【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File56 絶滅体

 あの人が戦っている、スネークに拳を向けている。相対する二人がスクリーンのように見えている。彼の憎しみが、恨みが私も伝わってくる。彼だけではなく、私すら溶かしてしまう、酸のような報復心。

 

 何も覚えていない私が、呑まれるのは簡単だった。全身を苛む激痛の中で、彼とは別の音が聞こえ出す。これは砲撃音だ、これは──―覚えている。知っている。馴染みがある。艦載機を飛ばす音。

 

 耳障りな音に頭痛がする、体がドロドロに崩れて熱い。黒いタール状の涙が止まらない。私はそれを潰そうと、誰かに引っ張られる。何も見えない、何も聞こえない。分からないまま、絶叫した。

 

 

 

 

 

── File56 絶滅体 ──

 

 

 

 

 スネークがヴァイパーとの交戦を始めた頃、サラトガは再び長門と合流していた。いや、合流してしまったと言うべきか。

 通路を守るサラトガの前に現れたのは、小さくないダメージを負った長門だったのだ。撤退しながら戦ってこれだ、実際のダメージはもっと大きいだろう。

 

 長門を追い詰めた相手が、暗闇の中から姿を表す。

 半ば浮遊している不安定なシルエット、火傷なのか、半分爛れて閉ざされた瞼。目にした途端、再び中の空母棲姫が感化される。向こうも同じだ、閉じていた瞼が開き、お互いの目が合う。

 

「すまないサラ、押し留められなかった」

 

 深海海月姫が、明らかな殺意を持って現れた。

 彼女は無数の艦載機の他に、もう二隻のスペクターを連れていた。普通のスペクターとは少し服が違う。レ級の服になぜか、和服のアレンジが入っている。特別な個体なのだろうか。

 

 だが、関係のないことだ。全員沈めればそれで良い。ここを突破されたアーセナルがやられる、それは認めない。アーセナルを沈めるためにも、こいつを沈めないといけない。沈めてしまえば良い。

 

「伏せろ!」

 

 報復心に呑まれかけた頭を、思いっきり地面に叩き付けられた。サラトガを正気に戻すためではない、攻撃を避けるためだ。直後、海月姫の放った艦載機が爆発と同じ勢いで炸裂したのだ。発艦と同時に、全ての武装を四方八方に放ったのか。

 

 爆弾、魚雷、機銃。一つ一つの威力が異常だった。痛む額を摩りながら顔を上げると、赤い大空がどこまでも広がっていた。後ろの重要区画に繋がるフロアを除き、この階から上の建物が全部吹き飛んでいた。

 

 サラトガは顔を青くし、すぐさまありったけの戦闘機を発艦させた。同調が高まる空母棲姫の力なのか、戦闘機の性能が上がっている。だが、呑まれてはならない。海月姫を見て強く意識した。

 

 攻撃は、明確に二人を狙ったものではなかった。あらゆる方向へ攻撃した結果、壁や天井が壊れただけ。知性のない暴れ回る怪物。言葉も話さず絶叫し暴れる海月姫は、きっと私の姿だ。報復心に呑まれた成れの果て。強過ぎる憎悪は、最後に自分さえ溶かしてしまう。

 

 天井がなくなり、思う存分飛べるようになった海月姫の艦載機が、大鷲の如く無防備なサラトガたち目がけて爆弾を投下し始める。まともに隠れる場所はない。急いで戦闘機を出したのはこれが理由だった。

 

 何とか自分たちの付近の安全を確保する。酒匂やプリンツはどうしているだろうか。この爆発に気づいていたとしても、ドレッドダストを服用した今、二人は戦力にならない。今のところ艤装は使えているので、ヴァイパーは『発作』を使っていない。タイミングを見ているだけかもしれないが。

 

「うっとうしいぞ!」

 

 一瞬、爆撃が止まったことで攻撃する隙ができた。長門が叫び41センチ三連装砲を発射する。さすがに艦載機で止められるものではない、障害をなぎ倒し、砲弾が海月姫に迫る。だが、二隻のスペクターが弾丸を受け止めた。

 

 長門が忌々しそうに、舌打ちをする。ここまでの攻撃は全てあのスペクターに遮られていた。海月姫の直衛なのだ。スペクターは丁寧にお辞儀までして、こちらを挑発する。再び艦載機が暴れ出し、防戦を強いられる。

 

