スペクターとは何だ?
スネークはふと考えた。船の死骸を継ぎ接ぎにして生まれたフランケンシュタインの怪物。艦への敬意も人への尊厳も存在しないおぞましい兵器。それがスペクターだ。
だが、艦とは元々、そういうものではないのか?
望む、望まないに関わらず、艦も人も様々なことに関わる。例え轟沈した艦でも、必要ならサルベージされる。足りなければ、他の艦の部品を繋いだテセウスの船になる。
時代が求めれば、パーツは置き換わっていく。主砲は艦載機に、見張り員はレーダーに、艦載機は特攻機に、魚雷も特攻機に。
スペクターとは、その象徴だ。今まで見た目が綺麗だから忘れていた。必要に求められ、繋がされた存在。しかし、剥き出しになった内面は、あまりにもグロテクスだった。
まだ続く吐き気を堪えながら、通路を匍匐前進で進んでいく。
圧迫感が酷く、しかも長い。敵の可能性も低い。自然と思考は遭遇したスペクターへと向かっていく。
あの、グロテクスな見た目は何なのだろうか。
アウルは間違いなく殺人鬼である。しかし、独自の美意識を持ち合わせていた。全身に顔が張りついた醜悪なスペクターは彼の美学に反している。
なら、別の誰かが、あのスペクターを建造したのだろうか。
そう考えれば、微妙な弱さも納得ができる。本来の建造者が死に、技術を継承した深海海月姫も轟沈したいま、オリジナルのスペクターを建造できる人間はいない。設計図だけで無理矢理再現した結果があの弱さであり、あの醜さなのだ。
それとは別に、どうやって現れたのかも気になった。周囲を探ってみたものの、潜伏していた痕跡は確認できなかった。それこそ、突然その場に現れたように見えた。
突然、時空間を無視して出現する方法──スネークは、『ビーチ』以外にそれを知らない。アフリカの一件から、連中がビーチを技術的に利用できることは分かっている。
地下工場が、実はビーチにある可能性も否定はできないのだ。そこから偶然、座礁した個体かもしれない。ただ、だとしても──あんなタイミング良く、座礁できるものなのか。
考えている内に、通路の出口が見えた。慎重に頭だけを出してみる。周囲に敵兵はいない。背の高い雑草が、入口を上手く覆い隠している。すぐ目の前には、川路が言っていた通りの建物があった。
建物はジャングルの中にしては立派だ、装飾も細かく刻まれており、独自に武器倉庫や食糧倉庫も置かれている。予想通り、スネークイーター作戦の時にあいつが訪れた設計局で間違いない。
周囲は既に真っ暗になっている。いくら暗視ゴーグルがあっても、この状況で外を歩くのは控えた方が良い。そうなると、設計局内の捜索でもすべきだろうか。
〈スネーク、いるか?〉
悩んでいる途中、丁度良くガングートから無線が来た。
何でも工場に向かう途中、水路がとても多かったのが目についたらしい。確かにあちこちに大きめの水路が通っていた。
この水路の何処かに地下工場へのルートがあると、ガングートと伊58は目星をつけている。まず伊58まで来ていたことに驚いた、レイまで連れているらしい。G.Wは許可したようだが、何の話も無かったことに若干苛立つ。
〈防諜の危険があるんだ、しょうがないだろ〉
「そりゃそうだが」
〈伊58も危険な立場なんだ、不満を言うな〉
スネークは唸りながらも黙るしかなく、そのまま話を聞いていく。ガングートはもうじき工場に到着するため、内部からも地下水路の道を探すらしい。地上からは、伊58が協力してくれる予定だ。
「分かったが、通路があったとして、どうやって潜ればいいんだ?」
伊58が艤装持ち込んでいるが、あの巨大さではステルスにならない。小型艤装だって、ソナーにかかる危険がある。だからといって生身で潜るのはもっと無謀だ。
〈目の前に建物があるだろ、そこは今、深海凄艦の駐屯所になっている。そこに潜水用の装備があると情報があった〉
地下水路に潜るのは潜水艦だけではない。通常の深海凄艦も利用する。その為の装備らしい。これを手に入れろということだ。別に、侵入用でなくとも、用途は多そうに思えた。手に入れて損はない。
〈こちらからは以上だ、そっちから何かあるか?〉
