幾ら分厚い密林でも、木漏れ日は刺し込む。だが、それもか細くなって消えていく。葉が雨粒を跳ねらせて、どっと豪雨が押し寄せた。山の天気は変わりやすい。急変する天候に、スネークの足取りは遅くなる。
深海凄艦によって増水した水源が、更に強大に暴れる。川は巨大な大蛇みたいにうねり、土を抉り取って流れていく。巻き込まれれば、逆らう術はない。軍艦の化身であっても、所詮は人工物だ。強大な自然に襲われればひとたまりもない。
敵兵も、警備が散漫になっている。スネークは、この自然に身を投じなければならなかった。環境と、自然と一体になることが、スニーキングの真髄だ。無理に動かず、流れに沿って進んでいく。流れには、逆らってはならない。
廃屋から北上し、まず、地下洞窟へ繋がるクレパス前に辿り着く。しかし、クレパスから覗けるほどに水は増水している。代わりのルートは直ぐに見つけるために、道を引き返す。
クレパスから少し逸れた場所には中継基地があった。元々は、GRUの築いた大要塞との連絡基地だったが、今は兵士の詰め所として機能している。
警備は余り強くない。悪天候も原因の一つだが、統率があまりとれていないのが原因に見えた。見張りは規則的に配置されている。それぞれがお互いの死角をカバーし合っているが、見かけだけだ。
だらけた姿勢で艤装を構える兵士は、ほとんど首を動かしていない。逆に真面目な兵士は警戒し過ぎている。本当に見るべき場所を見れていない。個々の練度は高いのだろうが、士気が統一されていなかった。
原因は、中立区の構成にある。ガングートが言ったように、中立派と言っても色々な勢力がある。それによって、警備にかけるやる気も価値観も全く違うのだ。異なる価値を統一することは、想像以上に難しい。
そこへ、上官と思わしき深海凄艦が歩いてきた。
目が『青い』。flagship改クラスの個体だ。上官が視界に入った瞬間、どの見張りも背筋を伸ばす。異なる価値観の兵士を、強力な個体が統率することで秩序を保っているのだ。
だが、反応が遅れた兵士が一隻いた。
既に遅い、上官は怠け者に詰め寄り、問答無用で殴り倒す。無線で代わりの兵士を呼び、その兵士は広間へ連行されていく。同じグループも連帯責任だ。体を震わせ、怠け者を睨み付けている。
これから見せしめにされるのだろう。秩序を維持するために必要だからだ。規則を破る者には罰を与える。誰であっても平等に。それがルールだ。しかし、スネークは規則の網目を掻い潜るために来た。
既に兵士の注意は広間に向いている。長くは続かないだろう。それでも十分な隙だ。劣化した柵の下をくぐり、内部へ侵入する。入ってみて、やはり変化を感じた。
資料によれば、中継基地には側溝が設けられていた。今も残っている。だが、深さがまるで違う。足のつかない深さの側溝に、莫大な水が蓄えられている。側溝ではなく、水路として改造されていた。
飛び込めば潜水艦が気づくかもしれない。少ない残橋を手早く渡り、建物の影に身を隠す。壁の荷物に隠れながら内部を伺う。疲れた様子の兵士が、だらけながら休んでいる。覗き込んでも、気づく様子はない。
ゆっくりと窓を開け、一室に入り込む。一周してみて、窓のない部屋があった。恐らく情報が纏まっている。休憩所だから動き回る兵士は少ない。気配を探りながら、小走りで駆けていく。
部屋の扉を開ける。中は真っ暗だ。しかし、電源は管理室で監視されているかもしれない。スネークは左角に意識を集中させる。何もなかった視界の半分が、とたんに明るくなる。暗視ゴーグルと同じ世界が見える。ソリッドアイと一体化した角は、多くの機能を残していた。
中央には、資料が置かれていた。輸送作業の予定が書かれている。ここから更に北に、GRUのものだった倉庫がある。そこから武器や弾薬を運ぶらしい。具体的な道筋も書かれている。それさえ分かれば良い。小型のカメラで撮影し、建物から離脱する。
地図に書かれている道筋をある程度辿れば、倉庫まで辿り着ける筈だ。しかし、深海凄艦にとっての輸送となると、不安が残る。試しに近くまで行ってみたが、予想は当たってしまった。
輸送用の道路は存在していない。大きな水路が通っている。そこを輸送艦や潜水艦が移動していた。脇のジャングルを歩くことはできるが、リスクは依然大きい。それでも、選択肢はこれしかなさそうだ。
豊富な雨により作られたジャングルは複雑だ。何らかの目印がなければ確実に遭難する。敵の往来が激しい水路を横目に、木々の影に体を隠しながら進んでいく。枯れた枝を踏むことさえ戸惑われる。水の音で消されていると思うが、それでも汗が流れる。
