夏の朝空は、雲の一つもなく、地平線まで晴れ渡る。照り付ける太陽は強く輝き、白い肌をじりじりと焼き、肌はたまらず汗を流した。どっと溢れる汗が顔を覆うと、風に煽られた波を浴びて、全部洗い流す。しかし、塩が少し痛かった。
あの日の空は、こんな空だっただろうか。
同じ空は見ていたけれど、雪風は京都の漁港にいて、広島の近くにはいなかった。青葉が見たあの光を、彼女ほど近くで観たことはない。全て艦娘になって、後追いの知識で身に付けたに過ぎない。
核は落ちた、その後は平和だった。
核は阻止した、けど戦争は続く。害虫駆除と銘打った戦争は。
どちらの方が良かったのか、知る術は全くない。知る必要もない、雪風にとっては、平和も戦争も変わりないのだから。
核は落ちなかった、ヒロシマの人々が犠牲になることも、日本が核を発射することもなく、戦いはとりあえず終わった。今は、それで十分じゃないか。あと、ボロボロになってしまったが、私も生き残れた。
「……負ケタワ」
まさか、生きている? 権限の奪取はできていない?
一瞬焦ったが、心配は不要だった。水鬼の体は半分が消し飛び、胸と顔ぐらいしか原型を留めていないのだから。話せるのは、完全に沈没するまでの間だけだった。
「雪風、大丈夫か」
じゃぶん、と音を立てて、スネークが浮上してきた。
「エノラ・ゲイは」
「阻止した、適当な場所に不時着させてある。大本営の改修班が向かったらしいが、取り付けられていた核弾頭がないらしい、不思議なことにな」
人差し指を口につけ、スネークは笑う。その方が良い、これ以上核を持つ必要はない。テロリスト紛いの艦娘に任せるのも不安だが、彼女なら、無暗に使用することは絶対にないだろう。傍には、あの光を視た青葉もいる。
「スネーク、貴女も、そこにいるの?」
「ああ、お前の計画も、愛国者達の計画も、これで終わりだ。デモンストレーションは、失敗に終わった」
デモンストレーションというだけあり、この戦い――主にメタルギア・イクチオスの戦闘は、アングラなネットワークで配信されていた。しかし、イクチオスは破壊され、核発射も失敗している。これで購買意欲をそそられる勢力は、そう多くない。
「……いいえ、これでも、良い」
水鬼の雰囲気が、何かが変わった。
「核発射を、雪風が防ぐことは少し想定外だったけど、イクチオスはスネークが破壊してくれたから、問題ないわ」
「何を言っている?」
「けど、誰よりも生き残った幸運艦が、英雄の一角になるのも、面白いかもしれないわね」
英雄とは、レイテの英雄の事だろうか。
スネークは既に、デジタル、アナログ問わずに伝説になりつつある。レイテ、ソロモン、そして今回のメタルギア・イクチオス。しかも、広島への核投下を防いだという偉業だ。
大本営も、各国の諜報機関も、情報統制をするだろう。報復心を煽り、全面戦争に持ち込むのが水鬼の狙いだったのだから。それでも抜け穴はある、そこから情報は洩れ、噂として――伝説の物語として、広まっていく。またスネークは、英雄となる。そこに今回は、雪風も加わるだろう。けど、それが何だと言うのか。
「スネークは望まないの?」
「戦いに、戦士たちが求められ、望む戦いを続けられる未来か?」
「分かるでしょう、歴史から抹消され、そもそもなかったことにされた貴女なら、必要とされなければ、消えるだけ、その恐怖は知っているでしょ」
スネークの顔に、明らかな動揺があった。覚えがあるのだろう、水鬼の言う恐怖を知っているのだ。
「まあな、だが、そんな未来は望まない」
しかし彼女は恐怖を押し殺し、水鬼を見据える。
「私は自由に生きたい、どんな形であれ、人生を楽しみたい。そんな艦娘でありたい」
