【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

55 / 92
File54 ガルエード

 赤い海──ではない、ビーチではない、だが青い海でもない。黒く濁った海と色々な物が座礁している砂浜でスネークは目覚めた。

 ──目覚めていない、此処はどっちかと言えば、夢の中だ。

 

「お前は」

 

 そこに居たのは猫と、それをぶら下げるエラー娘本人だった。お前どこにいたんだと駆け寄るが、まるでホログラムのように、スネークはエラー娘をすり抜けた。

 ──私は幽霊みたいなものだ、実態はまた、別の場所にある。

 

「……イクチオスに大破させられた時、夢を見た気がした。そこでお前に会った気がするが、それと同じか?」

 

 ──そうだ、いずれにしても、此処に呼ぶつもりだった。今、アフリカで広がっているのは海月姫のビーチ。此処は、私たちのビーチだ。此処なら誰にも、G.Wにも、内通者にも聞かれない。

 内通者は、やはりいるのか。連合艦隊の上陸直後に奇襲を喰らったのは、スパイが理由か。それよりも今は、聞くべきことがある。

 

「お前は何だ、なぜエラー娘と別れている。どうして川内のところにいた、目的はなんだ」

 

 ──エラー娘と別れたのは、私だけが脱出に成功したからだ。脱出を手引きしたのは川内だ、彼女の目的は私の力を使い、海月姫のビーチに入ること。そして、ヴァイパーの計画を止めることだった。お前が私の力により、イロハ級を視れるようになったのと同じ力だ。

 

「脱出? 捕まっているのか?」

 

 ──そうだ、ヴァイパーによって。だがもう私はジンドラにいない。別の場所に移送されてしまった。私にもわからない。

 エラー娘を攫う価値は、十分ある。本来特定の艦しか入れないルートを無視できるのだ。戦略が変わってしまう。だから、川内も攫ったのだろう。

 

「川内は何者だ、どうしてああなってしまったんだ」

 

 ──彼女が暴走したのは、無理にビーチに入ったせいだ。私を介したとしても、とんでもない無茶だからな。それにビーチには、もう一つ特性がある。あの空間は精神に良くない影響を与える。

 

「また随分とオカルトな……」

 

 ──オカルトも科学と変わらない。それにビーチは、あの世に一番接近する瞬間だ。良い影響がある訳がない。サラトガが内側に持ってしまった、空母棲姫に変異したのもそれが原因だ。スネーク、お前も。

 

「私が?」

 

 ──海岸を見てみるがいい。

 言われるがまま海岸を覗き込む、濁った水には、一隻の深海凄艦が写っていた。だが、覗いていたのはスネークだった。深海凄艦は顔を、青ざめながら触る。そこにはソリッドアイもない。左目を突き破り、青白く脈動する巻角が生えていた。

 

 ──スネーク、お前は、唯一の例外だ。ビーチに入ることができたのも、川内のように反動がなかったのも、特別な存在だからだ。例外はお前だけ、だからG.Wは弾かれる。お前は確かに、D事案で産まれた艦娘だ。だが、元々からして、ただの深海凄艦ではない。お前は艦娘と深海凄艦。その頂点に立つ『王』として建造されたのだ。

 

「王だと、私が?」

 

 ──証拠に、ヴァイパーはお前の力を狙っている。王としての力を。

 スネークは更に問い詰めようとするが、徐々に海面が荒くなっていく。波しぶきの狭間に、赤い海に立つオイゲンたちがいる。ゆっくりと、そこに戻りつつある。

 

 ──時間切れだ、奴に、感づかれた。もう、こうして話すこともない。まだ聞きたいことはあるだろうが、それは彼女本人から聞くといい。サイボーグ忍者のことは、川内が一番知っている。だから、私からは、お前を建造した存在を伝えておこう。

 

 夢が覚め、現実と言う名の悪夢に意識が浮上していく。視界が暗転する最中、エラー娘の一言が耳に残っていた。

 

『中枢棲姫』、その名前を。

 

 

 

 

 ── File54 ガルエード ──

 

 

 

 

 意識が現実に座礁した時、スネークをオイゲンたちが覗き込んでいた。しかし、そこは現実ではない。依然ビーチの中に、スネークはいた。

 

「川内は!?」

 

「今、ヘリで治療を受けてる。体力もそうだけど、精神的な消耗がかなり激しい。そもそも、どうやってビーチに入ったんだろ。かなり無茶したのは、違いないみたいだけど」

 

 とても戦闘できる状態ではなく、また意識を失っていた。だが、一命は取り止めていた。それをやってくれたのは、まさかの神通だった。本来入れない筈だが、きっと川内との繋がりがあったからこそ、彼女も入れたのだ。そして爆撃の直前に、神通が救助していたらしい。

