それがトリガーだった。壁が崩れ、天井が崩落し、床が崩れ去っていく。工場の基幹構造そのものが破壊され、今まで溜め込まれていた火災が一気に雪崩れ込んできた。スネークは無事なのか心配だった。
しかし、北端上陸姫の周りだけ燃えていなかった。爆発が炎を吹っ飛ばしたのだ。ガングートは彼女に近づく。船底には大穴が空き、体のあちこちから水が噴き出している。見えないだけで、体内で火災が起きている筈だ。
虚ろ眼つきで天井を見上げる姿は、さっきまでの北端上陸姫と同じ深海凄艦とは思えなかった。絶望と諦めに満ちた、生きる力を失った屍者が横たわっている。そんな沈みかけの彼女を、追撃する気にはなれない。
「……俺は間違っていない、間違っているのは世界の方だ」
掠れそうな声が届く。恨みの籠った声だが、それを撒き散らす力は残っていない。ただ呟くだけだ。
「俺ハ、私達ブラック・チェンバーハ……ズット『国家』ニ尽シテキタ……俺モソウ、顔ヲ、体ヲ変エテ、自分ヲ消シテ、任務ニ従事シテキタ。接触したKGBの工作員に成り替わっただけじゃない、その立場から日本に潜りこんで……単冠湾ニ『川路』トシテ潜入シタ……泊地内部カラ、合衆国ノ計画ガ成功スルヨウニ支援スル為ニ……『発作』ナンテイウ技術モ作ラサレタ……」
「作った? あれはお前が作ったというのか?」
「ソウダ……単冠湾、呉、アフリカで発作を起こしたのは俺だ。良いものではなかったが、必要だからな」
意外だった。なんせ北端上陸姫と適合したような男だ。発作も喜々として使っている物だと思っていた。
「私達ダッテ、カツテハ艦娘達ト共ニ戦ッテイタンダゾ……ナノニ、ソノ艦娘ニ俺達ハ殺サレタ……艦娘ニナッタ、ソレダケデ……ガングート、貴女ハ私ヲ後ロカラ撃ッタ……ソンナ事ガ許される筈がない、ならば、間違っているのは……『時代』の方だ。ならば、そんな時代を生んだ世界は、一度消えるべきだ……」
「それで愛国者達に協力していたら意味がない、『利用』することに関して、奴等に勝つことは困難だ」
スネークから聞いた話だと、愛国者達は人の
「……愛国者達とは、『中枢棲姫』のことを言っているのか?」
ガングートは頷く。正確にはそう自称するJ.Dのことだが。しかし、返答を聞いて北端上陸姫は乾いた声で笑い出した。
「何がおかしい」
「勘違いをするな。俺達ブラック・チェンバーは確かに中枢棲姫と協力したが、それは奴を葬り去るためだ。喉元を掻き切る為に、スネークがコードトーカーの部屋を見つけたお蔭で……目処が遂にたった」
北端上陸姫──否、川路は、此処でもスパイをしていたのだ。中枢棲姫に与えられた北端上陸姫の体と人格と混じりながらも、報復を信じて、自我を保っていた。いや、北端上陸姫も、報復を望んだのかもしれない。彼女が狂う一端となった、この屍者の世界を創ったのは奴なのだから。
「そして、勘違いはもう一つある」
ガングートの僅かな同情心は、次の一言で霧散した。
「中枢棲姫は、『愛国者達』ではない」
言っている意味が分からなかった。中枢棲姫はつまりJ.Dだ。愛国者達ネットワークの頂点に立つ存在が、愛国者達ではない? ガングートは別の可能性に思い至る。J.Dという名前は、中枢棲姫が
「なら、愛国者達は誰だ」
「……お前たち自身だよ。スネークの、元の世界でもそうだったんだろう。無数の人間性質が共有する『規範』が実体を持ったのが、愛国者達なんだろう。一切変わっていないさ」
「おい、どういう意味だ、答えになっていないぞ」
問いただそうと胸ぐらを掴んだと同時に、川路は激しく咽こみ、大量の血を吐き出した。視れば体のあちこちに穴ができている。中からはグロテクスな火災が覗き込んでいる。深海凄艦が消える時特有の、粒子の様なものまで舞い始めていた。
「答えはしない、此処までだ。俺はお前が嫌いだからな……勿論……私モ嫌イヨ……私達ト同ジ、自分ノ無イ、場所ノ無イ存在ナノニ……『執念』ヲ棄テラレタ貴女ナンテ……本当ニ、妬マシイモノ……」
