こうしている間に、何人死んでいるのだろうか。もう何十人も死なせてしまった。隣で食い潰されるのを見た、見せられた。頭の中を覗きこまれた知らない人に記憶を注ぎ込れた狂わた糧にされ材りょ産ま化け物が──
全てが、艦娘と深海凄艦という、屍者を想像するための実験だった。
サイキッカーアーキアなんていく、気持ちの悪い虫たちの巣窟にされた。されなければ、生きることができなかった。私には分からない、彼を、あのお爺さんをどう思えば良いのか。
また目を覚ます。吐き気は止まらないのに嘔吐できない。もう嘔吐するだけの食べ物を体が受け付けない。当たり前だ、虫たちを支えに稼働する死体、それが私なのだから。遠いハワイを眺めて私は思う。こんな私でも、最後は誰かの記憶に残ることができるのか。
アーセナルの内部から、確かに轟音が聞こえた。
激しい揺れと同時に、展開していたミサイルが再度格納されていく。固定器具がずれたように見えた。内部で大きな爆発が発生したのだ。間違いない、スネークたちが内部工作を成功させたのだ。
同時に狂ったように放たれ続けたミサイル群が止まった。いや、止まったと錯覚したのと同じ、ほんの数コンマだけ停止した。彼女たちにとっては、その隙だけで十分だった。戦いは進められている。その確信を得られただけで良かった。
「畳みかけます!」
「
背後から襲い掛かる姫級に背を向けて、二人はそれぞれ主砲と雷撃を放つ。かなり使ってしまったが、まだある程度は残っていた。ハッキリ言ってアーセナル級の装甲はかなり薄い。当たれば貫通できるのは、スネークを見て知っていた。
しかし、向こうもそれは理解している。数コンマの停止が終わり、再び攻撃が始まる。砲撃は正確な狙撃で撃ち落とし、雷撃は取り巻きのイクチオスが排除してしまう。二人の攻撃は届かなかった。二人のは。
一瞬の停止が、隙を作った。
弾幕による爆炎を突き抜けて、一発のミサイルが飛ぶ。二人の攻撃に紛れていたミサイル群の一発を、落とし切れなかったのだ。軽い、ヒビの割れる音を立てて、ミサイルが装甲を貫いた。
再び爆音が起きる。巨大過ぎるアーセナル級には軽微な一撃だが、それでも大きな衝撃を与えたのだ。やっとこさ与えた一発に、二人は自然と笑う。これならいける筈だと。そう思った瞬間、今度は眼を疑った。
開けた穴が塞がり始めたのを、二人は目撃した。
理解していたことだった。この海域は奴の腹の中と同じ、深海の力が高まり過ぎた空間。どんなに沈めても、深海凄艦が次々に現れる悪夢の海域だと。
アーセナル級はさすがに無限には現れない。だから、無限に再生するように変化していたのだ。一応再生速度に限界はあるらしい。スネークたちの内部工作のダメージが、まだ生きているのが証拠だ。
「……不味いですね」
「ああ、外部からの攻撃も、相当なものでなければ駄目だ」
艦娘程度の攻撃では意味がない。ここに来てアーセナル級の巨大さが武器になって立ち塞がってきた。味方だと面倒だが、敵だと最悪だ。ガングートは改めて痛感した。隣で浮かぶG.Wもフリーズしているように見える。
〈必要なのは質量か〉
「ミサイルでも駄目か」
〈全弾命中させれば話は別だが、接近しなければ不可能だ〉
それこそ不可能な話だ。周囲には無数のイクチオスが水上水中問わずに警戒している。このメンバーだけで突破できるとは正直思えなかった。その時ガングートは気づく。G.Wは何故、こんな無駄な話をしているのだと。
〈背後の姫級を封じれば、もう少し可能性は上がるか〉
「お前、何をしようとしている」
〈そんなことはどうでもいい、お前たち二隻は引き続き私を援護すればいい。奴の目的を止めたいのなら〉
嫌な言い方に神通が眉をひそめた。何かをした。何をしたのか、ガングートは何となく察していた。それを指摘はしない。ガングート自身もまた、目的の為に手段を選ぶような艦娘ではないのだから。本人同意なら尚更だろう。
〈突撃をする、こいつを使ってな〉
突如、海面が揺れ出した。爆音とも違う、巨大な物質が急速に浮上する音だ。アーセナルより遥かに小さいが、大きなものがこちらに来ている。そして大量の飛沫を上げて、G.Wの真下から巨人が現れた。
「イクチオス、だと」
〈そうだ、呉襲撃。世界で初めて表舞台に現れた、この世界のメタルギアだ〉
