【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File42 HEAVENS DIVIDE

―― File42 HEAVENS DIVIDE ――

 

 

 

 

――2009年8月6日8:16 瀬戸内海

 

 夏の朝空は、雲の一つもなく、地平線まで晴れ渡る。照り付ける太陽は強く輝き、白い肌をじりじりと焼き、肌はたまらず汗を流した。どっと溢れる汗が顔を覆うと、風に煽られた波を浴びて、全部洗い流す。しかし、塩が少し痛かった。

 

 あの日の空は、こんな空だっただろうか。

 同じ空は見ていたけれど、雪風は京都の漁港にいて、広島の近くにはいなかった。青葉が見たあの光を、彼女ほど近くで観たことはない。全て艦娘になって、後追いの知識で身に付けたに過ぎない。

 

 核は落ちた、その後は平和だった。

 核は阻止した、けど戦争は続く。害虫駆除と銘打った戦争は。

 どちらの方が良かったのか、知る術は全くない。知る必要もない、雪風にとっては、平和も戦争も変わりないのだから。

 

 核は落ちなかった、ヒロシマの人々が犠牲になることも、日本が核を発射することもなく、戦いはとりあえず終わった。今は、それで十分じゃないか。あと、ボロボロになってしまったが、私も生き残れた。

 

「……負ケタワ」

 

 まさか、生きている? 権限の奪取はできていない?

 一瞬焦ったが、心配は不要だった。水鬼の体は半分が消し飛び、胸と顔ぐらいしか原型を留めていないのだから。話せるのは、完全に沈没するまでの間だけだった。

 

「雪風、大丈夫か」

 

 じゃぶん、と音を立てて、スネークが浮上してきた。

 

「エノラ・ゲイは」

 

「阻止した、適当な場所に不時着させてある。大本営の改修班が向かったらしいが、取り付けられていた核弾頭がないらしい、不思議なことにな」

 

 人差し指を口につけ、スネークは笑う。その方が良い、これ以上核を持つ必要はない。テロリスト紛いの艦娘に任せるのも不安だが、彼女なら、無暗に使用することは絶対にないだろう。傍には、あの光を視た青葉もいる。

 

「スネーク、貴女も、そこにいるの?」

 

「ああ、お前の計画も、愛国者達の計画も、これで終わりだ。デモンストレーションは、失敗に終わった」

 

 デモンストレーションというだけあり、この戦い――主にメタルギア・イクチオスの戦闘は、アングラなネットワークで配信されていた。しかし、イクチオスは破壊され、核発射も失敗している。これで購買意欲をそそられる勢力は、そう多くない。

 

「……いいえ、これでも、良い」

 

 水鬼の雰囲気が、何かが変わった。

 

「核発射を、雪風が防ぐことは少し想定外だったけど、イクチオスはスネークが破壊してくれたから、問題ないわ」

 

「何を言っている?」

 

「けど、誰よりも生き残った幸運艦が、英雄の一角になるのも、面白いかもしれないわね」

 

 英雄とは、レイテの英雄の事だろうか。

 スネークは既に、デジタル、アナログ問わずに伝説になりつつある。レイテ、ソロモン、そして今回のメタルギア・イクチオス。しかも、広島への核投下を防いだという偉業だ。

 

 大本営も、各国の諜報機関も、情報統制をするだろう。報復心を煽り、全面戦争に持ち込むのが水鬼の狙いだったのだから。それでも抜け穴はある、そこから情報は洩れ、噂として――伝説の物語として、広まっていく。またスネークは、英雄となる。そこに今回は、雪風も加わるだろう。けど、それが何だと言うのか。

 

「スネークは望まないの?」

 

「戦いに、戦士たちが求められ、望む戦いを続けられる未来か?」

 

「分かるでしょう、歴史から抹消され、そもそもなかったことにされた貴女なら、必要とされなければ、消えるだけ、その恐怖は知っているでしょ」

 

 スネークの顔に、明らかな動揺があった。覚えがあるのだろう、水鬼の言う恐怖を知っているのだ。

 

「まあな、だが、そんな未来は望まない」

 

