【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File44 幻肢痛

 ここはどこだろう、いつからここにいるのだろう。

 赤い空、赤い海。空と海が引っ繰り返り、上に向けて水が滝のように落ちていく。水平線が歪み、境界が溶けていく。混ざらないもの同士が混ざり合い、世界そのものが崩れていく。

 

 私の中も引っ繰り返って、体の中から内蔵が流れ出す。痛みも嗚咽も巻き込んで、巨大な衝動が私を動かし、嘔吐を続けさせる。体中に張った針金に動かされる、痛い、気持ち悪い、涙が止まらない。私が崩れていく。

 

「大丈夫だ」

 

 彼の声だと、一瞬で分かった。

 輪郭を失った世界に切れ目が入り、無数の手が伸びてくる。それは壊れた私を掴み、支えようとしていた。私は私だった。けど、一度入ったヒビは消えない。痛みも消えない、彼の声だけが聞こえていた。

 

 

 

 

── File44 幻肢痛 ──

 

 

 

 

 彼女の噂だけはよく聞いていた。

 不可能を可能にする存在、艦娘の救世主。また、未知の存在、得体の知れない危険な兵器とも。それがアーセナルギアという噂だった。実在は間違いないが、しかし、信じるには無茶苦茶だった。

 

 酒匂が実在を信じるようになったのは、アフリカに来る途中からだ。アーセナルギア──シェル・スネークは実在する。同じ連合艦隊の彼女がそう語ってくれた。出会った人が言うなら間違いないと。

 

 多分、そうだった。

 実際のところ、上手く思い出せない。いつからスネークを信じたのか。もしかしたら、連合艦隊が壊滅した直後からかもしれない。きっと彼女は来る、そしてあたしたちを助けてくれる、そう信じなければ心が折れそうだったからかもしれない。

 

 連合艦隊は壊滅した、だが、決定打を放ったのはイクチオスではなかった。

 アフリカに上陸した瞬間、次々と罠が作動したのだ。上陸地点が初めから分かっていたとしか思えない。裏切り者の存在が疑われたが、検証している時間などはない。直後に、イクチオスと深海凄艦が襲ってきたからだ。

 

 繋がりを断たれた連合艦隊は、もう連合艦隊ではなかった。あとはイクチオスの発生された深海凄艦により、各個撃破されていった。酒匂はその中でも、最後まで残っていた集団の一隻だった。裏切り者の恐怖に脅えながらも、果敢に戦っていた。

 

 しかし、結果誰よりも悲惨な結末を見てしまった。

 艦娘が何隻も沈み、残り少なくなった時、イクチオスは作動した。大地が急速に赤く染まっていき、波打ち始める。しぶきに触れた艦娘の肌が赤く染まっていき、全身を染めた瞬間──艦娘が溶けて消えた。

 

 誰かも悲鳴を皮切りに、全員が逃げ出した。

 浸食は津波のように素早く艦娘を襲い、一隻、また一隻と溶けてなくなっていく。大地も消えていき、全てが赤い海へ変貌していく。呑み込まれた艦娘たちは、記憶も何もかもを奪われ、深海凄艦への素材に成り果てていた。

 

 言葉になっていない鳴き声を上げ続け、酒匂は走った。

 そして、唐突に、赤い世界に立っていた。

 誰の声も聞こえなくなってから、始めて振り返る。後ろには何もなかった。酒匂にとって唯一幸運だったのが、出口──スネークとサラトガが見付けた光──が、すぐ近くにあったことだ。彼女は赤い世界から、すぐに脱出した。

 

 だが、残っていたのは後悔だけだった。その時逃げる以外の方法がなかったとしても、仲間をあそこに置いてしまった。大切なものを置き去りにして、命だけが現実に座礁していた。赤い世界に呑まれた時点では、まだ生きている仲間もいた。だが彼女たちの姿は、どれだけ歩いても痕跡すら発見できなかった。

 

