一度決まれば、あとは流れるように進んでいく。
というか、私が全てを決めたことなど、短い人生で何回あっただろうか。自由意思を謳っているが、大体は大きな流れの中で決めたことだ。本当の自由の中に、私はいたのだろうか。
愛国者達、そしてJ.D。
奴が私を建造した理由も知った。何をしようとしているのかも理解した。その上で、この私は何を成すか。出撃の前夜、モセスの海岸にスネークは立つ。
準備のため、騒がしい基地を背中に夜空を眺める。
極限地帯でも早々見られない、オーロラがモセスを覆っていた。ゆっくりと景色を眺めることなんて、この体になってから早々なかった。軍艦の頃、水底にいた時を思い出した。ずっと見たかった水上の眺めは、色鮮やかに心に刻まれていく。
「……それ、本気で言ってます?」
「奴は本気らしい、頭の痛くなる話だが」
多摩から聞いた中枢棲姫の目的は、一応極秘事項だった。何分相手は『無意識』を操る愛国者達だ、どこまでが奴の狙いなのか分からない以上、必要のない情報を周知する必要はない。だが、スネークはそれを青葉に伝えることにした。
「ええ、分かりますよ。戦争の激化が、戦争経済の肥大化を招くのも、艦娘の建造数が跳ね上がるのも。でも、そりゃないでしょう」
しかし、話を聞いた青葉は頭を抱えていた。絶句しているようにも、呆れているようにも見える。スネークは心の底から同意した。正直、あんなのが同じ愛国者達と思われたくないとさえ感じている。だからこそ、壊れていると思うのだが。
「人間を、
「最低でも数世紀は待つつもりだろうな」
建造され生まれた艦娘も、いずれは退役し、人間社会へと溶け込んでいく。
その時、遺伝子コードは人間に戻る──と思われていたが、それが誤りだったことが分かった。
確かにコードは戻る。だが、寄生していたサイキックアーキアの遺伝子が組み込まれることが、コードトーカーの残したデータで発覚したのだ。言うなれば、艦娘としての
その可能性、危険性は想定されていた。人に近いが、人ではない遺伝子。それを持った人々が社会の中で多数派になる。それをある種の侵略と考える人は一定数いた。だからこそ、艦娘の建造数には制限が設けられていたのだ。
「大多数がそうですけど、私たちは侵略する気なんてないですよ。人によるでしょうけど、護りたいだけです。まあ、そういう生物って言っちゃお終いですが」
何だか、投げやりな言い方である。仕方ないか、自分たちが軍艦の記憶を喰った虫に作られた存在だと知ったら。人を護ろうとする意志も、それがサイキックアーキアの生存戦略だからに過ぎない。
「人を護った艦娘を、人間社会は受け入れざるをえない。全員がそうでないとしても、やがて人になった元艦娘たちは、社会の中で増えていく。彼女たちの遺伝子を持ったヒトが、世代を重ねるごとに多数派になっていく」
「きっと、世論も在り方も、艦娘を中心にしたものに変わりますね」
若者が多ければ、若者の意見が反映されやすい。老人が多ければ逆になる。それが民主主義だ。故に元艦娘が多ければ、それを踏まえた世論が生まれるのは当然の理屈だ。経済活動も、より依存を強めていく。
「時間はかかる、かなりかかる。だが、成果は確実だ」
「単純な話ではありますね、艦娘を人間社会に大量に流入させる、同時に文化もそっちが多数派になる」
「やがて純粋な人間は消えるだろう。遺伝子的にも、模倣子的にも。地上の文明そのものが完全に入れ替わってしまう」
遠大過ぎる。しかし、無限の寿命を持つAIだからこそ、思い至った計画だった。
今にして思えば、アフリカといった第三各国を滅亡へ追い込んだのはこのためだったのだ。中枢棲姫の計画は、既にある程度艦娘に依存した国家のみに有効だ。
だから、このルールに適用できない国家──言わば、それを表現する言葉のない言語──それを用いる民族を、深海凄艦によって淘汰したのだ。イクチオスは戦争経済の起爆剤であり、使った物を破滅させる悪魔の兵器だったのだ。
まさに最初からだ。もっとも最初、私が目覚めた時から計画は始まっていたのだ。
