【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File34 売国奴

 晴れ渡る太陽、響く笑い声、平和への凱歌。全てが今までと、違うものに見えていた。太陽は場所を暴き出し、笑い声は足音を掻き消し、凱歌は敵の歓声に。視点一つ、立場一つが変わっただけで、全てが反転する。

 

 観艦式の三日目の、騒ぎの裏側で、雪風は鎮守府を彷徨っていた。人混みの中で迷子になった子供が、泣きながら親を探している。海上の艦娘を追って、人の塊が大きく動き、子供が呑まれた。

 

 雪風も子供のように、場所の分からぬ誰かを探す。しかし声を潜め、気配を消して、そして転びかけた子供を一瞬支えて。彼女の眼は、真っ直ぐと誰かを見ていた。伊58の提督は、どこにいるのか。

 

 

 

 

―― File34 売国奴 ――

 

 

 

 

――2009年8月5日9:00 呉鎮守府内部

 

 しかし、スネークの目的はまだ達成されていなかった。

 ジョンは何故か、まったく別の場所に移送されてしまった。しかし彼の持っていた無線機の発信源をG.Wが辿ることで、大まかな場所は把握できた。彼は小笠原諸島周辺にいるらしい。

 

 今すぐ行きたいが、まだ、伊58の提督の救出が残っている。約束は破れないし、明日には別の場所に移動されるかもしれない。時間的な余裕はまったく残っていなかったが、だがジョンはどうする。

 

 じゃあ雪風が、伊58の提督を探しましょう。

 彼女はそう提案した。水上艦である雪風が鎮守府を出ようとすれば、ほぼ間違いなく見つかる。潜水艦であるアーセナルギアとは事情が違う。だからできる範囲で、スネークに協力しようとしたのだ。

 

〈雪風さん、聞こえてますか?〉

 

「大丈夫です、聞こえてますよ、青葉さん」

 

 スネークが侵入する時、アシストとして呼んでいたのが青葉だった。彼女は近くの高所から、鎮守府の様子を偵察していた。スネークが小笠原諸島に向けて抜錨し、青葉は雪風のアシストに役割を変えていた。

 

〈やはり駄目ですね、大本営は何日も、提督を一歩も監禁場所から出してないみたいです〉

 

「何日も、ですか」

 

〈ここ数日の映像記録を漁ってみたので、間違い無いかと〉

 

 G.Wの盗んだ映像ですがね、と青葉は自嘲した。しかしその数日の映像を全て短時間で精査したのは、他ならぬ青葉である。

 伊58と提督の事情は、スネークから聞いた。余りにも酷い話だった。よりにもよって、思い合っていた二人を引き裂くとは。青葉も同じ思いを抱いているのだろう。そして、伊58も。

 

〈ですが、妙なものは見つけました。鎮守府の離れに簡単な森があります〉

 

 もちろん知っている、そこは訓練用に使われたり――景観のために設置された、簡易な雑木林だ。

 

〈そこだけ、異様に人が少ないんです〉

 

「観艦式に人を割いている可能性は、ありますか」

 

〈人数が合いません。こちらに回す程度の警備は余っているのに、敢えてそこ(雑木林)には配置せず、別の場所に、無駄に置いています〉

 

 観艦式の影響で、警備が薄くなることは分かっていた。だから事前に対策を練るのは当たり前だった。だが、意図して薄くする理由は全く分からない。何かがある。知られたくない何かが。

 

「分かりました、そちらに向かいます」

 

〈あと、気づいているかもしれませんが……〉

 

「いえ、いいんです、大丈夫です」

 

 その気配には気づいているが、しかし警戒する必要はなかった。横目に見える先では、三日目の観艦式が行われている。まだ早朝だというのに、人が大量に集まっていた。昼と夜に行う、海上式典では、更に騒がしくなるだろう。

 

 騒ぎが起きれば、それは大本営の威信が問われる。今ならまだ、相手も大きく出ることはできない。今の内に、提督を見つけ出そう。雪風はそう考え、青葉が教えてくれた雑木林に早足で向かう。

 

 人混みから離れれば離れる程、むしろ気づかれやすくなる。雪風はスネークと違い、スニーキングの技術を心得てはいない。長年ここで過ごした土地勘と、戦歴からくる感覚で、どうにかやり過ごしていた。

 