消えかけた手を川路が伸ばす。手のひらにカプセル状の物体が握られていた。取って良いのか分からず、ガングートは指先を少しだけ掴む。彼女は手を引っ込めたりしなかった。
「ダケド、中枢棲姫ハ沈メナケレバ……ナラナイ。ダカラ、これは俺達の『切り札』だ。奴を殺し切る為の、な……」
「なぜ私に?」
「中枢棲姫を殺す為なら手段は選ばない、それだけだ」
「ならありがたく受け取っておこう、じゃあな」
ガングートは背中を向けて立ち去る。あれだけ嫌いと言っているのだ。私に死にざまを見られるなんて最大級の屈辱だろう。そんなことをする趣味はない。胸ぐらから姿を現したエラー娘が、ビーチを経由してスネークの元へ飛ばす。
一人の男が、消える背中を見届けていた。
周囲の炎が一気に押し寄せて、視界が赤く染まる。全身を突き刺す激痛の中、彼は最後に、もういない戦友の名前を呟いた。
*
エラー娘によってワープした先は、スネークがいるオイルの貯蔵室ではない。全く別の階層だった。エラー娘が捕まっていた、生物的な構造の最下層に近い。生き物の腸のような一本道を伊58と並んで歩く。
一歩進むごとに、異様な緊迫感が突き刺さる。北端上陸姫とはまた違う威圧感だ。
地下工場は、元々の施設にビーチをかみ合わせた構造になっている。彼女が沈んだことで、崩壊は更に加速している。
しかし、この階層にその影響は出ていない。G.Wの言っていた通り、全く別の施設が上下に設置されているのだ。なぜそんな手間をかけるのか分からない。今はとにかく、脱出を優先しないといけない。
長い通路を進むと、今度は長い梯子が現れた。疲労した体に鞭をうって昇っていき、先にあったハッチを空けると、強い光が刺し込み、同時に轟音が聞こえていた。眼前で、猛烈な爆発が起きていた。
とっさにハッチから身を乗り出し爆風を回避する。
今までと違い、気が遠くなるほど広い空間だ。天井も壁も果てが見えない。真っ暗闇が延々と続いている。
違う、奥に何かがいる。
ぼんやりとだが、無数の巨人がガングートのいる足場を取り囲むように鎮座している。間も無くして、巨人がイクチオスだと気づいた。
そして目の前にはイクチオスがいる。それらを従える中枢棲姫が
「ガングート……?」
炎で喉でも焼かれて、スネークの声は掠れている。多大なダメージも原因だ。対する中枢棲姫は傷一つついていなかった。ミサイルもレイも使っているが、それでも一切攻撃が通じていないのだ。
「お前達が此処にいるということは、つまり、北端上陸姫はしくじった訳か。使えない不良品どもめ」
「不良品だと?」
「そうだ、死にかけの奴等を拾い、命を紡ぎ、力も与えてやったのに負けた。これが不良品でなくて何と言う?」
ガングートは、中枢棲姫の性根がねじ曲がっていると理解した。
深海凄艦は恨み、怨念、無念から生まれるが──その根底は艦娘と同じだ。しかし、こいつにはそれがない。屍者でさえない、ただの人工知能でしかない。
こんな存在に利用されて沈んだと言うのか。捨てた『深海』のガングートが、かつての姫を侮辱されたことに怒り狂っている。震える手を抑え込み、冷静に状況を見る。今は逃げるのが優先だ。
「そんな不良品を見破れなかったお前こそ、不良品だと思うが?」
「違うな、私は成功している。特にそこのアウターヘイブンは、とうとう此処まで来てくれた。感謝している」
「ふざけるなよ、貴様……」
スネークもまた、全身を震わせていた。だがガングートの怒りとは違う。恐怖だ。中枢棲姫に対してではなく、別の何かに対して、心の底から怯えている。いったい何を聞いたのだ。嘲笑いながら、中枢棲姫は手を掲げた。
「アーセナルギアは戦ってきた。様々な深海凄艦と。単独であまたの姫級と戦う経験は、こいつの力を高め、『改二改装』を可能にした。それらは全て、この中枢棲姫に『貢ぎ物』を捧げる為にあったのだ」
何も無かった手のひらから、大きな光が浮かび上がる。中央に巨大な影が見えた。銃のようにも、箸を並べたようにも見える。これが貢ぎ物だ。証拠に、スネークはより一層恐怖で震えだす。
「核発射用の『レールガン』、これこそが貢ぎ物だ」
