【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File39 白昼夢

 刻一刻と、エノラ・ゲイ発艦の時間が迫っている。

 失敗は許されない、だからこそ時間をかけて調べなければ分からない。全くの正論だが、待つ人からすれば途方もない不安を味わうことになる。

 

 雪風以外にも、イクチオスを止めようとする艦娘はいた。いや、呉鎮守府の殆どのメンバーがそうだった。自らの眼前で、核が放たれようとしている――落ちようとしているなか、呆然とする者はいなかった。

 

 誰しもが、後悔に駆られている。だが目の前で起きようとしている惨劇には、手が届く。誰もが止めようと必死だ。二度と見たくない光景を、繰り返させない為に。それはごく自然な人間の在り方だった。

 

 

 

 

―― File39 白昼夢 ――

 

 

 

 

――2009年8月6日6:00 呉鎮守府ドッグ

 

 作戦は非公式に行われることとなった。

 水鬼の目的は深海凄艦への報復心を煽ること、広島が核で狙われている事実が広まるだけでも、報復心に火がついてしまう。しかも、作戦は大本営にも知らせていない。下手に刺激して、報復判断をされたら、それも終わりだ。

 

「提督は承知しているのでしょうか」

 

「してるって言うか、立案者が提督なんだ」

 

「提督がですか?」

 

「別に悪人って訳じゃない、この国を守る為にしているだけ。その為なら子供も監禁するし、大本営の命令だって無視する」

 

 会議などしている暇はなく、作戦はブリーフィング資料を配り周知されている。雪風と北上は顔を突き合わせながら、資料を読み漁っていた。周りには彼女たち二人だけでなく、もう何人もいる。

 

「そもそも、発艦されたエノラ・ゲイを迎撃すればいいのでは?」

 

 大井の疑問はもっともだ、発艦した直後に撃墜すれば、無理をして江田島へ攻め込む必要は無くなる。彼女の疑問に、ジョンが首を振った。

 

「駄目だ、阻止できる速度じゃない」

 

「そうなの?」

 

「見てくれ、レイの一機が記録したエノラ・ゲイの写真だ」

 

 雪風の眼には、ただのエノラ・ゲイにしか見えない。本来の機体と多少の差異はあるが、それぐらいだ。そもそも空母ではない為、違いは分かっても、それが何を意味するかは分からない。ロケットブースターのようなパーツや、やたら機体前方が重そうな見た目が、目に付くぐらいか。

 

「……待ってよ、これって」

 

「これ、まさか」

 

 顔面蒼白になりながら、北上が写真を、皺ができるように強く握りしめている。彼女がこんな顔をするのは、始めて見た。大井はすぐさま北上の傍により、背中をゆっくりと摩っている。

 

「そうだ、このエノラ・ゲイには、『桜花』の設計が転用されている」

 

 それは太平洋戦争末期に、日本軍が開発した特攻機の名前だった。

 

「……なんで?」

 

「このエノラ・ゲイは無人機だ、パイロットの生還を考慮する必要はない。なにより確実に核を目標へ落とせなければ、メタルギアとしての価値は下がる。確実に、撃墜されず、絶対に核を落とすために、桜花の設計を組み込んでいたんだ。軽量化の為に燃料は片道分、速度強化のためにロケットエンジンを搭載、火薬タイプのじゃない、当初の設計通りのものだ。その分凄まじいGがかかるけど、無人機だから問題ないって訳らしい」

 

 怒涛の剣幕で、ジョンが説明しきった。説明事態を、一刻も早く終わらせたい気持ちが伝わる。

 

「さすがだよ、無人機じゃなかったら、誰もしようなんて思わない」

 

「……でも桜花も、回天も無人機じゃなかったよ」

 

 回天とは桜花と同じ特攻機だ、違うのは空からではなく、海中から突っ込む人間魚雷という点だ。雪風は合点がいった、いってしまった。北上は――その回天を搭載していた艦だった。だから艦娘になったあとで、桜花のことも調べたのだろう。調べずには、いられなかったのだろう。

 

「うん、違うでち」

 

「……そうだね、絶対に違う」

 

「それでも回天は、人の乗る兵器だったでち」

 

 ここまで無言を貫いていた伊58も、同じ回天の搭載機だった。

 果たして、全ての人が望んで桜花や回天に乗ったのか。望まなくとも、納得していたのか、それは自分の意志だったのか? 雪風にも、北上にも伊58にも分からない。乗せなくて良いのなら、それが一番なのは確かだが。

 