 昨日の一件は、もう極秘裏に伝わっているのだろう。遠目に見る艦娘たちの目つきが、多少鋭くなっている。しかし戸惑ってもいる。私の裏切り――実際、売国行為という自覚はある――を、信じ切れないのだ。

 

 しかしそんなものだろう、個人と国の方針が常に一致することはあり得ない。折り合いをつけるか、我を通すか捨てるかの三択しかない。我を棄てれば機械と変わらないが、その選択はかつてとは違い、自ら選んだものだ。なら、どの選択を否定する気もない。

 

 雑木林に足を踏み入れた頃には、全身が汗だくだった。既に八月に入っている。高温多湿な日本の夏は過酷だ、神経がなかった頃が懐かしくもある。制服の袖で額を拭い、林の中を歩く。日陰と風で、多少は涼しい。

 

 青葉の言う通り、人の気配がない。全くない。意図して巡回ルートから外されているのがハッキリと分かる。ここまで少ないと、わざわざ姿勢を屈める必要はなかった。あとは何故少ないか、その理由を探せばいい。

 

 意識を集中させ、周囲に異常がないか感じ取る。

 海上とおなじだ、海の中に機雷はないか、魚雷は迫っていないか。本来の自然に、異物が混じっていないか。環境そのものと同化し、自分を人間でなくす。機械でもなくなり、そうすることで探知が可能となる。

 

 雪風は気づいていなかったが、それは間違い無く、スニーキングの技術の本質だった。すり足で動かしていたつま先に、違和感が走った。足元に、とても小さな金属がある。よく見なければ、ただの金属片と間違えそうだ。

 

 その端に指をかけると、周りの土まで同じように動いた。力を込め持ち上げると、地面そのものが持ち上がった。草と土でカムフラージュされた、地下室への扉だったのだ。まるで奈落の底まで繋がっていそうな階段に、雪風は足を踏み入れた。

 

 

 

 

 人気のない場所だとは分かっていたが、しかし、ここは何だ。

 雪風が考えていたのは、もっと秘密基地のような場所だ。装飾の一つもなく、コンクリートで塗り固められた、機能性だけを求めた地下室だった。

 

 だが、この地下室はそうではなかった。

 天井も壁も床も、その全てが生き物の体内のように、赤黒く蠢いていたのである。ぐずぐずになった肉片がこびり付いた悪夢に、雪風は吐き気を覚えた。

 

 良く見れば、肉片ではない。土が溶け、赤く変色しているだけのようだ。それでも気持ち悪いが、提督を優先しなくては。こんなところに監禁されて、正気を保っているか心配なのだ。

 

 長い地下への回廊を走った先に、やっとまともな明かりと空間が見えた。柵を切れ目にして、肉片はなくなり、綺麗なコンクリートの一室が姿を表す。端の机に、一人の男性が座りなにかをしていた。

 足音に反応し、男が振り返る。

 

「……誰だ?」

 

「元単冠湾泊地の、北条司令官でよろしいでしょうか」

 

「そうだが、お前は?」

 

「元呉鎮守府所属の、駆逐艦雪風です、司令官、貴方を助けに来ました。伊58さんに頼まれて」

 

「ゴーヤだって?」

 

 秘書官の名前がでて、険しかった彼の顔が綻んだ。ああ、と納得する。彼は本当に、北条提督なのだと。だからこそ雪風は悲しかった、スネークの言っていたことが、全て真実だと理解してしまったからだ。

 

「早く出ましょう」

 

「駄目だ、それはできねえ」

 

「そうですよ雪風さん、こんなことは許されません」

 

 知った声に、雪風は振り返る。背後にいたのは、そして今まで後を付けていたのは、北上と大井の二人だった。

 

「これは、どういうことですか」

 

「見ての通りです、呉鎮守府は、一人の提督を軟禁していた。ということです」

 

「なるほどねえ、で、どうして雪風が、売国奴さんがそんな場所に?」

 

「秘密です」

 

「……めんどくさいな、力づくってのはさ」

 

 北上が、魚雷発射管を掲げる。続いて大井も掲げる。二人の追跡を放置してどうなるかは、半ば賭けに近かった。売国奴として、捕えるよう指示を受けた彼女たちがどう動くかは、雪風でも予想はできない。だがそれで良い、簡単に答えを予想できては、機械と変わらない。不安定だからこそ、信じる、という言葉がある。

 