ガングートには分からない。レールガンがどういう兵器かも分からない。だが、本能的に途方もなく恐るべき兵器であると理解していた。だから、言葉を発することができなかったのだ。
「『アウターヘイブン』には、この核発射用レールガンが後付けで搭載された。レールガンとはまあ、電磁力で弾丸を発射する兵器のことだ。こいつは核弾頭を打ち出す」
既存のミサイル防衛システムは、弾道ミサイルの噴射を感知して作動するが、原理的には大砲と変わらないレールガンは引っ掛からない。弾頭そのものにもレーダー反射断面積軽減や、電波吸収素材が使われている。つまり着弾まで誰も気づけないステルス核弾頭を、中枢棲姫は手にしていた。
それが、どれだけ恐ろしい代物かガングートは理解した。この時代でなくとも不味い。冷戦の時でも、その後でも、世界のパワーバランスを完全に崩壊させる兵器だ。誰が撃ったか分からなければ報復できない。絶対に先手を取られる核はもう、
「何よりも、これは艦娘アウターヘイブンから得られた兵器だ。現行技術では、対艦娘用核兵器はどうやってもリトルボーイのような『投下型』になってしまう。艦娘はWW2の存在、故に使える核もWW2の物に限定される。
だがこれは違う。艦娘アウターヘイブンから生まれたこれは艦娘にも深海凄艦にも効く。分かるか、誰も迎撃できず、そしてあらゆる存在に有効な核兵器が、この私の手にあるのだ。どうだ、恐ろしいだろう」
「たった一発の核弾頭で何ができる、そんなもので、世界全てを滅ぼせるつもりか。全世界を敵に回し、袋叩きにされるだけだ」
敗北は必須だ。世界は存在を認めないだろう。命と引き換えにどこかの都市が消えるが、割に合わない。ここまで生きてきたこの姫が、そんなことをするとは考えにくい。
「そう思うだろう、是非そうして欲しい。お前たちは、戦艦水鬼が言ったことを覚えているか」
戦艦水鬼──かつてメタルギア・イクチオスを率いて呉鎮守府を襲撃した姫だ。彼女はイクチオスによって、より艦娘に依存した戦争経済を強固にすることを目論んでいた。結局、深海凄艦への敵意が高まったことで、その目的はある程度達成されている。
なら、全ての国家が、中枢棲姫を沈めるために動きだしたらどうなるだろうか。ガングートは思い至った。
「しかし、レールガンは『中枢棲姫』を沈めれば停止する。果たして、この私を放置する勢力が存在するだろうか?」
「お前は、お前自身を囮に、全面戦争を始めるつもりか」
「そうだ、だが私が消えても『中枢棲姫』は消えない。深海凄艦には同一個体が幾つもいる。中枢棲姫も例外ではない。『私』に似た言動をとる『中枢棲姫』の建造も進んでいる……人類は、止められないレールガンを止めるために、この私と殺し合いを続けていくのだ。その為により艦娘を建造し、艦娘に依存していく」
「何の為にそんな真似をする」
「決まっている、人類を絶滅させるためだ。人間の
「できる筈がない、深海凄艦にも非好戦的な個体はいる。全員が人類を滅ぼしにはいかない」
「だからこそ、もう一つの『貢ぎ物』をアウターヘイブンから献上して貰うのだ、さあ、寄越せ」
中枢棲姫が指を鳴らす。攻撃と思い身構える。だが同時に、スネークの呻き声がした。
スネークが高周波ブレードを、自らの喉に押し付けようとしていた。
いったい何をしているのか、背後から羽交い締めにして、ブレードを取り上げようとする。しかし想像以上の力に阻まれてしまう。
「何をしているんだ!」
「違う、私の意志じゃない!」
その様子を見て、心底嬉しそうに中枢棲姫が笑っていた。まさかこれが、中枢棲姫のサイキック能力とでも言うのか。体を自在に操れる。深海凄艦の領域を逸脱している。スネークがボロボロになって当たり前だった。
「アウターヘイブンにはレールガン以外に、もう一つ積まれている。忌々しいあの蛇が奪っていったSOPシステムだ。その権限は今、G.W内部に存在している。そのG.Wが破壊されれば、権限は再びこのJ.Dに戻ってくるのだ」
「その為に、私を改二にしたのか、随分と回りくどい奴だな……!」
