【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File45 感染

 いつもなら、静かだった。そう、話し声のない、森のざわめきも動物の声もない静かな世界。けど今日は朝から騒がしかった、とても久し振りに、彼の声を聞いた。彼がなにかを言い、私の手を引く。どこかに出かけるのだろうか、だから声がしていたのか。

 

 彼が話す、手を握って、声をかける。

 私はなにも返せない、何を言えば良いのか、それはどんな『言葉』で、どんな『言語』なのか。何一つとして思い出せない。手、足、腕、顔。自分を定義する単語さえ分からなければ、身振り手振りもままならない。

 

 世界は、静かだった。

 静かな大地にも音はある。風の音、砂のこすれる音。私たちの知らない、動物たちの声。言葉を持たないのは、私だけだった。私だけが、誰とも繋がれない。

 こんな私は、生きているの? 

 その問いさえも。

 

 

 

 

 

── File45 感染 ──

 

 

 

 

 隣でむせ返るオイゲンを、スネークは睨み付けていた。オイゲンも負けじと睨みかえす。敵に発見されるリスクなど負いたくはない。しかしオイゲンにとって、この要求は極めて不条理な物だった。言うなれば、むせ返っても仕方がないだろうと。

 

 彼女たちを襲ったのは、アフリカの環境そのものだった。

 ドイツにいた時とはまったく別の環境は、彼女の体に想像以上の負担をかけていた。空気は乾燥し、水は体に合わない。防塵マスクはとっくに底をつき、鼻の穴は何度も出た鼻血で固まっている。

 

 特に不条理なのは、ここが()()だということだ。

 艦娘は本来、海上で戦う存在だ。それを無理やり地上に引っ張り上げたから、座礁するのだ。当たりまえじゃないか。そう悪態をついても、敵に見つかれば殺されるのは変わらない。二足歩行できることを、若干恨めしく思う。

 

 対してスネークは、なに一つ気にせずに進んでいた。

 アフリカの過酷な環境は、むしろスネークに適合していた。スネークには、この大地のことがよく分かった。土の特性や天候、棲息する生物。多くの艦娘はここを見たら、死んだ大地、といった印象を受けるだろう。それが日本やアメリカ、ヨーロッパ人の認識だからだ。しかし、ここには確かに命の遣り取りが存在している。

 

 だからこそ、敵の気配も分かる。深海凄艦の足音に混じって、人間の足音がする。オイゲンを制止し、岩陰から双眼鏡を伸ばす。予想通り、深海凄艦と人間の混合部隊がいた。

 

 数は多くない、深海凄艦が二隻に歩兵が六人。事前に知っていたが、本当に人間が深海凄艦を従えているのは、妙な光景だ。

 隣のオイゲンは、複雑な表情で見つめている。護る筈の人間が深海凄艦を運用していることは、普通の──国家の暗部に触れないような──艦娘には、中々堪えるだろう。

 

 混成部隊の連携は中々のものだ、それなりに連携が取れている。それに体調も良い、アフリカの環境に適応できている。考えてみれば当たり前だ、あの深海凄艦はここで産まれたのだ。この大地を理解するための言葉を持って生まれたのだ。

 

 しかし、あの部隊は何を目的にしているのか。思考が深くなりかけた時、オイゲンが袖を引っ張る。また鼻血が出ていた。スネークは溜息を吐き、連合艦隊のベースキャンプへと、再び歩き始めた。

 

 

 

 

 連合艦隊のベースキャンプは、緊急的に造ったにしては大規模なものだった。スネークはオイゲンに手を引かれて、中央を堂々と進む。普段はこっそり侵入しているので、若干の恥ずかしさがある。

 

「堂々としてれば良いのに」

 

 そう言うが、しかし私は密航者だ。それに公には所詮テロリスト。この場でさらし首になってもおかしくない。緊張しない方が無理だ。いっそアフリカの荒野の方が、居心地がいい。そう愚痴っている内に、一番大きいテントの前につく。

 

「オイゲン!」

 

 テントの中央で、一人地図とにらみ合っていた艦娘が、声を上げた。私よりは小さいが、普通よりは大きい。戦艦の艦娘だ。しかも日本でも特に有名な彼女のことは、スネークも知っていた。

 

「良くここまで生きて来てくれた、だが少しダメージがあるようだが、戦闘があったのか?」

 

「ううん、戦闘は避けられたの、あの人のお蔭。この足の傷は、多分イクチオスのせい。入渠すれば治ると思う」

 

