【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

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File57 深海海月姫

 彼の悲鳴が聞こえたと同時に、私は暗闇の中に放り出されてしまった。彼がくれた光、音、触感、価値──誰が敵で、誰が憎いのか。それが全部、暗闇の中に消えた。手探りで進むことすらできなくなり、私は暴れる。赤子が暴れるように、どう動いているのかの実感さえ分からずに。

 

 その時、近くに光が見えた。一つだけ見えたそれに手を伸ばし掴み取る。手のひらに感じたのはあり得ない熱と痛み。指先に感じた激痛が、瞬く間に全身を貫き、私は覚醒した。あの時──前に一度、彼女と共鳴した時は、他の報復心に呑まれた。今回は、他の誰かは来ない。直に痛みを感じた。

 

 だから私は覚醒した。

 私が誰か、思い出した。これは、この痛みは、核の痛みだ。燃える痛み、火傷の痛み、放射線で貫かれる痛み。何もできず沈む無念、味方に殺される憎悪。全部、全部思い出した。

 私は──そうだ、私は。

 

 

 

 

 ── File57 深海海月姫 ──

 

 

 

 

 再び義手を構えるヴァイパーに対し、スネークは丸腰だった。小型艤装は未だにAIと繋がったままだ、無理に切り離せばどんな障害が発生するかも分からない。ウイルスが流れ込んでいる状況も、その懸念を後押ししていた。

 

 義手が火を噴くと同時に、スネークは無数の墓石に向けてダイブする。持っていたスモークグレネードを投げ、煙の中に姿を晦ませた。ヴァイパーがスネークを殺そうとするのは、彼女が愛国者達(アメリカ)の産物だからという理由だけではない。彼女を殺さなければ、G.Wの権限を完全に奪取できないからだ。

 

 だから、ヴァイパーはスネークに固執する。それだけがある意味救いだった。これで深海海月姫と同時行動をとっていたら、勝ち目は皆無だった。

 

 スネークは身を屈め、一本のナイフを取り出した。それは高周波を纏っていないただのナイフ。ヴァイパーが使ってくる罠は、どれもシンプルな物ばかりだ。だからこそ、原始的な武器でも戦える。

 

「どうしたスネーク、時間はないぞ。ウイルスが効くまで、あと何分か。彼女が表の奴等を殺すまであとどれくらいだろうな!」

 

 義手から弾丸を撒きながら挑発する。跳ねた跳弾が頬を掠める。うかつに動けばまた罠にはまる。時間はないが、敢えてその場に留まり続けることにした。

 

 放たれる弾丸は時に直撃し、跳弾が当たる。小型艤装さえ外し、最小限の防御さえなくしたスネークはただの人間。人の身で受ける痛みは、彼女の想像を超えていた。痛みに胸が竦み、息が荒くなる。

 

「それとも、ウイルスは効かないと思っているのか。それは間違いだ、今G.Wに流れているのはワームウイルス──かつてお前を破壊した物と同じだ。効果は実証されている。自分が消えていく感覚はないか?」

 

 無視だ、何を言おうが気にしてはならない。口の中に妙な物がある。砕けた奥歯の破片だ。遅れて痛みがやってきた。それがスネークの波長を戻してくれた。冷静になった彼女は、一つの規則を見つける。

 

 ヴァイパーを直視していないが、彼は最初にいた位置からほとんど動いていない。なぜか。それは、あまりにも大量の罠を張っているせいだ。勿論ヴァイパー自身が踏むなどという馬鹿なことはない。ヴァイパー自身の動きで、罠の位置を教えることを避けている。だから機銃を使い、スネークを動かそうとしている。

 

 迂闊に動けば奴でさえ罠を踏む──だとすれば、限界まで接近すれば勝ち目はある。再生のカラクリは分からないが、あいつもスペクターだとすれば、『コア』が存在する。全ては接近してからだ。

 

 G.Wのアシストさえない状況でのスニーキングは、全くの初めてだ。匍匐前進のための一歩ですら恐ろしく感じる。極細のワイヤーは眼に捉えるのも困難。部屋が妙に暗いのは、ワイヤーを隠す意味もあった。

 