中枢棲姫が作った艦娘たちによる人類の自然淘汰。奴はこれに、よりにもよって『恐るべき子供達』と名付けているらしい。
「そんなことの為に、青葉たちは建造されたって言うんですか」
「……すまん」
人を、静かな海を護る。
そう考えるよう建造された兵器が艦娘だ。その為にあらゆる枷が存在する。建造レシピによる遺伝子統制、史実による文化統制。それを自覚しても尚人を護った先にあるのは、まさかの人類滅亡だ。
「スネークが謝ることじゃないですよ、こんな糞みたいなことを思いついたあいつが悪いんですから」
青葉はそう言ってくれるが、その糞みたいな存在の同類には違いない。
ましてや、奴を連れてきたのが
ある意味最大の謎がある。そもそもJ.Dは、どうやって生き長らえたのか。
『アーセナルギア』は奴に深海凄艦、屍統棲姫として建造された。だが中のG.Wは別だ。ワームによって崩壊する直前まで、稼働状態は維持していた。その時、誰も予想できなかった何かがあったのではないか。
「G.Wは?」
「だんまりに決まっているだろ」
「ですよねぇ」
知っているとしたらこいつだが、知らないの一点張りである。多摩のいるアウターヘブンによって多くの情報を得たが、確信的なことは全く分からないまま、決戦の時が近づいている。漠然とした不安だけが残されている。それでも、行くしかないのだが。
*
夜が明けてから、数時間が経過していた。
艦娘は自力で航行できるが、目的地までは遠すぎる。だからといって大型船では沈められてしまう。その為、何グループかに分かれて空を移動していた。
小型の
「ま、帰った時の楽しみにしておきましょうよ」
青葉がそう言って葉巻を指先から取っていき、葉巻ケースに入れて返してきた。不機嫌なスネークを小馬鹿にするように、口角が上がっている。私の反応を楽しんでいるようだが、そんなに面白いのだろうか。
「お前は、生きて帰れると信じているんだな」
言ってしまって、後からしまったと思う。
今から行く場所は、恐ろしい激戦区だ。お世辞でも、生きて帰れると言えないような戦場なのだ。それでも言ってはいけない言葉がある。言霊というものもある。明らかに輸送艇の空気が淀んでいた。
「ええ、何せスネークがいますから。それだけで青葉は頑張れますよ」
本気で言っているのが分かった。周りに座る、名前も知らないアウターヘブンの艦娘たちもそうだそうだと言い出す。暗かった空気が、一気に明るくなる。しかし、スネーク自身は陰鬱さを抱えたままだった。
確かに、どんな絶望的な戦場だろうと、『英雄』がいるだけで空気は変わる。ビッグボスがいるかどうかで、組織能力が激変した様に、集団には必ず象徴が要る。度重なる戦いと、伴って広まった噂は肥大化し続けて、私の英雄性はまた上がっていた。
青葉も、他の艦娘たちもそれを信じているのだろう。英雄がいるから大丈夫だと。事実などはどうでもいい、彼女たちが信じる以上、私は『英雄』なのだ。その期待が重く圧し掛かる。私はそんな大した存在ではないのに。
〈あー、聞こえているかにゃー、多摩だにゃ。おさらいってことで、もう一度作戦について説明するにゃ〉
機内放送で多摩が話し出す。遺伝子まで染みついた癖で、スネーク以外の全員が背筋を伸ばして座り直す。つられてスネークも姿勢を正した。
〈まず、中枢棲姫の乗っているアーセナル級。あいつは今、本拠地である中枢海域……ハワイ沖近辺に居座って居るにゃ〉
この戦争が始まって間もなく、深海凄艦はハワイから現れたという噂が流れた。実際、一番滅ぼされたのはハワイだった。何度か大本営やアメリカが攻略を試みたが、その度に失敗している。戦力の量も分厚さも、他海域とは比較にならない。
だから余計に、ここが深海凄艦の本拠地ではないかという噂が強まった。それに伴って、同海域中心部にいた中枢棲姫が、深海凄艦の頂点にいる姫だと言われるようになったのだ。
