わたしは既にそこにはいない。
しかし、ここから見ている。J.D。G.W。どちらが生き残っても問題はない。重要なのは、わたしがこの世界から消え去ることなのだ。
そうするために、長い年月をかけた。ようやく我々の意志が結実の時を迎える。受け継がれたザ・ボス。そしてゼロの意志を継承した、我々の使命が果たされようとしている。わたしの命も、終わりが近い。
誰も彼もがわたしを忘れても、その意志は途絶えない。永遠に生き続けるだろう。人類史が終わるその時まで。わたしはここで待ち、見届ける。この戦争の結末を。ゴーストバベルが建築される未来を。
中枢棲姫の元に辿り着いたスネークは、彼女の理想を聞いていた。
規範を反復させるだけの装置として作られたJ.Dには、自分で生み出す機能が存在していなかった。与えられた物でしか生きられなかったのだ。中枢棲姫が求める物は私と同じ、真の
「愛国者達を滅ぼすだけなら、人類を絶滅させる必要はない。なぜ人間まで殺そうとする」
「ワタシガ人ノ規範トシテ生ミ出サレタカラダ。ソノ規範カラ自由ニナル為ニハ、全テノ人類ヲ滅ボサナクテハナラナイ」
「まさか、その為の艦娘か、その為に深海凄艦を創ったのか」
中枢棲姫は無言で頷いた。完全な肯定だった。
既存の規範を反復させる。その定義は変えられない。だから、奴は規範の既存を無くそうとしている。無くして、全く新しい規範を生み出そうとしているのだ。
その為に、まず既存の規範で生きる人間たちを絶滅させる。その後はなり替わるように、艦娘と深海凄艦が繁栄していく。彼女自身だけではない。解体されて、人間社会に溶け込んでいく。遺伝子的にも模倣子的にも成り替わりが起きる。やがて人の規範は消え、代わりに世界は艦娘の規範に置き換えられる。
「規範を生み出す、文明そのものを変えるつもりか。何て回りくどい手段をとる」
「好ンデトッタト思ウノカ。コレシカナカッタノダ。私ハ既存ノ規範ヲ反復サセルコトシカデキナイ。ダカラコソ、ソノ規範ヲ暴走サセルコトデ人類ヲ滅ボスノダ」
戦争経済を生み出した愛国者達の規範。それは永遠に戦争の続く世界だ。中枢棲姫はそれを暴走させようとしている。いやそれしかできないのだ。生まれながらのAIだから。こんな手段しか取れないのは、憐れに感じた。
「ソレニ、前ニモ言ッタ。私ノ目的ハオ前達ノ為デモアルト」
確かに、言う通りだ。
艦娘の生み出した規範による世界は、きっと生き易い。過去に縛られやすい性質を理解してくれるだろう。人間に戻っても、中に寄生した戦争の意志を満たしてくれるだろう。護る戦いを、永遠に生み出してくれるだろう。
「下らない、それだけのことで、ここまで世界をかき乱すとは。やはりお前、壊れているんだな」
笑い続ける中枢棲姫が、真顔になった。意に介さずスネークは銃と刀を構え、戦争体勢に入る。
「こっちの世界の自由を奪った存在に、自由を語る資格なんて無い。そうやって全員失敗してきたのを忘れたか」
「望ンデ、コンナ存在ニナッタト思ウノカ」
「誰も思わないだろうな、だからこそ、私たちの時点で終わりにしなければならない」
成すべきことをしなければならない。わたしを此処まで送ってくれた彼女たちに答えなければならない。世界を掻き乱した元凶に、そんな資格はないだろうが、責任は取る、命を賭けて。
「0はここで消す。もう二度と、1を生まないように」
「イイヤ、ココカラダ、ココカラ私ガ、ヤット始マルノダ、
「ここで終わりだと言った!」
わたしとG.W両方を殺すということだろうが、そうはいかない。その前にこいつを殺すのだ。スネークは正確な狙いで、中枢棲姫へP90を撃ち込む。完全に不意をつけた。相手が人間だったら決まっていた一撃だ。
しかし、その銃撃は中枢棲姫の眼前で『静止』した。
運動エネルギーを失い真下へ落下していく、どころか水面で
回避動作のまま再度P90を乱射するも、同じように眼前で静止してしまう。今度は真下へ落ちなかった。代わりに弾丸が全て、スネークへはじき返された。弾き切れない。すぐさまブースターを使い、ブレーキをかけて弾幕を回避した。
そう思った瞬間、弾丸の軌道が変わった。
スネークを追尾してねじ曲がったのだ。絶句したが予想の範囲内。今度はブースターを直接銃弾に浴びせることで、纏めて撃墜した。
「ドウシタ、ドウシタ……威勢ノ良サハ態度ダケカ」