 何かのために命を賭ける、それはとても人間らしい行動だ。今回もスネークが命を賭けたからこそ、エノラ・ゲイは一時的に止まっている。しかし、自分の命もいとわない行動は時に世界を滅ぼしてしまう。もしも、自分たちが死んでも良いから、核報復をしようとしたのなら。それならむしろ、機械の方がマシかもしれないのだ。

 

「とにかく、だからエノラ・ゲイ発射は阻止できない。発艦直後の速度が速すぎる、事前に止める方が確実だ」

 

「他のイクチオスがいる可能性は、考えるだけ無駄ですね」

 

「できる限り急ごう、いつ大本営が最悪の結論を出してもおかしくない……核の出所、青葉から聞いたよね?」

 

 一部の艦娘だけが、小さく頷いた。青葉から聞いた話もまた、ショッキング過ぎた。だからこそ不味い。イクチオスの核はアメリカ製、日本の核もアメリカ製……撃っても、たまたま持ち込まれたアメリカ製の核が、暴発したというカバーストーリが成り立ってしまう。先手を打てば、水鬼の計画を全て破壊できるメリットも、危険を加速させている。

 

「一応、万一発射された場合の対策も、スネークの仲間たちが立ててくれているみたいだけど、期待し過ぎない方が良い」

 

 その時、出撃のサイレンが鳴り響いた。

 イクチオスの修理予想時刻まで、一時間を切っている。今はだいたい7時ぐらいだ。スネークはまだ目覚めないが、それならそれで良い。命を張ってくれたのだ、少し休んだところで、だれも責めはしない。

 

「……僕は戦えない、でもあれの建造に関わったのは僕だ。だから、お願いだ、イクチオスを……破壊してくれ!」

 

 

*

 

 

――194…8月6日8時…分 呉鎮守府近海

 

 薄暗い闇の底に、温かな光が昇る。

 朝日に照らされて、私はまどろみから目覚める。ぼんやりとした眼に、真っ青な大空が広がっていた。ゆっくりと波は穏やかに、アーセナルギアは揺られている。

 

 周りには見知った面々がいる、彼女たちは同じように、穏やかな波に揺られていた。平和で、のどかな光景だ。再びアーセナルギアは眠気に誘われて、瞼を閉じようとする。だが微かに、プロペラの回る音がした。

 

 うるさい、いったい誰だ。

 遥か遠く、瀬戸内海上空を飛行する航空機が目に入る。良く知っている、WW2で活躍した米軍の陸上攻撃機B-29だ。しかし普通のではない、異様に大きなシルエットをしている。

 

 アーセナルは気づく、ここはどこだ、瀬戸内海に、一機だけ、B-29が?

 意識がぬるま湯から引き上げられ、覚醒とともに戦慄が全身を覆っていく。あれはエノラ・ゲイだ、そうだ、私はイクチオスに、ありったけのミサイルを撃ちこんだのだ。

 

 その後どうなったのか、今がなんなのか分からない。アーセナルギアはただ、撃たせてはならない一心で、空に手を伸ばす。だが届かない、しかも不思議なことに、他の艦娘は誰も動こうとしない、呆然と空を見上げているだけなのだ。これも水鬼の策謀か、あの不可解な現象なのか?

 

「いいや、違う」

 

 アーセナルギアは、それを幻聴だと思った。誰かがやらないのなら、私がやらねば。G.W! レイ! ミサイルを! 

 だが、どんなに叫んでも、誰にも声は届かなかった。

 そして、波紋一つたたない海を視て、私は叫んでさえいなかったと、気づいた。どうすることもできない、エノラ・ゲイはそのまま遠くへと消えていき――世界が、暗転した。

 

 キノコ雲は、なんども見た。

 ネットでも軍事資料でも、ビキニ沖環礁やヒロシマ・ナガサキ、それの被害ににあった人々の姿。

 だが、そこにはないものがある。悲鳴、空気、熱気。

 紛れもない地獄を、私は見ていた。吐き気が止まらない、どうすれば良いのかも分からず、心がぐしゃぐしゃになっていく。艦娘になったことを、心から後悔しかけるほどに。

 

 呉の海岸で佇む彼女たちも、同じだった。

 何もしないのではない、何もできないのだ。再び見た彼女たちは艦娘ではなく、当時の艦艇そのものだった。燃料もなく、ただ浮かぶしかない鉄の塊だったのだ。青葉もそこで浮かんでいる。そしてアーセナルギア自身は、存在さえしていない。意識だけが、8月6日を彷徨っていた。

 

