また、私が私でなくなるのを感じていた。
彼の隣にいた筈の私は、まったく別の場所にいた。ここは見覚えがある。物を運ぶために何回か通ったことがある。この人たちにも見覚えがある。彼と一緒に見た二隻の艦娘だ。
けど、私たちは殺し合いをしていた。理由なんて分からないけど、彼女が憎くてたまらない。とても抑えられる感情ではない、沈め、沈め、シズメ、シズメ。歌のような言葉が何度も鳴り響く。
そうだ、私は殺されたんだ。
あいつに殺されたんだ、なら、あいつも沈まなきゃ駄目じゃないか。何もかもを奪わないといけない、目の前で叩き潰さないといけない。
アメリカの象徴だと彼は言っていた。なら尚更殺さなきゃ。
輸送ヘリから降りた二人はヘリを見送り、目的地に向かって歩く。物流の
服装もまばらだ。よく耳を澄ますと、聞こえている言葉も違う。英語などの代表的な言語ではなく、もっと民族的な小規模な言語だ。アフリカには母語が3000種以上あると言われている。それだけ民族も多い。
今、連合艦隊を襲っている敵勢力は、どの民族なのだろうか。展開されているイロハ級の数から見て、敵が保有しているイクチオスは一機や二機ではない。しかし、前線でイクチオスは確認されていない。恐らく分散して隠しているのだ。戦力ではなく、イロハ級の生産プラントとして扱っている。
だが、イクチオスをばら撒く行為に何の意味があるのかは分からない。深海凄艦への対抗手段を持たない彼らにとっては、救世主のような兵器だ。しかし、売る側に何のメリットがあるのか。ヴァイパーなのか、愛国者達なのか。それは、この作戦で分かるのか。
そう考えながら歩いていたスネークは、足音が自分の分しか聞こえないことに気づいた。
サラトガはどこへ。振り返ると、彼女は離れたところで呆然としていた。息切れはしていない、怪我でもない。
「おい、何をしている」
声をかけるべきか悩んだが、放置もできなかった。サラトガは両手で体を抱きかかえ、下を見て俯いている。垂れ下がった前髪越しでも、顔が青く染まっている。疲労なのか。それにしては何かがおかしい。
「来ないで!」
近づいたスネークに気づいたサラトガに突き飛ばされる。痛みはない。声のせいで敵に見つかる方を心配していた。荒れ地の斜面を転がる彼女を見て、サラトガは我に返り、再び震えだしてしまった。
「大丈夫か?」
「……ソ、Sorry」
「私は、お前が大丈夫か、と聞いている」
サラトガは無言になってしまった。大丈夫ではないらしい。今度は近づかず距離を置き、遠くから少し休むと呼びかけた。
過度に接近しない分には、サラトガは落ち着いていた。視界に入るぐらいに近いのに、とても遠くにいる気分になる。手を握れなければ、言葉を交わすのも控えている。だが繋がっていない分、その状態は安定していた。
なぜだが、人の往来が少なくなっていた。隠れる分には都合が良いが、それが余計に孤独感を強める。荒れ果てた荒野に、命の気配はない。実際はあるのだろうが、見つけることができない。生きているのは自分だけ──だが、一度死んだ屍者だった。
「分からないんです」
孤独に耐えられなくなったのは、サラトガの方だった。スネークは黙って、遠くから話を聞いていた。
「なぜだが、スネークさんを見ると、凄い気持ち悪くなっていくんです。苛立ちが、怒りが。色んな感情が止まらなくなる」
「知っていた、で、理由はなんだ」
「分からないんです、理由なんて知らない。第一初対面ではないですか。スネークさんに心当たりはありますか?」
「ないな、初対面だな」
結果、分からないということが分かった。サラトガにも分からなければ、どうしようもない。何も、全くの心当たりがない訳では無い。
「お前、テロリストをどう思う?」
「許してはいけない存在だと思います。イクチオスをばら撒くブラック・チェンバーを含めて」
「そうか、だが、私も公にはテロリストだぞ」
突然の質問に答えてくれたサラトガは、また俯いて黙り込んでしまった。そうだ、私はテロリストなのだ。合衆国に対し、攻撃をしたことはない。しかし、テロの存在自体を憎んでいる人間からすれば、そんなことは関係ない。
テロを忌むべき存在、必ず勝たなければいけない存在。そう、建造直後に教わったのかもしれない。この世界では違うが、テロとの戦いを宣言したのは、合衆国だった。国が危機に陥る時、あの国は決まって何かとの戦いを始める。それは共産主義であり、HIVであり、テロなのだ。
報復心は、人をコントロールできる。それは復讐が、過去を制御する行為だからだ。それが植え付けられたものでも変わらない。スネークには一瞬、サラトガと少年兵が重なって見えた。だが、報復心そのものを制御し切れるとは限らない。結果、制御できなくなった紛争はいくらでもある。
「なんてな、冗談だ。まあ洗脳されて建造されたとかでもなければ──」
自分で言って気まずくなり、そう誤魔化そうとした。