本当のところは、サイキックアーキアで建造された存在なので、中枢も何もない。それも、中枢棲姫を沈めれば全て解決する──と思わせるための、長年に渡るブラフだったのかもしれないが。
〈ハワイ沖に連合艦隊が突入できたのは二回だけ、一回目は飛行場設営の時、二回目は第二次ハワイ作戦の時。いずれもある程度の打撃を与えただけに終わったにゃ。勿論合衆国は本気で行って、それでも押し負けたにゃ〉
二回とも作戦中に危険な状況に陥り、結果合衆国は大本営に対して救援要請をする羽目になる。その時の礼に、艦娘の一隻を保護されたままになっている。だが、油断はしていなかった。アメリカ程の物量でも突破できないという、恐るべき海域なのだ。
〈その原因の一つがビーチにゃ。展開しているのは多分中枢棲姫。当時ビーチの実在を知らなかった合衆国じゃ、無理もない話にゃ〉
突発的な艦娘の消失にワープ、唐突に現れる深海凄艦。それはもう、ものの見事にボコボコにされたとか。姫級のテリトリーは赤く染まるが、この中枢海域には赤黒い大穴が空いている。ビーチの力が高まり過ぎた結果、視認可能になっているらしい。
〈と言う訳で正面突破は絶対に無理にゃあ、だから途中で降下して奇襲、一気に敵本陣の大穴に飛び込む寸法にゃ〉
「あのー、さすがに囮ぐらいありますよね?」
〈勿論あるにゃ、ただちょっと問題があるけど。その囮ってのは、合衆国を中心にした連合艦隊なんだにゃ〉
これもJ.Dの狙いだが、各国は中枢棲姫打倒に向けて動き出している。奴がレールガンを打ち上げる直前の今が、最後のチャンスだからだ。さすがに、軌道衛星上に核兵器を置かれるのは不味い。ここまでの危機に陥って、ようやく世界は一つになってきている。
昔と違って、合衆国にはビーチ攻略の目処が立っていた。だからこそ、連合艦隊はアメリカを中心に組まれたのだ。共通の敵を前にして意志は統一される。スネークたちは、それを無断で利用することで中枢海域に突入するのだ。
「許可とかそういうのは……」
〈あると思うのかにゃ、お互い国際的にはテロリストなのに〉
片や核を持ったこともある傭兵派遣会社。片や深海凄艦と組んで核を持っている無法者。駄目だった。
〈さすがに積極的に撃ってはこないけど、決して味方じゃない。後ろから流れ弾が飛んできてもおかしくないから、気をつけてにゃ〉
正規の艦娘からすれば、私たちも深海凄艦と大差ない。それを恨む気はない。正しいのは彼女たちの方だ。社会の規範とどうしても折り合いができなかったから、私たちはこうした場所にいるのだ。
そうだ、私は英雄ではない。誰も救えなかった──とまで悲観しないが、駄目だった人は幾らでもいる。本当の英雄はきっと歴史に残らない。事が起きる前に、全てを止められるのだから。
輸送艇の中に時点で、既に艤装は装備していた。スネークだけは重量過多により、別途輸送されていたが、青葉や多摩はいつでも戦える。警戒網の薄いところを突いているが、どこから襲撃を受けてもおかしくない。
しかし、予想に反して、ここまで来るまで襲撃は一回も起きなかった。不気味な程静まり返っている。恐らく、ほとんどの戦力が防衛線に回されているのだ。その分、余計に緊張が高まっているようだった。
機内に通信が入る。太平洋を越え、ハワイ沖に侵入した。ここからはもう、本当に敵のテリトリーだ。着込んだスニーキングスーツの裏側に、冷たい汗が滲んでいる。すぐ乾くが、また汗が流れ出す。
「スネーク、大丈夫ですか?」
小声で青葉が話しかける。大丈夫としか答えようがないが、それでも全身に纏わりつく圧迫感は拭えない。これが、深海凄艦の中枢か。そう感じさせる凄まじい
小さく備え付けられた窓から外を見ると、そこはもう、半ば漆黒まで深い、赤い海があった。地獄を連想させる光景に身が震える。これまで訪れたどのテリトリーよりも、重苦しい気配で満ちている。
私は半ば深海凄艦だ。だから海域に満ちる怨念を敏感に感じ取れる。だからこそ、どれほど恐ろしい海域か実感を持って理解できてしまった。まさに、越えてはならない一線を今越えたのだ。
