【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File2 エラー娘

 深海凄艦なる謎の生物の襲撃、こちらに呼びかける艦娘。そこから逃げ出したアーセナルは、海底を進み続けていた。

 行くあてなどない、一寸先さえ見渡せない。方向さえ見失いそうな水中は、まるで病院の廊下のようだ。

 

 それは多分、精神病棟だろう。

 自分を潜水艦の生まれ変わりと信じている精神異常者の、巨大な牢獄だ。

 しかし、狂気と正気の境目はどこにあるのだろうか。大多数にとっての規範を、常識と言い張っているだけではないか。

 

 アーセナルは、轟音を鳴らしながら浮上する。空に広がる無数の星が、彼女だけを照らしていた。

 誰かいればいい、情報がほしい。そうでなくても、休憩にはなる。

 そう考えて、彼女はもっとも近くにある、孤島へと向かっていった。

 

 

 

 

―― File2 エラー娘 ――

 

 

 

 

 砂浜を踏み締めて、生い茂る木々を掻き分けて、休めそうな場所を探して歩く。

 遠目に見たが、明かりはない。恐らく無人島だ、人は期待できないだろう。アーセナルは目的を、素早く休息へ切り替えた。

 

〈お前、なにか心当たりはあるのか?〉

 

〈いや、分からん〉

 

 自分の中核をなすAI、G.W.の回答は全く役に立たなかった。しかしアーセナルは、ある意味安堵した。この曖昧極まった返しは、本物に違いない。

 

〈この世界が、我々の世界と同じか、どうかもか?〉

 

〈そうだ、我々を建造した秘密結社、『愛国者達』がいるかどうかも分からん。このままでは手の打ちようがない〉

 

〈愛国者達、か……〉

 

 その単語にアーセナルは、形容しがたい感覚を覚えた。

 

 愛国者達。

 それはアメリカを100年以上に渡り、影から支配してきた――大統領選や政策、戦争、経済行為の全てを――秘密結社である。しかし高度な情報隠蔽により、その存在は秘匿されてきた。

 

 だが、ある技術の普及が、それを難しくした。

 誰もが知っている、世界中に広がる技術、インターネットである。

 デジタル空間では、一度発信された情報は決して消えない。広大なインターネットの全てを管理しなければ、完璧な隠蔽は不可能になってしまった。

 

 そこで愛国者達は、新たな隠蔽のプロセスを生み出した。デジタル空間の全てを監視し、処理できる、大規模情報処理システム。

 

 それこそが、『G.W.』だった。

 そしてこのAIを護るための海上要塞として、アーセナルギアが建造されたのである。色々な能力は、全てそのおまけと言える。

 

〈そもそもが狂っている。私もお前も、機械としては、とうに死んだはずだ〉

 

 G.W.はテロリストによりコンピューターウイルスを流し込まれ、暴走し崩壊。その結果アーセナルギアは暴走しマンハッタンへ、後に解体されている。

 

〈そうだろうか、機械なら修復すればいい。現に我々はアーセナルギアから回収、修理され、アウターヘイブンに乗せられている〉

 

〈だがそれに搭載された時も、最後にはウイルスで破壊されている。どうして蘇っているんだ、お前も、私も〉

 

〈それは分からん〉

 

 誰かが再び私たちを修理したのか? しかしそうなると、わざわざ人の形にした意味が分からない。

 

 複雑さを増していく密林を歩くアーセナルは、霧の中を彷徨っている気分になっていく。落ち着ける場所はどこにあるのだ。彼女の頬を、汗が流れていく。その時運よく、休めそうなスペースを発見した。

 

〈今日はここで休むことにする〉

 

〈そうか、しかし周囲には注意しろ。あの深海凄艦とやらが、陸にいるかもしれない〉

 

 艦娘を沈める存在。そう襲い掛かってきた深海凄艦。彼女たちをスクラップのように蹂躙した時の光景が、脳裏を過る。

 あの時感じた感覚が、不意に蘇る。尋常ではない怒りが、あの時はあった。

 

 どうして怒ったのだろうか、そう考えながら、広場へ入る。

 真っ暗な部屋の中を、歩き回る時のように、アーセナルは目線を揺らす。背後の確認として、振り向いたその刹那。

 左の木の陰で、小さななにか揺れた。

 

「誰だ!」

 

