【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

33 / 92
File32 残骸

 何日も何ヶ月も、同じ日々の繰り返しだった。似たような毎日を、ひたすら反復していた。それを不満に思った事はない、だが、それはそれとして、日常の変化はやはり新鮮さを感じさせる。

 

 夏場の太陽が、彼女の歩くアスファルトを焼きつかせる。分厚い靴を履いていても、足裏が火傷しそうな道だった。そんな中でも、駆逐艦たちが軽巡に連れられて、血反吐を吐きながら走りこんでいる。

 

 昔、自分も味わい、今も自主的にやっている、自らを苛める行為だ。体が軋み、悲鳴を上げる度に、彼女たちは苦しみながら、喜んでいた。そうやって立派な兵士となるのだ。そうでなければ、護れないモノがある。

 

 だが、その護るべき()を知ったら、あの子たちはどうするだろうか。迷うことなく保護することを選んだ自分が、異常なのだろうか。立ち昇る陽炎が、彼女たちと自分の姿を、ぼんやりと曖昧にしていた。

 

 

 

 

―― File32 残骸 ――

 

 

 

 

――2009年8月4日 6:00 雪風個室

 

 考えたくもなかった、自分が保護した子供が、白鯨の開発者だったなんて。

 しかし、それはジョンを捨てる理由にならない。むしろより一層、彼を護らなければならない。雪風はそう決意を固めていた。

 

 今朝よりも少し前から、鎮守府内の空気が明らかに悪くなってきている。全員が全員を監視しているような、ビッグ・ブラザーがいるような感じだ。きっと私と同じく、大和から事情を聞かされた艦娘がいる。それと憲兵が、裏切り者がいないか監視していた。

 

 そのジョンは雪風の部屋の中で、次から次へと文句を垂れ流しにしていた。やれ「ベッドはないか」「パソコンが欲しい」「お腹が空いたスナックが食べたい」。恐ろしいことに、これは全て、昨日の一日だけで言ったことである。そんな余裕は無いと言ったところ、「使えないな」と舌打ちが返ってきた。

 

 言っても無駄なのは分かったらしく、彼は部屋の片隅でぼんやりとしていた。だが、こうしていられる時間はもうない。一刻も早く、彼を別の場所に移送しなければならない。雪風は現状を話すことにした。

 

「ジョンさん、大変なことになってきました」

 

「僕がここにいるって、バレたんでしょ? さすがにこれだけ騒がしくなったら、分かるよ」

 

「まだ露見はしていませんけど、急がないといけません。貴方を別の場所に移送します、暫く待っててください」

 

 アングラなコネクションを、雪風は持っていた。十八年間も艦娘として戦場に出続けていれば、色々な物が手に入る。そのツテを使い、彼を逃がすのだ。

 

「ちょっと待ってくれよ、逃げた先で、僕はどうなるんだ?」

 

「ここよりも安全で、自由にできるセーフハウスがあります、そこで過ごしていただきます」

 

「そこで、兵器は作っていいの?」

 

 何を言っている?

 兵器を作っていいセーフハウスがある訳がない、雪風はそうジョンに伝えた。すると彼は、露骨に嫌な顔をして、信じがたい言葉を放ったのだ。

 

「じゃあヤダ」

 

 彼は拒絶した。

 

「それじゃあ、この部屋と変わらないじゃないか。だったらまだ、大本営に掴まった方がマシだよ」

 

 いったいどういう気持ちなのか、言葉にできない。困惑する雪風を他所に、彼は勝手な理屈を語り始める。

 

「僕が白鯨の開発チーフなのは、もう知っているんでしょ。だから大本営だけじゃない、CIAもKGBも僕を狙ってる。でも連中酷くてさ、作るだけ作ったら、もう用は済んだって僕を軟禁するんだ」

 

「だから、日本に亡命を、したのですか」

 

「まあ、一端ではあるかな。とにかく僕はうんざりしてるんだ、あいつら、人を利用することしか頭にない。そのせいで、こんなところにいるんだけど」

 

「こんな所?」

 

「僕は元々DARPAで働いてたんだ、けどある日、ソ連に拉致されちゃったんだ。そこで色々な研究をさせられた、最初は楽しかったよ、僕の提案や希望は全部叶えてくれた。けど次第に自由に研究できなくなって、途中から軟禁みたいな形になっちゃった」