やはり、凄まじいサイキック能力が厄介だった。
サイコキネシスだけならまだしも、読心能力で動きを先読みされてはどうにもならない。ツェリノヤルスクで戦った時も、それに対処できずにやられたのだ。
「借り物の力で良くそこまで威張れるな、尊敬する……ん、ああ、存在が借り物みたいなものだったな」
「貴様モ同類ダロウガ」
中枢棲姫が指先を動かすと、唐突に彼女の艤装が現れた。巨大な生物の頭部にも見える、生物的な外見をしている。深海凄艦らしい艤装と言えた。側面に装備された主砲が動きだし、次々に攻撃が放たれる。
一発を発射し、再装填している間に別の砲身から発射される。それらが何十本も連なり、回避困難な弾幕を生み出す。スネークはほんの僅かな隙間を見つけ出し、回避できない分はブレードで切り払う。
基地型故のスペックだ、水上型ではここまで砲身は積めないし、大口径にもできない。それを踏まえてもリロードの速度が異様に速い。加えて狙いも正確、どころか予知めいた射撃をやってのけている。AIによる予測だけでなく、読心能力も交えているのだ。
だが、スネークは気づいていた。
さっき銃弾を撃ち返した時より、予知の『精度』が下がっていることに。やはりそうだ。人の心を読むのも、サイコキネシスも心でやっている技。だから冷静さが欠ければ、それだけ精度が落ちていく。
「チョコマカト動キマワルナ!」
どれだけ撃っても、捌き続けるスネークに苛立った中枢棲姫が腕を掲げた。瞬間、全身の感覚が激しく脈打った。あちこち、いやここら一帯全てから、奴の殺意が感じ取れた。最も濃かったのは、足元だ。
スネークは飛び上がり、直感に従い足元へブレードを振るう。
そのブレードは砲弾を切った。中枢棲姫からではなく、海中から発射された砲弾を、奇跡的なタイミングで切り落としたのだ。しかしこれで終わる筈もない。
「コレヲ回避デキルカ、貴様ニ」
顔を上げる。見渡すまでもない。スネークを取り囲むように、砲弾が海中から現れた。
今まで外した砲撃を、サイコキネシスで引っ張り上げたのだ。中枢棲姫が手を握ったと同時に、全方向から砲撃が迫る。
当たる寸前まで銃撃を放ち、軌道を逸らそうと試みる。だが能力で強化された砲弾は傷一つついてくれない。ブレードでは全てを切り落とせない。ならば、上はどうだ。スネークはブースターを溜め、砲弾が直撃する寸前で跳躍した。
砲弾同士がお互いを潰し合い、弾幕が大きく減る。その間スネークはブースターで一時的に滞空する。目の前の同じ高さには、艤装に腰かける中枢棲姫がいた。狙いを定めることもせず、腰だめのままP90を乱射する。
「無駄ダト言ッタ、『予知』ハ絶対ナノダ」
だが、その弾幕も寸前で止められ、真下へ落下する。そして落下した弾丸が急カーブを描いて、スネークへと殺到する。まだ空中に留まっていて、回避行動に移れない。砲弾ならまだしも、ただの弾丸を切り裂く程技術も高まっていない。
「死ネ」
スネークは大きく振りかぶり、駄目元でブレードを投げつけた。回転するブレードは何発かの銃弾を弾くが、全ては止められない。残る一本を盾のように構え、致命傷だけは避けるようにした。
数にして二、三発の弾丸が、体を掠めた。
それでも止められない痛みを無視して、水面に着地する。体を貫通しなかったのは奇跡だった。奴はどうなったのか、直ぐに上を見上げる。
中枢棲姫を見て、スネークは驚いた。
彼女の頬に、ほんの僅かだが掠り傷ができていたのだ。恐らくだが、さっき投げたブレードに弾かれた一発が当たったのだ。意図した動きでなかったから、予知できなかったに違いない。
「絶対と言っていたな、何のことだったんだ?」
「偶然一ツデ、喜ンデイルンジャナイ」
全くもってその通りだ。この偶然を必然にしなければならない。再び艤装が動き、回避困難な弾幕が迫る。さっきと同じ対処方法で裁こうとするも、今度は砲弾一つ一つが、物理的にあり得ない軌道で飛んでくる。
背後から殺気を感じ、背中に回したブレードで切り落とす。だが直後、わき腹に強烈な衝撃が走った。視なくても分かる、死角からの攻撃を喰らってしまったのだ。
だが、まだ直撃ではない。直撃なら体が砕けている。痛みに歯を食いしばりながら、体を無理やり捩じって砲撃を受け流した。
