【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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ACT1 SHELL SUN
File1 落日のレイテ


「建設されているはずのモニュメントは、ぼくたちにあの事件を思い出させるための旗印や灯台のようなものになるべきだ。それを見て、みんなが個人的なことを思い出すための特別なものになるべきだ。」

――『メタルギア ソリッド サブスタンスⅡ マンハッタン』より

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは突然におきた。

 どこまでも広がる地平線を、静かに波が揺らしている。穏やかに照らす太陽に、思わず瞳を閉ざす。聞こえてきたのは、やはりどこまでも広がる、さざ波の音。

 

 眼を開き、その光景を焼き付ける。

 太陽、波、海、それだけだはない。潮風の味、匂い、指先に感じる、なでるような冷たさを。

 

 海面に写る自分の姿が、波紋で揺らぐ。霞となって消えた自分が、人の形に戻った。彼女は不思議そうに、自分の顔を撫でた。生き物の暖かさがそこにはあった。

 

 これは、私なのか?

 彼女はただ、始めて感じた生命の感覚に、戸惑っていた。そう、彼女には五感が存在しなかったのだ。

 

 なぜなら、彼女は人ではなかったからだ。それどころか、生き物ですらない。

 

 超大型潜水ミサイルキャリア、アーセナルギア。

 

 そうだったはずなのに、と、海面を見下ろす。そこにいたのは、無機質な軍艦ではなく、ベリーショートの銀髪をたなびかせる、一人の女性だった。

 

 軍艦の残り香なのか、両足でアーセナルは海上に立つ。沈まずに、浮かんでいる。

 私は、誰だ。

 海は静かに、風だけが応えた。

 

 

 

 

―― File1 落日のレイテ ――

 

 

 

 

 超大型潜水ミサイルキャリア、アーセナルギア。

 アメリカ海軍により建造され、21世紀の戦艦と呼ばれたそれは、圧倒的な力を持っていた。

 

 全800基ものVLSを搭載。特殊な水陸両用戦車を、護衛として25機配備。更に戦術ネットによって、アメリカ陸、海、空、海兵隊の全4軍を統一し、指揮を出すことが可能。

 

 まさしくアーセナルは、海上のホワイトハウスとして建造されたのだ。そしてアメリカの覇権は絶対的になる――はずだった。

 

 栄光どころか、彼女は海軍の汚点として歴史に刻まれてしまったのだ。アーセナルギアを制御する、中枢コンピューターの暴走によって。

 戦艦大和約80倍にも及ぶ巨大戦艦は、マンハッタンに突っ込んでいき、甚大な被害を与えた。

 

 あるテロリストにより引き起こされたこの事件は、2001年にツインタワービルを崩壊させ、テロとの終わりない戦いの引き金になった9,11の再来と呼ばれた。アーセナルは活躍もなく、解体された。

 

 その後後継機として、改修型のアウターヘイブンが起動したが、そちらはそちらで、20世紀最後の戦艦、ミズーリに敗北する末路を辿っている。

 

 アーセナルギアであり、かつアウターヘイブンでもある彼女は、それを覚えていた。というより、今さっきまでミズーリと戦い、負けたのだ。

 

 ところが気がつけば、こうして女になり、海面に足で立っている。

 より正確に言えば、背中に巨大な鋼鉄製のマント――らしき兵装を背負った、銀髪の女性が立っている。そんな馬鹿な、非常識過ぎる。人だからこそ得た五感の全てが抗議している。それは自分が人間になった、というだけではない。

 

 改めて周囲を見渡す。どこまでも続く地平線にはなにもなく、真上に昇っている太陽が、きらきらと海面を輝かせている。

それがおかしい。

さきほどまで戦っていたミズーリはどこへ消えた。それに戦いが終わった時は夕暮れ、海面は赤く染まっていなければいけない。

 

 この急激な変化はいったい。ただ場所が変わっただけとは思えない、何か、私の理解の及ばない何かが起きたのだ。

 

 これは、なんなのだろうか。

 艦という技術が、道具の枠を超え、人になっている。実体化したテクノロジーとでも言うべきか。人の制御を外れた文明は、どこへ向かうのだろうか。問いかけようとも、応える人も、答える人もいない。