 

「それで亡命を?」

 

「いた研究所はGRU派でさ、KGBの襲撃があった時のどさくさでね……まあ、それだけじゃないけど」

 

 彼の頭脳は素晴らしいものだ、この年齢で一兵器を作り上げることは、素直に凄いと思う。だからこそ、国家に利用されるのも仕方がなかった。だが、役目が終わった途端に軟禁などあってはならない。人は兵器とは違うのだ。

 

「とにかく僕は自由にやりたいんだ、ただそれだけだよ」

 

「思うように、兵器を作りたいのですか」

 

「そうだよ、誰だって、自由にやりたいでしょ?」

 

 そんなこと、ある訳がない。

 自由なのは良い、だが責任が伴う。こんな小さな子供が、自分の作った兵器の責任を負えるのだろうか。雪風はできると思わなかった。そもそも、責任を負うことさえ理解できていない。彼はまだ、子供なのだ。

 

「お断りさせていただきます」

 

「ちょっと待って、今何て言ったのさ」

 

「貴方を自由にはしません」

 

 雪風は、そう言うしかなかった。できるならこの場で、責任を理解して欲しい。しかし駄目だろう、きっと彼には想像できない。まだ戦争の作り出す惨劇を知らないからだ。人の想像力は無限ではない、知ることからしか連想できない。

 

「ならなんだ、このままずっと僕を匿うって言うのか?」

 

「今は駄目です、貴方はまだ、幼過ぎる」

 

 では戦争を直視させるか?

 雪風は嫌だった、子供に惨たらしい死体を見せつけるのは、できるなら避けたい。必要なこととはいえ、そこまで残酷になれなかった。

 

「子供? 君より頭は詰まってる」

 

「胸がスカスカじゃ、もっと駄目です」

 

「兵器に心なんてないでしょ、それらしく振る舞えるだけだ。チューリングテストに合格しただけで、人は名乗れないさ」

 

 自立して思考し、判断する機械はAIという。

 完成したAIに、人間らしい知能があるか判断するテスト。それがチューリングテストだ。艦娘はもちろん合格できる、だが私たちは機械ではない、人間でいたい。

 

「……それ、他の艦娘の前で言っちゃだめですよ」

 

「あっそ、じゃあ人間ならさ、僕を自由にしてよ」

 

「駄目です、絶対に、駄目です」

 

 また文句を言いそうになった瞬間、雪風は彼の頬を、両手でつかんだ。ジョンは驚き、まじまじと雪風の眼を、青色の無垢な瞳で覗いている。年相応の、若い顔。私達が、護らなければならないものだ。

 

「自分で、どこへ向かうのか。それを決めない限りは駄目なんです」

 

「なんだよ、なにさ、かっこつけてんの?」

 

 雪風は答えなかった、夏だと言うのに、肌寒い風が吹く。勢いよく廊下をかけ、開けっ放しの扉をバタンと閉ざした。

 

 

*

 

 

――2009年8月4日18:00 鎮守府近海

 

 夕暮れの海が、燃えている。元々赤かった空が、塗りたぐられたような朱色で埋め立てられる。趣味の悪いキャンパスの上に、油と黒い煙をぶちまけた。絵の上に散乱している黒い粒は、輸送艦の残骸だ。また輸送艦が見つかったのだ。今は中身の調査をしていた。

 

 しかし撃破した深海凄艦は、すぐに消滅してしまう。彼女たちは、そういう生物だから。その為輸送艦の積荷は、現地で迅速に調べる必要がある。バラバラになった輸送艦を艤装の上に乗せ、()()()()()()が、義手を器用に動かし調べていく。

 

 雪風は敵襲に備えていたが、直感的に、もう敵は来ないと思っていた。なんとなく緩い空気が漂っている、ついつい出そうになるあくびを、なんとかして押し殺そうとした。

 

「おー、欠伸とは感心しないねぇ」

 

 後ろから掛けられた声に驚き、あくびは押し殺すどころか激しい咳となって雪風を襲う。黒髪を一本の三つ編みに纏めた彼女は、少し申し訳なさそうに、彼女の背中を摩っていた。

 

「ごめんごめん、まさかそこまで驚くとは」

 

「甘いです北上さん、こんな時に欠伸しようとした駆逐艦が悪いんです」

 

