【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File55 ヴァイパー

 また夢を見た。

 燃える海、何も見えない暗闇をひっくり返す爆発。マグマのように噴き出た津波に呑み込まれていく。黒い海水はタールのように渦巻き、無数の手が私の足首を掴む。恐い、仲間なのに、もう仲間に見えない。

 

 彼が私の手首を握る、海は足首を掴む。引っ張られる、どちらも離さない、私はどちらにも行けない、だって、どっちも諦められない。更に引っ張られる、体が裂けそうになる、激痛が腹の奥で渦巻いて暴れる。

 

 掴まれた首が千切れていく、ボロボロに崩れ落ちた。掴まれた端から壊れる。沈まない、千切れて浮かんでいる、水面を漂う。体が消える、消える、痛い、全部見えない、分からない。繋ぐ手はもう無い。残った切れ端を集めただけの体。

 

 眼が覚めた。目が覚めた? 

 何も分からない、覚えていない、理解できない。現実と夢は変わらない、同じにしか思えない。彼の、彼らの、彼女たちの声が、口から零れだす。許さない、返せ、返せ。怒りに満ちた声に、私は駆られる。彼が言った、敵に向けて。

 

 

 

 

 ── File55 ヴァイパー ──

 

 

 

 

 風切り音が聞こえたかと思うと、爆発のような衝撃が基地を揺らす。軍艦が落下したような轟音。実際、軍艦が落ちていた。ヘリで上空にいた長門とサラトガが着地した音だ、しかも艤装を装備しているのだ、駆逐艦とかの艤装とは重さが違う。

 

 スネークとオイゲン、酒匂がヴァイパーを探している間の陽動役を二人は買ってくれた、大量のスペクターが犇めくこの基地を探索するには必要な役割だ。

 戦艦と空母、単独での戦闘能力も高い。万一発作が発生し、結果ドレッドダストによって艤装が使えなくなる可能性はある。

 しかし、ドレッドダストで使えなくなるのは艤装だけ、パワーアシストは活きている。格闘戦でもスペクターと遣り合えるだけの出力を持っているのだ。

 

 それでも危険であることに変わりはない。全てのスペクターが囮へ向かった訳ではない。巡回している個体もいる。こんな狭い通路でスペクターに囲まれたら、艤装があっても意味がない。絶対に見つかってはいけない状況だ。

 

 危険を承知のうえで、オイゲンと酒匂は既にドレッドダストを摂取している。

 その間、オイゲンと酒匂は艤装が使用できない、危険な状態にある。一本ごとに一時間程度の効果時間がある。それを過ぎれば、また艤装は使えるが、見つかれば間違いなく死ぬ。

 

 発作が起きた時接種するという選択もあったが、それは余りに危険過ぎた。打つまでの間に殺されかねない。万全を期すには事前に打ち、艤装使用不可の危険に身を晒すしかなかった。

 

 危険だと理解した上で、二人はアンプルを摂取してくれた。どの道、見つかったら終わりだと言っていた。スネークは二人に感謝しつつ、足取りを早める。私が早い程、危険に晒される時間も減る。一刻も早く、発作の原因を無力化するのだ。

 

 依然、淀んだ瘴気を撒き散らす屋内をスネークは歩く。気配は分からないが、足音や息遣いは聞こえる。それらを見逃さないよう神経を張り巡らせ、確実に要塞の奥へと進む。耳奥の無線機が鳴ると、オイゲンから報告があった。要塞のマップデータを見つけたのだ。危険を冒してまで手数を増やしたのは、効率的に要塞を捜索する為でもあった。

 

 マップを見たスネークは舌を巻く、その構造は凄まじく複雑だ。データがなければ相当時間を喰っていた。しかし、目を引く所がある。一か所だけ、スペクターがまるでいないエリアがあったのだ。奇妙に思い、スネークはそこへ向かう。

 

 位置で言えば、幾つかの階層に分かれている要塞の中央層にそのエリアはあった。道中までは、進むたびスペクターの数が増えていく。中には特徴的な『尾』を装備しておらず、屋内での戦闘力に特化した個体もいた。中央エリアの直前で、その個体に阻まれる。

 

 隠れる場所のない一本道に扉がある、その前に四隻のスペクターがいる。手持ちの火器はP90と高周波ブレードのみ。突破するにはいささか不安が残る。どう行くか悩んでいると、不意に背後から肩を叩かれた。