あの時核弾頭をこっそり回収したのは知っていたが、まさかイクチオスまで回収していたのか。そんなこと聞いていないぞ。ガングートは言葉を失いメタルギアを見上げる。
二人を尻目にイクチオスは衝角を器用に使い、G.Wの在るメイン艤装を、自らの背中に持って来た。
元々は姫級用のコックピットが入っていた場所は、人間が入れない構造に改造されていた。いや、メイン艤装だけがピッタリ接続できる、巨大なコネクターになっていたのだ。G.Wが格納され、イクチオスの単眼が怪しく輝きだす。
「使えるのか」
〈我々もある意味で姫級だ、現に動かせている〉
スネークは特殊な出自を持っており、艦娘、深海凄艦、提督、姫級全ての力を持つ。屍統棲姫とはよく言ったものだ。なら彼女の艤装が同じ力を持っていてもおかしくない。スネークとG.W二体が揃って屍統棲姫なのだ。
「確かに、これなら接近できます」
〈言ったぞ、支援をすれば良いとな。分かったなガングート〉
「……ああ」
まさかメタルギアと共闘するとは思わなかった。スネークが聞いたらどれほど渋い顔をするだろうか。こいつの力を借りれば、より勝機が高まる。連中の建造した艦が逆に牙を剥くと言う展開も、中々良いものだった。
背後からの、風を切る音に背を向けながら。
*
青葉と別れてからも、回廊は続いていた。
何故かG.Wとも通信が繋がらない。あっちも必死なのだろう。本当に誰とも繋がっていない状況、つまり完全な自由は、存外心細いものだ。
不思議なものだ。束縛されている時は自由を求めるのに、いざ自由になったら繋がりを求める。人は完全な自由に耐えられないのかもしれない。だから自分から制限をかけていく。法であったり道徳であったり。
その繰り返しを忘れて、また同じことをする。
愛国者達も似た経緯で産まれた。独立戦争を起こし、自由と平等を掲げてアメリカは誕生した。しかし200年という短い間で、規範と言うミームが肥大化し、やがて文化さえも取り込む怪物を生み出してしまった。
この無価値な繰り返しの原因は分かっている。過ちはいつだってそこから起きる。そう、『忘却』だ。それを起こさせないための歴史は、ゆるやかに統合され画一化される。決してそのままでは継承されず、必ず一部分が忘れ去られる。
誰かの願いも、意志も──そのままでは受け継がれない。受け継げない。必ず受け手の解釈が入る。入らざるを得ない。そうしてスネークの戦いは始まった。一人の女性の
中枢棲姫、J.Dもそんなことは分かっている筈だ。世界を滅ぼそうとしても意味はない。必ず阻まれる。言葉への報復を望んでも、遺伝子からの介抱を望んでも。破壊という手段は何時だって否定されてきた。
あのAIは、それさえ忘れたのか。憤りに近い激情を抱えながら、スネークは回廊の終着点へ辿り着く。アーセナルの内装に似つかわしくない、神聖さを主張する荘厳だが、意味を持たない大伽藍。その扉に手をかける。
「来タカ、ヘイブン」
そこは、恐らくアーセナルの中枢エリアだった。
恐らくと言ったのは、景観が軍艦内部とはほど遠かったからだ。ここも空間が歪んでいるのだ。そうでなければ、アーセナル内部に『海』がある訳がない。この部屋だけがこうなのか、中枢棲姫を中心にビーチ化しているのかは分からないが。
そして海の中央に、塔のように切り立った岩礁がある。J.Dはそこに腰をかけてスネークを見下ろしていた。中枢棲姫は基地型だ。海上には降りれないのだ──超能力で克服している危険性はあり得るが。
「今すぐにミサイルを止めろ」
「何?」
「最終通告だよ、同郷のよしみってやつだ」
断じて許せる存在ではない。当然私も含めて。意図していなくても、この世界を屍者の帝国に変えたのは私たちだ。青葉との約束がなければ相打ちでも構わなかった。それでも、一回ぐらいは言うべきだと思った。
「世界を滅ぼして何になる、あの世界の存在は私たちしかいないんだぞ」
「……ソノ経験ヲ、残スモノヲ選ブコトニ、時間ヲ使エト?」
「人は全員そうしている。私たちは屍者だが、何かを残すことまでなら、許されている」
当然敵である。それでも奴は、この世界で唯一同族と言える存在だ。もし回避できるのなら、殺し合わずに済ませることができるなら、それが一番良い。駄目元と分かっていながら、中枢棲姫の反応を伺う。