なぜか、素直な発言に聞こえなかった。どちらかと言えば、そんな生き方に憧れているような、渇望にも感じられた。心からの思いなのは違いない、雪風もそうだ、少なくとも、後悔する一生は送りたくない。
「そう、そうであるべきなの、艦娘も、深海凄艦も」
「さっきから、何が言いたいんだ」
「愛国者達の、真の目的を語っているのよ」
スネークの動揺は、先程よりも遥かに大きかった。
「私たちの戦いの先に、望むべき未来など、存在しない。だからこそ、永遠に史実の再現を繰り返さなくてはならない。そして、過去を何度もやり直す。けど、それだけではいつか、限界が来てしまう。過去にも未来にも道はなくなり、全ては終わりを迎えてしまう。一歩間違えれば、艦娘が人類を滅ぼす結末さえ、来るかもしれない」
馬鹿な、スネークは叫びたかった。
しかし、実際の現実は非常だ。深海凄艦が全滅したら、残る艦娘は、今度は人類同士の戦いに使われる。元々の仲間を殺し、トラウマを抉る作戦だってやらされる。提督も伴って、永遠に自由を奪われる。
こき使われた挙句、人類の敵にされるかもしれない。その時、提督と艦娘たちは、反乱しないと断定できるのか。深海凄艦を怪物とするなら、艦娘も怪物だ。人間たちはその時、艦娘を退治しようとするかもしれない。
「だからこそ彼女たちには、希望が必要なのよ。未来は必ず来る、平和と静かな海は、必ず掴み取れるという希望が」
「それが愛国者達の目的か」
「スネーク、貴女も薄々、気づいているんじゃない。貴女の英雄談は、全て仕組まれたものだって」
「……いつからだ」
「最初から、特にあの、ソロモン諸島での戦い。似ていると思わなかった? サンズ・オブ・リバティによる、ビッグ・シェル占拠事件での顛末に」
スネークの動揺は、いよいよ最高潮を迎えた。おのずと予想はしていたが、確信をもって突き付けられるのは初めてだった。
「S3は始まっている、そして愛国者達は、愛国者達の理念のまま活動しているわ」
「世界を一つにすることだとでも言うのか」
「知っているじゃない、スネーク、貴女の役割は英雄、彼女たちへの希望。やる必要のない核を発射したのも、貴女に止めて貰う為だったのよ。またスネークが、世界を救ったと言うストーリなの」
最初から仕組まれていた、なら青葉との出会いも、此処に至るまでの道筋も予定通りだったということか。しかし、納得もしていた。スネークの規範は、いまだ空のままだった。そこになにか、意味を見出す為に生きていた。予め用意された規範に誘導されて、当り前だった。ショックだが、後悔はない。この戦いで感じたことは、間違い無く私だけの
……と、考えさせる辺りが、愛国者達の狙いだとしても。
「後悔なんて、してないのね」
「当然だ」
「ソウ――」
水鬼が激しく咽たかと思うと、口から血が溢れた。夥しい量の吐血は彼女の顔を真っ赤に染めて、海へと漏れ出していく。
動いたのはスネークではなく、雪風だった。
しゃがみ込み、顔を支えて、水鬼の眼を真っ直ぐに見つめていた。助けたくて、しかしもう手遅れで、戸惑っていて、できることをやっているようだった。
「ナニヲ」
「少し、楽になりましたか」
「……私ハ、エノラ・ゲイヲ落トソウトシタノヨ」
「目的がなんであれ、雪風は、全力で闘った人を侮辱したりはしません」
水鬼もスネークも、一瞬きょとんとした目で、雪風を見つめる。二人で目を合わせて、納得した。ああ、これが雪風か。スネークとは違うが、紛れもなく、英雄のそれだった。彼女の行動に、満足したのだろう。水鬼は深くため息をつき、穏やかに笑っていた。
「スネーク、アフリカへ行きなさい」
