File75 決戦前夜
「ぼくらは何をなくして、何を護ったんだろう。
実を言うと、それはこうして出来事を整理して物語っているいまも分からない。多分、戦いのあとというのはいつもそうなのだろう。
いつの時代の、どんな戦争も。ずっと昔から、そしてこれからも」
シャドー・モセス島の吹雪が収まっていた。気温は低いが直接降り注ぐ日の光で、体が温まっていく。いくらアラスカの極地でも、一年中吹雪いてはいない。春にもなれば動物たちが動きだし、短い命の時期がやってくる。
スネークにとっても、それは同じだった。命を紡ぐほどに生きてはいないが、無駄にはできない。いや、きっとこれからの全てがかかっている。なぜなら、中枢棲姫が動きだしたからだ。
短い春が来る。そしてその間に決着がつく。この太陽は誰を照らしているのか。祝福の光なのか。下手をすれば二度とモセスには帰れない。たった数年で、厳しい自然が私のいた痕跡を消してしまう。だからこそスネークは光を浴びる。心の奥に、一つの故郷を刻む為に。
照明が落とされた部屋を、スクリーンが鈍く照らしている。映像には見慣れた物が写っている。巨大なエイに見えなくもない巨大過ぎる建造物。その名前はアーセナルギア。かつてマンハッタンに激突し、壊滅的被害を与えた兵器だ。
スネークは信じられないものを見る目をしていた。他の面々も同じだった。実際には、これほど巨大な軍艦が建造できるのか、という驚きだったが。いずれにせよ、あまりに非現実的すぎる。
そうだ、こいつがあるのと自体が、非現実的なのだ。
「なぜ、こいつが、こっちの世界にある」
アーセナルギアは
「ワームホール、というものを知っているかにゃ?」
全員からの訝しむ眼も気にせず、飄々とした様子で多摩が教鞭を振るう。彼女の質問に、青葉が手を上げて答える。
「あれですか、SFに良く出てくる設定の?」
「正解、まさにそれにゃ」
「冗談はよせ、私の世界でもワームホールなんてテクノロジーは作られていない」
ナノマシンやらサイキック能力を実用化している癖に言えた口ではないが、それでもワームホールはないだろ。まさか、向こうにもビーチがある訳じゃあるまいし。実は深海凄艦がいました、なんて話なら納得できるが。
「いいや、知らないだけで作られているにゃ。昔のビッグボスが率いたダイヤモンドドッグスで使われていたにゃ」
あいつ何て物を作った。素直にそう思った。そこへ、明石が技術屋として当たり前の疑問を投げかける。
「でも、どうして廃れたんですか、凄い便利なのに」
「それが、どうも未完成だったらしいにゃ。未確定の要素があったとか」
運用している間はスカルフェイスへの報復の真っ最中でそれどころではなかったそうだが、ある程度落ち着いた頃、ワームホール技術の不完全さに気づき始めたのだ。結果、かかるコストと危険性を比べ、その技術を封印することに決めたのだ。
確かに、ワームホールのさきはどんな場所なのか予想がつかない。いったい何処を通って移動しているのか、その間自分はどうなっているのか、考えれば不安は尽きない。艦娘ではなく、人間が使えば更に不安だろう。
「けれど、そのテクノロジーを引っ張ってきた奴がいた。それが中枢棲姫。あいつはそれを使って、アーセナル級の一隻をこっちの世界に持ってきちゃったにゃ」
「……一隻って、まさか、アーセナルは複数隻あんのか?」
「ああ、ある。何隻か建造されている」
その内一隻を奪って改造したものがアウターヘイブンだ。正直、あんな馬鹿デカい戦艦を何隻も建造する理由は分からない。愛国者達の力の象徴にしようとでも思ったのか。まあ、今更どうでもいいことだが。
「だが、アーセナルギア単体では何もできない。中枢棲姫はいったい何がしたいんだ」
単体では何の役にも立たないことは、私自身が証明している。今までも、誰かの助けなしでは何もできなかった。
「アーセナルギアが必要だったのは、単に相応の『出力』が必要だったからだと思うにゃ」
「出力って、アーセナル級の動力源は原子力でしたよね」
その通りだ。この世界のどんな艦と比べても、比較にならない圧倒的な出力が出せる。まあ、それが戦闘力に直結しないのが悲しい所なんだが。しかし、多摩の言う通り、『出力』だけを求めたら、アーセナルは最強だ。
