【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File53 寄生者

 彼が忙しそうにしているのを、私は眺めていた。前までは頻繁に声をかけてくれたのだけど、そんな暇はないようだ。分かっているけど寂しい気持ちになる、紛らわすために私は作業へ没頭する。

 

 運ばれてきた艦娘や深海凄艦を千切って、使えそうな部分を選別する。部品が揃ったら繋ぎ合わせて、最後に調整すれば、戦艦レ級ができあがる。彼はこの兵器をスペクターと言っていた。名付けたのは、彼の仲間だったあの人だけど。

 

 あの人は、誰だったのか。

 私にとっても大切な人、死んだ私を直してくれた人なのに思い出せない。思い出そうとしても、脳髄を貫く幻肢痛に襲われる。覚えていない、憎しみさえも分からない。目の前の死体も、人型の物体にしか思えない。

 きっと、もう壊れている。私も、彼も。

 誰のせいなのかも、思い出せなかった。

 

 

 

 

 ── File53 寄生者 ──

 

 

 

 

 北条提督の研究室から、ガングートに向けて個別の無線が入る。なるべく騒がないでほしいとも言われた。何のことなのか、首を傾げて部屋に入ると、明石や北方棲姫も揃っていた。全員妙な顔をしている。

 

 北条が資料を渡す、それは屍棲虫のDNA情報と、屍病の屍体の資料だった。それによれば、屍棲虫は感染者の死体の中にもいたのだ、使用後の鉄屑同様、非活性状態になっていた為発見が遅れたのだ。

 

「こいつらが奇病の原因なのか」

 

「そうだ、恐らくだが、感染源はメタルギア・イクチオスだ。あの猫が言うに、液化は内部の鉄屑を触媒にしてるんだろ? その時同時に、鉄屑の中に巣食っていた屍棲虫が、テリトリー全域に広がったんだ。もしくは、液化の前に、密かにばら撒いているっつう可能性もある。鉄屑と同じ、触媒の為によ」

 

「屍棲虫が触媒?」

 

「こいつを見りゃ、分かる」

 

 人の脳の断面を図式にしたものには、何人もの死体の脳が写っている。ところどころに赤い点がある。海馬や大脳皮質、扁桃体に点が集中している。屍棲虫が集中している箇所ほど、より濃く塗られていた。

 

 ガングートは、嫌な汗を流す。この画像だけでも、屍棲虫が、脳に寄生する寄生虫だと分かってしまった。人間の脳への寄生虫は存在している。広東住血線虫やサナダムシといった事例は確認されている。

 

 しかし、嫌な汗の理由はそこではない。寄生している部位が問題なのだ。画像を見た限り、大きな損耗は確認できない。脳を直接齧っているのではない。寄生しているからには、偶然での寄生でない限り、何かを食べている。

 

 大脳皮質、海馬、扁桃体。

 何れも、『記憶』を司る部位だ。海馬や扁桃体は、情動記憶と言う、感情的なもの──食欲や、睡眠欲といったものを記憶している。だが、欠損こそないが、どれも極端に委縮しているのが分かった。

 

「専門家ではないので細かいことは言えませんけど、これはアルツハイマー型認知症の患者の脳に酷似しています。だからこそ、一つの仮説が浮かぶんです」

 

「記憶、か。屍棲虫の食い物は、記憶その物か」

 

 明石が言うまでもなく、ガングートにも推測できた。記憶の覚えるのが海馬などの仕事が、それが何もかも喰われて、根本から忘れてしまったら、やることはなくなり、萎縮していってしまう。

 

 それなら、屍病の説明もできる。

 どれも食料を食べなかったり、水を飲まなかったりと、異常な死に方だった。情動記憶を喰われ、飢餓感や水を飲みたいと言った欲求がなくなってしまったのだ。生きることに必要な記憶が、奪われたのだ。

 

