どこでなにを間違えたのか。後悔してもどうにもならないことを、今日も後悔している。せずにはいられない。取り返しのつかない過ちを、どうすれば償えるのか今日も考えている。世界を売ってしまったことを。
方法は一つ、買い戻すしかない。
どれだけの高値になるか分かったものではないが、そんなことは関係ないのだ。しかし、今の彼には動くことさえできなかった。
全ては、自分という存在が招いたことなのだろう。まさかこんなことになるとは思いもしなかったが。当然の理屈を、ありのまま受け入れられなかった。彼女のようにはいかない。だからこそ、彼女に憧れた。彼女は、彼女とどれだけ似ているのか。そこまで成長したのか──
この基地は元々、ツェリノヤルスク全域に広がる闇工場をベースに建築されている。WW1の頃から抱え込んできた闇が、深海凄艦の巣窟として結実している。その恩恵で、中立区が成り立っている。
しかもビーチまで併用して、オカルトな技術も使っている。本来の地図がまったく役に立たないレベルで、地下基地は巨大化していた。だが、それを差し引いても
言うなれば生物的。もしくは無機的。近づきすぎた故に違和感を覚える、不気味の谷に見える。いや、間違いなく人工物でできているが、生き物らしさもある。地下基地の最下層には、そんなエリアが広がっていた。
ここは地下基地とは別の施設ではないだろうか。元々北端上陸姫の深海凄艦だった為、ガングートには彼女のビーチが感じ取れる。どこまでがテリトリーかも察せられる。最下層に来てから、北端の気配がなくなっていた。
代わりに知らない姫の気配がする。恐らく中枢棲姫の力だ。ここは北端上陸姫ではなく、中枢棲姫のテリトリーなのだろう。どちらにしても最重要区画なのは間違いない。その影を見つけて、ガングートはすぐ物陰に隠れる。
いたのは、全身が継ぎ接ぎになったスペクターだった。アウル製の個体とは違う。継ぎ目が剥き出しになった異形の深海凄艦。アウルや深海海月姫が沈んだ後、無理矢理作成した個体に違いない。
そんなのが何十隻もいる。というか、このフロアにはスペクターしかいなかった。いくらスペックが下がっていてもレ級はレ級。遭遇したら命はない。救援は全く見込めない。今までにない緊張感を抱えながら、エラー娘が囚われているフロアへ向かう。
マップデータに位置情報が表示される。しかし奇妙だった。区画ごとに、直腸や大腸など、人間の臓器の名前がつけられている。大きな生き物を模した建造物なのだろうか。そんな命名をする意味は何だろう。そう思いながらも、ガングートはどうにか目的地へ到達した。
傍から見れば医務室の様な部屋だ。しかし、拷問の部屋だと直感的に感じた。四肢を伸ばした状態で相手を拘束できるベッドの中央に、小さな人間が囚われている。目を伏せたまま、小さく息をしている。エラー娘だった。
「生きているのか?」
一応、妖精にも死の概念はある。アーキアの情報を知ってからは、その定義はアーキアが妖精の形態を維持できなくなった状態、に変わったが。しかしスネークが言うには、ただの妖精とは思えないらしい。
妖精は、住処兼繁殖の補助装置である艦娘をサポートするための生き物だ。エラー娘はサポートをしないと言っていた、だから『エラー』を自称している。なるほど、確かに妙な妖精だ。ならば明確な『死』も持っている危険があった。
「……君が助けに来るとはな」
「スネークじゃなくて悪かったか?」
「まあな、できるなら、あれから彼女がどの程度成長したのか、見て見たかった」
スネークは一度、エラー娘に助けられている。猫の時もそうだったが、彼女が救出に積極的なのはそれが理由だ。対するエラー娘も、どうやらスネークに特別な感情を抱いているようだった。
「だったらさっさと来い。この基地を破壊したらスネークに会えるぞ」
「そうだな、次に会えれば、
三回? スネークに会ったのは、助けた時の一回だけ。次に会ったら二回目ではないか。猫単独で会った時もカウントしているのか。もっとも、ガングートが興味を抱く内容ではなかったが。
拘束の解除は、近くのコンソールからできた。回転ベッドを操作する機械だったらしい。そこからフワフワと飛び降りて、四肢を思いっきり伸ばす。よほど長い間捕まっていたのか、全身からゴキゴキと音が聞こえた。
「エラー猫の方からある程度は伝わっている。オイルタンク近くにいるスネークを回収してくれば良いんだな」
「そうだ……だが、どうする気だ? ここからは大分距離があるが」
「問題ない、と断定できない。だからこそガングート、お前まずワープさせる」