「アフリカだと?」
「そこで、貴女の出生を追いなさい、そこに、全ての真相がある。そこで、真実を見つけ出しなさい。このまま終わるのを、望まないなら」
「……なぜ、そんなことを教える」
「私は戦争がしたかった、恨みつらみのまま泥沼の戦争がしたかった。その願いは叶った。私の好きな戦いは、奪い、奪われるシンプルなもの。そして私は負けた、だからよ……後悔は、ないわ」
水鬼はそう言い残し、あっと言う間に、風になった。
残された血が、海を真っ赤に染めている。遠目で見れば、まるで、巨大な赤い花に見えなくもなかった。
*
戻ってきた呉鎮守府は、凄まじい騒がしさに覆われていた。
まず、破壊された鎮守府の復旧に、やられた艦娘の修理、事の報告、行方を晦ませた核の調査(スネークのせいだが)。明石に限らず、動けるものは全員動いていた。
スネークは青葉を探しに、こっそりと鎮守府の奥へ向かう。ふと見ると、ボロボロになったメタルギア・イクチオスが、運ばれているのが見えた。制御権を奪うために、完全破壊はされなかった。貴重な深海凄艦のサンプルとして、細かく調査されるのだろう。
「おーい、雪風―」
気の抜けた声の先には、北上と大井と――ジョンがいた。三人は破壊された艤装を積み上げて、修理に勤しんでいた。
「修理、でしょうか」
「うん、そう」
「そういえば、経験があったらしいですね」
呉の港で完全に動けなくなっていた時の話だ、軽巡北上は工作艦の真似事をしながら、色々な艦を直していたらしい。ジョンは元々の知識で修理し、大井は二人の補助に回っているようだ。
「雪風も手伝います」
「いやいや、あたしよりも、そっちを手伝ってよ」
「分かりました」
少し離れたところで作業するジョンの所に行こうとした時、後ろから、とても小さな声が聞こえた。
「ありがとね」
返事をする必要は無かった、しかし、雪風の頬は上がりっぱなしだった。そんな顔のままで行くのだから、ジョンは怪訝な顔で出迎える。時々艤装整備の手伝いを齧ったこともあり、何か言われるまでもなく、そのまま手伝い始める。
メタルギアを建造した経験はあるが、実際の艤装を整備した経験はない。ジョンの整備は若干ぎここちなかったが、丁寧な仕事だった。雪風にはほとんど目を向けず、淡々と作業を続けていく。
「とりあえずは、これぐらいじゃないでしょうか」
艤装の山が一つはけて、雪風は聞いた。
「いや、もうちょっとやりたい」
「分かりました」
作業のペースが更に上がっている、流石の吸収速度だ。若さの成せる技だ。それ以上に、彼はやる気に満ち溢れている。心から楽しんでいると、一目で分かった。その時、二人の元に一人の艦娘が現れた。
「あの、すいません、この艤装、治りました?」
凄く申し訳なさそうなのは、ジョンを捕縛しようとした大和その人だった。結局、イクチオスの迎撃が決まっても、二人はお互いを避けたままだった。だが、人手が足りない今では、そうも言っていられない。
「……応急修理なら」
「分かりました」
大和が艤装を背負い、そのまま警備に向かおうとする。この状況を狙って攻めてくる深海凄艦がいないとも限らない。しかし、二人は決して目を合わせようとしない。お互いに気まずいのだろう、特に大和からすれば。
大和だけが悪いとは思っていない、正確に言えば、子供を捉えるよう命令した大本営が悪い。だがその大本営も、悪意で行った訳ではない。もし、あのまま誰にも気づかれず深海凄艦に掴まっていたら、今よりも更に悪いことが起きていたかもしれない。