「委縮している部位から考えますと、情動記憶以外の、通常の記憶も喰っているかもしれません。それなら、鉄屑、轟沈した艦娘の艤装内にいてもおかしくないとは思います。まあ、艤装に残留思念があればの話ですが」

 

「いや、違いない。イクチオスに搭載されている理由も分かる。液化、つまり姫のテリトリー展開には、まず制海権が必要だ。それともう一つ、莫大な怨念。私たちの力、存在の源が要る。艦娘と深海凄艦が表裏一体なのはD事案が証明している。とにかく記憶を喰らい、力を集めることで、地上を液化させるという無茶を、成り立たせている」

 

 北方棲姫の見解に、ガングートは同感した。

 正念と怨念。それらは北条や明石には難しい。深海凄艦にしか理解し辛い概念だ。元々の記憶──願いが正しいものであっても、時にそれは呪いに変わる。逆も有り得る。かつての価値観が、時代によって変わるように、怨念の定義も変わるのだ。

 

「だが、正直言って、それはどうでもいい」

 

 北条は何を言っている。彼は何やら、怪しげな小箱を取り出した。

 

「屍棲虫は、光に弱い。だが、なぜ弱いのか。研究に少し行き詰ってよ、元々調べる予定だったから、浴びせて続けてみた」

 

 実験映像が映し出させる。

 逃げ場をなくした虫たちは、繭を作り光を遮る。それを突破できるレベルの光を浴びせた。より現実に近づける為に紫外線を付与させ、太陽光に近づけていた。

 

 だが、それは起きた。

 屍棲虫が、更に大きな繭を生成し始めたのだ。紫外線を防ぐことができる内部に、残った虫が集まっていく。それが更に繭を造る。

 

 十分な量が詰まった時、繭が変形し出す。

 糸の塊に手足が生え、繭で服が縫われていく。更に髪の毛まで生え、遂に極小サイズの人間が生まれた。

 

 それは、どう見ても。

 北条が、小箱を開けた。

 

 

 

 

「屍棲虫から、妖精が生まれやがった」

 

 

 

 

 小箱の中には、一体の妖精がいた。

 北条はこの妖精と会話をしてみたが、なぜ虫が妖精になるのか、どうして記憶を食べるのかは本人も分かっていなかった。『妖精』になって初めて自意識が生まれたと主張した。

 

「そして、この虫のDNA情報を持っている生き物がいた。深海凄艦だ、艦娘にはねえ、だが、深海凄艦には妖精がいねえ」

 

「私たちはこう考えた、艦娘と深海凄艦の違いとは……屍棲虫のDNAが、()にあるか()にあるか、それだけなんじゃないかって」

 

 屍病の原因であり、イクチオスの液化の原因であり、艦娘であり、深海凄艦であり──その全てに、この屍棲虫がいる。世紀の発見だ、だがそれは、開けてはならないパンドラの箱だったのかもしれない。

 

 

 *

 

 

 モセスで保管されている筈の新型核が、アフリカに持ち込まれている。それはアフリカ中に配備されているイクチオスに搭載される。液化と屍病という戦略兵器を積んで、更に核まで乗せる意味が分からない。

 

 しかし、碌な結果にはならない。最悪、あの呉襲撃事件と同じ出来事が世界中で発生する。いや、攻撃に用いなくても良い。持っているだけで核抑止は成り立つ。例え相手が無限であっても。

 

 屍病について、発見があったとは小耳に挟んでいたが、スネークは話してくれなかった、まだ未確定の情報だからだ。だけど近々解決策が見つかるらしい。長門もその報告を聞き、ある判断を下した。マンティス社への一斉攻撃である。

 

 私たちの無力化できたイクチオスはそう多くはない。けど、効果は大きかった。本来『液化』に伴って補充される戦力を減少させたのだ。結果、傭兵部隊の規模は減少し、本社へ攻撃できる余力が生まれた。

 

