【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File47 姫の領域

 彼に手を引かれながら、私はどこかを彷徨っている。

 私には感覚がない。音も景色も、私自身の感覚で感じることはできない。いや、感じられたとしても変わらないだろう。それらを意味に変える「言葉」を持たないのだから。

 

 だから私にとって、彼は全てだった。

 彼の聞いた事、見た事、知った事、それらを語る言葉。彼と言うフィルターを通してみて、始めて世界は世界になったのだ。今まで見てきた世界は燃えていて、光もなにもない真っ暗闇だ。世界はそういうものだと思っていた。

 

 じゃあ、これは何。

 あの私に似た艦娘を見た時、新しいフィルターが生まれた。彼女を通じて見た世界は、とにかく明るかった。激痛に塗れた明るさだった。朝日というの? 爆発の閃光? この何もかもを包む光は? 

 

 世界を介する言葉が増えた、私は戸惑っていた。不安で一杯で、彼の手を強く握りしめていた。深海凄艦の腕力に負けない、強い手だった。

 それが異常だとも気づかずに。

 

 

 

 

 ── File47 姫の領域 ──

 

 

 

 イクチオスが確認された場所は、ベースキャンプから見て湖の反対側にある集落だった。最初にスネークが酒匂を発見した場所に近い。集落と言ってもそこに住民はおらず、兵士たちの駐屯地と化している。そこへ、イクチオスが運び込まれているところが見つかったのだ。

 

 スネークとサラトガは軍用ヘリに乗り込み、湖を渡っていた。また湖を渡るのには時間がかかるということで、長門が気を利かしてくれたのだ。実際、時間的余裕がない訳だが。

 

 真下に広がる湖は、アフリカ大陸の一部を溶かして生まれた。大陸に小さな穴が空いているのだ。同じような穴が幾つも見つかっている。液化が複数回発生している証拠だ。敵勢力の正体はまだ分からないが、土地の調査は概ね完了していた。

 

 その湖は、生まれると同時に艦娘と人間を呑み込むあの世へのビーチである。逆にあの世からの屍者を呼ぶ。深海凄艦のテリトリーに近い力を持つここでは、イロハ級が無数に生まれていく。

 

 だが、今は見える範囲に深海凄艦はいない。ヘリで安全に渡れるようにと、このタイミングで長門が艦隊に攻撃を支持してくれた。とはいえ長くは持たないだろう、遅くなれば『液化』が起きる。その前に、イクチオスを止めなくてはならない。疲労の抜けきらない体をほぐしながら、スネークは窓の外を覗き見ていた。

 

 やがて、遠くにぽつぽつと明かりが見え始める。要塞が近づいて来ていた。

 集落の位置は切り立った崖に囲まれている、すり鉢状の要塞だ。しかし、自然にできたものにしては傷跡が新しい。それに融けたように滑らかだ。

 

 イクチオスを使った証拠だろう。今思えば、ダッチハーバーや呉の地下にあった、溶けたような跡はイクチオスの力だっただろう。陸を溶かし海にする力を転用したのだ。

 しかし、おかげでイクチオスがいる確信がとれた。二人はヘリから降りようとする。

 

〈スネーク、サラトガ、聞こえているか? 〉

 

 長門から無線が入った。聞こえてはいる、しかしノイズが酷い。やはり湖──ビーチを隔ててしまうと、通信が上手くいかなくなる。

 

「ノイズが酷い」

 

〈そうか、出力を高めてこれか。恐らくあと数分しか持たない。恒常的な通信はできないと考えた方が良いな〉

 

「どうしたの長門、今から行くのだけど」

 

 敵陣が目の前にある状況で通信が入り、サラトガはやや苛立っている。緊張に冷静さが浸食されているのだ。そんなに彼女は実戦経験がないと言う。長門は対照的に、前線の近くにいながら冷静だ。

 