大本営に掴まっても、良い未来があるとは思えなかったが。だから雪風は、彼を安全な場所に逃がそうとした――移送ルートを漏らした裏切り者は、今も調査中だ。結果だけ見れば、まあ、マシな方にはなったが。誰かが明確な悪ではない、そんなものは存在しないのだ。だからといって、罪悪感の一片もないのは違うが。
「あの、ジョンさん」
「……なに」
「ありがとうございます、艤装、とても良い動きです」
大事なのは、どう向き合うかだ。
どうにかこうにか振り向いて、大和はお礼を言い、足早に立ち去っていった。難しいだろう、今まで自分を純然足る兵器だと考えていた。その認識を簡単に変えることはできない。だが変えることは、絶対にできる。
「……ありがとう、か」
「嬉しいですか?」
「まあね」
ジョンの頬も、上がっていた。北上に「ありがとう」と言われた時の、雪風と同じように。もし、この言葉が世界中に届くのなら。自分の行動が、誰かのありがとうに繋がっていて、この笑顔を知っていたら。世界を滅ぼすことなんて、しようとしないだろう。
「やっぱり、楽しいな、こういうのは」
「メタルギアも、そうでしたか」
「うん、だけど、今の方が、もっと楽しいかな」
「……かなり悪いが、そこまでだ」
現れたスネークと青葉は、とても気まずい顔をしていた。
二人の後ろには、複数人の憲兵が控えていた。スネークと青葉の手には、一応手錠が嵌められている。ジョンも――どの道彼は、不法入国の罪がある――そうなるのだ。
「時間?」
「ああ」
「分かった、でも、あと少しだけ良い?」
「良いよな?」
スネークの有無を言わさない圧力に、憲兵たちは首を振る。
修復剤を染み込ませた包帯の隙間から滴る血が、まだら模様を描く。躊躇して当たり前の雪風の手を、ジョンは無言で握った。
「僕、国に帰りたい」
「それは、アメリカでしょうか」
「うん、国に帰って、やり直したい。もう、あんなのを見るのは嫌だ」
たった数日の戦いは、彼の心を容赦なく抉っていた。
共に研究した仲間たちが、スペクターの部品に変えられていたこと。建造していた兵器が、世界を滅ぼしかねないメタルギアだったこと。世界が終わるかもしれない瞬間に、立ち合ってしまったこと。
まだ十二歳の子供にとってそれがどれだけの苦しみなのか、想像するのは容易かった。今もそうだ、後悔と罪悪感、悲しさや虚しさが、嫌な程に感じられる。ここで立ち止まっても何らおかしくない。
しかし、その後悔こそが、彼を進ませる為の原動力になっていた。今はまだ、悲しみしかないかもしれないが、この先には明日がある。彼の瞳に、後悔が未来を与える日が来るかもしれない。そんな未来を、雪風は夢見た。
「やりなおせるよね?」
難しい問いなのは、違いない。
アメリカに戻ったとしても、彼ほどの技術者を政府が放置するとは考えにくい。メタルギアを建造したという負い目もある。そこに付け込み、また以前のように、利用するのかもしれない。また攫われて、ソ連のために働かされるのかもしれない。その先にまた、日本に亡命するかもしれない。
「やりなおせますよ」
――かもしれないのなら、雪風はより良い未来を信じた。
「本当に?」
「絶対に、その気があれば、人はどんな時からでも、やり直せます!」
「本当なの?」
「間違いありません、雪風は、ずっと、見てきましたから」
嘘だった、だが、真実だった。
真実に成れば良い、それで良い。独り子供に、夢を与えられるのなら、嘘でも必要なのだから。
「そう、だね」
時間が来た、憲兵たちが向こうから歩いていく。ジョンは自ら、憲兵へと歩いていく。雪風に向けた背中が、少しづつ小さくなっていく。雪風のコネクションも、アメリカまでは及ばない。見送るしかできないのは久し振りだ、懐かしい気持ちになる。