「その出力を使って、中枢棲姫はある物を再起動させようとしているにゃ」
「ある物?」
「端的に言えば、衛星ミサイル。核じゃなく、軍事衛星とかを打ち上げるための拠点を、復旧させるつもりにゃ」
スクリーンに別の画像が写る。かなり分かりにくくなっているが、海岸に基地らしき建造物が確認できる。ハワイ近辺にこんなものがあったとは。愛国者達に秘蔵されていた施設なのだろう。確かにアーセナル級の動力があれば再起動はできそうだ。
「そして、再稼働した基地のミサイルを使って、『レールガン』を発射モジュールごと、衛星軌道上に設置する。それがあいつの最終作戦にゃ」
場が静まり返った。レールガン内部にステルス核が入っていることは全員知っている。
この世界の技術は後退している。地上から衛星軌道上のものを破壊できるテクノロジーは存在していない。一度上がれば、もう止められないのだ。
レールガンに入った核は一発だけ。それでは世界は終わらせられない。量産もできないから、どこかが犠牲になれば、それで打ち止めだ。だが、その事実を知っているのはスネークたちしかいない。他国家の諜報機関はおぼろげにしか知らず、一般大衆は言わずもが。
「中枢棲姫は巧妙に、この核の存在をインターネットを通じて広めていっている。ミサイルが発射された時、噂は事実だって証明されるにゃ」
「一方的に、核で殺される恐怖。そいつに市民たちが耐えきれる可能性は……」
「ないだろう」
重要なのは核ではない。核で狙われているという『事実』だ。同じ恐怖を大国たちも味わうことになる。第三各国が滅亡しつつある今、次に深海凄艦が牙を剥くのは自分たちだ。そして理外の化け物は、遂に核を手に入れた。
「しかし、逆に言えば、発射前の今なら止められる。いや、発射されても中枢棲姫さえ沈められればレールガンは停止する。どこ国もその情報は掴んでいるみたい」
「掴まされている、だ」
都合の良い情報を流すのは愛国者達の十八番だ。まさか苦労して得た情報が、掴ませるための罠だとは思うまい。そして、あらゆる国家を深海凄艦との戦争に巻き込んでいくことが、中枢棲姫の目的だった。かつて戦艦水鬼が語ったように。
*
混乱に陥ったツェリノヤルスクから脱出しようとしていたスネークたち。そこへ現れたのは大本営の工作員の多摩だった。しかし、彼女は自らをこう呼んだ。『アウターヘブン』と。その一言に、後頭部を殴られたような衝撃を受ける。
その後、スネークたちは多摩が持ってきた車で移動した。スネークの様子を察してか、落ち着いてくるまで多摩は話そうとしなかった。そのまま船に乗るかと思ったら、小さな空港へ移動した。
アウターヘブンが管理している施設の一つらしい。ここみたいな手足になる施設が、世界各地に置かれていると多摩は説明してくれた。世界情勢が動き出す今、海路よりは空路の方が良いとの案だった。
「アウターヘブンが何なのかは、今更言うまでもないかにゃ?」
私にだけ多摩は話しかける。他の面々──特に、途中で合流した青葉は、今まで見たことない空からの景色に興奮している。伊58も似たようなものだ。ガングートは慣れた光景らしく、吹かそうとしたパイプを同乗員に没収されていた。
「なぜ、お前が、お前たちがアウターヘブンなんだ」
「なんでって、そりゃ、多摩たちのリーダーがビッグボスだからにゃ。ボスの率いる組織はアウターヘブンに決まってる」
「ビッグボスは、生きていたのか」
何となく、死んだと思っていた。ゼロが死んだ以上、伴って死んだのだろうと、漠然とイメージしていた。あの二人を離して考えることができなかったのだ。
とは言え、中々大変だったらしい。ダイヤモンドドッグス壊滅後、深海凄艦と愛国者達、両方の追撃を受けながら、なんとか生き続けたらしい。
「まあ、おかげで全然表に出なくなっちゃったけど。もう前線には出れないらしいにゃ」
特に頭部に刺さった角のような破片が致命的だったらしいが、それでも詳しいことは多摩も知らないらしい。ビッグボスの英雄性を下げないために、周りが苦労しているのだろう。まあ、生きているなら、そこまで悪い気はしない。
「沈む前に、一回ぐらい顔を見てみたいにゃ」
多摩は最初からアウターヘブンにいたのではない。聡明期のブラック鎮守府から脱走したところを保護されたのだ。その頃にはもうビッグボスは再起不能だった。多摩を鍛え上げたのは、また別の『古参』だったらしい。