 

 しかし、神通にもかなりの負荷がかかってしまっていた。結果サラトガたちを乗せたヘリは二人を乗せ、緊急的にベースキャンプに戻っている。その後、再びやってくるそうだ。時間の流れが違うので、極端な遅れはないが、かなり痛い。

 

「無事なら、それで良いさ」

 

「無事って、スネーク、自分がどうなっているのか分かってんの?」

 

「当然理解している、この巻角も。だが、私は正常だ。それに、そんなことを気にしている時間的余裕はない筈だ」

 

 右足を踏み出した時、ポーチにふくらみを感じた。中を探ると、赤い液体の入った注射器が複数個ある。川内がスネークに刺したアンプルと同じ物だ。あの一瞬で人数分渡していたのだ。これはヴァイパーが振るう発作の力に対して、何らかの作用がある。

 

 しかし、こんな怪しい物をまた打ちたくはない。オイゲンたちはより嫌だろう。誰か、心当たりのある奴はいないのか。スネークは猫に頼み、外の世界、モセスへと無線を繋ぐ。ビーチと外は繋がらない筈だったが、今回は繋がった。本人が言った通り、猫は中継器としても使える。長門がつけていた盗聴器が繋がったのも、既に近くに、猫がいたからか。エラーが通信を繋ぐとは、何とも言えないが。

 

〈知ってますよそれ、ドレッドダストです〉

 

 明石もこの薬品を使っていた、その用途は精神安定剤の一種である。通常の人間とは色々違うせいで通常の物が効かない艦娘用に開発された精神安定剤だ。まだ試験運用中であり、正式な許可を持つ者しか扱えない劇薬でもある。明石は当然資格を持っている、時折襲ってくる幻肢痛と幻覚を和らげる為に使用していた。

 

 精神安定剤には大まかに抗うつ剤と向精神薬の二つがある、ドレッドダストは向精神薬としての側面が強い。強くなりすぎた感情を抑制する効果がある。

 

 明石の見立てでは、おそらくこの抑制効果が発作に働いているらしい。G.Wの記録しているスネークの精神バイタルは、発作の際必ず異常に高まっていた。感情を暴走させた結果があの発作なのだ、それをドレッドダストで抑制することで中和できたらしい。

 

 スネークは明石の指示に従いながら、ドレッドダストをオイゲンに打ち込む。凄まじい悲鳴が響く、打った直後の激痛は仕方がないようだ。だがしばらく待つと息が落ち着き、眼に光が戻っていく。これで、発作への耐性ができた。

 

 感情を暴走させた仕組みも、ある程度目処はついているらしい。屍病の死体や鉄屑内部に──そして妖精でもある『屍棲虫』は、人の記憶を捕食する特性がある。感情もまた記憶を元にする要素が大きい、それを利用している可能性が大きかった。

 

 元々推測レベルだったが、向精神薬であるドレッドダストが有効だったことで、更に確証が得られたと明石は答える。しかし、ドレッドダストは専用の治療薬ではない。何らかの副作用がある可能性もある。それはやはり、北条が開発するのを待つしかなさそうだ。

 

 副作用がないか確認するため、スネークたちはその場に留まることを余儀なくされた。近くに接近するスペクターはいない。ビーチにいることで、何か影響が出ている様子もない。

 

「じゃあ、私見回りに行ってくるね」

 

 オイゲンが艤装を背負って立ち上がる、それでも念のため警備は必要だ。安全という確証がなければ休まるものも休まらない。ところが艤装を背負った彼女は、どこか戸惑った様子で主砲を動かす。

 

「どうした」

 

「待って、酒匂も背負ってみて」

 

 言われるままに艤装を背負う酒匂も違和感を覚える、二人は顔を見合わせ、虚空に向けて主砲のトリガーを引いた。

 しかし、弾丸は一発として発射されなかった。他の武装も全て同じように、機銃も魚雷も反応しない。

 

〈やっぱりそうなっちゃったか〉

 

 明石はこの副作用を予想していたらしい、だが、艦娘として余りにも致命的だ。

 

〈薬が効いている間は発作を抑制できる、でも、代償として艤装を動かせなくなる〉

 

 発作はドレッドダストによって抑え込める、しかし元々の発作を除去した訳ではない。無理矢理抑え込んでいるだけだ。その反動が艤装を動かせないと言う副作用だ。記憶を捕食する虫は妖精でもあり、艤装を動かしているのは彼女達だ。