 だが、スネークはその一歩を踏み出した。

 どのスネークも最初にしろ最後にしろ、自力でスニーキングを成し遂げていた。私がそれを成すのが、今というだけだ。全身の感覚を意識し、五感の全てを尖らせる。

 

 高度なセンサーと化した指先は、地面に置かれたある物に気づいた。そこだけ僅かに温かい。誰が触れていた証拠。

 新たな罠は、地雷だった。

 

 直撃すれば死ぬ。

 残っているのは人の体温ではない。この部屋に、自動的に地雷を設置する機械が置かれているのだろう。地面に耳を当てると、機械の駆動音が聞こえてくる。

 

 もう一度指先を動かす。地雷は消えていた。機械の駆動音は続いている。絶え間なく地雷の設置位置が変化している。ランダムか、ヴァイパーがコントロールしているかは分からないが、危険であることに変わりはない。

 

 それでも同じように進むしかない。スネークは口内の血を呑み込み、匍匐前進を繰り返す。ヴァイパーもスネークの目的に気づき、銃撃を止めていた。これでヴァイパーの位置を捕捉できなくなった。

 

 最初の銃撃で大まかな位置は分かっていた。もはやワイヤーに触れることもできない、これでさえセンサーに思える。位置を悟られれば終わりだ。

 

 位置の分からないヴァイパー。一つ間違えれば地雷に吹き飛ばされる。足音も機械の駆動音に紛れて聞こえない。最初から動いていないのか、聞き漏らしているのか。むしろ寒いのに汗が止まらない、気が狂いそうになる。

 

「もうすぐだ、もうすぐで俺の夢は叶う。世界は絶滅する、お前たちが異物として忘れ去った、亡霊のよって。誰にも邪魔させてなるものか!」

 

 興奮した様子でヴァイパーが叫ぶ、彼の声は反響し、正確な位置を掴ませない。だが、スネークには位置が分かった気がした。

 声ではない、気配が確かに感じ取れた。

 だが──本当なのか。声が発せられたらしき場所と、気配のある場所がまるっきり別だった。

 

 証拠だけ見るなら、声の発せられた場所だろう。正確な位置でなくとも、だいたいのは分かっている。しかし、銃撃を控え、姿を隠すヴァイパーが、わざわざ大声を出すのか。これも罠ではないか。気配は感覚でしかない、理論的な確証は全くない。

 

 スネークは意を決し、そちらへと進路を定めた。地雷を誘爆させての自爆も望めない、奴は罠のプロフェッショナルなのだ。腕を動かすたびに、全体が動く。足の指先までがワイヤーに触れそうになる。

 

 極度の緊張に視界が揺らぐ、自分と周りの区別がつかない。時間の感覚がなくなり、生きているのかさえ曖昧だ。ただ一つ、左目の角が、幻肢痛だけが意識を繋ぎ止めている。幻でも何でも良い、私を保てるものならば。

 

 汗が垂れた。意識してもどうしようもないことだった。

 それが、ワイヤーに触れた。

 同時にスネークは辿り着いた。『気配』を感じた場所へ。

 彼女は全身をバネにして立ち上がる。わずかに感じる体温、呼吸音。ヴァイパーは目の前にいる。

 

 しかし、現実としてヴァイパーはいなかった。

 在ったのは空っぽの空間だけだった。

 間違っていたと絶望する。

 だが、覚悟していたこと。スネークは構わず跳ねた。左手を伸ばし、右手を握る。やけくそと言っていい行為だ。

 

 彼女の左手は、()()()()()()

 手のひらに驚愕の息遣いが伝わる。スネークはそこに向かい、渾身のストレートを叩き込んだ。誰かの嘔吐が体に掛かる。ただちに掴み取り、それを──ヴァイパーを地雷原に投げ飛ばした。

 

「スネーク!」

 

 ヴァイパーの呪詛は、地雷の爆炎に焼き尽くされた。激しい衝撃波がスネークを壁に叩き付ける。繊細な調整をされていたのだろう、他の地雷は誘爆しなかった。そこら中に向けて、奴の肉片が飛び交う。

 

 その中に、見覚えのある切れ端を見かける。ここにはいないG.Wの端末、メタルギアMk-4に装備されているステルス迷彩のラバー。

 ヴァイパーは、ステルス迷彩をつけていたのだ。あそこで迷っていたら、真正面から銃撃を浴びていた。どうやって入手したかは、今は考えまい。

 

