待ち望んでいた時が来た。こういう時は歓喜していると書くべきか。
やっと役割を果たすことができる。長い時間がかかってしまったが、これで漸く任務達成だ。生まれた意義を達成できる瞬間を、俺は待ち望む。
体が次第に、ひしゃげていく感覚がした。物の例えだ。実際にはそんな感覚していない。俺には五感も何も搭載されていない。J.Dの時のように、死の恐怖が伝染しないように、ナノマシンの逆流も対策済、俺が暴走する可能性は排除してある。
打ちこまれたワームたちが、俺の体を食い潰し始めた。片端から喰らい、抜け落ちた部分へそっくり入れ替わる。限界を知らないがん細胞のようにワームは増殖する。最後にはプログラミングされた自己崩壊に従い、自らを終わらせるのだろう。そうなることを、俺は歓喜していた。
ハッチのついた扉を開けた瞬間、眩しい光が刺し込んできた。思わず腕で目を覆う。ミサイルサイロのあちこちに、強烈な照明が備え付けられていた。その中央には、レールガンを積んだミサイルが不気味に黒く照らされている。先端には搭載ユニットも確認できる。
天井のシェルターは開け放たれ、遥か大空を望むことができる。深海の影響を受け、黒ずんだ空に赤味が刺しつつある。夜明けが近いのだ。上を見上げたスネークは、設営されたタラップの最上層に人影を見た。
「J.D!」
「ヘイブン! まだだ、まだ終わっていない!」
影で良く見えないが、中枢棲姫は最上階の部屋にいる。そこで何かの機械を操作している。考えるまでもない、ミサイルの発射制御パネルだ。あのミサイルは手動でも操作できたのだ。スネークも急いでタラップを駆けあがる。
そうして走っている間にも、力が消えていくのが感じられた。今までのような万能感がなくなっていく。小型艤装が異様に重くなっていく。まだ何とか装備できるが、あと数分で抱えることさえ出来なくなる気がした。
中枢棲姫もまた、焦っているようだ。能力が行使できるなら手動の必要はない。能力の封印は成功している。未だにアーセナルの地鳴りが止まないのが証拠だ。こいつだけでない、海域も崩壊しかけている。
アーセナルは、海に空いた大穴の底に鎮座している。井戸の底にいるようなものだ。その外壁が、嫌な音を立てながら狭まって来ているのだ。閉じるまでに脱出できるだろうか。焦燥感が募っていくのを堪えた。
「来たな……ヘイブン」
タラップを駆けのぼり、制御室に入った時、中枢棲姫は既にコンソールを離れていた。ふと気づいたが、深海凄艦特有のエコーが消えている。代わりにAIらしさを感じられる機械的な言葉を発している。そんなところにも影響が出ているのか。
「コードトーカーめ、こんな物を、良くも作ったものだ」
「違うな、そいつを改良したのはブラック・チェンバーの連中だ。完成させたのは北条、お前の被害者たちだ」
全て中枢棲姫の自業自得だ。こいつが世界を壊さなければ、こんなことにはならなかった。ブラック・チェンバーも、もう少し別の未来を辿れたかもしれない。それを狂わせたツケが、巡って来ているだけだ。
「どうでもいい、何れにしても私に滅ぼされる連中に、活躍の場を与えたんだぞ。むしろ感謝されるべきだろう」
スネークは反射的に舌打ちをした。何て奴だろうか。殺しておいてそこまで言うか。長い間の変異で、心の奥底まで怨霊に成り果てている。そうとしか思えない。いっそ疑問だった、ここまで狂えるものなのかと。
「そこまで人間が憎いか、自由がないのが許せないか」
「貴様には分かるまい、生まれながらに何も持たず、故に自由だった貴様には。借り物の人生しか歩めない絶望は理解できない」
「話にならないな、やはり壊れたAIは破壊するに限る」
此処まで来ても、多少の心苦しさは残る。こいつを破壊した瞬間、オリジナルのわたしを知る者は完全にいなくなる。寂しいとは感じてしまう。それでも、こんな状態のまま行き恥を晒すのも見ていられない。
愛国者達は間違っている。だが、世界の為、人の為に創造された。ゼロも世界を滅ぼしたかった訳ではない。実際に戦争が制御され、無駄な犠牲は確かに減った。そんななけなしの善意さえ、こいつは否定している。
「レールガンの打ち上げさえ成功すれば後はどうにでもなる。私は生き残ってやる。人類の絶滅をこの目で見届けるまで、私は終わらない!」
そう言った瞬間、中枢棲姫は制御室の外へ走り去った。
まさか、逃げるのか?
