【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File52 報復心

 耳を貫く絶叫で、私の目は覚める。

 周りは真っ暗で何も聞こえないけど、彼の感覚は借りられる。ここは現実だ、夢じゃない。最近、同じ夢ばかり見ている。大切な仲間が次々と死んでいく夢。

 

 体が震える、痛みが突き刺さる。悪夢を見るのは今に始まったことじゃないけど、こんなには見なかった。サラトガと会ってからだ、頻発し始めたのは。彼女が前の私を思い出させるからなのか。

 

 彼も同じ気持ちでいる、同じだ、同じなの? 

 感覚を借りている時、そう感じることがある。この記憶は私の? 彼の? 気持ちは誰の? 全てが終われば、私は戻ってくるの? 

 答えは──きっと、残酷だ。

 

 

 

 

 ── File52 報復心 ──

 

 

 

 

 忍者──軽巡川内の強襲を退け、彼女を保護したサラトガたちは、ようやくベースキャンプへ帰投した。ヘリから降り、他の艦娘から見えないテントに入った途端、全身から力が抜けていく。とても久し振りに感じる。

 

 長門は帰ってきて早々に、提督の元へと向かった。報告と状況の把握のためだ。一方スネークは保護した少年兵の元に向かい、情報を聞きだしている。暇なのは、サラトガたちだけだった。

 

 酒匂と並び、オイゲンが入れてくれたコーヒーを飲む。同じ豆を使っているのに、異国の味がする。呑み慣れたアメリカのとは大分違うが、悪くはない。酒匂は苦かったらしく、砂糖とミルクを追加して呑んでいた。

 

 サラトガたちが出撃している間、オイゲンは他に屍病の死体がないか探していた。あまり見つからなかったらしいが、代わりに、嫌になるモノを発見していたという。それは、サラトガが見つけたのと同じ、少年兵だった。

 

「トラックにすし詰めにされてさ、どっかへ運ばれてた。まるで商品みたいな扱いだったよ。私も保護しようとしたんだけど、一隻じゃ無謀だって、止められちゃった」

 

 背中を向けるオイゲンに、サラトガは返事ができなかった。無茶をすれば救出できるかもしれない状況で、それができなかった。危険を冒してミスをしたら元も子もないが、相当な悔しさだったに違いない。だが、スネークが保護した少年兵から話を聞ければ、そのトラックの行き先も分かるかもしれない。オイゲンは今、それだけを期待していた。

 

「保護するなって言われたのは、それだけじゃないんだ」

 

 テントの外を睨み付けるオイゲンは、また、悔しそうに手を握るが、力が入っていない。やるせない力が、行き場を失っていた。

 

「下手をしたら、保護した子供が、()()()()()殺されるかもしれないから」

 

「殺される!?」

 

 信じられないと酒匂が叫ぶ、サラトガももちろん同じ気持ちだ。子供は護るべき存在だ。それをあろうことか、私たちが殺すなんてあり得ない。だが、オイゲンはこんなつまらない冗談を言う人ではない。

 

「実は、サラトガたちが外へ行っている間に、屍病のパンデミックが更に広がってる。隔離病棟に隔離しているけど、動揺はとても抑えきれてない。その不安は、どんどん敵に向かってる。根拠なんてないのに、アフリカの兵士たちが持ち込んだ病気だと信じる流れができつつある」

 

 兵士達は、確かに落ち着きがない。いや、感染が確認されていない艦娘にさえ動揺が広まっている。このままでは、下手をすれば暴動に繋がりそうだ。更に言えば、この部隊が『連合艦隊』なのも、悪い方向へ向かっている。異なる国家、民族同士で混じっているせいで、元々ある溝が、深まってしまっている。感染症を広めている敵からしたら、まさに狙い通りだった。

 

 そんな状況下で少年兵がいると知られれば、どうなるかは考えるまでもない。まさかそんなことにはならないだろうと、信じる気持ちもあった。幾ら憎くても、子供まで殺すわけがない。だが、報復心を制御し切れず、乗っ取られていたのは、他ならぬサラトガだ。