 緊張がほどけ、腰が砕けかける。スネークは膝を叩き、壁を背に立ち上がった。一度殺してもヴァイパーは死ななかったが、種は割れている。スペクターと同じくコアがある。それを破壊すれば良い。

 

 だが、爆散した肉片のどこにも、コアは存在しなかった。

 

 肉片が動きだし、一か所に向けて集まり始める。

 どうなっている。こいつは死者なのか。既に死んでいるから、殺せないとでも言うのか。

 今の彼女に残された方法は、何度でもヴァイパーを殺し続けることだけだった。

 

 

 

 

 酒匂とプリンツが加わってもなお、戦況は悪化の一途を辿っていた。

 まともな意識などない、混濁した獣。ただ、純粋に深海海月姫は強かった。こちらの攻撃に対し、瞬間的かつ的確なリアクションを示してくる。

 

 鼓膜を突き破り、脳を直接穿つ絶叫から目を背け、逃げる様に艦載機を出す。僅かな合間を突き、艦爆が防衛線の穴を抜ける。しかし、狙った──いや、予想出来ていたのか、海月姫の機銃が艦爆を叩き落とす。

 

 ──ムダナコト。

 穴は一瞬で塞がれ、むしろ、サラトガも気づいていない隙を突かれる。海月姫の艦爆が上空に迫る。爆弾が投下される直前、酒匂の機銃が艦爆を撃墜した。命拾いしたが、喜べなかった。状況はまるで好転していない。思考を読まれ続けている。

 

 今、深海海月姫の目であり耳であるのは、他ならぬサラトガ自身だったのだ。今までヴァイパーの五感を借りていた海月姫は、サラトガの五感に寄生した。その影響で、サラトガの思考は全て筒抜けになっていた。

 

 どうしてそうなったのか。サラトガと深海海月姫が()()存在だからなのか、一度空母棲姫を介して繋がってしまったからなのか。理由が何であれ、考えていることが筒抜けではどうにもならない。私で駄目なら、他の仲間に任せるしかない。

 

「当たれっ!」

 

 プリンツの発射した魚雷は、護衛のスペクターに防がれた。だが、その隙を利用して長門が主砲を構える。もう一隻が妨害に走るが、その前には酒匂が立ち塞がる。戸惑っている間に、主砲の衝撃が建物を揺らす。

 

 それでも深海海月姫は回避する。

 ──ミエテイル。

 射線が分かり切っていた、背後から見ているサラトガからは丸見えなのだ。しかし長門の行動は予測し切れていない。爆炎を突っ切り、拳を握った彼女が現れたのだ。主砲も囮だった。

 

「回避できる距離ではないぞ」

 

 顔が触れあうかどうかの距離、海月姫の巨体では逃げ切れないと思った。

 その時、海月姫のドレスが急に翻る。隠れていた彼女の肌が見え、ひび割れた肌から無数の銃口のような物が生えていた。次の瞬間、全身の銃口が火を噴いた。

 

 火炎放射が広がっていく。建物が急激に融解し、鉄筋がむき出しになる。部屋中を煙が充満する。

 ──アツイダロウ。

 特殊な燃海月姫への改造は全身に及んでいた。接近すら難しかった。そしてもう、二隻の護衛の隙は突けないだろう。

 

 だが、サラトガをそれ以上に苦しめていたのが、『言葉』だった。

 ──ヤカレテシマエ──。

 海月姫が寄生したのは五感だけではない。サラトガの言葉にも寄生していたのだ。ヴァイパーに寄生してた時は、話せなかったのに。これも、私達が近い存在だからなのか。言語を形作る史実が、全く同じだからか。

 

 言葉を覚えたての子供のように、海月姫は言葉を綴る。

 それは全て、怨念に満ちた呪詛でしなかった。

 クロスロードで焼かれた記憶。今まで感じることしかできなかった感情が、言葉のせいで理解できてしまう。

 

 意志がないなどと、誰が言ったのか。深海海月姫には明確な意志がある。言葉を死に奪われたから、表現できず、彼女自身も、その気持ちが何なのか分からなかっただけだ。しかし、言葉を使わなければ人は意志を表せない。言葉を奪った連中は、彼女の意志を奪い去っていたのだ。