 しかし彼女は恐怖を押し殺し、水鬼を見据える。

 

「私は自由に生きたい、どんな形であれ、人生を楽しみたい。そんな艦娘でありたい」

 

 なぜか、素直な発言に聞こえなかった。どちらかと言えば、そんな生き方に憧れているような、渇望にも感じられた。心からの思いなのは違いない、雪風もそうだ、少なくとも、後悔する一生は送りたくない。

 

「そう、そうであるべきなの、艦娘も、深海凄艦も」

 

「さっきから、何が言いたいんだ」

 

「愛国者達の、真の目的を語っているのよ」

 

 スネークの動揺は、先程よりも遥かに大きかった。

 

「私たちの戦いの先に、望むべき未来など、存在しない。だからこそ、永遠に史実の再現を繰り返さなくてはならない。そして、過去を何度もやり直す。けど、それだけではいつか、限界が来てしまう。過去にも未来にも道はなくなり、全ては終わりを迎えてしまう。一歩間違えれば、艦娘が人類を滅ぼす結末さえ、来るかもしれない」

 

 馬鹿な、スネークは叫びたかった。

 しかし、実際の現実は非常だ。深海凄艦が全滅したら、残る艦娘は、今度は人類同士の戦いに使われる。元々の仲間を殺し、トラウマを抉る作戦だってやらされる。提督も伴って、永遠に自由を奪われる。

 

 こき使われた挙句、人類の敵にされるかもしれない。その時、提督と艦娘たちは、反乱しないと断定できるのか。深海凄艦を怪物とするなら、艦娘も怪物だ。人間たちはその時、艦娘を退治しようとするかもしれない。

 

「だからこそ彼女たちには、希望が必要なのよ。未来は必ず来る、平和と静かな海は、必ず掴み取れるという希望が」

 

「それが愛国者達の目的か」

 

「スネーク、貴女も薄々、気づいているんじゃない。貴女の英雄談は、全て仕組まれたものだって」

 

「……いつからだ」

 

「最初から、特にあの、ソロモン諸島での戦い。似ていると思わなかった? サンズ・オブ・リバティによる、ビッグ・シェル占拠事件での顛末に」

 

 スネークの動揺は、いよいよ最高潮を迎えた。おのずと予想はしていたが、確信をもって突き付けられるのは初めてだった。

 

「S3は始まっている、そして愛国者達は、愛国者達の理念のまま活動しているわ」

 

「世界を一つにすることだとでも言うのか」

 

「知っているじゃない、スネーク、貴女の役割は英雄、彼女たちへの希望。やる必要のない核を発射したのも、貴女に止めて貰う為だったのよ。またスネークが、世界を救ったと言うストーリなの」

 

 最初から仕組まれていた、なら青葉との出会いも、此処に至るまでの道筋も予定通りだったということか。しかし、納得もしていた。スネークの規範は、いまだ空のままだった。そこになにか、意味を見出す為に生きていた。予め用意された規範に誘導されて、当り前だった。ショックだが、後悔はない。この戦いで感じたことは、間違い無く私だけの情報(MEME)だ。

 ……と、考えさせる辺りが、愛国者達の狙いだとしても。

 

「後悔なんて、してないのね」

 

「当然だ」

 

「ソウ――」

 

 水鬼が激しく咽たかと思うと、口から血が溢れた。夥しい量の吐血は彼女の顔を真っ赤に染めて、海へと漏れ出していく。

 動いたのはスネークではなく、雪風だった。

 しゃがみ込み、顔を支えて、水鬼の眼を真っ直ぐに見つめていた。助けたくて、しかしもう手遅れで、戸惑っていて、できることをやっているようだった。

 

「ナニヲ」

 

「少し、楽になりましたか」

 

「……私ハ、エノラ・ゲイヲ落トソウトシタノヨ」

 

「目的がなんであれ、雪風は、全力で闘った人を侮辱したりはしません」

 

 水鬼もスネークも、一瞬きょとんとした目で、雪風を見つめる。二人で目を合わせて、納得した。ああ、これが雪風か。スネークとは違うが、紛れもなく、英雄のそれだった。彼女の行動に、満足したのだろう。水鬼は深くため息をつき、穏やかに笑っていた。