〈我々がビーチと名付けた世界について、仮説が立ったから、それを伝える。あの後何隻かで、ビーチがある湖に侵入しようとしてみたが、ビーチには行けなかった。

 代わりに別の現象が確認できた。湖の中心部に、入ることができなかった。沈んだ訳じゃない、不思議な力で航路が無理やり逸らされたようだった。

 これに近い現象は、何回も確認されている。深海凄艦のテリトリー奥地では、時折、特定の艦以外の侵入を阻むケースがある。例えば北方海域にあるキスカ島付近は、軽量級の艦しか侵入できない。海流の問題だけでは説明できない。この原因は、かつてあの島で行われた作戦にあるという。現実の力が、過去の史実に歪まされているのだ。

 また、今回湖に行ったが、一隻だけ侵入できた艦がいる。

 私だ、戦艦『長門』だ。そして敵側にいたのは、深海海月姫。サラトガと縁深い深海凄艦だ。今回ビーチを見たのは、サラトガとオイゲン、酒匂。私たちには共通の歴史がある──〉

 

 長門は更に続けようとしたが、更にノイズが酷くなっていく。力押しでの通信も限界だ。言いたいことは大体分かった。あのビーチが海月姫のテリトリーだと仮定して、更に一部の艦しか入れない特性があるとしたら。

 

〈クロスロード作戦が、関わっているかもしれない。だが仮説だ、証拠が欲しいが、液化が起きたら意味がない、頼んだぞ──〉

 

 ルート制限、とでも言うべきか。

 クロスロード作戦に関わった艦しか、侵入を許さない。そういう領域かもしれない。まあ、それだと私が入れた理由は全く説明できないが。

 

 スネークにとっても液化は、あらゆる証拠をなくしてしまう。必ず阻止しなくてはならない。とは言え潜入優先だったせいでメイン艤装は置いて来ている。見つかれば終わり、慎重でなくてはならない。

 

 切り立った崖にはいくつか人工的な空洞があった。中には銃や双眼鏡を持った人間がいる。トーチカが村を見張っていた。理由は間違い無く、侵入者を見つける為。そんな設備を置く理由はイクチオスしかない。

 

 敵兵の監視をくぐり抜け、スネークは集落の中に辿り着く。人の気配はほとんど感じられない。あるのは深海凄艦と──少数の人間だけだった。イクチオスがあるのは間違いなさそうだ。そう一歩踏み出そうとした瞬間、つま先に何かが触れた。

 

 細い糸の先には警報機が繋がっていた。引っ掛かればこれが鳴り、周囲のトーチカから蜂の巣にされる訳だ。同じような罠が何か所も置いている。おそらくヴァイパーの仕業だ。しかし遅く進んでいても、トーチカの兵士に見つかってしまう。

 

 そこで、サラトガが不意に偵察機を発艦させた。見付かるかと思ったが、彼女の発艦は凄まじい速さで上昇していき、あっと言う間に見えなくなった。無線機からは、トーチカ兵の監視を伝える声が聞こえてくる。遠目に見ると偵察機は見つからないよう急降下や上昇を繰り返し、巧妙にトーチカを観察していた。

 

 これならいける、内心でサラトガに礼を言いつつ、スネークは進んでいく。偵察機が見つかるのも時間の問題だ、急ぐに越したことはない。上からの監視がなければ大分楽になる。偵察機のコントロールに集中する彼女をサポートしつつ、着実にイクチオスに迫っていく。

 

 スネークは最終的にただの家屋に眼をつけた。見ての通りただの朽ちた家屋だ。利用できない程に。そう偽装されているのだ。ほかの家屋には使用した痕跡があるが、ここには不自然な程ない。

 

 予想通り、木製と思われた扉にはロックが掛かっていた。ここまで来ればいい。スネークはサラトガに偵察機を戻すよう指示を出す。同時にトーチカから怒声が響いた。降下する偵察機が見つかってしまったらしい。しかし問題ではない。

 