 

 ばしゃりと、しぶきが立つ。アーセナルの足を濡らした水は、彼女の足元を滑りながら海に戻る。波はそうして引いて行き、彼女の足を再び濡らす。そしてまた、引いて行く。変わることのない繰り返しは、彼女の思考と同じく、意味を持たない。

 

 だが、そこに変化が訪れたのを、アーセナルは見逃さなかった。

 何度も打ち付ける波が、徐々に、しかし、水に絵の具を溶かしたようにハッキリと、真っ赤に変色してきていたのだ。

 

 同時に昇っていた太陽の光が、遮られていく。赤い海は照らされなくなり、黒ずんでいく。見上げた空は、海と同様に黒く染まっていた。蠱毒のように、蠢いてもいた。ただの雲ではない――敵だと、直感した。

 

 それは、戦闘機の群れだった。

 手のひらに収まるほどの大きさ。漆黒の装甲と目玉のように青く光る照明は、おもちゃのようでもあった。

 だが下部に搭載された爆弾が、殺意を主張して鳴いている。

 

 瞬間――鋼鉄製の鳥が、アーセナルへと殺到した。

 空を覆い尽くす戦闘機、爆撃機、攻撃機。数えるのも馬鹿らしい。それが自分ひとりに向けられている。

 

 まともにくらえば、命はない。

 彼女は海面を、スケートのように滑り、逃げ出した。アーセナルの速度は潜水艦にしては速い方だ。だが空を飛ぶ戦闘機と比較すれば、遅すぎる。

 

 爆撃機から投下された爆弾が、アーセナルの背中に装備された兵装に直撃する。激しい轟音を放ちながら鋼鉄のマントが抉られる。砕けた破片が顔を掠め、赤い血が流れだす。

 始めて感じる痛覚に、アーセナルはうめき声を漏らした。

 

 馬鹿げたサイズのおかげで、致命傷にはなっていない。だがこの巨体、この鈍足では逃げ切れない。いつかは沈められてしまう。

なら反撃するしかない――そう決意したアーセナルは、激烈な――本人は気づいていないが――怒りを覚えていた。

 

 それは、暴力によって自分を沈めようとする者たちへの怒りだった。不条理な戦争によって、自由を奪われることへの、絶叫だった。どうしてかは分からない。しかし自由を奪われることは、彼女にとって耐えがたい苦痛だった。

 

 アーセナルの視界に、変化がおきた。

 電子式のレーダー画面が視界一杯に広がったのだ。それは網膜に直接、投影されていた。これは自分がやったのか。誰かがやったのか。返答はすぐにきた。自分の中から。

 

〈敵は8時の方向だ。そこへ対艦ミサイルと対空ミサイルを撃ち込め〉

 

〈貴様、まさかG.W.か!?〉

 

 アーセナルギアの内部には、彼女を制御する中枢コンピューターがある。それはただのデータではない。自分で考え行動できる、光ニューロによるAI。テロリストにより暴走させられ、マンハッタンに突っ込むきっかけになったAIは、『G.W.』と呼ばれていた。

 

 暴走し、崩壊したはずのAIがいる。自分が一度解体されたことを踏まえても、尚驚くべき事実。これでは、あの世から蘇ったも同然ではないか。

 

〈驚いている暇はない、急げ、敵は更に数を増やすぞ〉

 

 AIらしい、冷徹な合成音声が、アーセナルに冷静さを齎す。

 

〈この兵装は、お前が制御しているのか〉

 

〈いや、私は許可を出すだけだ〉

 

〈そうか。001基から090基までを開放。まずは戦闘機どもを潰す。レーダーはお前に任せた〉

 

 ここにも自由を奪うものがいる。どんな理由で奪いにくるのかは分からない。しかし、思い知らさなければならない。自由を制御することへの報いを。私がアーセナル(火薬庫)ギアと呼ばれる理由を。私に触れればどうなるか。

 

「さあ、ショー・タイムだ」

 

 赤い海から、無数の火柱が立ち上がる。反撃ののろしではない。完全なる蹂躙が、宣告された。

 

 

 

 

 赤い海の上で、索敵機からの報告に、彼女は耳を疑った。

 

