなる。後は足を止めなければいい。

 

 予想通り、四隻分の砲撃が神通を襲い始めた。

 だが十分な距離を取っているおかげで、直撃弾は皆無。爆発した弾丸の破片が、少し刺さる程度。その間にも再装填を済ませ、更に雷撃を撃ち込む。

 

 艦のサイズに関係なく、主砲と同じレベルの火力を発揮できるのが魚雷だ。戦艦だろうと空母だろうと、高確率で致命打を負う。一度発射されたなら、回避するしかない。深海凄艦の陣形は更に崩れた。

 

 行けるかもしれない、そう神通は感じる。

 そうしている間に、吹雪が収まっていく。視界が開け、敵艦隊の姿が明確に見えてくる。そしてしっかりと捉えた艦隊からは、駆逐艦が一隻消えていた。

 

 沈めたのか? 何時の間に?

 だが爆発音はしていない、嫌な予感に駆られて神通は周囲を見渡す。右を見て、そのまま背後を確認し――駆逐ロ級を発見した。

 

 危なかった、発見できなかったら背後から雷撃を喰らっていた。胸を撫で下ろしかけて、神通は気を引き締める。挟み撃ちの形になるのは不味い、早く沈めるために、再度主砲を構える。

 だが、その気の緩みは確かな隙となったのだ。

 

「嘘――」

 

 神通の背中で、巨大な爆発が起きた。

 強過ぎる衝撃に、悲鳴さえ出ない。背中から一気に押されて、肺の空気が全部出されてしまった。息ができず、海面を転がりながら神通は喘ぐ。

 

 言うまでもなく、深海凄艦の主砲が直撃したのだ。背後に回り込んだロ級に気を取られた一瞬、足を止めてしまったのだ。足を止めた瞬間が、水雷戦隊の最後。そんなことは分かり切っていたのに。痛みで涙が出そうになる。

 

 動けない神通に向かって、深海凄艦が砲撃を遠距離から当てていく。一発ごとに着弾地点が近くなってくる。確実に仕留めるつもりだ。一発ごとに、心臓の音が大きくなる。そして心音が、完全に耳を聾した瞬間――深海凄艦が爆発した。

 

 唖然とする神通の耳に、誰かの声が聞こえる。

 心音で麻痺した聴力が戻っていくにつれ、ノイズのような雑音が取れていく。聞こえたのは紛れもなく人の、艦娘の声だった。

 

 

 

「――本当の戦闘って奴を教えてやるよ!」

 

 

 

 突然の横槍に混乱した軽巡が、真っ二つに切り裂かれる。左右に開かれた軽巡から、漆黒のマントを翻す軽巡が現れた。その片手には、まさに海賊が持っていそうなサーベルが握られていた。

 

 もう一隻の軽巡ト級は、攻撃直後の隙を突き、海賊の背中から砲撃を浴びせようとする。しかし後ろに眼でもついているように、海賊は軽やかに攻撃を躱す。個体の意志が希薄なイロハ級は、それでも動揺せず、再装填しながら距離を取る。

 

「にゃあ」

 

 だが、北方迷彩を装備した軽巡が、突如現れた。

 彼女が機銃をばら撒くと、それは装填しようとしていた砲弾に当たり誘爆、ト級の両手は消し飛び、そのショックであえなく轟沈した。

 

 残されたロ級二隻が逃げようとする、一時撤退し、情報を持ち帰るつもりか。だが増援の二人は、それを認めない。

 

「重雷装巡洋艦の力、見せてやる」

 

 ばら撒かれた魚雷の量は、一言で言って『異常』だった。海面が魚雷で埋まったのではと誤認する程の、滅茶苦茶な雷撃。一度発射されれば躱せる筈もなく、ロ級は一瞬で水底へと消えた。

 

 瞬く間に始末された仲間を見て、神通の背後にいたロ級が加速した。しかし逃走ではなく、動けない神通に向けて突撃したのだ。

 

「あのロ級、特攻する気か!?」

 

 海賊のような軽巡が叫んで、漸くロ級の意図を理解した。逃げることも勝つこともできないから、一隻でも多く道連れにするつもりなのだ。駆逐艦といえども、加速が乗った状態で激突すれば、お互いただでは済まない。

 