〈……良いのか?〉
憲兵に手錠をかけられ、背中が見えなくなった時、無線が鳴った。
「良いんですよ、これで」
〈お前の力が届かなくても、私なら届くかもしれない。CIAに奴を任せることが、得策とは思えない〉
無線機から聞こえるスネークの声も、ジョンと同じぐらい幼く聞こえた。
「彼も分かっています、その上で、戻ることを望んだのなら、雪風は尊重します」
〈そうか……〉
もっとも、それだけではないが。しかしこればかりは、絶対にスネークには理解できないものだ。普通の艦娘や、人間にしかない感覚なのだから。
〈一応伝えておく、合衆国の引き渡しまでの間、ジョンの尋問がされる。過酷なものではないのは確かだから安心しろ、隣で私も見させてもらう、ここの憲兵は物わかりが良くて良い。尋問の内容は、奴が知っていることの全てだ〉
「そうですか」
色々聞かれるだろう、特に水鬼が関わっていたスペクターや、メタルギア・イクチオスについては。ひょっとしたら、私たちに話していない事もあったのかもしれない。どちらでも良いことだ、雪風も、ジョンの去った方向へ、背中を向け歩き出した。
その時、爆発が起きた。
雪風の背中を熱風が煽り、閃光が目を焼く。戦艦の主砲と、重巡と、軽巡と、駆逐艦――戦車と比べても、私たちからしたら大したことのない爆発だった。建物が吹き飛んでいる訳でも、爆炎が広がっている訳でもない。小規模な爆発に過ぎなかった。
爆心地が、彼でなかったのなら。
「ジョン!」
「……ああ、そんな……どうして」
彼の手首から先が、両方ともなくなっていた。
技術者としての命だった手が、これから未来を掴む筈だった腕が、完全に消えている。零れ落ちた夢と一緒に、断面から血が滝みたいに溢れていく。そして、同時に彼の命も、瞬く間に零れていった。
「……これから、だと、思ったのに」
ジョンは人間だった、高速修復剤も入渠も効かない。至近距離からの爆発も、致命傷を与えていた。出血を止める手段は、持ち合わせていなかった。
「……帰りたいよ」
「大丈夫……絶対に、帰れます」
色褪せていく彼の顔を、雪風は真っ直ぐに見つめる。もう、視線も定まっていない。私の姿も、見えていないのかもしれない。
「雪風は、たくさんの人を故郷に帰してきたんですから、雪風を信じて下さい、ジョンさんも、どうか……」
「……違うんだ」
彼の体が、冷たくなっていく。命の終わりが、迫ってくる。花は散る時こそ美しい、彼も最後の刹那で、意識を輝かせた。
「ジミーって、皆は呼んでた。それが、僕の、本当の名前、それなら、僕だって、分かるから……」
「分かりました、ジミー」
「……帰れるの?」
「大丈夫、雪風を信じてください。絶対、絶対に、故郷に……貴方を……」
「……僕は」
命が、零れ落ちた。
また、この手から。
約束を、一つだけ残して。
*
傍にいた彼女にさえ、なにが起きたのか理解できなかった。
現象としては説明できる。ジョンの腕を縛っていた手錠が、突然爆発したのだ。爆発は小規模だったので、周囲の被害は少ない。彼以外は、誰も死んでいない。
しかし、たまたま至近距離にいたのが仇となった。
飛び散った手錠の破片は、スネークの左目を抉り取ったのだ。目を抉られるという想像を絶する激痛だったが、そちらに意識は向かなかった――幸いとは、とても言えないが。
「突然だった、憲兵たちが、こいつに質問しようとした途端、爆発が起きた」
「そうですか」
ジョンの死体を抱きしめる雪風は、スネークを見ようとしない。静かだ、混乱している私や現場とは大違いだ。