 

 過去からの復讐に呑まれ、護らなければならない未来を潰してしまう。深海凄艦と何も変わらない。後から気づいてももう遅い。せめて、言葉でも交わせれば違うのかもしれないが、あの子の言語を話せるのはスネークしかいなかった。現地の言語が分かる人員の多くは、最初の奇襲で死んでしまっている。

 

「屍病の正体が分かれば、少しは落ち着くのでしょうけど」

 

「死体は回収したし、データはスネークのところにも送ってる。ちゃんと提督の許可もあるよ、今はとにかく、パンデミックにある程度収集をつけるのが優先だからだって」

 

「皆、早く普段通りになって欲しいな」

 

 酒匂の言う通りだ、誰もが険しい顔をしている連合艦隊など、長く見たくはない。最初同じ船に乗っていた時は、もっと期待や、良い緊張感があった。病気が解明されたとして、完全に元通りにはならないだろうが、それでも今よりはきっと良くなる。

 

 

 *

 

 

 簡単なテーブルの上に、人数分のコーヒーが置かれている。減りつつある物資、貴重な燃料で沸かしたコーヒーは、やや温めだ。えぐみに顔を顰めて、サラトガは一気にそれを飲み干す。オイゲンと酒匂は呑まなかった。

 

「あの子から、情報を聞き終えた。そしてさっき、長門と裏付けの照会もした。敵部隊の正体がやっと分かった」

 

 そこまで言って、スネークは言いよどむ。長門に肩に手を置くが、それを振り払う。息を吐き、彼女の言葉で話し出した。

 

「前提から間違っていた、我々連合艦隊が交戦していた相手は、多数の国家でできた軍隊ではない。単なる傭兵部隊だ」

 

 地図の上に、カマキリのマークが書かれたエンブレムを投げ出す。深海凄艦には通常兵器は効かないが。全て全く効果がない訳では無い。スネークのように、徹底して近接格闘を行えば、人間でも倒せないことはない。

 

 艦娘を持たないアフリカで産まれた、深海凄艦への対抗手段。

 それを纏め、一つの組織としたもの。

 それがこの、プレイング・マンティス社だった。この組織のお蔭で、アフリカは完全に滅ばなかったのだ。

 

「だが、ただの傭兵部隊ではない。こいつらは同時に、報酬として『子供』を受け取っているらしい。オイゲンが見たトラックも、きっとそうだ。理由はまだ分かっていないが、きっと少年兵に仕立て上げているのだろう」

 

「なんで、そんなことを」

 

「子供は兵士として優秀だ、適切な訓練を施せば恐怖も躊躇もない。相手は未知の化け物だが、子供にはそんな先入観もない」

 

 スネークは捲し立てて、乱雑に空のカップ叩き付けた。言っている本人も、かなり怒り狂っているのだ。

 

「イクチオスを売りさばいた中心的存在もこいつらだ、実質あれは深海凄艦に対して有効だからな、それはもう売れたそうだ」

 

「そして、アメリカや日本、ヨーロッパに攻撃をしたのですね」

 

「いや違う、国家は攻撃をしていない。既にそこから、間違っていたんだ。確かに、今攻撃をしているのは色々な国家だ。だが、一番最初にイクチオスによるテロをしたのは、プレイング・マンティス社そのものだったんだ」

 

 調べたのは、イクチオスの購入履歴だった。情報のやり取りと物資の輸送タイミング。それらを統計することで、どの国がいつイクチオスを買ったのか推測できた。しかし、どんな兵器でも慣れるのには時間が掛かる。最初のテロの時、イクチオスを完璧に運用できる国は存在しなかった。売った当人を除いては。

 