 逃げようとするが、間に合わない。増援の二人も妨害の砲撃を撃ちこんでくれるが、何発当たって体が燃えても、ロ級は止まらない。意志がないからこそ、恐怖もない。だがある意味でそれは、冷徹な意志でもある。

 だが、増援はもう一人いた。

 

「させないよ!」

 

 特攻するロ級の後部に、砲撃と魚雷が同時に着弾した。移動に用いるタービンが壊れ、ロ級はその場から全く動けなくなる。断末魔か、怨念の絶叫か。それを上げる暇さえなく、増援三隻の一隻砲撃でロ級は消え去った。

 

「大丈夫、神通ちゃん?」

 

 燃え盛る炎をバックに、最後の増援が手を伸ばす。

 焼けつくような赤に、汚れ一つ無い白。それを組み合わせた彼女の衣装は炎に照らされ、輝いていた。

 そして、神通は彼女を知っていた。

 

「那珂?」

 

「そう、艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよ!」

 

 川内型軽巡洋艦三番艦、つまり神通の妹。彼女は『那珂』だ。しかし人の姿で合うのは始めてだ。それでも妹だと分かるのは、かつての記憶か、近い遺伝子を持つからなのか。

 

「……神通ちゃん!? ちょっとしっかり!?」

 

 ともあれ助かった、そして此処には妹がいる。

 その安堵と、極度の緊張からの解放は、神通を夢へと誘うには十分過ぎたのだった。

 

 

*

 

 

 ここは、まだ夢の続きだろうか。

 全身を支配する疲れと、温かい湯船が、そんな錯覚を与える。艦娘を修理する入渠用ドッグの中で、神通は眼を覚ました。

 

「あ、おっはよー」

 

「……おはようございます」

 

 何とか苦労して首を上に動かすと、那珂がこちらを覗き込んでいた。神通は湯船の中で、那珂に抱きかかえられていたのだ。途端に恥ずかしくなり、もぞもぞと体を動かそうとする。

 

「駄目だよ神通ちゃん、この状態で寝たら、本当に沈んじゃうよ」

 

 しかしそんな心配は無用だった。全身に力がろくに入らず、振り解くこともできなかったからだ。

 

「そうみたいですね」

 

「そういうこと、此処では那珂ちゃんが先輩なんだから、黙って言うことを聞くこと」

 

姉さん(川内)はいるんですか?」

 

「今は後方の大湊にいったん下がってるの」

 

 どうせなら姉の川内もいてくれればと思ったが、それは我儘か。そう思って神通は、自覚している以上に疲弊していることに気づく。肉体的にではなく、精神的に。

 

 いきなり死んだ運転手に、首が折れても動くレ級。燃える泊地に死にかけた初陣。怒涛のドミノ倒しに感覚がマヒしていたが、冷静になっていくにつれ、恐怖心が蘇っていく。体が小刻みに振れているのを、必死で抑え込む。

 

「恐かった?」

 

 心を見透かして、那珂が呟いた。

 

「そりゃ神通ちゃんの妹だし。那珂ちゃんだって、初陣は怖かったもん」

 

 遺伝子が似れば、発想は感性も似てくる。似た肉体は同じ状況に同じリアクションを示すものだ。ハッキリ言って怖かったと漏らして泣きつきたいが、姉としてのプライドがそれを許さなかった。この状況(抱っこ)にプライドが残っているかは、考えないことにした。

 

「私を助けてくれた方々は、確か……」

 

「多摩ちゃんと木曽ちゃんだね」

 

「球磨型の次女と末っ子ですね、ですが……あんな姿でしたか?」

 

「あれは『改二改装』後の姿、那珂ちゃんも『改二』だよ」

 

 改二、とは一定練度を越えた艦にのみ許可される特殊な改装のことだ。その姿は純粋なスペックアップから、まるで別の特性を得るまで、多岐にわたる。一例を上げると木曽改二は、本来の史実では予定されただけで中止となった、重雷装巡洋艦へと姿を変えている。

 

「凄いですね……この泊地の皆さんは」

 

 英雄(アーセナルギア)よりも先にまず、彼女たちに追い付かなければならない。神通は不安と期待に満ちた目で、那珂を見上げた。

 

「あー……まあ……凄くならざるを得なかったというか……ね?」

 

 しかし、彼女の歯切れはとんでもなく悪く、瞳は上下左右に揺れていた。

 

「どういうことですか」

 

「……この泊地にはあと、潜水艦が一隻いるの」

 

「はい」

 

「それが全戦力」

 

 神通は思わず、両手で数を数える。

 私を含めて軽巡が四隻、潜水艦一隻。工作艦明石は戦力外なので除外。つまり軽巡四隻が、実質的な全戦力だ。

 北方の最前線を護るのが、軽巡四隻?