 ロックされた扉にP90を乱射し破壊する。此処までくれば、もう見つかっても良いのだ。慌てるサラトガを連れ、一気に家屋の奥にあった隠し階段を駆け下りていく。壁は肉片のようになり、生々しさはどんどん悪化していく。

 

 木製の扉をくぐる。開いたのはあの世への扉だった。扉の先は既にビーチになっていた。スネークたちの周囲も、ビーチになっている。腹の奥底から気持ちの悪いものが噴き出す不快感がある。予想が正しければ、『液化』が発生してしまったのだ。

 

 だが、今までと違う点があった。

 今回は目の前に、鎮座するイクチオスがいた。迷うことはない。スネークは高周波ブレードを持って突撃をかける。護衛のイロハ級が現れるが、サラトガの艦載機に妨害される。動きの鈍くなっているイクチオスは一撃で腹を貫かれ、白い血を吹き出す。

 

 液化に専念していたのか、イクチオスの機動力は失われていた。護衛のイロハ級も悲鳴を上げて溶けていく。血の飛沫が止まったころ、メタルギア・イクチオスは完全に沈黙していた。同時に、ビーチも消えていた。

 

 

 *

 

 

 イクチオスは倒し、ビーチは消えた。だが液化は起きてしまった。そうスネークは落胆する。しかし元の世界に戻ってきた彼女達を出迎えたのは、どう見ても普通の格納庫だった。壁も床も溶けていない。中央で壊れたイクチオスが鎮座しているだけ。液化は起きていなかった。だがあの一瞬、確かにビーチは現れた。

 

 長門の話を思いだす、再びビーチに行くことはできず、ただ弾かれただけだった。

 私たちが最初にビーチに呑まれたのは、液化が起きた()()だ。それにビーチと現実世界の時間の流れは違っている。

 

 いずれにせよ、ビーチとイクチオスが繋がっているのは確定しただろう。そしてイクチオスを撃破すれば、液化は止められるかもしれない。それが分かっただけでも十分だと思うことにした。

 

 頼みの綱であるイクチオスを失い、集落の兵士は散り散りに逃げていった。そんなものだろうとスネークは思った。彼らは恐らく、この集落の部族ではない。傭兵だと予想していた。なぜなら「言葉」が違ったのだ。

 

 使っているのは共用語の英語だった。アフリカで使われている言語の大半は英語なのだ。もっとも()()であり、それぞれの母語はまた違う。この傭兵たちの英語は、その母語ごとの()()があった。故郷を守るわけでもない。頼みの兵器をなくせばこんなものだろう。

 

 しかし、ここ以外の集落にも傭兵はいる筈だった。じきに増援がやってくる。わざわざそれまで残る理由もない。サラトガに集落に奇妙な死体がないか頼み、スネークはイクチオスの解体を始める。それも長門から頼まれた仕事だった。

 

 太もも内には魚雷があり、人間や深海凄艦が乗り込む為のコックピットが存在している。白と黒、肌色と機械のパーツ。スペクター同様人間と深海凄艦と艦娘が入り混じっているのだろう。何故そんな手間が必要なのかは知らないが。

 

 腰回りにブレードを入れた時、何か引っかかる感覚があった。装甲とも肉とも違う、固い物が入っているようだ。

 それを傷つけないよう、慎重に周りを切り取っていく。途中でサラトガの偵察機が横を飛んでいった。言葉を交わすまでもない、敵が接近してきているのだ。

 

 作業の速度を速め削り切る、中からごとりと大きな塊が転がり落ちた。胸に抱えられそうなサイズだったので、そのまま掴み取りスネークはヘリに向かって走った。敵を排除したことでランデブーポイントは村の中に移動していた。

 

 死体を何人か抱えたサラトガと一緒にヘリに飛び乗り、パイロットが急上昇をかける。ある程度上昇したところで、銃声と金属音が聞こえてきた。下から傭兵が攻撃を仕掛けている。だが既に射程外まで移動していた。その中にヴァイパーらしき男はいなかった。

 

 

 