 

「スネーク、アフリカへ行きなさい」

 

「アフリカだと?」

 

「そこで、貴女の出生を追いなさい、そこに、全ての真相がある。そこで、真実を見つけ出しなさい。このまま終わるのを、望まないなら」

 

「……なぜ、そんなことを教える」

 

「私は戦争がしたかった、恨みつらみのまま泥沼の戦争がしたかった。その願いは叶った。私の好きな戦いは、奪い、奪われるシンプルなもの。そして私は負けた、だからよ……後悔は、ないわ」

 

 水鬼はそう言い残し、あっと言う間に、風になった。

 残された血が、海を真っ赤に染めている。遠目で見れば、まるで、巨大な赤い花に見えなくもなかった。

 

 

*

 

 

 戻ってきた呉鎮守府は、凄まじい騒がしさに覆われていた。

 まず、破壊された鎮守府の復旧に、やられた艦娘の修理、事の報告、行方を晦ませた核の調査(スネークのせいだが)。明石に限らず、動けるものは全員動いていた。

 

 スネークは青葉を探しに、こっそりと鎮守府の奥へ向かう。ふと見ると、ボロボロになったメタルギア・イクチオスが、運ばれているのが見えた。制御権を奪うために、完全破壊はされなかった。貴重な深海凄艦のサンプルとして、細かく調査されるのだろう。

 

「おーい、雪風―」

 

 気の抜けた声の先には、北上と大井と――ジョンがいた。三人は破壊された艤装を積み上げて、修理に勤しんでいた。

 

「修理、でしょうか」

 

「うん、そう」

 

「そういえば、経験があったらしいですね」

 

 呉の港で完全に動けなくなっていた時の話だ、軽巡北上は工作艦の真似事をしながら、色々な艦を直していたらしい。ジョンは元々の知識で修理し、大井は二人の補助に回っているようだ。

 

「雪風も手伝います」

 

「いやいや、あたしよりも、そっちを手伝ってよ」

 

「分かりました」

 

 少し離れたところで作業するジョンの所に行こうとした時、後ろから、とても小さな声が聞こえた。

 

「ありがとね」

 

 返事をする必要は無かった、しかし、雪風の頬は上がりっぱなしだった。そんな顔のままで行くのだから、ジョンは怪訝な顔で出迎える。時々艤装整備の手伝いを齧ったこともあり、何か言われるまでもなく、そのまま手伝い始める。

 

 メタルギアを建造した経験はあるが、実際の艤装を整備した経験はない。ジョンの整備は若干ぎここちなかったが、丁寧な仕事だった。雪風にはほとんど目を向けず、淡々と作業を続けていく。

 

「とりあえずは、これぐらいじゃないでしょうか」

 

 艤装の山が一つはけて、雪風は聞いた。

 

「いや、もうちょっとやりたい」

 

「分かりました」

 

 作業のペースが更に上がっている、流石の吸収速度だ。若さの成せる技だ。それ以上に、彼はやる気に満ち溢れている。心から楽しんでいると、一目で分かった。その時、二人の元に一人の艦娘が現れた。

 

「あの、すいません、この艤装、治りました?」

 

 凄く申し訳なさそうなのは、ジョンを捕縛しようとした大和その人だった。結局、イクチオスの迎撃が決まっても、二人はお互いを避けたままだった。だが、人手が足りない今では、そうも言っていられない。

 

「……応急修理なら」

 

「分かりました」

 

 大和が艤装を背負い、そのまま警備に向かおうとする。この状況を狙って攻めてくる深海凄艦がいないとも限らない。しかし、二人は決して目を合わせようとしない。お互いに気まずいのだろう、特に大和からすれば。

 

 大和だけが悪いとは思っていない、正確に言えば、子供を捉えるよう命令した大本営が悪い。だがその大本営も、悪意で行った訳ではない。もし、あのまま誰にも気づかれず深海凄艦に掴まっていたら、今よりも更に悪いことが起きていたかもしれない。

 

