【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File27 二巡に棲くう姫

 音が、耳障りで仕方がない。

 どうしてやって来る、やはり来てしまうのか。自分のことだから分かっていても、違う選択をして欲しかったと思ってしまう。その苛立ちは、何も分からない子供を相手取るのと同じ気持ちだ。

 

 ならば、この胸の高揚は何だろうか。

 もウ答えテくレル人ハ、何処ニモイナイ。

 ダカラ私ハ待ッテイル、貴女ヲ此処デ。

 

 

 

 

―― File27 二巡に棲くう姫 ――

 

 

 

 

 スネークが送った、無言の激励。

 それに押されて神通は、シャドー・モセスの吹雪の中へと飛び込んでいった。サーマル・ゴーグルをつけ、周囲に誰か潜んでいないか確かめる。

 

 見たところ、敵影はない。スネークが囮として動いている証拠だ、それに加えて彼女は、敵に包囲されてしまった仲間の救援も、レイを使って試みている。皆のことは彼女に任せてればいい、成すべきことに集中しよう。

 

 神通はサーマル・ゴーグルに、一つだけ見えた熱源を見据えて、そう思った。

 また探照灯で目潰しをされては堪らない、神通はゴーグルを取り外す。軽巡棲姫の声は、吹雪に掻き消されず真っ直ぐに届いた。

 

「来テシマッタノネ……私」

 

「伏兵も用意していないとは、不気味ですね」

 

 北方棲姫は陣地を取り返したが、イロハ級のコントロールまでは奪還できていない。それを取り戻すには、今制御権を持つ軽巡棲姫を沈めるしかない。だが無数のイロハ級を支配できるのに、それらは一隻も見当たらない。

 

「貴女トハ……真正面から戦いたいから……」

 

「貴女を沈めないといけませんから」

 

「……アソコマデサレテモ?」

 

 散々利用されたことを言っているのだろう。確かにそうだ、何も思わない筈がない。捨て駒として扱われ、仲間を事実上人質に取られてまで戦う私は、傍から見れば異常なのかもしれない。

 だが、それが何だと言うのだ。

 

「私は、私の仲間を護りたいだけです。世界がどうなろうと、私がどうなろうとも」

 

 迷いはない、今危機に陥っている仲間を、姉妹を守り抜く。それが私の行動原理だ、そうでなくては、二水戦の名折れ。

 だが、軽巡棲姫は笑った。

 

「……アア、ヤッパリ、ソウナノネ」

 

 自嘲めいた笑いをしながら、彼女の影が蠢く。何がおかしい、そこまで堕ちたか。ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

「認メテアゲルワ、貴女は間違いなく神通……かつての私と同じように」

 

「何も嬉しくありませんね」

 

「その通りよ……私も……そう思う」

 

 どういうことだ、あんな言い方をしておいて、急に認めてきた。軽巡棲姫は何を考えている。もしかしてそれは、川路が言っていたことと関係があるのか。

 

「疑問を感じたわね、分カルワ。同じ神通のよしみで……最後に教えてあげる」

 

 打ち合わせでもしたかのように、一時的に、吹雪が止んだ。

 

「疑問に思わなかったの、こんな国家間の謀略が絡んだ戦いで、新兵の貴女が選ばれた事を」

 

「それは、私が……その気になれば、処理しやすかったからでは」

 

「違うわ、ところで貴女……色々な人から事あるごとに、『二水戦』と呼ばれなかった……?」

 

 そういえば、川路がことあるごとに言っていた。励ます時、立ち向かわせるとき、君はあの二水戦だろう、と。

 

「ソレコソガ、貴女ガ選バレタ理由」

 

 自嘲を止めた軽巡棲姫は、夜空を暗幕に、物語を語り出す。

 

「二水戦の誇り……それを利用する為に……貴女が選ばれた」

 

「誇り……?」

 

「仲間のために戦う、それ自体が……大本営の筋書き通りなのよ」

 

 

*

 

 

