スネークは再びブレードを構え、中枢棲姫へと突撃する。
さっきと同じ攻撃だ。だから突き刺ささらず、指先で止められるだろう。しかし、中枢棲姫はギリギリで止めようとする筈だ。奴の能力はまだ回復していない。遠距離への攻撃手段に乏しい今は、できる限り私を近づけようとする。
指先に痛みが走った。予兆だ。スニーキングの応用で研ぎ澄まされた感覚が、レーダーさながらに奴の動きを教えてくれる。視界の上ではまだ動いてない。その内にスネークは、ブレードを一気に引いた。
刀を手元に戻した時、既に中枢棲姫の腕は振るわれていた。
この一瞬の間に奴の行動は完結している。単純な身体能力では、もうどうやっても勝ち目はない。なら他の手段で勝ちにいくだけだ。
ブレードを引いたまま、中枢棲姫の手首に裏拳を叩き込む。
こんな奴でも、人型だ。人型深海凄艦の原則からは逸脱していない。骨格に反した動きはできないのだ。力の入りにくい場所なら抵抗も少ない、無理な角度まで曲げられたことで、片手が一瞬無力化された。
その隙を突き、再びブレードを振るう。狙いはもう片方の手だ。両手を無力化するのがスネークの狙いだ。確実に両断するため、両手で保持した刀を一気に振り抜く。だが、これによりスネークもまた、隙ができた。
「遅いぞスネーク!」
腕を囮に、中枢棲姫は蹴りを放つ。
ただの蹴りではない。深海凄艦のスペックと念動力を組み合わせて放たれるそれは、戦艦の主砲と大差ない。こんなものを腹で受けたが最後、木端微塵に砕け散ってしまう。
だが、回避はしない。
スネークは迫る足に、自分自身の足を絡ませた。
その勢いを利用し、スネークはその場で一回転する。回転の速度が乗った斬撃を、中枢棲姫の片足に振るった。
中枢棲姫の太ももから血しぶきが飛び散る。切ったのは、
「これしきのダメージ、効くと思うな」
だが、中枢棲姫は片足に無理矢理力を込め、立ち上がった。
振るったブレードの真正面へ、全力のストレートを放ちにくる。本来なら腕もろとも切断する切れ味だが、念動力が乗った今はどうなる。
拳とブレードがぶつかった一瞬で察した。折れるのはこっちの方だ。刀の軋む音が一瞬聞こえてしまった。できることは、攻撃をいなすことしかない。刀の方向を動かし、中枢棲姫の拳をずらす。
僅かに、頬を掠った。
その衝撃波が口内に伝搬し、一気に鉄の味が弾けた。口の中に固い物が幾つもある。掠った側の歯が砕け散ったに違いない。
「こんどはこちらが攻める番だな、スネーク!」
宣言通り、中枢棲姫が次から次へと攻撃を繰り出してきた。パンチにキックと、どれもシンプルな技ばかり。当然戦士でもスポーツマンでもない、力任せの攻撃ばかりだ。だがそのどれもが、目視さえ困難な超高速で放たれる。
さっき掠ったのが頬で良かった。もし体の何処かだったら、そこから先が使えなくなっていた。ブレードを駆使し、全身を駆け巡る衝撃を耐えながら、スネークは反撃のチャンスを伺い続ける。
一発が重い、次の一発は更に重い。念動力が徐々に戻ってきているのだ。
だからこそ、唐突に気づく。さっきよりも強く、この力を利用できればどうなるだろうか。トドメはブレードでしかできないだろう。流石に拳で中枢棲姫を砕けるとは思えない。
だが、チャンスは作れるはずだ。
失敗すれば死ぬ。そう思ったが、考えればいつもそうだった。見つかれば死ぬ場面の連続だったじゃないか。慣れたことだと分かれば、恐怖は薄れる。
「何を笑っている」
「いや、別に」
「恐怖で頭がおかしくなったのか」
見てからでは遅い。
虚空へ向かって放ったCQCには、確かな手ごたえがあった。姿勢を崩し、投げ飛ばした感覚が手元に残る。
背後で呻き声がする。振り返ると中枢棲姫が横倒しになって倒れていた。タラップには幾つもの亀裂が入っている。戦艦主砲級のエネルギーを、そっくり自分に浴びせたのだ。むしろ血の一つも吐いていないことが驚愕だ。
すかさずブレードを上段に構え、一気に振り下ろす。狙いは中枢棲姫の首元一か所だけ。
完全な投げ技を決められたことに、驚愕している中枢棲姫は回避のタイミングを逸した。金属同士が激突する、甲高い音がサイロ内に響く。
「スネーク、やってくれたな」
しかし、ブレードは僅かに喰い込んだだけだった。