「最初の何回か攻撃をしたら、後は流れだ。

 元々、先進国に対する恨みは大きかった。それでも、ある意味保護はしていたが、深海凄艦が現れた途端、我先にと撤退した、独立を返すと言葉を濁してな。抵抗手段もない、資源も奪われて残ってない。蹂躙されるのは当然の帰結。残された連中は、見捨てられたと思うだろう。いや、間違いなく思っている。あの少年は、大人からそういう教育を受けていたらしい」

 

「でも、どうして、マンティス社が攻撃したから、他の国も賛同したの? だってテロでしょ?」

 

「ああ、テロだ。攻撃したのはテロリストで、国家ではなかったそうだ。だが、それだけで十分だ。テロリストに攻撃された。その事実だけで、国家が侵攻されることはある」

 

 9.11──同時多発テロから始まったアフガニスタン紛争、イラク戦争。それを知るのはスネークだけだった。だからサラトガには信じられなかったが、知る人物が語る言葉故に、異様な説得力を持っていた。

 

「ましてや、深海凄艦のせいで、アフリカの現状はほとんど入ってこなかった。この攻撃がテロリストなのか、国がやった正式な攻撃なのか、その違いすら曖昧だ。そうなれば、先進国から攻撃を恐れ、更に強行的な姿勢に、いっそテロリストの支援に乗り出しても、おかしくない。何よりも最悪なことに、民衆は確かに、先進国を恨んでいた」

 

「どうして、私達は何もしてないのに」

 

「確かに、お前は(サラトガ)はしてないだろう。だが、問題は祖先だ。WW2よりも前の時代、植民地時代から火種は撒かれている。土地を奪い、資源を奪った。そして文化、平和、意志を奪った。それらを伝える為の、言葉すら奪った」

 

「言語統制か」

 

 長門が、苦々しい顔で吐き捨てた。

 

「一部からは支援もあった。テロリスト駆逐の為に、国ごと侵略される理由は、確かに存在してしまっている。それを陽動したのはヴァイパーやマンティス社であっても、結果はこの通りだ。現実として、連合艦隊は来てしまった。そうだ、我々が派遣されることが、既に計画の一部だったのかもしれない」

 

 そして狙い通り、調査の名目でやって来た連合艦隊に対抗すべく、マンティス社は傭兵部隊を出してきた。イクチオスの無償提供と引き換えに、それまで買っていなかったテロリストや少数部族の集団などを統合したのである。そのバックには、先進国を恨む人々の支援があった。

 

「ねえ、どうしてどの国も、艦娘を派遣しなかったの?」

 

 最初から、艦娘を派遣していれば。それまでの冷戦構造のように、裏から支援を続けていれば、また違った未来があったのかもしれない。だが、現実として不可能なことだった。

 

「酒匂、それはだな、当時そんな余裕はなかったからだ」

 

 アメリカも同じだ。艦娘出現の聡明期はまだ建造も運用も安定していなかった。国土防衛さえギリギリの状況下で、艦娘を関係ない他国へ送るなど、『国民』も認めなかった。自国の国民を守るために、他の国を見捨てるしかなかった。止むを得ない面もある。もっとも見捨てられた人々には関係ないが。

 

 故に、この戦いを根本から解決することは、もはや不可能なのだ。

 そもそもの根源を辿れば、冷戦──いや、WW2以前の植民地時代の頃から、それが正しいことだと、土地を開発し、主要言語を押し付けた頃から、報復の火種は灯っていたのだ。そう、やってきたツケが、帰ってきただけだ。

 

 

 *

 

 

 敵の正体は分かった、根本的な解決にはならないが、しかし、この情報はある程度加工されて、連合艦隊に発表された。今まで正体の分からなかった敵の正体が分かったことで、空気は多少良くなった。それでも、予断は許されない。パンデミックも収まっていない。

 

