【完結】アーセナルギアは思考する   作:鹿狼

92 / 92
DEBRIEFING

── DEBRIEFING ──

 

 

 

 

 足取りが重い、しかも痛い。一歩歩く度に全身に激痛が走る。これでもだいぶマシになったというのが驚きだ。我ながら良く生きていると、スネークは思った。一応同じケースで生きていた前例はある。ザ・ボスも数年間昏睡状態になったが、生き残った。

 

 しかし、その後の境遇はまるで違う。

 数年の間にザ・ボスは伝説を抹消され、地下に潜らざるをえなくなった。対してスネークの伝説は未だに増え続けている。

 

 全ての深海凄艦を生み出した中枢棲姫を、シェル・スネークが撃破した。決戦を生き残った艦娘がそんな話をネットへ広める。それは違う、あれ以降も深海凄艦は増え続けている。だからスネークは敗北したのだ。それも違う、相打ちになったのだ。スネークこそが、深海凄艦を生み出していた──人によっては英雄であり、黒幕であり、テロリスト。それが今のスネーク像だった。

 

 その在り方は、艦娘に似ているとスネークは思った。

 彼女たちをどう捉えるかも、人によって違う。深海凄艦から人々を護る英雄と見る人もいれば、そうやって人間社会に寄生しようとする、別ベクトルの侵略者。はたまた深海凄艦と同じ過去からの亡霊と考える人もいる。

 

 真実は、サイキック・アーキアによって作られた特殊な生物だ。しかしその話をしたところで、信じる人はさほど多くはあるまい。何よりも国家が認めない。そんな事実を広めたが最後、艦娘は間違いなく『人権』を失うだろう。

 

 ただでさえ、人かどうかギリギリのラインなのだ。これで人権までなくなったら、どんな地獄が生まれるのか、考えたくもない。広めるとすれば、もっと後。遥か先。艦娘の排斥が不可能になるぐらいの未来──深海凄艦との戦争が、完全に終わった後ぐらいだ。

 

 ただ、今この事実を広めたところで、信じる人は何人いるのか。

 それがどうかしたのか? 気に留めない人もいる。ネットに残留する、自分が求める『真実』を信じる人が大多数の筈だ。

 

 結局、艦娘像も、スネークという英雄像も、都合の良いモニュメントになって定着する。それらは世界を過去に強く結びつける楔になる。

 

 J.F.Kは、永遠に消えないモニュメントを創ろうとしたのだ。

 それが永遠なら、世界は過去に繋がり続ける。艦娘がWW2からしか生まれないのも、WW2以外の過去を深海凄艦で抹消したのも、その為だったのだ。

 

 中枢棲姫は倒した。だが、J.F.Kの計画は成った。

 そしてJ.F.Kも消えた。かつてのように、愛国者達を打倒することはもうできない。まさしく勝ち逃げ。死に逃げを奴は成し遂げたのだ。一体全体、これのどこが英雄なのか。スネークは自嘲気味に笑うしかなかった。

 

 そんな心境で、スネークはアメリカの大地を歩いていた。

 数多のスネークが生まれていった母国であり、アーセナルにとっても母国だが、懐かしい感覚はあまりない。

 

 逆に言えば少しはある。

 過去を持っていなくても、体がここを覚えているのだろう。比喩的に過去がないと言っても、実際は必ず過去があり、そこから生まれている。何の過去もなく、突然生まれるなんてあり得ない。愛国者達にだって過程はあったのだから。

 

()()()へ近付く程、懐かしさは増していく。見た事が無くても、この光景を体が覚えている。

 

 まだ、何もなかった殺風景な場所で、一人の男が墓前に立つ。持ってきた花束を捧げる。残された片目からは涙が溢れる。零れないよう上を見上げながら、彼は敬礼を捧げた。それが始まり。それがグラウンドゼロ。宇宙という全ての発端を見てきた彼女は、そこへ戻ってきた。

 

 殺風景だった光景は、今はもうない。

 男が捧げたオオアマナ──花言葉は潔白、純粋──が、数十年の間に広がり、一面が白い花畑になっていた。風に吹かれ舞い散る花弁の中に、スネークの目的があった。

 

 ザ・ボスの墓前に、スネークは立つ。

 ここは無縁墓地(ポッターズ・フィールド)。身寄りのない人や、犯罪者、歴史から抹消された人々が眠る場所。いずれ忘れ去られることが決まっている、置き去りに成った過去の墓地。