 発作を抑えることは餌をなくすことでもある。食事をとれなくなったことで、妖精にも影響が起きているのかもしれない。

 屍棲虫が妖精だとは言えないので、少し濁す形で説明すると、二人とも肩を落とす。

 

「結局のところ、治療薬を待つしかないのね」

 

「せっかく戦えると思ったのに……」

 

 治療できると思った矢先にこの副作用だ、艤装の使えない艦娘は人間と変わりない。スネークはまだマシだった、艦娘の力がなくとも高周波ブレードとP90は使えるからだ。

 

「あたし達は置いてけぼりになるの、スネーク?」

 

 落胆を越え、こちらを見つめる酒匂は不安に満ちている。懇願しているのか、スネークに詰め寄ってきた。スネークは酒匂と視線を合わせる。そんなことはあり得ない、いや、置いていけないと告げる。

 

「ヴァイパーに発作を起こさせないようにすればいい、そうすれば戦えるだろう。相手の本陣には海月姫にスペクターまでいる。そもそも、ビーチで活動できる艦は多くない。貴重な戦力を置いていけるか」

 

 淡々と事実だけをスネークは告げる、実際ビーチに入れる戦力は少ないのだ。しかし酒匂は心から安堵した顔でお礼を言ってきた。スネークは理解できずに、無言で相づちを返す。戦力になることがそんなに嬉しいのか。

 

 そこでスネークは、『酒匂』という艦について少し思い出した。

 阿賀野型軽巡洋艦四番艦『酒匂』は、一度も出撃することなく終戦を迎えていた。そしてクロスロード作戦に参加したのだ。

 

 しかも彼女は二人の姉、阿賀野と能代に出会っていない。逆に姉二人は酒匂を知らない。忘れるも何も、最初から知らないのだ。艦娘になってから出会うことはあっただろうが、史実の繋がりが希薄なのも確かだ。

 

 記憶も言葉も、そして報復も、覚えているからこそ成り立つ概念。最初から無ければ何一つとして生まれない。

 何もない、それ故に彼女も願っているのだ、『今度こそ』と。

 誰かの記憶に残りたい──その思いは痛いほどに知っていた。スネークの中にいるあの男も、そうだったから。

 

 

 *

 

 

 再び行軍を始めた三人は無言のままビーチを進む。さっきの襲撃以来、敵襲はパッタリ途絶えていたが、それがかえって不気味だった。しかし違う点もある、あちこちに機雷が沈められていたのだ。

 

 その辺りを過敏に感じ取れるスネークはともかく、専門の訓練を積んでいない二人にとってはかなり過酷だ。もちろんどの罠も掛かれば即死に繋がる物ばかり、彼女たちの様子に気遣いながら進まざるを得ない。

 

 もっとも、確実に殺そうという意志は感じられない。大きな損耗により動きを制限するのが目的に思える。エラー娘が言った通り、私を生きて捕えるためか。そのエラー娘の猫は、ビーチに戻ったきり、一切話さなかった。ただ翻訳機としての役割を忠実に果たしている。

 

 こんな時、元々持っていたSOPでも使えれば便利なのだが。兵士同士をナノマシンを介したネットワークで繋ぎ、情報をリアルタイムで共有する技術。それがあれば罠の情報も共有できる。と思ったが、知っていても避け方まですぐ身に付きはしない。

 

 彼女達を眺めながら、スネークは眼帯をつけていた左目を撫でる。抉れていた眼孔からは立派な角が冠のように巻き付いている。片方の目は更に真っ赤に染まり、肌はより白くなっている。誰が見ても深海凄艦でしかない。

 

 悪影響がないか調べようにもここでは無理だ、帰投した後明石や北条に見て貰う他ない。こんなところで死ねない理由がまた増えていた。しかし、心残りがある。私の変異を目にした時、なぜヴァイパーは嬉しそうだったのか。

 

 考えても仕方ないが、気になるものは気になる。スネークは考えを逸らそうと無線をサラトガたちへ繋いだ。

 

〈どうしましたかスネークさん〉

 

「いや、繋がるかどうかだけ試したかった。繋がったということは、再びビーチに突入しているんだな」

 

〈No Problem、間違いなくあの要塞に向かって進んでいます〉

 

 かなり遠いが、それらしき黒点が複数見えた。艦載機も出している。敵の本拠地には近づいている、その分、いつ襲われるかも分からない。大型艦である長門とサラトガを乗せたヘリ。そちらから目を逸らすという狙いも、私たちにはある。

 

 しかし、スネークは溜息をついた。無線越しに聞こえていたのだろう、サラトガが心配してきた。

 

〈不安ですか〉

 

「いや、なんだか、インチキだと思えてきてな」

 