 一方で、発表された情報はそれだけだった。理由は簡単、エラー娘の猫が、信用ならなかったからである。鵜呑みにするには無茶が過ぎる。

 一応、姫のテリトリーと似通った特性があるのは事実なので、全くの嘘ではない。ある程度の、目安ぐらいにはなる。長門と提督はそう結論づけ、公表を控えたのだ。そして、発表しない情報がもう一つ、少年兵のことだった。

 

 未だに報復心は渦巻いている、パンデミックが収まるまでは、この子の存在は明らかにしてはいけない。だが、匿い続けるのも困難だ。だから、私がモセスで預かり、然るべき機関に引き渡す。スネークはそう主張した。

 

「いや、それには及ばない」

 

 長門はそう断り、ここで匿い続けると言ったのだ。しかし、スネークは猛烈に反対した。あり得ないとさえ思った。それが、どれだけ危険な行為なのか分かっているのか。それでも、長門は一歩も引かなかった。

 

「あの子が感染していない保証がどこにある、万一移送して、モセスを経由し、世界中に広まったら、それこそこの世の終わりだ。ならせめて、此処の隔離病棟に入れ、治療法が分かるまで出さない方がいい」

 

「だが、殺されたら元も子もない。お前は、他の兵士にあの子の存在がばれた時、どう言うつもりだ」

 

「どうもこうもないさ、私が私の判断で保護したと言うだけ。恥じるようなことは何一つしていないのだから」

 

「それで、兵士が納得するとは思えない」

 

「感染拡大を防ぐために、無駄な移動をさせないのは理由の一つだ。だが、忘れたのか、お前はどうやっても、テロリストなんだぞ。そのお前に匿われるということは、短くない間、世界の目線に晒されることになる」

 

 言い返せなかった、移送して、引き渡す間、必ずどこかで仲間以外の誰かに見られる。その目線は決して、良いものではない。

 

「あの子が見てきたのは報復に走る大人の背中だ、渡されたのは報復のための銃だけだ。その上で、蔑むような目線を浴びるなんてあってはらない。そんなことがあれば、あの子は、あの子たちは大人を蔑み、自らの手で王国を造ってしまう。いつか終わると決まっている蠅の王国だ。だから、見せなくてはいけない。憧れるような背中を。だから、あの子をここにいさせてほしい。今は、報復に狂っているかもしれないが……私たちは、そこまで愚かではないことを、見せてあげたい」

 

 スネークが言い返せることなど、一つもなかった。どうやってもテロリストで、その負い目も少なからずある。一時の安全があったとしても、その後を考えずに、漠然と護るだけでは、アフリカを見捨てた国々と同じだ。

 

「危険と感じたら、勝手に攫うからな」

 

 そう吐き捨てて、スネークは立ち去る。長門は頭を下げていた。これでは、負け惜しみじゃないか。思わず自分に失笑するが、それでも、悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 なら、私は、私にしか関われない人に会いに行こう。

 スネークは隔離病棟の中にある、また別の扉を叩く。どうぞと言われ、中に入る。白いシーツが引かれた清潔なベッドの上に、病人服を着た艦娘が寝ている。隣にいたのは、神通だった。

 

「どうだ、彼女は」

 

「間違いありません、彼女は、この人は、私の姉さん、川内です」

 

 震える声で、神通は断言した。妹が言うなら間違いない。サイボーグ忍者の正体は川内だ。それも、私や神通が単冠湾で出会った川内だ。登録タグは偽装されていたが、妹の目は誤魔化せなかった。

 

 いったいそれが、どうして、こんな姿で、あんなことになってまで、アフリカにいるのかは皆目見当もつかない。愛国者達と何らかの関わりはありそうだが、聞き取ろうにも、川内は昏睡状態のままだった。

 

 健康状態の問題はない。だが、テロメアに問題があった。人としてではなく、艦娘としての耐久限界が、殆ど残されていなかったのだ。もって後、数か月未満だと医者は判断していた。

 

 疑問があるのはそこだ、この川内が建造されたのは神通の少し前。運用されてから一年少ししか経っていない。艦娘の耐久限界は──使用頻度や摩耗具合にもよるが──最低でも10年はある。