「それは大変だったな、修復剤はまだある。使ってくるといい」

 

「分かった、Danke(ダンケ)、長門!」

 

 長門とは、かつて帝国海軍が保有したビッグセブンの一隻の名前だった。

 その長門はオイゲンを見送り、鋭い眼を突き付ける。事前に無線は入れて、私が来ることは伝えた。いきなり行くのは抵抗があった。だがそれでも、緊迫感が走る。

 

 実質お飾りである大和とは違う、最前線で戦う連合旗艦の威圧感が、スネークを包んでいた。頻繁に宣伝されている大和よりは目立たないが、しかし戦場で最も名が知れているのは、間違い無く長門の方だった。

 

「オイゲンとともにいたことは感謝している」

 

「その必要はない、あいつの持つ艤装に寄生しただけだ」

 

「なら気を遣う必要はないな。貴様の目的はなんだ、まさか戦艦水鬼の遺言を真に受けたのか」

 

「盗聴でもしてたのか? まあ、今際の言葉を盗み聞きするような連中よりは、尊重すべきだと思うがな」

 

 長門の警戒は一向に晴れることはない、まさかここで沈めやしないだろう。だが、協力するのは不可能に近い。敵の敵は味方、とはいかないようだ。しかし、別に助け合わなくても良いのが実情だ。場所さえ教えてやれば、サラトガや酒匂を勝手に助けに行くだろう。私も艤装さえあれば、単独で行動できる。わざわざ繋がる必要はどこにもない。

 

「長門、彼女は信頼しても良い相手です」

 

 ところが、予想外のところから繋がってきた。聞き覚えのあるその声に、思わずスネークは振り向く。久し振りに見る姿は、あの頃よりも凛々しい。改二の衣装が、更に映えている。赤い色を、忘れる筈がない。

 彼女は、単冠湾で出会った『神通』だった。

 

「また会えましたね、スネーク」

 

 

 *

 

 

 神通が長門を説得している間、スネークは外を歩き回っていた。服を普通にして鬘をかぶれば、アーセナルギアとはまずばれない。無理して説得し、協力体制をとらなくても良いのだが──しかしG.Wが反対した。使えるものは全部使えと。モセスにいるガングートも同意し、スネークは押し切られた。

 

 連合艦隊の疲弊具合は思っていたより酷かった。

 今までにない戦場、一度全滅した事実もある。敵が深海凄艦だけではない、それも過度なストレスだ。今まで化け物とだけ戦っていたから、人殺しではないと思えた。その誤魔化しは、アフリカでは通じない。

 

 だが、過度なストレスは、危険な方向に向かっているようにも見える。それは報復だ。仲間を殺された恨みや怒りが、少しずつだが高まっている。ベースキャンプ前に展開している敵勢力への苦戦も、報復心を後押ししている。

 

 敵──そう一くくりに表現したが、実際のところ、この敵が何なのか連合艦隊も正確に把握できていない。明確に戦争を仕掛けている国家なのか、それとも大国を憎むテロリストなのかも分かっていない。目下調査中だが、現状は敵と表現することしかできない。

 

 だが、敵が何であれ、連合艦隊は元々報復のためにやって来たのだ。

 本土をイクチオスに壊されたことへの復讐のため、結果報復心が高まるのは当たり前だ。だいいち私だって、恨みを晴らすためにアフリカまでやって来たのだ。

 

 恨みは、簡単になくならない。

 感情もなくならない、その筈だ。

 だが、スネークが目にしたそれには、報復心どころか、人を構成する物が、何も残っていなかった。

 

 兵士たちが、死者を運んでいた。

 戦場なのだ、死人は当たり前だ。目立った外傷もないので、ただの屍人だと思った。

 

 その死体が飢えていなければ。

 体はやせ細っていて、腹だけが餓鬼のように膨れている。

 気になって兵士に聞いたところ、彼は栄養失調で死んだらしい。食料の足りていない地域では、こういった姿で死んでいく。

 

 だが、ここは連合艦隊のベースキャンプだ。

 飢え死になどありえない。兵士全員に食料は行き渡っている、自分で食事を拒絶しない限りありえない。拒絶したらしたで、点滴などで無理矢理栄養を補給させるだろう。しかし、点滴をした上で尚、彼は飢え死にしたのだと、兵士たちは語る。

 

「奇妙、だろう?」

 

 後ろから長門が現れる、隣には神通もいる。スネークはぼんやりと頷いた。奇妙としか言い表せない死に方だ。湖の底にも、似たような死体があったのを思い出す。

 