 

 反射的に銃口を後ろに向ける、少し驚いた顔で、サラトガが両手を上げていた。驚いたのはスネークの方だった。陽動はどうしたのか。

 

「長門に頼まれたの、手伝いが必要だろうから。そう言われました」

 

 無線を聞き、長門はスネークと同じく中央フロアの存在に気づいたのだ。そこの警備が厳重であることも予測できた。しばらくなら一人でもどうにかなると言い、サラトガを送り出したのだ。

 

「空母棲姫は大丈夫なのか」

 

 彼女が来てくれたのは助かったが、心配なのはそっちだ。また空母棲姫に乗っ取られないように、別行動を意識していたのに。

 

「少しだけなら大丈夫、いいえ、二度も乗っ取られはしません」

 

 サラトガの言葉に嘘は感じられなかった。

 しかし、少しずつ髪の端が白くなっていた。

 徐々にだが空母棲姫が覚醒を始めている。どう言っても大丈夫なのは『少しだけ』だ。それでもサラトガは必死に堪え、復讐ではなく、すべきことをせんとしている。

 

 スネークが通路から飛び出すと同時に、サラトガがありったけの艦載機を発艦させる。屋内にも関わらずその動きは正確だ。いや、少しばかし普通の飛行機の動きを無視している、これは深海凄艦の艦載機の動きだ。やはり影響は出ているが、今はそれが助かる。

 

 現れたスネークと艦載機を認識したスペクターは、手に持った機関砲を振り回す。狭い通路に密集した弾幕が、艦載機を撃ち落とす。その間にスネークは姿勢を屈め、スペクターの懐へと一気に跳躍した。

 

 加速の勢いを保ったまま抜刀し、スペクターの手首を切り落とす。支えを失った機関砲を地面に落とし、断面から血が溢れ出す。しかし痛みを感じない怪物は、今度は残る片手を振り下ろした。地面を転がり回避する、殴った地面が陥没していた。

 

 スネークは壁まで転がっていき、壁を蹴り、天井目がけて跳躍する。スペクターの真上を飛び越えながら、P90を乱射する。スペクターの装甲は貫けないが、機関砲は別だ。幾つもの砲身がひしゃげ、行き場を失ったエネルギーが次々に爆発し、弾幕を封じる。

 

 姿勢を立て直す暇を与えない為に、サラトガの艦爆が次々と爆弾を投下する。地鳴りと共に火の海にスペクターは包まれた。だが、コアを破壊しない限り決して停止しない。千切れ飛んだ四肢が集まり、接合しようとしている。

 

 剥き出しになったコア目がけて、スネークはブレードを突き立てる。一隻を潰し、また飛んで別のスペクターの頭に、ブレードを構えて降り立つ。爆炎が止む頃には、全てのスペクターは破壊されていた。

 

 

 *

 

 

 スペクターを撃破し、スネークはすぐさま奥の部屋へ進んだ。サラトガは通路を護っていてくれるらしい。礼の一つでも言いたかったが、空母棲姫が反応しても困る。事前の情報通り、スペクターはパッタリといなくなっていた。罠の気配もない──だからこそ、特大級の罠が有る様な気がした。

 

 むしろ警戒心を限りなく高め、地雷原を歩くよりも慎重に歩を進める。心臓の鼓動が高まり、耳元で聞こえてくる。肌寒いぐらいの気温に、汗が流れていく。ポツンと地面に垂れた汗が、一瞬で蒸発した。

 

 絶句したスネークはすぐさま足を引き、P90の弾丸を一つ転がす。それはある一線を越えた瞬間、溶けて消えてしまった。スネークは真正面の通路を見る。見覚えがあった、それはマイクロ波を発する装置と、高電圧を流す床だったのだ。

 

 これでは、到底先に進めない──頭を抱えそうになるが、スネークは気づく、この電気はどこから来ているのかと。

 この要塞は外部から独立している、なら独自の発電施設が存在する筈だ。再びマップを確認すると、それらしきエリアが地下に存在している。運よく、酒匂がその近くを歩いていた。

 

