ふと思う、此処はどこだろうか。
赤い空、赤い海。あるべき地面は消えて、海から木々や建物が生えている。鯨や人、軍艦の屍体が重力を失って浮いている。深海凄艦の眼は虚ろで、生きていそうな人は一人もいない。私も、彼さえも。
世界はこんな姿だっただろうか。
彼の感覚は違うと言っていた、もっと色々な景色が見えていた。ただし見えていたのは昔の話。今の彼には、この真っ赤な世界しか見えていない。
何もかも海に沈んでいる、まともに建物と呼べるのは、私が座っているここだけだ。何もかも失った、私たちの最後の家。
真上には、さんさんと白い太陽が輝いている。
私は、それを直視できなかった。
スネークは状況を整理する。
忍者から拾った荷物の中身は、エラー娘の猫だった。そいつが肩に乗った途端、深海凄艦の姿が見えるようになった。意味が分からなかった。
「混乱している場合ではないだろ?」
猫が喋った。いよいよ意味が分からない。
しかし、猫の言うことは正論だった。混乱した思考を締め出し、スネークはP90を構える。撃ったのはサラトガの艦載機だった。
艦載機を撃たれた衝撃が、サラトガを正気に戻す。挙動が落ち着き、空中に展開した空中戦力を抑えにかかる。その間に空母をなぎ倒す。
P90を構え、ヲ級の頭部へ撃ち込む。内部の艦載機に誘爆し爆発が起きる。爆炎に紛れて接近し、傍にいたヌ級にブレードを突き立てた。
悲鳴を上げて悶えるヌ級を、主砲を構えていたロ級へ投げ飛ばす。同時に、取り付けておいた爆弾を起動させた。内部の爆薬に火がつき、ロ級が誘爆に巻き込まれる。イロハ級は、スネークがもう
接近戦を止め、距離を離しにかかる。スネークにはまともな遠距離武装がない。タ級たちが距離を離そうとする。包囲されたら一方的に殺される。そうはさせないとP90を乱射するが、肉盾となったツ級に阻まれた。
敵は見えるようになったが、やはりG.Wとはまったく連絡がつかないし、ミサイルやレイのあるメイン艤装も呼べない。不利なことは変わらなかったのだ。
だが、ほくそ笑んだタ級の横顔に砲撃が直撃した。そのまま首が捻じれて千切れる。軽巡や重巡の威力ではない。戦艦だ。
遥か遠くの、本当に遠く、レーダーでも使わなければ見えない超長距離の地平線に、ほんの僅かに人影が見える。目測で、25キロ近くは離れていた。轟音が煙を撒き散らし、彼女の影を映し出す。叫び声が聞こえた、そして第二射が撃たれる。
次々と迫る一撃必殺の攻撃に、深海凄艦の陣形は崩壊する。混乱した戦場で、姿を隠す場所には困らない。残骸や飛沫の影に隠れ、一隻づつ確実に仕留めていく。最後に残ったイクチオスも、戦艦の主砲を受け、粉々に砕け散った。
言うまでもない、ビッグセブンの41センチ連装砲が、援護してくれたのだ。
赤い世界が消えていく、海が陸に戻り、世界が正常に戻る。イクチオスを撃破したことで、ビーチが消える。残った地上は液化していない。あの時と同じだ、ビーチでイクチオスを破壊すると、液化が起きない。
これはどういう理屈なのか、考えているスネークの元へ、ヘリが向かってくる。さきほど子供と死体を回収させたヘリとは別の機体だ。中には長門が乗っている。どうしてこの場にいたのかというと、実は、無線がたまたま繋がったからだと言った。
無線、は無線でも、盗聴器の類だったが。
いつの間にかスネークに取り付けられていた盗聴器だが、ビーチによる通信障害で使えなかった。だが、一瞬だけ繋がったという。マサ村落に到着し、子供を見つけた頃だ。少年兵を保護したと聞き、長門は確実に、
盗聴器が仕掛けられたのは、恐らくあの時、思いっきり背中を叩かれた時だろう。
痛みに驚いている間に仕掛けられたのだ。気に入らないが、立場上仕方がない。結果として子供も無事なのだから、良しとしよう。