 

〈この通信を聞いているということは、任務が完了したのだと信じている。ご苦労だった、しかし、悪いが次の任務に行ってもらう〉

 

 申し訳なさそうに、録音された長門は告げた。やはり通信は繋がらない、だから録音しておいたのだ。休憩もなしか。しかし前線の艦娘や人間も事情は同じだ、特別扱いはできないのだ。

 

〈サラたちは、ここで一端ヘリを降りてくれ。報告の為に、ヘリは一時帰投するように言ってある。何か回収した物があれば、それも調べたいからな。その後、再びヘリを向かわせる予定だ。それまでにしてもらいたいことがある〉

 

 ヘリの中に置いてあったマップを開くように言われる。付近の地形が書かれた地図には、赤い印でマークがついている。湖をある程度外周沿いに歩いた後、大陸の中央に向かって歩く形になる。ベースキャンプから、更に離れることになる。

 

〈地形調査の時に分かったんだが、そこはどうやら、今のアフリカの、物流の結び目になっているらしい。深海凄艦にやられ、この大陸は困窮している。にも関わらず、そこだけは色々な物の行き交いが確認されている。その中には、大量の燃料や弾薬などもある。恐らく、イクチオスを動かすためのものだ。いくら深海凄艦を生産できるとはいえ、イクチオスの起動が前提だからな。

 そしてだ、行き交う物資の中に、異常に警備の強いトラックが行き来しているのが見つかった。その中には、スペクターらしき艦までいる。それが通る時刻は計算しておいた。万一に備え、後から増援も送る。そいつを破壊し、積荷を奪取するんだ。なんなら輸送の妨害も兼ねて、道路ごと破壊してもいい。それならそれで、敵の補給を妨害できる。つなぎ目を潰してくれ〉

 

 と、言われたものの、良い気はしなかった。その物流ルートで繋がっているのはイクチオスだけではない。普通に暮らしている人々も繋げている。それを破壊しろと言うのだ。こっちにも事情はあるが、褒められたものではない。

 

 人は繋がっている存在だ、特に艦娘や深海凄艦などは、特に繋がっていると言っていい。過去の記憶から生まれているのだ、普通の人間よりは繋がりを意識する。それを断てば弱くなるのは当たり前だ。

 

 だから昔から支配者は、支配対象が繋がらないようにしてきた。同じ国にいる二つの民族、その片方を優遇し片方を差別する。民族同士の対立を煽り──いつしか制御できなくなり泥沼の紛争と化す。

 

 勝手に押し付けられた規範と恨みに操られ、報復の泥沼に陥っていく。それと同じ行為なのだ。だがこれをしなくては、事件の本質には接近できない。録音されていた音声に向かって、スネークはしぶしぶ返事をした。

 

 では彼女は、横にいるサラトガも、微妙そうな顔をしていた。やはり抵抗はあるの──だろうか? 

 スネークには、彼女が理解できていなかった。苛立ちや怒りに近い感情を、抱いているのは気づいていた。だが、理由が分からない。出会ったこともないのに、まさか嫉妬か。

 

 分からないのは当然だった、原因に、サラトガ自身も気づいていないのだから。しかし、二人はある意味で、初対面ではなかった。

 

 *

 

 

 連合艦隊に運び込まれた死体は直ちに解析班に回された、だが同時に一部の内通者──ガングートがKGBのツテで用意してくれた──を介しデータがモセスに送られる。同時に死体の幾つかを、潜りこんでいた伊58が移送していた。伊58がアフリカからモセスに直接行くのではない、色々なダミー企業を介してモセスに届けられる。勿論イクチオス内部にあった物体についてもだ。

 

 死体の写真を見つめながら、明石と北条提督は首を捻らせていた。

 奇妙な死体と言うが、本当に奇妙なのだ。胃の中に食料があったのに、消化されずに餓死。水辺の村で脱水症状。重度の怪我があったが、治療しようとした痕跡どころか痛がった痕跡もない。多種多様な原因で、とにかく死んでいたのだ。