何とか話しているものの、スネークは限界が近かった。元々のダメージもある。高周波ブレードが一ミリ、二ミリと喉元に近づいていく。ガングートも必死で止めようとするが、彼女自身もかなりのダメージを負っていて力が入らない。
「回りくどくなってしまったんだよ。本当ならこんな手間、必要なかった。お前が
「逃げ、だす?」
「まさか、アーセナルギアという艦が、自然発生したと思っているのか? 馬鹿め。なら教えてやる、これをあの世の土産にすると良い。艦娘アーセナルギアを建造したのは、
一瞬、ブレードを抑える力が緩んでしまった。
抑えを失った切っ先が喉元に触れる。鮮血が飛び散り、地面に生首が転がる。ガングートは恐ろしい光景に耐え切れず瞼を閉ざす。
しかし、首が転がり落ちる音が聞こえなかった。鮮血が飛び散っている様子もない。恐る恐る目を開けると、高周波ブレードを持ったままスネークは固まっていた。彼女自身も、目を点にしている。
「そうだ、しかし、そのアーセナルはお前に叛逆している。それこそが、お前が非完全だという証明だ」
声はガングートの胸元から響いた。小さい光が膨らみ、人の形に変わっていく。現れたエラー娘は、敵意とも哀愁とも言えない瞳で、中枢棲姫を見つめていた。彼女がサイキック能力を相殺していた。
「お前からスネークを救うのは、二度目だな」
「二度目?」
「ああ、私はレイテ沖で合うより前に一度彼女に合っている。その頃は深海凄艦だったがな」
中枢棲姫のところで建造された深海のアーセナルを、エラー娘が奪取したということか。そして何らかの切っ掛けでD事案を起こし、艦娘のアーセナルに変異したのか。エラー娘を否定せず、中枢棲姫は沈黙している。
「個体名称は『
「デンセツのエイユウとして、か」
「……無駄話はもう良いな、貴様如きの能力で、私を抑えられると思ったか」
これ以上は話されたくない。そう言わんばかりに中枢棲姫が力を高める。エラー娘が顔を歪めると、再びブレードが近づいてくる。彼女がいる今、逃げることはできる。だがワープには僅かなタイムラグが存在する。
もっとも、そんなことは始めから分かっていた。
だから、ずっと彼女を隠れさせておいたのだ。この足場の周囲は水辺になっている。それが良かった。這い上がるのに時間がかかったが、伊58はそこにいた。
「邪魔するでちよ!」
中枢棲姫からすれば突然のことだった。背後からの声に振り返れば、潜水艦が艦首魚雷を文字通り投げ飛ばしていた。しかも、その場で機銃を構えている。狙いは投げた魚雷だ。銃弾によって撃ち抜かれた魚雷は、中枢棲姫の眼前で爆発を起こす。
「目晦ましか!」
サイキック能力の拘束が解けスネークが倒れ込む。ガングートは彼女の体を抱え込む。同時に伊58がこっちに走り出し、エラー娘はワープの準備を始める。
しかし、未知の力で爆風を弾き飛ばした中枢棲姫がこちらに手を翳した。待機していたイクチオスが動きだし、主砲の狙いを定めた。
あと少し稼げれば良かった。ガングートは試しに叫んでみた。
「愛国者達でもない紛い物に、殺される理由はない」
そして、ワープは成功した。
視界が光に呑まれる一瞬、ガングートは確かに見た。困惑と、途方もない憤怒に染め上がる中枢棲姫の顔を。
なら、愛国者達とは、誰なのか。
*
長いこと沈んだ気がする。意識があるのか分からなくなった頃、唐突に視界が開けた。
急に眩しい光が刺し込んでくる。ずっと基地内にいたいせいで光が眩しい、外は朝になっていたのか。
濁流の音が聞こえる。深海凄艦の影響で増水したツェリノヤルスクの河が傍を流れていた。何か変な物が手に当たる。下を見たガングートはぎょっとした。そこには、白骨死体があったのだ。ほとんど風化しているが、それでも不意に現れたら驚く。
「奴が、拠点をツェリノヤルスクにして良かった」
エラー娘が妙なことを呟いた。しかし、そんなことを気にしていられる状況ではなさそうだった。
「スネーク、聞こえるか」
「ああ、人の足跡だ」
身構えるが、お互いに体力ギリギリだ。