 とはいえ、死ぬ気はない。掴まる気もない。

 砲を掲げたなら、下げるまで撃ち合うだけだ。殺し合いという、しかし健康的なコミュニケーションは、奇妙なことだが存在するのだ。

 雪風も応えるように、主砲を掲げ――それを投げ捨て、二人に飛びかかった。

 

「伏せて!」

 

 説明している暇などは全くなかった、雪風は二人の頭を押さえつけ、無理矢理地面に押しつけようとする。

 一秒前まで頭があった場所を、巨大な『尾』が吹き飛ばした。

 

「な、なんでこんなものが、鎮守府に!?」

 

「……おー、こりゃ……凄いね」

 

 黒いフードを深く被り、主砲に飛行甲板まで取り付けた尻尾をしならせる深海凄艦。戦艦レ級が、獰猛な獣のように、こちらを睨みつけていた。深海凄艦が、なぜ鎮守府内にいるのか。

 

「そいつだ逃げろ! たまたま此処を見つけちまった艦娘は全員そいつに殺された、切っても潰しても、絶対に死なねえ化け物だ!」

 

〈死なない!? 亡霊艦(スペクター)ですよ雪風さん!〉

 

 こいつが、スネークの言っていた不死身の亡霊か。

 北条司令官の声に呼応した青葉の悲鳴が、手元の無線機から響く。北上と大井の耳にも、声は届いていた。多摩を通じて、彼女たちも知っている。

 

 スペクターが再び尾をしならせ、地面に撃ち付ける。丸太のように太く思い一撃は、地下空間そのものを激しく揺らす。その衝撃は北条のいる独房の壁に、巨大な亀裂を走らせた。三人は素早く跳躍し、攻撃を躱す。着地しようとしたその場所に、スペクターが三度、尻尾をうならせる。

 

 狙われたのは、北上だった。しかし彼女は尻尾に向けて主砲を撃ち、その反動で着地点をずらす。それだけではない、主砲を受けたスペクターの尻尾は勢いを削がれ、その威力を大きく落とした。

 

 少ない勢いで叩き付けられた尻尾は、むしろスペクターの姿勢を崩す。その一瞬を狙い、三人が同時に主砲を構えた。12.7センチという決して大きくはない主砲だが、ここまで接近すればただでは済まない。爆発音が重なり、爆炎がスペクターを覆いつくした。

 

 煙が晴れた時、スペクターのシルエットは欠けていた。盾代わりに使った右手は、グロテクスに欠けていた。だがレ級に動じる様子はない、痛みを感じるようすもない。亡霊はただ腕を拾い上げ、それを切断面に押し付ける。

 

「うっそ……」

 

 北上は呆然としながら呟いた、わずか数秒で、千切れた腕が繋がったのである。いやそれだけではない、良く見れば砕けた砲弾が体のあちこちに突き刺さっているのに、動きは全く鈍っていない。痛覚そのものが存在していないのだ。

 

 しかし攻撃には苛立ったのか、唸り声を上げスペクターが突っ込んでくる。主砲が効かない以上、魚雷でも意味はないだろう。それ以前に、こんな狭い所で魚雷を使えば、雪風も北条も只では済まない。

 

 数少ない救いは、スペクター自身もろくに武装を使わないところだった。戦艦級の攻撃を繰り出せば、地下空間が崩壊してしまうと理解できているのだろう。もっともその出力から来るパワーは以前脅威のままだ。どうすればいい?

 

 その時、スペクターの眼が独房を向いた。目線の先にあったのは、この戦闘で壊れた独房。そして一歩だけ、柵から飛び出ていた、北条提督だった。スペクターがそちらへ歩く、雪風たちは眼に入っていない。

 つまり、そういうことか! 雪風はレ級よりも早く走り出し、混乱する提督を掴むと、そのまま走り出す。

 

「二人とも逃げてください、入口で、雷撃の準備を!」

 

 議論している暇はない、人を背負っている雪風よりも二人は早い。スペクターは絶叫しながら、北上を背負う雪風を追い駆ける。しかし今までのような激しい攻撃はしてこない。牽制に主砲を撃っても、腕や肉片が飛んでも気にしない。

 

 スペクターは機械であり、人形なのだ。

 理由は分からないが、こいつは北条司令官を逃がさないことを、最優先事項としてプログラムされているのだ。だから私達の排除より、彼の捕縛を優先している。

 

「雪風、早くしろっての!」

 

「分かってます!」

 