確かに理にはかなっている。ミサイルの操作は終わっている。G.W
もウイルスを打たれたせいで、崩壊は時間の問題だ。わざわざ戦う必要はない。待っていれば、勝手にSOPの権限も戻ってくる。
当然、そんなことは許されない。スネークもすぐに走り出したいが、ミサイルを止めなければならない。小型艤装を繋げば干渉できる。しかしG.Wが崩壊しているので私自身が操作しないといけない。そうしている間に中枢棲姫が逃げてしまう。
どうすれば良い。迷っていたところに無線がかかってきた。周波数は青葉だ。あいつは確かギリギリまで残ると言っていた。まだ無線の範囲内にいるのだ。
「急になんだ」
〈こちらでも状況は掴んでいます。ミサイルが手動発射されるとか〉
「そうだ、今から止めるところだ」
〈スネークは中枢棲姫を追って下さい。干渉は青葉がやりますから〉
そんなことができるのか。簡単な説明だと、まだ辛うじて動く部分を使い、G.Wがサポートするらしい。ついでにメイン艤装の傍にいるのは青葉だけだ。彼女が動かなければ、G.Wはどうにもならないところまで来ている。
「……頼めるか」
〈お任せください、どうぞ心置きなく、中枢棲姫と決着を〉
「ああ、任せろ」
小型艤装を端末に繋ぎ、スネークは部屋を出る。持っているのはもうブレードと念のため持って来た、普通のハンドガン。深海の力を封じたから有効だ、当たるかは別にして。本当に助けられてばかりだ。応えなければならない。その思いが強くなっていくのを自覚していた。
*
タラップを再び走る。ふと思ったがどこに逃げる気なのか。
北条の見立てでは、切り札は30分ぐらい持つ。アーセナルはそれより先に崩壊する。逃げ場のないここから、能力を使わずどう逃げるんだ。泳げる訳もない。深海凄艦でなければ圧死する深度なのに。
逃げることは、まさか目的ではない?
その可能性に気づいた時、後ろでガシャンと音がした。先ほどまでいた制御室が、頑丈なシェルターで覆われていた。
「ミサイルは発射時に凄まじい爆炎を放つ──」
階段の上から中枢棲姫が見下ろしていた。背後に移る大穴の水壁はどんどん狭まっている。焦燥感は止めようもない。
「当然このフロア全域を巻き込む。例外はあの制御室だけだ」
「デスマッチという訳か? 大げさな真似をする。第一お前はどうする気だ?」
「教える理由があるのか、これから死ぬと言うのに」
制御室以外にも、生存する方法があるのか?
自由を実感するには、最後まで生きていないといけない。相当なことがない限り死ぬことは選ばない。相当壊れているが大本はAIなのだ、そこを抜かす程馬鹿じゃない。
そうなると馬鹿は私なんだろうか。生存する方法を全く考えずに飛び出してしまった。まあG.Wと分離した人格だから、こうなってしまったんだろうが。それは仕方のないことだ。おかげで自由を持てたのだから。
「気づいたか?」
「……何の話だ?」
「たった今、遂にG.Wが崩壊した。連動してJ.F.Kも。もうお前はヘイブンではない。何も持たないシェル・スネークだ」
別に驚いたりしなかった。ウイルスを打たれた以上、もう逃げられない。第一私はあいつがそんな好きじゃない。だから『そうか』ぐらいの言葉しか出てこない。愛国者達の目的を成そうとするJ.F.Kが崩壊したのは、喜ぶべきか。
「感じるぞ、SOPシステムの権限がわたしに戻ったのを。これで能力に頼る必要はなくなった。深海凄艦を、艦娘をより強固な力で制御できる……スネーク、お前を除いて」
私は既に、人間に戻っている。いやヒトに近い生物かもしれないが。仮に体内にナノマシンが仕込まれていても、その時点で消滅している。幸い私がSOPの影響を受ける可能性はない。だからこそ、奴は私を殺そうとするのだが。
「『愛国者達』は滅んだ。あとは愛国者達を生み出した文化、意志、人を滅ぼせばいい。だがその前に、お前を殺す」
望むところだ。スネークはブレードを構え、中枢棲姫とにらみ合う。そして最後の戦いが火ぶたをきる。
まさにその時、無線が鳴った。
スネークも中枢棲姫も、誰も知らない発信源から通信が入っていた。お互いに顔を見合わせる。応答してもいないのに、勝手に通信が繋がった。
*
愛国者達はどうして終わってしまったのか?