 しかし、敵を壊滅する為のものではない。壊滅させたところで、報復心が消える訳ではない。植民地時代からの憎しみは、そう簡単に消えはしない。下手をすれば、更なる報復にでる危険すらある。

 

 あくまで敵の戦力を削ぎ、これ以上のテロ行為を抑止すること。そして一斉攻撃の裏で敵本拠地に侵入し、核弾頭の運搬を阻止すること。

 そして、まだ監禁されているであろう子供たちを救出すること。

 はっきり言って、どの程度の抑止効果があるか分からない。ほとんど核阻止のための方便みたいなものだった。

 

 しかし、兵士たちの反応はそこまで悪くはなかった。

 正直疲れていたのだろう、恨みは消えないというが、ずっとピークを維持できる訳ではないのだ。そこに投下された、子供の救助という任務は、むしろ部隊のやる気に火を灯したように見える。サラトガは、そのことに安堵していた。子供を殺すなんて、やってはならない行為に、彼らが手を染めなかったからだ。

 

 核弾頭が運び出されている本拠地の特定も、既に済んでいた。

 心臓の形をしているアフリカの中心部にある小さな国家、そこの名前は『ジンドラ』と言う。元々は他の国と同じように、先進国からの搾取を受けていた国だったが、深海凄艦襲撃からの経緯は分かっていない。

 

 現地住人に諜報をしてみても、不自然な程情報が得られなかった。ついでに今回の作戦に関しても、イクチオスを運用していないと判断されたため、警戒されていなかったのだ。だが実際は、マンティス社の本社がある国でもあった。

 

 偵察によれば、現地には人間の兵士が巡回している程度。核弾頭を運び込む大規模施設は見当たらないらしい。ジンドラには殆どジャングルしかなかった。しかし、核がここからやって来ているのは間違いない。

 

 そして間違いなく、ヴァイパー、深海海月姫も此処にいる。

 サラトガは確信していた。ただ彼女は少しばかし海月姫に複雑な思いを抱いていた。

 侵入するチームは地上ルートと空中ルートの二つに分かれている、サラトガと長門は空から、スネーク、酒匂、オイゲンが地上だ。

 

「大丈夫なのか、海月姫に会うことになるが、また呑まれたりしないだろうな」

 

「平気よ、その為にスネークさんと別行動を取っていますから」

 

 ヘリの外の景色を長門は眺め出す、お世辞にも綺麗な光景とは思えない。岩場ばかりだし、砂煙は散っている。『美しい』とは青い海や木漏れ日の指す森のような光景だ。だが、それはサラトガにとっての言葉だ。ここで暮らしてきた人にとっての『美しい』は、同じ言葉でも違う意味を持つ。

 

 サラトガは長門が見ているのが景色ではなく、上空で輝く太陽だと気づいた。

 普通の人ならどうとは思わないが、サラトガたちにとっては共通の意味を持つ。複雑な表情を浮かべる長門も、同じことを感じている。

 

「あの時感じたことを、覚えているか?」

 

 太陽の光は、私たちには眩し過ぎた。

 

「良いものじゃなかった、今まで連合艦隊旗艦として生きてきて、最後が敵国の新兵器の的だと言うのは。だが、仕方ないとも思っていた。負けは負けだからな、むしろ、素直に沈められた分良かったのかもしれない」

 

「サラは、嫌です。勝ったのに、あんな最後を迎えるなんて想像もしていませんでした。標的艦としの最後はありふれたものだけど、あの熱さと痛みは思い出したくありません。標的になったアメリカ艦はサラだけではないですから、自分勝手なことも言えませんが」

 

「望んだ最後ではないのは、確かだな」

 

 それでも、私たちの犠牲で核は大艦巨砲主義に代わる新しい抑止力になった。仮初だって平和は平和だ。まともな実戦さえなかった酒匂なんて、どんな気持ちなのか想像もつかない。

 