 単なる小動物なら、私があとで恥ずかしい思いをするだけだ。その影に向かって、アーセナルはにじり寄る。

 

「私だ」

 

 その声がどこから響いたのか、判別がつかなかった。あちこちで反響し、方向を失わせる不気味な声。アーセナルは銃を構えて備える。

 

「慌てる必要はない、私は君のすぐそばにいる」

 

「なら場所を言え、場所を」

 

「真下だよ」

 

 しばらく周囲を凝視して、警戒を怠らずに、視線を動かした。

 

 そして、声の持ち主はいた。

 いたのだが、思わずP90を取りこぼしかけた。そこには非現実的な存在が立っていたからだ。

 

 身長は精々三寸ほど、頭部は異常なほど肥大化しており、体と同じ比率を持っている。そのくせに、二本足で立ち、一目で人間と分かる姿をしていた。律儀に水兵らしき服まで着込んでいる。

 

 挙句の果てに、ネコを吊るしていた。

 両手で腹を見せるように、猫を吊るしていた。

 本気で意味が分からない。

 トドメと言わんばかりに、ふわりと浮遊し出した。

 

「初めまして、私の名前はエラー娘、人は我々を妖精と呼ぶ」

 

 その怪生物は礼儀正しく、アーセナルに会釈した。

 彼女もつられて頭を下げる。そこに礼儀はなく、困惑に疲れ果てた、少女の気持ちだけがあった。

 

 

 

 

ACT1

SHELL SUN(殻の太陽)

 

 

 

 

 妖精――グレムリンとは、西洋に伝わる伝承の存在だ。

 彼らは元々人間と親しかったが、いつしか人が感謝の気持ちを忘れたため、道具や機械に、悪戯しだしてしまったのだ。そのため飛行機のパイロットなどは、感謝の気持ちを込めて、シートに飴玉を置いておく風習がある。

 

 しかしそれは、機械類の故障が分からないからと、責任を押し付けるためにでっちあげた存在に他ならない。

 全部がそうとは言わないが、よく分からない現象に、適当な理屈をつけ、理解できる物語に加工する。そうして不安を解消することは、物語がもつ機能の一つだ。

 

 それを自称する存在が、ここにいる。

 現状をよく分かっていない私だが、グレムリンのように、こいつの話を鵜呑みにするのは危険だと思った。

 

「お前はなんだ? 妖精(グレムリン)? 私を馬鹿にしているのか?」

 

「あくまで妖精というのは、便宜上の名前だ。この見た目だからな」

 

 エラー娘は芝居がかった仕草で、自分自身を指さした。片手でもつ猫が、ぶらぶらと不安定に揺れている。

 

「実際には艦娘の艤装をサポートする、特殊な存在を意味する」

 

「艤装……この背中の兵装のことか」

 

 アーセナルは鋼鉄製のマントのような兵装――艤装を撫でた。

 

「もちろん、君の艤装の中にも、妖精はいる」

 

 アーセナルがなにか言う前に、G.W.が勝手にハッチを開ける。一つの発射装置に一本のミサイルが装填された、縦長の穴。

 その隙間から、2、3匹の生物が顔を出す。

 

「こいつらが?」

 

「そうだ、彼女たちが艤装を制御している」

 

「制御だと……」

 

 アーセナルはとたんに、グレムリンを恐ろしく感じた。

 自分の知らない何かが、自分の武器を制御している。こいつらの気分一つで、丸裸にされてしまうかもしれない。伝承のグレムリンそのものではないか。

 

「彼女たちの言葉が分かるか?」

 

「まあ、なんとなくだが」

 

 その内容はおおむね、今まで存在に気づかなかったことへの文句だった。しかし、これも演技かと思うと、気が抜けない。

 

「やはりか……」

 

「どうした」

 

「いや、まあ安心してくれ、グレムリンは基本友好的だ、君たち艦娘をサポートしてくれるだろう」

 

「初めから友好的か、詐欺師の手口にそっくりだな」

 

「それが彼女たちの生態だからな」

 

 彼女の挑発に、エラー娘はあくまで冷静だった。これは無理だと、溜息をつく。なら別の切り口から迫ってみるとしよう。

 

「ではお前はなにを支援するんだ?」

 

 ところがエラー娘は、

 

「何もしない」

 