そんなことよりも、遥かに共有すべきことがある。そう、猫だ。
「私はかなり警戒されているな」
冗談のつもりか、それにしては怪奇過ぎる。しかも怪しい。長門もスネークも全く笑わない。さっさと話せと、無言で急かしていた。
「では、何から知りたい」
「お前は何者だ、エラー娘が持っていた猫だとは知っているが、エラー娘本人はどこへいった」
「私はエラー娘の
「あれが特殊な能力なのか?」
「そうだ、本来なら、見えないのが自然な状態。私はそれを無理やり繋ぐことができる。エラー娘もいれば、ビーチを介した転移やサイコメトリーもできたのだが、今はこれが限界だ」
「その言いよう、貴女はビーチが何なのか、知っているみたいだが」
「ビーチについては、お前たちもある程度見当がついているだろう?」
一部の姫級が展開する赤い海、そのテリトリー内で適用される、一種のルールとでも言うべき法則。ある特定の艦種しか入れなかったり、特定の艦しか突破できないといった、結界のような現象。
だが、それは現象として知っているだけで、どんなメカニズムで発生しているかは知らない。それにテリトリーなら、液化後の赤い海で確認されている。ビーチとは繋がらない気がする。テリトリーとビーチは微妙に違う。
「お前たちはビーチや液化を、イクチオス固有の能力だと思っているが、それは違う。君たちはずっとそれを観測している」
「やはり、姫級のテリトリーがそうなのか?」
「そうだ、姫級はこの世に、
長門が訝しそうに唸る、いきなりあの世と言われて、どうしろというのか。理屈として説明されても、実感が湧かない。
「何を不思議がっている、なら、お前たちは何者だ。過去の史実が実体を持った艦娘は、あの世からの怨念そのものだ。艦娘に深海凄艦、これだけあの世の住人が現れて、なぜ、
それを言われると、何も言い返せない。
「だが、座礁してくるあの世は、一つではない。幾つもの姿をもつ。
それはあの世を呼び込んだ姫や、その時の海域により左右される。あの世とは、過去の累積だ。そこから姫は、もっとも繋がりの強い
「だから、一部の艦しか入れないのか。過去の史実の再現だからこそ、それとの繋がりを持つ艦以外は、弾かれてしまうのか」
「現れたあの世は、一瞬だけ現実とぶつかり、座礁する。そんな空間だから当然時間も狂っている。この時間のズレにより、通信などが上手くいかなくなる。しばらく経てばビーチはこの世に馴染み、姫のテリトリー、『赤い海』が完成する。座礁したあの世を繋ぎ止めているのは、姫はそこにいる深海凄艦だ。だから彼女たちを沈め切れば、赤い海は青さを取り戻す。
今アフリカで起きていることも、本質は変わらない。
メタルギア・イクチオスは、テリトリーを展開する為の媒介でしかない。メタルギアが搭載している艦娘の艤装は、怨念としての触媒だ。本体は、イロハ級を統率する、あの深海海月姫だ。だが、展開されるのが地上な為に、液化してしまう。ビーチは完全に海だからな、そちらの方に現実が引っ張られる」
思い出してみると、ビーチの太陽はいつも白かった。雲も分厚い。あれは、核爆発の光と煙だったのではないか。私は見ていないが、
「なんでそれが、今まで一度も観測されなかったんだ。姫もテリトリーも幾らでもある、今まで誰も、ビーチ発生の瞬間を見ていないんだ」
それに答えたのは猫ではなく、長門の方だった。
「ビーチも、見た目は海だ。普通の海から境目無く続いている。航行中に呑まれたとしても、そこが既にビーチとは、ましてや異空間にいるとは普通思わなかったのだろう。
今回私たちが座礁の瞬間を知れたのは、相手の姫が深海海月姫、クロスロード作戦で私たちと繋がる艦だから、ビーチに入れたこと。
そして、座礁したのが境目のない海ではなく、地上だったからだ。そうでなければ、私たちはビーチを知らないままだった」