「多摩だけじゃなく、色々なところから、色々な艦娘が集められていたにゃ」
「提督適正の問題はなかったのか?」
「ビッグボスが提督適正を持ってたにゃ」
確かに持っていそうだ。妙に納得できる。微弱ながら霊感もあったらしいし、ソルジャー遺伝子の中に近いものが含まれていたのだろう。アウターヘブンでも艦娘は問題なく戦えた。だから生き残れたのだ。
「それもこれも全部、中枢棲姫、しいては愛国者達を滅ぼすためにゃ」
スネークから目を逸らしながらも、強い眼つきをしていた。強烈な使命感だった。当たり前だ、あの世から叩き起こされた原因が、あんなAIだと知ったら怒り狂う。しかし私もまた愛国者達だ。原因でないと分かっていても、責任の一端が引っ掛かっていく。
「長い時間をかけて、準備をしてきた。中枢棲姫はほっとんど出てこないから、討つチャンスがなかった」
「奴の進める計画を、黙って見るしかなかったんだな」
「……正直、多摩たちも撃たれて仕方ない面はある。騙したし、隠しているし、助けられる命を見捨てている」
それで良いじゃないか。そう言いたかった。物事は結局結果でしか計れない。中枢棲姫の計画が成功した後に残るのは破滅だけだ。外道と言われようと、世界を売ろうともしなければならないことはある。
だが、下手に肯定すれば、命を見捨てたことも肯定してしまう。何かを護る艦娘にとって、それは絶対に認めてはならないことだ。だから何も言えずに黙り込んでいた。スネークも似たことを思っている。あの時、ジミーを連れてこなければ良かったのではないか。それなら、死ぬことはなかったと。
「今更言ってもどうにもならない、私達は成すべきことをしなければならない。私はそう考えている」
「そうにゃ、多摩も同じにゃ。皆似た考えを持っている筈にゃ」
それは、ビッグボスも同じなのだろうか。
最早世界は、誰の理想とも違っている。秩序ある戦争だが人の意志はバラバラだ、しかし兵士たちの戦場は人造人間に取られている。ボスともビッグボスとも、ゼロでも愛国者達の理想でさえない。
ゼロとビッグボスは元々友人だった。自分が創造した愛国者達に殺されたと聞いて、ビッグボスはどう思ったのだろうか。情報でしか人となりを知らないが、しかし、決して良い気持ちは抱かなかっただろう。この戦いは、仇討ちの側面もある。
「……だが、奴はいったい何をしようとしているんだ?」
最大の謎はそこだった。愛国者達の理念からも外れて、中枢棲姫は何がしたいのか。長年中枢棲姫を追い続けた多摩なら、知っているかもしれない。
「聞いて、首を傾げるにゃよ?」
驚くなではなく、首を傾げるな。どういう意味なのか、スネークはすぐさま理解することになる。
「新人類による、新しい世界の想像。その為の人類滅亡。これが目的にゃ」
理解した。中枢棲姫──J.Dはもう、どうしようもなく壊れていることに。
*
愛国者達のAI、それらの源流になったのは、ピースウォーカーに搭載されたザ・ボスAIだった。大脳と小脳を用意し、徹底的に人間に寄せて作られた。それが、核報復の判断に必要不可欠だったからだ。
しかし、結果的にピースウォーカーは『暴走』した。
それがAIに宿ったボスの意志だったのかもしれない。だが、技術者から見れば間違いなく暴走だった。核報復のためのマシンが、核報復を行わないため、『自殺』という自己犠牲を選んだのだから。
世界を統一し、制御するAIがそうでは駄目なのだ。だから愛国者達は、逆に人間から徹底的に
「けど、転移した時、J.Dは何らかの原因で『
「意志、か」
発端というのなら、ある意味私たち艦娘も同じだ。機械が意志を得た。それが艦娘と深海凄艦に分かれ戦争が始まった。かつての史実に突き動かされるように戦ってきた。なら中枢棲姫は、何に駆られているのか。
「その意志で、奴は何故人類を滅ぼそうとする?」
「残念だけど、それは分からない。あっちのとは違って、こっちのアウターヘブンはそこまで愛国者達に詳しくない。むしろ、スネークの方が予想できるんじゃないかにゃ?」
「そう言われてもな……」
いかにアレな方法を取ろうとも、愛国者達は人のための機械だ。人類滅亡が人に貢献すると言うのか。というか予想できないから話を聞いているのだが。こういう時頼りになるG.Wも、「分からん」の一点張りである。