「あれはどういうことなんだ?」

 

「彼は普通の兵士だった、液化の付近にいたが、巻き込まれることなく生還できた。だが、キャンプに合流してからおかしくなり始めた。訓練に参加しなくなり、人前に姿を出さなくなり、水を飲まなくなり、そして気づいた時には餓死していた。まさか、食事さえとっていないなんて誰も思っていなかったんだろう」

 

「うつ病か、PTSDか何かか」

 

「軍医曰くその傾向はあったらしいが、それにしても急すぎる。こんな数日でここまで症状が悪化することはあり得ない、だそうだ」

 

 兵士や艦娘の間では、『屍病』という俗称で恐れられている。

 原因も経緯も様々だが、生きていればあり得ない死に方をする。自分から生きることを放棄し、()人となる()。一部の兵士は、これも敵の武器だと主張しているらしい。

 

「良くない流れだ、根拠のない噂のせいで、報復心が余計に高まっている。もしくは怒りで恐怖を忘れようとしているのか」

 

 よく見れば長門も少しやつれている。人間と艦娘、自国と他国の連合艦隊。しかも発端が復讐で、事態も悪化している。纏めるのは並みの苦労ではない。私に対し排他的になるのも、やむを得ない。少し攻撃的だったことを、スネークは反省する。

 

「似たような死人が、もう何人も目撃されています。お医者様も、感染症なのかさえ分からないとのことで。今はそれらしい患者を完全に隔離することで対処していますが、原因が分からなければ……そもそもこれが病気なのかすら分かっていません」

 

「これは噂だが、私たち連合艦隊に限らず、屍病は蔓延しているらしい。私たちが敵と呼称している勢力然り、アフリカの現地住民然り。それらの実例を調べることができれば、まだ調査も進む。だが目の前の敵勢力のせいで、上手く行っていないのが現状だ」

 

 戦場と病気はいつもセットだ、だからこそ軍は感染等に気を遣う。それにも関わらず病気が蔓延しているのだ、異常と言う他ない。そして最悪なことに、奇病が流行り出したのは、連合艦隊がアフリカについてから数日内の出来事だった。

 

 連合艦隊は、敵勢力が病気を蔓延させたと考えている。敵勢力は、艦隊が持って来たと考えている。根拠などどこにもないが、事実だけ見れば、その理屈が成り立ってしまう。憎しみは更に加速する。

 

 重苦しく、深海のように暗い。水底に押し込められて、息が上手くできなくなりそうだ。長門はベースキャンプに背中を向けている。組んだ腕には余計な力が入り、爪が肌に跡をつける。乾燥し切った肌から、少し血が出た。

 

「お前に頼みたいことがある」

 

 振り返り、長門が告げた。深く息を吸いこんで、遠くまで聞こえそうな程、芯の通った声だった。

 

「屍病の患者を調べて欲しい」

 

「私たちはここを動けません、それに今ここで長門が動いたら、戦線は本当に崩壊してしまいます」

 

 よりにもよって、そんな仕事か。

 言い掛けた言葉を、スネークは呑みこんだ。文字通りの汚れ仕事だ。単独で動き、敵陣に侵入できる。万一感染したらそのまま『研究』に使える捨て駒。私が艦隊と行動をともにすれば指揮が乱れるが、それも回避できる。そんな意図があるのだろう。

 

「やってくれるか」

 

 今度はスネークが、長門に背中を向けた。神通の視線が痛いが、お互いの利益になるとしても、ここまでの危険に飛び込むのは気が引ける。連合艦隊が戦ってくれていれば、確かに各地への侵入はしやすくなる。しかしそれだけだ、危険度が上がっても侵入はできる。

 

「無言か、だがな、こんな乱暴な提案をしているのは、別に艦隊のためだけではないのだ」

 

 長門が歩き出す、スネークもついていく。道中、神通が目を伏せながら、スネークの手を握ってきた。親しみではなく、何か謝っているような手つきだ。どういうことなのか、その理由が目の前の独房にあった。

 

 独房の中には、食べ物が置いてあった。

 水もある。しかし、手はつけられていない。その理由は分からず、ただ遠くを彼は見つめていた。

 スネークが気づいたのは、匂いだった。

 嫌な予感を覚え、檻に近づき臭いをかぐ。それはガンパウダーの臭い、麻薬の代わりに使われることのある、依存性のある粉だ。そんなものが臭う理由は一つしかない。

 

