懐かしい夢を見ていた。
仲間がいた時の景色がある、彼らがいて、彼女たちがいる。表舞台には決して立てない。汚れ仕事ばかりの辛い日々だった。同じ艦娘や人間を沈める任務だって何回もやった。それでも楽しかった。
でも、仲間はもういない。皆沈んでしまった、アリューシャンの冷たい水底に消えてしまった。亡骸を弔うこともできなかった。
私の中に皆はいるけど、仲間はいない。怨念しか残っていない、それしか残すことを許されなかった。
私と彼には報復しかない。
過去も記憶も思いでも言葉も、全部奪われてしまった。残されたのは痛みだけ、痛みがなければ私は存在を見失う。サラトガという艦娘と入り混じった記憶の中で、報復心だけが確かに私を証明していた。
スネークが戦っている間、モセスでも戦いは続いていた。新たに発見された積荷の解析は急ピッチで進められている。特に働いているのは明石だった。進捗を確認するため研究室の扉をノックするが返事はない、物音がするので居るのは確かだ。ガングートは返事を待たずに扉を開けた。
やはり明石は、研究に没頭している、隣にいる北条も同じだ。扉のノックが聞こえないのも仕方ないと思わせる。
いったいどれだけ没頭していたのか、二人の眼には深いクマが刻まれていた。髪の毛もボサボサになり、肌も荒れている。室内には少し酸っぱい臭いが漂っている。まさか、シャワーさえしていないのか。
持って来たコーヒーを机に叩き付け、気づいた二人をシャワー室へ叩き込む。無理をしている人員に休息を取らせるのはガングートの仕事だ。調査を続けたそうな顔をしていたが、倒れられては元も子もない。
二人が無茶をしている理由は、スネークの持ち帰った情報が原因だった。いや、彼女の会話ログから明石が見付けてしまったのだ。
深海海月姫の右腕は奪われた明石の腕だった。ヴァイパーはそれによってスペクターを建造している。
スペクターは艦娘や深海凄艦、人間の死体を使って建造される。死んだ後も戦力として酷使されているのだ、そんな行為を右手を通じて担がされている。明石や北条の報復心が爆発するのも、仕方ないとは思う。
ガングートからすると、腕を移植しただけで、工作艦の力が得られるのは奇妙に思えた。もしかしたら、継ぎ接ぎなのは肉体だけではないのかもしれない。遺伝子もまた、艦と人の継ぎ接でできている。その中に、どこからか持って来た明石のDNAコードがあるとすれば、理屈は通る。北条はそう言っていった。
自分の分のコーヒーを飲みつつ、ガングートはタブレットの資料を確認する。相変わらず怪しいフョードロフから回された資料には、ブラック・チェンバーの当時のメンバーが乗っていた。
その中の一人に、マリオネット・アウルという兵士がいた。
異常に夜目が効く体質を持ち、暗闇から二対の浄瑠璃人形を用いて暗殺をかける戦法を得意としていたが、彼には別の一面もあった。彼はかつて『スペクター』という異名を持ち、若い女性のみを殺し続けた連続殺人鬼でもあったのだ。
女性に執着する理由は分かっていない。かつて彼自身も殺人事件に巻き込まれたという話はあるが、因果関係は不明だ。
また、女性から奪った体で人形を作ることもあったらしい。明石から右手を奪ったのは、十中八九こいつだ。
しかし、なら何故、深海海月姫に明石の右手を移植したのか。
右手を奪う前からスペクターは確認されている。アウル自身はスペクターの建造技術を持っている。なら新たに建造技術を持つ人形を作る必要は無いはずだ。
アウルが加入したのは、ブラック・チェンバーが一度壊滅してからだ。その後、単冠湾での戦いで、生贄にされる形で二度目の壊滅を迎えている。その時、アウルも死んだのか。いや、なら深海海月姫はどこから来たのだろうか。スペクターだったのなら、アウルが死んでいては作れない。しかし、単冠湾の時は、海月姫は確認できなかった。あの状況下で、海月姫を投入しないとは思えない。あの時は、まだいなかった。そう考えるのが自然だ。