 彼女に連絡を取り、発電施設を破壊するように頼む。酒匂は快く引き受けてくれた。やはり心配だが、今更どうしようもない。スネークは安全な方の壁に凭れ掛かり、酒匂の報告を待つことにした。

 

〈スネーク、聞こえているな〉

 

「G.Wなのか?」

 

〈そうだ、調査が終わった〉

 

 調査とは以前、マサ村落に行く途中で沸いた、スカルフェイスについてだった。あの男がアフリカでしたこと、ビッグボスの行動。その拠点は、今回イクチオスが確認された場所と類似していたのだ。

 

「スカルフェイスについてだな」

 

〈スカルフェイスがアフリカ、及びアフガニスタンで何をしていたか漸く調べ終わった〉

 

「大分時間が掛かったようだが?」

 

〈スカルフェイスの行動記録は、殆ど残されていなかったのだよ〉

 

 愛国者達──その前身であるサイファーは当時、ある種の分裂状態に陥っていた。創立者のゼロと、副官であるスカルフェイスとで内部分裂を起こしていたのである。その理由はスカルフェイスにあるらしいが、詳細はG.Wも掴めていない。

 

 AIネットワーク『愛国者達』を進めていたのはゼロの方だった、そして中枢AIのJ.Dは70年代には活動を始めている。スカルフェイスはこのネットワークに行動を悟られないように動いていた。AIネットワークが未完成だったこともあり、結果情報が殆ど残っていなかったのだ。

 

 もっともそれは、スカルフェイスの内部分裂に巻き込まれたスネーク(ソリダス)の記憶を持つスネークには、既知の事実だった。スネークは無言で、G.Wを促す。

 

〈あの男はどうやら、『英語』を滅ぼすつもりだったようだ〉

 

「英語? 英語そのものを、どうやって滅ぼすと言うんだ」

 

〈『声帯虫』という生物兵器が、その悪夢を実現させかけた〉

 

 人の声帯に寄生する寄生虫、それが声帯虫だ。ある特定の条件を満たすと急激に成長し、オスとメスの番を作る。番は何万匹もの幼虫を散乱し、それらが宿主の肺を喰いつくして死へと至らしめる。その特定の条件が、『言葉』だ。

 

 ある特定の言語を聞き続けることで、声帯虫は産卵の条件を満たす。当時のサイファーはこれを用いて、特定の民族を抹殺する民族浄化虫として利用しようとしたが、結局不安定さ故に研究を凍結していた。

 

 しかし、スカルフェイスはこれに目をつけた。逆に英語に適用した声帯虫をばら撒こうとしたのだ。彼はそれを民族解放虫と呼んでいた。だが、なぜ人間の言語に反応するのか。その問いはむしろ逆だ。人が言葉を話せるようになったのは、声帯虫のおかげなのだ。

 

 元々声帯虫は人に害をなす存在ではなかった。オスとメスでそれぞれヒトの男女に寄生した声帯虫は、産卵の為に求愛の音を出した。世代を得る事に求愛行動は複雑化していき、それはやがて『言葉』になったのだ。

 

 その頃、地球上ではある種のレトロウイルスが蔓延していた。ウイルスは声帯虫から声を発する遺伝子を人間へと転写した。人間は自分の意志で言葉を話せるようになり、交尾の機会を失った声帯虫はやがて絶滅したのだ。

 

〈声帯虫は言語に反応する、だが、言語は複雑だ。()()()も存在している。なまりにすら適合した声帯虫の作成には時間がかかる。スカルフェイスはその実験をアフリカで行っていたのだ〉

 

「当時ビッグボスが赴いた場所は、その実験があった場所か」

 

〈実験があった場所では必ず、夥しい量の犠牲者が出た。実験後の遺体は水没させられるか、焼却処分された〉

 

「寄生虫ごと処分する為か、惨いことをする」

 

〈実際、ビッグボスの組織でもパンデミックは起きていた。その時は、感染者全てをビッグボス自身が殺し尽すことで、対処していた〉

 

 恐ろしい話だ、この土地でそんな物が使われていたとは。

 スネークは震えあがる、しかも今再び、アフリカは生物兵器の実験場となっている。まるで声帯虫の怨念でも染みついているようだ。

 