輸送艦の動きを観察し、意識が逸れた一瞬を潜っていく。時間は真昼、もっとも活動が活発な時間だ。それにしても、輸送艦の通る頻度が多いように感じられる。心なしか、護衛の兵士にも疲労の色が見え隠れする。
アフリカでの計画が(表面上)失敗して、多くのイクチオスが機能を止めている。しかし、姫クラスの個体さえいれば、イクチオス自体は機能する。急ピッチで製造が進んでいるのだ。兵士はそのあおりを受けている(何のための物資か知らないだろうが)。
それに気づければ、後は容易い。歩く速度を一気に早めて、スネークは倉庫へとジャングルを移動した。
*
水路は、クレパスの一部を突っ切る形で通っていた。恐らく、地下洞窟と一部が繋がっている。なぜそんな設計にしたのかは分からない。地下洞窟も、どこかに繋がっているのかもしれない。
経路の先には資材の倉庫が立てられていた。見た目は古く時代の流れを感じさせるが、劣化している様子はない。元々ここにいた人間たちも、深海凄艦も、この倉庫を丁寧に使っていたのだろう。
錆びている扉も、そう開きにくくはない。倉庫の中を覗き込む。この倉庫のどこかに、山頂へ繋がる扉がある筈だ。
兵士の警戒心は強いが、隠れる場所の多さでフォローする。壁を叩き、引き付けたい兵士にだけ聞こえるような音を出す。注意が逸れる。その一瞬が、突破するに十分な隙間をつくる。
山頂への扉は目の前に会った。同じ一階にあったので、楽に見つかった。しかし、ドアノブに手をかけた時、異様な違和感に襲われた。当然この扉も錆に覆われている。使われていないのだから。
だが、ドアノブの錆が僅かに取れていた。
見逃してしまいそうな程、些細な違いだ。しかし、最近誰かが扉を使ったことを意味する。危険と主張する本能を無視して、慎重に扉を開けた。
暫くジャングルを歩くと、剥き出しの岩場が目立つ山道に出た。隣には別の森林地帯が広がっている。この辺りはそこまで警戒されていないのか、敵兵は散発的にしかいない。今回は横の森から狙撃されて
長い山道を越え、やっと、山頂付近に辿り着いた。山頂も基地の一部になっているようだが、水路はここまで伸びていない。そかつて整備されていたらしい塹壕はほとんど壊れていた。
足場代わりの木材は炭化している、土ごと抉られ、原型を留めていない。あの日の核の衝撃がここまで届いていたのだ。兵士が少ない理由も、それなのかもしれない。放射能が効かないと知っていても、嫌悪感はある。
もっとも、それを確かめるために来たのではない。この山頂から、侵入できる場所を探るために来たのだ。塹壕だった場所から、直接入れる山小屋があった。
山小屋に入り奥の扉を開くと、周囲を一望できる崖があった。一応、昔の写真記録は残っているが、完全に変わってしまっている。
此処からは、本来グロズニィグラードと呼ばれる、GRUの大要塞が一望できた。しかし、今は何もない。瓦礫すらない。この土地で発射された4発目の核攻撃に合い、完全に消えてしまっている。衛星写真で確認できた映像と同じ、広い湖だけがある。
ここからどれだけ探せるか。少し不安になりながらも、湖の周辺をじっくりと探っていく。真下にはガングートが言ったように、工場の正面入り口が見えるが、あれは私には使えない。一先ず、ガングートに連絡すべきだろうか。そう考え耳元に手を当てる。
その時、後ろから足音が聞こえた。
山小屋の反対側から敵が来る。スネークの後ろは断崖絶壁だ。隠れられる場所もない。タイミングは最悪だ。
扉を破り、敵兵が現れる。
奇襲を仕掛けようと試みるが、敵兵は素早く陣形を組み、スネークに射線を合せた。奇襲でどうにかなる状態ではない。平静を装いながら両手を上げ、奥歯を噛み締める。
敵兵の練度は高い、それに疲労も見られない。装備も、中継基地で見た深海凄艦より遥かに良い物を使っている。同じ組織に属するとさえ思えない。違いが露骨過ぎた。敵の一人と目が合い、ゆっくりと地面に伏せるように指示が出される。
スネークはフラフラと歩き、それを誤魔化す。当然敵は苛立つが、伏せたらもう、奇襲のチャンスもなくなってしまう。増していく敵兵の殺意に、怯むことなく平静を維持する。
だが再び足音が聞こえた。
山小屋の扉が開く。敵兵の一人が、そちらに意識を向けた。一瞬だが、決定的な隙だった。スネークはありったけの力で跳躍し、後頭部にひじ打ちを叩き込む。