しかし、こう言い張る時のG.Wがとことん信用ならないのは良く知っている。もしかしたらだが、密かにJ.Dと内通して、私たちをコントロールしている可能性もあるのだ。ハッキリ言って恐怖でしかない。
それでもスネークは、現状G.Wを信用している。最悪、人類滅亡という選択肢だけは避ける筈だからだ。そこまで壊れてはいない。恐ろしいが、そう信じてみる他、道はない。
「だけど、どう滅ぼすかは分かっているにゃ」
「それが、あのレールガンか。しかし、一発では世界は滅ぼせない」
「そう、だからこそ、中枢棲姫はこの一発は使わないにゃ。絶対に。だけど、そうと知る人は多摩たちしかいない」
北方棲姫が例外中の例外なだけで、深海凄艦はやはり邪悪な侵略者である。それが世界の共通認識だ。だが、それでも人類が死ぬ物狂いにならなかったのは、大量破壊兵器を使用できなかったからだ。
武装を制御する妖精や深海細胞──要するにサイキックアーキアは、捕食した記憶を元に活動する。その為WW2では使用されなかった兵器は運用できない。リトルボーイのような投下型はギリギリいけるが、弾道ミサイルとなるともう無理だ。
しかし、『艦娘』アウターヘイブンの『装備』であるレールガンは例外だった。中枢棲姫はそれを手に入れた。テロリストよりもたちの悪い無差別な侵略者が、とうとう核技術を手に入れた。これが今の共通認識だった。
「どの国も、躍起になって中枢棲姫を破壊しようとする。もうあちこちで攻撃作戦が立ち上がっている。それこそが、あいつの目的とも知らず」
やや仕方と無いことだが、そうスネークは溜息をつく。核を手にしたと聞いて、対象を破壊しない。そんな選択肢を取れる国家は普通ない。相互抑止ならともかく、相手は化け物の類なのだから。
「恐らく、中枢棲姫を破壊してもレールガンは消滅しないにゃ。そもそもスネークの装備だし、消えるとすれば、スネークが轟沈した時だけど……」
「嫌に決まっているだろ、断固拒否する」
世界がかかっている状況で申し訳ないが、自殺する選択肢なんて考えられない。まさか、世界滅亡まで秒読みでもあるまいし。彼のように、未来の為にトリガーを引けるだけの覚悟は持てないし、今はいらないと思う。
「まあ、それがきっと普通にゃ」
そう言うものの、若干蔑むような視線をぶつけてくる。一度沈んだ彼女たちと、半端な終わりを迎えた私では、価値観が違うのだろう。ただ、私の方が人間に近い価値観だ。死ぬことに躊躇しない生き方は必要かもしれないが、正しくはない……気まずさはあるが。
「けれど、このことも国家は知らないにゃ」
仕切り直すように、多摩が椅子に座る。スネークも合わせて、真正面の椅子に腰を下ろした。
「どの国も全力で戦いを始める。こっからは時間との勝負。深海凄艦を根絶させなきゃ、核で人類が滅ぼされる。完全なる消耗戦。艦娘はどんどん建造され、そっちに資源は回される。政策も経済も、いずれこの『戦争』が中心に変わっていく」
まさしく、戦艦水鬼が語った未来図だ。ここに対処し辛いイクチオスが加われば、費用はもう天井知らずになる。
「だけども、艦娘は建造で簡単に増やせる。今は法律で制限されているだけで、無視できる。深海凄艦は海底にばら撒かれたサイキックアーキアによって勝手に増える。轟沈しても、一定確率でD事案が起きる。種族単位で言えば、とても絶滅しにくい生物群ってわけにゃ」
さすが、戦争の記憶から生み出されただけある。なんて言ったら確実に殴られるので黙って置いた。だが多摩は事実を語っている。故に、相対的な現実が浮かび上がってくる。
中枢棲姫の目的はそれだった。余りに回りくどいのは、それしか手段がなかったからだと知っていた。それでもこう思うしかない。狂っていやがると。
「でも、人間は?」
徹底的な消耗戦の果てに、人間は死滅する。文明的にも、遺伝子的にも。人を護るための戦いの果てに、中枢棲姫はそんな世界を夢見ている。スネークにはひとかけらも理解出来ない夢だった。
冒頭の引用は
『メタルギアソリッドガンズオブザパトリオット』(著:伊藤計劃/角川文庫)
による
シリアス前回+ネタ切れのためACT6は無線なしでお送りします……すみません。