 艦載機だって無限ではない。しかし後ろにはスネークがいる。引くことも出来ない。ありったけの憎悪を全身に浴び、震えが止まらなくなりそうだ。サラトガは歯を食い縛り、艦載機を飛ばす弓矢を引き絞る。耐えるのだ、必ずチャンスは来ると信じて。

 

 

 

 

 中央に鎮座するサーバーを見据えながらスネークは息を荒げる。あのAIがヴァイパーにとって重要なのは明らかだ。直接破壊するのが良い。しかも精密機械、弾丸を撃ち込めば終わる筈だったが、それはできないでいた。

 

 スネークの全身には、無数の切り傷ができていた。スニーキングスーツのあちこちが切断され、彼女の肌が剥き出しになる。傷口から流れた血がスーツの内側に入り込み、不快感が体を包む。

 

「どうしたスネーク、その程度か」

 

 ヴァイパーの挑発と同時に、マシンガンが撃ち込まれる。飛び出したいができない、姿勢を屈めて慎重に逃げる他ない。だが、心のどこかで焦っていたのだろう。スネークはたった今張られたワイヤーに指をかけてしまった。鋭すぎる糸が、彼女の指先を傷つける。その間にも弾幕は張られる。

 

 弾丸が迫る、スネークはダメージ覚悟で、ワイヤーへと飛び込む。また糸が食い込み、激痛を堪える。一瞬視えたサーバーに弾丸を撃ちたかったが、それは絶対にしてはいけなかった。苦しむスネークを見てヴァイパーが笑う。

 

「どうした、撃たないのか。撃っても良いんだぞ、俺に問題はない」

 

 最初に撃とうとした時、ヴァイパーは信じられない事を叫んだのだ。

 あのサーバーが物理的に破壊された瞬間、この基地内部に隠されている新型核が()()炸裂すると。

 スネークはこの瞬間、撃てなくなった。

 

「自分の命が惜しいか、仲間が惜しいか。所詮、お前の報復心などそんなものだ。俺は違う、俺は迷わずにできる。俺は憎しみその物、俺自身がどうなろうとも知った事ではない」

 

 幸い、ハッキングできる装置はある。スネークの装備している小型艤装そのものだ。これもG.Wの端末の一つ、G.Wと恒常的な連絡はできないが、ハッキングぐらいできる。だが、その間は艤装を外すことになる。高周波ブレードもP90も使えなくなる。まず、ヴァイパーを止めるのが先決だった。

 

 しかし、ヴァイパーは強かった。

 原因の一つがこの部屋だ。墓石のように並んでいた黒い箱は、瞬間的にワイヤーを張る為の装置だったのだ。破壊しようとブレードを振ったが、流れてきた高電圧に阻まれてしまった。挙句、P90を弾くぐらいに固い。

 

 サーバーがある部屋で全力戦闘はできないと思っていたが、違ったのだ。そう思わせることが狙い、この部屋はヴァイパーの為に作られた巨大な罠だったのだ。全てが獲物を追い詰めるために作られている。私は、誘導されたのだ。

 

 ひたすら気配を殺し、ヴァイパーから身を隠す。このままでは駄目だ、力押しで勝てる相手ではない。

 

「蛇らしく身を隠すか、だが良いのか? このままだと大変なことになるぞ。教えてやる、このAIこそ、お前の狙っていた物、『発作』の発生装置だ。再発動の準備ももうじき整う……表にいる二隻の艦娘はどうなると思う?」

 

 明らかに挑発だった。重要な情報を話したのは、それがスネークを動揺させると分かっていたからだ。しかし、スネークは微動だにしない。挑発なんてことをしたのは、私の位置を見失っているからだ。

 

 だが、隠れているせいでヴァイパーの位置も分からない。事実時間はない。接近もままならい状況、再び見つかれば今度こそ殺されるだろう。一撃で勝負を決めなければいけないと、スネークは思った。

 

 やるしかない、スネークは大きく息を吐き。艤装をその場に捨てた。P90もブレードも邪魔なだけ。パワーアシストを失った体に神経を張り巡らせて、一気に駆けだした。持てる全てを五感だけに集中させる。

 

 ヴァイパーの目線を感じ、視界に入る瞬間物陰に潜む。外れた一瞬で音もなく駆け出す、最小限の動きで張り巡らされたワイヤーをくぐり抜ける。艤装の補助もない今、ワイヤーに触れればそのまま体のどこかが切断される。その恐怖が、これまでにない程神経を尖らせていた。