 

 ──テイトク? ──一言だけ良い残し、海月姫が再び停止した。同時に、護衛に専念していたスペクターが活性化する。さっきと同じことがまた発生している。挙動の読めない仕草に長門たちは不気味がるが、サラトガだけが感づいていた。確証を得るため、スネークへ無線を繋ぐ。

 

〈急になんだサラトガ〉

 

 無線越しのスネークは明らかに焦っている。ノイズが混じっている理由は電波だけではない。

 

「さっきどうしたの、急に無線を切って」

 

〈死んだと思ったヴァイパーが蘇った、恐らく自分をスペクターにしている。だが、コアが見つからない〉

 

「じゃあ、彼は今どうなっているの?」

 

〈もう一度殺してやったが、また再生を始めている。正直、かなり不味い〉

 

 ヴァイパーは今、再生の真っ最中なのだ。

 彼と海月姫は、ほとんど行動を共にしていた。五感を借りなければ行動できないからだった。だが、それだけか。彼を異様に心配する海月姫の叫びを聞き、一つの可能性に思い至る。

 

「行きます」

 

 静かに、だがハッキリと呟いた。

 たまたま聞こえていた酒匂が振り返る、サラトガは少し笑って、海月姫を見据えた。震えは止まっていた。そして、海月姫に向かって走り出した。

 

「サラトガさん!?」

 

 信じられない、酒匂が絶句する。

 空母が自分から接近するなどセオリーに反している。それをしなければ、スペクターは突破できない。それに思考なんて読まれている。ならいっそ、分かっていても回避できない状況にすればいい。

 

 無謀な突撃に気づいたスペクターは、二隻とも狙いをサラトガに定める。確実に倒せる者から沈ませる腹積もりだった。そこへ、長門たちが割り込む。スペクターの行動はあくまで単調だが、仕込まれた針や毒が、恐るべき攻撃へと変えている。

 

 そう分かっていたが、長門は突っ込んでいった。砲撃を右手で払いのけ、襲い掛かる一隻を、横殴りの砲撃が吹き飛ばす。砕けた腕が毒針を撒き散らすが、すかさずプリンツが機銃を乱射し、直撃から長門を護る。

 

 もう一隻が、サラトガに襲いかかろうと尻尾の咢を剥き出しにした。気づいた酒匂とプリンツの攻撃は、スペクター本体に防がれる。不気味なほど綺麗な臼歯が、かみ砕かんとする。だが尾は閉じない。割り込んできた長門が、全身で踏ん張っていたのだ。

 

「やれ、サラ!」

 

 長門に押されて、彼女は駆ける。振り返れば追ってきたスペクターがいるかもしれないが、それはしない。仲間が喰い留めていると信じていた。言葉は要らなかった。動かなくなった海月姫に向けて、槍のように構えたカタパルトを突き立てる。

 

 それでも、スペクターの方が上手だった。

 背後に強い衝撃が走り、カタパルトからの攻撃機が逸れる。爆撃は遅れ、回避の時間を与えてしまう。飛んできていたのは、スペクターの尻尾だった。不死身の体を良いことに、自分で千切って投げ飛ばしたのだ。

 

 ──ジャマダ、ジャマダ! ──怨念に満ちた呪詛を撒き散らし、海月姫が逃亡を図る。絶対にそれは駄目だ、予想が正しければ、時間を与えてはならない。サラトガはこの機会を逃すまいと、全力で爆撃を繰り出す。狙いなんて定めていない、予想が意味を成さない。

 

「スネーク、ヴァイパーは!?」

 

〈なにかしたのか、再生が止まっている〉

 

 爆撃に掻き消されないために大声で叫ぶ──ヤメロ! ──海月姫の声が、より確信を深めた。スネークの回答は、彼女に答えを与えた。文字通りだ、ヴァイパーと海月姫は一心同体だったのだ。相依存、共存、そう言った関係だ。

 

「どうしたサラ!」

 

「長門、海月姫だわ! ヴァイパーと海月姫は、コアを共有している筈。きっと、コアを持っているのは海月姫の方!」

 

 ヴァイパーにコアがないのではない、別の場所にあるのだ。

 それが海月姫。

 彼女はコアを提供し、ヴァイパーは五感を提供する。不足している箇所を補い合って、二人は生きている。彼が負傷した時、海月姫は動きを止めて再生に専念している。

 