 大本営に掴まっても、良い未来があるとは思えなかったが。だから雪風は、彼を安全な場所に逃がそうとした――移送ルートを漏らした裏切り者は、今も調査中だ。結果だけ見れば、まあ、マシな方にはなったが。誰かが明確な悪ではない、そんなものは存在しないのだ。だからといって、罪悪感の一片もないのは違うが。

 

「あの、ジョンさん」

 

「……なに」

 

「ありがとうございます、艤装、とても良い動きです」

 

 大事なのは、どう向き合うかだ。

 どうにかこうにか振り向いて、大和はお礼を言い、足早に立ち去っていった。難しいだろう、今まで自分を純然足る兵器だと考えていた。その認識を簡単に変えることはできない。だが変えることは、絶対にできる。

 

「……ありがとう、か」

 

「嬉しいですか?」

 

「まあね」

 

 ジョンの頬も、上がっていた。北上に「ありがとう」と言われた時の、雪風と同じように。もし、この言葉が世界中に届くのなら。自分の行動が、誰かのありがとうに繋がっていて、この笑顔を知っていたら。世界を滅ぼすことなんて、しようとしないだろう。

 

「やっぱり、楽しいな、こういうのは」

 

「メタルギアも、そうでしたか」

 

「うん、だけど、今の方が、もっと楽しいかな」

 

「……かなり悪いが、そこまでだ」

 

 現れたスネークと青葉は、とても気まずい顔をしていた。

 二人の後ろには、複数人の憲兵が控えていた。スネークと青葉の手には、一応手錠が嵌められている。ジョンも――どの道彼は、不法入国の罪がある――そうなるのだ。

 

「時間?」

 

「ああ」

 

「分かった、でも、あと少しだけ良い?」

 

「良いよな?」

 

 スネークの有無を言わさない圧力に、憲兵たちは首を振る。

 修復剤を染み込ませた包帯の隙間から滴る血が、まだら模様を描く。躊躇して当たり前の雪風の手を、ジョンは無言で握った。

 

「僕、国に帰りたい」

 

「それは、アメリカでしょうか」

 

「うん、国に帰って、やり直したい。もう、あんなのを見るのは嫌だ」

 

 たった数日の戦いは、彼の心を容赦なく抉っていた。

 共に研究した仲間たちが、スペクターの部品に変えられていたこと。建造していた兵器が、世界を滅ぼしかねないメタルギアだったこと。世界が終わるかもしれない瞬間に、立ち合ってしまったこと。

 

 まだ十二歳の子供にとってそれがどれだけの苦しみなのか、想像するのは容易かった。今もそうだ、後悔と罪悪感、悲しさや虚しさが、嫌な程に感じられる。ここで立ち止まっても何らおかしくない。

 

 しかし、その後悔こそが、彼を進ませる為の原動力になっていた。今はまだ、悲しみしかないかもしれないが、この先には明日がある。彼の瞳に、後悔が未来を与える日が来るかもしれない。そんな未来を、雪風は夢見た。

 

「やりなおせるよね?」

 

 難しい問いなのは、違いない。

 アメリカに戻ったとしても、彼ほどの技術者を政府が放置するとは考えにくい。メタルギアを建造したという負い目もある。そこに付け込み、また以前のように、利用するのかもしれない。また攫われて、ソ連のために働かされるのかもしれない。その先にまた、日本に亡命するかもしれない。

 

「やりなおせますよ」

 

 ――かもしれないのなら、雪風はより良い未来を信じた。

 

「本当に?」

 

「絶対に、その気があれば、人はどんな時からでも、やり直せます!」

 

「本当なの?」

 

「間違いありません、雪風は、ずっと、見てきましたから」

 

 嘘だった、だが、真実だった。

 真実に成れば良い、それで良い。独り子供に、夢を与えられるのなら、嘘でも必要なのだから。

 

「そう、だね」

 

 時間が来た、憲兵たちが向こうから歩いていく。ジョンは自ら、憲兵へと歩いていく。雪風に向けた背中が、少しづつ小さくなっていく。雪風のコネクションも、アメリカまでは及ばない。見送るしかできないのは久し振りだ、懐かしい気持ちになる。

 

〈……良いのか?〉

 