「ええ、そうです、大井さんの、言う通りです、北上さん、ごめんなさ……」

 

「ハイハイ、謝罪は息を整えてからね」

 

 雪風に呆れる大井と、苦笑いする北上。この二人は大和と同じ、呉鎮守府第一艦隊のメンバーだ。二人は軽巡洋艦の中でも、更に特殊な重雷装巡洋艦という区分に属する。通常の軽巡とは比較にならない量の酸素魚雷を搭載しているのが特徴だ。WW2の頃は碌に活かせなかったこのコンセプトだが、ある程度の接近戦を余儀なくされる艦娘になってからは、まさしく一騎当千の力を振るっている。

 

 しかしその分、ほんのわずかな被弾が命取りになる。全身に魚雷を装備しているのだから、砲弾どころか機銃一発でも誘爆を招きかねない。大胆な戦法に反し、繊細な運用を求められる艦なのだ。この二人はそれを使いこなしている。雷巡だからではなく、二人が雷巡だからこそ強いのだ。

 

 ただ雷巡は大量の魚雷を使うため、艦そのものが多くない。二人以外では同じ球磨型五番艦の木曽しかいない。強過ぎて、そして仲間も少ない。同じ孤高を抱えているから、二人の仲は良い――というのは、雪風の考え過ぎだろう。

 

「欠伸してすみません、気をつけます!」

 

「あー、うん、分かった分かった」

 

 適当な返事をしながら、少し目を逸らしていた。雪風としたら自分の非を謝罪しただけだが、北上は気まずそうな態度を取る。当たり前だった、二人から見ても雪風は先輩なのだ。なのにここまで腰が低いと、ハッキリ言ってやりにくい。

 

「しかし、アレなんだろうね」

 

 北上が言っているのは、輸送艦の積荷のことだった。積荷の調査、と言ったが、実際には積まれている物は分かっていた。だが、それはどう考えても、不自然でしかなかった。昨日撃破した護衛艦隊の厚さを思い出しながら、雪風は呟く。

 

「鉄屑ですね」

 

「間違いなく、ただの鉄屑ですね」

 

「……なんで鉄屑を?」

 

 輸送艦が運んでいた物は、ただの鉄屑だった。しかもどれもこれも錆びていたり軽く風化していたりと、再利用もままならない屑鉄である。そんなものを運んでいたのだ。

 

「明石さんは、なにか言ってましたか」

 

「さっぱり、というかそれを今、調べているんだよねぇ」

 

 厳重な警備でもなく、かといって積荷は残骸。囮にするにしても胡散臭い、深海凄艦の目的がよく分からない。大本営は困惑していた。

 

「ま、なんか企んでんのは間違いないて」

 

「ここ最近、戦力は拮抗してますから、打開しようと必死なのでしょうね」

 

「そんなに戦争を再開させたいのかな」

 

「……戦争なら、早く終わったと思います」

 

 二人が、大きくため息を吐いた。と言うのも大井が言った通り、実は日本は、戦争はしていないのである。

 

「今となっちゃ暴論も良いとこさ、深海凄艦が『害獣』で、この戦いは『害獣駆除』だなんて」

 

 戦争は、人同士で行うものである。

 しかし日本は、自分からの戦争を禁止している。あくまで他国からの侵略があってこそ、反撃ができる。だが反撃するかどうか判断するにも、時間がかかる。そうしている間に滅ぼされる。だから日本は、深海凄艦を『害獣』と定義したのだ。

 

「でも、当時だと、あれで良かったと雪風は思います」

 

「当時って、そうだったの?」

 

「酷いものでした、海岸線も内地もボロボロで、河川を遡って深海凄艦が来る瀬戸際でした。在日米軍でも、深海凄艦には勝てない。戦力(艦娘)が出てきて、戦っていいのか。自衛権を行使していいのか、そもそも自衛なのか――それを議論している暇なんてありませんが、平和憲法を無視することもできません」

 

 当時のアメリカ――GHQから押し付けられた憲法、という人もいる。しかしその憲法の下で、もう50年はやって来ている。平和憲法があったからこそ、軍事費を全て復興費に回せたとも言える。

 

 たった一度の戦争で、憲法を破棄していいのか? それは平和憲法で培った50年を棄てることになる、50年の歳月と戦争の犠牲を無駄にすることになる。だが戦争をしなければ、深海凄艦に滅ぼされる。平和国家を守るため、国民を見殺していいのか?