〈艦娘が建造によって…生産され始めた頃は、艦種によって区分されていたわ。駆逐艦…巡洋艦…戦艦。それぞれの艦種ごとに…適した場所へと配属されていった。それは昔と変わらない……艦種によって得意なことは違うもの。

 

 でも様々な艦娘が建造され続けて…変化が起きた。

 全く同じ史実が元になっているせいね…建造された同じ艦娘は…例外なく同じ外見…性格…趣向をしている。いわば遺伝子が同じだから、貴女と私…お互いがお互いに考えていることが大体分かるのは…当り前のことなのよ。

 

 長年の建造で…どの艦娘がどんな性格をしているのかは明らかになったわ。大本営のデータベースには…艦娘ごとの性能や性格…手なずけ方がリスト化されて保存されているわ。貴女最初、富村提督に好印象を抱いたわね…? あれもリストに従った効果よ…川路がことあるごとに『二水戦』と発破をかけたのも、貴女を上手く動かすための一例でしかない。

 

 そして性格が把握できれば…その性格を最も活かせる戦場に派遣するのが…一番効率的。例えば特三型の4番艦…電が良い例だね。あのタイプは艦娘にしては珍しく戦闘を嫌う傾向がある。

だから役に立たない…とはならないわ。逆に言えば過度な虐殺もしないから、民間からの見栄えがいいの…性格……遺伝子を制御するとは、こういうことよ。

 

 …ここまで言えば分かるわね?

 大本営のデータベースに保存されている…軽巡『神通』の性格を読み上げてあげる。

『コロンバンガラ島において僚艦を庇い、かつ美保関沖演習において駆逐艦『蕨』を沈めた影響か仲間を護ることへの執着が強い。故に護る対象があれば、どんな過酷な状況下での戦闘も可能』。

 

 この作戦の最終目的は…核弾頭を得られるかどうかにかかっていたわ。

 けど…その過程で核の脅威を知ること…合衆国と水面下で戦わざるを得ないことは…最初から分かり切っていた。禁忌とされる核兵器に…同じ艦娘同士での殺し合い。こんな現状を知って、最後まで任務に忠実な艦娘がいるのかしら……?

 

 …ああ、そこにいたわね。神通?

 もう分かるでしょう?

貴女がこの任務に配属されたのは…仲間さえいれば絶対に逃げないと分かっていたから。美保関に参加していた艦艇や、姉妹艦の川内姉さんもいたのは…その気持ちをより高めるため。

 

 現に貴女は…逃げずに私に立ち向かっている。かつての私…ソロモン諸島での私もそうだったわ、仲間を護れればそれでいいと思っていた。それが、その考え自体が制御されたものだと知るまではね。

 

 第三次SN作戦、私が沈んだあの作戦がそうだった。

 あの作戦が失敗する可能性の高い、博打のような計画だったのは最初から分かっていたの……でも政府の連中は、これを強行したわ。一般的には……レイテ沖で減らした敵戦力が補充される前に、ソロモンを奪い返す為。戦果を上げて国民の機嫌を取るためなのは……明らかなのにね。

 

 だからと言って、無駄な犠牲は増やしたくない……だから私が部隊に組み込まれたの……部隊が危機的状況になったら、私が必ず殿をすると分かっていたから。神通はそういう艦だと知った上で、使い捨てられたの。結果は貴方も知っての通り……私が犠牲になったおかげで……沈んだのは私だけで済んだ。後死んだのは提督だけ、最低限の犠牲で最良の結果を得たと……大本営は喜んでいたわ。

仲間を護りたい、ただそれだけの思いさえ……好きなように弄ばれたのよ……?