「少年兵か」

 

 嫌な音が聞こえた、それはスネークの歯が軋む音だった。

 アフリカではありふれた光景、だが、スネーク(雷電)にとっては決して認められない光景。

 それだけではない、少年の目には光が灯っておらず、まるで屍人のようだった。この子も、既に感染していたのだ。

 

「敵は深海凄艦だけではなく、少年兵も戦力として扱っている。なんとか保護できたが、このままでは死んでしまう。お願いだ、屍病を調べてくれ。サンプルケースが足りていない。これは艦隊旗艦ではない、私からの頼みなんだ」

 

 それは卑怯だろう。スネークは呟き、長門の手を強過ぎる力で握りしめてやった。こいつのためではない、死んで良い理由のない存在を助ける為だ。だから神通の感謝にも、返事などはしなかった。

 

「感謝する、頼んだぞ」

 

 代わりに、思いっきり背中を叩かれた。まさか激励のつもりか。戦艦級の痛みに文句をこぼしながら、スネークは少年兵を少し見て、歩き出した。

 

 

 *

 

 

 ベースキャンプを離れ、スネークはジープに揺られながら移動していた。艦隊が手に入れた感染者の情報を元に、遺体を確保する。それを運ぶこと。死体の運び人というわけだ。亡霊が死人を運ぶ、ここは屍者の帝国か。運転手が人間ならまた良かったが、あいにくそっちも艦娘だった。

 

「ちょっと、煙草は止めてよ」

 

「葉巻だ、煙草じゃない」

 

「同じだよ、どっちみち禁煙!」

 

 奪われて消されてしまった、運転手はオイゲンだった。長門から聞いた時、いったいどうしてなのかと思ったが、これは彼女からの要望らしい。というのも、今から向かう場所は──サラトガたちがいる場所に近いのだ。

 

 どうせ近くまで行くのなら、ついでに二人を保護してくるとオイゲンは言った。そのままこのジープで連れて帰る予定だ。もっとも、オイゲンは私に警戒心を抱いている。監視の意味も含まれている筈だ。良い気分ではないが、仕方ないだろう。

 

 ちなみに、浸食されていた彼女の足は、入渠によって治療されていた。すっかり元気に成り、アクセルを吹かしている。屍病の感染者は液化の近くにいた、感染にはイクチオスが関わっているのだろうか。まさかあの兵器は核だけでなく、生物兵器まで積んでいるのか。悪魔と呼ぶのすら温く感じる。

 

 モセスに通信でも入れたいが、余計なことをして警戒されるのも面倒だ。スネークはやることもなく、助手席で寝始めた。瞼が落ちた途端、一気に眠気に誘われる。想定外のことばかりで疲労がたまっていたのだ。

 

 襲撃があればG.Wが教えてくれる。それもあり、眠気に身を委ねる。メイン艤装はジープの荷台に、布をかぶせて乗せてある。これで戦闘ができなくなることはない。

 少し咽こむオイゲンの声が聞こえた。アフリカの環境に慣れていないのだ。彼女等にとって厳しい環境は、スネークには過ごしやすかった。少なくとも、睡眠を邪魔されない程度には。この大地には、覚えがあった。

 

「スネーク!」

 

 オイゲンの呼び声が上がった。同時にG.Wが大音量で無線を入れる。ただならぬ様子に飛び起きた瞬間、ジープが浮いた。落下の衝撃でシートベルトが腹に喰い込み、息が搾り出される。

 

「なんあのさ、あれは!」

 

 地平線から、『何か』が迫っていた。

 良く分からない『何か』が視界に納まった時、全身が寒気に覆われる。地平線からやって来たそれに、空も大地も、赤く塗りたぐられる。全てが真っ赤に染まると、今度は絵の具のように溶けだした。

 

 泥のようになり──そして水になりつつある地面にタイヤを取られる。まともな操縦はできない。二人は窓を割って飛び出す。脱出した時にはもう、世界は海で埋めつくされていた。同時に、G.Wとの無線が切れた。

 

 また、あの世界だった。

 何もかもが赤く染まり溶け落ちた赤いビーチ。乗っていたジープは一瞬で水底に沈んだ。イクチオスは近くに見当たらない、見えない距離にいるのか、それともビーチにイクチオスは関係ないのか。

 

「なに驚いているの、早く武器を構えて」

 

「何故だ?」

 

「あれが見えないの!?」

 