 

 ヴァイパーがスネークを捉えた時、彼女は真正面に辿り着いていた。

 不敵に笑う顔に向けて、渾身の手刀を叩き込む。顎を強打し意識の揺らぐヴァイパーを、そのまま地面に叩きこみ、投げ飛ばす。ヴァイパーの張ったワイヤーは彼自身を傷つけ、そのままバラバラに散っていった。

 

「……やったのか?」

 

 当然、声はしない。ヴァイパーは死んだのだ。さすがに、全身がバラバラになって生きている訳がない。スネークは置いて来た小型艤装を回収し、A.Lへと接続させる。間もなくして発作を発生させるデータを見つけるだけだ。

 

 

 

 

 いったいこれはどういうことなのか、サラトガと長門は困惑していた。

 嵐のように暴れ狂っていた深海海月姫は、サラトガの目の前に艦載機を突き付けたまま停止していた。機銃を発射するだけで蜂の巣になる至近距離、あと少しで勝てるのにそれをしない。

 

 執拗に爆撃を繰り返していた他の艦載機も、目標を見失い彷徨っている。酷いと艦載機同士で激突事故を起こしている。何が起きているのか分からない。しかしチャンスだ、二人は顔を見合わせて、長門が突撃し、サラトガも攻撃機を出す。

 

 数発程度では死なない、姫級はどれもそうだ。だからこそ長門は至近距離からの致命的な一撃を浴びせるために接近する。右手を構えると同時に、主砲が照準を合わす。そこへ割り込むように、二隻のスペクターが現れた。

 

「押し通る!」

 

 長門──戦艦級艦娘の武器は何も主砲だけではない。元々有する圧倒的な出力と質量による肉弾戦も武器の一つ。真正面から受ければ戦艦ル級でさえ四散する威力だ。長門のストレートに向けて同じストレートを放つ。お互いの拳が激突し、スペクターの右手が砕け散った。

 

 だが、スペクターはもう一隻いた。影から現れた二隻目が猛然で蹴りを放つ。長門は左手で受け止めたが、同時に砲身が向けられていた。至近距離で喰らえば死ぬのは、こちらも同じ。長門は後退を余儀なくされる。スペクターは追撃を試みるが、サラトガの艦攻隊がそれを阻止した。

 

 猛烈な空爆を撒き、スペクターを牽制するサラトガ。彼女は再度突撃しない長門を見て、声をかけようとする。その時目に入った姿を見て、あのスペクターが『特別性』だと思い知る。スペクターの右手を砕いた長門の右手が、血塗れになっていたのだ。

 

「どうしたのそれは」

 

「あのスペクター、どうやら腕の中に無数の棘でも入れていたらしい。おかげでこのザマだ」

 

 長門の右手は力なく垂れ下がる、力を入れようとしても痙攣するだけだ。麻痺毒のような物が入っていたのだ。艦娘には通常の毒物は効かないが、ヴァイパーはどう考えても艦娘や深海凄艦に精通している。しかも血が全く止まらない、凝固阻害の薬まで入っていた。

 

 挙句、そんな代償を払っても、スペクターは死んでいなかった。砕かれた右手はもう再生し、爆撃の中を()()()()()突き進んでいる。爆撃で砕けた体を()()()()()()迫っている。再生力も普通の個体とは比較にならなかった。

 

〈二人とも、聞こえているか〉

 

 無線機から、ノイズ混じりの声が聞こえる。少し上ずっている。興奮と焦りが混じった声に、サラトガは息を呑む。

 

〈発作の解除に成功した、これでヴァイパーはもう発作を発動できない。そのヴァイパーも殺した、後は、そいつを排除するだけだ〉

 

 隣の長門も、小さくガッツポーズを取っていた。もしかして、深海海月姫が停止したのはそれが理由ではないか。五感をヴァイパーに寄生して彼女は行動している。寄生対象が死に、彼女の五感は死んだのだ。

 

 言葉どころか五感も失った海月姫──彼女はどうするのか。寄生生物は、宿主が死んでもそれで終わりではない。場合によっては死をトリガーに増殖し、新たな宿主を見つける。

 

 まさか、サラトガは海月姫と共鳴したことを思い出した。

 

 瞬間、脳髄を抉り取るような激痛がした。頭の中に、海月姫の記憶が雪崩れ込むようだ。しかし──これを幸いと言っていいのか分からないが──今回は、空母棲姫が出て来なかった。完全な同化は免れた。しかし海月姫は、私の五感に寄生した。