「全滅、ダト?」

 

 G.W.の合成音声とはまた違う、声帯からの声なのに、この世のものとは思えない無機的なトーンで、彼女は呟いた。

 

 彼女、と言うべきかも怪しい。

 確かに顔つきや髪の毛、黒いセーラー服のような装甲越しでも分かる乳房と、姿形は女性そのものだ。しかし肌の色は死人のように真っ白、瞳だけが怪しく、赤く輝いている。

 

「オ前達、第二次攻撃隊ハ残ッテイルナ」

 

「ハイ、問題アリマセン、空母棲鬼サマ」

 

「ナライイ、直チニ発艦、アノ艦娘ヲ沈メロ」

 

 巨大な漆黒の兵装に居座り、白い長髪を掻き分けながら、空母棲鬼と呼ばれた彼女は指示をだす。

 

 配下が艦載機を発艦させるのを眺めながら、全滅の理由を考える。

 索敵機からの報告では、謎の飛翔体によって、攻撃隊が全滅したらしい。それは恐らく、噴進砲と呼ばれる対空ロケットランチャーだ。あれは強力だが、多くは装備できない。次があの艦娘の最後だ。

 

 心の底から楽しそうに、空母棲姫は笑う。こんな感覚は久し振りだ。史実や歴史に関係ない、私の意志で行う純粋な蹂躙というものは。今日もここで、レイテ沖海戦の再現をしなければいけなかったのだが、棚から牡丹餅、と言ったところか。

 彼女が嬉しいのは、自分の力――艦載機を運用し、空を制圧する艦種、正規空母――を存分に、自分の意志で振るえることだった。

 

 しかしあの艦娘は何なのだろうか。あんな兵装は今まで見たことがない。まあ沈めてしまえば、全員鉄くずだ。

 空母棲鬼が指揮者のように指をかざす。椅子の様な兵装に備え付けられた飛行甲板に、アーセナルを襲った黒い艦載機とはまた別の、白い艦載機が現れる。

 

 さきほど指示を出した空母ヲ級とはまったく違う、より上位の力を証明する、白い艦載機。どうやって楽しもうか、史実の関係ない蹂躙が、こんなに心躍るものだったなんて。

 

「全攻撃隊、発艦ハジ――ッ!?」

 

 その愉悦が、堪能する時間が、彼女を助けたのかもしれない。遥か地平線から伸びる噴進煙に気づけたのは、経験の差だった。

 嫌な予感に、彼女は発艦指示を取り消した。

 

 その直後、墳進煙の大本である、ミサイルが艦隊の目の前に現れた。

 発艦直後の艦載機に、それの回避はできない。

 できるエースパイロットもいたが、ミサイルの技術(テクノロジー)技術(テクニック)を上回り、撃墜させられた。

 

 次々と迫るミサイル群が、空母ヲ級を、軽母ヌ級を貫いていく。破壊され制御を失った艦載機が飛行甲板に墜落し、燃えながら踊り、被害を広げる。制空権は瞬時に奪い返され、護衛としてつけていた戦艦も、駆逐艦も、成す術なく沈められた。

 

「馬鹿ナ」

 

 助かったのは、自分を含むごくごくわずかだった。後は全員沈められた。燃える海面が、夢ではないと物語っていた。

 

 あれは墳進砲などではない、ミサイル兵器だ。それを運用するために、自分たちより高性能のレーダーを、あいつは持っている。

 

 軋む音がした。それは空母棲鬼の歯ぎしりだった。

 こうなれば、残る全ての艦載機をぶつけるしかない。怒りに駆られるまま、飛行甲板から次々と、艦載機が飛び出していく。

 

 これでミサイル群を掻い潜れるかは分からない。しかし一機だけでも突入出来れば、そのままこじ開けられる。もう戦いを楽しむ余裕は、どこにもなかった。焦りを隠すこともなく、索敵機に問いかける。

 

「奴ハイタカ!」

 

 にも関わらず、現実は不条理なままだった。

 

「――見ツカラナイダト!?」

 

 そんな馬鹿なことがあってたまるか、奴は私以上に巨大な兵装を装備していた。煙のように消えるなどありえない。

 隠れる場所があるとすれば――

 