ここから国外まで死ぬ物狂いで逃げなくてはならない、こんなところで死んでいられるか。スネークとガングートの艤装が嫌な音を立てて駆動する。人影が現れた瞬間、二人は息を呑み──吐き出した。
「乗っていくかにゃ?」
ジャングルの影に止めてあるジープを、指差す多摩が現れた。
彼女も脱出できていたのか。思わず脱力するガングートだが、彼女の手元にあった物に、目が止まった。
「それは、まさか」
「お目が高い、これが『賢者の遺産』にゃ」
言葉が出なかった。あれだけ求めた物が、多摩の手元に握られている。
しかし、奪おうとする気力は湧いてこなかった。艦娘として生きると決めたから、もう中立区に戻れないと分かっていたからだ。その中立区も、存続できるか分からないが。
「いやぁ、スネークたちがガンガン暴れてくれたお蔭で手に入ったにゃ、感謝するにゃ」
「暴れたって、お前もイクチオスを燃やしただろ」
「いいや、あれは
後ろのトラックから呻き声が聞こえていたのはそれが理由か。その一言で思い出した。フョードロフとの約束はどうなるのだろうか。イクチオスの工場破壊は成功したが、結果はこの有様だ。全部反故にされても正直文句が言えない。
「モセス解散は、近いかもしれないな」
スネークも同じことを考えているようだ。ソ連の後ろ盾がなければ、モセスは北方棲姫も守りしかない場所になる。
彼女は深海凄艦を統率することで、北方航路の安全確保に大きく関わっている。北方棲姫を撃破しても、今度は野良深海凄艦が増える。そんな事情があるので、貿易に関わっている企業は北方攻略に反対してくれるだろうが、少なくとも
世論は英雄扱いしているが、どうやってもテロリストだし、そもそも悪い注目を浴び過ぎてしまう。スネークは勝手に去って行くだろう。そんな光景がイメージできた。しかし、まだやることはある。
「言っておくが、流石にここで降りようとは思っていないからな」
「当然だ、あれだけ疑心暗鬼にさせておいて、この程度の働きで許されるものか。中枢棲姫撃破までは付き合って貰うぞ」
「良い空気のところ悪いけど、どうするにゃ。良ければ、モセスまで送るけど」
せっかくだが、とスネークは断る。大本営の工作員がテロリストを連れていくのはどう考えても不味い。そもそも多摩を信用し切っている訳でもないのだ。体力的にかなりキツイが、国境を越えるぐらいは何とかなる。
「ごめん、多摩は大本営じゃないにゃ」
何だと。そう言う間もなかった。止めてあったジープから、完全武装の兵士が二人だけ現れたのだ。即座に臨戦態勢に入る二人を、多摩が制止する。
「おっと待つにゃ、この人たちは味方、特にスネークにとっては。あのジープのマークに、見覚えはないかにゃ?」
遠くのジープに目を凝らす。ガングートには何だか特徴的なマークにしか見えない。地球を模した髑髏から、蛇がはい出ている印だ。どういう意味を持たせてあるのか分からない。しかし、スネークは緊迫した顔で、その印を見つめている。
「アウター・ヘブン……!?」
「そして、歩く時間はないにゃ。あれを見ろ」
突如として、ジャングル全域に大地震が響き渡る。地下工場が完全に崩落した振動が伝わっているのだ。後で知ったが、強硬偵察をしようとしていたCIAも、この光景を見ていたらしい。
「見て見ろ、これが我々の『敵』にゃ」
多摩が映像機器を渡す。彼女の水上偵察機の映像を写している。ジャングルを遥か上空から写した映像には、信じがたい物がいた。
地面を下し、木々を破砕し、地下深くから盛り上がってくる。
いったい何メートルに到達するのか、戦艦大和なぞ比較にもならない巨大戦艦が、大地を壊しながら、真正面の外洋に向かって進水していたのだ。
「アーセナル……こいつは、アーセナルギアだ……だが何故……」
「さて、乗った方が良いと思うけど?」
呆然と呟くスネークを抱えて、ガングートはジープを乗り込んだ。
後ろを振り返ると、燃えるジャングルが見えた。中立区はもう、今まで通りにはいかない。それは世界も同じだ。
これからどうなってしまうのか、ガングートには何一つ予想できなかった。