「待たせたな」
そう言って入ってきたのは、北方棲姫の方だった。
「あいつは?」
「寝かせた、無理矢理、明石もろともな」
彼女は、小さな剛腕を構えて呟いた。
「なるほど」
彼女は、机の上の資料をガングートに広げる。解析の完了した鉄の塊を、何倍にも拡大した写真だった。続けて、動画再生の準備を始める。伊58が苦労して持ち帰って来てくれた鉄屑だ。北方棲姫参加の潜水艦も協力したが、どちらにしても相当な長旅だ。伊58は今、疲れ果てて眠ってしまっている。この写真には、苦労に見合う価値があるのだろうか。
「これはイクチオスが、屍病を撒き散らすキャリアという前提に基づく仮説だ。鉄屑の中に、ある生き物がいた」
動画にはまた鉄屑のズーム映像が写っている。再生しても特段変わったようすはない。北方凄姫が動画を、早送りで再生するまでは。その時、鉄屑の中で『何か』が蠢いた。無機物しか検出されなかったのに、生物らしき存在がいたのだ。
「なんだこいつは」
「見ての通り
「今まで発見できなかった理由は」
「鉄屑の、かなり奥の方に隠れていた。これは光を嫌う習性があるらしい。顕微鏡のライトも嫌ってた。一つの鉄塊を完全にバラバラに砕いて、やっと姿を表した。まさか、虫が棲んでいるとは思わなかったけど」
写真の中で屍棲虫は、無数の数で集まり、薄い膜を形成している。虫の出した糸が折り重なって膜に成っている。その繭を隔てて、内部は一気に暗くなる。光から逃げる為の習性らしい。この繭こそが、深海凄艦の遺体消滅を防ぐ力を持っていた。
試験体となったのは、モセスの地下深く、新型核の実験にされ、死ぬことも許されなかったイロハ級だった。犠牲になっていたイロハ級をカプセルから出すと、瞬く間に消滅を始めた。だが、この『膜』その粒子が張り付いているのが確認できた。膜の網目が甘いのか、留めることはできなかった。
しかし、屍棲虫を更に上手く活用出来れば、それは可能になるかもしれない。もっとも今回に限っては、最初から終わらせるつもりだった。いや、もういい加減、ホルマリン漬けから解放すべきだ。そう北方棲姫は考えたのだ。
「でも、簡単にはいかない」
しかし北方棲姫は、深い溜め息をついた。
「屍棲虫はいるけど、ここにいない」
何を言っているのか、ガングートには分からない。嘘は言っていないだろうが、意味が分からない。
「つまり、私達は屍棲虫を肉眼で見れる。けど、
更に意味が分からない、何だそれは、まるで幽霊じゃないか。だから屍棲虫なのか。屍体に巣食う虫。屍者の国の虫なのだ。
「それに、鉄塊に棲んでいた理由が分からない。鉄屑から無理矢理、光を活用して引き剥がしてみたら仮死状態になった。エネルギーをそこから得ているのは確かだけど、無機物を分解している訳ではない」
「滅茶苦茶も良い所だ」
「とにかく、私も、深海凄艦の立場から、これを調べる。DNA解析や繭の構造は、あいつらに任せてある。でも、あの二人はちゃんと休ませて。あれじゃ、復讐に、自分を喰われるよ」
「承知している」
良いことではないが、しかし、報復心のお蔭で私たちは進めている。時代はそんなものだ、動機や過程が何であれ、正しいかどうかは最後まで分からない。一度正しくなっても、悪とされることさえある。
私は、とても駄目だろうが。ガングートは冷めきったコーヒーを飲み干した。
*
作戦時刻は近づいているが、無線機は静かなままだ。サラトガ側にも異変が起きている様子はない。真正面にいないからか、それとも赤い世界が展開されていないからか。警戒すべきはヴァイパーだが、奴の消息は全く掴めていない。連合艦隊だけでなく、メタルギア・レイまで持ち出しても見つからないのだ。
溜め息を吐くスネークに、今回は連れてきたメタルギアMk-4が話しかける。G.W本体はメイン艤装内部なので、情報処理とかはできないが、端末との会話ぐらいはできる。一々報告するのは面倒だった。