それ以上はどうやっても進まない。念動力をこの一か所に集中して、刀を抑え込んでいるのだ。力は出し切ってしまった。刀を引いた瞬間、中枢棲姫が再び距離を取る。
直後、中枢棲姫の姿が消えた。
攻撃が来る。再び神経と研ぎ澄まし、スニーキング・モードへ一瞬で切り替える。一瞬で息を吐き切り、ゆっくりと吸い直す。周囲の空気を気配ごと取り込むイメージを保ちながら、辺りと感覚を一体化させていく。
姿の見えない高速攻撃を仕掛ける奴には、これで対応する他ない。体の全身が中枢棲姫の存在を訴えかけてくる。前、背後、左右。気配が安定せず、スネークは全方位を警戒し続ける。失敗すれば腕ごと持っていかれるだろう。表には出さないが、否応なしに緊張は高まる。
「──そこか!」
攻撃方向は、真正面だった。
奴の残像が見えた気がした。すかさず、体幹を逸らし、受け流す形で腕を動かす。確かな手ごたえを感じた。だが、スネークは見てしまう。
今、自分が握っているのはただの瓦礫だ。
「さあ、どうするスネーク」
背後から、中枢棲姫の声が聞こえた。
分かってしまった。時間経過により、念動力が更に回復したのだ。小さな瓦礫程度ならコントロールできるようになっている。
幸い片方の手にはブレードが握られている。回避動作と連動させ、背後を薙ぎ払う。しかし中枢棲姫は難なくそれを回避した。それどころか、ふるったブレードの側面に直立して立っている。
足で蹴り込み、ブレードを破壊しようとしていた。
とっさに刃を引くが、同時に中枢棲姫が殴りかかる。このままでは駄目だ。いずれ押し切られるだろう。それでも、すぐに限界を超えた力なんて出せやしない。私が今まで培ってきたことで、勝つしかない。
どうすれば隙を突ける。
利用できる環境はないのか、スネークは考え周囲を見渡す。ミサイルを取り囲むように形成されたタラップ。下は奈落と言っても良い高さ。落としても浮かんでくるだろうが。
──あった。スネークは見つけた。
もしかしたら、利用できるかもしれない。スニーキングの応用だ。奴の注意を逸らして、私の気配を消すことだ。その為には、この攻撃を対処しないといけない。
これは賭けだ。スネークは自身にそう言いきかした。そして、刀を持っていない左腕を、中枢棲姫の拳に突き合わした。
「馬鹿な真似を、遂に気が狂ったか!」
戦艦主砲と大差ないパンチ。対してスネークはただの生身。途中で逸らしたものの、ダメージは深刻だった。骨は砕けて肘から飛び出している。肉も皮膚もぐしゃぐしゃだ。少し力を入れただけで耐えがたい激痛が走る。
それでも、それで隙が作れたなら十分だ。
スネークは距離を取り、そして、
スネークはタラップの最上段まで駆け上がっていく。予想以上に長く感じるのは、私が人間に戻ってしまっているからか。背後から追い駆けてきている。奴も嫌な予感を感じ取ったらしい。
そもそもミサイルの整備のために設けられた足場だ。最上段は、ミサイルの弾頭部分まで設置されていた。運が良かったと、スネークは人知れず感謝する。
「こうすれば、良かったんだな」
スネークは弾頭──レールガンの格納場所に、ブレードを突き立てた。
「貴様、何をしようとしている!」
「見ての通りだ、これを壊せばそもそも問題ない。お前と戦う必要性は無かったんだ。私としたことがうっかりしていた」
さすがに一発では切り裂けない。それでも傷はつく。大気圏突破は極めてギリギリのバランスで成り立っている。このままダメージを蓄積させれば、突破そのものの失敗を狙うことができる。
中枢棲姫も冷静ではいられなかった。激昂したことにより能力がまた戻る。さっきよりも多く、巨大な瓦礫が幾つも浮かび、スネークへ投げつけられる。無論、ミサイルには当たらないよう角度は調整した。
細いタラップに逃げ道はない。瓦礫同士が激突し砕け散る。巻き上がる煙幕が視界を覆う。目晦ましも許さない。力任せに腕を振るっただけで、砂埃が一斉に晴れた。だが、そこにスネークはいなかった。残骸もない。
逃げ道があるとすれば、ミサイルの裏側だ。
だが、中枢棲姫はスネークの気配を感じ取れなかった。完全なステルスが成されている。気配も息遣いも感じ取れない。代わりに、傷のつけられたミサイルが見える。この傷を修復しなければならない。明らかな罠だった。