敵兵を盾にハンドガンを構える。
だが、既に残る敵兵も倒されていた。的確に頭部を撃ち抜かれ、断末魔を上げる暇もなかったのだ。打ったのは当然、新たな乱入者だ。
いったい誰なのか。警戒していても、礼ぐらいは言わなくてはならない。スネークはハンドガンを構えながら、その存在に目線を動かす。
シンプルな野戦服を着た男を目にした時、スネークのささやかな感謝は欠片も残さず消し飛んだ。代わりに角の激痛がスネークの報復心をたきつける。
「久し振りだなスネーク」
「貴様、なぜここにいる」
「それはお互い様だろ、お互い、不法侵入している身の上だ」
服装こそ違うが忘れる筈がない。
単冠湾泊地に派遣されていた技術者だったが、実際は大本営の工作員だった男。何らかの技術を用いて大混乱を起こし、神通と軽巡棲姫が殺し合うよう決定づけた──『川路』が、目の前にいた。
「安心しろ、今回はお前の協力者だ」
何を言っている、この男は。
殺意を滾らせるスネークを沈めるように、一本の無線が鳴り響いた。
無線相手は、ガングートを示していた。
*
まずガングートはスネークに謝罪した。防諜の危険があったとはいえ、事前に川路が来ることを伝えられなかったからだ。私が川路をどう感じているか知っていたが、言うことはできなかった。
改めて伝えてきた内容は、ガングートが用意した内通者こそ──この川路だと言うのだ。川路が工場内部への侵入を手引きしてくれるという。しかし、とうてい納得できるものではない。いや、意味が分からなかった。
〈こいつは何なんだ?〉
当たり前の疑問だった。大本営の工作員がどうしてソ連にいるのか。
〈一つ目、川路は大本営の工作員ではなくKGBの二重スパイだ。二つ目、こいつはフョードロフの部下だ〉
誤魔化しても更に苛立つだけだとガングートは分かっている。とてもシンプルに事実だけを伝えてきた。
「ならどうして単冠湾にいたんだ」
〈大本営の為に行動するフリで、実際には大本営と米国、両方の力を削ぐ狙いがあったらしい。まあお前が原因で上手くいかなかったんだが〉
あの事件は結局、モセスの核製造と、ブラック鎮守府運営。お互いの弱みをお互いが黙ることで決着した。もしかしたら、お互いにダメージを負う可能性もあったのだ。ソ連の狙いは間違ってはいない。工作員としては妙に雑な行動には、そういった裏があったのだ。
「鎮守府と大本営とKGB……で、今はこの工場でスパイ活動か?」
〈そういうことだ、イクチオス製造に関わっていたのは主にGRUだからな〉
今回の事件は、根幹にGRUが関わっている。GRUとKGBの関係は複雑だ。お互いが力を持ちすぎないように、互いに監視する機能を備えている。二つの組織は、設立から対立を定められているのだ。
「信じて良いのか」
〈それしかないだろう、それに、何でもKGB側でしたいことがあるらしい。話を聞いて貰えないか〉
「……了解した」
極めて不満、いや不満しかない。しかしそれを呑み込むしかない、拒否することは状況が許さない。まさか、こんなことになるとは思わなかった。川路は薄気味悪い笑みが浮かべている。
「話したいこととは何だ、さっさと言え」
「再会だと言うのに冷たい女だ、まあ良い」
敵兵の死体は、山小屋の物陰に隠されていた。時間が立てば、深海凄艦の特性上、粒子になって消える。見つかることはなくなる。
「合衆国から拉致されたジェイムズ・ハークスは、GRUの保有する秘密設計局OKB0で、イクチオスの開発を行った。此処までは良いな?」
スネークは頷く。ソ連は深海凄艦との距離が近い。その分癒着も起きやすい。ある一件以来、求心力を失いつつあるGRUの一部が深海凄艦に接近した。今思えば、そこに愛国者達が潜んでいたのだ。
「それを主導したGRUの目的は、端的に言えば、共産主義の世界支配だ」
「……こんな時代に、そんなことを?」
「こんな時代だからこそ、連中はチャンスと捉えたのだ」
共通の敵がいれば、人類は一つになれるなど誰が言ったのか。いや、ソ連にとって深海凄艦は敵とは言い難い。だから『敵』が再び資本主義に変わったのだろう。WW2から冷戦に変わった時のように。
「メタルギア・イクチオスを世界中に撒こうした目的は、世界経済の完全破壊だった」
「破壊か、そして、安定した経済体制の提供を目論んだのか」
「察しが良くて助かる」
深海凄艦出現直後、世界経済はボロボロになった。輸出入を積極的に行っていた資本主義国家は壊滅的打撃を受けたのだ。結果、日本は代替として艦娘による戦争経済に傾倒していくことになった。