 増援が来るとしても、ここは遠いアフリカだ。いつになるか分からない。

 どうにもなくなってしまった彼女は、伝説を信じるしかなかった。きっと、来てくれる。そう信じて数日間、生きるためだけに彷徨い続けた。伝説は、生きる気力を保つ為に必要だった──そうだった、そう酒匂は思い出した。

 

「生き残りは本当にいないのか?」

 

 酒匂に顔を近づけてスネークは念押しする。彼女は言葉を詰まらせた。

 赤い海に呑まれた瞬間は、まだ他の艦娘はいた。逃げる自分の前を走っていたから間違いない。しかし、酒匂が赤い海に呑まれた途端、仲間の姿は見えなくなった。フィルターのようなもので隔離されたようだった。現実に帰還した今も、仲間の痕跡は見つからない。

 

「まって、もう一つ確認させて。酒匂は数日間歩いていたの?」

 

「そう、誰か生き残りがいないかって」

 

 それでも誰も見つからず、絶望しかけていたところに二人が現れたのだ。孤独というものは何よりも耐え難い、孤独しか知らなかったあの時ならまだしも、会ったことのない姉と再開した今では、孤独の重みは違っていた。

 

「でも、誰もいなくて、それでやっと二人に会えて。あたしは、まだ一人じゃないって分かったの」

 

 酒匂は笑っていた、そして泣いていた、そして怒ってもいるようだった。二人への思いや自分への感情がないまぜになり、上手く言葉にできなかった。たどたどしい言葉だが、どれぐらい二人には伝わっているのだろう。

 

「そうか」

 

 スネークの返事はそっけないものだった、一瞬、なにも伝わっていない──もしくはあたしに呆れているのか──と思った。

 スネークもサラトガも、全身に小さな傷がついていた。ずっと海上にいた時と同じ、鼻を突く潮の臭いまでする。全身から疲労がにじみ出ている。

 

 二人もまた、同じくこの世とあの世の間を彷徨っていたのだ。孤独に耐え、震えていたのはあたしだけじゃない。なのに、あたしは無理矢理縋ろうとしてる。そっけない言葉でも、それぐらいは伝わってきた。

 

「でも、もしかしたら生きているかもしれないの。あたしみたいに、バラバラになって動けなくなっているのかも」

 

「なら、死んだのを見たわけじゃないんだな。心当たりは?」

 

 また、言葉がつまる。手掛かりはなにもない、希望と言うには、根拠がなさすぎる。死なせない為の希望を抱いて、歩き続けろ。実質そう言っているようなものだった。こんな無謀な提案しかできないのかと、酒匂は気落ちする。

 

「十分だ、我々と同じく液化に呑まれて生きている奴がいる。それで十分希望になる」

 

 ああ、彼女の言った通りだ。

 酒匂は納得できた。強いからではない、かといって優しい訳でもない。けれども彼女は間違い、彼女の言っていた通りの英雄だ。

 

 

 *

 

 

 イクチオスにより液化させられた大地には、巨大なクレーター型の湖が形成されている。溶けた大地は絵の具の原液を塗りたぐるよりも赤い。巻き添えになった艦娘たちの血で、埋め尽くされている。そんな錯覚を抱く程に、赤さは鮮明だった。

 

 水面でそれなら、水底はもはや真っ黒と言っていい。G.Wも艤装の本体もなく、ブレードを保持する小型艤装だけでは、視界の確保などできない。最低限度の潜水装備を口に当て、感覚頼みでスネークは、湖底を泳いでいた。

 

 酒匂は数日間仲間を探していたが、生き残りは見つからなかった。彼女の前では言わなかったが、残る仲間が生きている可能性は低い。あの赤い海──暫定的にビーチと呼ぶことにする──の出口を見つけられなければどうにもならない。そもそも、呑まれた時点で死んでいる可能性すらある。

 

