【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File49 成り損ない

 白昼夢から覚めた私を、あの人が心配そうに覗き込んでいる。深く傷ついた肌をさすりながら、済まないと呟いている。どうして謝るのだろうか、どうしてそんな不安そうな顔をするのか。

 

 彼の視界と言葉を借りて、私は私を理解する。

 あの艦娘の言葉に呑まれて、あの中にあった報復心に操られていた。一方的で不条理な憎しみ、彼は不快そうだ。でも私は何も感じない。

 

 同じなのに、彼の恨みを感じても、私自身は何も感じない。言葉にできないものは感じられない、彼の言葉がなければ知ることも出来ない。また不安そうな顔をしていたのか、彼は優しく頭を撫でた。

 

 

 

 

 ── File49 成り損ない ──

 

 

 

 

 一度撃破した筈の、ソロモンの空母棲姫を再び鎮めたスネークたちは、アスファルトの道を横目に繁みを歩いていた。事前の報告通り、徐々に人や車の往来が多くなってきている。積荷の多くは食料や弾薬、衣類に兵士と様々だ。

 

 やはりここでは、軍関係に限らず、多くの物資がやり取りされている。やり取りしている人種も様々なようだ。使っている言語が違っている。だが、途中で耳元に、聴きなれた言語が飛び込んできた。英語だ。

 

 英語は言うまでもなく、世界で最も使われている言語だ。どこで聞いてもおかしくないのだが、なぜか違和感がある。オイゲンを待機させ、英語を話すコミュニティを偵察する。そこだけ、様々な民族が入り乱れていた。その集団だけ、装備が整っている。PFだ。最初の集落を拠点にしていたところと、同じPFだ。

 

 よく見れば、行き交うトラックの中に、幾つかPFのものが紛れ込んでいる。検閲や、帳簿の管理を行っている。この物流路は、PFにより運営されていたのか。それらは常に移動していて、運営している実態を掴ませない。実際に利用していなければ分からない。

 

 トラックの端に、マークが書かれている。羽を広げたカマキリのマークだ。どこかで見た覚えがあるが、上手く思い出せなかった。G.Wなら分かるかもしれない。しかし、これで少し分かった。連合艦隊の敵勢力が、長期間戦えている理由だ。

 

 元々、物資が適切に運ばれているとは言えない土地だ。深海凄艦によって外部と断絶されてからはなおさらだ。その物流をPFが担い、制御することで、継戦能力を高めている。あの敵勢力の裏には、PFの存在があったのだ。

 

 だが、同時に疑問が芽生えた。

 このPFはどうやって作られたのか。異なる民族を纏めるのは簡単ではない。兵装も新しい、統一されている。コピー品でないのは間違いない。ソ連製の武器に見えるが、偽造なんて幾らでもできる。どこかの大国がバックにいるとしか思えない。

 

 脳裏を過ったのは愛国者達だ。しかし、この時に至るまで、アフリカは外界と断絶されていた。まさか、数日でPFを組織できる訳がない。この戦いに、この会社が関わっているとしたら、策謀ははるか以前から練られていたことになる。

 

 こういう時、通信ができれば。スネークは使い物にならない無線機に悪態をつく。バックアップがされなくなるだけで、ここまで何もかも面倒になるとは思ってもいなかった。話す。その繋がりを断たれただけで、情報は整理も精査もできない。

 

 そんな状況下で敵に対抗するには、やはり繋がりを断つのが一番だ。最初の内容のとおり、積荷を運ぶトラックを強襲する。そして、このつなぎ目自体を破壊してしまう。サラトガが離脱してしまったので爆撃はできないが、オイゲンがいる。戦車砲を軽く上回る火器を、簡単に地上に持ち込めるのは艦娘の利点だ。

 

 PFの監視をくぐり抜け、スネークたちは足を速める。

 ヴァイパーに見つかってしまった以上、重要物資を運ぶトラックにも連絡は入る。輸送スケジュールを速めているかもしれない。逃したら終わりだ。

 

 その時、やたらに強い排気音が響いた。

 とっさに姿勢を屈め様子を伺うと、遠くに小さなトラックが見えた。気づけば交通量が少なくなっている、運転も速度重視で不安定だ。あのトラックを早く行かす為の力が働いている。目標のトラックなのは、間違いなかった。

 

 スネークはオイゲンに目配せをし、走り出す。直後、重巡の砲撃が空気を揺らした。飛んでいった砲撃はアスファルトの道路にめり込み、トラックは急ブレーキをかけて止まることになる。途端に、近くのトラックから兵士が次々と降りてきた。傍らにはイロハ級もいる。