〈まあ、確かに〉

 

 結論から言って敵の要塞はあった、衛星写真で見付からない場所にあった。いや、まともな方法では絶対に見つけられない場所だ。

 

 敵の要塞があったのは、ビーチの中だったのだ。

 ジンドラの地形に照らし合わせれば、流れる大河沿いにある場所。その裏側に要塞は建造されていた。見た目だけなら海上要塞に見えなくもない。

 

 いったいビーチの中にどうやってあんな要塞を建造したのか、そもそもビーチは、テリトリーが展開される一瞬だけではなかったのか。敵のインチキさにも頭が痛くなってくる。一つずつ解明しているものの、未知の点は多い。頭が半分消えても動くヴァイパーには言葉も出なかった。

 

〈スネークさんは平気ですか〉

 

「何の話だ?」

 

〈その、左目の角が生えてしまって〉

 

 サラトガが空母棲姫に呑まれた時のように、私も何かに呑まれることを心配している。言われてみればそうだ、D事案ということは元になった深海凄艦がいる。私はどんな深海凄艦だったのか。頭を捻ってみても、手掛かりの一片さえ思い出せないが。王と言われても、心当たりもない。

 

「問題ない、憎悪も報復心も湧いてこない。私がこうなったのは、私の憎悪によるものだ。そういった不安は要らない」

 

 つまり、その程度なのだろう。強い怨念は艦娘になっても残る。それがないということは、その程度の怨念なのだ。逆に言えば、艦娘の身でありながら深海凄艦と化す程の怒りを抱いていたということだが。全く不安がないのも嘘だった、スネークは絶対に言おうとしなかったが。

 

〈なら、ヴァイパーはどうなんでしょうか。いったい何があれば、あそこまでの怒りを抱けるのでしょう〉

 

「あれを気にしているのか?」

 

彼女(海月姫)の影響だと自覚していますが、それでも気になってしまいます〉

 

 サラトガは空母棲姫か、または似た存在だからか一度同調している。見たところ普段はヴァイパーと同調しているが、空母棲姫の報復心に引っ張られたのだろう。その時混在した記憶は残っている。

 

 そうなると少し心配なのが、彼女が海月姫と戦えるのかだ。一瞬とはいえ記憶が入り混じったのだ、既に彼女たちの一部は彼女自身となっている。自分を殺すことはできるのか思ってしまうのだ。

 

 しかし、そこに迷いは無いと言う。

 イクチオスなどと言う悪夢をばら撒き、遂には核まで広げようとする男と、それに従う深海凄艦。正義感などと言う気はないが、世界を護るためには止めなければならないのだ。

 

〈私が思っているのはそこではなく、あのビーチについてです〉

 

 あのビーチは海月姫の記憶──つまりクロスロード作戦を元に構築された世界だ。だからこそスネークというイレギュラーを除けば、入れるのは同じ記憶を持つサラトガたちに限られる。

 

〈あれは本当に、海月姫の記憶なのでしょうか〉

 

「どういうことだ?」

 

〈同調した時の記憶は残っています、彼への思いや断片的な映像。でも、クロスロード作戦の記憶は全く無かったんです。言葉も記憶も、全部忘れていて……深海凄艦になって以降の記憶しか残っていないようでした。だから思ったんです、あのビーチはヴァイパーの記憶から生まれたんじゃないかって〉

 

「ヴァイパーの」

 

〈そうです、海月姫の中で、一番強い記憶は彼の存在でした。ヴァイパーは元々ブラック・チェンバーのリーダー。提督だったのでしょう。その頃の彼の記憶が、この世界を創っているのでは〉

 

「だが、なぜクロスロード作戦なんだ」

 

 深海凄艦と行動を共にできる時点で相当な怒りを持っている。ビーチを生み出せたとしても不思議ではない。しかし、今度はサラトガ達だけしか侵入できない理由の説明ができなくなる。ヴァイパーはクロスロード作戦とは関係ない。

 

 ヴァイパーは、結局何者なのか。何が起きてああ成ったのか。愛国者達とどんな繋がりを持っているのか。暇などないのは重々承知しているが、やっと掴んだ直接的な手掛かりを手放したくはない。

 

 

 *

 

 

 理屈的には、少しずつ近づいていた。だが感覚的には、突然現れた。あまりに非現実的な光景は、絵本に出てくる魔法の城に似ている。棲んでいるのは、悪い魔女と王様ですらなく、薄汚いテロリストな訳だが。

 