だが、サラトガの怒りは想像以上のものだった。
いつも間にか接近した彼女は、スネークの喉を押さえつけていたのだ。謝ろうにも声がでない。
空母の出力を全開にしている。窒息する前に、喉が折れそうになる。発言に怒っているのとは明らかに違う。飛びかけた意識を振り絞り、腹に向けて渾身の蹴りを撃ち込む。肺から息が搾り出され、拘束が緩む。
一瞬で脱出したスネークは、自分の迂闊さを呪っていた。
さっきまでいた荒れ地や道路はどこにもない。あるのは地平線まで続く赤い海と、曇天に覆われた白い、爆発のような太陽だけ。今度はどこから座礁して来たのか。ビーチに、再び呑まれていた。
客観的に見て、サラトガは正気に見えなかった。
目は虚ろになり、体は糸で操られているように不安定だ。報復心に操られている。そんなイメージが脳裏を過る。だが、いったい誰の報復心なのだ。その正体を見極めるべく、スネークは刀を構えた。
*
サラトガを動かしているのはサラトガであって、サラトガではない存在だった。
彼女は自分自身がなぜそう思うのか理解すらしないでいた、ただ全身から吹き出す殺意に身を任せて暴れ狂っていた。正規空母による圧倒的な航空戦力。本来の艤装を持たないアーセナル級など簡単に蹂躙できる筈だった。
だが、実際にはそうならなかった。
艦載機の発艦ができなかったのだ。事前にスネークが艤装をいじり、万が一のセーフティを仕込んでいたのだ。信頼関係を壊しかねない行為だが、結果的には正解だった。
あくまで使用不可になっているのは艦載機運用能力だけ、他の武装は使える。本来の力を発揮できない分、余計に苛立つサラトガは飛行甲板に装備されたアサルトライフルをそこら中にばら撒く。まともに受ければ蜂の巣になる、スネークはすぐさま繁みの影に隠れ、気配を消した。
艤装を外したスネークをレーダーで捉えるのは難しい、サラトガは自身の足で探し回るしかなかった。今は手足になるイロハ級もいない、不便なものだ。
何故、イロハ級が手足になるのか。
艦娘としてあり得ない発想が出たが、疑問には思わなかった。しかし、奇襲に対しては極めて鋭敏になれた。一歩、二歩、三歩──次でアーセナルが来る。そう彼女たちは踏み止まる。そして予想通りアーセナルが飛び出してきた。
一発のライフル弾が手の甲に穴をあけ、高周波ブレードを地面に落とす。もっとも怯むわけがない、次は接近して来るに違いない。だが、その為には一歩踏み込まなければならない。足元どころかつま先ギリギリの位置に向けて銃を撃つ。
それもまた予想通りだった、一歩進めなくなったスネークはがむしゃらにブレードを振り、無理矢理距離を取るしかなかった。また隠れられては困る、隙を与えない為にも銃撃を続ける。なるべく広範囲に、可能な限り分厚くだ。
サラトガたちの戦い方は、完全にアーセナルの戦術を把握したものだった。単純に火力が足りないせいで決定打は生まれていないが、アーセナルは追い詰められてきている。彼女の頬が次第に吊り上がっていく。待ち望んだ光景はすぐソコダ、血塗レデ沈むアーセナルガモウスグ見レル。
徐々にイロハ級が集まりだす。戦艦クラスも来てくれた、この海上なら隠れられる場所はない。以前の様に視認しにくい夜でもない。幻肢痛が疼く、奴のミサイルに焼かれた全身が疼く。それも、ここまでだ。
「貴様は、まさか!?」
気づいていなかったのか? 忘れていたのか? 忌々しさが増していく、こんな奴は沈んでしまえばいい。真っ黒な装甲に覆われた腕を掲げ、シズメと振り下ろそうとした腕は、直撃した砲撃に遮られた。
「Feuer!」
あれは重巡とか、あれもアーセナルの仲間だろうか。なら関係ない、どいつもこいつも殺し尽してやる。殺されたのだからこれぐらいしなければ気が済まない、憎しみを抑える理由なんて全くなかった。
視界に収めた瞬間、即座に襲い掛かる。ライフルで直接殴ろうとするが、止められる。なら空母の出力で押し切るまで。金髪の重巡の表情が歪んでいき、私を見た途端驚愕に眼を見開いた。
首を絞め続けたが、強襲してきたアーセナルに妨害され、金髪の重巡を沈め損ねる。更に怒りが沸く、憎しみが止まらない。止める理由なんてない。殺したい。沈めたい。焼き付きして、全身を燃やして沈め。
「まさか、あの空母棲姫」
「その通りだ、だが今はそれどころではない、生き残らなければ──」
そう言い掛けた時、アーセナルがレ級に吹き飛ばされた。その後も何回も攻撃を喰らっている。
まさかレ級の姿が見えていないのか。だとすれば、この勝負は勝ったも同然だ。レ級に指示を出し、アーセナルを集中的に狙うように指示を出す。動けなくした後でなぶり殺しにしてやろう。
「スネーク!」
「構うな、まず、自分が生き残ることを優先しろ!」
生き残るか、愚かな話だ。
私たちは全員一度死んでいると言うのに、なにを今更。この期に及んで生にしがみ付いている連中の方がよほど亡霊だ──なら私はどうなの?