 

 私達は遺伝子によって縛られて…制御されている。でも艦娘たちはそこから逃げない……元が艦艇だから、遺伝子レベルで国家への忠誠心を植え付けられている……そこから自由になるには深海凄艦になるか……国家そのものが消えるか。

 白鯨はそれを解放するために必要なもの、だから私は戦艦棲姫に協力したの〉

 

 

 

 

 寒さがまるで感じられず、自分が今どうなっているのか、どんな顔をしているかさえ分からない。

 D事案の中でも、敵が元々味方かもしれないと分かっても、戦える。肝心なのは今ここにいる、確かな仲間なのだから。

 

 だが、そう考えて此処に辿り着くこと自体が、大本営の仕組んだことだったのか。

 ショックを隠し切れない、自分の意志で選んで来た道が、最初から決められていたとは思いもしなかった。

 アーセナルギアと青葉が活躍する英雄談の正体が、一隻の艦を捨て駒にすることで描かれた茶番なんて知りたくもなかった。神通は軽巡棲姫が世界を憎んでも、止むを得ないとさえ感じている。

 

 それでも尚、軽巡棲姫は倒さねばならないと思ってしまう。

 これも大本営の知っている思考なのだろうか、遺伝子はそれさえも制御しているのか。彼女の思いを他所に、体に刻まれた遺伝子は、戦いのための準備を始めていた。

 

〈誰もが仲間の為に戦う〉

 

 軽巡棲姫も同じだと、神通は感じ取った。

 

〈けど……姉妹や仲間に人一倍執着するのは、私達神通だけ……それは否定できないわ、誰も生まれ持った遺伝子からは逃れられないもの〉

 

 だからこそ、と軽巡棲姫は静かに叫んだ。

 

〈私は貴女を沈める……かつての(神通)になった貴女を否定して……私の過ちを否定する〉

 

 神通は、軽巡棲姫を理解した。

 どうして彼女は自分に拘るのか、やけに接触を図ってきたのか。それは神通が軽巡棲姫を否定するのと同じ理由だ。立場が逆になった、たったそれだけだったのだ。

 

〈……どちらが真の二水戦か……決着をつけましょう〉

 

 遺伝子に刻まれた思いだろうが、やらなければならないのだ。軽巡棲姫を止めなくてはいけない。かつて私は、スネークのような艦娘になりたいと願った。けどそのスネークを生かしてくれたのは、他ならぬ貴女なのだから。

 

 夜の世界を、再び吹雪が覆いつくす。夢も理想も、余計なものは全て見えなくなった。あるのは純粋な殺し合いだけ。

 待ち伏せの夜戦が、幕を上げた。

 

 

*

 

 

 再び吹雪が舞い上がった瞬間、神通は海上に浮かぶ岩陰に姿を隠した。何とか人一人隠れられる大きさしかないが、とりあえずはこれでいい。

 

 正直なところ、真向勝負で勝てるとは思っていない。軽巡棲姫は元々神通、それも『改二』。今の私とは雲泥の差、実力含めてあらゆる点で劣っている。しかしこの吹雪と暗礁地帯は、軽巡棲姫の動きも制限してくれる。つけ入るならそこしない。

 

 いずれにせよ、今軽巡棲姫がどこにいるか分からなくては話にならない。何とかして、位置を特定する必要があった。実力差が大きい以上、長期戦は不利だ、それに別働隊やスネークのこともある。

 

 考えている間、軽巡棲姫は何のアクションもしてこなかった。こちらから仕掛け、リアクションを誘う他ない。自分の位置を知らせる危険な行為が、どこまで持つか。意を決した神通は、彼女から借りたスナイパーライフルを手に取る。

 

 魚雷は駄目だ、あれは軽巡棲姫に致命打を与えられる唯一の武装。簡単に使ってはいけない。同じく借りたサーマル・ゴーグルはまだ使わない。また目潰しされたら、もう二度とこの世の景色は拝めない。

 

 分厚い吹雪の壁に向かって、狙撃用の弾丸が吸い込まれていった。

 風の向こうからは、何の音も聞こえてこない。流石に当たってはいない、これで何らかの反応があればいいが。しかし待ってみても、軽巡棲姫は何もしてこなかった。あくまで待ちの姿勢は崩さないようだ。こちらにその余裕はないが。

 