 実際、そうなのかもしれない。

 イクチオスの作動地点は、どれもビッグボスの活動地点──声帯虫の実験があった場所と一致する。液化は、屍棲虫により起こされている。屍棲虫の餌が、記憶や感情だとしたら。もし霊的な記憶すら食えるとしたら、最高の土壌だ。死んでも安息すら許されないとは、惨い話だが。

 

〈また、猫の話が前提か。よく信じられるな〉

 

 G.Wの方が正しい、あんな得体の知れない存在の言うことを、普通は信じない。長門は、信用できる情報だけ信じていたが、私は大体信じてしまっている。その理由は、自覚していた。

 

「あれに一回助けられているからな。馬鹿みたいに信じようとは思わないが、無碍にはしにくい」

 

 一番最初の記憶、何処とも分からない孤島で、エラー娘に助けられたことは鮮明に思い出せた。この猫を捨てずに連れ、信用しているのも、それがあるからだった。それに、背負った恩は早めに下ろしたい。いつまでも引きずっていたくはなかった。

 

 だが、それはG.Wには絶対に分かるまい。余計な指摘を言われる前に、話を戻しにかかる。

 

「スカルフェイスもさぞ複雑だろうな、英語を殺す計画が、結局愛国者達に利用されているんだからな」

 

 スカルフェイスの実験を知らずに、イクチオスを適切に配置はできない。やはりヴァイパーの後ろには愛国者達がいる。スネークは改めて確信を持つ。だがG.Wは無言のままだった、肯定も否定もしなかった。

 

「どうした?」

 

〈スカルフェイスはこの生物兵器を、ゼロにも送り込んでいた。あの男の痕跡と、私の内部、一瞬J.Dが実体化した時のデータを組み合わせることで、ゼロの潜伏場所を突き止めることができた〉

 

 何だって。思わずスネークは声を荒げる。

 J.Dの実体化とは、(アウターヘイブン)とG.Wが最後を迎えた戦いの時に起きた出来事だ。創設者ゼロの居場所は、J.D内部に秘蔵されていた。その一瞬の情報が僅かに残っていたのだ。調査に時間がかかっていたのは、この情報も調べていたからだ。

 

〈この世界でも潜伏場所は変わらなかった、我々はゼロの入院されていた病院のデータベースに侵入した。そこにゼロは確かにいた〉

 

「あの男はどうなっていた」

 

 是非会いたい、会って問い詰めたい、この世界の愛国者達は何なのだと。ある意味『親』とも言える存在なのだ、興味だって湧いてしまう。しかし、スネークの思いは予想もしない方法で裏切られる。

 

 

()()()()()()

 

 

 あり得ないことが聞こえた、どうして、G.Wの声が震えている? 

 

〈元々深刻な記憶障害をスカルフェイスに与えられていたが、それにしても不自然な程、一気に衰弱していった。生命維持装置でも支えきれないほど。まるで、体が生きる気力を失っているように〉

 

 気づいた、震えていたのは自分だった。

 

〈症状は、屍病と極めて類似している〉

 

 スネークは問う、愛国者達は何者なのか。

 答えは無人の通路に木霊する。反響したスネークの声は亡霊になり、向こう側へ消えていく。入れ違いに成った無線の音が、発電施設の破壊を告げた。亡霊を追い、スネークは最深部への扉を開いた。

 

 

 *

 

 

 酒匂が発電施設を破壊したことで、マイクロ波と高電圧は停止した。スネークは歩き出すが、足取りがやや揺れていた。この疑問を無視するのは難しい、スニーキングモードへの変性も上手く行かない。せめてもと、強い足取りを意識した。

 

 肌全体をスニーキングスーツ越しでも分かる冷気が撫でる、反射的に身震いする。最後の部屋には、黒い長方形の箱が規則正しく配置されていた。黒い箱には目のような光が点滅している。サーバーか何か、機械類だとは分かる。熱を下げるために、冷房が強く効いているのだ。

 

 よく見ると、箱の前には花が置いてある。赤い彼岸花だ。本物ではない、ホログラムの花が並んでいる。黒い機械と合わせて、まるで墓のような光景だった。中でも、部屋の中央にある巨大な柱が特に目立つ。形状から言って、他の箱とは違う機械のようだが。

 

「どうだ、この部屋は」

 

 スネークの後ろに、一瞬でヴァイパーが現れた。表世界から瞬間移動してきたのだろうか。一度は破壊した頭部を確認するも、怪我など無かったように修復されている。あれが現実だったのか不安になる。

