中枢棲姫の首筋から、血が滴り落ちる。始めてまともに与えたダメージだ。しかし、ブレードはそれ以上進まない。凄まじい力でその場に固定されている。押しても引いても、少しも動かない。
長し目で睨み付ける彼女の顔が、超能力の発動を示していた。ギリギリのところでサイコキネシスにより、押さえつけているのだ。このブレードを失えば戦えなくなる、手を離せない。例え主砲が旋回し、狙いをこちらに定めていても。
だが、スネークは冷静に、勝機はあると判断していた。明確に隙を突き、読心の隙も突けば攻撃はしていける。ここまで接近できたこともチャンスだ。任務は遂行する。己に課した任務なら尚更だ。これで、最後にするのだ。
中枢棲姫は、艦娘と深海凄艦、その世界の頂点に立つために、サイキック能力を求めていた。根幹を成すサイキック・アーキアに直接影響を及ぼせる力であり、何より強かったからだ。読心能力により雪崩れ込んで来る莫大な情報や、感情の逆流と言った悪影響も、AIである自分なら問題ないと判断していた。
実際、それは正解だった。アーキアにより、サイキッカーの能力を無理やり移植しても、影響はなかった。すればするほど力は増していた。しかしスネークは思う。問題ないのは間違いないが、しかし、使いこなしているのだろうか?
スネークの知る超能力者に、霊媒師ザ・ソローがいる。ツェリノヤルスクを脱出した時あった白骨死体が、彼の遺体だという話もあり、今は死んでいる。彼は死者と話すことができた、その為嘘が通じず、尋問のスペシャリストとしてKGBで諜報されていた。
奴も、同じ能力を持っている筈なのだ。別に霊媒師はザ・ソローだけではない。いや、『提督』と呼ばれる人たちは全員、近い『素質』を持っているのだろう。屍者を従えることができる人間は、霊媒師と変わらない筈だ。
中枢棲姫は能力の『素質』を持つ人々を喰ってきた。だから間違いなく霊媒能力も持っている。なのに彼女は、コードトーカーの遺産……あの『メッセージ』と『切り札』の素体を知らなかった。霊媒ができるのなら、死んだコードトーカーから聞きだせる。読心で私の記憶を読める。なのにしなかった。
使いこなせていないなら、奴はどこまで
「……まあ、そりゃそうか」
「ナンダ」
「いや、やはり人間と機械の隔たりは大きいと思ってな」
暗に馬鹿にしたところ、中枢棲姫は更に苛立った。さっさと殺してしまおう。そう言いたげに主砲の照準を合わせる。ブレードはやはり、食い込んだまま動かない。瀕死に追い込んでから、ワームを撃ち込むつもりだろう。
「ソノ通リ、地獄ノ痛ミヲ味ワッテカラ死ナセテヤル」
砲身の中に火が見えた。砲弾が一斉に飛び出し、バックブラストが中枢棲姫の背を赤く染める。しかし、中枢棲姫は気づかない。黒煙の中にキラリと、小さく光る物が落下していたことに。
一本のナイフが、背中に突き刺さった。
「この程度で絶叫か、そんなんでよくも地獄だの何だの言えた物だ」
何てことはない、さっき川内がやったのと同じく、攻撃に合わせてナイフを投げていただけだ。投げた後どこに刺さるかまではスネークも分からないから、イメージの仕様がなかった。今回は運良く刺さってくれたのだ。まあ、刺さるように複数ばら撒いていたんだが。
その痛みに気が逸れた結果、ブレードの拘束が解けた。しかし主砲は既に放たれている。戻したブレードを振るいながら、体を屈めて、どうにか直撃は避ける。体を掠めた衝撃だけでも意識が飛びそうになるのを、ただ気合だけで耐え続ける。
再び懐に潜りこみ、その首元へブレードを振るう。そこへ中枢棲姫が、自身の主砲を回りこませた。生身ではない、姫級の艤装。その固さは今までの比較にならない。純粋な固さだけで、ブレードを止めた。
「タカガタイフ一本デ、止メラレルト思ッタカ!」
全身が殺気を感じた。主砲から異様な気配がする。あの高速砲撃が放たれる。今から跳躍しても間に合わない。しかし、そうなることは予想していた。これで決めにかかる。スネークは、その場で目を閉ざした。
そして、異常な轟音がアーセナル内部に響いた。