 しかし、口に出さないが、ヴァイパーが核を持つことは、こう思っていた。

 許さない、と。

 あの核を、ただ世界の破滅のためだけに使うことは決して許せない。あの光の恐怖を知る艦娘はそう多くない。ヒロシマ・ナガサキの光を視たか、直接浴びたかのどちらかだ。

 

 あの光の記憶は、サラトガたちでもそれぞれ違う。長門やサラトガは覚えているが、オイゲンは曖昧、酒匂に至っては完全に忘れている。だが、全員恐怖心だけは持っていた。それを再び繰り返さんとするヴァイパーを知り、恐怖心は半ば怒りへ変異しつつある。

 

「海月姫は、どう思っているんだろうな」

 

「普通の海月姫でしたら、きっと嫌な顔をするでしょうけど」

 

 連合艦隊を組み、始めて出会った私たちが言葉を交わせるのは同じ過去を持つからだ。共通の過去/言葉がなければ、そう簡単にはいかなかったかもしれない。しかし深海海月姫には、持っていた筈の過去/言葉がない。元々なかったのか、奪われてしまったのか。

 

「もはや、自分が誰なのかさえ分かっていないのか」

 

 本当なら怒り狂うだろう。

 でも、そう思う為の過去はない。覚えていたとしても、意味を見出す為の言葉もない。それではもう、死んでいるも同然ではないか。

 それは、生きていると言えるのか。

 

 

 *

 

 

 ジンドラには広大なジャングルが広がっている、スネークたちはそこを黙々と歩き続けていた。しかも、道の真ん中を堂々と、潜むことなく進んでいた。事前の情報では警備のPFがいると聞いていたが、全く姿が見当たらなかったのだ。

 

「誰もいないね」

 

 話すなと言いたかったが、誰もいない手前、注意するのもはばかられる。どこかに潜んでいる気配も感じられない。事前情報であったPFはどこへ行ったというのか、不気味過ぎる現状に、スネークの警戒心は高まっていた。

 

 だが、ある一線を越えた途端、警戒は不十分だと知った。

 一瞬だった、ほんの一瞬で、ジャングルがビーチに変わってしまったのだ。しかも、複雑に根を張る木々はそのまま。航行し辛く、視界も悪い。最初から持ち込んでいないが、これでメイン艤装の武装も一切使えない。

 

 そこへ、木々の影で何かが動いた。スネークがブレードに手をかけた時には、既にオイゲンが勢いよく主砲を発射していた。

 

「Feuer!」

 

 更に連射する、連射しなければ沈められない。現れたのはスペクターだったのだ。コアを破壊すれば死ぬが、動きを止めなければ、先に主砲を撃たれていた。だが、今ので動きは止まった。猫のお蔭で、見えなかったスペクターも見える。速やかに背後に回り込み、コアを一突きする。

 

 だが、煙幕の中で、スペクターと鉢合わせてしまった。体には傷一つない。幾ら戦艦だからといって、至近距離からの砲撃を喰らって無傷なのは異常だ。幸い、瞬時に反応できたため、そのスペクターは撃破できた。

 

 煙幕から抜け出ると、酒匂とオイゲンが複数のスペクターと交戦していた。いや、複数どころではない。何十体もいる。基本生身の自分が行っても、勝ち目はない。取り敢えず隠れるために、木々の影に潜む。

 

 外部から見て、スペクターのスペックは上がっている。何らかの改造をしたのか。数も多い。ヴァイパーが近いのは間違いなさそうだ。辿り着く前に、二人が沈められなければ。この数、どうやって排除する。

 

 考え出した時、唐突にスペクターが停止した。レ級は列を作り、中央に向けて膝をつく。一本の道を、二つの人影が歩いていた。

 

「ようこそ、ジンドラへ」

 

 赤い海の上に、ヴァイパーが立っていた。深海海月姫も傍らにいる。イクチオスを介してではなく、直接展開されている、その隙間の一瞬に、迷い込まされたのだ。

 