「ここは屍者の帝国だ、ただの記憶でしかない」

 

 また声が聞こえた、確かにそうだ、熱や悲鳴は聞こえるが、私は痛みを感じていない。ただ全てを俯瞰して見下ろしているだけ、なにより、当時私は存在していない。とてもリアルなVRを見ているだけとも言えた。

 

「人は、死者を弔う。安らかな眠りを祈って。だが祈ったところで、現実として死者はいない。いるとすれば、過去の記憶だけだ」

 

 再び、場面が切り替わる。

 今度現れたのは瀬戸内海ではなく日本海、そこを多くの艦艇が進んでいる。あそこにいるあの艦は、大和だろうか。

 しかし決戦兵器と言われた彼女は、夥しい数の艦載機に囲まれて、燃え上がっていた。随伴艦も皆、次から次へと崩れ落ちていく。

 

 誰かが、悲鳴を上げた。

 雪風が魚雷を撃つ、味方に向けて。もう動けなくなった彼女を沈めるために。大和が消える、雪風たちが、生存者を連れて引き返していく。

 4月7日、坊ノ岬沖海戦、沖縄へ海上特攻隊として向かう作戦は、こうして失敗に終わったのだった。だが特攻を拒み、何隻かは引き返していく。

 

 成功したとしても特攻、失敗すれば死。

 私は、知らない。そんなことは知らない、どんな思いだったなど、知る由もない。ただこうして、見ている事しかできなかった。

 

「そうだ、我々は見ることしかできない。過去は記憶でしか存在できないからこそ、人は伝えようとする。それが、人間というものだ」

 

 燃え盛る炎、立ち昇るキノコ雲。

 あらゆる光景が巡り、そして行きついた先で、静かにラジオが流れ出す。雪風はひたすら、日本へと人々を送り続けた。その全てを終え、彼女はこの国から去ってしまった。そして、全てが暗闇となった。

 

「だがもしも、過去を現実へと持ち込めるのなら。それは人間ではなく過去、屍者そのものだ。彼女たちは人ではない」

 

 艦娘は人間になれないと言うのか、声なき声に、アーセナルギアは叫ぶ。

 

「しかし、人は死者を活用してきた。死者の名を英雄のそれになぞらえて、生者の未来へ利用する。艦娘がいなくても、深海凄艦がいなくても、人は死者に敬意を示しただろう。君は知っている筈だ、君のルーツもまた、英雄として、死んでも尚利用されたことを」

 

 しかし、そうして屍者を蘇生させていくことは、屍者の帝国の侵略を許すことに他ならない。世界は生者のためにあるべきだ。

 死者を利用する生者、それを拠り所とする艦娘。侵略者たる深海凄艦。間違っているのは、いったい誰だ。

 

「なら、君はどうする、屍者の帝国の侵略を阻止するためなにを成す」

 

 姿の見えない影が、私の顔を掴みとる。虚ろな眼が心の奥まで覗き込んできた、空っぽな私を見透かされているようで、身震いがする。

 

 私は、私はなんだ、誰なんだ、何をしたい?

 決して無関係ではいられない、過去の地獄を垣間見て、それを甦らさんとする何かを、どうすればいい。

 

「いいや、十分だ」

 

 しかし、声なき影はそう言って、私のほほを撫でた。

 

「アーセナルギアよ、空の蛇よ、未だ脱皮できぬ亡霊よ、彼女たちがいまいと、世界の在り方は変わらない」

 

 霧に覆われた夜が、少しづつ明るくなっていく。日の出に照らされるジャングルが、眼下に延々と広がっていく。影が、晴れていく。

 

「それさえ忘れなければ、それで十分だ、今はまだ。信じるものも知らぬ蛇よ、それだけは知らねばならない」

 

「――お前は」

 

「彼女たちは、そこにいるということを」

 

 影があらわになる。

 エラー娘の姿が見えた瞬間、私は――シェル・スネークは覚醒した。

 傍らにいる明石の叫び声と同時に――『バイタル安定……G.Wから貰った設計図にも問題無し……』

 

 

「……明石」

 

「スネークさん!? 起きたんですか!?」

 

「やれ、今からしようとしていたことを」

 

 何となくだが、明石のしたいことが理解できた。大破した艦娘を直す方法は入渠と修復剤以外に、もう一つある。あのアラスカで神通が、そうだったように。

 

「良いんですか?」

 

「……その左、お前を私は知っている」

 

 ならきっと、信頼できるだろう。

 

「分かりました、では始めます、『第一改装』開始」

 

 

*

 

 