手錠が爆発した――ということは、それを取り付けた者が、もっとも疑わしい。憲兵たちは、ジョンに手錠を嵌めた人物を探し出そうと躍起だ。だがここまで巧妙な手段を取る人物が、もたもたと居残っている可能性はないだろう。
もはや手遅れだった、なにもかもが。
世界の破滅を防いだというのに、子供一人護れなかった。ここまで傍にいたのに、もっとも守らないといけない存在なのに。ましてや、誰かの都合で勝手に殺されるなど、これでは少年兵と変わらない。
左目を奪われた報復心など、この無力感に比べればなんてことはない。哀しみに比べれば些細なものでしかない。ピクリとも動かないジョンを見て、スネークの胸が、また締め付けられる。
「そいつを、どうする気だ?」
「ジミーは、アメリカに送り届けます」
「こいつの、本当の名前か?」
「そうです、絶対に、彼の家族の元へ」
ジミーの遺体を抱え、雪風が立ち上がる。横から見えた頬から、涙が一滴、二滴と流れて落ちる。彼の血と混じった涙が、地面に落ちて模様を作る。
「簡単にはいかないぞ、遺体の調査もあるし、こいつは密入国だった、正規の手続きはできない。長くなる」
「どれだけかかっても、やります」
「なぜ、そこまで?」
「雪風が、そうしたいからです。別に……スネークさんが思っているほど、特別なことじゃないです。雪風はただ、いつも通りを、一生懸命にやっているだけです。それと少しの偶然で、雪風は幸運を貰いました」
果たしてそれが雪風自身の思いなのか、『雪風』の過去がそうさせるのか、スネークには分からなかった。もし、『過去』が理由なのなら、『過去』を理由に半ば暴走した大和と変わらない存在だ。
いや、そもそも艦娘とは、そういうものなのかもしれない。
意識しようとしまいと、個体差があろうとなかろうと、その生きざまに艦艇の過去を浮かび上がらせるモニュメント。しかし全てが過去ではなく、現在を生きている亡霊だ。誰かに歴史を伝える為だけの、存在ではないのだ。
「スネークさんも、いつか見つかりますよ、そういうものが」
「……敵わないな、どうにも」
スネークの心の内を見透かしているような、透き通る目をしていた。
「多分、私たちじゃ、平和は掴めないと思います。どうやったって、雪風たちは兵器ですから」
死体となった彼を見つめていた、兵器の手で、護れなかった命だった。
「でも、その世界を想像することはできます。雪風たちが護った命がなんなのか、敵はどんな思いで戦っているのか。兵器ではできなかったことが、今の私たちにはできるんです。ただ漠然と、武器を振るうんじゃなくて、相手を想像すること……そうすれば、世界はきっと、続いてくれる」
艦娘と、深海凄艦。
この存在が、ただのAIと明確に違う要素こそが、此処にあった。
それは、嘘をつくことだ。
ただのAIは嘘を吐かない、外部からの情報に応じ、素直に反応するだけだ。だが、嘘は違う。嘘と言うのは、人間が積み重ねた文化そのものなのだ。
嘘をつくということは、想像することでもある。想像の産物は全て、嘘に過ぎない。しかし人はそうして物語を作り、神話を語り、未来を想像してきたのだ。艦娘と深海凄艦にも、同じ力が備わっている。
相手を想像し、相手の気持ちに立つこと。
考えてみれば、人として当たり前に備わっている力。けど、兵器なくて艦娘たちにある力だ。怪物の姿でしかないイロハ級が喜び、怒り、悲しみ、楽しむ。仲間や家族、子孫たちが深海凄艦にもいるだろう。
痛み、恐怖、終焉、憤怒、悲哀、そして喜び。
かつて、核ではなく、歌で世界を変えようとした男がいた。相手のことを想像しよう、その曲名は、『イマジン』だった。
「もう、この子はいないけど、彼が望んだかもしれない未来なら」
「だから、連れて帰るのか」