「今まで隠れていた癖に、お出迎えとはどういう心変わりだ」

 

「お前たちに追い詰められてきたからだ、特にスネーク、お前が抱えている北条という提督、奴は想像以上に優秀らしいな、そうだろう?」

 

 屍棲虫の正体について言っているのか、だが、一度は軟禁した北条を殺さなかったのはヴァイパーのミスだ。自業自得だ。しかし、スネークは気づく。呉鎮守府地下に軟禁して、研究を続けさせていた理由はなんだ。意味が分からない、自分の首を絞める行為の目的はなんなのか。

 

「単冠湾の提督だったあいつを見つけられたのは、ある意味幸運だった。なにせ、アウルと同じレベルの科学者を見つけることができたんだからな。殺すには惜しかった、可能なら仲間に引き入れたかった」

 

「そんなこと、できると思うのか」

 

「できるさ、伊58でも明石でも殺せば、どうとでもなる。まあ、敵の手に落ちたのなら、仕方がないが」

 

 結局は、生かしておいたことが招いた結果だ。なのにヴァイパーはまるで後悔もせず、楽しそうに笑っている。不気味だった、そして苛立った。伊58を利用しようとするヴァイパーの態度が気に入らない。

 

「だが、これ以上進まれると困るのも確かだ。だから俺たちが、直接打って出たという訳だ。確実に殺すために。良いスペクターも建造できたことだしな、性能も見て見たかった。流石に良い動きをする、やはり素材が良いんだろう」

 

「何訳の分かんないこと言ってんのさ、そんなことよりも、攫った少年兵はどこに捕えているの!」

 

「少年兵?」

 

 惚けた様子で、ヴァイパーは頬を掻く。挑発だろう。新型核と同じく、売られた子供たちがジンドラに輸送されていることは調べている。いない筈がない。応えなければ、無理やりにでも答えさえる。スネークが銃を構え、オイゲンたちも続いた。

 

「プリンツ・オイゲンだったか、お前の目は節穴か?」

 

「どういう意味」

 

「いるじゃないか、さっきから、少年兵は、()()()に」

 

 スネークたちの目の前にいるのは、スペクターだけだった。艦娘と深海凄艦と、()()を使ったフランケンシュタインだけだ。

 

「人間の素材は、スペクターのつなぎだ。だからこそ、より色々なものを受け止められる柔軟性の高い素材が適している。特に脳味噌は、スペクターの制御系として優れている。良い素材だったよ、あいつらも喜んでいるさ、これでもう死ぬことはない」

 

 だが、真っ先に激号したのは他ならぬスネークであった。

 思考はしていなかった。全て怒りで染まり切っていた。ヴァイパーを殺す。他は全てどうでも良かった。しかし、それは獣の突撃と変わらない。

 

「言っただろ、確実に殺すと」

 

 ヴァイパーが唐突に、指を鳴らす。瞬間、世界が崩壊した。

 

 脳の芯に、激痛を捻じ込まれた。

 体が爆発しそうな痛みを耐えようと、食い縛った歯にも痛みが走る。全身で痛みしか感じられず、その場に崩れ落ちる。僅かに開いた視界は歪み、上も下も把握できない。突破的に湧いてくる吐き気に、何度も嘔吐を繰り返した。

 

 同じように二人も苦しんでいる。条件が分からない、単冠湾と呉の時、何故この発作が大規模に起きているのか。考えている間にヴァイパーはゆっくりと歩み寄ってくる。P90を掴み取るが、まともに照準も合わせられない。

 

 何とか確保した視界の、遥か上空にヘリがある。長門とサラトガが乗っているヘリだ。しかし制御は失われていない。雪風が壊れなかったように、発作には射程があるのだ。だが、近付くことは無理だった。

 

「不思議そうな顔をしているな、だが、勿論教えはしない。お前は訳も分からないまま死ぬことになる」

 