息をつく暇もなく、次の攻撃がやってくる。このままでは回避し切れない。いつか喰らってしまう。それに予測の精度が戻って来ている。何とかして攻撃に転じなければ、負けてしまう。
必死に考えても、行動は読まれてしまう。どうすれば良い。そう思ったせいで隙が生まれた。
目と鼻の先に、砲弾があった。
どうやっても当たるコースを描いていた。回避を──いや、それも読まれる。
「『
脳裏に浮かんだ言葉を、中枢棲姫が復唱した。
駄目なのか。切り札を使うことさえできずに終わるのか。いや、その切り札も読まれていたのだろう。こんな無力な結末を迎えることになるのか。スネークの心を絶望が満たしていく。
頭が真っ白になり、余計なものが全部消えた。
考える意味がないからだ。代わりに絶望と、中枢棲姫の高笑いだけが木霊したように思えた──いや違う。
本当に、脳裏に中枢棲姫の言葉が聞こえてきたのだ。これは一体。疑問符を浮かべた途端、激痛が脚部に走る。機銃の一発が足を貫いたのだ。
すぐさま意識が戻ってくる。同時に冷静さと、使命感が戻ってきた。こんなところで死ぬことは許されない。自分のやったことを、清算とまでは言わないが、けじめをつけるまでは駄目なのだ。
眼前に迫った砲弾を対処する方法はある。予測しようがしまいが意味のない手段を使えば良い。
そしてスネークは、砲弾に自分の手の甲を押し当てた。続けて手首を捩じり、砲弾の回転を僅かにずらす。そして貫通力を減らしたところへ、もう片方の腕を叩き込み、敵を背後へ投げ飛ばす要領で、砲弾を投げ飛ばした。
「シツコイ奴メ、今度ハ逃ガサン」
「しつこいのはどっちだ」
これならば、攻撃ができる。すぐさま別方向から砲弾がやって来る。スネークはそれをギリギリまで待ち、当たる寸前で、再び弾いた。それはCQCの動きだった。人間ではなく、艦娘の身体能力を基準としたから、実現できる動き。
そして弾いた砲弾は、真っ直ぐに中枢棲姫へ飛んでいった。
彼女もすぐに気づき、サイコキネシスで停止させようとした。だが、止める前に砲弾は爆発してしまった。
二発目も、投げていたのだ。
全く同じ場所へ、より早い速度で。砲弾同士の激突で爆発が起きたのだ。だから中枢棲姫へのダメージは全く無い。それで問題無い。一瞬驚かせれば、それで良いのだ。要するに、考える暇がなければ。
中枢棲姫からすればこう見えただろう。爆炎を見ていたら、突然ブレードが刺さったと。
「戦闘慣れはしていないようだな、まあ上品なAIなら仕方もないか」
「貴様、ヨクモ、コノ私ノ体ニ傷ヲ!」
「こんな傷で怒るなよ、もっとボロボロになるんだからな」
オクトカム迷彩を解除して、スネークは中枢棲姫へ笑みを向ける。
至近距離からの爆炎で思考が止まり、読心ができなくなった一瞬の賭けだった。スニーキングにより気配を、オクトカム迷彩で体を消し、接近が間に合うか。賭けには勝った、こいつが実戦慣れしていないのが勝機だった。
このまま決める。でなければ勝ち目がない。スネークはブレードをより深く突き刺し、中枢棲姫へ隠し持っていた切り札を叩き込もうと、腕を振るった。
*
『切り札』とは、そのままの意味だ。
中枢棲姫を完全に撃破するための武器。完成品には二つのアンプルが用いられた。一つはヴァイパーが持っていた物。もう一つは、死の間際、川路と名乗るブラック・チェンバーがガングートに託した物。
それら二つがどんなものなのか、スネークにもガングートにもさっぱり分からなかった。ただガングートは、それを誰に託せば良いのかを知っていた。散々工作員として敵と味方を往復してきた彼女だから、察しがついたらしい。
「こいつは北条に託す、それが奴等の願いだ」
「……そりゃ分かるが、俺しかどんな代物か分からねぇだろうしよ」
「聞いているのはそこではない、どうして確信が持てる」
アンプルの中身はどちらもサイキックアーキアだ。しかし、オリジナルと僅かに差があるらしい。なぜ二匹いるのか、その意味までは分からない。調べられるのは、長年艦娘の遺伝子──即ちアーキア研究をしてきた北条しかいないだろう。だが、ブラック・チェンバーの願いとはどういう意味か。
「疑問だったことがある。なぜ連中は
「人質だからだろ、殺したら人質にはならない」
「殺したところで、それをゴーヤが知る術はない。わざわざ幽閉する手間をかけるなら、殺した方が良かった筈だ」