〈必ず発見できる方法で捜索している、確率は99パーセントに近い。それでも発見できないのは、例外の1パーセントに該当しているからだ。我々の予測できない方法を用いていることは特定できる〉
G.Wが言う『例外』とは、赤い世界──ビーチのことだろう。
今までビーチが現れたのはイクチオスの液化──または爆破──が起きた時か、深海海月姫の出現時しかない。あそこでは時間的、空間的距離は意味を持たない。ビーチに潜伏しているのだ。
〈ヴァイパーの行動が予想できない以上、警戒しながら行動するしかない。幸いメタルギア・イクチオスの輸送は通常通りに進んでいる。予定時刻に合わせて、マサ村落に侵入するんだ。件の遺体の目撃例は日に日に少なくなっている。証拠を握られない為に、ヴァイパーたちが回収しているのだ。何としても遺体を確保しろ〉
屍病がヴァイパーたちの戦略だったとすると、その死体を放置するとは思えない。手掛かりを与えるような物だ。パンデミックが起きた場所に深海凄艦を待機させ、すぐに回収してもおかしくない。
それをしなかったのは、おそらくこの『屍病』が制御困難なものだからだ。そうでなければ、わざわざ手掛かりを与える理由はない。そうスネークは考えたが、G.Wは違う可能性を示した。
〈いや、手がかりを掴んでほしいと考えている可能性も在り得る。スネーク、軽巡棲姫を覚えているな〉
「忘れる訳ないだろ」
〈彼女は敵対行動をとりながら、実際はその行動を否定されることを望んでいた。ヴァイパーもまた、同じく否定されることを望んでいるのかもしれない〉
「どうしてそんなことを」
〈それは分からん〉
やはり肝心なところでは役に立たない。スネークはまた溜息を吐く。
マサ村落に続く道のりには川が流れている、ここを昇る形で進む。他の地域とは違い、水源の恩恵か豊かな林が形成されていた。
隠れる場所には困らないが、敵もその分潜んでいる。しかし兵士の多くは別の場所から来た傭兵だ、一瞬で自然環境と同化できるスネークにとっては問題にならない。
それより目を引くのは、川の底に見える泥のような物体だ。ここより上流には元々油田があった。碌な浄化もせずに、汚水を垂れ流していたのだ。深刻な環境汚染が起きている。更に油田施設が『海』に変化したことで、深海に汚染された水まで来ている。
さすがに本物の『海』と同じく塩分を含んではいないが、どんな影響が出ているか分かったものではない。この辺りの水を生活水にしている人々もいる筈だ。彼らにとっては、水源を犯す存在が人間から深海凄艦に変わったに過ぎない。ヴァイパーはそれを分かっているのか。
不意に、耳元でCALL音が鳴る。先ほどとは違う回線、傍聴の対策もしてある。連合艦隊に聴かれたくない話を、G.Wはし始めた。
〈かつてアウター・ヘブンをアフリカ中央に建造する以前、前身組織ダイヤモンドドッグスだった頃、ビッグボスがマサ村落及び、上流に存在した油田施設に侵入した記録が残されている。目的は油田施設の破壊だった。ところがこの直後、付近のPFに『奇病』が蔓延した。ダイヤモンドドッグスにも、じき同じ奇病が蔓延したが、これはパンデミック直前に封じ込みが完了している〉
「まさか、今流行っているのと同じものか?」
〈いや、それとは違う。正体は寄生虫を用いた生物兵器だったが、詳しくは我々愛国者達も把握していない〉
愛国者達が把握できていないなんて事はほぼあり得ない、しかし、スネークは数少ない例外を
「スカルフェイス、奴なら愛国者達を欺けるか」
スカルフェイス──愛国者達の前身組織FOXの裏部隊XOFを率い、そして創立者ゼロの
スネークは一時期、彼と行動していた期間が僅かに存在する。正確には『ソリダス』の方だ。当時愛国者達は、ゼロとスカルフェイスの間で分裂していた。このゴタゴタに巻き込まれ、ソリダスもアフリカに潜伏していたのだ──雷電を少年兵にしたのも、この時期である。