それに
頭が痛い、幻肢痛が全身を包む。止めだ、考えてはいけない。殺せ、シズメ、シズメ、シズメレバスベテイイノダ。
「見ていられないなスネーク」
また誰かがやって来た、奇怪な姿の艦娘を、私たちは睨み付けた。
*
この中でもっとも混乱しているのは誰だと聞かれたら、それは間違い無く私だろう。朦朧とする意識の中スネークは思った。
しかし、正体は掴んだ。
目の前にいる彼女を、忘れる筈はない。スネークが始めて戦った敵であり、始めて明確に沈めた相手。彼女は空母棲姫。ソロモン諸島で戦い、スネークが英雄と呼ばれ始めた発端を作った深海凄艦だった。
だが、どうしてそれがサラトガに?
理由など分からない、いや、考えている暇がない。やはり深海凄艦の姿は見えないし、スペクターまで現れた。絶体絶命かと思われた。
サイボーグ忍者が、出現するまでは。
「貴様、なぜここに」
「お前を沈めるために来たんだが、このザマではな」
呆れ返った目線を向けながら、忍者はスペクターを一瞬で二隻切り払っていた。目視さえでいない速度だ、あの時は雪風の支援があったから勝てたが、今の状態では相打ちさえ無理だと思った。
せめて、そう思いながら忍者を睨む。しかし忍者はじっと空母棲姫を見つめ続けている。何かを探しているように見える。
「なるほど、そこか」
タン、と跳躍して刀を空母棲姫の──
赤い空の景色が歪んでいき人型の模様に変化する。人にしては大きすぎる歪みは、やがて深海海月姫を暴き出した。まるで背後霊のようだった。
海月姫が絶叫を上げながら痛みに震え、空母棲姫を突き飛ばす。白く染まっていた肌が色身を取り戻し、瞬く間に元のサラトガへと戻っていた。海月姫の影響か何かを受けていたのだろうか。
その海月姫を見ると、彼女はフラフラと彷徨っていた。次第に表情が崩れていき、終いにはボロボロと泣き出してしまった。夜中一人で迷子になった子供にも見える。周りで爆発が起きても気づかない、イロハ級にぶつかっても、ぶつかった事実に気づいていない。
急な変化に呆然と眺めていた矢先に、またスペクターからの攻撃を受けかける。そうだ、赤い海は消えていないし、敵の姿は見えない。深海海月姫の姿は見えるが、今相手をするのは危険だ。
せめて距離を置きたい、サラトガを抱き移動しようとしたスネークは、死ぬ錯覚を覚えた。その場から跳躍する。いた場所が、直後に爆発した。いつの間にか、機雷が撒かれていたのだ。前もこうして、一瞬の間に機雷を撒かれていたことがあった。あれはそうだ、単冠湾の時の戦いだ。
まさか、そう思った時、背中に凄まじい殺意を浴びた。
よろめく海月姫の傍らには、ヴァイパーが立っていた。前遭遇した時よりも、更に憎悪に満ち溢れている。
「現れたな、愛国者達の手先」
「駒でしかないお前が、それを口にするか?」
この二人の狂人たちに起きたことをスネークは知る由もなかった、吐き気を催す程の負の感情に口を抑えるので精一杯だった。しばらく睨みあったあと、ヴァイパーは憎悪の矛先をスネークに向けた。
「まあいい、お前よりも殺さなくてはいけないのは、スネーク、貴様だ」
「恨みを買った覚えはないが」
「あるとも、お前がシャドー・モセス島の核弾頭を奪ったせいで、俺たちは破滅することになったんだからな」
「やはり、あの時キスカ島で見た人間は、貴様等だったか」
「そうだ、俺たちブラック・チェンバーだ」
あの戦いで、人間の部隊が暗躍していたことは知っていた。その後、保護の名目で処分されたことも。だが、それがブラック・チェンバーであったこと。そして生き残っていたことまでは知らなかった。
生き残るために、地獄を見たのは明らかだった。恨みの矛先がスネークに向くのは、完全な間違いではなかった。ただ、それだけなら、普通の敵で済む話だった。
「それだけじゃないぞ? お前からしても、俺は怨敵に当たる」