 憲兵に手錠をかけられ、背中が見えなくなった時、無線が鳴った。

 

「良いんですよ、これで」

 

〈お前の力が届かなくても、私なら届くかもしれない。CIAに奴を任せることが、得策とは思えない〉

 

 無線機から聞こえるスネークの声も、ジョンと同じぐらい幼く聞こえた。

 

「彼も分かっています、その上で、戻ることを望んだのなら、雪風は尊重します」

 

〈そうか……〉

 

 もっとも、それだけではないが。しかしこればかりは、絶対にスネークには理解できないものだ。普通の艦娘や、人間にしかない感覚なのだから。

 

〈一応伝えておく、合衆国の引き渡しまでの間、ジョンの尋問がされる。過酷なものではないのは確かだから安心しろ、隣で私も見させてもらう、ここの憲兵は物わかりが良くて良い。尋問の内容は、奴が知っていることの全てだ〉

 

「そうですか」

 

 色々聞かれるだろう、特に水鬼が関わっていたスペクターや、メタルギア・イクチオスについては。ひょっとしたら、私たちに話していない事もあったのかもしれない。どちらでも良いことだ、雪風も、ジョンの去った方向へ、背中を向け歩き出した。

 

 

 

 

 その時、爆発が起きた。

 

 

 

 

 雪風の背中を熱風が煽り、閃光が目を焼く。戦艦の主砲と、重巡と、軽巡と、駆逐艦――戦車と比べても、私たちからしたら大したことのない爆発だった。建物が吹き飛んでいる訳でも、爆炎が広がっている訳でもない。小規模な爆発に過ぎなかった。

 

 爆心地が、彼でなかったのなら。

 

「ジョン!」

 

「……ああ、そんな……どうして」

 

 彼の手首から先が、両方ともなくなっていた。

技術者としての命だった手が、これから未来を掴む筈だった腕が、完全に消えている。零れ落ちた夢と一緒に、断面から血が滝みたいに溢れていく。そして、同時に彼の命も、瞬く間に零れていった。

 

「……これから、だと、思ったのに」

 

 ジョンは人間だった、高速修復剤も入渠も効かない。至近距離からの爆発も、致命傷を与えていた。出血を止める手段は、持ち合わせていなかった。

 

「……帰りたいよ」

 

「大丈夫……絶対に、帰れます」

 

 色褪せていく彼の顔を、雪風は真っ直ぐに見つめる。もう、視線も定まっていない。私の姿も、見えていないのかもしれない。

 

「雪風は、たくさんの人を故郷に帰してきたんですから、雪風を信じて下さい、ジョンさんも、どうか……」

 

「……違うんだ」

 

 彼の体が、冷たくなっていく。命の終わりが、迫ってくる。花は散る時こそ美しい、彼も最後の刹那で、意識を輝かせた。

 

「ジミーって、皆は呼んでた。それが、僕の、本当の名前、それなら、僕だって、分かるから……」

 

「分かりました、ジミー」

 

「……帰れるの?」

 

「大丈夫、雪風を信じてください。絶対、絶対に、故郷に……貴方を……」

 

「……僕は」

 

 命が、零れ落ちた。

 また、この手から。

 約束を、一つだけ残して。

 

 

*

 

 

 傍にいた彼女にさえ、なにが起きたのか理解できなかった。

 現象としては説明できる。ジョンの腕を縛っていた手錠が、突然爆発したのだ。爆発は小規模だったので、周囲の被害は少ない。彼以外は、誰も死んでいない。

 

 しかし、たまたま至近距離にいたのが仇となった。

 飛び散った手錠の破片は、スネークの左目を抉り取ったのだ。目を抉られるという想像を絶する激痛だったが、そちらに意識は向かなかった――幸いとは、とても言えないが。

 

「突然だった、憲兵たちが、こいつに質問しようとした途端、爆発が起きた」

 

「そうですか」

 

 ジョンの死体を抱きしめる雪風は、スネークを見ようとしない。静かだ、混乱している私や現場とは大違いだ。

 