 

 本来なら、道路ごと破壊する予定だった。それだけの火力があった。しかし、増援の内五隻は溶けて消えてしまった。ハッキリ言って、つなぎ目の完全破壊は困難だ。やれるだけやるしかない。オイゲンがやたらめったに撃ち続け、道路をなるべく破壊する。

 

 その混乱を突き、スネークは荷台へと走る。中身を覗こうとした時、異常に強力な砲撃が頬を掠めた。尻尾を持つ、コートを被った継ぎ接ぎのシルエット。情報通り、スペクターがついていた。それも、四隻だ。

 

 だが、既に不死身のカラクリは割れている。ビーチと違い姿も見えている。何より、ここまで近ければ、スネークの距離だ。恐れる理由はない。黙々を排除しながら、時折オイゲンの無事を確認する。

 

 襲い掛かるイロハ級と、人間の兵士。人間はからめ手を交えて戦っている。艦娘に対し有効的な戦い方だ。やはり、艦娘を運用する大国が背後にいる。しかし、いるのが大国でも、戦うのは彼らだ。その目は強い報復心で燃えていた。

 

 そもそも、艦娘が彼らに何をしたのだろうか。

 テロリストを敵として、憎むよう扇動したように、艦娘を扇動したのか。しかし、その為にはそれなりの準備がいるし、理由もいる。アフリカに艦娘は関わってこなかったのに、どうやって報復の火種を生んだのか。

 

 または、理由がないのか。理由を知らなくても、報復心が沸くことはある。本人が体験していなくても、対象を憎むことはある。大人から子供へ、世代を超えて憎しみは受け継がれる。艦娘はどれも、当時大国と呼ばれた国の存在。

 

 その大国がこの土地にしてきた行為は、全てを簒奪する行為なのだから。

 本人が望もうが望むまいが、付き合う羽目になるのだ。空母棲姫を抱えてしまった、彼女のように。

 

 

 *

 

 

 酷い耳鳴りにたたき起こされる、起きようとしたが瞼が重い。耳鳴りは更に激しくなる、頭痛までする。起きなければこの不快感は抜けないだろう。朦朧とする意識の中、サラトガはなんとか身を起こした。

 

 どうにか開いた視界には、白い壁や天井が写っている。シミ一つない、医務室──いや、医療用のテントか。視界に移る人間が慌ただしく動きだし、しばらく経つと黒い長髪をした艦娘が入ってきた。

 

「サラトガ、聞こえているか?」

 

「ええ、Hello、長門」

 

 長門は心から安堵した顔をしていた、一方他の医者たちは更に慌ただしく動き回っている。銃を構えた人間もいる。どうして、私に銃口を向けているのだろうか。

 

「起きて早々悪いが聞かせてくれ、どこまで覚えている?」

 

 どこまで? 

 何の話か、そう口に出しかけた瞬間、脳裏に映像が流れ出した。

 全身を焼かれる激痛、沈んでいく仲間、視界が消える程の閃光──爆音が脳内に響き渡り、視界が歪む。

 

「しっかりしろ!」

 

 激しく肩を揺さぶられて、サラトガは正気に返った。絶叫しながら痛みに悶えていたと、後から理解した。同時に、自分自身がどうなっていたか、何に成っていたのか、鮮明に思い出した。

 

「私は、スネークさんを」

 

 自分は空母棲姫だった、サボ島沖でスネークと青葉に沈められた。それがどういう訳か、空母サラトガになっていた。思い出せたのは、そこまでだった。理由までは、彼女自身も分からなかった。

 

「落ち着いて聞いて欲しい、これを聞いて貰わないと、お前の安全が保障できない」

 

 長門が真っ直ぐに見つめてくる。聞きたくないのに、目を離すことができない。薄々気づいている真実を知ることが、恐ろしかった。

 

「サラトガ、お前はD事案で産まれた艦娘だ。深海凄艦が沈むと、艦娘に生まれ変わることがある。極秘事項だが、実際に確認されている現象だ。だが、その中でもお前は、特に希少なケースに該当する」

 

「空母棲姫の記憶を、持っている事ですよね」

 

「思い出していたか。しかし、厳密には違う。D事案で転生した個体は、程度の差こそあれど、前世の記憶を継承している。だが、サラトガ。お前が繋がってしまったのは、()()だけではないだろう?」

 

 見下ろした手のひらに、べったりと血が張りついている。サラトガの、空母棲姫の願望だ。あの時、この手をスネークの血で一杯にしたかった。無残に殺したい。殺意と倒錯した欲望以外考えられず、理性とか、サラトガの記憶は、全てそれに呑まれていた。