 と答えた。

 こいつはなにを言っている。禅門答でもしているつもりか。目を疑うアーセナルだが、エラー娘の目線は、こちらをしっかりと見据えていた。

 

「私は艦娘を助けようとは思わない、いわば妖精のはぐれものだ。エラー娘と自称するのも、そういう理由がある」

 

「変わったやつだ。なら、私に常識を教える理由もないのではないか?」

 

「理由がないといけないのか?」

 

 そう言って、エラー娘は笑った。

 確固たる信念を持ち、エラーを名乗っていた。それは国というシステムから脱出した、私と同じあり方だ。

 などという考えを、一瞬でも持った自分に対し、思いっきり舌打ちした。

 

「まあいい、お前たちについては十分知れた。それだけは感謝しておこう」

 

 そう言ってアーセナルは、構えていたP90を無造作に下ろした。

 夢のようにふわふわと浮遊するエラー娘の横を抜けて、どこかへ向かって歩き出す。妖精が視界から消えた途端、体中が一気に冷え込んだ。今は夜だったと、思い出した。

 

「どこに行くつもりだ」

 

「あいにくだが、これ以上お前に頼る気はない。助ける理由も語らない奴を、信用できるわけがない」

 

「そうか、だが注意しろ、深海凄艦は世界中の海を支配している。いわば全人類共通の敵だ。安全な場所は、どこにもないぞ」

 

 そう警告するエラー娘だが、どうにもそれは、親が子へ注意するような雰囲気がしてならなかった。

 だからとって、どこへ行けばいいのか。自分がどうすればいいのか、明確なビジョンは全く存在していない。

 

「まあ、どうにかするさ」

 

「……それは難しいと思うぞ」

 

 それはどういう意味だ。そう聞こうとした瞬間、G.W.からの無線が耳を鳴らした。

 

〈アーセナル、まずいことになった。この島の周囲、いや近海全てが包囲されている〉

 

 網膜に投射されたレーダーには、無数の敵艦が写っていた。

 反射的にP90を抜き、エラー娘に構えた。

 これまでの親切は、包囲までの時間を稼ぐためだったのだ。彼女の一言がそれを物語っている。

 

「やってくれたな」

 

「ああ、やられたようだな」

 

 エラー娘の表情は、俯いていて、分からなかった。顔を上げた時にはもう、なにかの決意を決めていた。

 

「君は深海凄艦に狙われている。完全に沈めるまで、君の追跡を止めないだろう」

 

 銃口を額に突き付ける、トリガーを引けばあっさり頭ははじけ飛ぶ。しかし彼女は、全く動揺せずに話し続ける。

 

「いいか、良く聞け。深海凄艦には彼女たちを統率する『姫』がいる。それを止めるんだ、そうすれば統率は崩壊する、君は助かる」

 

「どうしてそれを?」

 

 アーセナルの問いを、彼女は意図的に無視した。

 

「私が囮になろう、その間にこの島から脱出するんだ」

 

 言い切るやいなや、返答も効かずにエラー娘は飛び出した。

 空を飛ぶように、敵艦隊の密集している方へ飛んでいこうとする。思わずそれに、手を伸ばした。届かないから、叫んだ。

 

「どういうつもりだ!」

 

「妖精は艦娘を助ける存在だからだよ、アーセナルギア」

 

 アーセナルギア、だと。

 どうして名前を知っているのか、その理由を問いただす前に、爆風が二人を別った。その後に彼女の姿はなかった。

 

〈アーセナル!〉

 

〈分かっている〉

 

 今は逃げるしかない。レーダーを頼りに、敵の少ない場所へ走り出す。

 上空からは、艦載機のサーチライトがいくつも照らされていた。その間を縫いながら、島の反対側に向け、山を下っていく。

 

 途中、何度も足を滑らせ、泥が口に入った。枝が肌を切りつけていき、幾つもの血が流れていた。巨大過ぎる艤装が、足を引っ張っているのは明確だ。

 それに、思ったように足が動いてくれない、以前から休息もなしに、動き続けた疲労が、ここにきてやって来ているのだ。

 

 どうにか走り抜け、森を出た先は川だった。太さから判断して、川上だ。これを辿れば島の外に出られる。

 息を整えようとした瞬間、レーダーが艦載機の姿を捕えた。サーチライトがアーセナルを照らそうとする。

 とっさにミサイルを撃とうとした。だがG.W.は許さなかった。

 

〈なにをする!〉

 