「故郷って、特別なんですよ?」
そればかりは、スネークに理解できない思いだった。
だが、どんなものなのか想像してみることはできる。上手くイメージできないが、きっと、そう悪い物ではない筈だ。
喧噪の中に、一瞬だけ訪れた安息が消えていく。
瞬く間に、時間は過ぎていく。雪風に抱えられ、ジミーも遠くへと、絶対に届かない遠くへ去って行く。
スネークは、彼に向けて敬礼をした。
自分の罪を、少しでも償おうとした。分からない未来へと進もうとした、最後まで、夢を見ようと足掻いていた。そんな一人の少年への、最大限の敬意を込めて。
最後に、安らかな眠りを祈って。
彼までもが、屍者の国に、呼ばれないように。
そんな未来を、夢見ながら。
海上自衛隊 はるかぜ型護衛艦
DD-102 「ゆきかぜ」
排水量 基準1,700トン
全長 106m
全幅 10.5m
機関 蒸気タービン×2基
水管型缶×2基
機関出力 30.000PS
最大速力 30kt
乗員 約240名
兵装 Mk.30 38口径5インチ単装砲 ×3門
Mk.2 40mm4連装機関砲×2基
54式ヘッジホッグ×2基
54式爆雷投射機(K砲×8基
54式爆雷投下軌条×2条
Mk.2 短魚雷落射機×2基
進水 1955年8月20日
除籍 1985年3月27日
海上自衛隊発足後、国産護衛艦として始めて進水。災害派遣、また映画出演で「雪風」を演じるなどの活躍をし、戦前と戦後を繋げ、86年8月に眠りに就きました。
その名前は、海上保安庁の巡視艇として、受け継がれています。
しかし、
〈スネーク!〉
伊58の混乱した絶叫を皮切りにして、
「どうした」
〈江田島が、溶けて消えた!〉
更なる戦いが始まった。
〈そこから、深海凄艦の大群が、押し寄せてるでち!〉
THE END
「――それで、どうなったの?」
「修復剤を被った大和と、アーセナルの大火力で、深海凄艦は迎撃したらしい。しかし遅すぎた」
「出回っちゃったか」
「ああ、全て計画通りだ。メタルギア・イクチオスの真の力は核などではない。全て、これの為のブラフだ。デモンストレーションは、成功した」
「領土そのものの直接破壊と、それに伴う領海破壊兵器。土地を汚染する核と比べて、どっちがマシなのやら」
「既に第三各国のバイヤーが次々と飛び付いている」
「供給は足りてるの?」
「既に量産済みだ、スネークが覚醒した、あの時からとっくのとうに。あいつらはあいつと違い、世界を本気で滅ぼす気だ」
「無理もないよ、あんな目に合えば、誰だってそう思う」
「それは経験からか?」
「さあね、で、私たちはどうするの? 流石に此処まで近くで暴れられると、BOSSも黙ってないんじゃ」
「派手には動けない、愛国者達に気づかれれば元も子もない。だから静かに動く」
「それこそ、BOSSの本職じゃない」
「お前はどうする?」
「私は行くよ、スネークにも用があるし」
「了解した、お前の本懐が遂げられる時を祈っている」
「ありがと、じゃ、言ってくるよ。武装要塞ガルエード――『ブラック・チェンバー』の本拠地に」
「――
ACT4
ジェイムズ・ハークス(MGGB)
メタルギアゴーストバベルの登場人物。愛称はジミー・ウイザード。機械工学において天才的な才能を持つ10代の少年。
作中では、衛星核攻撃システムを制御可能な新型兵器メタルギア・ガンダーを開発。その後機体を奪取したテロ集団ブラック・チェンバーに監禁され、研究・調整を強要させられる。
途中ソリッド・スネークにより救助されるものの、ブラックアーツ・ヴァイパーの仕掛けた手錠爆弾により死亡。
おまけ
二足形態と四足形態
【挿絵表示】