「……いや、何も」
〈分かった、お互い頑張らないとな〉
無線が切れた後、スネークは大きくため息を吐いた。言うべきか一瞬悩んだが、今は言わない方がきっと良い。代わりにG.Wに通信を繋ぐ。
「どう思う?」
〈可能性はゼロではない〉
「……誰かが、何か手引きをしているかもしれない」
屋上で敵が待ち受けていたこと、地下通路にスペクターがいたこと。どれもタイミングが良すぎる。スパイがいるという疑惑が、心の中で大きくなりつつあった。
〈そんなことは分かっている、だが、スパイを探すのは君の仕事ではない〉
「分かっているが」
〈いや分かっていない、英雄呼ばわりされて浮かれているのか? 君は粛々と任務をこなさなければならない、例え裏切り者がいてもだ〉
G.Wは冷徹に告げた。
あんまりな言い方に腹が立つが、納得している自分もいる。こいつの声は、ある意味私の声でもあるのだ。言われて、改めてすべきことを見つめ直す。
なぜ、アフリカに行ったのか。どうしてソ連にいるのか。色々な理由があるが、絶対にしなければいけないことは──こんなことを目論む連中への報復だ。
*
再び水路を歩きながら、ガングートは人を待っていた。
設計局では大きい収穫はなかったが、潜水装備を見つけられたのは運が良かった。あれがあれば、スネークは水路内を移動できる。地下工場への侵入は可能になる。ビーチが気がかりだったが、工場に行けばその手掛かりも得られる。
伊58の努力とレイの人海戦術により、ルートがありそうな場所を絞り込めた。スネークと川路が会った山脈地帯のふもとに、巨大な滝がある。断崖絶壁に覆われたそこが、
元々深い河が流れていたが、深海凄艦の活動により大河と言っていいほど巨大になっている。脇には細かく分岐した分かれ道やがけ下への穴がある。そのどれかが、地下工場に繋がっているらしい。
妥当なところだ。地下工場も元々、近い場所にあった。同じ施設を流用しているなら、通路も近い場所にある。果たして正解なのか。待ちわびた彼女の元に、水路から伊58が浮上してきた。心なしか顔色が悪い。
「あったよ、でも、だいたいしか分からなかった」
「やはり、警備か?」
「うん、
入口があるのは間違いなさそうだが、細かく探す余裕はきっとない。それは私が内部から見つけなければいけないことだ。艤装の運び込みについて尋ねると、既に半分ぐらいは運搬できたらしい。
肝心の艤装は今、山の遥か北にある
とは言え、あそこまで持ち込めれば十分だ。最悪次々にミサイルを発射し、無理矢理破壊できなくもない。本当の最終手段だから、使いたくはないが。
伊58が再び、周辺の偵察に戻り、スネークと合流する為動きだす。それを見送って、ガングートは青葉に無線を繋ぐ。
川内から声帯虫を取り出した後、探らせていた情報を確かめるためだ。
〈どうかしましたか?〉
「青葉、コードトーカーの調査はどうなっている」
コードトーカー。
言葉を刻む、という名前を持たされた老人は、声帯虫開発に大きくかかわった人物だ。モセスより、彼の痕跡が欲しいと要望があったのだ。
川内の喉にいたのは、間違いなく声帯虫だった。
だが、どうしてそんなものがいたのかは誰も分からない。肝心の川内は昏睡状態のまま。北条にもお手上げらしい。
そもそもからして、ただの艦娘ではない。通常の治療方法が効果を表さない可能性もある。彼女を覚醒させるためには、川内がどういう艦娘か知る必要がある。それを知っている可能性が一番高いのは、声帯虫を仕掛けたであろう、コードトーカーただ一人だ。
〈一応、ダイヤモンドドッグス壊滅以降の足取りはある程度掴みました。あちこちを転々としながら、一度故郷へ戻って、その後チェコにいたみたいです〉
「チェコとは、随分と遠くまで行ったな」
〈ですが、そこからの足取りが分からないんですよね。微生物の研究をしていたのは間違いないんですが〉
コードトーカーが、どう川内に関わっていたのか。それを調べなければならない。それは、川内を覚醒させることにも繋がるかもしれないのだ。そうすれば、彼女から直接、情報を得ることができる。