 

 暗闇に光を得た海月姫が、行動を開始した。敵を見失っていた艦載機が再び私たちを照準に捉える。暴れ回っていたスペクターは沈静化したが、脅威が減ったとはまったく思えなかった。

 

「スネーク、救援は無理なのか」

 

〈可能だ、今から──何だと!? 〉

 

 そう叫んで、無線が途切れた。スネークの身に何があったのか案ずる暇はない。目の前にはもう海月姫がいる。爆撃は切り抜かれた、当たり前だ、私の五感は筒抜けなのだから。目を閉じ、暗闇に身を隠す。

 

《沈め》

 

 誰かの声が聞こえた。

 しかし、次の声は聞こえなかった。そっと目を開けると、海月姫の攻撃を食い止めている艦娘がいた。

 

「サラトガさんに、何するの!」

 

 全身を傷だらけにした酒匂が現れた、続けて放たれた砲撃はきっとプリンツのものだ。艤装を使っている。ドレッドダストはもう使わなくて良いのだ。サラトガは頭痛を堪え、立ち上がり飛行甲板を姫に突き付けた。

 

 

 

 

 無線が途絶する少し前、スネークはJ.F.Kのデータにある物を発見した。

 それは『発作』を発生させる為のプログラムだったが、見覚えがあった。

 既視感がある、近いシステムを知っている。

 

 その正体に思い至った時、スネークの背筋に冷たいものが走った。

 全身に鳥肌が立ち、血は凍る。体が凍え四肢が張り詰める。首筋に冷え切った汗が、一粒流れ落ちた。部屋の冷房はまだ効いている。

 

 プログラムのシステムは、要するに情報解析を主としたものだった。

 『発作』は屍棲虫を介し、艦娘や深海凄艦の様々な感情を暴走させる。しかし、それらを効率的に行う為には、莫大な量の感情を適切に処理しなければならない。どんな感情をどの程度持っているのかは、個体によって異なるのだ。

 

 スネークは息を整え無線を繋ぐ、この衝撃から意識を逸らすためにも。サラトガたちに向けて発作は解除できたと連絡し、そして支援に行こうとした。

 

「視、覚エ、ガあるヨウダ、ナ、すネーく」

 

 あり得ない。そう思いつつも振り返ったスネークは、叫んだ。

 背後には、バラバラにした筈のヴァイパーがいた。

 いや、これは──ヴァイパーなのか。

 

 右半身は確かにヴァイパーだった。

 義手もそのままだった。しかし、残る箇所は全てグロテクスな肉片に覆い尽されていた。

 まるで戦艦棲姫の自律艤装が、ヴァイパーの残りカスに寄生しているようだ。

 艤装の隙間からは、タコの足に近い触手が何本も蠢き、多量の血を垂れ流している。装甲の下にある肉片には、光り輝く瞳が無茶苦茶に配列されていた。

 

「やはリ、再セイ中は、不安テいにな、る」

 

 途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、ヴァイパーのような化け物が収縮していく。膨張した筋肉や黒い装甲が、人間の肌によって押し込まれていく。やがて、出血が止まる頃。再び人間のヴァイパーが現れた。

 

「お前は何だ」

 

「鬼だよ、人間の尊厳も何かも奪われた、鬼だ」

 

 俺はもう死んでいる。ヴァイパーはそう言った。

 

「かつて俺たちブラック・チェンバーは、艦娘と人間の共同特殊部隊として設立された。だが、その実態は艦娘にさせてはいけない、裏仕事のサポートだった。それはまだ良い、納得できない内容ではなかった。だがある日俺達は、一隻の深海凄艦を追撃する作戦に参加されられた。それが罠だった。

 辿り着いた時、俺たちは包囲されていた。俺たちは半壊し、部隊は解体させられた。だが実際は存続していた、僅かな人員を中心に、犯罪や軍規違反を犯したメンバーで再編成させられ、ブラック・チェンバーは非公式の裏部隊として蘇った。

 だがそこからが地獄だった、表向きは壊滅した、存在しない部隊として良いように扱われた。仲間殺し、民間人の虐殺、内乱の火付け、艦娘の圧倒的な力を使って、汚れ仕事ばかりを押し付けられた。単冠湾を襲ったのも、その一環だった。