 

 自ら持ってきたオオアマナの花束をささげ、スネークは祈りを捧げる。

 ザ・ボスに対して思うことはそんなにない。会ったことはないし、関わりもない。スネークの戦いを一応は終わらせた。その最後として、彼女に会うべきだと思ったのだ。

 

「貴女も、同じことを思ったんでしょうか」

 

 彼女と同じく、スネークは宇宙から地球を見た。何か大きな変化を自分の中に感じていた。しかし、それはザ・ボスとは違うものだ。そうでなければならない。スネークは問いかけるが、当然答える人はいない。

 

 世界を壊した件についても、最低限謝罪はしたが、それまでだ。ザ・ボスが無くなってから数十年経っている。世界を一つにする。それが何十年も、何百年も変わらず継承されるとは思わない。

 

 尊重こそすれど、命をとして護るものではない。過去は過去、今は今だ。正しかったかどうかなんて、それこそ世界が終わる時にしか分からない。それでも、始まりは彼女だった。だから、目を閉じ、手を合わせて冥福を祈る。

 

 それに、ここに来れば奴に会える。

 

「先客、か?」

 

「いいや、お前に会いたかった」

 

 背後から声をかけられ、振り返る。しかし目の前には誰もない。理由は簡単、小さ過ぎるのだ。真下に彼はいた。スネークはまた懐かしいと思う。最初に会った時も、小さいせいで見つけられなかった。

 

「久し振りだな、エラー娘」

 

「生きていて何よりだ、シェル・スネーク」

 

 相変わらず浮いた足取りで、エラー娘が浮遊する。当然だがあの時から一切変化がない。

 

「……少し老けてないか?」

 

「何だと?」

 

「いや、何でもない」

 

 言われた通り、実は老けた。

 まず人間に成ったのが一因。もう一つは放射線だ。どうもあのミサイルはレールガンと中枢棲姫を運ぶことのみを想定していて、普通の人間は考えていなかったらしい。結果通常はある筈の、放射線対策がなかったのだ。

 

 元艦娘故か、致命傷にはならなかった。それでも影響は出ており、老化が普通の人より早まってしまったのだ。とは言ってもオールド・スネーク程極端ではない。気にする必要はない。言われれば気にするが。

 

「お前こそ何だ、私を馬鹿にしに来たのか」

 

「そうではない、私もお前と同じだ。彼女、ボスに会いに来た」

 

 どこから用意したのか、エラー娘もオオアマナを取り出し、墓前に捧げた。彼が祈るのに合わせて、スネークももう一度祈る。

 

「……それで、私に会いに来たというのは?」

 

「そのままの意味だ、この事件の真相を聞いていない」

 

「私なら知っていると?」

 

 J.Dの暴走、ナノマシンの暴走から始まったJ.F.Kの時間転移。そこからなる一連の事件だが、全ての事実は解かれていないと、スネークは考えていた。最大の謎はこいつ、エラー娘だ。本人から直接話を聞きたかった。

 

「なぜ、私なんだ」

 

「お前たちが誰なのか、検討がついているからだ。お前と、ぶら下がっている猫……ツェリノヤルスクから脱出した場所で、確信を得た」

 

 イクチオス製造工場が置かれたソ連領内ツェリノヤルスク。そこからエラー娘の手により脱出した時、スネークたちは何処へ転移したか。白骨死体のあった川沿いだった。エラー娘は答えを待つように目を閉じる。

 

「お前は、ザ・ソロー()()だな?」

 

 エラー娘の輪郭がぼやけていく。霞のように曖昧になった姿が、いつの間にか重なった。二つの人間の形状が明確になり、やがて一人の人間を作り出す。昔の夜戦服を身に包んだ男性が、底知れぬ闇を抱えた瞳でスネークを見た。

 

「私は、ザ・ソロー……よくここまで辿り着いた、空の蛇よ」

 

 オオアマナの花弁が、再び二人を包み込んだ。

 

 

 *

 

 

 スネークの考えは事実だった。しかし、いざ真実を目の前にすると言葉が出ない。

 

「……本当だったか」

 

「君が予想したことだろう」

 

「いや、まさか仮にも『娘』と名乗っておいて、男だったとは」

 