海が境目なく繋がって見えるから、分かりにくかった。サラトガも酒匂も頷いている。艦娘にとっては当たり前の発想が、スネークには浮かばなかった。思えば、堂々と海をいったことなど数えるほどしかない。アーセナルの頃にいたっては航行すらしてない。艦娘の感覚が、彼女にはまるでなかったのだ。
「だからこそ、鍵になるのは海月姫だ」
スネークが黙ったのを見計らって、猫が膝に飛び乗ってきた。
「ビーチ発生から液化までは、わずかに時間があるが、ビーチに入り込んだ艦娘にとっては、かなりの時間になる。それまでにイクチオスを破壊すれば、液化は事前に止められる。だが一時的な物だ。海月姫を止めなければ、本質的な脅威は止められない」
「逆に言えば、海月姫さえどうにかできれば、芋づる式に、全てのイクチオスを無力化できるんだな」
「そうだ、今お前たちの国を攻め、一部の湾岸地帯を支配しているイクチオスも同じだ。だが、時間がない。海月姫はまだ、本調子ではないからな。本当ならビーチを挟まずに、一気に液化までできた筈。被害範囲ももっと広い」
スネークにも長門にも、信じがたいことだった。アフリカには相当数のイクチオスがいる。その全てを制御していて、まだ全力でないというのか。驚く二人を放置して、猫はサラトガを見た。
「お前は一度、海月姫と繋がっていたな。その時、彼女の記憶が流れてきた筈。それはどんなものだった」
「おい待て、それは」
「良いんです長門、必要な事なのでしょう?」
海月姫により、深海凄艦として暴走した記憶はまだ新しく、傷も癒えていない。サラトガにとっては思い出すのも苦しい。だが、その苦しみを話そうとしていた。彼女の言う通り、戦う為に必要な行為なのだ。
「…………」
「どうした」
と、言ったのだが、サラトガは困った様子で黙ってしまった。
「その、記憶と言えば良いのか、何と言えば良いのか」
「どういうことだ」
「
「やはりそうだったか」
「いや、訳が分からないんだが」
「海月姫は恐らく、自分の記憶を理解できてないのだ。言っただろ、姫のテリトリーやビーチは史実の再現だと。今回の場合は、クロスロード作戦だ。だが、クロスロード作戦がどんな作戦だったか、自分が沈んだ理由も分からなければ、過去との繋がりはどうなる。半ば忘れているようなものだ。忘れ去られれば、過去は消え、繋がりも見えなくなる。故に、力も不完全だ」
理解出来ないなんて、そんなことがあるのか。
艦娘は過去でできている。私ですら覚えている。それが、覚えているが、分からないなんて、破綻しているのではないか。
そこへ、思い出したように、サラトガが呟いた。
「VOICEが、VOICEを、忘れているのだと、思います」
「言語障害を抱えているということか」
それなら、理解できないのもあり得なくはない。物事を理解するのに言葉は不可欠だ。脳の中で考える時でさえ、言葉は必要になる。逆に言えば、記憶があっても言葉がなければ、存在しないのと同じことだ。
「あの、ちょっといい? クロスロード作戦って、なんのこと? あたしと関係あるの?」
惚けた口調で、酒匂が小首を傾げた。知らない筈があるか、スネークが口を開こうとするが、長門がそれを止めた。
「いや、関係のないことだ。気にしなくていい、それより、ここで無線が繋がるか確認してもらいたい。通信機は後部にある、頼んで良いな?」
「うん、分かった」
無理矢理彼女をこの場から離したのは明らかだ。酒匂も分かっているのではないか。彼女の後姿を長門は眺める。背中が消えると、深く、肩を落とした。
「そのことは、黙って貰ってていいか」
「覚えていないのか、あんな最後を」
「ああ、覚えていない。少なくとも、現時点で建造、ドロップした『酒匂』は全員、クロスロード作戦を知らない。沈んだと言う自覚すら曖昧なまま、艦娘をやっている」