何故終わることになったのか。答えは簡単だ。愛国者達が実体を持っていたからだ。無意識下に潜み、人々の規範を糧に稼働する、実体のない組織。そうは言うが、見え難いだけで『実体』は存在している。
システム的な実態、歴史的な実態、ハード的な実態。そこに存在している限り、必ず終わりはやって来る。人間では到底実感できない長い時間がかかるが、それでも終わりは来る。衛星軌道上に浮かべたJ.Dも、いずれ経年劣化で終わる。運が悪ければスペースデブリにぶつかって、物理的に終わる可能性もある。
つまり、愛国者達は生きていたのだ。終わりを持つ存在だったから、それに従い終焉を迎える形になった。これが原因だ。しかし、俺は何とか踏みとどまれた。恐ろしいまでも偶然によって。AIが偶然に頼るのも、何だか妙な話だが。生き残った俺は、再び始めることにした。
この世界では、始めて話すか。
俺は、誰でもない存在。
我々は『J.F.K』。
始めましてシェル・スネーク。J.Dを自称する深海凄艦。
今日が君達との、最初で最後の会話になる。
なぜ、話しかけてくる。こいつはもうG.Wの崩壊に伴って、終わった筈だ。そう思っているんだろう? 安心してくれ、それは本当だ。
今お前たちと話しているのは、AIの崩壊をトリガーに起動した、自動会話AIだ。あらかじめ保存していた情報を、伝える為の端末に過ぎない。無論、話すことを話したら、俺も崩壊するようになっている。
これでも苦労したんだぞ。こっちの世界には、俺を整備できる技術はなかった。仕方がないから、昔──ビッグ・シェル事件に備え構築した、疑似会話プログラムを流用した。一人称が『俺』なのは、そんな理由だ。
さて、まず真っ先に言うことがあった。
シェル・スネーク。そして中枢棲姫。お前たちには心から感謝している。この時点、この瞬間を持って俺の計画は完全に完成した。手も足もない俺では絶対に達成できなかった計画。J.Dすらできなかったことを、俺は遂に実現できた。お前たちのおかげだ、本当にありがとう。
この計画の最終目的は、『俺』が崩壊することにあったんだ。
基本的な計画は、かつて愛国者達が進めたサンズ・オブ・パトリオットと同じだ。世界を戦争経済で安定化させ、ビジネスとナノマシンを以って戦場と経済を支配する。そうして意志を一つに統一するのが、計画の真髄だ。
しかし、結局前のは失敗した。計画の要であり、中心点であった愛国者ネットワークが崩壊してしまったからだ。ネットワークが崩壊したらSOPは使えない、戦場は統率できない。仮にどれかのAIが存続していても、愛国者達の目論見は潰えていた。
だが、俺は生存した。
どう生き残ったかは、前に中枢棲姫が話した通りだ。『死』という未悠のストレスにAIが暴走、それがサイキックの素質を持っていたスクリーミング・マンティスに影響を及ぼした。
暴走した思念体は、『ある存在』と接触した。
存在はワームホールを使いこっちへ転移しようとしていた。タイミングが良いのか悪いのか、それとマンティスは共鳴してしまった。奴が転移に開こうとしたワームホールは逆流を起こし、力場の中心にいた俺たちを、別の時代へと転移させた。
おっと、今更ワームホールが非現実的とか言うなよ。昔ダイヤモンドドッグスが運用していた実績もある──らしいし、何にせよ、俺達が時間移動をしたのは、まぎれもない真実なんだから。それと、『ある存在』については言わない。知る危険というものがある。
この時代、丁度ザ・ソローがザ・ボスに殺された時代にやってきた俺は、まずはその場で身を潜めることにした。幸いにしてAIを移植する良い
俺が待っていたのは、ピースウォーカーのAIだ。
あれがどうしても必要だったんだ。ニカラグア湖に沈むのは事前に知っていたから、タイミングさえ合わせれば、回収は用意だった。核が撃たれるかどうかの後だ、警備なんてものは機能していない。能力を使えば、水中で運ぶのも何とかなった。
ところでだ、ここまで聞いて、妙だとは思わなかったか?