「……お前なのか?」
「そうだとも、ジェイムズ・ハークスを手錠の罠で殺したのは、この俺だ」
全身が沸騰する怒りが、瞬く間にスネークを支配しかけた。彼女は爪が食い込み、血が流れるほど強く拳を握りしめる。激痛を与えることで、自分が暴走するのを阻止していた。その反応を分かっていて、ヴァイパーはにやりと笑い。海月姫の右手を、そっと持ち上げた。
「明石の右手だ、海月姫のパーツに使わせて貰っている」
なぜ、そんなことを。その答えはすぐに出された。
「工作艦の力がないとスペクターは量産できないからな、建造はできるが効率が悪すぎる。そこで任務の最中に、明石を攫う機会があってな、貰っておいた。まあこれは、俺の仲間の趣味だったんだが」
嫌な音が聞こえた、歯に亀裂の入る音だった。気。人の腕を奪っておいて、あんな物を量産することに使っておいて、『貰う』などと宣うこいつに怒りが湧いていた。改装で赤く変色した眼が、鈍く光り出している。しかし冷静でなくてはいけない、これが挑発だとは分かり切っている。
「やはりそうか」
「何の話だ」
「いや、今ので確信できただけだ、お前の『正体』を。だとすれば、やはりお前は殺さなくてはならない存在だ、デンセツのエイユウの死。それが、全てを終わらせる」
何の話だ、そう問いただそうとする暇もなく、隣を暴風が駆け抜けた。サイボーグ忍者が走り抜け、一瞬でヴァイパーに刀を突き刺していた。どう見ても心臓を貫かれている、無駄な口を聴いているからだ、そう嘲笑する。
「痛いじゃないか」
だが、ヴァイパーは平然としながら、忍者を突き飛ばした。落下地点にあった機雷をリモコンで起動させ、忍者が爆風に呑まれていった。ヴァイパーの胸からは、血の一粒さえも滴っていなかった。
「……狙いは彼女だったか」
しかし、忍者が投げた刀が海月姫の顔を切り裂いていた。元々裂けたようだった肌が、更に裂けて血を流している。激痛に呻く海月姫の手を握り、ヴァイパーが忍者を睨み付けた。
「飼い主に伝えておけ、俺たちを止められると思うなと」
海月姫のダメージを顧みてだろうか、ヴァイパーたちは撤退していった。
同時に赤い海も消えていく。後に残っていたのは元々あった、割れたアスファルトの道路だけだった。
*
ビーチにいる間は、正常な時間は流れない。現実世界では、たったの数分しか経っていなかった。スネークの疲労は本物だった。どうにかヴァイパーがいなくなり、思わずその場に座り込みそうになる。オイゲンが見ていなければ、そのまま醜態をさらしていた。
オイゲンは事前に長門が、ヘリの録音で言っていた増援だった。本当に良いタイミングで来てくれた。しかし、増援は一隻だけなのか。もう少しいても良いじゃないか。そうオイゲンに愚痴る。
「増援は、六隻いたよ」
オイゲンの顔に、滴が垂れる。地面に落ちた五滴の涙は、地面に染みを作る。強い風に煽られて、すぐに蒸発して消えた。
「ヘリから降下して、私たちもビーチに呑まれた。でも、その時立ってたのは、私だけだった。さっきから何度も無線しているのに、でないの」
嫌な予感、確信に似た絶望を抱えながら、スネークはサラトガを抱え走った。だが、降下ポイントには誰もいなかった。残っていたのは、半ば溶け落ちた艦娘の艤装だけだ。残骸も錆びつき、強い風が吹いた途端、空気の中に溶けてしまった。
これで、証明された。証明されてしまった。ビーチの中に入ることができるのはクロスロード作戦に関わった艦娘だけ。それ以外の艦は弾かれる。もし、ビーチが現れる瞬間に居合わせた時は……。
失意に呑まれながら、スネークたちは元の場所に戻って行った。その三人を発見したヘリが近づいてくる。どうなろうとも、作戦は遂行しなくてはならない。気を失っているサラトガをヘリのパイロットに任せ、見送った。