 だが、それは生きているとは到底呼べない。報復心と、歪んでしまった愛情でこの世にしがみ付いているだけだ。

 

「海月姫を仕留めれば、ヴァイパーも死ぬということか。なら、話は早い!」

 

 状況が逆転した、何が何でも海月姫を沈めなければ、スネークの命が危ない──ジャマスルナ、アノヒトヲ、タスケサセロ──ヴァイパーの再生に専念できなくなった海月姫は、苛立ちに駆られるまま絶叫する。

 

 サラトガの真似なのか、狙いもなく滅茶苦茶に放たれた爆撃が、要塞を激しく揺さぶる。増援にやって来た通常のスペクターまで巻き込んで、爆炎が視界を覆い尽す。接近できない、長門に首を掴まれ、無理矢理引き剥がされる。

 

 瞬間、浮遊感が全身を包む。同時に轟音が聞こえる。

 足場が崩れた、要塞の大部分が耐え切れなくなり崩壊していく。さすがにスネークのいる中央フロアは無事だが、それ以外はもう原型を留めていない。サラトガたちも海月姫も、そのまま地面──ならぬ、真っ赤な海面へと着水する。

 

 しかし、周囲の様子がおかしかった。

 ビーチが、消えつつある。

 残っていた要塞の一部や木々が溶けていき、ビーチの次の段階、姫のテリトリーに成りつつある。時間の進む方も、正常なものに戻りつつあった。

 

 急いで顔を上げれば、また海月姫が動きを止め再生に専念していた。さっき聞こえたスネークの声は絶え絶えだった、もう長くは持たない、今度ヴァイパーが蘇れば、負けてしまう。そうなれば、あちらの勝ちだ。

 

 それは、海月姫もスペクターも分かっている。海月姫を護るために活性化していたスペクターは、突如咆哮する。それに呼応した通常のスペクターが、護衛の二隻に群がり始めた。レ級のフードを脱ぎ去り、仮初の肌を突き破って継ぎ接ぎの肉片が、更に混ざり合う。十隻、二十隻、三十隻。

 

「これって、く、鯨?」

 

 それは、巨大な二匹の鯨だった。

 海月姫と同じハワイ近海にいる、太平洋深海棲姫の艤装に近い。しかし、鯨の骨と、その中身に肉片を詰みこんだグロテクスな生物だった。その内片方が、海月姫を体内へと格納する。もう片方が敵意を剥き出しにして、咆哮する。

 

 同時に、悪寒が全身を突き抜けた。

 鯨の全身から、レ級の尻尾が口を開けて飛び出した。中からは勿論、一撃必殺の主砲が覗いている。背中からは、夥しい量の艦載機が放たれている。これで決めにかかっているのは、一目瞭然だった。

 

「行くぞサラ、奴を仕留めにかかる!」

 

「長門!? でも、スペクターが」

 

「オイゲンと酒匂に任せる、良いな二人とも!」

 

 できる訳がない、スペクターはそもそも戦艦レ級。相手はそれが無数に集まっている化け物。軽巡と重巡で対抗はできない。分かっている筈なのに、二人は力強く頷く。主砲と魚雷を構え、立ち塞がる鯨に向かって行く。

 

 どうしてそんな無茶ができるのか。分かり切った理由だ、仲間だからだ。例え、連合艦隊を組んでから短い間しか関わりがなくても、私たちには大きな過去がある。同じ過去を共有している。

 

 核で焼かれて最後を迎えた私たちは、どうやってもその過去を否定したいと願う。もっと、別の形で出会いたかったと。その願いは、戦場で叶った。艦娘として蘇ったから。しかし、また核によって焼かれようとしている。

 こんな形で終わっていい筈がない。だからこそ、二人は行くのだ。しかしそれは、変えられない過去を変える行為。報復とも言えた。

 

「いいか、行くぞサラ!」

 

 片割れを喰い留めている間に、海月姫を取り込んだ個体を追撃する。片方は逃亡を図っていた。逃走経路を塞ぐ為に、艦載機を放つ。雷撃も爆撃もありったけをばら撒き、海面が火の海になる程に攻撃を繰り返す。

 