スカルフェイスは狡猾な男だった、副官としての立場を活用し、その試みをゼロに悟られることなく進めていたのだ。また当時J.Dを筆頭とするAIネットワークが未完成だったこともあり、彼の計画が何だったのかはほとんど記録に残っていない。
〈アフリカとアフガニスタンでのビッグボスの行動は、スカルフェイスに対するものだった。例の油田施設破壊も、それが噛んでいたと予想できる〉
「そうか、だが、今更なぜそれを?」
〈今まで奇病が蔓延した場所を調べてみた、何かしらの相関性がないか。結果、ある共通項が見つかった。全てアフリカでビッグボスが活動した場所なのだ〉
偶然にしては出来すぎている、背筋を嫌な感覚が突き抜ける。私はビッグボスの足跡をなぞっているのか。既にS3に組まれている、戦艦水鬼の言葉を思い出す。世界には英雄が必要だと。英雄の足跡を辿っている、辿らされているのなら。
しかし、G.Wの報告は、とうとう別の真実を告げていた。
〈これらの情報は、アフリカ現地に辿り着いたことで得られた。現代の貧弱なネットワークでは収集し辛かった状況だ〉
スネークのいた2004年と比べて、この世界はネットワークの発展が鈍い。全く使えない訳ではないが、一つの情報を集めるにも時間がかかる。G.Wの性能も、神経となる通信技術が弱ければ活かせない。アフリカの情報が先進国に殆ど入ってこなかった原因も、通信が繋がっていなかったからだ。
〈そして、ビッグボスの活動した痕跡がハッキリと確認できた〉
「認識を、変えざるを得ないか」
〈今まで我々はこの世界を、まるで別の異世界だと認識していた。だが違う。ここは、何らかの要因により、艦娘と深海凄艦の世界に変貌した、
変貌した原因は、深海凄艦のように思える。だが、そもそも深海凄艦は、どうやって発生したのか。何よりスネークたちが恐れているのは、自分たちと同じ存在が、いる可能性だった。それも、自分たちが現れるより前に。
〈もし、我々同様、元の世界からの存在がいると仮定すれば、状況は極めて危険だ。未来に何が起きるか、知り得た状態で行動を起こせるのだから〉
「いる可能性は、あるのか」
〈我々がいる以上、ゼロには成り得ない〉
ぬかるみに、スネークの足跡が残される。絶え間なく流れる泥水が覆い隠す。そうやってこの地面には、何十年分もの痕跡が埋められている。その中にビッグボスの足跡もある。同じ場所を踏むように、大きな力が働いているかもしれない事実。スネークは、流れる汗をぬぐいきれなかった。
*
マサ村落の荒れ方は眼を覆うようだった。建物はほとんど使い物にならない、汚染のせいで井戸も使えない、人の暮らしている気配はほとんどなかった。代わりに建てられた簡易テントと、傭兵たちの姿が全てだ。
警備網を探っていると、護りの固い場所が一か所存在する。そこに向かうと、巨大なイクチオスの機体が鎮座していた。警備の数も凄まじい、まるで、神殿にまつられる神像のような荘厳さをたたえている。その正体は、深海凄艦と疫病を撒く悪魔な訳だが。
真正面から行くのは厳しい、まずは、もう一つの目的である屍病の死体に集中しよう。歩き出そうとした瞬間、風を切る音が聞こえた。上からだ。とっさに身を隠す。上空を無数の艦載機が通過して行った。飛行場の機体だ、見つかれば終わりだ。
「スネーク、あたしが囮になろうか?」
「いいや、早すぎる。まだ良い、お前は見つかるな、まだ私と一緒に行動してもらう」
「分かった」
見つかってもサラトガがフォローしてくれるが、死体を見つけてすらいない状態でそれは避けたい。酒匂と手分けして探すには、敵が多過ぎた。万一の時、援護にさえいけなくてはバディの意味がない。せめて場所を見つけてからにしなくては。何かしら情報はないか、建物の中に入り込む。