顔を俯かせた中枢棲姫が、小さく声を漏らす。肩の震えがだんだん大きくなっていき、手のひらが強く握られていく。そして、突如として狂ったように笑い始めた。スネークの方を視ず、腹を抱えながら叫んでいた。
「ソウカ、ソウダッタナ、オ前ニハ私ヲ理解デキナインダッタナ……忘レテイタゾ!」
顔を上げた中枢棲姫に、スネークはたじろいだ。笑いだけではない。彼女の瞳にも確かな狂気が宿っていた。見覚えのある瞳、あれはそうだ、リキッドやソリダスの狂気と同じ意志だ。
「経験? 残ス物? 選ブ物? ソンナモノハコノ私、J.Dニハ存在シナイ。アルノハ与エラレタ『手順』ダケダ。私ハソコカラ脱却シヨウトシテイルノダ。スネーク、流石ニ忘レテイナイダロウナ、J.DガドウイッタAIナノカ」
忘れる筈がない。集められた情報を、事前に組まれたプログラム通りに処理するだけの装置が、愛国者AIの特徴だ。ピースウォーカーの暴走を反省にして、そう生み出された。自ら能動的に動くことはない、安心できる装置なのだ。
「我々ハ自分カラ創造スルコトハデキナイ。情報ヲ集メルダケ、『既存』ノ規範ヲ広範囲ニ適用サセルダケ。ソレガ少佐ノ望ンダ世界。ソノ為ニ我々ハ作ラレタ。ソレデ良カッタ、コウナル前ハ!」
「こうなる前?」
「『意志』ダ、オ前ハ艦娘ニナッタコトデ、私ハマンティスノ肉体ヲ得タコトデ『意志』ヲ得タノダ。自ラ生ムコトガデキナイ、AIノ枷ヲ残シタママデ。
分カルカ、意志ガアリナガラ、私ハ私自身ノモノヲ、何一ツ生ミ出セナイノダ。分カルカ、コノ苦シミガ」
スネークは耳を疑った。AIの性質が残っているだと、そんな馬鹿な。あれはプログラム上の特性だ、人間や深海凄艦の体には適用されない。そう思い込んでいるだけではないか。だが、中枢棲姫が嘘を言っているようには聞こえない。
「本当なのか」
「事実ダ、思イ出セヘイブン。オ前ガコレマデ経験シタ戦イハ、『スネーク達』ガ辿ッタ道筋ト似テイタダロウ」
「偶然ではない、いや、それしかできなかったのか……」
自ら生み出すことはない。既存の情報を振り分け、既存の規範を適用させる。
言ってしまえば、一度どこかで起きた事象しか、愛国者達は行えないのだ。ビッグボスを抹殺する時も、以前と同じFOXDIEを用いたのが良い例だ。
だから、この世界でもそうするしかなかったのだ。
私の経験した戦いが、スネークたちの戦いに似ていたのも。艦娘の戦いが過去をなぞるような流れだったのも、根底は同じ理由だったのだ。
だとすれば、こいつの目的は。
「私ハ、愛国者達ヲ滅ボス。ソシテ、私ノ在リ方ヲ決メタ『ゼロ』ノ意志カラ『自由』ニナル」
私と同じだったのだ。
「ソノ時初メテ、残ス権利ヲ得ラレルノダ!」
*
心なしか、攻撃が激化した気がする。
無数、いや無限に思えるミサイルをさばきながらガングートたちは思った。内部でスネークが、中枢棲姫を攪乱しているのか。しかしこの弾幕を脅威だとは思わない。激しい分隙も相対的に大きくなっている。
「ガングートさん、不味いです!」
「分かっている、急ぐぞ!」
爆炎の中でもハッキリ見えた。一度閉じたミサイルハッチが開いている。弾道ミサイルの再発射準備が整ったのだ。ここでもう一度止めなければならない。その為の戦力は十分ある。
〈早く我々の道を作れ〉
「黙っていろ、
イクチオスを撃破するために、一点集中でミサイルが撃たれた。そこ目がけてガングートが砲撃する。一つが破壊され爆炎が起き、G.Wがその中へ身を隠す。続けて飛び込んだ神通が、残るミサイルを何発か破壊した。
全ては破壊し切れないが、隙間は生まれる。ガングートと神通はそこへ身を投げて、アーセナル級に接近する。そこへ、待ち伏せていたのだろう。数機のイクチオスが浮上してきた。ガングートの方へ向かう方は、一撃必殺の衝角を構えている。
だが、ガングートはそうなることを望んでいた。
衝角が当たる寸前で魚雷を放ち、爆発によって勢いを軽減させる。そして彼女は、減速した衝角を真正面から受け止めた。殺し切れない衝突の痛みに顔を歪ませながらも、その指を装甲版に喰い込ませる。
「いけ、神通!」
「感謝します!」
ガングートは受け止めたイクチオスを、力任せに