「性別を偽るのは、諜報の世界でも定番のやり方だ。それに妖精は何れも女性の形になる。それで男を名乗る方が不自然だ」

 

 そういう問題ではない。とスネークは内心突っ込んだ。言っていることは合っているが……よく考えれば妖精の時点で不可解な存在だ。深く考えない方が良いだろう。諦めたようにため息を吐き、ザ・ソローに向き直る。

 

「お前は、元の時間軸のザ・ソローと、この時間軸のザ・ソローが、混ざった存在で合っているな?」

 

「その通りだ、妖精の姿が元のわたしであり、猫の方がこの時間のわたしだ」

 

「つまり、時間移動を起こしたのはザ・ソロー、お前だったという訳か」

 

 いくら超能力と言えど、時間移動までできるのか疑問だった。その答えがザ・ソローだ。ザ・ソローは霊媒能力を持っている。一度死んだ人間──即ち、過去へと接続できる能力だ。それが暴走したら、()()()()が過去へ引き摺られてもおかしくない。

 かなり概念的な予想だが、そもそもオカルトなんてそんなものだ。サイキック・アーキアなんて代物を知った今、懐疑的になる必要は全くない。

 

「正確にはそうなるが……」

 

「違うのなら話せ、私が知りたいのは事実だけだ」

 

「それを聞いて、意味があるのか」

 

「私ではない、青葉だ。あいつはこの事件の記録を残そうとしている。なら、できる限りの事実を知っていた方が良いだろ」

 

 自分主観で良いと言っていたが、知れる真実を知ろうとしないのもいかがなものか。それを記録するかどうかは青葉に任せればいい。まあ、私自身事実を知りたいと言うのもある。こればかりは、ザ・ソローから聞くしか方法がないのだ。

 

「そうだな、話す責務が、私にはある」

 

 そう言って、ザ・ソローは語り始めた。

 

 あの時、アウターヘイブン中枢のG.Wにワームが流し込まれた時、愛国者達とヘイブンは崩壊を始めた。その時『死』を味わったことで、J.Dが暴走した──というのが、スネークの知る事実だ。

 

 しかし、そこにはもう一つ要因があった。それがザ・ソローだった。

 何とあの場に、霊体のザ・ソローがいたのだ。彼は息子たちの戦いを見守っていたのだ。だが、それこそが誤りだったと彼は語る。

 

 私はそこから、いなくなるべきだったのだ。死人らしく、未練をなくし去るべきだった。息子たちの戦いを見届ける、と言えば聞こえは良いが、実際はただの()()だ。世界はあくまで生者のもの。死者は然るべき時まで、立ち入っていい場所ではない。

 

 しかし、彼は見届けてしまった。

 その時点でザ・ソローの願いは達成され、未練はなくなった。この世界にしがみつく理由が無くなったのだ。だから、マンティスの暴走に逆らえなかった。

 

 ザ・ソローもまた、スクリーミング・マンティスの暴走に巻き込まれていたのである。

 ザ・ソローとマンティス。二人の能力はJ.Dの生存本能により更に加速し、結果ワームホールを開き、時空を超えたのである。

 

 そして行き先を決定づけたのも、また彼だった。

 数十年間の間、ザ・ソローは一つの後悔をしていた。いや、迷いと言うべきだった。それはあの日、ザ・ボスに殺された日のことだ。

 

 理屈の上では納得している。あの時どちらかが死ななければ、愛すべき息子が殺されていたのだと。感情でも納得している。生き残るべきは彼女の方だった。だが、いずれも本心ではない。

 

 二人で生き残れたら──どれだけ良かったことか。愛すべき彼女と息子で未来を視ることができたのなら。親として、夫として、一人の人間として、当たり前過ぎる理想を彼は望んでいた。叶わないと知っていても。

 

 それが、ザ・ソローたちを過去のツェリノヤルスクへ導いた。

 無限に逆行しかけた彼らは、彼の後悔によって繋ぎ止められた。スネークが予想した過去(亡霊)とは、他ならぬ自分自身だったのだ。

 

「その時点で、私の力はスクリーミング・マンティスの肉体に大半を奪われた。その場で死んだ、過去の私も同じように」

 

「だから、二人で合体したのか?」

 

「そうだ。未来の私と過去の私で、何とか存在を維持してきた」

 