 

「サラは、サラ自身が殺したいとしか思えませんでした。自分の意志で、スネークさんを沈めたいと思っていたんです」

 

「それが『成り損ない』だ。

 記憶だけではなく、人格や価値観までも残してしまうことが稀にある。日本ではたった一度しか確認されていない。その時は轟沈したと思われた駆逐艦がそうだった。無事救助されたかと思ったが、実際は深海凄艦に、ゆっくりと変異しつつあった。艦娘の人格は残っていたが、徐々に、深海凄艦の人格に蝕まれていった。サラトガの場合は、この逆のケースになる」

 

 もっとも、サラトガが本当に成り損ないなのかは、分からない。サンプルになる前例が一つしかないのだ。しかもその時は、艦娘から深海凄艦への変異だった。サラトガの場合は、深海凄艦から艦娘への変異、逆になっている。

 

「サラは今、どうなってしまっているんですか」

 

「分からない、まだ完全に艦娘に成っていないから、空母棲姫の人格が復活したのか。それとも、これで()()してしまっているのかも分からない。もしくは、これから再び、空母棲姫に戻るのかもしれない。結論から言えば、何一つ分からない。

 一つだけ分かることは、この事実は絶対に広めてはいけないということだ。D事案だけでも、敵が知っている仲間かもしれない不安を生む。それが、人格すら残す可能性もあるとあれば、内通者の存在が疑われる。そうなれば、内部崩壊は免れない」

 

「空母棲姫を、排除することはできますか」

 

「難しいだろう、そもそも艦娘のメカニズムも、D事案の原理も分かっていない。それに、できたとしても、やるべきとは、私は思えない」

 

 どんな状態であろうと、このまま、暫くはこの体質に付き合うしかない。望んでもいない憎悪に、不定期に襲われる。その事実にサラトガは、顔を顰める他になかった。だが、やるべきでないとはどういうことか。その問いを避けるように、長門は話を続け出した。

 

「それともう一つ、深海海月姫についてだ。これは朗報だ。スネークの残したデータを解析したところ、不可解な挙動が見られた。忍者……とでも言おうか。忍者の攻撃を受け、サラトガから奴が離れた途端、空母棲姫はサラトガに戻った。海月姫はその後、何も見えなくなったように彷徨っていたらしい。意図してやった行動ではあるまい、敵の前でそんなことをする意味がない。ヴァイパーが現れて、やっと挙動がまともになった。ここから、一つの推測が見受けられる」

 

「誰かの五感に、寄生している。誰かの感覚に寄生しなければ、何一つ周りの様子が分からない。子宮にいる赤子のような状態。そう言いたいのでしょう?」

 

 驚く長門を無視して、サラトガは自分の体を摩っていた。慣れた体温、白い肌。触り慣れ、見慣れた私の体だ。軽く肌をつねると鋭い痛みがはしり、離してもじんじんと痺れが残る。痺れていても体が動かせるが、実感は消える。いや、自分で動いていると思っても、それは所詮、脳からの電気信号に過ぎない。明確に、自らの体と言える物など、存在するのだろうか。ましてや、一度死んで蘇った私たちに。

 

「何となく、そんな感じがしました。動いている空母棲姫(サラ)の体を、誰かが借りているような。Control(コントロール)ではなく、内側から、視界や触覚にParasite(パラサイト)されている気が。今思えば、それが海月姫だったのですね」

 

「ああ、奴に寄生されたせいで、元々内包していた空母棲姫の力が強まり、乗っ取られたと考えることもできる。傍に怨敵のスネークがいたのも、それを助長させた。あの時サラトガは、二隻の深海凄艦に寄生されていたんだ。あの中で海月姫が、寄生対象にサラトガを選んだのは、同じ()()()があったからだろう」

 

 艦娘や深海凄艦は、かつての史実から蘇った屍者だ。だから同じ史実でも、正と負の面で別れることもあり得る。同じ史実を抱え、同じ最後を持つ。死を通じて、私と海月姫は繋がっている。クロスロード作戦(繋ぎ目)を通して。

 

「どちらにしても、スネークさんに接近しない方が良さそうですね」

 

 海月姫はともかく、スネークを意識して避けることはできる。これでまた私が私でなくなり、挙句スネークや仲間を沈めてしまうなんて耐えきれない。望んだ報復心ではないのだ、リスクは減らすべきだ。

 

「それが、そうもいかない」

 