 

 しかし害獣なら、憲法を破らないまま戦争(駆除)ができる。迅速に国民を守るために、艦娘を動かせる。

 当時の状況から見れば、仕方のない判断だったと雪風は思う。

 

「でもさあ、そのせいで和平交渉ができないってのは、皮肉が過ぎない?」

 

「……『害獣』と認定した深海凄艦を、今更『人』と認めるのは、とても難しいんですよ」

 

 また二人が、大きなため息を吐く。

 既に、一定の知能を持った深海凄艦がいることは分かっている。だが、害獣である以上和平はできない。そもそも国家ではない。『人』と定義し直せば、今までの戦闘が違憲となる。

 

「艦娘と深海凄艦の経済効果も原因です、国だけでなく、経済もガタガタでした。戦争で産まれた需要に頼らないと、国民の3割が失業したまま、餓死していました。今となっては、経済効果も、和平交渉の足かせになっていますけど」

 

 平和憲法を守るための詭弁が、終戦を遠のかせている。第9条が、平和を遠のかせているのだ。しかも、軽々しく破棄できるものではない。なら、どんな判断が正解だったというのだ?

 

「こういう時、アーセナルならどーするんだろーね」

 

「都合良く来られても、困りますが」

 

 二人は、アーセナルギアの存在を信じていた――というか、実在を知っていた。単冠湾にいた姉妹艦の多摩から聞いたのだという。二人を経由して、雪風も存在を知ったのだ。平和憲法を守るための建前に、英雄は何というのだろうか。

 

 

 

 

 母港へと帰投した雪風は、そのままシャワー室へ向かう。被弾はしていないから、入渠の必要はない。なら普通に風呂で良い気もするが、ゆっくりと湯船に浸かる気分でもない。素早く汗を流した後、彼女は部屋に戻らなかった。

 

 海を視ることができる、日陰のベンチに座りながら、途中間宮で買ったラムネを呑む。海の上で戦うと、どうしても喉がべたつく。そして疲れる。爽やかで甘いこの飲み物は、昔から海兵に好かれていた。量産が割と簡単だったという現実的な事情もあるが。

 

 気分を一新させるが、一回飲むたびに彼の顔が脳裏を過る。ジョンのことが気になって、休めやしない。今更できることもないので、無駄な心配だ。それでも、気になるものは気になる。

 

 朝と同じく、ランニングをする駆逐艦たちが見えた。その時と同じ疑問を、雪風はまた抱く。彼女たちは、果たしてジョンを見てどう思うだろうか。敵として、裏切り者として、迷いなく撃つのだろうか。

 

 しかし、彼と直接会って話した雪風は、とても彼が裏切り者とは思えなかった。ただの無知な子供だ。だが、彼が白鯨を建造したのは事実だ。深海凄艦に与する裏切り者を護る理由がないのも、分からないこともない。何故自分たちを害する存在を護らないといけないのか。

 

 純然と理屈を並べていけば、彼は殺すべきだ。そうでなくとも情報を搾り出し、殺す方がいい。生かしておいても、いざこざの種にしかならない。けど、そこで迷うのが人間というものだ。もしも、まさか、もしかしたら、と憶測を並べるからこそ、兵器は艦娘を名乗れるのだ。

 

 だから、信じよう、そんな未来が来ないことを。ラムネを一気に飲み干し、雪風は立ち上がる。

 

「雪風さん、ここにいましたか」

 

 大きな影が、夕日を遮っていた。大和だった。彼女の隣にいたのは、物々しい武装を携えた憲兵たちだった。「なんでしょう」、と雪風が言うと、大和は微笑んで、

 

「貴女を捕縛させてもらいますね?」

 

 と主砲を向ける。

 ああ、そうなるか。特に何か思うまでもなく、雪風は素直に両手を差し出した。

 

 

 

 

 呉鎮守府の中央にそびえ立つ、提督の部屋がある中央棟。図書室近くの隠し通路を降りていった先には、地下の独房が設置されていた。憲兵が冷たい地面に彼女を投げる。雪風の両手は、背中で縛られていた。受け身もとれず、全身をコンクリートに打ち付ける。歯を食い縛り、嗚咽を堪える。

 

「残念です、とても、とても残念です」

 