残ったスネークは、付近を再度警戒する。ビーチが現れる直前、人の気配が消えていた。それが戻りつつある。人間でもビーチに呑まれれば、ただでは済まない。情報操作などで、事前に人が来ないよう調整したのだろう。
そんな中、地面になにか、小さな箱らしき物が落ちているのを見つけた。誰かの落とし物のように見える。ヴァイパーか? 忍者か? どちらもやむを得ず撤退したように見える。その時落としたのか。箱を開けようとするが、どんなに力を込めても、開くことはなかった。
だが何かの手掛かりかもしれない。箱を懐に仕舞い込み、スネークはオイゲンと歩き出した。目的のトラックが通る場所までは、まだ少し距離がある。心から疲労した体を叩き、どうにか一歩目を踏み出した。
「スネークは、あの空母棲姫を知っているの。そんな感じだったけど」
当然の疑問が飛んできた。スネークは答える。誰かに話すことで、気持ちを落ち着けたかった。
「知っている、あれは間違いなく、私がかつて沈めた空母棲姫だ」
「じゃあなんでサラトガさんに、まさか、噂のD事案なの」
「いや、それなら艦娘のままだ。再び深海凄艦になる筈がない」
謎は謎のまま、嫌な沈黙が流れ出す。その前に、オイゲンが「もしかしたら」。そう話を切り出した。
「D事案にはもう一つ噂があるんだ、『成り損ない』っていうの。
D事案で転生したの艦娘が、深海凄艦の記憶や人格を残しちゃうんだ。これの逆もある。場合によっては、轟沈してもすぐ深海凄艦にならないで、少しづつ、深海凄艦に変わっていっちゃうこともあるって……」
「轟沈して艦娘になった深海凄艦が、再び元に戻ることもあり得るか」
言ってスネークは、心底後悔した。分かっていても言わなかったことだったのだ。明言してしまい、オイゲンは更に泣きそうになる。だが、一気に息を吸い込んで、感情を落ち着けた。
「ごめんスネーク、憶測ばかり言っちゃって。きっとサラトガは長門が助けてくれる。私たちは、やることをしなきゃね」
彼女は子供ではない、少女の形をしていても、立派な戦士なのだ。スネークも応え、目的地へ歩き出す。
だが、それでも不可解な謎は残っている。
サラトガに異常が発生した時、必ずそこには、深海海月姫が関わっていた。サラトガと海月姫は、神通と軽巡棲姫のように、
そういえば、海月姫が話しているのを見たことがない。そもそもなんでヴァイパーに従っている。あの姫は何なのか。あいつらは、アフリカで何をするつもりなのか。報復するにしては、まだ、不気味過ぎた。
『空母棲姫(オイゲン×スネーク)』
「正直言って、物凄く疲れた」
「ああ、うん、まあ、そりゃそうだよね」
「何で死んだと思った空母棲姫に、また襲われなければならないんだ」
「噂でしか知らないけど、本当に、アオバと一緒に、空母棲姫と戦ったの?」
「成り行きでな、私は単に、追っかけてくる奴を殺す機会を伺っていただけだ。そのせいで、あいつは沈んだが……」
「? 最後何て言った?」
「いや、何も。しかし、不幸なのはサラトガだ、まさか、あんな奴の報復心を受け継ぐなんて」
「D事案は、まだまだ分からないことが多いらしいから」
「だが、空母棲姫がサラトガになるものなのか? あれは一航戦のアカギや、カガに近い存在だとデータにはあるが」
「それって、見た目の話でしょ? それに深海凄艦は、色々な怨念が混ざっているって言うし。混ざった中から、どの艦が出るかなんて分からないでしょ」
「……いや、分からないのは、それだけでなくてな」
「?」
「空母棲姫が沈んだのは、ソロモン諸島だ。それがサラトガになったのは良い。だが、それがなぜ、アメリカ海軍に保護されている? 大本営でなく、どうして合衆国が、先に見つけた?」
「……海流に流されて、ミッドウェー辺りに行っちゃったとか?」
「……怪しくなってきたな」