――2009年8月6日7:00 江田島

 

 江田島正面海域は、地獄のような光景と化していた。

 無数の艦娘と無数の深海凄艦が激突し、敵も味方も時として分からなくなるような惨劇の戦いが起こっている。だからこそ、江田島の背後から上陸することができた。

 

 びしゃびしゃになりながら、伊58に牽引された雪風が、江田島へ上陸する。決戦艦隊は囮だった、彼女たちに自覚はないが。 海を黒く染めるような、馬鹿馬鹿しいほどの物量を正面から抜けるのは、最初からあり得なかった。という訳で、別働隊が潜りこむことになったのである。

 

 そして、目的地へとついた雪風の眼前には、メタルギア・イクチオスが椅子となって座っていた。椅子は玉座だった、王妃が乗っていた。しかし今は、戦艦の水鬼であった。鬼のように笑いながら、彼女が立ち上がる。

 

「無粋ナ子、コレカラダッテイウノニ」

 

 イクチオスは姫でありイロハ級であり艤装でもある――ジョンはそう言った。水鬼艤装は、メタルギア・イクチオスと繋がっているようだった。

 

「それとも平和を破壊したいのかしら、自己満足じゃないの?」

 

「そんな馬鹿な理屈があってたまるものですか」

 

「代理戦争によって、大きな戦争を防ぐなんて、何時ものことじゃない。冷戦から、私たちに変わるだけ。核だってそう、一発の核で太平洋戦争は終わったのよ」

 

「あの時とは違います、どの国も核を持っています。一発の核は報復の連鎖を起こすんですよ」

 

「撃つかどうかは分からない、世界を破滅させる決断が、人間にできるかしら? 私はできないと思っている。貴女はどう?」

 

「もし撃てば世界は終わってしまいます」

 

「リスクのない平和こそ幻想だわ、だからといって平和を求めない世界は終わるしかない。そしてイクチオスは人間と違い、命令すれば必ず核を発射する。どんな環境にも状況にも倫理観にも常識にも拘束されず、平和のリスクを一手に担う新型核兵器、それがメタルギア・イクチオス!」

 

 ハッチが閉まると同時に、イクチオスの前足が展開されていく。衝角をバンカー代わりにして、両生類が四足で立ち上がる。

 

「だからこそ私もリスクを背負う、新型核もイクチオスも、この一つだけ。これを止めれば、貴女の勝ちよ」

 

 機体の金属が擦れ獣も呻き声が、本体の喉から獣の咆哮が共鳴する。それはまるで、この世の生き物でない――屍者の帝国からの、怪物の絶叫に聞こえた。

 

 白鯨であり、両生類の名前をもつメタルギア。

 しかしその動きは、どちらかと言えば獰猛は四足歩行哺乳類を連想させた。一瞬で距離を詰めたかと思えば、大跳躍をして攻撃を回避する。攻撃の後の隙は、四隻のスペクターがカバーする。単騎での突破は無謀だった。

 

 しかし雪風もまた、単騎で戦う兵士ではなかった。音を切り裂き、空気を割って、異常なサイズの砲弾が飛来する。ギリギリ反応できてしまったスペクターの一隻が、その身で砲撃を受け、胴体に大穴を空け崩れ落ちていった。

 

「目標、一隻撃沈」

 

 淡々と戦果を述べながら歩くそれは、戦火のための兵器であり機械。しかしいつも浮かべていた張り付く笑みは消え失せて、焦りに焦るまだ若い女性の醜態。雪風は見て、懐かしく感じた。一隻目も二隻目も、こんな顔をしていたな、と。

 

「戦艦大和、押して参る!」

 

「……どうしてこちらに?」

 

 大和は、正面に展開している艦隊を相手取っていた筈だ。どうしてこちらに来たのか。

 

「少し事情が変わりまして、イクチオスの撃破を優先することになりました。提督も了承済みですので」

 

 事情がなんなのか気になるが、提督も知っているなら問題はない。些細なことを気にする暇はなかった、目の前を見ればなおさらだ。爆散したスペクターの肉片が集まり、またレ級として再生したのだから。

 

「本当に、死なないですね」

 

「足止め程度ならできる筈です、その間にイクチオスを破壊しちゃいましょう」

 

 再び大和が、地鳴りを鳴らす砲火を空へと放つ。計算された軌道は空に煙を残し、イクチオスの前足間接へと真っ直ぐへと飛ぶ。だが狙いが分かっている攻撃は読まれやすい、軽い跳躍で、攻撃は回避された。

 