 だが、別の当てがあった。

 G.Wの反応が、僅かに感知できたのだ。ビーチにいる間は全く繋がらなかった通信が、現実に戻ったことでやっと繋がった。しかし、それでも一瞬だけでしかない。会話もできなかったが、大まかな位置は特定できた。

 

 なぜ通信が上手くできないのか、その理由はビーチではないかとスネークは推測する。

 根拠は酒匂の探していた日数だ。彼女は数日間探していたらしいが、同じ時間にビーチに迷い込んだスネークとサラトガは、数時間しか彷徨っていなかった。あんな空間なので体感時間は長かったが、実際には一日にも満たなかったのだ。だが、現実では数日が過ぎている。

 

 場所から言って、この湖の近くにビーチの入り口はある。無数にあるかもしれない。現実とビーチの時間のズレが、通信に影響を与えているのかもしれない。そもそもビーチの存在自体疑わしいのだが、スネークはひとまずそう理解した。

 

 とにかく、特定できたG.W──スネークのメイン艤装がある場所は、ちょうど湖の対岸に位置していた。

 連合艦隊に紛れてアフリカに来た際、メイン艤装はコンテナの中に隠していた。その反応が対岸にあると言うことは、そのコンテナと、それを運用する『艦隊』が要るということ。生き残りがいる可能性があった。

 

 最悪コンテナしかなくても、物資の補給にはなる。そういう腹積りだ。

 しかし湖には水上、水中問わず、深海凄艦が蠢いている。湖の周りを歩くのは時間が掛かり過ぎる。結果、中央を泳いで突っ切るのが一番早かった。

 

 ブレードやP90以外碌な装備のないスネークでは勝ち目は無い、幸いなのか、艤装を外しているのでレーダーなどで探知はされない。探知されにくい水底を、蛇のように這って進む他選択肢はなかった。

 

 間違い無く、まっすぐに進んでいる。

 感覚で分かる、まっすぐ行けば対岸へ着く。単純な行軍でしかない。普段のスネークなら不敵に笑っていた。だが、一切の視界も音も奪われ、暗闇の中を進む今では、不安だけが煽られていく。

 

 水を掻く両手に重たい物がぶつかる、生き物らしい生々しい触感で、水と同じぐらい冷たいもの。より接近して、それと眼があった。焦点はとっくに定まっていない、定めようにも水膨れした眼球は半ば腐りかけている。

 

 こんなものばかり、潜ってから何度も見ているのだ。艦娘の水死体が、湖底に溢れ返っていた。液化に巻き込んだ艦娘の無念や憎しみを白鯨は喰らうらしいが、肉体には興味がないということなのか。

 

 吐き気を堪えるのにも慣れてしまったが、こんなものと何度も遭遇していれば、不安は更に煽られる。湖の赤色は艦娘の血ではないのか、そんな錯覚が現実味を帯びていく。私は血の中を泳いでいる、肉体から引き摺り出された憎しみで溢れている。スネークの視界までもが、より深く、赤く染まっていく。

 

 自分の手さえ赤く見えた時、頭の中に悲鳴が突き刺さった。脳の芯を揺さぶられ、脊髄を突き破り激痛がスネークを引き裂いていく。体中から血が噴き出し、眼球の中が血で満たされる。失われた筈の左目が、血と痛みで破裂しそうだ。たまらず目を抑えても痛みは止まない、まともな感覚がなくなり、全てが苦痛になってしまう。

 

 耳に届くのも、滅茶苦茶に入り乱れた悲鳴だけだ。

 その中に知っている悲鳴が聞こえる、小さな少年の手首が、爆発とともに消える。飛び散った破片がスネークの左目を抉る。か細い、聞き逃しそうな悲鳴が、伽藍となった脳内で何度も何度も反響する。雑音が煩い、耳を塞いでも聞こえている。

 

〈スネーク! 聞こえるかスネーク! 〉

 