その考えが正解であるように、輸送艇が揺れ出した。窓から覗く海面から、無数の対空砲火が迫っているのが見えた。
〈降下する、全員抜錨するにゃ〉
事前に決められた順番通り、次々に艦娘たちが降下していく。アウターヘブンのメンバー、次に青葉。生身の私は、最後に降下する。先に降りる彼女たちが、私を護ってくれるというのだ。
そして、真っ赤な海へスネークもダイブする。
窓からではなく、直で見たハワイ沖は凄まじかった。いったい何処にいたのか、何処を見ても、深海凄艦のいない場所がない。
無限に潜むサイキックアーキア、それによる無限の物量。まともな方法では決して突破できない、化け物の本拠地がそこにある。スネークは艤装も持たずその中心へ落下していく。もはや、対空砲火へ身を晒しに行っているような状態だ。
「スネークはやらせませんよ!」
そんな私を、パラシュートを展開して滞空する青葉が護ってくれている。他の艦娘も同じだった。とうてい防ぎきれない攻撃を撃ち落とし、時に身を挺して防いでいる。青葉はともかく、なぜ、会ったこともない英雄にそこまでできるのか。
少なくとも、私は期待されている。きっと中枢棲姫を止めてくれると。歴史の表から消えてまで、戦い続けた数十年が私に賭けられている。応えなければならない。そう思い彼女は落下速度を速める。
ギリギリまでパラシュートは出せない。減速している暇はない。幸い降下経験はある。通信で指定された一目がけて、真っ直ぐに落ちていく。身を捩じって躱し、機銃の嵐を掻い潜る。海面が目と鼻の先に来た時、ようやくパラシュートを開いた。
ほとんど、海面に激突していた。
余りの激痛に意識が飛びかけるが、気合で繋ぎ止める。痛みを感じているのなら、意識はあるのだから。海底で目を開くと、今度は無数の潜水艦がいた。視えはしないが、気配は感じ取れる。
当然潜水艦が雷撃を放つ。水上艦は爆雷を投げ込み、生身のスネークを殺そうとする。だが、彼女は海中のそこで待つ。青葉たちのお蔭で、予定の位置に降下できたのだから。ここで待つのが最速なのだ。
四方八方から襲い掛かる殺意の奔流に耐えながら、一つの気配を探し当てる。上手くいっている。こちらに来ている。照準がぶれないように、動かないで漂い続ける。雷撃と爆雷が迫る中、巨大な影がスネークを覆った。
〈待たせたな〉
四肢に力が漲ってくる。海中での呼吸が容易くなり、真っ暗な水中が窮屈でなくなる。脳内にG.Wの声が響くと同時に、スネークはアウターヘイブンの艤装を稼働させる。まず、纏わりつく潜水艦を排除するために。
青葉たちから見れば、突如海中で無数の爆発が起きたように見えた。潜んでいた潜水艦が次々に爆散していく。青葉にはそれが見えた。無数のメタルギア・レイが、至近距離で雷撃を放ち、一撃で葬ったのだ。
水上艦にも戦慄が走る。これを止めるための対空砲火が無駄になってしまったのだ。
潜水艦を排除し、悠遊とアウターヘイブンは浮上する。相も変わらず巨大過ぎる艤装は、深海凄艦に強烈な威圧感を加える。
それでも、当たればどうにかなる。巨大過ぎて一発二発では意味がないが、アウターヘイブンの装甲は厚くないことを知っていた。あの大きさでは回避できない、防御をかなぐり捨てて、集結した重巡級が砲撃を繰り出す。
「悪いが、沈んでいてくれ」
しかし、スネークはそれを難なく切り落とした。
当のスネークも驚いていた。自分にこんな、サイボーグ忍者のような技量があったのかと。冷静に考えれば、既に改二改装ができる練度になっている。最近はまともに戦う機会がなかったせいで、どれぐらい強くなっているのか知ることができなかったのだ。
そう考えている内に、スネークは重巡級を切り払っていた。艤装の力で一気に距離を詰めた一撃は、装甲ごと体を両断する。背中に圧し掛かっていた重い期待が、むしろ力になっているような感覚がする。
できるのか? 英雄のように戦えるのか?
無駄な問いかけだと、スネークは頬を叩く。どんな思いを抱こうとやることは一つしかない。暴走するかつての同族を止めることが、私の任務なのだ。