「マサカ」

 

 真下を見下ろした彼女は、水の軌跡を見つけた。

 潜水艦が浮上する寸前に現れる現象には、艦橋が見えていた。

 距離をとろうとするが、海面から飛び出したアーセナルに、取り押さえられた。

 あの巨体で潜水可能、そんな常識は思い付かなかった。

 

「艦娘メ、ヨクモ!」

 

「カンムス? それが我々の名前か、ならお前たちもか?」

 

「フザケルナ、同ジニスルナ、私達ハ深海凄艦、貴様等ヲ沈メル存在ダ!」

 

 逃げようにも出力が違い過ぎる。だから空母棲鬼は、残存する艦隊へ攻撃指示を出す。自分が沈んででも、沈めてやる。

 

「そうか、お前たちは深海凄艦と言うのか」

 

 それも無駄骨に終わった。次々と飛来するミサイルは全く絶えず、第二波によって、残存艦隊も全滅したからだ。

 

「沈メテヤル、絶望ヲ教エテヤル、ソレガ貴様ラノ――」

 

「艦載機を戻すつもりか、なら今、ここで死ね」

 

 断末魔を聞き届けず、アーセナルは彼女を放り投げた。直後、発射されたミサイル群が彼女を取り囲む。

 こんな、こんなことが。

 抱いていた思い、背負わされた役目。その全てが、揺さぶられて霧散する。今までのことは夢なのか。彼女の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 そうして火の塊となり、水底へ沈んで行く空母棲鬼を、アーセナルは眺めていた。

 深海凄艦、我々艦娘を沈める存在。

 奴はそう言い残そうとしていた、それはいったい、誰が決めた役目なのだろうか。振り返れば、意志もなにもなく、ただの鉄クズへ還った残骸が、海面を煌々と照らしている。役目など、沈んでしまえば同じでしかない。

 

〈――聞こえますか、そこの艦娘、聞こえますか!〉

 

 兵装に備え付けられた無線機から、聞き覚えのない声が聞こえる。

 

〈聞こえるなら、返事をして下さい!〉

 

 落ち着いているようだが、興奮を隠している声にも聞こえる。地平線を見つめると、炎の先に、わずかだが人型の群れが見えた。上空を見れば、深海凄艦のとは違う、もっと現実的な索敵機が飛んでいた。

 

 彼女たち――艦娘たちは、私をどうするつもりだろうか。

 一つの懸念があった。それは国家だった。艦娘は国に運用されているかどうか、という重要な疑問。

 

 彼女は暴力による支配を嫌い、深海凄艦を蹂躙した。

 国家は法と律によって、自由を制限するシステムだ。そこにはなんの違いもない。少なくともアーセナルはそう考えた。

 

 だから彼女は、水底へと飛び込んだ。国家に組み込まれないために。

 迎えようとする艦娘を拒絶し、逃げ出した。

 炎の熱が薄れていき、殺戮の興奮も沈んでいく。全身を撫でまわす海水は冷たいはずなのに、寒さを感じない。それは艦娘の――潜水艦の機能なのか。

 

 再び失われる五感は、アーセナルを地上と切り離していく。

 何もない、という冷たさが、体の芯を貫く。聞こえない、寒くない、見えない。技術が人を飛び出して艦娘へ。そして再び私の意識は切り離される。また機械のように、泳ぎ続けていた。行先は誰にも分からない。

 




冒頭の引用は
『メタルギアソリッドサブスタンスⅡマンハッタン』(著:野島一人/角川文庫)
による。




超大型潜水ミサイルキャリア『アーセナルギア』(MGS2より)
 世界中に拡散した、核搭載型二足歩行兵器メタルギアに対抗するため、アメリカ海軍が建造した超大型潜水艦。マンハッタンに乗り上げた際の映像から適当に計算すると、概ね戦艦大和80隻分相当の巨体を誇る。
 護衛型メタルギア25機に加え、1000発以上の各種ミサイル兵器を搭載。文字通り規格外の火力を持つ。しかしその巨体やミサイルを維持するには、アメリカ陸海空軍の支援が必須であり、単独で見ると恐るべき欠陥潜水艦だったりする。
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