「舐めているのか、この程度の罠に引っ掛かると思うのか」
隠れているであろうスネークへ中枢棲姫は宣言する。ダメージの修復なぞ遠距離からでもできる。腕を掲げれば、瞬く間に光が集まっていく。深海凄艦の再生能力を使い、ミサイルを復旧させる。
その時、視界に影が現れた。
スネークの筈だ。中枢棲姫はそう思ってしまった。ミサイルの背後から奴は出てきたが、見間違いかと思ってしまった。目の前にいるのに、全く存在を感じられない。
結果、対応が遅れる。いくら人の体でも、中枢棲姫までは数メートルもない。小走りをするだけで、眼前までの接近を許してしまう。瓦礫をぶつけるには、既に近づき過ぎていた。
「驚いたが、それだけだ」
能力の復活した今の私なら問題ない。わざわざ近づく理由もない。念動力で強化した足で、一気に距離をとればいい。中枢棲姫はタラップへ足を踏み込ませる。
だが、その足は空を踏み抜いた。
「焦ったな、やはり」
中枢棲姫の立っていたタラップは、完全に崩壊していた。
何が起きた。これぐらいは耐えられるのに。驚愕する中枢棲姫を見てスネークはほくそ笑む。ミサイルに気を取られたのが、こいつの命取りだと。
やったことは単純だった。逃げながらタラップを、ブレードで切っていたのだ。
それにより強度が落ちたところへ、常識を逸した力の蹴り。奴ならば距離をとろうとする。そこまで想定していたのだ。
スネークは、再び渾身の力を足に込め、中枢棲姫目がけて飛んだ。
叫びだしそうな声を押し殺し、ステルスを維持しながら突き進む。認識を曖昧にするぐらいの、見えていても見過ごすぐらいのレベルへ、スネークは戦いながら成長していた。
足が悲鳴を上げているのが分かった。瓦礫を足場に飛ぶ。サイボーグ忍者と同じ動きを人間ができる筈がない。艦娘の力はもう無い。あるのは絞りカスだけ。それさえも今使い果たそうとしている。
飛び交う小さな瓦礫、ガラス片、弾丸を紙一重で回避し続ける。中枢棲姫が落下しきるその前に、スネークは追いついた。ブレードを振るえば、その首を捉えられる。迷うことはない。溜め込んだ叫びを解放し、渾身の力で刀を振るう。
「シズムカ、シズムモノカ……!」
声にエコーが掛かった。
能力が殆ど戻ったのだ。手のひらをかざした途端、ブレードの動きが止まる。そのまま切っ先を掴まれる。圧し折るつもりだ。引くにはもう遅い、切っ先にヒビが入ってしまった。
ならば、それでもいい。スネークはより深くブレードを押し込む。当然進むことはない。だが、その分能力を刀へ向けることになる。つまり、他がおろそかになる。別に元々の弱点が消えた訳ではないのだから。
唐突にブレードから力を抜いた。
弾かれた刀が宙を舞う。それを目で追った一瞬、スネークは再び消えた。視界からではなく、認識から消えたのだ。
中枢棲姫が気づいた時には、顔面を掴まれていた。
決める気はなかった。決められれば運が良い。それぐらいにしか思っていなかったのだ。やっと復活した読心能力で、中枢棲姫は狙いを知った。
後頭部に激烈な衝撃が走る。地面へ落下したダメージを頭部だけに集中させることが、スネークの作戦だったのだ。
視界が一瞬真っ暗になった。力が戻ったのも不味かった。中枢棲姫は今一つの基地なのだ。人型へ内包したエネルギーは落下によって、自分自身へ降り注ぐ。スネーク共々、地面へ体を打ちつけながら地べたを転がっていく。
顔を上げようとしたスネークの顔を、強烈な熱波が煽った。
ミサイルのロケット・ブースターから火が出始めている。発射まで残り何分、何秒残っているのか。
「あと、少しだ……ケリをつけてやる」
しかし、決着をつけなければ死ぬのは中枢棲姫も同じ。熱波で焼けた顔をぬぐいながら立ち上がる。能力を使う様子はない。狙いは成功だった。頭部を強打したことで、再び能力が封じられている。
転がったブレードを手に取って、スネークは再び向き直る。中枢棲姫はもう笑ってはいなかった。作戦を成功させたときの笑みも、全て策謀の上だと知った時の自嘲もない。真剣に、ただ勝つために立っている。
余計なことは考えていない。不謹慎かもしれないが、まるでスポーツの対決のような感覚がある。ひたすらに、戦いそのものが目的になっている。何もかも失って辿り着いたこの場所の居心地は、思ったよりも悪くない。