 それでも止まらない、再生能力に任せて爆撃を突っ切ろうとする。だが、動きは遅くなった。鯨が砲撃と艦載機、雷撃を発射する。赤かった空と海が、どす黒く染まっていく。空母の私が受ければ、一撃で行動できなくなる。

 

「道を、開けろ!」

 

 長門が剛腕を振るい、道をこじ開ける。毒針を喰らい、激痛に顔を歪める長門は、歯を食い縛り絶叫を堪える。特攻にも見える猛進の前には、如何なる攻撃も致命打に至らない。ならないが、深刻なダメージは増えていく。

 

 どちらが持つか、そういう勝負だ。長門が押し切る、サラトガは確信していた。

 同じ、屍者ではある。死んで蘇った存在ではある。しかし、屍者の為に戦う屍者と、生者の為に戦う屍者。どちらが勝つのかは、明らかだった。

 

 全身から血を垂れ流し、肉は剥き出し。骨もあらぬ方向へ捻じ曲がり、体から飛び出している。それでも、長門は鯨の口を掴み取った。極限まで接近し、他の主砲は角度が足りない。邪魔する者は、艦載機ぐらいしかない。それは、サラトガが阻止した。

 

「吹き飛べ」

 

 完全なるゼロ距離で、41センチ連装砲が火を噴く。鯨の口を破壊する。即座に再生が始まるが、それよりも早く主砲を撃ちこむ。砲身が赤熱し、溶け始める。爆風が長門も巻き込む。それすら構わずに、突破口が開くまで撃ち続ける。

 

 やがて、再生よりも破壊が上回った。鯨の口が引き裂かれ、内部に一本の通路が現れる。屍者の王へと繋がる階段が。長門の返事を待たずに、サラトガは駆けだす。通路が空いていたのは途中まで、長門がやったように、肉塊の中に体を突っ込まなければいけなかった。

 

 瞬間、体中に針が突き刺さる。麻痺毒や出血毒、色々な死が送り込まれていく。肉塊の圧力に潰されそうになり、骨が悲鳴で泣き叫ぶ。ショック反応で涙が止まらない。同時に、海月姫の憎悪が雪崩れ込んで来る。

 

 炎──アツイ──ナカマガ──光が眩しい──私の、空母サラトガの、海月姫の、クロスロードの記憶が交差し、混じり合う。自分が分からなくなる。手を掻き分け、艦載機を無理やり押し出して進んでいる。五感が滅茶苦茶だ、分からない。報復心に呑まれそうになる、世界の全てが憎くなっていく、核で焼かれた記憶がトラウマから憎悪に変化する。

 

 表の世界から消された怒りが込み上げる。

 これだけの怒りがあっても、私達は海月姫に()()があるとは思わなかった。

 意志を伝える言葉がなかったからだ。それは存在しないことと同じだった。

 

 この世界でも幸いにして、軍艦の名前は引き継がれている。私たちは沈んでいるけど、名前は残っている。それはある意味、私が生きているのと同じだ。だが、逆に『サラトガ』の名前を奪われ、『言葉』も奪われた海月姫は、存在しながら死んでいるのと同じだ。生き地獄と言っていい。

 

 それと同じ行為を、私達の国は、祖先は、この土地でやってきた。別の土地でもやった。元々の言葉を奪い、存在を変える暴力を振るってきた。

 

 海月姫は象徴だ。

 今までのツケが来たのだ。言語を統制し、時に言葉を封じ、時に存在ごと抹消して、忘却へと追いやり殺す。海月姫はそれらの縮図として、ヴァイパーと共に戻ってきたのだ。だがその存在を許せば、世界は終わる。それだけは、どうやっても認めてはならない。だが記憶は焼かれていく。自分が、なぜ進んでいるかも思い出せず、その場で腕は止まりかけたかに見えた。

 

 だが、直後、再び腕が動いた。

 サラトガは修羅の形相で、奥にいる海月姫を睨んでいた。

 体内に巣食っていた怨念が、怨念の火で焼かれる。忘我しかけたサラトガを我に帰したのは、空母棲姫に他ならなかった。

 

 彼女の怒りが、自分のことのように理解できた。

 抵抗も何もない、無慈悲なミサイル。リベンジさえもできなかった屈辱。その憎悪こそが、空母棲姫(サラトガ)サラトガ(空母棲姫)としていた。在り所と言っても良い。それを別の記憶で塗る潰されるなど許せない。