 

「実はこの泊地……()()()なの」

 

 シエルの言葉が蘇る。『英雄にはなれない、特に単冠湾泊地では』。その理由とこの戦力は、同じ理由に基づいているのか。

 

 

 

 

 入渠を終えた神通は、そのまま提督がいる執務室へと案内された。

 執務室に向かう途中で見えた泊地は、あちこちがボロボロに崩れ落ちていた。それだけ昨日の襲撃が激しかったのだ。

 なら、それを追い返した三隻はどれだけ強いのか、改めて痛感する。

 

 幸いかどうか分からないが、執務室は無事だった。中から人が慌ただしく動き回る音が聞こえる。神通は息を吸い、少し緊張しながら扉を叩く。

 

「神通です」

 

「ん、ついたか。入れ」

 

 扉を開けると、物が散在した空間が広がっていた。外見上は無事だが、振動で資料が棚から落ちたのだろう。その中央で、作業を進める青年がこちらを見つめていた。

 

「川内型軽巡洋艦二番艦『神通』、着任しました」

 

「こんな状況だが、着任おめでとう。単冠湾泊地は君を歓迎する。私はここの提督の富村だ、よろしく頼むよ」

 

 そう言って富村は手を伸ばす。神通も抵抗せず彼の手を取り、握手を交わす。骨と筋肉でできた、男性の手だ。

 

「あの……それで……」

 

「この泊地がどうしてこんな弱小戦力なのか、か?」

 

 だいぶ疲れた目で、富村提督は捲し立てる。聞いていい内容なのか戸惑っていたが、あちらから話してくれるなら問題ないだろう。

 

「同じ説明を委託憲兵のシエルにもしたからね、何となく予想できた」

 

「シエル……彼女は外国人なのですか? 日本人には見えませんが」

 

 青色の瞳に光るような銀髪は、どう見ても日本人の特徴ではない。

 しかし顔つきは何処か日本人らしくもある。東南アジア系の遺伝子でも入っているのかもしれない。

 

「彼女はアメリカ人とのハーフらしいが、国籍は間違いなく日本だ。まああの見た目だからこそ、こんな辺境に飛ばされたからかもしれないが。メカニックの川路も同じハーフだ……いや、話がそれた」

 

 日本人の中であの見た目は確かに浮く。

もっとも彼女がそれを気にする正確には思えない。トラックで見た限り、泊地に飛ばされたことも気にしてなさそうだった。

 

「さて、まず『発端』から話そう。そもそもこの泊地はまだ、解体から再編成された直後なのだ」

 

「何か……あったんですか」

 

「この泊地は、ブラック鎮守府だった」

 

 

 

 

 ブラック鎮守府とは、俗称である。

 正確には1995年に国連で採択された『艦艇少女の人道的保護条約(HPFG)』。それを元に制定された軍規に違反する鎮守府のことである。

 

 過酷過ぎる戦線維持のため仕方なく、個人的利益のため。理由は様々だが、何れも艦娘を非人道的に扱っていることは変わらない。艦娘に絡む法律の中でも、ブラック鎮守府の罪状は特に重い。

 

 深海凄艦に押され、国家領土さえ侵されていた戦争初期なら、多少見逃されたことも多くあったらしい。しかし戦線が落ち着いている現代では許されない。海域攻略目的のブラック運営も、長期的にはマイナスの結果になることも分かっている。

 

「だが、前任はそれをやらかしたんだ」

 

 折しもその頃は、レイテ沖の攻略戦が行われていた。軍も政府も、民衆の眼もフィリピンに向いていたのだ。前任はその隙を突き、私欲のままやりたい放題していたらしい。しかしレイテを奪還し、続けて『第六戦隊の奇跡』によりソロモン諸島まで取り戻した時、その悪口は露見する。