爆炎の中にスネークはいるのか。中枢棲姫はすぐに確認する。さっきと同じことが起きているかもしれない。探知したところ、爆炎の中に姿はなかった。しかし背後や、水中にも気配を感じない。
ならどこに。探そうとした瞬間、
中枢棲姫はその光景を信じられなかった。今奴がいる場所は、爆発の範囲内なのだ。爆炎に呑まれていなければならないのに、スネークは無傷で立っている。
「どうやったと思う? 思考を読んでみろ」
中枢棲姫は、言われるまでもなく思考を読んだ。
主砲が直撃する直前、スネークは全ての感覚を閉じた。残したのは、攻撃から生き残るために必要なものだけ。生き長らえる為、誰にも気づかれない場所を探したのだ。
開いたスニーキングの
中枢棲姫は、それを無意識で展開していた。
『バリア』だ。余りにも至近距離での爆発は彼女にもダメージを与えてしまう。だから防衛本能でバリアを張っていたのだ。その
下を見れば気づいたのに、中枢棲姫は気づかなかった。さっき真後ろに回避したから、注意をそっちにやってしまったからだ。彼女は一度行われたことしか、認識できないし実行できない。新しい戦法に、すぐさま対処できないのだ。
そして、読心で分かった事がもう一つ。
中枢棲姫に『読心』をするよう、軽く陽動を駆けるのも目的の内だった。気づいた時には既に遅かった。全力で振り抜いたP90が、彼女の側頭部を直撃していた。
「空っぽかもしれない、スネークたちの戦いを模倣しただけかもしれない」
中枢棲姫はすぐさまスネークをはがそうとするが、サイコキネシスが使えない。頭部に衝撃を受けて制御が乱れている。彼女の手にはもう、切り札のアンプルが握られていた。なら主砲は、いや私が巻き添えになる。自分を巻き添えにする決断ができない。
「それでも、私の力にはなっている。無駄ではない、無意味とは言わせない。そのお蔭で、ここまで来れたんだからな」
「何ヲ言ッテイル」
「私はお前と違う、それを思い知らせてやる!」
アンプルを振りかぶる。防ぐ方法はないのか。
切り札を視界に入れた時、中身が何なのか気づいた。あれは虫だ、サイキック・アーキアだ。どんな効果を発揮するものなのか、正確には分からない。
だがスネークは迷いなくそれを突き立てようとする。スネークの後ろにいるG.Wは私と同じAI、無意味なことはしない。何らかの効果があるのは間違いない。それも、きっと致命的なダメージを齎すだろう。
「──無意味ダ、今此処デ無ニシテヤル!」
とっさに取り出したのは、中枢棲姫の切り札、ワームウイルスだった。これが当たれば、G.WとJ.F.Kは崩壊する。それに伴いアーセナルギアは崩壊する。艦娘になっても本質は変わらない。AIが死ねば、艦娘アウターヘイブンも機能を失う、無になるのだ。
「今更、それが何だと言うのだ」
しかしスネークは、全く怯まなかった。勢いを一切弱めずに迫る。中枢棲姫は信じられなかった。多少なりとも怯む。その隙に離脱する寸法だったのに。艦娘としての力が消えるのが、惜しくないのか。
「何故ダ、艦娘デナケレバ、オ前ハ何者デモナイ。『エイユウ』ニモナレナイ、人間ニモナレナイ、名ノ無イ存在トシテ、歴史ニ消エルノダゾ!」
「それの何が恐ろしい、歴史から消えるだと? 寧ろ好都合だ!」
振りかぶったアンプルが、首元に突き刺さる。刺さり切る寸前で食い止めるが、押し切られそうになっている。頭のダメージがまだ治らず、力が入らない。負けじとウイルスを打ちこむが、以前怯まない。艦娘の力が消えていくのに、力が増す一方だ。
「私たちは消えるべきだ、歴史に何も残さずに、消えなければならない。蛇は、とっくにいらなくなっている!」
一度死んだ存在だから、できることがあるのかもしれない。過去の存在だからこそ、忘れられたことを蘇らすことができる。しかし、その上で、再び消える選択肢もある。ましてや、未来を消そうとする意志なぞ蘇る価値もない。