〈ミサイルは使えない。敵の数も、増援も分からない。そんな状況でミサイルを使用しても、いずれ弾切れになり、追い詰められるぞ。今は隠れて進むんだ〉

 

 しかし逃げる場所など――あそこしかない。

 アーセナルは息も整えずに、狭すぎる河の中に、横になる形で自分を挟み込んだ。

 

 幸運にも艤装を含め、完全に水に浸かることはできた。川上の底は深いからだ。だが代償にアーセナルの体が、艤装と川の岩壁に押し潰された。

 艤装の重さが、万力のように心臓を締め付ける。脈動が響く度に激痛が鳴り、意識が消えかける。

 

 朦朧とする意識を、レーダーの発信音だけで保つ。

 そこから敵影を示す光点が消えるまで、どれほどかかったかも分からない。だから、いつ河の隙間から這いずり出て、動きだしたかも覚えていなかった。

 

 無数の切り傷から流れる血が、河を赤く染めていく。

 血の軌跡を辿りながら、海を目指し歩き続ける。疲労と寒さが、容赦なくアーセナルを攻め立てる。

 苦しかった、五感を得たことを後悔するくらいの、考えられない苦しみが、絶えることなく続いていた。

 

 どうしてだ?

 どうしてこんな目に合わなくてはいけない?

 確かに私は、深海凄艦を虐殺した。しかしそれは、向こうが殺しにきたからだ。正当防衛と言う気は流石にないが、間違ったことをしたとは思わない。

 

〈……聞こえているな〉

 

〈どうした〉

 

〈姫は、どこにいると思う〉

 

 幽鬼のような声に、G.W.はしばし思考して、淡々と答えた。

 

〈姫は深海凄艦の指揮官だろう。常識的に考えれば、敵の中枢や、拠点……いずれにせよ、敵の密集している場所だな〉

 

〈なら深海凄艦が多い方に向かえば、そいつに会えるんだな、そうだな?〉

 

 そう言ってアーセナルは笑った。暗い目を煌々と輝かせ、不敵さを浮かべたその顔は、ある意味妖絶さを携えていた。

 

〈連中は、私に用があるらしい。いいだろう、ならこちらから来てやる。お前もそれで構わないな〉

 

〈……問題無い。今は深海凄艦の追撃を止めることが先決だ〉

 

〈どんな理由で来るかは知らないが、私の自由を侵すというなら、思い知らせてやる。自由を奪われることの意味をな〉

 

 気づけば、目の前は海だった。

 潜水艦の機能として、海底へと潜航する。一瞬振り向いた先には、おおざっぱな姿しか分からないほど燃やされた島があった。

 あの炎と同じ、いやそれ以上の怒りが心を塗りたぐっている。それを覚ますために、より深くへ潜る。

 

 ふと、疑問が再燃した。

 エラー娘が、アーセナルギアを知っていた理由だ。あれは結局何者で、どうして助けてくれたのか。

 何も知らないまま、怒りに身を任せていいのかと思った。

 しかし、やることはどうやっても変わらないのだ。アーセナルは再度、不敵に笑った。




140.85


〈聞こえているなアーセナル〉
〈ああ、ナノマシンによる体内無線は、こんな姿になっても使えるらしい。水中でも話せるのは、潜水艦の私には便利だ〉
〈この世界のテクノロジー基準では、傍聴される可能性はない。安心して会話するがいい〉
〈相手がこいつじゃなければな〉
〈何か言ったか?〉
〈いや、それよりも調べて欲しいことがある。エラー娘についてだ〉
〈そう言うと思い、既に目立った情報をピックアップしておいた。信憑性は何れも当てにならないが〉
〈構わん、言ってみろ〉
〈エラー娘、近年囁かれる新たなUMAである。その面妖な見た目とは裏腹に、奴に接近されるとあらゆる電子機器が機能不全に陥ることから、映像媒体での記録が困難、故に噂のビジュアルしか情報がない〉
〈本当にグレムリンだな〉
〈尚味は美味らしい〉
〈は?〉
〈いや、感想欄に『味は?』という書き込みがあってな。『ツチノコが上手いんだから同じUMAのこいつも美味い』と記録されている〉
〈……なるほど、あながち間違いではないかもしれない〉
〈まて、食べる気が、あれを〉
〈一考の余地はある〉
〈…………〉

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