スネークは内心で、自分を幸運だと思っていた。
最初はそりゃ、碌でもないことだと捉えた。常に隣に、愛国者達AIが居座っている環境なのだ。『スネーク』からすればたまったものではない。
しかし、そう顕現していなければ、どうなっていただろう。
わたしは幸運なのだ。アーセナルギアという単独の存在が、艦娘化したことで『人間』と『AI』に分かれたからだ。だから機械の束縛から自由になれたのだ。
知れば知るほど、中枢棲姫に対する憎しみが変わってきた。報復心の深さこそ変わらないが、別の感情が混じり始める。ただ殺すための闘争が、違う戦いに変わっていっている。誰が為の使命感か、分からないまま突き動かされていた。
膨大なサイキック能力を味わいながらも、辛うじて隙を作り出したスネークは中枢棲姫に張りつく。そして隠し持っていた『切り札』を構え、首元に打ち込もうと腕を振るった。これが当たれば、戦いを終わらせられる。
「甘イゾヘイブン!」
しかし、突然腕が動かなくなった。あと数ミリで首元なのに、それ以上腕を進められない。ギリギリのところで、奴のサイコキネシスに嵌ってしまったのだ。あと少しだったのに。歪んだ顔が、痛みで更に歪む。
無理矢理手首を、あらぬ方向に捻じ曲げられていく。筋繊維が千切れ、次第に骨が軋みだす。耐えようにも骨格が破損していく。やがて物を持つことができなくなり、切り札を手放してしまった。
その様子を見て、勝利を確信した中枢棲姫が懐に手を伸ばす。
「今度ハ、私ガ『切り札』ヲ使ウ番ダ」
スネークは眼を見開く。彼女の手にも同じ形状の『注射器』が握られていたのだ。
これは何だ。北条が完成させた物と同じなのか。分からない。分からないが、くらうのは絶対に不味い。危機への確信が全身を駆け巡る。
「コレデ愛国者達ハ、遂ニ滅亡スル。サラバダG.W!」
注射器を振り上げ、スネークの首元へ突き立てようとする。その動きはさっきのスネークの写し鏡だ。しかし、止めるためのサイコキネシスなんて持っていない。あるとすれば、中枢棲姫よりは蓄積された経験だ。
「ふざけるな、誰が滅亡などするものか」
どうせ役に立たない。ならいっそ捨ててしまえ。
スネークは掴まれ、捩じられた片手に全体重をかけ、更に捩じ曲げた。骨が砕ける音がハッキリ聞こえた。激痛に息が詰まるが、これで手首は自在に動く。骨格を無視した動きで、掴まれた片手を引っ張り出し、拘束から抜けた。
支えを失い、スネークは落下していく。追撃のサイコキネシスを避けるため、こっそり持って来たスタン・グレネードを投げる。瞼を閉じたすぐ後に、爆音と閃光が周囲を貫いた。きっと目晦ましにはならない。それでも、注意は逸らせる。
「コンナ、原始的ナ方法デ」
「その割に引っ掛かったみたいだが、その体、合ってないんじゃないか」
「オ前ノ体ハ、ボロボロニナリソウダガナ」
予想通り、追撃は来なかった。無事水面に着地し、落とした切り札を回収する。
また見上げた時には、中枢棲姫の視力と聴力が復活していた。次は効かないだろう。平然とした様子で、私を見下ろしていた。
立ち上がろうとした時、手首が悲鳴を上げた。両利きだから支障はないが、痛みそのものが行動を阻害する。軍艦の頃には無かった感覚に、今更ながら不便だと感じる。奴の言う通り、追い詰められているのは私の方だ。
「……そのアンプルは、いったい何だ」
少しでも良い。回復の時間が欲しい。ミサイルの発射時間は迫っているが、このまま勝てる気がしない。その為にスネークは、中枢棲姫に話しかける。いや、思考を読まれているのなら、意味がないか。
「時間稼ギカ、良イゾ。ミサイルノ発射時間ヲ稼ギタイノハ、私モ同ジダ」
「親切なことで、感謝する」
「ドノ道、隠ス意味モナクナッテシマッタ」
心底残念そうな様子の中枢棲姫に、スネークは困惑する。本当に落胆しているみたいだが、なんなのか。あのアンプルはそんなに、隠すことが重要な代物だったのか。予想している中身だとしても、隠すことはそう大事とは思えないのに。
「コイツノ中身ハ、オ前ノ予想通リ『ワームウイルス』ダ」
「やはり、そうか」
中枢棲姫は散々、愛国者達を滅ぼすと言っていた。