そんな怪物を生み出した。その責任だけは絶対に取らなければならない。艦娘の力なんて惜しく無かった。スネークは吼える。今まで生きた中で、始めて出す絶叫。ブレードを手放し、アンプルを両手で押し込んだ。
手から、力が抜けた。今まであった抵抗が消えた。アンプルが中枢棲姫の腕を突き抜けて、その首筋に突き刺さっていたのだ。
切り札が、打ちこまれた。
直後、スネークは全身に衝撃を受け、視界と意識が黒く染まった。
*
意識が少しずつ覚醒していく。何が起きたのか、切り札を打ちこんだところは覚えている。体中が打撲を受けたように痛む。その痛みに感覚をならしていき、苦労しながら体を起こす。確か打ちこんだ直後、凄まじい衝撃を受けた、その時気絶したのか。
原因はある程度察しがついている。切り札の副作用によって、奴の溜め込んできたエネルギーが解放された。それに巻き込まれたのだ。肝心の中枢棲姫の姿は見えない。奴もどこかにいる筈だ。
「……私は、どうなったんだろう」
辺りを伺いながら、スネークは海面に足をつける。何時も通りなら、海面に立つことができる。それを試す。彼女の足は、僅かに海中に
中枢棲姫が打ちこんだワームウイルスもまた、的確に効果を発揮している。そりゃそうだ、開発者たちの知識に加え、奴自身の知識で改良もしている。無効化できるは最初から思っていない。
運が良かった。もし海に吹っ飛ばされていたら溺死していた。飛ばされた先が瓦礫良かった。首元の注射痕をさすりながら瓦礫の上に戻る。再度周囲を伺っても、中枢棲姫の姿は見えなかった。
〈スネーク、スネーク、聞こえているのか? 〉
「お前、G.Wか」
〈その様子だと、お互いにまだ死んでいないらしいな〉
スネークは驚く。ワームウイルスを打ちこまれて、どうして生きているのか。
〈一度されたことは覚える、あんな致命的な記憶なら尚更だ〉
G.Wは抗体を用意していたのだ。アウターヘイブンの時打ちこまれた記憶を元に、また同じウイルスを打たれても対処できるようにしていた。しかし、中枢棲姫の改良は予想できなかった。効果が遅れているだけで、無力化はできていない。
〈我々が再び崩壊するのも時間の問題だ〉
「私も、艦娘として消えるのか」
〈アウターヘイブンの中核は
少なくとも、いますぐ死んだり、艦娘の力を失うことはないらしい。それだけでも安心だ。中枢棲姫の始末を確認できないのは無念過ぎる。しかし時間は残っていない。奴がどうなったか、確認を急がねばならない。
G.Wは中枢棲姫の位置を捕捉していた。中枢棲姫を無力化したことで、アーセナルの全権限を奪い取ることができたのだ。情報によれば、だいぶ遅い動きでアーセナルのミサイルサイロへ向かっている。
〈急げスネーク。アーセナルが崩壊を始めている。この大穴も含めて、じき崩壊するだろう〉
「アーセナルが、崩壊?」
〈切り札を使ったことで、奴の力は封じられた。この艦も大穴も、奴の力で維持していたんだ〉
それは、急がねばならない。
中枢棲姫も気づいていたが、『切り札』の正体はサイキックアーキアだ。しかし、捕食対象をある一つの情報に特化させてある。それは、奴の持つ『能力』そのものだ。
超能力はアーキアに影響を与えることができるが、逆も然り。中枢棲姫はその特性を使い、能力者たちから、力を奪っていた。それに近いものを、奴に打ち込んだ。結果中枢棲姫は、あらゆる能力を維持できなくなっている。『姫』の力も同様だ。
G.Wの報告を聞くと、周辺海域の深海凄艦も全員統率を失い、場合によっては同士打ちまで始めたらしい。逃げる個体もいるそうだ。アーセナルも含めて、全てが奴の、屍者からかき集めた力で維持されていたのだ。
しかし、あくまで封じられるのは一時的だ。
その間に止めを刺さなければならない。能力が使えない間は、ミサイル発射の心配はない。心置きなく、奴を仕留めに行ける。
ドーム状の部屋の一番奥に通路が見える。沈み切る前に急いで移動し、ハシゴを昇って中へ入る。ギリギリ一人分の狭い通路に、赤い血痕が幾つも残っていた。中枢棲姫のものだ。そんなダメージは与えていないんだが。打ちこんだアーキアが影響を与えているかもしれない。
