予想に反して、アーセナル級の中身は大きく変わっていなかった。
生き物体内を模した各部位に、メタルギア・レイを格納するエリア等。違っているのは、そこかしこに生々しい肉壁ができていることぐらい。ビーチの影響だが、さして問題ではない。
あとはスペクターがあちこちを巡回していることぐらい。大きな差はない。構造を知る私を認識していて改造をしなかったのは、改造をできなかったからだ。G.Wも含めてだが、愛国者AIはあくまで、一定の手順に従い情報を処理するだけの人口頭脳だ。
その為、新しく何かを創ることができないのである。
一度されたことの再現ならできるが、0を作ることはできない。深海凄艦化しても、その宿命からは逃れられなかったのだろう。生まれた時点で、意図せず自由を得たスネークとは対極の場所にいた。
「治らない、だと?」
作戦開始の前日。シャドー・モセス基地の医務室にスネークはいた。
椅子に座る明石に彼女は詰め寄る。怒ってはいない、脅迫しているつもりもない。スネーク自身の焦りがそういった雰囲気を出しているだけだ。
明石は力なく頷く。ガラス張りの別室には、ベッドで眠る川内がいる。『治らない』とは、明石の行った検査結果の答えだ。馬鹿なとスネークは呟く。ツェリノヤルスクから持ち帰ったコードトーカーの遺産は、彼女に有効な治療を与えた筈。
一度覚醒した後も、彼女の不調は続いていた。あの時は情報を得るため、緊急的な対処で済ませてしまった。異常が残っている可能性を潰すための再検査を、最終作戦前に行っていた。コードトーカーから艦娘の原理を知ったおかげで、検査は素早く終わった。だが、結果がこれだ。
「……きっと、相当な突貫建造だったんだと思います」
「川内に何が起きている」
「彼女がどうやってできているかは、覚えていますよね?」
当然だ。コードトーカーによって世界初の艦娘として川内は建造された。その為、建造ドッグによる艦娘とは違い、『人間』を母体とし、そこへサイキックアーキアを組み込む方式で建造されている。深海の要素が混じっていないだけで、建造方法はスペクターと大差ない。
「この内、人と艦娘の細胞が、それぞれを攻撃し合っている状況なんです。単純な耐久寿命以上に、これが大きな原因だったようです」
「相互にアレルギー反応を出している、ということか?」
「はい。きっとそういった実験をする暇もなかったのでしょう」
状況から考えて、中枢棲姫の監視を掻い潜りながらの建造だった。更には自分が始末されるタイミングも迫っていた。人道に配慮する余裕がなかったのだ。それは仕方のないこと、コードトーカーに原因はない。
「コードトーカーからのデータを使えば、艦娘の遺伝子を補修することはできます。ですがそうなると、細胞同士のバランスが確実に崩壊します。そうなった時消えるのは、母体になった人の細胞です」
それ以前にも、あちこちにガタがきていた。
筋細胞はどれも千切れる寸前、骨にも小さい亀裂が無数に走っている。内蔵に至っては数か所が火傷により壊死していた。『サイボーグ忍者』として、単騎で愛国者達に抵抗するために、彼女はあらゆるものを投げ打っていたのだ。
「今は、残された艦娘の力で生き長らえている状況。このままでも数か月、もし戦えば、川内さんは……」
明石はそれ以上言ってくれなかった。察しろと黙り込んでしまった。
助けられない。これが川内の『寿命』。生きている限り訪れる現実が、重くスネークに圧し掛かる。これもまた、
ガラスの向こう側へ行き、寝ている川内を起こす。スネークに気づき体を起こすが、その動きも億劫そうだった。彼女の肉体はもう、老人同然なのだろう。察しているのかいないのか、いつもの調子で欠伸をする。
「どうだったの、私は治るの?」
「無理だそうだ。もう病気ではなく、寿命の域になっていると」
「ああ、そっかぁ」
誤魔化しは川内も望んでいない。スネークはそのまま伝えた。全てを察していたような言動に、スネークは目線を逸らす。遅かったのか、明石の技術の限界か。誰のせいにしたとて、目の前の現実は変わらない。
「ありがとうね、私に気を使わせちゃって」