 大和の攻撃を鐘に、再び砲撃が交差する。戦艦の出現を踏まえて、艦載機まで展開し始める。もっともイクチオスへの誤爆を恐れ、積極的な攻撃はできない。

 

 掠り傷一つさえ考慮してしまう、イクチオス護衛を最優先事項としてプログラムされているからだ。残るイクチオスは、柔軟な攻撃を仕掛けてくる。駆逐艦の主砲を撃ち、機を見るや否や戦艦水鬼の兵装が牙を剥く。中に水鬼が乗っているからできる芸当だ。

 

 ねらい目はイクチオスの懐、そこに向けて大和が走り出す。歩くだけでも地鳴りが起きそうな戦艦の走りは、小規模な地殻変動さえ起こしそうに思える。しかし恐怖などプログラムされていないレ級たちは、接近させまいと捨て身の攻撃を繰り返す。

 

 ただ飛ぶだけの艦載機を、特攻機として次々突撃させる。どうせ再生するのだからと、大和のばら撒く副砲も意に還さず至近距離で潰そうと、鉄と火薬の土砂崩れが動き出す。

 

 だが、一歩踏み出した時、レ級の足元に主砲が叩き込まれる。抉れた地面に足を取られ、転んだ瞬間大和に踏みつぶされる。頭上へ落ちかけた艦載機の羽が機銃で穿たれ、制御を失いあらぬ方向へと捻じれ落ちる。

 

 雪風は、駆逐艦だった。

 駆逐艦の役目は戦艦や空母、輸送艦の護衛だ――陽炎型は事情が異なるが――ましてや一度守り切れなかった彼女ならばこそ、この凄まじい駆動が実現している。大和も雪風の援護を信じ切っている、こういう時は、幸運艦の名も悪くはないと思えるのだ。

 

 対して信じ切れないイクチオスは、役立たずと咆哮し、戦艦大和から距離を取ろうと迂闊にも跳躍してしまう。必死にばら撒く機銃も、駆逐艦レベルの主砲も、相手が大和では豆鉄砲にもなりはしない。

 

 ならばと、致命打溶かす水鬼の艤装が、火を噴いた。

 だが大和は、それを正面から受けきった。ダメージはあるが、主砲の照準は全くぶれることがない。艦隊決戦のために建造された艦の力と――意地で、イクチオスを睨み付けていた。

 

 着地してしまい、動けない間の時間は、きっと走馬燈のように引き伸ばされていたに違いない。振動に耐え震える足を見て、雪風は思った。

 

「第一、第二主砲。斉射、始め!」

 

 視界を埋め尽くす黒煙、巻き上がる炎、衝撃波、振動、絶叫。そこから千切れ飛ぶイクチオスの右足と衝角。

 背を伸ばして主砲を撃つ彼女の姿は、兵器のように無機質で、肌が焼けるような暑さを、雪風に感じさせたのだった。




近接戦闘(青葉×スネーク)
「スネークって、珍しい格闘術を使いますよね」
「CQCのことか? まあ、一般には出回っていないからな」
「他の格闘術は使わないのでしょうか?」
「他のとは?」
「ほら、近接戦闘用の武器を持っている艦娘っているじゃないですか」
「知らん、その辺りは疎い」
「そうですか……代表的なのは伊勢型や天龍型の持ってる刀ですかね」
「刀は私も使うぞ」
「いやそうじゃなくてですね、中には素手で殴る艦娘もいるんです。大和型とは長門型とは、素手で砲弾弾いたりしますし」
「そうか、で?」
「アーセナル級の動力って、原子力ですよね」
「そうだが」
「いや、なんてその出力で、殴らないのかなと思っていたんですが」
「なんだそんなことか」
「で、実際は?」
「できなくはない、いや、できる。G.Wの見立てでは、太平洋深海棲姫の艤装も粉砕できるようだ」
「滅茶苦茶強いじゃないですか」
「ただ問題があってな」
「問題?」
「私も粉々になる」
「……へ?」
「確かに動力は原子力だ、だが装甲は薄い潜水艦なんだ。そんな体で殴っても、私自身が、私の出力に耐え切れない」
「……ええ」
「なんだその顔、言っておくが、近代の軍艦は皆似たり寄ったりだぞ」
「いや、なんだか残念だと思いまして」
「まあな、だからこそCQCだ。自身へのダメージを最小限にできるし、それに不意打ちにも強い。なんなら教えてやってもいいぞ」
「いや、青葉、そういうのは専門外なので」
「……そうか、広めたかったんが、CQC」
「……なんかごめんなさい」

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