 移動しないといけない、挑発は失敗した、狙撃音でこちらの位置は割れている。近くに在る、別の岩陰に移動しようと、神通はゆっくり動きだした。

 暗礁に引っ掛からないためでもあるが、直感じみたもので感知されても困る。ゆっくりとした足取りは、素人なりに考えた気配を減らす方法だった。

 

「ッ!」

 

 刹那、目の前を魚雷が音もなく通り過ぎていった。

 あと一歩踏み出していたら、直撃だった。ゆっくりと歩いて助かった、そう安堵し神通は改めて岩陰に隠れ直す。

 

 魚雷は撃ってから到達までに時間が掛かる。軽巡棲姫は今魚雷を撃った位置から、もう移動しているだろう。しかし、行動範囲を絞ることはできた。暗礁まみれで迂闊に動けないのは、軽巡棲姫だって同じなのだから。

 

 狙撃銃を連射し、更なる絞り込みをかけよう。もとより正確な狙撃なんて不可能、これを命中させる気は全くない。その為に身を乗り出した、その時だった――無数の魚雷群が、次々と殺到したのは。

 

 隠れている小岩が、大きく揺れる。

 まさか位置がばれたのか、不味い、一発二発ならともかく、この小岩は魚雷の爆発に何発も耐えられない。しかし魚雷は逃げ場を塞ぐコースに発射されていた。岩が壊れない可能性に賭け、神通は息をひそめた。

 

 体を小さくしている間にも、爆発は次々と起きる。

 挙句、絶え間なく発射される魚雷が、徐々にこちらに迫ってきている。この吹雪の中、どんな索敵をしているのだ。技術ではなく、先天的な感覚なのか。

 

 だがこれはチャンスでもある、神通は岩陰から身を乗り出して、サーマル・ゴーグルを一瞬だけ身に付けた。しかし真正面は見ないで、水面を見た。魚雷の軌跡は熱を保ち、ある一点から伸びている。

 

 魚雷は普通動きながら撃つ、それをしないということは、向こうも動きが制限されていると見ていい。この攻撃を少しでも止めるべく、神通はゴーグルを外し、その一点に向けてライフルを乱射した。

 

 少し経つと、雷撃が止んだ。偶然ライフル弾が額を撃ち抜くこともある、当たれば小さなダメージも蓄積する。軽巡棲姫は回避を優先した、ようやくまともなリアクションが帰ってきた。

 

 このチャンスを逃したら、決着は更に伸びる。畳みかけようと神通は、軽巡棲姫を包囲するように雷撃を発射した。気を引くために、狙撃は続けながら。数秒後、向こう側の吹雪を爆風が押し流した。

 

 ……やった? やったのか? 手ごたえは感じられる。しかし確信が持てない、軽巡棲姫が、仮にも自分が、こんな簡単に沈む艦だっただろうか。

 嫌な予感に囚われながら、神通は再びゴーグルをつけ、辺りを見渡した。

 そして見えた。

 

「ッ!?」

 

 隠れていた神通の()()から、魚雷が迫っていた。

 

 暗礁に乗り上げる危険を考える暇はない、無我夢中で神通は、ありったけの爆雷を投下し、逃げ出した。

 

 爆雷が魚雷に当たり、二重の水柱が起きる。至近距離にいた彼女はそのまま吹き飛ばされ、背中を岩場に強く打ち付ける。

 

「――ッ!」

 

 涙が出そうな痛みを、歯を食い縛り押し込んだ。一言でも発したら、こんどこそ位置を特定され、とどめを刺される気がした。一方で度重なる危機に、神通はどこか冷静な思考を行っていた。

 

 魚雷は真横から来た、しかしライフルを乱射した直前までは、正面にいた。

 なら軽巡棲姫はほとんど時間をかけずに、魚雷も暗礁も回避して移動したことになる。

 異常だ、こんな吹雪の中、どうそれを探知している。このカラクリを見破らない限り、自分は勝てないだろう。

 

 だが、考える暇を与えまいと、更に魚雷が突っ込んでくる。神通は爆雷を投下し、それらを排除するので精一杯になりそうだ。

 神通には、これが狙った行動としか思えなかった。先ほどから何かアクションをする度に、その穴を撃ち抜いてくる。今も攻撃を回避し、弱点を考え始め、その隙を潰す――為の魚雷をしている。

 

 思考を読まれている――勝ち目はあるのか?