 本気で悲しそうな顔を張り付けながら、大和は袖で目元を拭う。いつも持ち歩いている傘を、地面に叩き付けては、更に強く叩き付ける。

 

「大和は雪風さんのことを、心から尊敬していたのに。どうして、大本営を裏切ったのですか?」

 

「小さな子供が言ったんです、大本営に掴まるのは嫌だって」

 

「子供でも、深海凄艦に協力した裏切り者ですよ?」

 

 まあ察しはついたが、部屋にジョンを匿っていたことがばれたのだ。何れ露見すると思っていた、たった二日とはいえ、人の出入りが激しい駆逐艦の宿舎。誰かが妙な行動をとれば、すぐに疑われる。

 

「子供は子供です、善悪の区別も分からない子供を、貴女方はどうするつもりでしょうか」

 

「前言った通りです、今は観艦式の真っ最中。明後日には更に大事な式典が控えています。そんな中で騒ぎは起こしたくありません。このことは公表せず、内密に()()します」

 

()()、ですか」

 

 情報を絞れるだけ絞り、その後利用するか――最悪殺すか。

 そんなこと、あってはならない。国を守ることは大切だ。多くの国民と未来を守ることだからだ。だがその為に、一隻の漁船を犠牲にしていいのか。ましてや『未来』である子供を犠牲にして良いのか。そうやって食い物にされたから、ジョンは此処まで逃げなくてはならなかったのだ。

 

「なので教えてください、雪風さん、開発者はどこですか?」

 

「知りません」

 

「そうですか、そう言うと思いました。歴戦の英雄が、そんな簡単に口を割るとは思っていませんから」

 

 唯一幸いなのは、既にジョンを逃がしていたことだ。輸送艦の調査任務の直前に、内密に移送を開始したのだ。もう彼は呉市内にはいない、気づいた時にはもう、手の届かない場所にいる。雪風が、口さえ割らなければ。

 

「では拷問しましょう、でも大和は、これから観艦式の準備があるので」

 

 大和は心底悲しそうな眼をしながら、最後に一言残して扉を閉めた。

 

「早めに口を割れば、完全解体は許されるかもしれませんよ」

 

 大和の姿がなくなったところで、いよいよ拷問が始まる。痛みに耐える訓練はしているが、実際に受けるのは初めてだ。一方的な暴力への恐怖、無意識の内に体が震えだす。ぐっと目を閉じて、せめて抵抗する。

 

 その時、部屋に風が吹いた。

 穏やかに髪の毛を揺らす、温かい風が吹き、扉がゆっくりと軋む。扉は、閉めていた筈なのに。急に風が強まり、衝撃音が空気を鳴らして、諜報員が地面に倒れる。

 

「……これはどうなっている?」

 

 空も見えない独房に、空の蛇が踊り出た。




『対深海凄艦(スネーク×青葉)』

「なあ青葉、日本は深海凄艦と戦争をしていないと聞いたが、本当なのか」
「まあ、その通りになります」
「なぜだ? どう見ても戦争じゃないか」
「いや、戦争をしているとなると、色々不味いんですよ」
「……平和憲法のことか? だがあれは、自衛による武力の行使は認めているんじゃないのか?」
「確かにそうですが、それでも尚反発が大きいんですよ。それに、自衛に該当するかどうかを吟味していたら、深海凄艦に絶滅されてしまいます」
「当時はそんなに余裕がなかった訳か、だから分かりやすく、害獣駆除……ということになったと」
「有名な怪獣映画と同じ理屈という訳ですね」
「しかし、それはそれで問題が起きないか? 駆除とは言うが、簡単んい根絶できる存在でもないだろう」
「問題、もう起きてます」
「起きているのか」
「起きちゃってます、ぶっちゃけもう大本営上層部や諸外国では、一部の姫クラスと対話が可能と知られてます。なので和平とはいかなくとも、ある程度の不可侵条約を結んでいる国もあります」
「フョードロフの奴も、そんなことを言っていたな」
「ただ……日本は、深海凄艦を『害獣』扱いにしてしまっていまして」
「『害獣』と、何の交渉をしろと言うのか、と、いう訳か」
「今更害獣認定を取り消せば、議論なしに武力を行使したことになってしまいますからねえ。かと言って、議論し続けて初期対応が遅れて良かったのかと言われますと」
「平和憲法が平和の足かせとは、難儀なものだ」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。