 また知っている声だ、いや、G.Wの声なのか。

 ぐらつく意識が、少しずつ回復していく。それと同時に吐き気も痛みも消えていく、G.Wの声も、雑音に掻き消されていたらしい。何度も呼びかけていたのだ、いったいどれだけ意識を失っていたのか、時間感覚はまだ回復していない。

 

〈通信可能な距離になったらしい、無事でなによりだ〉

 

 心にもないことを言うG.Wに、スネークは返事をしない。痛みの残渣でそれどころではないのもあるが。

 

幻肢痛(ファントムペイン)に苦しんでいたようだが、問題はなさそうだな〉

 

 走馬燈のように駆け抜ける光景とともに、また左目が痛む。

 失った筈の左目が痛い、あの日以来、この幻肢痛から抜け出せずにいた。スネークの目の前でジョンが爆発した光景も、また消えずにいる。

 

 人が、艦娘が死ぬ光景など、見慣れたものだと思っていた。スネーク自身がそうでなくても、彼女を構成するスネークたちにとっては、なじみ深いものだった。死んだのが、ジミーという少年でなかったのなら。

 

 目の前で消える彼の姿が、まだ瞼にこびりついている。

 あの子は、これからやり直すはずだった。どこまでも行けるはずだった。しかし、その可能性は無残に奪われてしまった。なぜ、そんな目にあわなくてはならない。いったいあの子が、どれだけ重い罪を犯したと言うのか。

 

 結局ジミーの死体は、まだ日本に保管されたままだ。遺体にすら、安息の時は訪れていない。しかもその理由は、イクチオスや新型核を巡る政治的な縺れである。責任をどうとるか、それだけの為に、死体になっても苦しめられている。故郷へ帰りたい思いさえ、認めて貰えない。

 

 そんなことをした実行犯が許せない、それを許容する政府が許せない、そんな政府に護られている国も、世界も許せない。

 なによりも、それからジミーを守れなかった自分自身が許せない。怒りはスネークを溶かし、幻肢痛となって視界を真っ赤に染め上げる。

 

 世界を溶かす怒り(リキッド)を内包し、スネークはアフリカへとやって来た。戦艦棲姫の言うことが本当なら、ここに私の秘密があるらしい。

 

 根拠はまだある。

 事後報酬としてフョードロフから貰った情報だ。

 愛国者達の工作員が、アフリカである目的のために活動している情報を、ソ連は掴んでいた。二つの情報が、同じ場所を示した。フョードロフは信用ならないが、情報の信憑性は高い。

 

 だが、最大の理由はそれではない。イクチオスが爆発的に拡散したこの場所になら、イクチオスを生み出した大本──それはジミーを殺した存在にも繋がる。

 

 スネークの手のひらが、一瞬真っ赤に見えた。

 もちろん気のせいでしかない、真っ赤に染まっているのは眼だけだ。まるで深海凄艦のような瞳だ。彼女たちは恨みや無念から生まれたと言う。それなら私の今の姿──真っ白な髪に真っ赤な眼──は、ちょうど良い。怒りに狂いかける、私なら。

 

 

 *

 

 

 G.Wとの無線が回復したことで、道は開けていった。

 丁度湖の中間地点に差し掛かったところで、また、重い物にぶつかった。また艦娘の死体なのか、嫌な気分になりながらそれを見る。

 だが今度は艦娘ではなく、人間の死体だった。周りにもいくつか浮かんでいる。湖底にはテントや機械が沈んでいる。上陸した時、ベースキャンプを設置しようとしていた名残だ。

 

 一瞬だけG.Wに無線を送り、スネークは周囲を探索する。ほとんど機械は壊れているが、使えそうな物もある。情報の入っているデータを抜き取っていく。地上に出て、G.Wと合流してから解析をしよう。奇襲直後のデータだ、無駄にはなるまい。

 