 オイゲンが示した方向には何もない、地平線しかない。だがそこから、砲撃が飛んできた。深海凄艦の気配が伝わるが、姿は見えない。オイゲンに合わせて、回避するのが精一杯だ。その動きを見て、彼女もスネークが見えていないと知る。オイゲンには、目の前に展開する敵艦隊が見えていた。

 

 やはりスネークには敵が見えない、理由も分からない現象に苛立ちが募る。G.Wと通信が途絶する理由もやはり分からない。それでもと、メイン艤装のミサイルを準備しようとする。だが、それはできなかった。

 

 G.Wと通信できなかった理由が分かった、持ち込んでいた筈のメイン艤装が、消えてしまっていたのだ。私の武器は、P90と高周波ブレードしかなかった。滅茶苦茶だ、このビーチは私を苦しめて殺すためにあるんじゃないかと思えてきた。

 

 

 

 

 

「余計な奴が紛れ込んでいたか」

 

 

 

 

 

 また、声が聞こえた。

 だが、二人にとっては想定外の声だった。

 それは、『男』の声だった。

 海の上で、艦娘と深海凄艦しかいない筈の場所で、男の声がした。

 

「俺だけは見えているようだな、シェル・スネーク。だがスネークと言う名前は、お前には大げさだと思うが」

 

 男もまた、突然現れた。真っ赤な世界に浮かぶ白い太陽。光を背中に受けてそいつは飛んでいる。しかし光に彩られた男の体は、あちこちに縫い跡が走っている。

 男が右腕を掲げ、力強く握りしめる。みしり、と音をたてて、世界が軋んでいく。海が狂ったように暴れ回り、海中から死体が跳ねまわる。

 

「俺こそが真の毒蛇(V)、ブラックアーツ・ヴァイパー。空の世界を毒で満たすために、怒りで溶かし尽すために、生かされた存在」

 

 ヴァイパ──―毒の蛇と名乗った男は、世界を溶かすと言った。スネークが感じていたのは、底なしの怒りだった。理由など知る訳がない、しかし男の感情は、再び幻肢痛を呼び覚ます。掠れていく意識を何とか繋ぎ止めて、顔を上げる。そう見えているのか、痛みのせいなのか、世界が溶けて見える。

 

()()()の怒りが分かるか、そこのドイツの艦娘になら、少しは分かるだろう。俺達の痛みが」

 

「分かんないよ、なんなの貴方は!」

 

「分からないか? なら死ね、死んで俺たちの糧となれ」

 

 空に浮かぶヴァイパーが動きだす。同時に、影に隠れて見えなかった深海凄艦が現れる。まるで幽霊のように、何もない所から深海凄艦は現れた。ヴァイパーはそいつの肩に乗っていたから、浮かんでいるように見えたのだ。その深海凄艦だけは、スネークにも視認できていた。

 

 ヴァイパーが継ぎ接ぎなら、その深海凄艦も継ぎ接ぎだった。

 白い体に縫い付けられた黒い焦げ跡、顔には大きな亀裂が入っている。対照的に、白いドレスには汚れ一つ無い。何よりも上半身を覆いつくす、黒い鉄の塊に眼が行ってしまう。

 

「まさか、深海海月姫」

 

 深海海月姫は、語らない。無言のまま手をふるい、空を覆いつくす程の艦載機を召還する。オイゲンの顔は驚愕に染まっている。なぜ、ハワイにいる筈の姫級が此処にいる。スネークも同じ気持ちだった。

 

 男と女を、狂った世界は歓迎していた。

 波が荒れ始め、感覚がおかしくなり出す。何もかも狂っているなら、異常なのはむしろ正常な私たちだ。言葉にならない声を上げ、海月姫が躍り出した。

 




長門型一番艦 戦艦『長門』

 言わずと知れたビッグセブンの一角、そして大和となるまで、連合艦隊旗艦を担った名誉ある艦である。ただし、ビッグセブンの愛称はほぼ日本だけで使われていた。
 この世界でも変わらず、三隻目の大和(呉襲撃事件の際の個体)就役まで、連合艦隊旗艦を務めあげ、現在は前線部隊の旗艦となっている。艦娘としての軍歴も8年と長く、その為アフリカ遠征艦隊でも、中核的役割を背負い、その権限は連合艦隊の『提督』とほぼ同格である。ただし、権限があるのはほぼ艦娘に限定され、人間に対する明確な指揮権は有していない。その為、人間側を動かしたい場合は、必ず提督と協調する。
 なお、神通の説得には折れたが、スネークはそんなに信用していない。
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