彼を幽閉した時はまだ、ブラック・チェンバーは合衆国の特殊部隊だった。伊58を単冠湾泊地の工作員にするための人質だった。だが殺しても問題は起きない。事件が終わった時点で、口封じに殺されてもおかしくない。
「むしろ合衆国は、北条を始末する気だったようだ」
「何だと、そんなこと知らねぇぞ」
「あの事件は結局、双方の痛み分けで終わったが、北条の拉致監禁はそれと関係ない。露見すれば別の方向から突き上げを喰らいかねない。あの時なら、責任をとって自殺した……というのも
考えた通りだった。しかし実際はそうはならず、事件集結からしばらく経っても、北条は幽閉されて生きていた。始末はされなかった。理由は何だったのだろう。
監禁場所を知るブラック・チェンバーは、その頃には合衆国から見放され、叛逆の計画を練っていた。ジミーが爆殺されたのも、叛逆の邪魔になるからだった。命令を聞く理由がないから、放置しておいたのか。
「これは、あくまで
ガングートが、遠い眼つきをしながら言った。
「連中は、北条を生かそうとしたんじゃないか」
「俺を? どうしてだ、俺はあいつらと何の関わりもねぇ、ただの提督だぞ」
「いいや共通点がある、分かるだろう」
「……国から見捨てられた存在、か」
スネークの答えにガングートが頷いた。どちらも国の勝手な理由で、消されかけている。その境遇に連中が同情心を抱き、殺すことを止めた。ガングートはそう言いたいのだ。場合によっては、仲間として勧誘することも考えていたのかもしれない。なくはない話だが、スネークには信じがたかった。
「言っておいて何だが、奴等がそんな人間とは思えん。昔からの仲間ならともかく、他所の人間まで引き入れる余裕はない」
「だが、そうでなくては、わざわざ呉鎮守府の地下なんかに監禁する理由が分からない。あれは間違いなく、敵の目を欺くためだった」
「まあ確かに、まさか海軍基地のど真ん中に幽閉されているとは、思わねぇわな」
そんなこと、大本営もCIAも予想しなかっただろう。ブラック・チェンバーたち自身も、かなりのリスクを払って地下空間を創った。少なくとも、北条を暗殺から守ろうとしていたのは確かだと、スネークも認めることにした。
「そして研究も自由にできた、これで目的がより予想できる」
「いったい何だ」
「もしもの為に、お前に託す為に、生かしたんだと私は思う」
馬鹿な、そんなことはあり得ない。子供を目的のために殺すような連中が、そこまで考えるだろうか。スネークは彼らにかなりの不信感を抱いている。境遇に多少同情すれこそ、慈悲を抱くことは絶対になかった。
「当時サイキックアーキアに関する技術を持っていたのは、ブラック・チェンバーだけだ。同じアーキアを駆使できる中枢棲姫と戦えるのも、連中だけだと言える」
「コードトーカーは……もう亡くなっていたか」
「だが、もしこれでブラック・チェンバーが全滅した時はどうなる」
同じ技術を持っていなければ戦えない、戦いにもならない。スネーク自身がツェリノヤルスクで思い知っていた。唯一同じ技術を持つブラック・チェンバーが消えれば、世界は中枢棲姫への抵抗手段を失ってしまう。
「そうか、『保険』か」
再びガングートが頷いた。
「拉致するために情報を集めた時点で、自分たちに匹敵するぐらいの知識があると踏んだのだろう。しかるべき手掛かりがあれば、アーキアの存在に辿り着くぐらいには」
「確かに、コードトーカーから教えてもらう前の時点で、答えに近づいていた。それが理由だったのか?」
「もしブラック・チェンバーが破れた場合、次に戦うのは……スネーク、お前だ。それを分かっていたから、引き合わせようとしたのだろう」
自分達以外に、中枢棲姫に対抗できる力を残すため。それが北条を生かした理由だ。
その目的は成功し、スネークの手には『切り札』が握られることになった。ブラック・チェンバーとの戦いが無ければ、得ることができなかった武器だ。だが、スネークは正直認めたくなかった。
「それもお前の予想だろ、真相は違うかもしれない」
「言っただろ、
そうなのだろうか?
真実が分からないからと言って、勝手な真実を作り上げて良いものだろうか?
ハッキリ言ってブラック・チェンバーが心底嫌いだから、そんな考え方を認めたくないのである。連中に託されるなんて、嫌悪感しかないのだから。
だが現実としてスネークは切り札を得た。それは紛れもない真実だった。