 

「訳が分からない、私を狙った理由も、エラー娘の猫を持っていた理由も全部、そもそもどうしてアフリカにいる」

 

「私に言われましても、猫なら何か、知っているのでは?」

 

「その猫がだんまりを決め込んでいるんだ、尋問のために拘束しようとしたが駄目だった。縄で縛れば抜けて、密室はそのまま壁をすり抜けた。幽霊なのかあいつ」

 

「まあ、妖精も幽霊みたいなものですし」

 

 結果、これ以上状態が悪化しないように、監禁するのが限界だった。神通は心配そうに姉の様子を見ている。スネークも同じだ、単冠湾では、神通や川内に世話になった。それに、相変わらずスネークは、神通に対して少なくない負い目を背負っている。その彼女が心配する相手が、下手したら愛国者達に関わっている。ますます、負い目は強まる一方だ。

 

「スネーク、いるか!?」

 

 怒声を出しながら、突然長門が現れた。息を荒げながら顔を蒼くして、握りしめた拳が震えていた。ただならぬ空気を纏う長門に連れていかれると、他のクロスロードのメンバーも揃っていた、皆同じ顔をしている。

 

「あの少年兵の証言、そしてマンティス社の背後にある支援国家。それを繋ぐ輸送ルートの解析を行い、ヴァイパーや海月姫の居場所を探った。複雑に絡んでいるが、点と点の結び目は必ずあると、イクチオスを売っているマンティス社が、ヴァイパーと絡んでいない訳がない、だが、その中に、とんでもない物資があった。あの男は、何をしようとしている!」

 

「どうした長門、何があったと──」

 

 積荷の中身を知った時、スネークの脳裏にある光景が蘇る。夢の中で見た炎に焼かれるヒロシマを、聞こえて来る悲鳴を。駆け巡る絶叫は紛れもなく幻肢痛だった。

 

「新型核弾頭が運び込まれている」

 

 長門たちは、どれだけの悪夢を見ているのだろうか。スネークには想像もできなかった。同じ過去を語れない彼女には。

 

 

 *

 

 

 そんな訳ないだろう、北方棲姫は怒鳴った。

 モセスの新型核が盗まれたのではないかと聞いたが、起こす筈がないと彼女は軽く怒っている。現にそういった痕跡はなかった。

 

 仕方のない事だ、北方棲姫は元々新型核を誰にも渡さない為に活動してきた。それを疑われれば腹も立つ。そうなると、どうやって新型核をヴァイパーたちは作ったのか。一応CIAの情報をG.Wに漁らせたが、合衆国が作ったのはモセスの核で全てだった。

 

 ガングートはこれに対し、ソ連が怪しいと主張していた。

 これに限ってはフョードロフに聞いておらず、独自の調査によるものだが、KGB内部でも艦娘に有効な新型核の研究計画は上がっていた。名目上研究は行われなかったが、実際は作られていて、成功しているのではないか。

 

 憶測が多めだが、合衆国でもモセスからの盗難でもないとなると、可能性はそれしか残らない。『愛国者達』はあくまで合衆国を本拠地としているので、彼らが暗躍した可能性も低い。

 

 愛国者達が設計図をソ連に流した可能性もあるが、それはそれで狙いが分からい。世界を混乱させる理由を調べるためには、核の製造現場を抑える必要があった。このままでは管理されない核が世界中に溢れ返ることになる。

 

 同時に、イクチオスの開発場所も調べる必要がある。

 マンティス社はあくまで販売をしているだけ、製造は別の場所でされている。ソ連――フョードロフから依頼された、製造場所の特定も急務だ。もし、どこかの国家が製造場所を抑えたら、その瞬間世界の構図は崩壊する。

 