しかしその理由の一つは、G.W内に残存するSOPシステムの権限を奪還する為だ。その為には物理的な破壊ではなく、データ的に破壊する必要がある。それをできる物はそう多くない。スネークの知る限りでは、この一つしかない。
「いったどうやって手に入れた」
「完全消滅スル寸前デ生キ残ッタノダ、データガ残ッテイル。ソレヲ元ニ復元シタ」
「なるほど、真似事だけは達人って訳か」
真似事呼ばわりされ、露骨に機嫌を悪くしている。まあそれが狙いだが。苛立ちを抑え、中枢棲姫は再び注射器を懐に仕舞い込んだ。隠す意味がなくなったと言ったが、以前切り札であることは変わらないようだ。
「そいつで私とG.Wを破壊して、SOPの権限を手中に収める気か」
「ソモソモオ前ガ奪ッタシステムダロウガ。取リ戻スト言エ」
元々SOPはJ.D管轄のシステムである。しかしリキッドの策略によって権限を奪取されてしまったのだ。その為、G.Wがシステム的に死ねば、元の所有者であるJ.Dに権限は戻る。
奴は恐らく、そこまで想定して
「ダガ、ハッキリ言ッテソッチハ『オマケ』ダ。SOPガ手ニ入ラナクトモ、計画ハ進メラレル。ソレデモ尚、コノウイルスニ拘ル理由ガ分カルカ?」
「……私怨じゃないのか、愛国者達への」
「惜シイ、正解ハ、コイツデナケレバ愛国者達ヲ
ますます意味が分からない。愛国者達は既にこの世にいない。G.Wを破壊したいなら、物的でも構わない。いやそっちの方が早い。私ごと沈めれば済む話だ。こいつは何が言いたいのか。
「ヘイブンヨ、分カラナイカ。G.Wヲ中心ニ、SOPデ繋ガッテイタマンティス、同ジAIノ
「違うと言うのか」
「忘レタノカ、今言ッタ誰ヨリモ、G.Wニ近イ存在ガイタコトヲ」
まさか。スネークは思い至り、すぐに否定する。アレはもう破壊された筈だ。確かに見届けた。中枢棲姫が何のことを言っているのか分かっていた。しかし破壊されて、終わった筈なのだ。
「イイヤ、マダ生キテイル。イヤ稼働シテイル」
中枢棲姫が思考を読んだ。
あれが今も作動している。なぜなのか、どういう理由なのか。困惑するスネークを嘲笑いながら、彼女はその名を口にした。
「J.F.Kモ、コチラニイル」
*
代理人、もしくはバックアップ。
それがJ.F.Kの役割だった。いや実際は真のAIだったのかもしれない。G.Wは最初からS3計画の過程で破壊されることになっていたのだから。破壊された後、G.Wが担っていた仕事を行う存在がJ.F.Kだった。
「あれは、アフリカで破壊した」
スネークは確かに見ている。アフリカでヴァイパーが建造した基地内部に、J.F.Kがあった事を。最後は崩壊に巻き込まれて跡形もなく壊れたことも。こっちに来ていたが、既に破壊された存在でしかない。
「残念ダガ作動シテイル。オ前ガ破壊シタノハJ.F.Kデハナク、『T.R』ノ方ダ。偽造ダッタンダヨ」
「偽造だと、何の為に」
「無論オ前ヲ騙ス為ダ、ソウスルヨウニJ.F.Kガヴァイパーニ指示シタラシイガ」
全く反論できない。思い出してみれば、あれはただ乱雑に『J.F.K』と張ってあっただけだ。そう思い込んでいたのだ。あの時G.Wは気づけなかったのか。分からないようにデータも偽造されていた可能性もあり得た。
「奴カラスレバ、自分ガ活動シテイルコトヲ察知サレタクナカッタンダロウ。イクラG.W側カラ探知デキナイトシテモ、用心ニコシタコトハナイ」
バックアップの存在は、G.Wには教えられておらず、確認もできなかったらしい。破壊された後、残骸のデータから存在を暴かれる危険を無くすためだ。現にリキッドは修復したのだから、判断は正しかったのだろう。
「J.F.Kハ今モ、愛国者達ノ意志ヲ実現シヨウトシテイル。ソノ為ニ再ビ、世界ヲ戦争経済デ覆ウトシテイル」
「やっているのは、お前じゃないのか」
「ソウ見エルカ、私モS3ニコントロールサレテイルノカモシレナイ。疑似トハイエド『意志』ヲ得テシマッタカラナ。ダガ、ソレハオ前モ同ジコト」
そうかもしれない。無意識を操るS3に気づくのは困難。わたしも気づかない内に、コントロールされている可能性がある。世界を一つにする計画は、知らない内に進んでいるのかもしれない。