 それでも俺達はまだ、合衆国を信じていた。必要なことだと思っていた。だが、奴等は俺たちを裏切った。

 お前は知っているだろう、単冠湾の後俺たちは、保護の名目で殺された。誰に殺されたと思う? 艦娘だよ、それも艦娘と人間の共同特殊部隊、FOXHOUNDにだ。その後俺は知った、最初の壊滅の真実を。それは、ブラック・チェンバーを裏の世界に引き摺り降ろすためだった。

 意図的に壊滅させることで、非合法活動をしていた部隊を表舞台から消し、存在しない部隊としてより危険な任務を押しけること。壊滅した特殊部隊に代わり、新たに艦娘と人間の舞台を創設すること、それがFOXHOUNDだ。

 国際法があるとはいえ、これからは通常兵器の効かない艦娘の時代が来る。その時代を引っ張るのはアメリカだ、その為の偶像が必要だった。だが俺達は偶像としては、血に汚れ過ぎていた。だから役者を変える必要があった、全てその為だった。

 その為に、何人もの艦娘が沈められた。仲間が殺された。合衆国の名誉のためだけに。核に関わった証拠を消すために。名誉も尊厳も奪いつくされた。表世界から存在を消され、裏社会では艦娘を使ったテロリストとして! 

 だから、俺達は復讐し、奴等から全てを奪うと誓った。平和も利権も核も歴史も、何もかも奪い尽くして壊してやるとな、合衆国──いや、愛国者達に!」

 

 愛国者達。と言った時、莫大な憎悪をスネークは感じた。右目から生えた角の付け根に鋭い痛みが走る。これは、ヴァイパーだけの感情ではない。何十人もの報復心が渦巻いている。単冠湾で沈められた仲間の怨念だ。

 

 スネークは、知っていた。

 単冠湾で暗躍していた部隊が、保護の名目で沈められたことは。だが、それだけだった。ブラック・チェンバーだということ、既に存在しない部隊、ヴァイパーが生きていたことは、ここで初めて知った。ましてや、その理由など、知る由もなかった。

 

 艦娘を用いた特殊部隊、新たな時代を引っ張る存在。それが血に汚れていてはならない。たったそれだけの理由で、ヴァイパーは殺されたのだ。

 スネークは、震えていた。ヴァイパーではなく合衆国への怒りによって。同時にそれは、合衆国の体現である自分への自己嫌悪でもあった。だがヴァイパーは世界を滅ぼそうとしている。持ってはいけない感情を、必死で堪えるが故に震えていた。

 

「辛うじて生きていたアウルのお蔭で蘇った俺に、中枢棲姫と名乗る姫が協力を持ちかけてきた。メタルギア・イクチオスを使った計画、世界を滅ぼす手段を。だが俺は知っている、その中枢棲姫こそ、俺たちを嵌めた愛国者達の手先だと。だが、俺は乗った。奴の計画に。俺はその計画さえ踏み台にすると決めた。その鍵が、お前の知るそれ──そう、SOPシステムだ」

 

 J.F.Kに組み込まれた発作のプログラム。それは明らかに、SOPシステムに類似したものだった。そしてヴァイパーは恐るべき一言を口にした。

 

「SOPは既に全ての深海凄艦、艦娘に組み込まれている。遺伝子設計図に、生物的なシステムとしてネットワークも実は存在している。電子的ではない、超常的な概念が」

 

「馬鹿な、できる筈がない」

 

「何故そう言える? ならお前は、『建造』技術がどう生まれたか知っているのか。まさか、妖精が齎したとでも? 

 だが、この世界でのSOPは未完成だ。控え(J.F.K)に入っているのはシステムを艦娘用に適用させた類似品でしかない。だから発作というイレギュラーな形で起きる。それでも使えないことはないから、度々使っていたが。スネーク、これを完成させるのに必要なのは何だと思う?」

 

「……G.Wか」

 

 控え(J.F.K)のシステムが完成していない理由は推測できる、この世界でSOPが生まれていないからだ。システムの概略を知っていたとしても、あれを完全に再現することはできない。だがそこへ、オリジナルのプログラムを持っているG.Wがあれば話は変わってしまう。ナノマシンの代わりは、おそらく屍棲虫だ。

 

「そう、敢えて一度負けて、お前にAIを解析させたのはそれが理由だ。今頃端末を通じて、G.Wのシステムを強奪する為のウイルスが雪崩れ込んでいる。お前は罠にはまったんだよ。これで艦娘用のSOPは完成する」

 