 

「良い部屋だ、自分の墓まで用意しているとは準備が良い」

 

「生憎だが、それは俺の墓ではない。これもある意味遺体だがな」

 

 分からないのか? そうとでも言いたそうにヴァイパーは笑う。知っている訳がない。だが、どこか既視感を覚えるのも確かだ。この部屋の構造自体も、G.Wのサーバールームに似ている。

 

 答え合わせだ。

 ヴァイパーは中央の機械に手をかざし、壁を拭う。黒塗りだった機械の塗装が剥げた後には、文字の書かれたプレートがあった。文字を読み上げた瞬間、スネークは言葉を失った。

 

「思い出したか、こいつはお前の、G.Wの兄弟だ。もっとも、歴史の表舞台に立つことはほとんど無かったようだが」

 

「なぜだ、なぜお前がこいつを持っている」

 

 怒声を噛み殺しながらスネークは詰め寄る、しかしヴァイパーは体を翻し、機械の横に立つ。スネークは内心パニック寸前だった。

 

「不思議か、まあそうだろう。何せG.Wの『予備』がここにあればな。確か名前は……『J.F.K』だったか」

 

 愛国者達AIの形作る、J.Dを含めた5機のAI。

 G.Wもその一つだが、実はG.Wには控えが存在していた。

 予備の名前はJ.F.K(ジョン・エフ・ケネディ)

 S3の実験後崩壊したG.Wに代わって稼働し続けていたが、最後には崩壊している。

 

 この世界においても、AIネットワークの存在はあった。だがG.Wが調べても、他のAIは見つからなかった。何らかの理由で崩壊したのだとスネークは思っていた。だが実際は違ったのは、感知できない別世界に秘蔵されていたのだ。

 

「嫌な名前だ、ジョン・F・ケネディの名前をつけるとは。あの連中はアメリカが世界の中心だと信じてやまないのだろう。そう思わないか?」

 

「お前、やはり愛国者達の手下か」

 

 スカルフェイスの行った声帯虫実験場の場所を知っていたのも根拠になる。ゼロ側かスカルフェイス側か、どちらにしても背後に愛国者達がいる。あいつらが関わらずに、J.F.Kを入手するのは不可能だ。

 

「手下か。確かにそうだが、本心から従ったことは一度もない。お前と同じだ、俺は愛国者達を信じてはいない。ただ利用しているだけだ、お互いにな」

 

 ヴァイパーは憎悪に満ちた顔で、拳を握りしめていた。右手が黒く光っている、鉄の義手になっている。通っていない血液が憎悪のあまり、吹き出しそうだ。感化され、スネークの持つ深海の力も昂りつつある。

 

「俺は、愛国者達を滅ぼすためにここにいる」

 

「愛国者達に従っている癖にか」

 

「そうだ、凄まじい屈辱だ。だが、だからこそ俺の怒りは際限なく高まる。奴等が俺を利用すれば利用する程、俺たちは更に鬼に近づく」

 

 ヴァイパーは不意に腕を振り上げ、隣の機械に拳を振るう。怒りを抑えきれない子供のように。

 

 しかし、威力は化け物だった。

 

 殴られた機械は、跡形もなく砕け散った。

 義手ではない、生身の手だ。人間の出していい腕力ではない。

 

「これは、俺一人の出している力ではない」

 

 スネークは、ヴァイパーが人間でないと確信する。彼の目が自分と同じように、煌々と紅く燃え上がっていたのだ。

 

「俺の体は、俺の部下だった人間、艦娘……沈む半ばで深海凄艦した彼女たちでできている。そう、スペクターだ。だが俺は幽霊などではない。あいつらが、俺に力を貸してくれている。そのお蔭で、生き長らえている」

 

「馬鹿な、艦娘や深海凄艦の力に、人間の細胞が耐えることはできない」

 

 普通は、彼女たちの持つ超常的な力に押しつぶされる。そうでなくとも、遺伝子にある抗体が拒絶反応を起こす。スペクターは全て死んでいる細胞で繋いでいるから、拒絶が起きないだけだ。

 

 まさか、ヴァイパーの部下が力を本当に貸しているのか。それしかあり得ないと思い、スネークはすぐさま否定した。それこそあり得ない。こんな、こんなにもグロテクスな忠義や信頼関係など、あってはならない。