しばらく探し回り、警備の配備図を見つけた。警備兵に死角から奇襲をかけ沈黙させる。見取り図を見ていると、やたらと警備が薄い場所があった。村の端にあるトイレだ。もっとも家畜の糞尿などを纏めておく場所だが。
奇病にかかった死体なぞ好んで近づく者はいない、あえて離れに保管している可能性もある。見てみる価値はありそうだった。
トイレに近付くにつれ、警備網は明らかに薄くなっている。代わりに上からの監視が厚くなっていく。気のせいではない、此処だけ哨戒の頻度が高い。感染リスクのある歩兵よりも、安全に見張れるからだ。予測は確信に近付いていた。
辿り着いた排気所は小さな物置小屋を改装したものだ、最近補強された後もある。傭兵たちが修理したのだろう。それでも古さは直らない。立てつけの悪い軋みを鳴らして、スネークは部屋へ突入した。
突入の前、人の気配がしていた。
生きている人間がこんな所にいる、臨時で警備を置いているのだ。スネークはP90を構え、中の人間に向けた。
「嘘でしょ」
人はいた、だが、警備ではなかった。
目標である死体と別の場所──個室トイレを改造した簡易的な独房──の中に、一人の子供がいた。極端に痩せていないが、体は細い。何よりも生気を感じられない。骨も浮き出ていて、顔色も良いとは言えない。酒匂の悲鳴は、短くも鋭かった。
スネークに気づいた子供が、突き付けられたP90を何となく眺める。普通の反応ではない、銃に慣れている反応だ。
そうなればこの子は、少年兵に他ならない。
理解した途端、体の奥底が煮え始めた。急速に熱せられ膨張した血液が全身を巡り、脳の隙間に押し入る。こじ開けられた脳髄が悲鳴を上げ、特に左目の痛みが強く響く。私の輪郭がぼやけていく、この幻肢痛は、誰の痛みなのか。
しかし、今は幻肢痛などに構っていられない。
痛みを無理やり振り切ろうと、ブレードを手の甲に突き立てる。現実の痛みが幻覚を上書きし、スネークは正気を取り戻す。
少年は、突然自傷したスネークに引いていた。おかげで、若干敵意が和らいだように見える。
「大丈夫だよ、あたしたちは、敵じゃない」
酒匂がそう、刺激しないよう慎重に言葉を、英語で重ねようとする。本心から助けたいと思っているのだろう。スネークと同じだった。だが、結果はどうしても違うことになる。伸ばそうとした酒匂の手を、少年は叫びながら払いのけた。
「駄目だ酒匂、それでは伝わらない」
そう言いスネークが話しかけた。酒匂が効いたこともない言葉を幾つも使う。現地で使われる小規模言語だ。ソリダスのミームが、こんなところで役に立ってくれた。気持ちは本当なのだろう、だが、言葉が違ってはどうにもならない。
ここから出たいか、他に子供はいなかったか。彼は少し戸惑いつつも返事をしてくれた。出たい、他の子供はいない、別の場所に行っている。子供の手は震えている、意識は隣の檻の死体に向かっていた。
もう一つ問いかける。どういう死に方だったのか見たのか。
彼は頷く。
この瞬間この子の救助は最優先任務と化した。間違いなく、イクチオスの破壊よりも優先しなくてならない。酒匂も同意してくれた。
「死体はあたしが担ぐね」
子供を背中に背負い、タイミングを計り小屋から飛び出す。元々村落の端にあったので脱出は簡単だったが、三人分のシルエットは目立つ。数十メートル進んだ先で、艦載機の方に見つかってしまった。
サラトガに救援を求める。既に準備していてくれたのか、数秒後に艦載機は引き返していく。サラの艦載機が飛行場を襲っており、防衛に向かうのだ。しばらく空は注意しなくていいが、今度は傭兵が押し寄せてきた。砲撃も飛んでくる、どこに潜んでいたのか深海凄艦まで動員してきた。
河の岩や木々の影に身を隠し、狙いをつけにくくする。その間に一気に走り抜けていく、乱射された弾丸が何発か掠るが、その程度だ。何とかして撒かねばヘリにも乗れない。
とにかく走り続けていると、その内追手が減ってきた。撒いたのか分からないが、この機会は逃せない。ランディングゾーンに入り、待機させておいたヘリに向かう。