「私ハソンナモノ認メン。奴ガ世界ヲ、前回ト同ジ戦争経済デ染メタノハムシロ好都合ダ。戦争経済ヲ進メル程、私ノ計画ガ進ム。ソシテ最終段階マデキタ」
元の世界ではSOPによって戦争は制御された。
こちらでは代わりに、『史実』を用いている。過去の再現を繰り返すことで、制御を容易くしている。
戦争経済の肥大化は、同時に艦娘と深海凄艦の氾濫を意味するのだ。それだけ、文化も彼女たち寄りになっていく。単純な話だ。世界全体において、多数派が人間から艦娘に変わるのだ。遺伝子的にも文化的にも。
しかし、疑問が残った。
J.F.Kは、こうなることを想定していないのだろうか。ビッグ・シェル占拠事件の時愛国者は、ソリダスが裏切り、雷電が侵入し、ソリッドが乱入すること全てを想定していた。奴の行動も、計画の内ではないのか。
「ダカラ、ココデ破壊スルノダ。破壊シテシマエバ、終ワリナノダカラ」
再び中枢棲姫が空へ浮かび、鎮座する艤装が動き出す。基地型にしては珍しく、爆撃機の類は一切載せていない。砲撃だけに注意すれば良い──と言っても、逆に言えば有り余るスペックを、全て砲撃に集約させているのだ。
「本気デイカセテモラウゾ」
砲身がこちらを向いた。砲撃が放たれる。スネークは直後、全身で悪寒を感じた。すぐさまブースターを吹かし、射線から離れようとした。
だが、離れた時にはもう、片方のスネークアームが砕け散っていた。砲撃が既に貫通していたのだ。
発射音が、その後で聞こえた。
全く知覚できなかった。見えなかった、風を切る音も何も聞こえなかった。弾速が
しかし問題はそこではない。さっき中枢棲姫は、砲撃を嵐のように放っていた。もし、この速度で同じことをされてしまったら。果たして回避しきれるのか。そう考えている間に、次の砲身全てが動きだしていた。
恐れていた攻撃が来た。中枢棲姫はまともに狙いを定めず、適当に神速の砲撃を連射した。視えない以上、スニーキングで培った感覚でやるしかない。肌に刺さる殺気を手掛かりに、残った一本のブレードを振るう。
手のひらに、確かな手ごたえを感じた。
「無駄ナ真似ヲ」
だが、体のあちこちに激痛が走った。
砲撃を切ることはできたらしい、しかし、切断した断片の速度が落ちなかったのだ。ばらけた破片を喰らった箇所が悲鳴を上げる。肉片になっていないだけマシだが、恐らく骨は何本か砕けた。
顔を上げると、今度は全ての砲身がこちらに狙いを定めていた。ダメージから回復できないない体で、かわすことはできない。完全に動け無くしてから、ウイルスを小型艤装経由でG.Wへ撃ち込むつもりだ。
G.Wだけ破壊して、私は放置……する程、甘くはない。その程度の怨念なら、深海凄艦になることはないだろう。殺意に満ち溢れた目線、とても機械らしくない目線をぶつけながら、中枢棲姫が手を振るう。
情けないことに、スネークは反射的に目を閉じてしまった。
しかし、それが功を成した。
次の瞬間、あたり一帯を強烈な閃光が貫いたのだから。
*
目は塞いでいたが、耳は塞いでいない。
何が起きたのか分からず目を開けると、中枢棲姫が目を抑えながら何かを叫んでいた。だれかがスタン・グレネードを使ったのか、しかし私のは尽きている。私ではないなら、誰かが投げた。
今度は、地鳴りがおきた。
何事かを見渡した途端、息が止まった。天井から大量の瓦礫が落下してきたからだ。いや、瓦礫のサイズではない。一番小さいのでもメタルギアぐらいの大きさだ。突然過ぎて痛みを忘れた、体を動かし、安全な場所へ逃げ込む。
瓦礫がぶつかる度に海が荒れる。痛む体を抱えながら、転覆しないよう必死で動き続ける。落下物が収まってくれたのは、それから数十秒経った後だ。息を整え周囲を見ると、一面の海が複雑な暗礁地帯風に変わっていた。
天井からは未だに、小さい瓦礫が落ちてくる。この攻撃はアーセナルにかなりのダメージを与えている。ミサイルの発射時間が更に遅延した訳だ。それは良いことだが、いったい誰がやったのだろう。普通の艦娘ができることには思えない。
不意に、瓦礫の切断面を目にする。綺麗すぎる切り口。高周波ブレードで切ったのと同じだ。