マジか。率直にそう思った。スネークの予想があたってしまった。本当にワープをする気なのかこいつは。やはりただの妖精ではない。勿論嘘を言っている感じもない、至極当り前のこととして言っていた。
「スネークがいる上層エリアには、北端上陸姫のビーチが展開されている。私のワープはこのビーチを経由したものだ。だから別のビーチがあると上手くいかない」
下手をすれば、壁とかにそのまま原子単位で埋まるらしい。そんな最後は御免だ。沈んだ方がまだマシだった。
「故に、お前を北端上陸姫の元へ飛ばす」
ガングートは一瞬言葉に詰まった。つまりこう言っているのだ。北端上陸姫を沈めてこいと。この私に。
「私なのか、スネークではなく?」
「奴と繋がりがあるお前でなければ、確実に飛ばすことはできない。それに、彼女と決着をつけるのは、君であるべきだ。そう思わないのか」
艤装がない、という言い訳はする気もない。既に伊58が予測地点まで運んでくれている。戦えない理由は存在しなかった。北端に啖呵を切ったものの、どうやったって根幹は彼女の僚艦のままなのだ。抵抗感は消えなかった。
「かつての仲間を沈めるのが嫌か」
「誰だってそうだろう?」
「そうだ、だが、任務とあれば、こなさなければならない」
分かっている。これが『時代』だと。逃げるわけにはいかないのだ。仲間であっても沈めなければいけない時が来る。KGBの工作員だった時から分かっていた事実を、今更ながら痛感していた。
*
エラー娘から聞いたことを、ガングート越しにスネークは聞いた。確実にワープする為に、まずガングートを北端上陸姫へ飛ばす。そして奴を撃破してから、私を回収しに来る。それまでは工場内部を逃げ回ることになる。
〈爆破するオイルタンクは一つだから一気に火の海にはならない。それでも時間の問題だ、危険な状態になってしまうが……〉
「もう時間はないんだったな」
とうとう情報を嗅ぎつけたCIA側の強硬偵察部隊が迫りつつある。完全に露見したが最後、WW3の引き金が引かれる。爆破による証拠の滅却を躊躇っている場合ではない。今すぐにでもやらないといけない。
「やるさ、悪魔の兵器はここで破壊し尽くす。それはジミーも望んでいる筈だ」
〈済まない、できる限り早く、奴を沈める〉
「ああ、お互い無事でまた会おう」
無線を切る。そして別のスイッチを手に取る。待っている間も仕事はしていた。レイを使い、工場を破壊できそうな位置に爆弾代わりのミサイルを設置しておいた。起爆してから数十分以内に工場は火の海になり、一時間を待たずに崩落する。
その前にと、スネークはもう一度だけ無線を手に取る。相手は伊58だ。丁度ガングートの艤装を所定の位置に置いた頃だろう。
〈何か用でちか〉
「これから起爆する。逃げる準備はできているのか?」
〈大丈夫でち、ゴーヤならイクチオスが逃げる道をそのまま使えるから。それよりもガングートを信じるの?〉
やっぱりそうなるか。別に敵ではないのだから信じていいだろう。そんな割り切り方ができるのは私だけらしい。遺産奪取のチャンスを逃した今、ガングートが私を助ける理由は何もない。しかし、それでも助けに来てくれたことが何よりもの証拠に思える。
〈なら言っておくけど、もしガングートがピンチになっても、助けに行こうとは思わないでね〉
「そもそもビーチで迷子になるんだが」
〈無理して行くなって言っているの。スネークには中枢棲姫が残っているだから〉
言わなければ、ビーチに無謀に行っていただろう。伊58に指摘されてスネークは、心の端で考えていたことを自覚した。今の状況はかなり悪い。ガングートがしくじったら私は終わりになる。
〈だからゴーヤが残るでち〉
「何だと」
〈相手は陸上型だけど、ゴーヤも対地兵装は積める。北端上陸姫の居場所にも近い。丁度そこにガングートの艤装を置いたから〉
北条は良いのか。やっと再会できたのに。スネークはその問い掛けを呑み込んだ。言うべきではない言葉だった。自分たちが再び別れることになっても、すべきことだと知っている。既に覚悟している伊58に、『良いのか?』と聞くのは無粋だ。
「分かった。お前に任せる、生きて帰れよ」
〈当然でち〉
伊58との無線も終わった。最後の心残りは中枢棲姫に捕まってしまった多摩がどうなっているかだ。しかし、大本営という別組織に属している彼女を、これ以上待つ理由も義理もない。
多分大丈夫だろう。スネークは祈りながら、起爆スイッチを押し込んだ。
ピー。という単純な機械音が作動する。これであと数秒後に、仕掛けたミサイルが起爆する。展開していたレイたちに召集をかけ、オイルタンクの部屋から一気に駆けだす。