 ある意味で幸せかもしれないが──ヴァイパーは一瞬だけ顔を顰めて呟く。直後、手元のナイフが振り下ろされる。そんな状況下でもスネークは、この男を睨み続けていた。こんな所で、こんな奴に殺されるなど許せはしない。

 

 その時、体が誰かに引っ張られた。誰かが助けてくれたのだ、いったい誰が。スネークはまだ視界がぼやけているのだと思った。

 立っていたのは、サイボーグ忍者──川内だったのだ。

 

 

 *

 

 

 どうしてかスネークを助けた川内だったが、未だに危機は脱していなかった。足取りはおぼつかず、息は乱れ切っている。単眼のヘルメットはしておらず、病人服には血がいくつも張り付いている。口の端からも垂れている、吐血までしているのだ。

 

「時間がない、私の時間が。だから、こうする」

 

 忍者の時の狂気は欠片も感じられない、笑顔の裏に冷静さを携えた、単冠湾の川内がそこにいた。彼女は懐から一本のアンプルを取り出すと、迷いなくスネークの首元に突き刺した。瞬間、発作とは比較にならない激痛が全身を貫く。

 

「お前は、いったい」

 

「ごめんね、いきなり襲ったりして。でも、大丈夫だから。スネークは、生き延びなきゃだめなんだ」

 

 二人の言葉が壊れたレコーダーのように反響している、言っている言葉が理解できない、繰り返される言葉に頭痛がする。口を抑えながら深呼吸を繰り返すと、徐々に痛みが落ち着いていく。気づいた時、痛みどころか──発作も止まっていた。

 

 川内が刺したアンプルが何かの効果を発揮したのだ、痛みにのたうち回っていたせいで、彼女がどうなっているか把握できていない。姿勢を整え立ち上がると、足元に川内が飛んで来た。

 

「脆弱なロートル風情が」

 

 スネークは彼女をもう一度見た、胴体に巨大な大穴が空いていた。

 

 ヴァイパーの横に立つ海月姫の腕が血に染まっている。

 私が痛がっている間に貫かれていた。川内の目の光がどんどん消える。

 今すぐ修復剤をかけなければ死ぬ出血量だ。

 

 手を伸ばした時、川内を無数の艦載機が覆っていた。

 あっと言う間の出来事に、スネークは反応もできない。夜を照らす爆炎が網膜に張り付く、失くした右目が焙られる。

 彼女の服が千切れ、切れ端も燃え尽きた。

 

「馬鹿な奴だ、せっかく拾った命を無駄にするとは」

 

 馬鹿だと、ふざけるな。そう言い返そうにも呼吸が乱れている。

 

「どうした、まさか悲しいのか。なら直ぐ同じ場所に送ってやる。二度と浮上しない、本当の水底に、ついでに神通も送っておいてやるさ、あいつも、俺の部隊壊滅の原因。死ぬべき艦娘だからな」

 

 ジミーの悲鳴が聞こえた、腹を貫かれた川内が見えた。

 

 復讐という理由で、神通を殺そうとしている。

 

 少年兵を、あんな化け物に仕立て上げた。

 

 復讐のためなら、何でも許されるのか? こいつはそう信じている。

 

 なら、もウ、イイ。

 

 スネークは呟き、言葉を捨てた。

 

 右目の幻肢痛が爆発する。

 伽藍から血が噴き出し、ピキピキと罅の入る音がする。

 ソリッドアイを固定する紐が千切れ、右目から更に血が噴き出す。痛みは全身に回る、体中が燃え出す、肌が砕ける。

 

「ス、スネーク……!?」

 

 酒匂が震えた顔でこちらを見ている、だがどうでも良かった。目の前で薄ら笑いを浮かべているヴァイパーを見た途端、全部ぶっ飛んだ。幻肢痛に操られて、スネークは海面を蹴り飛ばす。

 