「それで良いの? 教えた方が良いと思うのだけど。最後の在り方なんて、サラたちにとってはとても重要なものじゃない」
「あんな最後だからだ、全身を焼かれるあの激痛を覚えていたら、あの子はどうなる。まともでいられるかも分からない。それを乗り越えるかもしれないが、私たちが無理に教える必要性は感じていない。彼女が今どうなっていようと、これからを生きていけるなら、それで良いと私は思う」
復讐や憎しみは、特定の過去に起因して起きる。だが、それが忘れ去られてしまえば、そんなものは最初からないことになる。憎しみや怒りが一生、世代を超えても劣化せず、受け継がれていくなど、碌な物ではない。それだけやっても、原因を消せる訳でもない、過去が変わる訳でも無い。何も生まれることはない。ならいっそ全てを忘れ、新た道を作り出すのも、一つの手かもしれない。
長門が酒匂を見る目は、まるで子供を見る目に見える。母性に溢れている。自分たちが背負ってしまった光を、残したくないのだろうか。結局、クロスロードを知らないスネークには、理屈としても理解しかできないが。
「……そういうものなのでしょうか」
「納得しろとは言っていない。だが、あの子が悲しんだり、痛がるのは、嫌だろ」
「なるほどな」
別のヘリで運ばれた少年兵を思い出しながら、スネークは頷く。駆逐隊や海防艦が出撃しているのにさえ顔を顰めるスネークには、それが気持ちとして理解できた。言葉で言ってくれればより分かる。
「ふと思ったんだが、忘れていても、ビーチには繋がれるのか」
「できる、見ての通りだ。繋がりを意識していないが、実際は無意識のレベルで繋がっている。繋がるのに重要なのは、同じ史実を共有しているか否かだ。逆に共有していない艦娘では、死ぬしかない。言語のようなものだ、違う言語同士では文法が違うから混じることも、繋がることもない。生物における免疫系のように弾かれる。姫のテリトリーはいわば、言葉の代わりに『史実』を基にした免疫とも言える。本質的には変わらない、史実も言語も、過去の累積なのだから」
「ならお前は『翻訳機』か何かか、だからクロスロードと関係のない私がイロハ級を視れるようになったと?」
ビーチの間で、通信機のような役割を果たせる猫だ。つまるところ、現実とあの世を繋ぐ力だ。関係のない私を繋ぎことができる。そして本来読み解けないクロスロードの世界を、翻訳できるようになる。そうスネークは思った。
「違うな、翻訳こそできなかったが、お前はビーチに最初から入れただろ」
「なら、理由が有るのか」
「それはだな──」
そう言い掛けた時、スネークは見た。ヘリの窓から見えた。何かが跳躍した影が、一瞬で浮上するのを。
ヘリが激しく揺さぶられる、バランスを一瞬失い、中のスネークたちが体をあちこちに叩き付ける。いったい何が、長門が操縦席を覗き込んだ時、パイロットは気絶させられていた。
キャノピーに張り付く影があった、顔のない、赤い単眼がけが輝いていた。
「返しに貰いにきたぞ」
サイボーグ忍者が現れた。
まさか、ヘリの高度までジャンプして来たのか。
信じがたい事実に絶句している間に、忍者のブレードがコックピットを貫く。制御する術を失い、ヘリは上下を交互に引っ繰り返し、奈落へと落ちていった。
*
サラトガは艤装を持って来たことを心から感謝した。
上下感覚を失いながら発艦させた艦載機が、彼女たちを引っ張り上げる。それを見たスネークがブレードを振るい、また長門は拳を振るい、ヘリを内部から破壊する。力技でヘリから脱出し、サラトガの艦載機が落ちる彼女たちを支える。