 いきなり肉体を得たJ.F.Kが、様々なアクションを起こせたのは、この辺りの理由が多きいのだろう。そこからはスネークの知っている通りだ。J.F.Kは自らが滅ぶ計画を立て、その為の世界を創るためにサイキック・アーキアを見つけ出し、中枢棲姫を創造し、艦娘と深海凄艦を建造したのだ。

 

「サイキック・アーキアは、自力で発見したのか……」

 

「いや、私の霊媒能力を使い、見つけ出したようだ。恐らくはその力で、彼岸へ繋がったんだろうな」

 

「どういうことだ?」

 

「……アーキアが現れるのは、本来遥か未来だった。とだけ言っておこう」

 

 知る危険、というものらしい。スネークがどれだけ睨み付けてもザ・ソローはそれ以上語らなかった。代わりに自分の行動を話してくれた。

 

 J.F.Kに力を奪われたザ・ソローは、二人掛かりで存在を維持した。その姿がエラー娘だった。奴に生み出された妖精の中で、唯一叛逆する存在。故にエラーと自称したらしい。しかし、その体でできることには大きな制限があった。

 

 霊媒の力は使えない。他の超能力は元々持っていない。できることは、周囲の力を借りなければ何もできない状況で、唯一の武器が情報だった。ザ・ソローもまた『未来』の知識を持っていた。だから先回りができた。

 

 J.F.Kの目的を知っていれば、推測はできる。密かにダイヤモンドドッグス崩壊からメンバーを救出したのも、エラー娘としての彼だった。彼らにアーキア、そして艦娘と深海凄艦の技術を伝えたのもそうだ。もっとも、専門家でない彼には限界があったが。

 

 しかし、ザ・ソローは間もなくDD──アウターヘブンを去る。

 そこには、ザ・ソローを知る人間が何人か居たからだ。J.F.Kはザ・ソローが消滅したと思い込んでいた。もし誰かがエラー娘の正体に気づけば、じきに奴も気づく。

 おかしな話ではない。愛国者達は無意識に宿る規範そのものだ。だから彼は、再び行動を別にしたのだ。

 

「スネーク、君を助け出したのも私だ」

 

「お前が?」

 

「そうだ。君を奪取すれば、中枢棲姫の計画に狂いが生じる」

 

 言う通りだが、スネークは渋い顔をする。そうして私に英雄の戦歴を辿らせることが、黒幕の目的だったのだから。

 

「J.F.Kの予定通りだとは感づいていた。異様に警備網が薄かった、侵入も奪取も簡単過ぎたんだ」

 

「お前も私も、踊らされていた訳か」

 

「ああ、だが、私はそれでも行動した。そして君は艦娘となった」

 

 それでも、最後には見つかってしまったらしい。

 結果私は半端な状態で海に放り出されて、最終的に艦娘のアーセナルギアとして固定された。どちらに変化するかは一切予想できなかったのだ。

 

「もっとも、艦娘でも深海凄艦でも君の行動はそう変わらなかっただろう。そうでなければ、こんな不確定要素を奴は残さない」

 

 スネークは無言で同意した。

 どっちになろうと、過去がなければ意味がない。史実を持たない存在に怨念とか未練がある筈もない。どう転ぼうと私は半端な存在だったのだ。きっと深海凄艦でも、最終的には中枢棲姫と戦っていた。

 

「後は君の知っている通り、何とか接触しようとしたが、途中で追撃部隊に襲われ──本体はツェリノヤルスクに監禁された」

 

「猫の部分は流れ流れて、川内に保護されたと」

 

「アウターヘブンの時に、少し面識があったからな。まさかそこから君に回収されるとは思わなかったが」

 

 こっちの台詞だ。忍者から回収した荷物から、猫が顔を出した時の気持ちを考えて欲しい。当時を思い出し、スネークは遠くを見つめた。アフリカの出来事が懐かしかった。

 目線を戻すと、ザ・ソローが墓前の前に移動していた。置かれたオオアマナの花をじっと見つめている。

 

「私は、過ちを犯した」

 

 酷く、深く。底知れないほどに悲しげだった。

 

「自らの能力を、ここまで呪ったことはなかった。私がボスの望んだ世界を、より酷く歪めてしまった。世界は屍者の帝国に侵攻されてしまった」

 