 直後、目と鼻の先に驚くヴァイパーの顔があった。

 スネークは迷いなく顔面に拳を叩き込む、とっさに腕でガードされるが、尋常ではない腕力に彼の両手は砕け散る。痛みに顰めた顔を見て、薄暗い歓喜が零れ落ちる。

 

「シネ」

 

 反動で自分の手も血塗れだとも分からず、高周波ブレードを振るう。腕のないヴァイパーにガードはできない。彼の頭は半分が切り落とされ、鮮血のシャワーがスネークを濡らした。落ちた脳味噌の半分を踏みつけ、ゴミのように磨り潰す。

 

 その場に崩れるヴァイパーだが、追撃を止めようとは思わなかった。肉片まで焼き尽くしたくて仕方がない、殺したい、とにかく殺したくて仕方がない。無茶苦茶な動きに体から血が出ているが、まるでどうでも良かった。

 

 水面に映っている、笑う鬼を見ながら、更にブレードを振ろうとする。だが、横から突っ込んできた海月姫に彼方まで飛ばされる。海月姫の死ぬ姿を想像した、歓喜と幻肢痛が同時に沸く、体の中から衝動が溢れ──

 

 

「驚いたな」

 

 

 しかし、その光景に動きを止めた。

 常軌を逸している、あり得ない。スネークの狂気を止める程に、信じられない悪夢が広がっていた。

 頭を半分なくしたヴァイパーが、平然としゃべっていた。

 

「だが、やはりそうだ、俺の予想は間違っていなかった……これなら良い、最高とはならなくても、最大は達せられる」

 

「オ前ハ何者ダ、人間デハナイノカ」

 

「お互い様だろう?」

 

 一言告げて、ヴァイパーと海月姫は消えた。

 ダメージが大きかったから撤退した、そう考えることにした。頭を半分無くして話す光景を、早く脳裏から引き剥がしたかった。

 

 だが引っ掛かる、ヴァイパーが言った『お互い様』という言葉。ただ艦娘だからという意味には聞こえなかった。あの笑みには嫌な共感が感じられた、もしくは哀れみか。どっちにしても良いものじゃないが。

 

 瞬間、意識が急速に薄れていく。かなり無茶をした自覚はあった。だが、川内は無事なのか。それだけが心残りだった。

 倒れる直前、ビーチの海に写っていた深海凄艦は、誰だったのだろうか。

 




「食事(スネーク×オイゲン)」

「ず、ずいぶん歩くね……」
「当然だ、何十機ものヘリを飛ばすことはできない。それにただのジャングルだ、そんなに体力は消耗しない」
「スネークと一緒にしないでよ、ねえ、ホント、せめてご飯食べても良い?」
「調理しないものなら良いが」
「じゃあ、持って来た物があるから……頂きまーす」
「ハンバーガーか……っ!?」
「どしたの?」
「待て、それは、ハンバーガーなのか? ハンバーガーは、そんな虹色に光っている食べ物だったか!?」
「なんか、近くにお店があったみたいで、そこで勝ったの。お金も使えたし」
「そういう問題じゃない、そんな色健康に言いわけないだろ。今時アメリカ人でも喰わないぞ」
「でも、全部国連で正式に認められた添加物って宣伝してたけど」
「売れているのか……?」
「売れているみたい。私は見てないけど、この辺り以外の現地調査員が、あちこちでお店を見かけているって。添加物が多いから保存も効くし、海上閉鎖の影響も受けにくいから安い。それでいて栄養素はだいたい賄えるから、すごい売れているってさ。あと、積極的にテロに加担する国には出店しないって宣言してる」
「まさか、イクチオスのテロをしている国が、ある程度抑止されている原因は、このハンバーガーなのか」
「そうみたい、で、食べる?」
「貰う、怖いもの見たさもある」
「はいどうぞ」
「…………」
「スネーク?」
「この、店名は」
「バーガーズ・ミラーだって」
「G.Wが黙る訳だ……」
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