しかし、これからの世界に、自分の名前がないことは知っていた。中立区にもいられず、無論KGBにも、深海側にもいない。艦娘として生きていくと決めたが、モセスにも長くはいない。
どこにもいない私は、必ず忘れ去られる運命にある。時代に押し流されて消えた価値観のように、私個人は、時代の生存闘争に敗北するのだ。もっともそれで、世界に絶望したりはしない。川路や北端上陸姫のようにはならない。
時代に翻弄された艦、ガングート。私はその生き方を信じると決めたのだ。
決めたからには信じ抜く。時代が変わっても、価値観が変わっても。どんな形であれ、私はこの世界を護ると決めた。その中には、ガングートが護ったロシアもあるのだから。
護った先に、少しでもマシな未来があるのなら。それが私の生きた証になってくれる。屍者として、時代の礎になる。そう考えれば、少しはやる気が湧いてきた。
ソ連海軍 スヴェルドロフ級巡洋艦
オクチャーブリスカヤ・レヴォリューツィヤ(元モロトフスク)
排水量 13350 t
全長 210 m / 205 m
主機 TV-7蒸気タービン機関 2 基
出力 118000 hp
速力 32.5 kn
進水 1954年5月25日
除籍 1988年2月11日
1957年8月3日に、十月革命を意味する艦名に改称されたソ連海軍バルト艦隊の巡洋艦。十月革命の名を冠する艦は、大祖国戦争時に活躍した艦から、戦艦ガングートに続き引き継がれている。実戦においては中東戦争時に参加しており、シリア、エジプトに対しての軍事支援を行っている。
現在十月革命を冠する艦はいない。
〈──返事がないが、聞こえているか?
駄目か。なら仕方ない、聞こえていると信じて残しておく。ありがとう。お前のお蔭で、俺は本当に助かった。お前がいなければ、来たる脅威に、何の対策もできなかった。
お前のことを知った時は本当に驚いた。まさか、世界があんな結末を迎えるとは知らなかった。そちらの調子はどうだ、多少はマシになったか? 俺が送った、メタルギアの起動データが役に立ったと良いが。
しかし、それでも駄目なのが残念だ。一度座礁してしまった
俺たちに起きたことは奇跡だと思う。奴が過去へのワームホールを拓こうとした瞬間、たまたまあの亡霊と、あの
遥か未来で、奴が座礁したのは偶然ではない。いずれ「絶滅」が来る。お前の世界では、それがたまたま医療用ナノマシンの姿をとっただけだ。一応、俺の世界のドレッドダストは厳しく制限をしたから暴走の心配はない。だが、別の形で「絶滅体」は現れる。
避けられないのなら、その中でも生きるしかない。J.Dが崩壊した今、ザ・ボスの意志を継承しているのは俺しかいない。絶滅しても、世界を一つにする。その為のシミュレーションは滞りなく進んでいる。これもお前のおかげだ。
通信がさらに悪化してきたな……もう、二度と繋がらないか。私たちのような存在が、こんなことを言うのは変だが、それでも、こういう時は感謝しなければならない。それが社会の規範だからな。
ありがとう、ヴァ―ジル〉
ACT6
時代とは時間の持続性において、ある特徴を持った1区切りを意味する言葉である。この特徴とは色々あり、主に使用された道具や、一定の価値観でも良い。武器であれば石器から剣、銃、大量破壊兵器の時代――と言い表せる。価値観であればそのまま、戦国時代や産業革命、近代などと言える。
時代が変わる原因は様々であり、次の時代を予測し切ることは極めて困難である。確率論的に調べることはできても、確実な予測は不可能である。しかし、時代を決定するのには、国家間の動きが大きく関わっている。
その関係上、国家の意志に従い行動する兵士たちは、ダイレクトな影響を受けやすい。昨日までの味方が敵になるのは、
それでも、国家の意志を信じるのか、それでも、いつか『悪』となったとしても、自分の意志を信じるのか。そのどちらが正しいのかも、『時代』が決定するのである。
しかし、『時代』も忘却からは逃れられない。俺は奴からそう教わった。