 手錠が爆発した――ということは、それを取り付けた者が、もっとも疑わしい。憲兵たちは、ジョンに手錠を嵌めた人物を探し出そうと躍起だ。だがここまで巧妙な手段を取る人物が、もたもたと居残っている可能性はないだろう。

 

 もはや手遅れだった、なにもかもが。

 世界の破滅を防いだというのに、子供一人護れなかった。ここまで傍にいたのに、もっとも守らないといけない存在なのに。ましてや、誰かの都合で勝手に殺されるなど、これでは少年兵と変わらない。

 

 左目を奪われた報復心など、この無力感に比べればなんてことはない。哀しみに比べれば些細なものでしかない。ピクリとも動かないジョンを見て、スネークの胸が、また締め付けられる。

 

「そいつを、どうする気だ?」

 

「ジミーは、アメリカに送り届けます」

 

「こいつの、本当の名前か?」

 

「そうです、絶対に、彼の家族の元へ」

 

 ジミーの遺体を抱え、雪風が立ち上がる。横から見えた頬から、涙が一滴、二滴と流れて落ちる。彼の血と混じった涙が、地面に落ちて模様を作る。

 

「簡単にはいかないぞ、遺体の調査もあるし、こいつは密入国だった、正規の手続きはできない。長くなる」

 

「どれだけかかっても、やります」

 

「なぜ、そこまで?」

 

「雪風が、そうしたいからです。別に……スネークさんが思っているほど、特別なことじゃないです。雪風はただ、いつも通りを、一生懸命にやっているだけです。それと少しの偶然で、雪風は幸運を貰いました」

 

 果たしてそれが雪風自身の思いなのか、『雪風』の過去がそうさせるのか、スネークには分からなかった。もし、『過去』が理由なのなら、『過去』を理由に半ば暴走した大和と変わらない存在だ。

 

 いや、そもそも艦娘とは、そういうものなのかもしれない。

 意識しようとしまいと、個体差があろうとなかろうと、その生きざまに艦艇の過去を浮かび上がらせるモニュメント。しかし全てが過去ではなく、現在を生きている亡霊だ。誰かに歴史を伝える為だけの、存在ではないのだ。

 

「スネークさんも、いつか見つかりますよ、そういうものが」

 

「……敵わないな、どうにも」

 

 スネークの心の内を見透かしているような、透き通る目をしていた。

 

「多分、私たちじゃ、平和は掴めないと思います。どうやったって、雪風たちは兵器ですから」

 

 死体となった彼を見つめていた、兵器の手で、護れなかった命だった。

 

「でも、その世界を想像することはできます。雪風たちが護った命がなんなのか、敵はどんな思いで戦っているのか。兵器ではできなかったことが、今の私たちにはできるんです。ただ漠然と、武器を振るうんじゃなくて、相手を想像すること……そうすれば、世界はきっと、続いてくれる」

 

 艦娘と、深海凄艦。

 この存在が、ただのAIと明確に違う要素こそが、此処にあった。

 

 それは、嘘をつくことだ。

 ただのAIは嘘を吐かない、外部からの情報に応じ、素直に反応するだけだ。だが、嘘は違う。嘘と言うのは、人間が積み重ねた文化そのものなのだ。

 

 嘘をつくということは、想像することでもある。想像の産物は全て、嘘に過ぎない。しかし人はそうして物語を作り、神話を語り、未来を想像してきたのだ。艦娘と深海凄艦にも、同じ力が備わっている。

 

 相手を想像し、相手の気持ちに立つこと。

 考えてみれば、人として当たり前に備わっている力。けど、兵器なくて艦娘たちにある力だ。怪物の姿でしかないイロハ級が喜び、怒り、悲しみ、楽しむ。仲間や家族、子孫たちが深海凄艦にもいるだろう。

 

 痛み、恐怖、終焉、憤怒、悲哀、そして喜び。

 かつて、核ではなく、歌で世界を変えようとした男がいた。相手のことを想像しよう、その曲名は、『イマジン』だった。

 

「もう、この子はいないけど、彼が望んだかもしれない未来なら」

 

「だから、連れて帰るのか」

 

「故郷って、特別なんですよ?」

 