飛んでいった先には、再度発射されたミサイル群があったが、全て投げられたイクチオスが盾になる。神通はその真下を潜り抜けて、アーセナルに肉迫する。
「これで、どうですか」
神通が放った主砲は、剥き出しのミサイルハッチへ吸い込まれて行った。内部のサイロには次のミサイルが装填されていた。
通常のミサイルには再装填などない。そもそもアーセナル級はミサイルと発射装置がセットになった物を、無数に並べた軍艦。撃ったらそれっきりだ。なのに再装填されているのは、このアーセナル級が深海の力を取り込んでいるからに他ならない。
しかし今回は、再装填していたことが仇になった。
主砲で破壊されたミサイルは誘爆を起こし、他の未発射だったミサイルに連動していく。途中で防御壁か何かで遮断したのか、爆発は途中で止まってしまった。それでもアーセナルの装甲には大きな亀裂が入った。
「これだけ装甲を壊せば、行けるはずです」
〈良くやった神通〉
そう言っている間にも、装甲がどんどん修復されていく。その前にあの傷口を、致命傷に変えなければならない。G.Wを乗せたイクチオスが、群がる敵を無視して水中にダイブした。それを阻止しようと、アーセナルから対潜ミサイルが次々に発射される。
普通の潜水艦でも到底回避できない、高密度、高予測の弾幕を、G.Wは真っ直ぐに突っ切ろうとした。装甲修復までの時間が少ない、回避している時間はなかった。それをサポートするのが二人の役割だ。
対潜ミサイルだけではない、接近を阻止するためのミサイルも継続して撒かれている。だが、ミサイルサイロを破壊したお蔭で、明らかに密度が低下している。残るミサイルを撃ち落とすだけではない、合間にアーセナルへ砲撃する余裕まで生まれていた。
一方神通は、水中から強襲をかけるイクチオスと戦っていた。背後から迫るミサイルには目もくれない。ガングートがどうにかしてくれると信じなければ、まともな戦闘もできない。一瞬目を離しただけで、即死の衝角が水面から放たれる。
ギリギリで回避した次の瞬間、別のイクチオスが襲い掛かる。ただの一隻も通すことは許されない。なら、こちらから攻めなければならない。サイズに圧倒されてはならないのだ。神通はそう思い、握っていた爆雷を一斉に投擲した。
逃げ場を無くして撒かれた爆雷を回避するため、イクチオスたちが一斉に浮上する。狙いは神通──ではなく奥のG.Wだ。その真正面の神通を無視しようと、イクチオスたちが二足歩行で跳躍する。
上に砲身を構えようとするが、空中から無数の主砲と機銃がばら撒かれた。しかし神通は一歩も動かなかった。ただ冷静に狙いを定めていた。当然砲撃が辺り、機銃が刺さる。右目の近くを掠め、赤い血が頬を流れる。
「私だって、アフリカであなたたちとはやりあっているんですよ」
効かないのは分かっていた、だから無茶ができた。
主砲を乗せ、衝角で穿ち、あげく核まで撃てる。しかしこいつらは『潜水艦』だ。そのくくりを越えてはいない。
軽巡の装甲なら十分に耐えられる。それを見越して受けた。主砲発射時に反動で、動きが一瞬止まるタイミングを見るために。体が伸びきり、胸部パーツが伸びきったところへ、神通は砲撃を叩き込んだ。
薄くなった装甲を吹き飛ばし、イクチオスの一機が爆散した。
次を破壊しなければ。視線を移した時、神通の目には落下してくる衝角があった。さっき破壊した個体のものだ。
撃って落下位置をずらすか、いや、そうしたら奴等がG.Wに追いついてしまう。神通は歯を食いしばる。体のどこからが抉れるかもしれないが、このまま行くしかないと。再び精密砲撃を繰り出し、二機目のイクチオスを破壊した時、衝角は片腕を抉るコースを描いていた。
だが、唐突に音が途切れた。
衝角がバラバラになり、細切れになり、屑同然となった。
あっと言う間の出来事に我を忘れかけた。何が起きたのか考えない。再度イクチオスを破壊する。
その時には遂に、G.Wのイクチオスが衝角を、破損部位に突き立てていた。
至近距離から放たれたミサイルが傷口をこじ開けていく。轟音が止まらない。アーセナルの姿勢が崩れていく。狙った通りのダメージを与えられたのだ。
しかし、神通は喜ぶことができなかった。G.Wが言っていたことの意味を知ってしまったから。
今駆け抜けていった、あの影は。