ここは青葉に頑張ってもらう他ない。手掛かりがあるとすれば──チェコで何を研究していたのかだ。そこから辿れるかもしれない。そう青葉にアドバイスを残して無線を切った。
ガングートは再び水路を歩き出す。この水路は、工場の正面入り口に繋がっている。時間的に、川路が内部で手引きを整えてくれた頃だ。出口近くから周囲を見渡すと、予想通り恐ろしい量の深海凄艦が集まっていた。
スネークでも、ここを正面突破するのは困難だ。別の入り口を探させる判断は正解だ。幸い私だけはここから入れる。ガングートはバックサックの中から、防水袋に収められた服を一式取り出す。
中には白黒のスーツや、顔を白くするための化粧品、ダミーの艤装が入っている。
つまり、深海凄艦に変装するのだ。
幸い、元々肌は白めなので何とかなる。変装対象もフードで顔が分かりにくいレ級だ。服は依然確保したスペクターのものを流用した。
それでも、凝視されれば分かってしまう。だからこそ、その前に内部から引き入れて貰うのだ。手早く着替えや化粧を済ませ、水辺で変装の出来具合を確認する。若干大きいが、何とか誤魔化すしかない。
ガングートは堂々と、深海凄艦たちの前に姿を表した。
その姿を見た深海凄艦は、少しだけ見てすぐに目を逸らす。私を恐れている感じがある。レ級という見た目が、威圧感を与えているのだ。もしくは、スペクターと混同しているのか。
臆せず歩いているお蔭で、また見た目に怯んでいるお蔭で、必要以上に見てくる個体はいない。そのまま奥へ向かって歩くと、当然検閲が見えてくる。ここは、変装では越えられない。そのまま行こうとするも、警備員が止めに掛かる。
「マテ、ソイツノ通行ハ許可サレテイル」
奥から出てきたヲ級が警備員を止める。この工場内でも相当な立場なのか、警備は一切文句を言わずに戻っていった。ここまでの深海凄艦に指示できるとは、川路はいったい、どんな地位を築いているのか。
「ガングート」
部屋へ案内されていると、ヲ級が小声で話しかけてくる。耳を傾けて話を聞こうとした。だが、予想だにしない言葉が出てきた。
「本当ノ任務ハ、忘レルナヨ」
「──お前は」
「ミナ、期待シテイル」
気がつけば、部屋に入っていた。
もうヲ級はいない、しかし、そこらじゅうから監視されている感覚が消えてくれない。体中に冷水をかけられた時のように、私の体は小刻みに震えていた。
*
かつてグラーニン設計局と呼ばれた建物は、見た目とは裏腹に劣化が進んでいるようだった。警備が薄い訳ではないのだが、どことなく気だるげな雰囲気が漂っている。警備の足並みも少し悪い。
この建物に泊まるのは、当然本来は敵である他国の人間だ。それを護らないといけないのがストレスになっている。だが、それと建物の劣化は関係ない。原因はもっと根深い場所にあるのだろう。
しかし、それは今となってはどうでも良いことだ。隙の多い警備をすり抜けるのは大した問題ではない。科学者の変装をしなくても進めている。潜水装備が置かれている内部武器庫までは、迷わずにいけた。
さすがに武器庫にはカードキーによるセキュリティが掛かっている。これも、途中で兵士からくすねたカードで代用した。中には色々な武器が置かれている。深海凄艦が扱う艤装から、人間サイズの兵器まで。その中に、ぽつんと潜水装備が置かれていた。
それ以外にも、使えそうな武器はないか物色する。水中では当然、ライフルが大きく減衰する。万が一を考えると、水中でも使える武器が欲しかった。爆雷も置いてあったが、生身で扱える重量ではない。
歩いていると、肩に箱がぶつかった。中には黒い手りゅう弾が入っている。これなら、爆雷代わりに使えそうだ。もっとも、使った瞬間爆音で敵に気づかれる。使わないに越したことはない。
武器を回収して武器庫から出る、素早く館から出ようとする。歩いている途中、巨大な人の顔が見えた気がした。
反射的にハンドガンを構える。それは人ではなく、人を描いた絵画だった。何に銃を向けているんだと、呆れながら手を降ろす。
スネークは絵画の人間に見覚えがあった。記録上でしか知らないが、その筋の人間からは有名な科学者だった。つまり、世界で初めて