 メタルギア・イクチオスに核──もといエノラ・ゲイを搭載できることは証明されている。核を運用するための道具は既に、あらゆる国家、民族、テロリストの手に渡っている。核と核を突き付け合い、報復によって支配される世界が誕生する。冷戦よりも恐ろしい核抑止による平和が訪れるだろう。

 

 しかし、それは薄氷を踏むよりも脆い。阻止しなくてはならないことだ。至急ソ連に誰かを送り込まなければならない。ガングート自身はモセスでの指揮が必要だし、そもそも追放された身なので警戒されている。スネークは勿論無理だ。

 

「青葉に行ってもらおう」

 

 ガングートの声を聞いて、スネークは唸っていた。

 客観的に見て、今の青葉の能力ならば十分任務は遂行できる。モセスが一つの組織として(スネークにそんな気はないが)出来上がっていくにつれ、スニーキングできるのがスネークだけなのは問題だった。せめてもう一人は必要だった、その控えとして志願してきたのが青葉だった。

 

 全く未経験の状態でスネークのバディをしたこともある、元々の才能もあったのだろう。スニーキングはガングートから見ても、十分な能力を身に付けていた。それはスネークも知っているが、唸っている。

 

〈できるのか〉

 

「それはお前が一番分かるんじゃないのか」

 

 とどのつまり不安なのだろう、他の誰かにスニーキングを任せていいのか信じ切れていないのだ。

 

「信じられませんか、青葉のこと」

 

 無線越しに青葉が詰め寄り、圧をかける。スネークは黙り込んで悩む、青葉も黙って答えを待とうとしているが、生憎時間はない。

 

「スネーク、お前は英雄を望まないんだろ。なら青葉に任せるべきだ。英雄だけができたことを、他の誰かができるようになる。誰もが『スネーク』になれると証明することで、英雄の名前はお前の手から始めて離れていく」

 

 また、沈黙の時間が流れた。しかしスネークは唸っていない。他のことを考えているようだ、きっと、青葉にかける言葉だろう。私の言うべきことは言ったのだ、ガングートは青葉の肩を叩き、指令室を後にした。

 




『言語統制(スネーク×サラトガ)』

「言葉を奪ってきた我々アメリカが、そのツケを払わされている。自業自得と言えばそれまでだが……」
「……あの、本当に怒られることを言っていいかしら」
「言わんでも分かる、言葉を奪われるのが、そんなに辛いのか――だろう?」
「ええ、だって、複数言語を話せる人は幾らでもいるわ。スネークだってそうでしょう。言葉を奪われても、後から学び直せば良いじゃない」
「それはお前が、我々が言葉を奪われる痛みを知らないからだ。覇権言語に寄生されているからだ。
 ルーマニアのシオランという思想家は言った。人は国に住むのではない。国語に住むのだ。『国語』こそが、我々の『祖国だ』――。
 言葉は、ただの文法ではない。歴史が積み上げた価値観の全てがある。英語で言う美しいと、ここの言葉の美しい。言葉は同じだが、浮かべる景色は違う。ヨーロッパの緑豊かな美しさと、アフリカの美しい自然はまるで違う。同じ事柄でも、違う言葉を使えば、人の中身は変わる。そして一度変えられれば、そう簡単には戻らない。何度も何度も変われば……もはやは、価値の持てない、顔のない存在(スカルフェイス)になる」
「スカルフェイス……母語のない、価値を持てない屍、ですか」
「言葉は身に付く、だが『母語』は変えられない。我々の母語は『英語』だ。だから私にも、ここの連中の痛みは、本当には理解できない。むしろ、もっとも便利な英語を教えることが、正義とすら思うだろう。実際便利なことは確かだからな」
「便利だから、その為に石鹸まで食べさせて、言葉を直させたと言うのですか?」
「それだけではない、言ったろう、言葉が変われば価値も変わると。全ての人が同じ言葉を使っていれば、その分意志共有も容易くなる。人を統一させやすくなる。言葉を統一する理由はいつもそうだ、バベルの塔が崩れた時から、ずっと」

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