「礼などいらない、それだけのことをできなかった」
「まあまあ、貰えるものは受け取っておきなよ」
気を使っているのはむしろ川内の方だと、スネークは思いながら黙り込む。気まずい沈黙が流れる。話すことそのものが気まずい。今の私には彼女への申し訳なさしかない。かと言って何度も謝る真似もしつこいだろう。
川内はベッドから飛び降りて、固まった体をポキポキ鳴らす。軽く腕や足を延ばし、最後に大きく欠伸をした。何てことのない普通の動きだが、その間にも、見えないところで死につつある。
「もう行くのか」
「やることないでしょ?」
言う通り検査は終わった。治療方法も見つからなかった。やることはない。しかし、そんな体で何処へ行くのかが心配になった。
今の川内は、何の為に動いているのか。コードトーカーへのメッセージは私に届けられた。最大の役目は終わった。後は妥当愛国者達だが、彼女に戦う力は残されていない。戦おうものなら、明石が言わなかった通りになる。
「まさか、戦いに行く気ではないよな」
「さあね、どうすると思う?」
「止めろ、沈むつもりで戦う奴なんぞ、むしろ邪魔だ」
阿保と割り切って無視できるような奴ばかりではない、助けにいってしまう連中の方が多い。そういった奴が代わりに沈む結末なんて、絶対に認めたくない。スネークは川内に背中を向け、ガラス張りの部屋を後にする。北条や明石に、川内を逃がさないよう依頼した上で。
*
スネークと青葉は、アーセナルの回廊を全速力で走っていた。艦内にアラーム音が響き渡る。紛れる足音を聞き漏らさないよう意識を集中させて。見つかったのではない、文字通り『警告』の音が鳴っている。
ミサイルの発射が、分読み段階になってしまったのだ。本当に不味い。ステルスを二の次にするしかない。半ば直感に従いながら、スネークたちは走る。かつてソリッド・スネークは相棒を信じ、一切足を止めることなく敵拠点を踏破したと言う。同じことを、そういった相棒なしでできるのか。
結果から言えば、駄目だった。
こんな無茶が通る訳もなく、遂にスペクターの一隻が私たちの影を捉えた。アラームにアラートが重なり、耳が痛くなりそうになる。
無茶をしたおつりの分で、アーセナルの奥深く、ミサイルが最も配備されているエリアまでは到達した。ここを破壊すれば姿勢が崩れる。もう少しだけ時間が稼げる。しかし、スネークにはP90とブレードしかない。やるのは青葉の仕事になる。
「行け青葉、お前が爆破して来るんだ!」
「了解です、沈まないでくださいよ!」
「当たり前だ」
小型艤装を接続しロックを強制解除する。その奥へ青葉を送り出し、スネークは扉の前に立ちふさがる。私を殺そうと、理性のない獣のような動きでスペクターが飛びかかる。飛んだ個体に向けて、すぐさま銃撃を放つ。
正確に、剥き出しの眼球を狙撃した。恐ろしいことに片目が潰れても一切怯まないが、死角は生まれる。着地の瞬間、潰した右目側に回り、コアをブレードで両断する。すぐさまスペクターの尻尾を掴み、あちら側へCQCで投げつける。
再び狙撃する。叩きつけた衝撃で歪んだ装甲、その隙間に見える弾薬へ。すぐさま誘爆を起こし、狭い通路が爆炎に包まれる。あいにくこれでもスペクターは死なない。スネークは黒煙の中に身を投げ込んだ。
片角に内蔵されたサーマル・ゴーグルにより視界を確保する。敵艦の動きは僅かだが鈍っている。レーダーで探しているようだ。流石に対人用レーダーに積み替えているようで、狙いはそれなりに正確だ。
だが、私の方が早い。サーマル・ゴーグルは敵艦の位置だけではない。高いエネルギーを持つコアも教えてくれる。近すぎる攻撃はCQCで対処し、少し離れた瞬間、高周波ブレードで叩き切る。
スネークはまるで舞うような動きで、次々にスペクターを撃破していく。それでも彼女の顔に余裕はない。爆炎が晴れてきた頃、彼女の頬を一発の銃弾が掠めた。反撃しようとした時、P90から弾が出なかった。弾切れだ。リロードをしなければ。
敵艦もこの隙に気づいたのか、暴力的だった攻撃が激化する。扉前にある僅かな柱に隠れ、スネークはリロードを行う。体中に殺意が突き刺さっている。飛び出すタイミングを間違えれば蜂の素だ。