 

 ならもう片方はと北方棲姫に渡したところ、この物体は鉄の塊だと分かった。

 ただの鉄ではない、錆び具合から言って長期間海底に放置されていた鉄屑が使われている。成分解析をしたところ、これは轟沈した艦娘の艤装だと分かった。

 

 北条たちが思い出したのは、呉で行き交っていた、輸送艦の積荷だった。

 当時は、エノラ・ゲイの部品を運ぶ潜水艦から目を逸らすための囮だと考えていた。積まれていた鉄屑が艦娘の艤装だったのも、深読みさせる為のフェイクかもしれないと。しかし、そうではなかったのかもしれない。

 

 もしかしたら、鉄屑の方が本命だったのかもしれない。そうでなくては、同じ鉄屑がイクチオス内部から発見された理由が分からない。だがどんなに調べても、鉄屑は鉄屑でしかない。調査は手詰まりとなっていた。

 

 北条はデータと睨みあっていたが、とうとう集中力が切れる。少し気分を変えようとコーヒーを二人分淹れる。お盆に乗せて持ってくるが、彼女は気づかない。近付いても気づかず、コーヒーを置いてもパソコンと向き合っている。

 

「おい、コーヒーでも呑まねえか」

 

「……あ、すみません」

 

 そう言って彼女は、コーヒーを一気に飲み干してしまった。北条は胸の奥を痛めた。なぜなら、彼女は明石なのだから。

 元々単冠湾に所属し、呉に転属されていた明石。つまり、右手を何者かに奪われ、スネークをMk-2に改装した張本人である。だから、伊58と同じく、元々北条の艦隊にいた艦娘だった。

 

 あの戦いのあと、明石は密かに、モセスへと密航していた。明石という艦は、当然戦略兵器レベルの存在である。これを知ったスネークは速やかに送り返そうとした。どう考えても、大本営を怒らせるとしか思えなかったのだ。

 

 それでも明石は粘った、何としてもモセスに残ろうとした。その理由は報復のためだった。自分の右手を奪った存在のことを、彼女は忘れていなかった。何としても復讐しなければ、気が済まないと言うのだ。そこには、無事だったとはいえ、提督である北条を嵌めた連中への怒りも内包されていた。

 

 結果、改修後のスネークをまともに整備できるのが彼女しかいないこともあり、明石はモセスへと受け入れられた。スネークはまだ不満を抱いているが。彼女は今、北条の元でサポートをしている。

 

 実際、元の泊地でも、研究の手伝いをしてくれていた。研究所にいた時より規模は小さかったが、可能な範囲で研究していたのだ。だから、邪魔になるとかそう言ったことはなかった。問題は、そこではない。

 

「少し休んだらどうだ、目の隈も酷いぞ」

 

「そういう訳にはいきません、一刻もヴァイパーの目論見を砕かないと」

 

「お前の右手を奪ったのが、あいつだって決まった訳じゃないだろ」

 

「ヴァイパーですよ、間違いない。顔も、声も聞こえませんでした。でも、あの男が私から何もかも奪っていった。右手だけじゃない、あの頃の泊地での暮らしも、仲間も、全部いなくなってしまった」

 

 死んではいない、口封じのために、バラバラに転属されただけだ。だが北条にも、怒りのようなものはある。奪われたという言い方は、完全な間違いではなかった。俺は恨んでいないなど、言える筈もない。

 

「だからだ、やっと会えたお前まで、またいなくなったら、俺がたまらねえ」

 

「すみません、でも、どちらにしても、私はやります。私自身が復讐することはできません。スネークさんしかできない、命を張るのは彼女、私だけ安全圏でぬくぬくとはできませんよ」

 

「だけどよ……」

 

 言い掛けた瞬間、明石が急に口を抑えた。顔が青くなっている。急激に体調が悪化しているのだ。

 

「ちょっと、失礼します」

 