「お前はそいつで何をする気だ」

 

「艦娘と深海凄艦を暴走させ、人類を敵として認識させる。艦娘の敵は深海凄艦と人間になる。今まで彼女達に依存してきた社会は内部から崩壊する。イクチオスにより深海凄艦に依存し出した第三各国も崩壊する。だが、対抗手段は残されている。イクチオスに残された新型核だ。人類は生き残るために、核戦争を起こさざるを得なくなる。人、艦娘、深海凄艦での殺し合いが幕を上げる」

 

「馬鹿な、世界が滅ぶぞ、何の意味がある」

 

「それが目的だ、俺はこの世界の全てを滅ぼすことが目的だ、その為だけに俺は生きている。行っただろう、奪い尽くすと。俺は全てを消す、仮初の平和を享受する民衆、戦争ビジネスに甘んじる国家。報復に飛び付く小国、平和の為の戦争に酔う艦娘に、怨念に酔う深海凄艦に、それら全てを策謀する愛国者達に!」

 

 ヴァイパーの体が元に戻る、見た目は人間そのものだ。しかし中身は違う、あの見た目通りの狂った化け物なのだ。生前のヴァイパーがどんな人間だったのかは知らない。もしかしたら仲間思いの戦士だったのかもしれない。

 

 それはもう、知ることのできないことだった。

 ヴァイパーは狂っていた。屍者であり、生者を憎む亡霊──誰よりも深海凄艦らしい物の怪に成り果てている。絶対に殺さなくてはならない相手なのだ。

 

「俺は世界を絶滅させる、俺自身の怒りによって!」

 

 この、奥底から滾る熱は。

 マグマのように噴き出るものは決意か、使命か、意志か。もしくは報復心か。私を突き動かすものもまた怪物なのか。血みどろの殺し合いであっても、止めることはできないのだ。

 




メタルギアの行方(スネーク×G.W)

〈……そう言えばふと思ったんだが〉
〈何だ〉
〈スカルフェイスは確か、エメリッヒにメタルギアを造らせていたな〉
〈直立二足歩行戦車メタルギア・サヘラントロプスだな。
 アフガニスタンのような高低差の激しい地形に合わせ、高い視野を確保でき、かつ走破を可能とする為、直立二足歩行という特性を持った新型メタルギア。また、唯一のソ連製メタルギアでもある〉
〈その実態は、メタリックアーキアを利用した核製造キット……だったか。それをアピールする為の広告塔〉
〈エメリッヒがあれだけ、納期を伸ばしまくって拘った直立二足歩行には、戦術的意味はまるでなかった訳だ〉
〈ないことはないだろう、多分〉
〈まああんな男はどうでもいい、で、それがどうした〉
〈いや、この世界は元々、同じ史実を辿っている。スカルフェイスの事件も起きている以上、サヘラントロプスもいる。だが、サヘラントロプスは最後、完全に破壊されたと聞く〉
〈言う通りだ、幼少期のリキッド・スネークにより奪われた後、ダイヤモンドドッグスとの戦いで破壊されている〉
〈しかし、この世界では、ダイヤモンドドッグスはエメリッヒが流された後、壊滅している。まさか、現存していないよな?〉
〈それの心配は要らない、壊滅したが、戦力が消えた訳ではない。むしろ残存勢力の全てをあげて撃破されている。奪ったのがリキッド本人かどうかまでは、特定できていないが〉
〈恐るべき子供達計画も、変わっている可能性はあるからな。そうなると、残骸も残らず回収されているか〉
〈いや、分からん〉
〈どういう意味だ〉
〈残骸は回収された、あの技術が盗用される可能性はない。しかし、残骸の()が足りてない〉
〈量?〉
〈どうかき集めても、サヘラントロプスの『下半身』部分のパーツしか発見できなかったのだ。『上半身』のパーツが、跡形もなく消えてしまっている。当然行方も分からん〉
〈……不思議だな〉
〈ダイヤモンドドッグスの兵士の間では、異世界に消えたと言う阿保な噂が立っている〉
〈まさか、そんなホイホイ異世界への移動が起きる訳ないだろう。だって『メタルギア』だぞ?〉
〈その通りだ、メタルギアにそんな非科学的極まった展開などあり得ない〉
〈ハハハハ〉
〈ハハハハ〉
〈……皮肉か? 我々への〉
〈よし、話は終わりにしよう。この作品が生き残る(サバイブ)ためにも〉
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