その時、一瞬だけ敵の動きが止まった。
気のせいかもしれない、ここまで私以外の艦娘が到達できるとは思えない。しかしスネークは直感を信じ、この瞬間に柱から飛び出た。
結果は気のせいではなかった。
敵の注意は確かに後ろに向いている。前を向いていても、視てはいない。隙だらけの頭部を確実に狙撃していく。敵艦隊の統制が一気に乱れた。これならば狩れる。スネークは高周波ブレードに持ち替え、敵陣の真ん中に踊り出る。
さっきまでの、統制されていた状態だったら、一瞬で蜂の巣になっていた。しかし混乱している敵艦は、すぐ撃つという、単純な選択ができない。一秒以下の僅かな隙は、スネークにとって十分な時間だ。
一隻、また一隻と切り捨てていく。殺した敵艦が二桁に届いた時、武装コンテナ内から轟音が聞こえた。数泊遅れて、扉越しに衝撃波が到達する。いち早く気づき、しゃがんだスネーク以外は体勢を崩される。そこを狙い、何隻かを狙撃した。
今の爆発は、青葉がやってくれた証拠だ。これでもう少し、ミサイル発射までの時間を稼げたはずだ。となれば、ここに居座る理由はない。さっさと撤退だ。爆炎の中から青葉が現れるのを待つ。
煙の中に影が見え、青葉が飛び出してきた。無事かと声をかけようとして、口を閉ざす。青葉の顔は未だに緊張している。爆炎だけではない、砲撃や機銃でつけられた傷が残っている。何よりも、青葉の後ろから、巨大な影が迫っていた。
影が腕らしきものを振るう。スネークはそこへ向けて銃撃するが、何の効果もなく、高い金属音と共に弾かれた。
「ちょっと、やばいかもしれません」
「無事なのか」
「ええ、この奥に更に通路がありましたので、そっちも視ようとしたらこのザマです」
青葉は、アレに襲われながら爆破を成功させたのだ。いつもなら『良くやった』と言う処だ。しかし、巨体が放つプレッシャーがそれを許さない。爆炎を腕で薙ぎ払い、影が正体を現した。
「戦艦水鬼か、よりにもよって」
しかも更に上位と言われている、戦艦水鬼改『壊』という形態になっていた。恐らく爆発のダメージによるものだ。数ある姫・鬼級の中でも、タフネスさにおいてこいつを上回る個体はそうそういない。戦艦カテゴリの中で最上位の鬼だ。
このままでは、こいつの相手をしている間に、稼いだ時間を消されかねない。素早く撃破できるのか、いやしなければならない。強く決心をしたいが、今度は背後からの殺意がそれを許してくれなかった。
「ひょっとして、詰みってやつですか」
「黙っていろ」
背後にいるスペクターたちも沈黙していない。正面の水鬼と、亡霊を同時に相手取ることができるのか。スネークの額に汗が流れる。それでもと、無謀な決意とともに、ブレードを握りしめた。
その時だった、一瞬の出来事だった。
何処かから飛んで来た一発の機銃が、水鬼の片目をピンポイントで撃ち抜いた。
激痛に絶叫する水鬼に、私たちもスペクターも言葉を失う。そして背後、スペクターよりも更に後ろから、この場の誰よりも濃厚な殺意が溢れ出す。スネークは一度だけ、これを感じたことがある。あれはそう、『呉』の時だ。
無言で主砲を構えるのは、雪風に他ならなかった。
*
それなりに強くなった自覚はあった。最初顕現した時よりは良くなっていると思っていた。スネークのミームも継承しているのだから。しかし、改二になるほどの戦いで積み上げた自信は、今ちょっと折れそうになっていた。
スペクターが一斉に、取り囲んで砲撃する。逃げる場所はない。だが雪風は砲撃に向けて、砲撃を掠めさせた。人間の動体視力は越えている。純粋に軌道を予測して撃っている。これだけでも大概だが、そんな程度では済まなかった。
軌道の逸れた砲弾が、別の砲弾に当たる。雪風の砲撃もまた別の砲弾に辺り、ほんの少しずつずれたことで、人一人分の隙間が、弾幕の中にできあがった。雪風がまるで風のように体を滑らせて、安全圏の中に身を置く。
再装填の時間が必要だった。そのフォローのため、後続のスペクターが砲撃を加える──よりも、彼女がリロードをする方が圧倒的に速い。一瞬の早打ちが放たれる。それは丁度、放たれようと砲身の