一番ダメージを受けたのは、当時スターウォーズ計画を進めていたアメリカだ。深海凄艦に通常兵器は効かない。折角の軍拡は全て水の泡となり、莫大な借金だけが残ったのだ。そして、計画経済を行っていたソ連が相対的に無事だった。
「それ以降、計画経済への注目が世界的に高まった。深海凄艦の支配する世界ではそれしかないと」
合衆国が深海凄艦残滅に熱を燃やしているのはそれが理由だ。安定した輸出入が復活しない限り、資本主義は二度と栄えない。
GRUはだからこそ、イクチオスをばら撒こうとした。第三各国を利用した過激なテロ活動によって、深海凄艦の支配を更に強めようとしたのだ。
「愚かな連中だ、どう転んでも連中は敵、信用して良い相手ではない」
それほどGRUはひっ迫していたのだろう。
「第三各国を戦争経済に巻き込み、敢えてそれを壊す。そこへ我々が手を差し伸べ、西側勢力だったエリアも、全てを共産勢力とする。ひっ迫した経済状態では拒むことはできない……筈が、深海側が用意した、|現地指揮官〈ヴァイパー〉の暴走といった理由で失敗した訳だ」
「良い話だ、本当に失敗して良かった」
「ああ、KGBも同じ考えだ」
計画を挫くのに一応手を貸した私も、関係者の間では名が知られているらしい。いくつかの任務に失敗しているにも関わらず支援が打ち切られないのは、そういった理由がある。まだ利用価値があるということだ。
残存したGRUは今度こそ瀕死になっている。そこで最後の賭けに出た。それがこの工場らしい。運び込まれている資材の多くはGRUが用意したもの。設備や人員にも、そちら側の
「深海凄艦を利用できることは強みだ。しかし、動かすのは人間でなくてはならない。ましてやその中に、愛国者達が潜んでいるとなれば、これは合衆国からの侵略だ」
川路は熱心に語る。ソ連を今一度偉大な帝国にする為の一歩が近いのだ。正直言って、どうでも良かった。GRUの意図が知れたのは良いが、ソ連の復活などどうでもいい。国家がどう動こうが、スネークには一切関係ないのだから。
「我々としては、お前やガングートが動いてくれればとても助かる。その分、連中を追い詰める証拠が集めやすくなる」
「私に何かしろ、ということではないんだな?」
「そうだ、むしろこちらから情報を提供する」
ならまだマシだ。積極的に関わらなければ、この角も痛んでこない。
しかし、一つ確かめたいことがあった。『発作』についてだ。単冠湾で起きたものとアフリカで起きたものは、ヴァイパーが行ったものと同一の現象に見える。
「発作か、あれはヴァイパーが我々のところから盗み出した技術だ」
「自分たちの技術と言っていたが」
「いや、オリジナルはソ連だ。向こうの方が性能が高いのは認めるが……それと、ヴァイパーについて情報がある」
ソ連もまた、独自に単冠湾事件を観察していた。
その時起きた、ブラック・チェンバーの虐殺も知っている。決定的な証拠はないから使える情報ではない。しかし、スネークたちの知らない情報を持っていた。
「我々の情報が正しければ……当時、ヴァイパーたちとは行動を別にしていたメンバーが、一人いる」
「……なんだと?」
「ブラック・チェンバーはまだ全滅していないということだ、恐らく情報を盗み出したのも」
もしそいつが生きていれば、今、最も殺すべき対象は誰なのか。背筋に感じた、冷たい感覚は、気のせいなのか。
ガングート(艦隊これくしょん)
ロシア帝国により建造された初の弩級戦艦。当時のロシア海軍は日露戦争や、ドレッドノート級の登場により事実上壊滅、残る艦も旧式化しており、その再建のために建造された軍艦である。
現在確認されている艦娘の中では、特に古い艦でもある。その為、艦娘としての性能はそこまで高くはない。しかし、そもそも極寒のロシア近海で活動できる艦娘・深海凄艦は限定される為、大きな問題にはなっていない。
スネークと共に活動しているガングートは、ソ連にて最初期に建造に成功した艦娘として記録されている。主な活動は、まだ黎明期でもあった為、海戦以外での活用方法検証としてKGBに所属していたが、現在は追放されている。
その後は様々な組織を転々とし、最終的にシェル・スネークと共に行動している。現状、特定の目的を持って行動している訳ではなく、単に居場所がない為、モセスに身を寄せている模様。
尚、ソ連にて最初に建造された事については、擬装の可能性が指摘されている。