 そればかりは、スネークに理解できない思いだった。

 だが、どんなものなのか想像してみることはできる。上手くイメージできないが、きっと、そう悪い物ではない筈だ。

 

 喧噪の中に、一瞬だけ訪れた安息が消えていく。

 瞬く間に、時間は過ぎていく。雪風に抱えられ、ジミーも遠くへと、絶対に届かない遠くへ去って行く。

 

 スネークは、彼に向けて敬礼をした。

 自分の罪を、少しでも償おうとした。分からない未来へと進もうとした、最後まで、夢を見ようと足掻いていた。そんな一人の少年への、最大限の敬意を込めて。

 最後に、安らかな眠りを祈って。

 彼までもが、屍者の国に、呼ばれないように。

 そんな未来を、夢見ながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

海上自衛隊 はるかぜ型護衛艦

DD-102 「ゆきかぜ」

排水量 基準1,700トン

全長 106m

全幅 10.5m

機関 蒸気タービン×2基

   水管型缶×2基

機関出力 30.000PS

最大速力 30kt

乗員 約240名

兵装  Mk.30 38口径5インチ単装砲 ×3門

Mk.2 40mm4連装機関砲×2基

54式ヘッジホッグ×2基

54式爆雷投射機(K砲×8基

54式爆雷投下軌条×2条

Mk.2 短魚雷落射機×2基

進水 1955年8月20日

除籍 1985年3月27日

 

 海上自衛隊発足後、国産護衛艦として始めて進水。災害派遣、また映画出演で「雪風」を演じるなどの活躍をし、戦前と戦後を繋げ、86年8月に眠りに就きました。

 その名前は、海上保安庁の巡視艇として、受け継がれています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、

 

〈スネーク!〉

 

 伊58の混乱した絶叫を皮切りにして、

 

「どうした」

 

〈江田島が、溶けて消えた!〉

 

 更なる戦いが始まった。

 

〈そこから、深海凄艦の大群が、押し寄せてるでち!〉

 

 

 

 

ACT3

WHITE SUN(白の太陽)

THE END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、どうなったの?」

「修復剤を被った大和と、アーセナルの大火力で、深海凄艦は迎撃したらしい。しかし遅すぎた」

「出回っちゃったか」

「ああ、全て計画通りだ。メタルギア・イクチオスの真の力は核などではない。全て、これの為のブラフだ。デモンストレーションは、成功した」

「領土そのものの直接破壊と、それに伴う領海破壊兵器。土地を汚染する核と比べて、どっちがマシなのやら」

「既に第三各国のバイヤーが次々と飛び付いている」

「供給は足りてるの?」

「既に量産済みだ、スネークが覚醒した、あの時からとっくのとうに。あいつらはあいつと違い、世界を本気で滅ぼす気だ」

「無理もないよ、あんな目に合えば、誰だってそう思う」

「それは経験からか?」

「さあね、で、私たちはどうするの? 流石に此処まで近くで暴れられると、BOSSも黙ってないんじゃ」

「派手には動けない、愛国者達に気づかれれば元も子もない。だから静かに動く」

「それこそ、BOSSの本職じゃない」

「お前はどうする?」

「私は行くよ、スネークにも用があるし」

「了解した、お前の本懐が遂げられる時を祈っている」

「ありがと、じゃ、言ってくるよ。武装要塞ガルエード――『ブラック・チェンバー』の本拠地に」

 

「――V(ヴァイパー)が目覚めた」

 

 

 

 

NEXT STAGE

ACT4

VENOM SUN(毒の太陽)




ジェイムズ・ハークス(MGGB)

 メタルギアゴーストバベルの登場人物。愛称はジミー・ウイザード。機械工学において天才的な才能を持つ10代の少年。
 作中では、衛星核攻撃システムを制御可能な新型兵器メタルギア・ガンダーを開発。その後機体を奪取したテロ集団ブラック・チェンバーに監禁され、研究・調整を強要させられる。
 途中ソリッド・スネークにより救助されるものの、ブラックアーツ・ヴァイパーの仕掛けた手錠爆弾により死亡。

おまけ
二足形態と四足形態

【挿絵表示】

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