 明石が懐から錠剤を取り出すと、二粒とり一気に飲み干した。すぐに効果は表れないが、薬を飲んだ事実が安心感を与える。

 しばらくの間彼女は、右手の義手に手を当てていた。元々の右手は単冠湾での戦いで敵に捕まった時、奪われてしまったらしい。

 

 スネークと同じように、明石も幻肢痛に苛まれていた。痛みに慣れることは未だにない、だから薬に頼るしかない。例えそれがドレッドダストという、最近開発された精神系の劇薬だとしても。一応明石は使用免許を持っているが、使わない方が良い代物だ。

 

 艦娘は元々、強力な毒物、薬物耐性が備わっている。だがそのせいで、普通の治療薬が使用できないのだ。PTSDを患った艦娘を治療する際、それがネックになっていた。結果開発された、艦娘用精神薬、それがドレッドダストだ。

 

 ドレッドダストは、向精神薬としての特性が強い。精神の動きを抑える効果がある。まっさきに向精神薬が作られたのは、大体の艦娘がコンバット・ハイを引き摺ったままなのが多いからだ。根本的には兵器である彼女たちには、日常にまで戦争を持ち込みやすいと言う。ふざけた話だと、北条は思っているが。

 

 しかし、この痛みと──報復心が、明石の大きな支えになっているのも事実だった。激情に身を任せなければ、明石は恐怖や痛みで潰れていたかもしれない。余りの苦痛に、何度か自殺未遂までしたらしい。入院していた時のカルテにはそう書かれていた。

 

 ひたすらに研究に打ち込むのは、そういった一面があるからだ。逃避であり、今可能な復讐なのだ。北条には全てが間違っていると言えなかった。自分だって、報復心が全くない訳じゃないのだ。

 あの時、俺が嵌められなければ。だがもうどうにもならない。せめて、彼女が倒れないように手伝おう。報復ではなく、俺はそちらを選ぼう。

 




明石の加入(スネーク×青葉×明石)

「正直、明石さんまで来るとは、青葉以外でした」
「そうですか? 私からすると、ここが一番、復讐を達し易い場所だと思うんですが」
「モセスを何だと思っている……」
「そういう割にはスネークさん、明石さんをあまり阻みませんでしたね。何か理由がおありで」
「……ああ、うん」
「あるには、あるんですが」
「何ですか、二人揃って」
「明石が参入する時、我々が一番気を使ったのは大本営だった。通常、妖精はWW2の技術再現しかできない。だが、明石だけは例外的に、『学習』し『成長』することができる」
「艦としての、限界はありますけどね」
「だから明石はただの工作艦ではない。戦略クラスの価値を持つ。大本営は明石を複数隻持っているが、それは、一隻ぐらい取られても良い、と言う意味ではない」
「その辺りは迷惑をかけてます、結局、ミサイルのデータまで売ることになっちゃって」
「は!? 売ったんですか!? アーセナルギアのミサイル!?」
「それぐらいしないと、攻め込まれそうだったんだ」
「だからって」
「……手に入れても、意味がないこと分かったしな」
「?」
「私もミサイル貰って、開発できないか試したんですよ。結果から言って、開発は……できました」
「凄いじゃないですか、これで、念願の補給ができるんですね」
「そうでもないんです。青葉さん、空母の艦載機は、一機辺りボーキサイト幾つか覚えてますか?」
「『5』では?」
「ミサイルも同じで、広義的には艦載機なんで、補給にボーキを使うんです。でも青葉さん、ミサイルですよ? 生還したからボーキを節約できたとかはないですし、それに機構も複雑です」
「青葉、聞きたくなくなってきたんですが」
「ミサイル一個補給で、ボーキサイト『5000』です」
「!!??」
「な、意味ないだろ? これで私は、やはり戦えないことが分かった訳だ。ハハハハ」
「……戦いたいんですか?」
「実践に出れず、マンハッタンに乗り上げて解体された私にそれを聞くか?」
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