出口を失ったエネルギーが逆流し、巨大な尾が粉砕される。残る砲撃も全て回避して、剥き出しの眼球に至近距離から機銃を浴びせる。完全に動きの止まったところへ、超至近距離からの砲撃によりコアを破壊した。その移動の間にばら撒いた魚雷を、即席の地雷として使う。
爆発が起きるが、それだけでレ級の装甲は貫けない。コアの破壊もできていない。が、装甲は歪んだ。隙間に向けて一ミリも逸れることなく砲撃する。位置を見ているような正確さでコアを破壊する。
「お久しぶりです、雪風です」
数秒の間に、スペクター三隻が破壊されていた。
スネークたちは絶句する他なかった。この雪風が特別強いのは知っているが、ここまで凄まじいのか。
「……服が変わったか」
「はい、改二になりました!」
改二になったから、ここまで強化された──訳ではない。素の時点で強過ぎたのだ。
しかし服装は変わっても、雪風の笑みは前と変わっていない。子供みたいに無邪気で、少し憂いを含ませた瞳。改二になったから、若干大人びて見えるぐらいだ。
と、少しだけ言葉を交わす。まだ敵は前にも後ろにも残っている。これを隙と捉えた敵艦が砲身を向けた。瞬間四散した。振り返ってすらいない。艤装に直接装備された高角砲が、勝手に敵艦を撃っていた。どうなっているんだ。
敵艦隊に動揺が走る。スペクターにまともな脳はないが、本能的に危機を察したのだ。味方のスネークでさえ戦慄する次元の強さだった。さっき敵艦が妙な隙を見せたのは、後続隊が雪風の奇襲にあっていたからだ。
何かするたびに、スペクターが一隻破壊される。ほんのわずかな装甲の継ぎ目を、一瞬で複数発撃ち込み、こじ開けた切れ目からコアを狙い撃つ。下手するとAIの照準計算より早いんじゃないか。無論棒立ちはしていない、スネークと青葉も確実に敵を削っていく。
そして、敵艦隊が止まった。
私たちと、雪風を同時に相手取るのは不可能と判断したらしい。ほぼ脅威なのは雪風だが。雪風がこちらに手招きをしていた。
「スネークさん、青葉さん、この場は雪風に任せて下さい。早く中枢棲姫を止めて来てください」
「雪風さんが来た方が、早いのでは?」
思わず青葉がぼやいた。言っちゃ悪いが、青葉より雪風の方が圧倒的に強い。囮にするなら、青葉を置いて行く方が効率的だ。しかしそれでは駄目だと、彼女は首を横に振る。
「現実的に、青葉さんではこの場を止めきれない」
「お前ならできると」
「はい、雪風は強いので!」
まあ、納得できた。ただし理由はそれだけではないと雪風は語る。
サラトガが何機か飛ばしていた偵察機を追って、ビーチを抜けたこと。ガングートと神通が敵艦隊の足止めをしたお蔭でアーセナル体内に入り込めた。その後戦闘音に気づき、ここまで到達できたと言う。
「雪風も艦隊を率いていたんですが、先に行ってくださいと言われて来たんです。本当に運が良かったと思います」
雪風は強い。その戦闘力をとにかくミサイル阻止に向けるべきと、僚艦たちは思ったのだろう。おかげで私は助かったのだ。僚艦たちにも、心の中で礼をする。なら、更に奥まで行くべきではないのか。
「そう、だから雪風は此処までなんです」
「これ以上は行けないと」
「運が良いだけでは、多分これ以上進めません。ずっと……愛国者達と向き合ってきたスネークさんたちが行くべきだし、行けないと思います。今より先を望めない雪風には、未来は作れません。でも、スネークさんたちなら」
そうですよね? と雪風は青葉を見つめた。驚いた顔をした青葉は、どんな気持ちを抱いているのか私には分からない。ただ青葉は雪風を見つめ返すと、主砲を持ち直し、私の傍へ近付いた。
しかし、それは許さないと戦艦水鬼が動こうとした。だが、既に雪風の主砲が水鬼へ照準を合わせている。普段なら掠り傷にもならないが、もしかしたら、致命打を起こすかもしれない。水鬼は雪風に恐怖し、動けなかった。
「……行ってくる」
「御武運を!」
雪風は、背中を向けたまま手を振っていた。自動ドアが開き、まだ残る黒煙の中へスネークたちは走り出す。アーセナルの中枢に向けて。忘れかけていた記憶に助けられて、自らの意志に突き動かされて。