不意に、背中を猛烈な悪寒が襲った。
振り返ってはいけない気がする。
スネークは急いでヘリに死体と子供を押し込む。パイロットに指示を出し、早く上昇しろと急かす。
ベースキャンプへ飛行し出した直後、スネークにはヘリが見えなくなった。
代わりに空が真っ赤に染まり、地面は全て赤い海へと変貌した。
『ビーチ』に呑まれたのだ、背後にはイクチオスが鎮座していた。
イクチオスは、ビーチを作れる。
これは間違いと言っていいだろう。しかし、確証を得ても、生き残れなければ意味がない。
単独しかいないように見えるが、実は違う、きっと無数のイロハ級がいる。私にだけ見えないだけだ。そして辺りに水柱が立ち始める。イクチオスを破壊すれば世界は消える、だが、接近もままならない。
サラトガは無事なのか、空を見上げると不安定な挙動で戦っている(敵艦載機も見えないが)、ギリギリ正気を保っているようだが、かなり危険な状態だ。
もっとも人の心配ができる余裕はない、見えない攻撃に、徐々に追い詰められていく。気配を読むにしても限界がある、酒匂も、急に現れた敵の対処で精一杯だ。
そして、何者かの砲撃が足元に直撃した。
姿勢が崩れた瞬間、雷撃の発射音が聞こえる。
それでも生き残ろうと、スネークは高周波ブレードを取り出した。こんなところで死ぬわけにはいかない、まだヴァイパーへの復讐も果たせていないのだ。
スネークは吼えた。
彼女に応えるように胸元が光る。
そこには、忍者から拾った荷物が入れられていた。
現れたのは──現れたのは──
「にゃあ」
猫だった。
全員、絶句していた。
いや、こいつは、見覚えがある。
まさか、エラー娘の持っていた猫なのか。
にゃあ、もう一度、呟いた瞬間、『ビーチ』にスネークは繋がる。敵艦の姿が、見え始めていた。
『科学者の顛末(G.W×スネーク)』
「そういえば、ダイヤモンドドッグスで思い出したんだが……聞いても良いか?」
「何の話だ?」
「ヒューイという愛称の科学者を、知っているか」
「知っている、エメリッヒと呼ばれた男だな。ハル・エメリッヒ、オタコンの父でもある。それで、この男がどうした?」
「いや、この世界は我々の世界の、パラレル・ワールドだろ? だからあいつも、生きている筈だ。当時としては異常な技術力を持っていた男が、今何処に居るのか、少し気になった」
「艦娘に対しても、何らかのテクノロジーに関与しているかもしれない。それを気にしているんだな?」
「そうだ……関わってないよな?」
「どういう意味だ?」
「あんな男が艦娘開発に関わっているとちょっと想像してしまったんだ。結論から言う。凄い寒気がした」
「なるほど、ならその心配はいらない」
「?」
「調べたところ、エメリッヒは死んだ」
「死んだ?」
「エメリッヒはダイヤモンドドッグスを追放され、食料と水だけを積んだボートで流された。ここまでは同じだ。その後が問題だった」
「何かあったのか」
「ボートに流された直後、イ級に喰われたらしい」
「まじか」
「世界で初めて確認された瞬間でな、アフリカではかなり有名だ。エメリッヒの死にざまは。翌年の85年から、深海凄艦が正式に世界に認識された。エメリッヒは犠牲者第一号という訳だ」
「……あんまり哀れに思えないのは、何でだろうな」
「ああ、その後、イ級の群れにダイヤモンドドッグスも襲われてな。当然通常兵器も効かないから、そのままプラントごと壊滅している。前回と違い大半は生存したが、ショックは大きかったらしい」
「そりゃそうだ」
「特に酷いのがカズヒラ・ミラーだ。報復しようにも自然災害みたいな存在だからな、耐え切れなくなったミラーは……」
「ミラーは?」
「……いや、不確定情報は言わないでおこう」
「いや待て、何があった、カズヒラはどうなったんだ」
「君が知る必要はない、いや、知ったら面倒なことになる」
「どういう――くそ、切られた!」