 眉間にしわを寄せ、申し訳なさそうにしながら長門が俯く。卓上に置かれた地図を広げる、アフリカの地形の上から塗り潰すように、巨大な黒い丸印が、複数個所塗られている。特に、ベースキャンプの近くにある黒円が目立つ。イクチオスの液化により、書き加えられた赤い湖だ。

 

「一度積荷を回収し、帰投したスネークたちは、このポイントに向かっている。ベースキャンプから南東にある村に、屍病らしき感染病が起きている情報を掴んだ。しかも、近くにはイクチオスが運ばれたと言う情報もある」

 

 スネークたちが航路を破壊したおかげで、幾つかの輸送ラインに変化が起きていた。従来のラインにそれを加えることで、どこから何が来て、どこへ向かうのかが分かってきた。この手の解析は、G.Wの十八番だった。その中に、イクチオスらしき大型トラックが見つかったのである。場所こそ別々だが、目的地は一つ。分解して輸送しているのだ。

 

「だが、この廃村の北に、大きな湖がある。ここは元々、連合艦隊の別働隊が上陸するポイントだったんだが、我々が壊滅した直後の混乱を突かれ、ここも壊滅、『液化』が起きてしまった。そうしてできた湖の中央には、飛行場が設置されていた。廃村も警戒範囲内の中だ。スネークも酒匂も、航空戦力は使えない」

 

「スネークさんはミサイル兵器を持っていませんでしたか?」

 

「いや、なぜだか艤装だけ、現実世界に置き去りになるらしい。もしかしたら、湖の範囲内で同じことが起きるかもしれない。奴だけ、クロスロード作戦に関わっていないから、中途半端な結果になるのかもしれないが、詳細は分からない」

 

「その代わりとして、私の航空戦力が必要なのね?」

 

「スネークとはなるべく距離を置くように言ってあるが、あの辺りも液化が起きた以上、通信が上手くいかない可能性が高い。難しい注文になってしまうが、どうかあの二人をサポートしてくれ」

 

 長門は言わなかったが、理由はそれだけではない。長門は、再び『液化』が起きる瞬間を恐れていた。サラトガはまだ知らなかったが、オイゲンが見てしまった現象は聴いている。液化が起きる瞬間、居合わせてしまった、クロスロード作戦以外の艦の末路を。

 

 だが、それを知っていても、知れば尚更、了承しただろう。この怨念が、サラトガに起因するものではない。私自身が憎んでいて、原因を忘れている訳では無いことが、分かっただけでも、十分心を落ち着かせた。

 

「もう一つだけ忠告させてくれ、一時的にとは言え、サラトガと海月姫は繋がってしまった。一度繋がった(ストランド)は簡単にほどけない。それを通じて、色々な影響が出るかもしれない。無線は繋がらないかもしれないが、何かあったら、必ず誰かを頼るんだ。私たちにも繋がりはある、それを頼りに、引き上げてやる」

 

 あの時入り混じった深海海月姫の意識は、上手く整理できていない。圧倒的な苦しみと激痛だけが響き渡る、思い出すのも苦痛だからだ。サラトガはベッドから降りる。迎えのヘリはすぐそこにいた。

 

 

 *

 

 

〈大丈夫なのか? 〉

 

 幸いにして、通信は繋がってくれた。もっとも、いつ切れてもおかしくない不安定な状態だが。無線機から聞こえてきたスネークの声は、サラトガを心底心配している。襲ったことを責められるつもりだった分、余計に罪悪感が増していく。何度か謝ろうとしたが、スネークは全く取り合ってくれなかった。

 

〈別に、お前がした訳じゃないだろう〉

 

 そう言って、謝罪を受け流してしまうのだ。少し攻めてくれた方がまだ楽なのだが、これ以上は私の自己満足でしかない。

 

 スネークの目指す廃村は、もう大分前に放棄されたと言う。その原因は付近の紛争によるものだった。深海凄艦のせいで大国が手を引いた後、残された天然資源を巡る戦いがあったのだ。利権を奪い合い潰し合う過程で、破壊された村の一つ。元々住んでいた住民がどこにいったのかは分かっていない。

 

 しかも、深海凄艦が攻める前から同じ場所で戦いがあったらしい。その後再建された村が、また焼かれたということだ。その村の名前はかつて、マサ村落(ワラ・サ・マサ)と言った。深海凄艦が飛行場を設営した海は、マサ村落から上流の場所にある。イクチオスに液化される前はそこに、残り少なくなった原油を採取するための油田施設があった。

 