「行くぞ、スネーク!」
スネークが踏み込もうとしたと同時に、中枢棲姫も接近してきた。奴に刀はない。代わりに深海凄艦の肉体がある。力任せに振るわれた攻撃を、ブレードの側面で切り付けながら、いなしていく。
傷口から血はでない。代わりに、腐ったような得体のしれない液体が飛び出た。
良く見ると、傷口からは
そう思った間に、中枢棲姫は蹴りを繰り出していた。腕全体を使ってそれを一瞬受け止める。間髪入れずに足払いを放ち、姿勢を崩そうと試みる。しかし、即座に軸足を切り替えて、中枢棲姫は隣に回り込む。今度はスネークが隙を晒した。
鋭い牽制の一撃を、ギリギリとところで防ぐ。直後、本命である攻撃が来た。腕を目一杯引き、弓矢のようなストレートが放たれた。回避できない。スネークは無理矢理距離を取り、攻撃を回避する。
僅かに腕が掠った。それだけでも大きな衝撃が全身に走る。ぐらりと視界が揺れた、端からは再び中枢棲姫が迫っていた。とっさにブレードを振るうものの、あっさりと見極められてしまう。
壊れた方の腕を掲げ、攻撃を受け止める。元々使えなくなっていた腕が更に壊れ、遂に千切れ飛んでいった。私は──艦娘ではない。つまり、この腕はもう戻らないのだ。そう分かっていても、何も感じなかった。
感じるよりも先に腕が動いた。残った腕でブレードを強く握りしめる。伸びきった腕の懐へ、ブレードを構えたまま潜りこむ。防御するために、片方の拳で拘束を図ってくる中枢棲姫の腕を、刀の鍔で弾き飛ばした。
もはや意識していなかったが、スネークは再びステルスに戻っていた。
中枢棲姫が見失ったのは一瞬だけだ。その一瞬でスネークは、ブレードを全力で振るっていた。体を斜めに切り裂き、巨大な傷口が広がる。
無視できない激痛に、中枢棲姫はうめき声を上げる。腐ったマンティスの血が、ドバドバと流れ出ていた。まだ死なない、だが、致命傷に近い重症だった。それだけではない。中枢棲姫のサイキックの大本は『マンティス』なのだ。血が流れ、存在が消えるに連れ、その大本が消えつつある。
ゆらりと、目の前にスネークが現れた。
息は激しく肩を揺らしながら、やっとのことで立っている。目の焦点は合わなくなりつつある。千切れた左腕の出血は止まっていた。凄まじい火傷が切断面を塞いでいた。ロケット・ブースターの炎で焼いたのだ。
右手に持っていたブレードは、折れていた。中枢棲姫の体を切り裂いた代償だ。スネークは使えなくなった刀を鞘に戻すと、右手の拳を握りしめる。
徐に、中枢棲姫に殴りかかった。普段なら容易く回避できる攻撃が、回避できなくなっている。『源』が出血と共に流れ出ているからだ。
顔面に受けた中枢棲姫は、お返しと言わんばかりにパンチを放つ。スネークにも回避する余力はない。同じく顔面でそのまま受け止める。スネークは口の中に、大量の血の味を感じた。折れた歯を吐き出し、また右手で腹を殴りつける。
そのまま傷口を抉り、出血を激しくさせる。中枢棲姫は腕に向かって手刀を打ちつけ、叩き落とす。姿勢の崩れたスネークの腹を、アッパーで抉る。息が詰まり、吐しゃ物が吐き出された。
よろめいたスネーク目がけて、中枢棲姫は何度も拳を叩き込む。もう致命打は出せなくなっていた。ひたすら武骨に殴りつけるしかなかった。だが、中枢棲姫は煩わしいとは思わない。無垢な顔で、少しだけ笑みさえ浮かべていた。
同じようにスネークも一瞬だけ笑う。しかし、中枢棲姫を否定するように、再び真顔に戻った。殴りつける間の一瞬を突き、スネークは彼女の顎にひじ打ちを喰らわせた。
何度も、何度も頭部を殴られた蓄積が爆発する。視界が暗くなり、意識が暗転する。お返しだと言わんばかりに、中枢棲姫の傷口を右手で何度も抉っていく。
吐しゃ物、腐った血、汗──あらゆるものが滴り落ち、互いの体から出るものが無くなっていった頃。
スネークと中枢棲姫の拳が、互いの顔面を捉えた。
時間が止まったように、二人は動かない。やがて、中枢棲姫がフッと笑った。スネークは膝から崩れ落ち、地面に足をつく。
「……負けた、か」
中枢棲姫の全身が、地面にたおれ込んだ。
スネークは勝利したのだ。