 縺れかけた足を踏み込んで、雪風は出口へとジャンプした。階段を駆け上るスペクター。入口を介して、二人が分かたれたタイミングで、重雷装巡洋艦の雷撃が発射された。起爆に用いたのは、雪風の主砲だった。

 

「海の藻屑となりなさい」

 

 大井の一言と同時に、魚雷が炸裂する。不安定な入口は破壊され、地下空間は瞬く間に崩壊した。悍ましい絶叫を残しながら、スペクターは呑まれていった。これでも死なないだろう、だが、動きは封じた。

 

「……ここ、陸で、鎮守府だけどね」

 

 北上がそう言うと、鎮守府に小規模なサイレンが鳴った。こんな爆発、気づかれない訳がない。

 

「逃げましょう!」

 

 

*

 

 

 観艦式の真っ最中ゆえに、大々的な捜索はされなかった。爆発の煙も地下空間に封じられていて、集目には晒されなかった。だがそれでも、小規模な捜索活動が活発的に行われていた。

 

「どこからどう説明すりゃ良いんだろうな」

 

 困った様子で、北条は頭を掻く。と言いながらも、周囲への警戒は怠っていないようだ。宿舎の使われていない一室に、四人は立て込んでいた。

 

「あんなところで、司令はなにをしてたのですか」

 

 軟禁、にしては妙に自由な行動が許可されていた、それが気になった。

 

「研究の続きだ、俺が捕まる原因になった研究の続きを、何故かさせられていた」

 

「研究? なんの?」

 

「少し特殊なテーマでな、つまり深海凄艦を研究するため、の研究だ。深海凄艦は死ぬとすぐ消滅しちまうのは知っているだろ。そのせいで、連中の研究は一向に進まなねえ。生きたまま捕まえるのも限界がある。だから消滅するカラクリを調べりゃいい、そう俺は思いついたわけだ」

 

 なんてことないように彼は言うが、それはかなり凄い研究ではないだろうか。今まで謎に満ちていた深海凄艦の生体に迫ることができれば、世界は文字通り変わるだろう。だが、だからこそそれを認めない勢力も、いたのだろう。

 

「それが不味かったのかもしれねえ。気づけば研究員も予算も取られ、俺はいつの間にか提督として、単冠湾に派遣されてた。適正があることは分かっちゃいたが、研究者ってことで免除されていたのによ」

 

「免除されるもんなんだ、でも珍しいいねえ、提督の座を拒否するなんてさ」

 

「そうでもねえさ。待遇も給料も良い、適正だけありゃやっていけるって阿保は言うが、実際は奴隷みたいなもんだ。適正がありゃ、もうそれだけで、提督以外の職はできなくなっちまう。数少ない例外が、研究職だったのさ」

 

「逃げたりはできないのか?」

 

「提督は艦娘大国の日本にとって大きな資源だ、逃がすわけないだろ。それだけじゃねえ、万一艦娘を指揮できる提督が、テロリストにでもなったならどうする。こればかりはどこも同じよ」

 

 かつての戦場を変えてしまったのが艦娘であるなら、私たちは『核』だった。核には起爆コードがある。私たちにとってのコードが、提督だ。起爆コードを漏らす国家は、存在しなかった。

 

「話がそれたな、で、単冠湾でもせめて、提督の仕事を全うしようと頑張っちゃいたんだが、結果は、まあ……」

 

「大勢、沈む羽目になったんでしょ」

 

 北上が、気まずそうに呟く。

 

「やっぱ知ってんのか、だろうな、大々的に宣伝してたもんな」

 

「知ってるよ、あんたが私たちの為に、必死だったことはね。単冠湾の多摩姉ちゃんから、聞いたのさ」

 

「そうか、お前たち、あいつの……実の妹か」

 

「そしてブラック鎮守府運営の責任を取り更送、あとの行方は分からない。そこまで私たちは知っています。もちろん、貴方が悪くないことも」

 

 最初から全て、彼を合法的に始末するためだったのは明白だ。それを更に利用して大本営は新型核を得ようとしていた。

 

 分からないのはその後、同じ研究を継続させられていたことだ。いったいどういことなのだろうか。

 

「いや、それは俺が悪い」

 

 大井は眼を丸くしながら、口を半開きにして固まった。

 スネークから聞いたことと一致している、彼の研究は恐らく政府にとって都合の悪いものだった、だが客観的に見れば悪いものではない。だから濡れ衣と汚名を着せることで、公的に処分したのだと。結果恋仲であった伊58と引き裂かれた、被害者なのに、彼はそれを認めなかった。