 諦めが過った時、また吹雪が一瞬だけ大人しくなった。ぼんやりと、夜空が見えてまた消えた。暗雲が覆いつくし、星さえ見えない。

 

 何も見えない――それは本当か?

 神通の脳裏に、姉の言葉が浮かぶ。『見えないからこそ、見えるものがある』。軽巡棲姫はそれを見ているのではないか、同じ物を見つければ、勝機があるのではないか。

 

 それを確かめるため、神通は再びスナイパーライフルを構えた。

 先ほどの戦闘を思い出し、外さないよう、息を吐きながらトリガーを引き絞る。素早い回転が加わった弾丸はバレルから真っ直ぐに発射され、軽巡棲姫がいた場所の岩を抉った。

 

 当たったことを確認し、次から次へと、残弾が尽きる勢いで乱射する。吹雪に掻き消されているが、岩が削れる音が響いているのだろう。神通はひたすら、誰もいない岩に向けて銃を撃つ。

 

 残弾が尽きた時、異変が起きた。

 絶え間なく襲っていた軽巡棲姫の魚雷が、一時的に止んだ。その間神通がしたことは、ライフル弾の無駄打ちだけだ。だがその音は、吹雪で聞こえない。

 

 聞こえない筈の音に反応できた、となれば答えは一つしかない。水中探知機(ソナー)だ、水中で発生する音を頼りに、行動していたのだ。

 そもそも最初から妙だった、暗礁だらけのこの場所で、魚雷を通したり、こちらの攻撃を躱したり。水中で発生する音なら、吹雪に邪魔されない。ライフル弾の衝撃は岩を揺らし、振動が海に伝わって、聞こえたのだ。

 

 攻撃が再開する前に、と神通は別のポイントへ急ぐ。その間攻撃はなかった。向こうもこちらが、ソナーに気づいたことを察したのかもしれない。これで戦闘は一時的にリセットされたことになる。

 

 神通は岩場の影から顔を出し、サーマル・ゴーグルで位置を確かめようとして――止めた。もし自分の予想が正しければ、軽巡棲姫は自分の位置を、自分で教えてくれる。

 

 その予測は当たった、吹雪の中一瞬だけ、探照灯が点火した。

 軽巡棲姫は――神通が時間がないと焦り、素早く位置を捕捉しようと、このタイミングでゴーグルを使うと考えた。そこで目潰しを叩き込む――そうするだろう。

 

 慌てて消したようだが遅い、神通はすぐさま岩陰から飛び出て、そこに向かって主砲を撃ちこんだ。強過ぎる風に煽られて命中は不可能だが、牽制にはなる。それに周辺に落下した弾丸は、ソナーの探知を妨害してくれる。

 

 本当に今しか、チャンスはない。

 神通は岩陰から飛び出し、主砲を構え、突撃した。隠れ、魚雷を命中させるのではない。確実に叩き込む為に、吹雪の中を突っ切っていく。

 

 今は主砲がソナーを誤魔化しているが、軽巡棲姫のことだ。主砲の音に惑わされず、その中の航行音だけ特定するのに時間はかからない。それに焦ってはいけないが、実際スネークたちも限界に近い。

 

 海底に潜む暗礁を避けるため、再度サーマル・ゴーグルをつける。おかげで海底がどうなっているか、鮮明になる――至近距離だけだが。しかも目潰しをさけるため、足元しか見れない。

 

 軽巡棲姫だってその隙を見逃しはしない、視界の狭まった神通に雷撃を――砲撃を仕掛けていく。その命中率を下げるため、更に弾幕を厚く、重く展開していく。

 

 命懸けの航行だった。

 足元の暗礁を躱しながら、突如眼前に現れる魚雷を回避しなくてはならない。そして魚雷の軌跡から、軽巡棲姫の位置へ遡らなくてはいけない。

 主砲の精度も、相当なものだった。吹雪に煽られているのに、主砲の攪乱で位置が特定できないのに、一発ごとに、明らかに近くなっていく。

 