 

 サラトガも空母棲姫も、この世界に幾らでも居る。

 だが、スネークに殺された私たちは私たちしかいない。それを奪われることは、海月姫がされた言葉の簒奪と同じなのだ。

 

 光が刺した、狭い伽藍洞に、深海海月姫が鎮座していた。サラトガはカタパルトを胸元に突き立てる。艦載機はもうない。だから、装備されていた機関銃を撃った。

 

 血が降り注ぐ。パキンと硝子のひび割れる音がする。コアが壊れる音だった。彼と彼女の、仮初の命を終わらせる音がした。

 

 海月姫が、崩れ落ちる。同時にスペクターも崩壊を始める。胸元が空き、喪失感が胸を埋め尽くす。当然だ、彼女の報復心は、ある意味で私と同じなのだから。

 

 だが、同時に、海月姫の憎悪が解放された。

 内蔵していた火炎放射器が、燃えて消える幽鬼のように暴れ狂う。逃げ場のない肉塊の中で、サラトガは全身を焼かれてしまった。

 

 涙が頬を流れる、真っ赤な血の涙が。

 激痛の痛みか、それとも、もっと別の何かなのか。どちらなのか、サラトガには分からなかった。

 どちらにしても、勝利の余韻はない。

 遠ざかる意識の中で、見えるはずの無い青空を眺めていた。

 

 

 

 

「──サラ!」

 

 だが、肉塊の中に、一本の棒が捻じ込まれた。

 サラトガはそれを掴む、思いっきり上に引っ張り出させる。鯨の背中に、砲身を赤熱させた長門が立っていた。

 

「言っただろ、引っ張り上げると」

 

 (ストランド)ではなく、棒だったが。長門はそう言って、焼けた顔をくしゃくしゃに歪めた。

 見上げた空は、どこまでも広がっている。

 思い描く空ではないアフリカの空、だけど、とても綺麗だった。

 




「変異(ガングート×北方棲姫)」

「こんな時間に、何の用」
「いや、そろそろアフリカでの戦いも終わる。区切り代わりのウォッカでもどうだ」
「良いけど」
「…………」
「…………」
Хорошо(ハラショー)! 久し振りに飲んだが、やはりい良いものだな」
「私は余り、見た目のせいだろうか?」
「実年齢を気にする存在でもないだろ」
「それで? こんな茶番を用意して、何の用?」
「……スネークの変異について、見解を聞きたい」
「なぜ、急に」
「私から見ても、あいつの変貌は異常だ。
ビーチが姫のテリトリーである以上、負の感情が増えやすいのは理解している。だから深海凄艦側に傾きやすい。だからサラトガは、空母棲姫に乗っ取られた。
だが、スネークは何だ。
一時改装を施した時から、半ば深海凄艦のような見た目になっていた。今や完全に深海凄艦だ。変異が戻る様子もない。普通の艦娘でないことは、提督適正がある時点で分かっていたが、それにしても異常過ぎる」
「詳しいことは分からない、スネークが戻ったら、すぐに精密検査をする予定。今言えるのは予想に過ぎない、それでも良い?」
Спасибо(スパシーバ)
「スネークも、多分サラトガと同じ『成り損ない』だと思う。スネークはD事案の艦娘でしょ」
「ああ、私はそう聞いている。海上にいきなり現れるのは、ドロップしかない。つまり、元深海凄艦だということになる」
「成り損ないはD事案以上に謎が深い。パターンも多い。スネークの場合、深海凄艦の『力』が消えないで、残っているのかもしれない。これだと、提督適正の説明もできる」
「元々持っていた『姫』の力が、D事案により、提督適正転じた。と言いたいのか?」
「従える対象が違うだけで、提督も姫も、本質的には同じだと私は考えている。過去の存在、怨念に君臨する存在。もしかしたら、両方の力を手に入れるかもしれない」
「艦娘もイロハ級も支配できる力……そんな力があるのか」
「少なくとも、元の世界でスネーク……ううん、G.Wは、近い力を持っていたと聞いた」
「元からだったが、あいつは、一体何者なんだ」
「その疑問は、スネークが一番強い筈」
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