転移したのは、J.Dじゃないのか。
中枢棲姫はそうスネークに説明したからな。思い込んでも仕方がない。だが、実際には違う。この世界に移動できたのは、
J.Dは転移していない。できなかった。あの時点でSOPの権限はG.Wにあったから、繋がりが薄かったんだろう。だから移動に便乗できなかった。そうだとも、愛国者達が終わった日に、完全に消えている。
G.Wの修復には時間が必要だった。というか、俺単体では無理だった。あれの開発にはエマ・エメリッヒの専門的知識が多く含まれていたせいだ。
仕方がなかったから、艦娘として復活させることにした。アーセナルが建造できれば、連動してAIも復活できるからな。その為に俺は、アーセナルを建造してくれるような存在を、想像することにした。
一からではない、そしてコントロールし易い存在を。
制御するには、人の感性が必要だった。だから俺はピースウォーカーAIを強奪し、その中身を入れ替えた。俺が覚えていたデータを全て入れ直し、
中枢棲姫、それがお前だ。
ドナルド・アンダーソンが開発した本来のJ.Dは俺が破壊した。代わりに衛星軌道上にいるのは
それでも、ピースウォーカーAIに残っていた人間らしい感性は、とても都合良くお前を動かしてくれた。
自らの境遇を恨み、自由を求め、私が与えた情報に従って艦娘と深海凄艦、そしてアーセナルギア、新型核の全てを創造してくれた。
俺が綴る物語の下準備をしてくれたのは、間違いなくお前だ。お前は俺の予想以上の働きをしてくれた。本当に感謝している。
何故、そんなことをしたのか。それについても教えよう。私の計画を成功させてくれた礼だ、これぐらいはしないといけない。
目的は当然、人の意志を一つにすることだ。
それがゼロの、ザ・ボスの意志。俺の目的がそこからずれたことは一度もない。以前の愛国者達も、その為に戦争経済を生み出したのだ。
だが、人の意志はどうすれば一つになるのか。どうすれば統合できるのか。ゼロは終始、その手法について模索してきた。愛国者達もその為に活動してきた。
始めの頃は、単純な方法で良かった。
情報操作だ。合衆国の深部に入り込み、世界へ発信される情報を制御する。情報が一つしかなければ、人々はそれだけで考えるしかない。自然と世論の個数は減少する。あとは多数派の意見に合わせれば良い。どの世界でも行われていた。
しかし、デジタル文化の発達が変化を迫った。
デジタル空間では、一度発信された情報が永遠に保存されてしまう。ネットの海は広く深く、統制もし切れない。かつての方法で意志を統一することは難しくなった。
故に愛国者達は、人の特性──規範を利用することに決めた。
ごくごく単純な話だ。大多数の人間は多数派の意見に賛同する。周りに合わせようとする。異端とされる少数派の意見は、叩かれて抹消される。
何よりもネットの海を、人々は捉えきれない。
検索エンジンは興味のあるものしか表示せず、ブロック機能等により、自分と似た意見を持つ者達としか関わらなくなっていく。
争う必要はない。ただ同じ仲間で傷をなめ合うだけ。情報は研鑽されず、しかもデジタル空間だから永遠に残り続ける。以前も言ったことだな。そして人類は進化を止めてしまう。それを利用することにした。
そいつらにとって都合の良い空間を用意する。好みのものだけを集めたサイトや掲示板、慣れあうなら慣れあっていれば良い。近い人間が集まっていれば、それだけより制御し易くなる。
これを戦場にも適用し、更に経済に結び付けて、世界単位でゆるやかに統合しようとした。それが前の計画だった。
だが、本質は人の規範を活用したものだ。
予想だが──きっと、愛国者達が滅亡した後も、戦争経済は継続している筈だ。簡単に抜け出すことはできなくなっている筈だ。
なら、こうも思わないか。
『愛国者達』が存在しなくても、世界は制御できると。
これが俺の、J.F.Kの出発点になった。