しかし、絵画は色褪せ、ところどころが破けている。館の主だったとは思えないボロボロぶりだ。原因にも心当たりがある。この男は、ないがしろにされる理由が確かにあるのだ。それは、売国行為だった。
何時の時代も、売国奴はえてして嫌悪される。寝返った国の兵士からも良い顔はされない。どんな国家であっても、祖国を愛し護る──そういう意識があるからだ。だが、だからと言って、彼がソ連を愛していなかった訳ではあるまい。
むしろ、あれだけ勲章を受けた男でさえ、ふとした切っ掛けで裏切ってしまう。スネークはそれが恐く感じた。祖国のないスネークでも、裏切りは嫌悪する。上手くいけば良いが、失敗すれば悲惨だ。結果がこの館だ。主の名前は消され、敵の借り家に成り下がる。
もう数年もすれば、絵画は完全に壊れる。彼の名前も消えてなくなるだろう。彼は、彼の愛したソ連によって葬られるのだ。メタルギアが生きているのが、せめてもの救いか。絵画に背を向けて、忘却の寂しさを引き摺りながら設計局を跡にする。
外はさすがにまだ夜だ。ここからどうするか悩む。相手が普通の兵士なら、暗がりに紛れて進む選択肢をとった。だが深海凄艦は夜目が効く、下手に動けば見つかってしまう。だが、昼間は普通に見つかりやすい。
どちらか悩んでいると、ついさっき回収した潜水装備が目についた。
今のツェリノヤルスクには、あちこちに深めの水路が走っている。ソナーの危険は考慮しなければならないが、上手くいけば、この道を使えるかもしれない。
水路については、レイを従えた伊58が詳しく調べている。彼女に無線すべきだ。話しても問題なさそうな暗がりに身を潜める。
「ゴーヤ、お前が見つけたという、侵入路の場所に行きたいんだが、ここから最短で行ける水路はあるか?」
〈最短で? そうでちね……少し引き返すと、小さな湖があるの、そこの一角が、今は水没してる地下洞窟に繋がってるから、そこからが一番近いでち〉
G.Wの持つ昔の衛星写真と照らし合わせても、発言は間違っていなかった。概ね倉庫に繋がる水路から分岐している。弾薬庫や食料など、隣の倉庫の別棟となっているらしい。
水没した地下洞窟は掘り進められ、あちこちの水路を繋ぐ中継地点となっている。伊58の見つけた場所に行くには山を越えなければならないが、この水路なら、山を
「分かった、行ってみよう。ところで……レイの調子はどうだ?」
〈調子? とても活躍してくれているけど、どういう意味でち?〉
「いや、そのままの意味だ」
本当にそのままの意味だ。妖精がいるせいか、メタルギアレイにも──いわば連装砲ちゃんのような──自我がある。しかし、正直なところ、状況的に活躍させられない時が遥かに多い。今回の任務は、レイを活用できる貴重なチャンスでもあった。
例え自我を持っていても兵器は兵器。埃をかぶっていくだけではむなしい。さすがに、使ったら世界が終わる核なんぞは封じられるべきだが……戦えない、護れないというのは、私たちには、思いのほか苦しい。それは妖精も、同じかもしれない。スネークはそう考えていた。
コードトーカー(メタルギアソリッド)
メタルギアソリッド5の登場人物。作中において重要な秘密を持った、『声帯虫』・『メタリックアーキア』等の権威。この技術を使い、環境汚染された生まれ故郷を浄化することを望んでいたが、研究内容に目をつけたスカルフェイスに利用され、最終的にダイヤモンドドッグスに保護される。
そこまでの足取りは同様だが、この世界線においては辿れなくなっている。エメリッヒ追放から間もなくして、深海凄艦出現によりダイヤモンドドッグスは壊滅、それ以降の足取りは一切不明である。
パラサイトセラピーという技術によって半ば不老となっているため、寿命によって死亡したとは想定し辛い。よってこれまでと同じく、どこかの研究機関にいるのではと、コードトーカーを知る人々は考えている。
しかし、ここまで痕跡を抹消できる時点で、愛国者達が関わっているのは間違いない。
サイボーグ忍者もとい川内と何らかの関係があるとされているが、現状不明である。