「まさか」
「そうだよスネーク」
瓦礫の山を飛び、スネークの前に彼女が降り立つ。最初の時と同じ、筋繊維のラインが走る無機質なパワードスーツに身を包んだ、サイボーグ忍者に似た艦娘は、一本のブレードを背に収める。
「川内、なぜここに。北条たちはどうした」
まず思ったのはそこだ。川内はモセスで待機していた筈だ。既にボロボロだった体でこれ以上戦えば、まず無事ではいられない。北条と北方棲姫に頼み、川内が出撃しないようにしていた。なのに彼女はここにいる。
「北条提督の許可なら得てるよ」
「じゃあ、治療の見込みが?」
「ううん、もう、どうにもならないっていう宣告を受けてきたの」
それは、知っていたことだ。川内がボロボロなのは肉体の酷使以外にも、単純な『寿命』という原因──運命がある。定められた寿命には誰も逆らえない。川内はそれが、初期型艦娘だった為に短かった。
勝手に拉致され、勝手に背負わされ、勝手に改造されて、結果終戦を見ないまま死ぬしかない。なのに彼女からは、後ろめたさや絶望を全く感じない。自然な笑みを浮かべながら、自分の終わりを口にしている。
「……覚えてるスネーク、昔のこと」
「昔?」
「貴女に喜々として襲い掛かってきた頃のこと、謝ってなかったから」
そういえば、そうだった気がする。何やら滅茶苦茶なことを口走りながら襲われた。あの時の記憶は若干怪しい。突如強過ぎる化け物に襲われ、混乱し切っていたからだ。軽くトラウマなのかもしれない。
「ごめんね、あの時は本当に嬉しくて……」
「今更どうでもいいんだが、いや、なぜ今そんな話をする」
「コードトーカーの爺さんから、こんな役目を押し付けられたこと、正直嫌だったんだ。必要な役割と分かってたから我慢してたけど、いつ終わるのかって、自由になれるのかって……ずーっと待ってて、やっとスネークが現れた」
会話を拒否したのに、川内は話し続けてくる。何なのか、言っちゃ悪いが、今このタイミングで感傷に浸る暇はない。寿命が近い、遺言に近いと分かっているが、それをするには余裕がない。
「終わりの見えない戦い、次第に、戦いが戦いなのかも分からなくなってきた。でも、スネークと戦えた時は、本当に楽しかったんだ。昔のように、正体を偽らなくても良い、一隻の艦として純粋に戦えたことが」
「おい川内、聞こえているのか?」
「役目も終えた、生の実感も得れて……最後に何をすべきか考えてみた。川内でもなく、一人の人間として、どうしようかって」
嫌な予感がして、スネークは川内の肩を掴む。聞こえていないのなら揺さぶるまで。しかし、触れた途端、その手を離してしまった。
川内の肌から、体温を感じなかった。
冷たい、鉄の板に触れているようだった。血の巡りを全く感じられない。そこで気づいてしまった、もうどうにもならないと。北条はこれを分かっていたのだ。だから許可を出した。これが最後だから。
「北条さんはやっぱり提督だ、艦娘としての願いを分かってくれている。長年艦娘やってたから、影響受けたんだろうね。どう考えても、結論はこれしかなかった。どうせ死ぬなら、誰かを護りたいって」
動かない筈の体が動くのは、まだ艦娘の力が残っている証拠だ。それさえも戦いに使わずにはいられない。いや、もうそこにしか意味を見いだせないのだ。こんな終わり方しかないのか、別の方法はないのか、スネークは考えようとする。
「気にしないで……は、無茶かな」
しかし川内は、考えを読んだように肩に手を当てる。以前声は聞こえていない。彼女なりに考えているだけだ。実際図星だったが。
「でも、気にしないで良い。いっそ忘れても構わない。私の意志は後世に伝えるようなものじゃないから。伝えること、伝えないこと。私は後者を選んだ。ただそれだけなんだ。私は現在で、終わることにするよ」
言うだけ言って、川内はブレードを片手に飛び出してしまった。聞こえていない以上、止めることもできない。止める気もなかったのだ。残る寿命を賭けて、やりたいことをやろうとする人を、どうやって止めると言うのか。
あの時の問答。あれが原因なら、別の答えを言えば違う行動だったのか。それは誰にも分からない未来だった。