敵に見つかっているか、そうでないかも気にしなかった。かなりギリギリの設定にしてある。立ち止まったら爆風に呑まれるからだ。そして、一瞬辺りが静まり返った。振り返ってはならなかった。
一瞬、あらゆる音が途切れた。空気が収縮して足音や話し声が奪われる。何も聞こえない、異様な緊迫が工場内部を支配する。次の瞬間、集まっていた空気が爆ぜた。貯蔵されていたオイル全てが一瞬で気化し、膨張したエネルギーは衝撃波となって地面を駆け抜ける。
風圧でスネークが姿勢を崩し、その場に倒れ込む。直後、頭スレスレを瓦礫が掠めていった。ヒヤリと汗を流した時、鼓膜を破りそうな爆音が工場全域に響き渡った。噴き出した熱風が肌を焼く。レイに仕掛けさせたお蔭で、火の手があちこちに広がり始める。
顔を上げてみると、地獄絵図が広がっていた。不運にも爆風に巻き込まれた兵士が、全身を燃やしながら彷徨っている。無事な兵士は消火活動を始めようとするが、天井からの落下物でどんどんけが人は増えていく。
改修を重ねていても、地下工場はとても古い施設だ。大きな衝撃が起きればダメージは大きい。しかも、ザ・フューリーがやったのと、デイビークロケットの直撃を合せれば通算三回目。完全に限界を超えてしまったのだ。
この中に、愛国者達とは関係ない中立区の深海凄艦がいたら申し訳ない。まあ、イクチオスの整備区画に、無関係の奴がいるとは思えない。爆発がどう広がっていくかは把握している。あとは、無事な区画でガングートを信じて待とう。
そう思い、前を見据えた時、スネークは炎を凝視した。
業火の中に、人影らしきものが浮いていた。炎の後ろにいるとかではない。間違いなく
モーセが海を割ったように、炎が二つに分かれていく。予言者でも気取っているのか、裂け目の真ん中から、スネークを見下ろしながら浮遊する深海凄艦がいた。
「ヤッテクレタナ、スネーク」
こんな時に、いや、こんな時だからなのか。中枢棲姫がスネークの目の前に立ち塞がっていた。
*
飛ばすというのも分かっていたし、時間がないのも分かっていた。だが、何の警告もなくワープさせられたガングートは若干グロッキーだった。直ぐにでも立ち上がりたいが、平衡感覚も混乱している。
本当にワープできるとは。ビーチもそうだが、エラー娘は本当に何者なのか。単なる妖精でないのは間違いないが。
「……急ニ来タワネ」
まただった。また、真上から声がする。まだ立ち上がれない体を転がして強引に距離を取る。北端上陸姫が驚いた眼で、ガングートを見下ろしていた。
北端上陸姫をマーカーにワープしたのだ、いきなり飛んでもおかしくなかった。艤装もまだ見つけられていない。悠長に探すのを待ってくれそうな雰囲気でもない。宣言通り、私と戦うつもりで待ち構えていたのだ。
ガングートが立っていたのは工場エリアの物資輸送の、繋ぎ目だった。そこら中に運搬用の深い水路が掘られている。今は端の狭い通路に立っていた。艦娘として戦う分には困らない、艤装があればの話だが。
「艤装ガナイカラッテ、モウ待タナいぞ。今すぐにでも殺したくて仕方ガナイノ」
「裏切りの代償と言う訳か」
「ソレダケジャナイワ、私達ガ壊シタイノハ、世界ソノモノナノ。艦娘、人間、深海凄艦。全テヲ沈メタイノ」
北端上陸姫は笑みを浮かべる。ガングートが見知った狂気の笑みだ。かつての時より深くなっている。深海凄艦も、同胞も沈めたいと言うのか。深海凄艦として異常になっていると、ガングートは絶句する。
「ソモソモカラシテ、私達ニハ破滅シカナイ。怨念から生マレタ存在ハ、未来ヲ呪う事しかデキナイノ。貴女達モソウデショウ、変えられない過去ヲ清算シヨウトシテ、此処まで来たのデショウ?」
「……そうだ、お前の言う通りだ。だが、それが何だと言うのだ」
「叶ワナイノゾミヲ抱イタ私達ハ、利用サレ続ケルダケ。『ガングート』ナラ分かるでしょう、変わる時代に翻弄され続ケタ貴女ナラ、兵士はドレダケイッテモ、『時代』に弄バレルノダト」
ガングートは無言だった。帝政ロシア──ソ連──そして崩壊。信じた価値観があっさりと壊れるのを見て、何も信じられなくなった。それでも変わらない場所を求めた結果が今の私だ。分かるからこそ、答えなかった。
「私もソレハ知ッテイル、深海凄艦モ同ジ事、『恨ミ』トイウ不確定ナ概念ニ操ラレルダケ。シカモ自分ノデハナイ、誰ノカモ知ラナイ怨念ニ。ソンナ物ヲ信ジテ世界ヲ滅ボスナド、下ラナイ考エ方ヨ。
『怨念』トハ何? 敵ヘノ攻撃心。家族ヲ殺サレタ、友人ヲ……自分ヲモ殺サレタ。ソノ結果に納得できないからこそ、憎悪が生まれる。デモ敵ヲ決めるのは『国家』だ。帝政ロシアの時、敵は誰だった? 革命直後は? WW2の時は? 冷戦の時は、そして聞きタイワ、崩壊後の敵は何だ?