 その全てを掻い潜り、全速力で走り抜ける。

 速度は落とせなかった、たったの一撃で軽巡棲姫を沈められるのは、『アレ』以外に知らなかった。

 

 ――次第にきづく、魚雷が到達する時間が、異常に縮まっている。こちらからだけでなく、向こうからも接近している証拠。

 そうか、あいつも同じことをするつもりだ。

 神通サーマル・ゴーグルを外し、真正面へ顔を上げる。

 

 顔を凍らされる吹雪に、影が映り込んでいた。

 探照灯の光の中に、自分自身の影がある。これを破れば、同じように自分も崩れる。ならば影を作る光を潰さなくてはならない。

 

「馬鹿ノ……一ツ覚エミタイニ……同ジ『技』ヲ!」

 

「貴女だって同じ『技』をする気でしょう!」

 

 もう、声を隠す必要なんてなかった。

 それは、自分自身に知らしめる行為でもあった。今相対しているのが、一体何なのか。それを分かった上で、沈める行為の意味を。

 

 ――あれは、沈めて良い艦なのか。

 誇りも、仲間も弄ばれて沈んだ彼女を、敵と断じたまま殺していいのか。神通が感じていた戸惑いや混乱は、今の今まで闇が隠していた。

 

 そんな筈がない、彼女の気持ちさえ否定したくはない。

 別の道を辿った神通に、神通はそう思った。あれは間違った思いではないのだ――だからこそ、呼応するように、神通たちは探照灯を掲げる。

 

「私たちの決着には、あんなコソコソした戦いよりも、これが相応しい、だから乗ってきた、違いますか!?」

 

「ダガ届カナイワ、貴女ノ力ハ私ニハ……!」

 

「いや――」

 

 そうだろう、私は弱い、新米だからなのもあるし、兵士としても未熟だ。所詮国の思惑に踊らされる一兵士でしかない。同じ遺伝子を持っていても、軽巡棲姫と同列にはなれていない。

 

「届かせる!」

 

 だが、私には仲間がいる。

 軽巡棲姫の予測を途中から越えられたのは、あいつにはない出会いがあったからだ。遺伝子に、未来の出会いまで記されてはいない。

 遺伝子に定められていない私は、必ず存在するのだ。

 

 見えないからこそ、見ることができるものがある。何も頼れない夜の中だからこそ、より一層強く感じられるものがある。

 それは未来であり、出会いであり、仲間でもある。

 気づいたのなら、恐怖さえも受け入れられる。

 

 吹雪が割れ、神通たちが相対する。

 最大速度に到達した神通たちは、擦れ違い様に、全ての魚雷を発射する。本来は無点灯下で行うそれを、探照灯に晒しながら。

 

 神通と神通の絶叫――いや、咆哮が夜を貫く。

 影と影が、光を押し流す光に呑み込まれたその時、シャドー・モセスの猛吹雪が、鳴り止んだ。




D事案 (艦隊これくしょん)

 劇場版艦隊これくしょんに登場した、運命の軛と同じ重要ワード。
 正式名称は『ドロップ』事案。深海凄艦を撃破した際、沈むと同時に艦娘に変化する現象のことである。このことから艦娘と深海凄艦は、遺伝子的には殆ど差異のない生物だと言われている。(実際のところ撃破すると即消滅することから、深海凄艦のゲノム解析は進んでおらず、憶測の域を出ない。)
 この際生まれ変わる前の記憶が残るかどうかは、完全にその時次第である。轟沈したこと自体を完全に忘れているケースもあれば、艦娘として轟沈し、空母ヲ級になり、そこから更に轟沈し艦娘になった記憶まで持つ個体もいる。
 尚稀なケースとして、深海凄艦としての個体と艦娘としての個体で、完全に分離することがある。現状確認ができているのは、特型駆逐艦の一隻のみである。
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