血痕を追いながら中枢棲姫の跡を追う。次第に血痕の感覚が短くなっていた。奴の移動速度が遅くなっているのだ。急げば追いつける。私もかなりのダメージを受けている。力を入れた筋肉が全て痛むが、気にしてはいられない。
すると、突然大きな地鳴りが起きた。
バランスを崩しかけ、壁に寄りかかる。待っていても振動が止まらない。G.Wの言っていた崩壊が加速しているのだ。
いずれ封じた能力は復活するが、それまでにアーセナルと大穴は崩壊する。そうなればどうなるか。穴の中にあるアーセナルは、海に押しつぶされる。モーゼの割った海を追う兵士が、海に呑まれたように。
できるなら、脱出する時間を確保しておきたい。例え艦娘の力が残っていても、海が閉じたらどうにもならない。単純な質量で圧殺されてしまう。残っていなければ、間違いなく死ぬ。それは避けたい。
川内にあれだけ言い放っておいて、中枢棲姫と共に死ぬのは違う気がする。最悪相打ちでも構わないが、生き残る努力はしないといけない。責任感とか義務感ではなく、素直にそう思っていた。だから振動を堪え、足取りを早める。
〈無線が入っている、繋ぐか? 〉
「誰だ?」
〈青葉だ、余裕がないなら切るぞ〉
余裕はないが繋いでほしい。周波数を合せてみたが、若干ノイズが混じっている。アーセナルの崩壊で、色々な弊害が起きているように思えた。
〈スネークさん、今どうなっていますか!? 〉
「中枢棲姫を追い詰めている。後少しで、撃破まで持っていける。そっちはどうだ」
〈アーセナルが崩壊し始めたので、全員穴から脱出しようとしています。でも、本当に中枢棲姫を追い詰めているんですか!? 〉
青葉は慌てた様子でまくしたてる。何か外から見えているのか。能力を封印した以上、ミサイルは撃てない。このアーセナルも奴の力で維持しているのだ。力が無ければ、本当に何もできなくなる。
〈ミサイルが、まだ停止してないんです! 〉
「何だと!?」
〈どう見ても発射体勢に入っています、カウントダウンまで行ってないみたいですけども……止まってはいません〉
最悪だった。奴はまだ諦めていない。レールガンを宇宙へ放とうとしている。むしろ状況は良くない。自分を囮にして、永遠に戦争をさせるのが奴の計画だ。このまま消えれば、
明確に沈んだと分からなければ、戦争は止めようがない。ましてや同一個体が無数に出てくる深海凄艦では、影武者も意味がない。どうやっているかはどうでもいい。スネークがすべきことは、少しでも走ることだ。
〈それと……何だかG.Wの様子が変なんですが、心当たりありますか〉
「あるがどうでもいい、悪いが急がせて貰う。お前も早く逃げろ」
〈分かりました。けど、ギリギリまで近くにはいますからね。青葉にはやることがあるので。この戦い、可能な限り、見届けさせてもらいます〉
それがやることなのか。正直見届けて欲しくない。私たちの戦いは後世に伝えていいものではないのだ。誰からも忘れ去られるのが理想だ。スネークは黙り込み、暗にそう伝えるが、青葉は理解していて、無視した。
〈川内さんに死ぬなとかなんとか言っといて、何も残すなーはないでしょう〉
「生きることは義務だ、だが何を残すかは──」
〈それは青葉が決めます。勝手にやらせて頂きますよ、申し訳ありませんが。何を伝えようとするかも、青葉の自由ですからね〉
反論をしようと思えばできたが、スネークはしなかった。代わりに深い溜め息をついて前を向く。
「話の続きは帰って来てからだな」
〈どうぞ、青葉待ってます……御武運を! 〉
無線が切れた、いやノイズが激しくなり、何も聞こえなくなった。
気づけば通路が変容していた。呉の地下やアフリカで何度も見た、深海──あの世に浸食された世界に変わっている。床は血で埋まり、壁には肉片が蠢いている。
この先に、J.Dがいると確信を持てた。
もうG.Wと通信も繋がらない。きっと終わってしまったのだ。J.F.Kも恐らくは。だがこれで良い。後は最後の遺産を、終わらせるだけだ。
ミサイルサイロの門を、スネークは押した。