 耳元で声が聞こえた、深海凄艦の呻き声だ。とっさに身を隠し、様子を伺う。潜水艦型の深海凄艦だ。彼女たちは海中を漂う人間に死体を回収し、素早く去っていった。人間の死体を何に使うのか。スネークはスペクターを思い出す。あれには人間も素材として使われていた。人間を回収する理由など、それぐらいしか浮かばない。

 

 逆に言えば、ここには間違い無く、愛国者達の影がある。つい浮足立つが、近くの死体を見たことで冷静に戻る。短い間だが、少し目を閉ざして冥福を祈る。一度死んだ私たちが死者を慎むのも、妙な話だが。

 

 しかし、その遺体は奇妙だった。

 痩せこけた頬、膨れた腹。飢餓状態により死んだのだろう。

 だが、ここは連合艦隊のベースキャンプだった。支援も十分なキャンプで、どうして飢え死にしているのか。拒食症とかの病気だったとしても、何らかの手段で栄養は補給するし、させる。

 

 幻肢痛の止んだ左目には、色々な機能を詰め込んだ眼帯がまかれている。技術不足のせいで、ソリッド・アイほど高性能ではないが、それでもないよりはマシだ。機能の一つを使い、死体を写真に収める。その後死体を、水底に埋めた。見付かってスペクターにされないように。

 

 もうここに用はない、これ以上荒らす意味もない。スネークは再び、対岸に向かって泳ぎ始める。死体はもう浮かんでいなかった。きっと再開する、スペクターに成り果てて。また左目に、幻肢痛が、今度は鈍痛のように走っていた。

 

〈随分と寄り道をしていたようだな〉

 

 やっと対岸にあがったスネークを、G.Wはそう出迎えた。しかしコンテナもなければメイン艤装もない。いたのは端末であるメタルギアMk-4だけ。通信を発していたのは端末の方だったのか。

 

「艤装はどうした」

 

〈安心しろ、元のコンテナの中にある。コンテナは連合艦隊のベースキャンプにある。私が此処にいるのは、メイン艤装もろとも制圧される危険性を分散させるためだ。結果として、対岸の君と通信が繋がっただろう〉

 

「やはり艦隊は全滅を逃れていたか」

 

〈ああ、奇襲を受けながらも、半数以上は逃走に成功した。だが、艦隊はバラバラになっていて、小規模なベースキャンプを分散して設営している状況にある。通信障害も起きていて連携もできてない。ハッキリ言って、かなり不味い〉

 

 しかも、新たに造ったベースキャンプでも、戦闘が発生している。流石に二度も三度も奇襲を喰らってはいない、ちゃんと応戦できている。だがそのせいで、サラトガや酒匂といった行方不明者の捜索が行えなかったのだ。

 

「艦隊の様子は分かっているのか?」

 

〈この距離でなら、Mk-4とメイン艤装の通信は繋がる。これ以上離れるとそれさえ不安定になってしまう〉

 

 正直、こんな状況で連合艦隊は作戦ができるのか疑問に思う。もっともそれは、単身アフリカに乗り込み報復を願うスネーク自身にも言える。ましてや仲間を大量に殺されている、簡単に撤退はできないだろう。

 

「我々生存者を受けいれる余裕はあるよな」

 

〈ある、連合艦隊と合流するつもりなのか? 〉

 

「そういうつもりではないが、サラトガや酒匂をあそこで放置する訳にもいかないだろ。あいつらはまだ、向こう岸で待機している。私は受け入れられないかもしれないが、あいつらは返さなくてはならない」

 

 ほんの少しだけだが、ビーチと言う異常空間で出会って、二人にはかなり救われている。精神的に壊れそうだった。それぐらいの恩は返しても良いとスネークは思っていた。

 

〈そうか、なら、彼女を連れてきたのは正解だったな〉

 

 Mk-4のカメラが後ろを向く、目線の先に誰かが隠れている。こちらに気づくと、少し訝しんだ愛想笑いを彼女は浮かべた。ただ艤装の砲塔はこちらを向いたままだ、信用はされていない。こんな深海凄艦みたいな見た目では仕方ない。スネークは彼女と眼を合せずに、G.Wに問う。