敵ハ変ワル、私達の怨念ハ、時代ガ積ミ残シテイッタ産物デ出来テイル。ソンナ物ヲ信ジルノハ、実ニ下ラナイ行為ダ」
「だから快楽に走ったと、偉そうなこと言える口ではないな」
何を信じても意味がない。しかし、この一瞬の悦楽は真実ではある。そんな刹那的なものしか信用できなかった結果が、昔の北端上陸姫なのだ。なら、今世界を滅ぼそうとしている彼女はどうだというのか。
「ソレガ
妙な言い方が引っ掛かった。私とわたし? なぜ二度も言ったのか。
「色々な組織を裏切ってきたお前になら分かるだろう、違う自分を演じ続けていると、次第に本当の自分を思い出せなくなっていく。世界の暗部に触れるから……尚更酷くなっていく」
ガングートはやはり何も言えない。やはり自覚している。艦娘と深海凄艦の間で彷徨っていたからだ。その過去を捨て、ガングートとして生きると決めた。それは同時に、深海凄艦の自分を消し去ることと同義だった。
「でも私には、信じられる人がイタ。壊レタ私ヲ受け入れて……期待してくれる男がいたから、私はやってこれた。だが、あいつは殺された。今の今まで貢献して来た世界に、よりにもよって、合衆国に」
目の前のこいつは誰だ。いきなり雰囲気が変わった、話し方も変わった。驚愕はそれだけではなかった。北端上陸姫の外見が、不気味な音を立てて変わりつつある。彼女が特殊な変装能力を持っていることは予想していたが、今起きていることは予測を超えている。
「心の底から世界を恨んだのは初めてだった。何とか生き残った私に接触してきたのが中枢棲姫だった。奴はガングート、お前に沈められて、重傷を負いながらも仮死状態で生きていた深海凄艦を提供してきた」
声が女性のものから、男の声に変わっていく。ゴスロリ衣装までも変異して、綺麗な軍服を着こんでいる。骨格も男に変わった。そこにいたのは既に深海凄艦ではなかった。全ての合点がいった。最初から、本当に最初から罠だったのだ。
「
しかし
川路と言うべきか、誰でもないのか。
目の前の光景は真実を告げている。北端上陸姫と川路は同一人物だったのだ。そしてブラック・チェンバー最後の生き残りだ。私を基地内に手引きできて当たり前だった。
「本当にお前は
再び姿が変貌する。北端上陸姫が現れる。全身から黒い渦が巻き起こる。それは『艦娘ガングート』にとって、本当の意味での初陣だった。
J.D/中枢棲姫(メタルギアソリッド4/艦隊これくしょん)
愛国者達を構築するAIネットワークにおいて、頂点に立つ存在、それがJ.Dである。主な役割は四基のAIからの情報を元に、現状とるべき行動の指針を示す。ガンズ・オブ・ザ・パトリオット事件の終盤、ワームクラスターの浸食により崩壊した。しかし何らかの形で生存、現在は中枢棲姫として活動している。
中枢棲姫とは、名前の通り全ての深海凄艦の中枢を成す個体と言われている。なぜそう言われ始めたかは不明。中枢棲姫自身が、その呼び名を広めた可能性もあるが、理由は分かっていない。少なくとも、世界で初めて生まれた深海凄艦なのは間違いない。AIを在り代にしたにも関わらず人格を得ているのは、深海凄艦化の影響か、一度崩壊した後遺症なのか。いずれにせよ、今のJ.Dは、人類に害を与える存在である。
一度死んだ、という意味では、深海凄艦の条件は満たしている。
しかし、屍者はあくまで過去の、終わった存在である。艦娘が運命の軛を覆せないように、中枢棲姫が今更人類をどうこうすることはできない。屍者はただ、そこにあるだけで、新しいことは成せないのである。