 真っ赤な海に根を張るジャングルに、海面に直接打ち据えられた要塞。この世の光景ではなく、まともな物ではない。主であるヴァイパーも同じように、異形の存在なのだ。そしてあの男は核を使おうとしている。世界は滅び、屍者の王国が降臨する。どう使うかなんて知らないが、まともな使い方はしない。それは確信していた。

 

 スネークたちは眼を合せ、残るドレッドダストを首元に注入する。これにより発作は中和できるが、代わりに艤装は使えなくなる。中和できる時間もそう長くはない、それまでに要塞内部にいるヴァイパーを見つけだし、発作の装置を叩くのだ。

 

 僅かに傍受できた無線で分かった事がある、それはこの要塞が『ガルエード』と呼称されている点だった。

 ビーチからしか侵入できないのなら、最初から展開しなければいい。それをしないのは、私を此処へ呼びたいからか。それでも、行くしかない。

 

 要塞の端にあるダクトを通れるのは、あいにく艤装を最初から背負っていないスネークだけだ。仕方がないのでオイゲンと酒匂は別の侵入ルートを探すことになった。どんな異形の基地でも、基地は基地だ。深海凄艦が出撃するスペースは必ずある。

 

 当たり前かもしれないが、ダクトの中には誰もいなかった。そもそもこんな所にサブマシンガンと刀二本で潜りこむヤツがいるとは想定していないのだ。しかし流石と言うか、ダクトの中にも悍ましい量のトラップが張り巡らされている。少しでも油断すれば致命傷は免れない。

 

 こうなると、ダクトの中はむしろ危険かもしれない、何より進むのが遅い。私はともかくオイゲンと酒匂はスニーキング慣れしていない、ある程度陽動の目的もあるが、遅くなれば遅くなるほど二人が危機に晒される。

 

 スネークは意を決し、ダクトから抜け出した。

 始めて要塞内部を直視したが、今までに見た事のない感覚がした。イクチオスの液化を応用でもしたのか、壁が悉く肉片のようになっているのはまあ良い。だが、廊下には窓一つなかったのだ。

 

 それどこから装飾品も、模様もない。照明も最低限しかない。軍用施設は概ね生活感を排して作られるが、それでも多少なりとも生活感はでる。しかしここにはそれすらない。誰も生きている感覚がしない。本当に地獄に迷い込んだのではと錯覚を覚えるようだ。

 

 本当にヴァイパーはいるのか、人間としているのか? 

 スニーキングで同化しても、生命の感覚はまったくない。ひたすらに不気味な要塞に、思考がぶれそうになる。スネークは大きく息を吐き、再度リズムを調整していく。

 

 すると、鋭くなった聴覚が無数の足音を捉えた。要塞のあちこちから聞こえてくる。歩幅は普通だが一歩が重い、大きな艤装を背負っている音だ。そこら中をスペクターが巡回している証明だ。

 

 気配も生気もなく、不気味に歩くスペクター。隠密性能も強化されているのだろう。

 いや、そもそも、そっちが自然なのでは。スネークは思う。スペクターは死んだ艦娘の遺体を継ぎ接ぎしたキマイラ。使役されるゾンビと変わらない。ましてや自我も自意識も、記憶もないのなら。死人に気配などある訳がないのだ。

 

 なら、この要塞は蠱毒の壺だ。

 それも生者を殺し、生まれた亡者で殺し合い、挙句溶かして繋ぎ、個の尊厳さえ奪い利用する。地獄ですらない、まともな苦しみさえ叶わない悪夢。いくら敵とはいえ、その在り方には同情すら覚える。

 

 半ば深海凄艦と化したからなのか、深海凄艦に同情するなんて。

 それでも、そう思うにつれ全身に力が湧くのは確かだった。怒りや幻肢痛が増していく、無数の報復心が寄生してくる。スネーク自身の無念が脳裏にこびり付く。

 更に輝く瞳から血が流れ出す、血の痕跡を残しながら、スネークは奥へと潜りこんでいった。

 




用語集:傭兵集団ブラック・チェンバー(MGGBより)

 メタルギア・ゴーストバベルに登場する傭兵集団。元々は米国お抱えの特殊部隊。アウターヘブン蜂起事件以降、FOXHOUNDが有名になり過ぎたことで隠密行動が難しくなり、代わりに裏の仕事を請け負う部隊として活動していた。しかしある任務の後、そのFOXHOUNDに部隊を壊滅させられる。劇中に登場するのは、生き残りの五人である。
 この世界では順序が逆になっており、元々艦娘と人間の共同特殊部隊として設立された後、壊滅を装い裏の世界に入り、表上の部隊としてFOXHOUNDが設立された。その経緯の関係から、2年前の壊滅以来、具体的な行動は一切不明とされている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。