 深海凄艦と彼女たちを率いる傭兵たちは、ここに陣を張りイクチオスを待っている。スネークはそこに侵入し奇病による死体を確保、可能であればイクチオスの破壊を行う。サラトガは万一気づかれた時のために、飛行場の敵を押し留める役目を負う。

 

 無線機の向こう側はまだ静かだ、人の気配は全く伝わってこない。サラトガは既に待機地点についてしまい、若干暇だった。海戦でもそうだが、戦闘の多くは移動時間に費やされる。その間ずっと一人なのは、意外と応えるものだ。ましてやこの土地にとって私は異物、この大地にある物語を解することはできない。余計に孤独感が増す。

 

「積荷の中身はなんだったんですか?」

 

 無線機越しだからなのか、空母棲姫の報復心は現れない。サラトガはスネークとの会話を求めていた。

 

〈鉄屑だった、正確に言えば、轟沈した艦娘の艤装の塊だ。同じ物体が、前破壊したイクチオスからも見つかっている〉

 

 連合艦隊に無断でモセスにデータを飛ばしたんだとか、一応解析結果は長門に回したと言うが。ただ、そんなものをどうするのだ。同じことをスネークの仲間も連合艦隊の解析班も思っていた。しかし、誰のこれがただの鉄だとは思っていない。

 

〈一応、うちの北方棲姫曰く、轟沈した艦娘の艤装を使うことは、完全な間違いではないらしい。

 深海凄艦の姫クラスがテリトリーを展開するには、一定の条件がいる。一つは、艦娘が殆どいないこと、死んでいること。私たちの力は、深海凄艦にとっては反物質みたいなものだ。だから浸食を打ち消してしまう。これをクリアできればテリトリーは展開できるが、大規模に展開するには、相応のエネルギーが要る〉

 

「沈んだ艤装から、エネルギーを入手している?」

 

〈ああ、人間でも構わないらしい。とにかく死人や怨念が多い程、テリトリーはより強力な領域になり、イロハ級の数も質も上がる。イクチオスの液化は、姫のテリトリーに似ている。一部の艦しか受け入れない点もな。あのメタルギアは、その触媒に沈んだ艤装を使っているのかもしれない。腹立たしいが。屍病もその促進のため……いや、これ以上憶測ばかり話すのは止めておこう〉

 

 スネークの深い溜め息が、ノイズ混じりに聞こえてきた。彼女にも分からないのだ、憶測は幾らでもできるが。確固な真実は、未だ一つも辿り着けていない。ノイズがより酷くなり、言葉でも繋がりは断たれた。

 

 特に分からないのは、深海海月姫だ。

 一時的に彼女と混ざり合ったからか、彼女が何なのか僅かに感じられる。あれはまさしく深海凄艦だ、恨みや悲しみ、痛みや苦しみが、はち切れんばかりに詰まっていた。それこそ、自分が分からなくなるほど、痛みに叫ぶだけで精一杯になってしまう。

 

 けど、理由が分からない。

 深海海月姫の記憶は()()()()()けど、理解はできない。理解するためには『言葉』が必要だ。物事を言語として読み取るからこそ、人は自我を確立できる。しかし海月姫の記憶には『言葉』がなかった。

 

 自らの言葉を持たないからこそ、誰かに寄生しなければ何もできないのではないか。もし、彼女が言葉すら奪われたのだとしたら。その苦しみは想像すら生ぬるい。サラトガは手を強く握りしめていた。まるで、自分のことのように。

 




用語一覧:『成り損ない』

 艦娘と深海凄艦が、轟沈をトリガーに変異するD事案の、更に希少な例。通常D事案で産まれた存在は、程度の差こそあれど、前世の記憶をある程度継承する。しかし、自我は今の存在となる。
 しかし『成り損ない』の場合、自我に前世の意識が混ざることになる。艦娘であれば深海凄艦の意識と混ざり、逆も起きる。
 混ざり方は、個体によって異なる。サラトガのように、切っ掛けによって深海凄艦の意識が浮上するケースもある。最初は艦娘の意識が強いが、徐々に深海凄艦の意識が進み、最終的に完全に深海凄艦化するケースもある。後者については、睦月型駆逐艦の一隻にみ確認されている。
 また、艦娘の体を維持しながら、中身は深海凄艦のままというレアケースも存在している。
 いずれにしても、発覚した場合は隔離、秘蔵、最悪の場合処分されることがマニュアルで定められている。D事案以上に、内部崩壊を起こしかねない要因だからである。
 なお、外見が半深海凄艦化しているアーセナルギアは、これには該当しない。アーセナルギアは、例外だからである。
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