上を見上げると、また信じられない光景があった。スネークと長門に分解されたヘリを足場代わりに、忍者が降りてきたのだ。忍者もダメージを負わずに、彼女たちの前に降り立つ。海面に立った途端、凄まじい水蒸気が立ち昇る。
相対したのは猫を抱えるスネークと、忍者だった。
「返せ」
「この猫をか、何故お前はこの猫を持ってい」
「返せ返せ返せ! 返せと言っている、聞こえていないのか分かっていない? なら奪わせて貰うぞスネーク!」
瞬間、スネークが消えた。
直後、爆発が聞こえた。隣にはスネークの代わりに忍者が立っていた。超速で蹴り飛ばされたと、やっと理解できた。
ガタガタと震えながら、忍者はうわごとを呟く。
「まだだまだだまだだまだまだまだ終わっていない限界ではないまだ戦える私は限界まだ戦える──」
狂っているのか、壊れているのか、サラトガはそうとしか思えなかった。
震える忍者だったが、P90の炸裂音に反応し一瞬で跳躍する。続いて血を流すスネークが立ち上がる。
「スネーク、彼女を止めてくれないか」
「どうして私が!?」
「彼女がああなってしまった原因の一角が、私にあるからだ。だが私は戦えない、お前しか頼れないのだ」
いったい、この猫──エラー娘は何をしたというのか。
だが、葛藤なぞお構いなしに忍者は震えながら壊れていく。事情は何も知らないが、このままにしておくのは絶対に不味いと分かった。
「謝礼は弾んでもらうからな、良いな!」
しかし、狂っていても忍者の戦闘力は異常でしかなかった。瞬間的な加速力は偵察機を越えている。振り回す刀はP90の弾丸を悉く撃ち落とす──いや、切り落としている。身体能力も動体視力も、艦娘を遥かに超えていた。
──イマイマシイ。
スネークはついていくので精一杯、しかも徐々に追い詰められている。今ならミサイルの支援を出せるのでは。そう考えたが、あの身体能力だと、ミサイルを足場にして来そうだ。意味がない。
──シズメ、シズンデシマエ。
声が木霊する度に、頭痛が酷くなっていく。
また、スネークに対する殺意が沸いてくる。
突発的な症状として現れる。スネークの近くにいすぎて、また、空母棲姫が目覚め始めているのだ。
──シズメテヤル、ワタシガ、ワタシガ。
とてもじゃないが制御し切れない報復心、だけど、望んで抱えた物じゃない。どうしてこんな物に苦しまないといけないのか。いっそ、忍者に殺されてくれれば、私はもう苦しまないのに。そんな考えすら浮かんでしまった。
「良いのか」
スネークが呟いた、何のことだ?
サラトガは目の前を見て状況を理解する、眼前に
何時の間に私の前に移動したのか、だが、そうではなかった。
「あんたも邪魔をするの!?」
移動したのは、
報復心の代わりに渦巻いていたのは、嫉妬心だった。
それは、スネークを誰かに殺されたくないという思いだった。自分の手が、黒いガントレットに重なる。。
──シズメル、アーセナルハ、コノワタシガ。
掠れるような声が脳裏を一瞬だけ駆け抜け、すぐに消えた。だが一瞬でも理解できた。サラトガを動かしていたのは、空母棲姫の感情だったのだ。サラトガ本人は沈めたいなど思っていない。
だが、スネークを
激昂した忍者の振るった刀に、ライフル弾を正確に撃ちこむ。また勝手に動いている、予期せぬ妨害に、忍者が離れていった。こんな形で、空母棲姫と意志が一致するとは思わなかった。しかし、これで苦しまずに戦える。
サラトガは次々と艦載機を発艦させる、艦攻、艦爆、艦戦。全てを出さなければ妨害さえままならない。爆弾を落とし、忍者へと機銃を放つ。直接的な意味はない、爆弾は当たらず、機銃は切り落とされる。
それでも構わない。爆弾は煙幕になり、機銃を弾いている間は動きが落ちる。僅かにできた隙を突き、スネークが姿を消した。
敵を見失い、忍者は戸惑う。気配を完全に消し切ったスネークを見つけるのは困難だ、ましてや艦載機に対処しないといけなくては。