 

「何度も言わせるな、俺は人間ではない。()()、な」

 

「元々?」

 

「なぜ俺は、ヴァイパー(毒蛇)のコードネームを持っていると思う? スネークへの対抗心だと思うか、違うな。この名前は、全てのスネークを殺すために名付けられた。そして、ボスの座を継承する為に、二つの計画を掛け合わされて」

 

 ボス──それが、あのザ・ボスだとしたら。ボスの座を受け継ぐ為だとしたら。スネークの知る計画は、たった一つしか存在しなかった。

 

「俺は『相続者計画』、そして『絶対兵士計画』。それぞれの計画から生まれた、二番目のジーンにして、ヌル()

 

 だからこそ、耐えれたのだ。特殊に特殊を重ねた、もはやミュータントのような存在。化け物の力を使うためには、化け物が必要だった。

 

「サンヒエロニモの亡霊ということか、道理で、愛国者達を知っている訳だ。いや、サイファーの方が、なじみ深いか」

 

 スネークは嘲笑う、やはり亡霊ではないか。ましてや結局失敗した計画の産物など、もはや忘却の域にある。だが、元の世界では計画は完全に頓挫している。ヴァイパーはどうやって産まれたのか。

 

 スネークとこの世界が分岐したのは、深海凄艦が現れたからだ。深海凄艦が出現したのは85年の時。その時既に、相続者計画は凍結している。その後、深海凄艦が原因で、一時的に解凍させられたのか。

 

「亡霊なら、また、地獄に帰って貰おうか」

 

 いずれにしても、殺せば済むか。スネークは銃を握る。ヴァイパーの正体が何であろうと、興味が持てない。相続者でも、絶対兵士でも、何一つ、ジミーを殺した言い訳にはならない。この問いかけだって、罠かもしれない。

 

「地獄か、そのつもりだ。ただし、地獄になるのは、世界の方だ!」

 

 彼の怒声が、スネークの炎を激しく揺らした。

 

「俺はヴァイパー、毒蛇だ。だが、スネークを殺す蛇ではない。毒液で、世界を溶かし尽す怒りの蛇。アダムとイブを唆し、全てを楽園から追放させる存在。この世界の何もかもを、死へと追いやる絶滅の蛇。それが俺だ」

 

 ヴァイパーが静かに燃えだす。比喩ではない、本当にオーラを纏っている。

 彼が黄金色のオーラ──flagship級の纏うそれを巻き起こしたことで、確信は戦慄へと変わる。

 

「俺の怒りは、俺すら燃やしている。あの日、仲間を護れなかった後悔が、沈んでしまったあいつらの怒りが、俺を罰している。俺は、罰せられた(パニッシュド)蛇でもある。俺はその全てを、この世界に還元する。世界がそうしたのなら、俺たちにもその権利がある。そうだろうスネーク、お前は、俺たちを殺したんだからな!」

 

 上等だ、やれるものならやってみろ。スネークは静かに思う。恨んでいるのはこっちも同じなのだ。あれだけやっておいて、報復などと宣うことに怒りが湧いてくる。

 スネークの瞳も、呼応するように赤く燃えだした。

 




 用語集:『ビーチ:テリトリー』

 深海凄艦の姫級は、支配したエリアに対し、ある一定の『ルール』を定めることができる。一般的には『ルート制限』と呼ばれる。特定の艦種や、艦以外の侵入を阻むことができるのである。これが『テリトリー』である。
 どの艦が入れるのかは、姫級が象徴する『史実』に影響されると言われている。史実に関係のない艦は基本入れない。いわば、史実という免疫細胞が働いているとも言える。
 科学的根拠はまだ無いが、一度は死んでいる姫が力を増すことで、『あの世』が浸食し、それに伴い、領域一帯がある種の過去そのものになるからとされている。あの世と過去は、既に終わった事であり、同義である。過去の浸食とは、あの世の座礁となる。
 この座礁する、わずかな一瞬だけ、現実とあの世が拮抗する。この時起きる時間の異常空間が『ビーチ』である。

 姫級は史実そのものであり、無数の記憶の集合体とも言える。その結果、本来個々人でしか持たないビーチが、現実を侵食する。
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