 

 南方が落ち着いて、北方の戦線を押し上げようと軍部が現場を調査した時、ブラック運営が発覚。それはマスコミに嗅ぎつけられ、民衆どころか世界中に報道されてしまったのだ。よりにもよって、世界有数の艦娘大国と名を成す日本が。

 

「どの国でも、艦娘は大事にされる。深海凄艦に抵抗できる唯一の戦力だからね。だからこそ日本は、激しい非難に晒された。大本営はその後始末に一杯一杯で、北方の戦線を押し上げるどころじゃなくなった。そして単冠湾泊地は解体された」

 

「それで、再編成されたんですよね」

 

「だけどそれもまた、問題だった。

 一度ブラック鎮守府になった時点で、単冠湾泊地はそのレッテルを張られている。その後始末も済んでいない中で、前のような戦力は集められない」

 

「そんなに難しいことなんですか」

 

「ブラック化した原因の一つは、北方の攻略を急いだのが原因だ。なのにまた過度な戦力を補充したら、大衆は同じことを繰り返していると感じるだろう。海域攻略よりも、今は艦娘の人権をアピールすべき時期なんだ。だが、北方の防衛拠点であるこの泊地を放棄することもできない」

 

「情勢が安定するまでの()()が必要だった?」

 

「その通りだ。大衆や世間の目を刺激しない程度に、かつ攻め入られない程度に。だから少数でそれなりの戦力を発揮できる、軽巡ばかりが配属された。少数精鋭での防衛に耐えるため、改二艦も多い……と言えば聞こえはいいが、実際は轟沈しても問題ないような艦ばかり集められただけだ。タンカー護衛任務に失敗した時の旗艦や、もう艦にガタが来ているロートル。それにまだ、誰とも関わりがない新人」

 

 提督から突き付けられた現実に、神通は無心で絶句していた。

 英雄になれるなれないのレベルではない、生き残れるかさえ怪しい戦場に放り込まれるとは。まさか、何の活躍も――誰も護れずに、新米のまま沈むのか?

 

「とはいえ、私も簡単に使い捨てられるつもりはない。この前線を保ち、全員何とか生き残れるよう、最善を尽くそう」

 

 と、富村提督は断言する。他の艦娘と同じく、捨てられても問題無い人材なのだろう。そんな区別があることに腹が立つ。

 

「まだ新人だが、君はあの二水戦旗艦だった艦だ。どうか此処の全員が生き残れるよう、力を貸してほしい」

 

 そう言って彼は、部下に向かって頭を下げた。

 

「はい、勿論です!」

 

 それでも、此処が私の戦場だ。それに彼がどんな過去を持っていようと、全員を護りたいという意志は、この態度で伝わってきた。彼となら、皆を護れるような――そう、私が憧れた英雄になれる気がした。

 

 しかし、此処からもう、陰謀は始まっていたのだ。




140.85


〈そうそう使う機会はないと思うけど、これが私の周波数だ。緊急の用があればここに繋いでくれ〉
〈分かりました〉
〈単冠湾泊地を預かっている提督だ、何かここについて聞きたいことがあれば何でも聞いて欲しい〉
〈……ここだけの話ではないのですが、ブラック鎮守府は今どの程度あるのでしょうか〉
〈大本営の発表では、毎年ゼロ件だよ〉
〈では実際は〉
〈限りなく少ないのは確かだけど、存在はしている。けど君が想像するような、片端から使い捨てるやり方はありえない〉
〈何故ですか?〉
〈艦娘の最大保有数は泊地ごとに決められている、だから新たに建造するには大本営の許可がいるんだ。しかも実際に建造できるドッグは、全て大本営が管理している。格鎮守府で勝手に建造はできない〉
〈新たな建造申請が多いと、疑われる?〉
〈そう、艦の運用が壊滅的なのか、もしくは故意にやっているのか。どの道監査が入るのは確定だ〉
〈だから沈ませるのが前提の運営はありえないと〉
〈でも逆に言えば、沈まないギリギリでのブラック運営はあり得る〉
〈……無くならないものなんですね〉
〈それを防ぐために、あえて対立する陸軍主体の憲兵隊を受け入れているんだ。ブラック鎮守府は長期的に見れば害にしかならないからね〉
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