 

「どんな理由があっても、あいつらは俺が沈めた。殺したのは間違い無く、俺だ。提督として一度着任した以上、守り抜かなきゃならなかったのにな」

 

 科学者にしては、彼は筋肉質な体をしていた。大柄な肉体は、きっと兵士としても優秀だろう。そんな体で握りしめた拳に、不揃いな爪が突き立てられている。ゆっくりとめり込んで、破裂した時に血を流しそうな程に。それでも足りずに、頭を伏せて締め付けた。言葉を出せない彼に話しかけたのは、北上だった。

 

「あくまで、聞いただけの話だけどさ。多分単冠湾の艦娘は、後悔なんてしてないと思うよ」

 

「どうして、そう言える」

 

「気づいてない訳ないじゃん、それでもあんたは逃げなかった。望まない立場でも諦めずに、あいつらを死地へと送ったんでしょ?」

 

 北条は無言のまま、彼女の眼を真っ直ぐ見ていた。

 

「私たちはどこまでいっても、遺伝子があっても、模倣子があっても機械(屍者)なのさ。死人と機械の役割は似てる、自分の為じゃなく、誰かの役に立つって点がね。つまりそういうことさ」

 

「そう考える奴もいただろう、だがそうじゃねえ奴もいた筈だ。お前たちが屍者だったとしても、望む『死』の形ぐらい、選ぶ権利は合って欲しかった」

 

 望む『死』、それを選ぶ権利。

 雪風は、自身の手を見つめた。十四年間戦場にいたとは思えない、小さく白い子供の手。化け物のように白い、資材と修復剤で塗り固められた手。この手で掴むものはなんだろう。

 

「雪風、潜水艦だよ」

 

「え?」

 

「例のガラクタ積んだ輸送艦は囮、本命は潜水艦を使ったモグラ輸送だ。何を運んでいるかは分からない、だから近々、調査隊が出される。行くなら、それより前にしないと、また鉢合わせるよ」

 

 部屋の外を伺って、北上はさっさと出て行ってしまった。しばし呆然としていた大井も、慌てて後を追う。扉に手をかけて、彼女は振り向いた。

 

「潜水艦の行先は恐らく硫黄島です、あと少し離れた場所からなら、気づかれずに抜錨できます」

 

「良いのでしょう、雪風に教えてしまって」

 

「先に裏切ったのは大本営の方では?」

 

 スペクターと似て非なる笑みを浮かべて、大井も出ていった。本当に運が良い、雪風はそう感じる。それを感じられる自分は、きっとただの屍者ではない。そう信じている。雪風は青葉に繋がる無線機に、手をかけた。




『トラウマ?(スネーク×伊58×北条)』

「感動の再会は、済んだようだな」
「ああ、本当に感謝するよ、スネーク」
「で、ゴーヤはどうする。もうお前の目的は達成された訳だが」
「付き合うでちよ、今更行き場もないでち、それに、提督がいる場所がゴーヤの場所でち」
「ありがとな、さて、俺はどうすれば良い。できるなら、お前たちの力に成りたいが」
「そうだな、ならスペクターの研究をしてもらえるか」
「スペクター? あの不死身のレ級か」
「お前はその手の専門家なのだろう?」
「確かに、あの不死性には少し興味がある」
「交渉成立か、お前と押し潰したスペクターを、我々の拠点に移送する。そのままゴーヤの指示に従ってくれ」
「分かった、俺に任せろ、死なねえ奴なんていねえ、必ず種を暴いてやるさ」
「……ああ、頼んだ」
「どうしたでちか」
「なんのことだ」
「何か、少し怯えている感じがするでち。仮にもゴーヤの提督が恐がられているのは、ちょっと嫌でち」
「……いや、何だかな……北条、お前何かスポーツをしてたか?」
「……アメフトならやってたが、それがどうした」
「そうか、だから学者なのに、妙に筋肉質なんだな」
「いや、だからそれがどうしたでち」
「……いや、ほんと私にも分からないんだが、幻肢痛がするんだ」
「は?」
「なんだって?」
「とにかく、インテリのスポーツマンを見ると、幻肢痛がするんだ、顎に!」
「顎!?」
「……な、訳分からないだろ?」
「訳が分からん」

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