 

「彼女は?」

 

「重巡洋艦のプリンツ・オイゲン」

 

 先に彼女──オイゲンが答えた。

 

〈彼女は君たちと同様、液化から逃れた艦娘だ。だが艦隊とはぐれてしまい彷徨っているところを私が見付けた。スネーク、君を探している途中にな〉

 

「あなたがスネークなの?」

 

 オイゲンはどこか値踏みするような雰囲気だった。疑り深い様子に、むしろ安心する。そう簡単に伝説のアーセナルギアだと信じたあの二人が妙なのだ。彼女の反応はとても常識的だった。

 

〈いくら君がスニーキングのプロとは言え、ベースキャンプまでは距離がある。深海凄艦も確認されている。私もステルス迷彩がなければ見つかっていた。オイゲンの艤装は稼働状態になる、彼女の助けを借りれば、より迅速にキャンプにつけるだろう〉

 

「正直言って不本意なんだけど、しょうがないか」

 

「それは良いんだが、お前になにかメリットがあるのか?」

 

 彼女はブーツを脱ぐ、短めのスカートからは白く滑らかで、しかし生き生きとした女性的な肌が続いていた。しかし、ある一線を越えたところで、肌は変化した。赤く浸食され、老婆のように深い皺が刻まれている。いや、深い錆が突き刺さっているようだ。見るからに痛々しい、歩くのも難しいのだ。

 

「こういうことなの」

 

 痛みに顔をしかめつつ、またブーツを履いて浸食を隠した。

 

〈あくまで推測だが、イクチオスの『液化』が、彼女になにかを齎したのだ〉

 

「まったく歩けない訳じゃないけど、でも助けが欲しいの。どうしても、艦隊の皆に急いで伝えなきゃいけない。イクチオスが、どれだけ危険なのか」

 

 背負っていけ、そういうことだったのだ。これでは歩くことすらままならない、もし深海凄艦に見つかれば一巻の終わりだったのだ。スネークはオイゲンを背負い、敵に見つかってしまった時は、スネークが足となりオイゲンが砲になる。

 

〈選択肢はないぞ〉

 

 やかましい、言われなくても分かっている。スネークはオイゲンの手を乱暴に繋ぎ、そう答えた。

 

 酒匂もオイゲンも、私が英雄と言うだけで頼ってくる。そんなに大した存在ではないのに、子供一人護れないのに。純心な期待が、幻肢痛に傷ついた心に圧し掛かってくる。背中に圧し掛かるオイゲンが、やたらと重く感じる。

 また呻く痛みが告げる、その子供を殺した奴に、報復を。

 




『再開(スネーク×G.W)』

「まさか、上陸早々こんな事態に巻き込まれるとはな」
「お前は、ビーチに呑み込まれなかったのか?」
「連合艦隊の全てが、奇襲により全滅した訳ではない。何割かは脱出した、その中に我々の入ったコンテナがあったのだ」
「一応聞くが、私の艤装、奪われてないよな」
「問題無い、オクトカムによって隠れている。だが、リスクがゼロではない」
「だからMk-4だけ、別行動させたのか」
「そうだ、それはともかく、君がサラトガと行動していたのは良い情報だ。それだけ、連合艦隊につけ入りやすくなる」
「こっそり利用は、難しいか」
「この状況で、身分を偽装することは不可能だ。ならいっそ、正体を明らかにした上で利用すれば良い」
「駄目そうだったら?」
「いつも通りになる。単独行動、単独潜入。潜入先が基地から戦場に変わるだけだ」
「そうならないことを祈る」
「……まあ、お前を既知の奴がいれば、話は別だが」
「何か言ったか?」
「いや、何でもない。とにかく早くプリンツ・オイゲンを運べ。まずはそれからだ」
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