発見が難しいと判断した忍者が、狙いをサラトガに変える。屯す艦載機を一瞬で切り落とし、真っ直ぐに向かってきた。
瞬間、煙幕の中からスネークが現れる。狙いを変えたことによる隙を待っていたのだ。距離を取ろうとするが、逃げ道は艦載機が塞いでいる。
忍者の仮面に向けて、全力でブレードが叩き込まれた──だが、紙一重で回避される。逆にピンチに陥ったスネークに、今度は忍者が刀を振り下ろした。
しかし、煙幕のせいで忍者には見えなかったのだ。いつの間にかくすねていた艦爆の爆弾を、水面に投げていたことに。
爆発により発生した水柱が、忍者を包み込んだ。
サラトガは首を傾げるが、スネークは覚えていた。こいつの弱点は『水』なのだと。予想通り、絶叫を上げて忍者が吼える。
今度こそ、スネークは忍者を掴んだ。そして背負い投げの要領で頭から海面に叩き付ける。まだ意識のある忍者の顔面に、高周波ブレードの鞘を叩き込む。水を浴びて痛がる忍者にとっては、致命的な一撃だった。
糸の切れた人形のように、忍者の腕や足が崩れる。
完全に気絶しているのを確認して、スネークも膝から崩れた。疲労し切っているスネークを肩で支える。
「これは何だったの?」
「私が聞きたい、敵なのか味方なのか……」
敵か味方か、どっちか分からないのは私も同じだが。
少し自嘲していると、忍者の仮面に変化が起きる。鞘を叩き付けたせいか、亀裂が走ったのだ。ヒビは広がり、仮面が砕ける。
少女の顔と、黒髪のツインテールがマスクから出てきた。額から血を流しているが致命傷ではなさそうだ、息もある。海面に立っていたのだから当たり前だが、忍者は艦娘だったのだ。しかし、正体は何なのか。
知ってるのかと横を見る。
スネークは、眼を大きく見開き固まっていた。
「スネーク?」
「……川内?」
後に知ることになるが、彼女はかつて、単冠湾で共に戦った筈の艦娘だった。
『クロスロード作戦(スネーク×長門)』
「クロスロードの艦だけが侵入できる。眉唾ものだな」
「そうでもない。かつて行われた『シャングリラ追撃戦』で似た現象はあった。それ以降も、特定の艦がいることで、攻略し易くなったことはある」
「シャングリラ……その時の姫も、深海海月姫だったな」
「そうだ。その後海月姫が確認されたのは、『第二次ハワイ作戦』の時だ。どちらも、ヴァイパーの姫とは別だが」
「どちらの作戦も、あそこが作戦海域だったな」
「苦い思い出だ、ハッキリ言って、積極的に行きたいとは思わない」
「同感する。長門、お前はどれだけ覚えている?」
「ほぼ全てだ、艦娘になってからは、作戦の経緯も調べることができた。
1946年7月1日のエイブル実験。25日のベーカー事件。ビキニ環礁で行われた一連の核実験の総称がクロスロード作戦だ。
目的は、艦艇や機械類へ、核爆発が与える威力の調査。日本やアメリカ問わず、合計70隻近くの標的艦が集められた。とは言え、肝心の調査は核汚染のせいで、中々進まなかったらしい。安全は考慮していたが、それも当時の基準だ。多くの人員が被ばくしている」
「結局、大きな効果はないと結論が出たんだったな」
「そうだ、私は戦後のダメージを引き摺っていたが二度の爆発に耐えた。オイゲンも同じく、爆発を耐え抜いた。もっとも、その後沈んでしまったが……サイズこそ縮んだが、艦娘に核が致命的ダメージを与えられない理由でもある。普通の核なら、放射線も意味がない」
「だが合衆国はその後も、ビキニ環礁で何度も核実験を繰り返した。私のルーツの一人も、キャッスル実験で被ばくし、子を成す力を失っている。私にも、核の光の記憶はある……」
「お前がビーチに入れる理由なのかもしれないな」
「核で繋がった友情など、願い下げだ」
「友情は友情だろう」
「……そうなのか?」