 客観的に見れば、その通りだ。この世界はあり得ない。本来沈んだ艦が歩き回り、沈んでいなければならない怨念が砲撃を放つ。ただの変化とは訳が違う。越えてはならない一線を飛び越えてしまっている。

 

「だからこそ、君には感謝している。戦いを終わらせてくれたことに」

 

 ザ・ソローはスネークを見つめた。悲哀はなかった。代わりにあったのは、切ない光を持った感情だ。死んでいる筈の瞳から、僅かに涙が流れた。スネークは耐え切れず目を逸らす。

 

「私は失敗している。感謝される理由はない」

 

「君は中枢棲姫の目的を、屍者の帝国が完成するのを止めてくれた。彼女が生き残っていたら、世界は終わっていただろう。それに、J.F.Kの計画は前提から失敗している」

 

「失敗? どこが?」

 

「人は自分が思うよりも、遥かに忘れやすいのだ。哀しみも過ちも、憎しみも。永遠はあり得ない。AIはそれを認めず、永遠に繰り返せると信じた。だが、人はいつか戦いの円環に飽きるだろう。それは人から生まれた艦娘たちも同じ。元となる模倣子が変化しなくとも、『世界』の側が変化すれば、彼女たちも自ずと変わっていく」

 

「それでは、同じになる。変化の過程で忘れた時、奴等はまた何処からか現れるかもしれない」

 

 それこそ悲しみではないか。スネークは思う。

 深海凄艦の本質は、忘れ去られることへの無念ではないだろうか。伝えられなかった記憶、淘汰された意志。戦い続けた人々が、()()()()と叫んでいる。

 忘れた時、深海から化け物は蘇るかもしれない。サイキック・アーキアは、そうやって沈んだ記憶を糧に生きるのだから。あの虫は忘却の化身であり、保存装置なのだ。

 

「──そうかもしれない、いつか人は、忘れ去られた者達に滅ぼされるかもしれない。だが、それを避ける為に今を繰り返すことには、もはや何の意味もない。何事にも終わりがある。だからこそ、意味が生まれるのだ。終わる時、始めて意味が分かる。

 スネーク、君は始めて時を回した、()()()()()()

 過去に囚われず、ひたすら明日を生きようとした姿勢は、間違いなく英雄だ。それがJ.F.Kの計画であろうとも。

 それに、今が続かないことは、他ならぬAIが証明している。

 始まりの男、ゼロは一切を信じなかった。しかし彼が生み出したAIは、どちらも人間の可能性を信じた。既に変化は起きていたのだ」

 

 中枢棲姫は人が報復心で自らを滅ぼすと信じた。J.F.Kは人が永遠に戦争経済から抜け出せないと信じた。あんまりな形だが、人を信じてはいたのだ。それがゼロよりかはマシな考えというのは、皮肉でしかないが。

 

「AIの目論見も、全てが誤りだったとは言えない。人が絶滅に瀕しても、尚繋がりを失わない。人の意志を誰かが覚えていてくれる可能性がある。それは決して、悪いことではないだろう?」

 

「……覚えておけるものなのか?」

 

「それは、重要ではない。私は忘れられる悲しみを知っている。だからこそ、忘れてはならないと彼に接触した。スネーク、君もまた──忘れることを許されない一人。

 しかし、それでも忘却は防げない。私も、君も、艦娘も、彼女たちを生み出した戦いも、そこにいた戦士たちも、いつかは忘れられる。遺伝子も消え、模倣子も消え、時代へ消える」

 

 言ってしまえば極端だが、実際真実だ。

 最悪、いつか地球や宇宙が終わってしまえば、覚えるも何もない。最後は消える、それは必然だ。だからこそ、とザ・ソローは言う。

 

「我々人間には、『思う』機能が備わっている。

 伝えられなかったこと、途絶えてしまったことが()()()()()思うことができる。知りようのない事柄を想像できる。激しい戦いの積み重ねがあったと想像できる。明日を残そうとした人々がいたと想像できる。それは人の特権だ。

 無論、想像が事実と異なる可能性はかなり高い。間違っている真実を捏造するかもしれないが……それが、明日を生きる為の力になるのなら、私は構わない。あの日信じた未来が続くことの方が、余程重要なのだから」

 

 ザ・ソローは、再びスネークを視た。

 彼の瞳にはやはり悲哀が宿っている。しかし話し始めた時とは違う。未来が続くことへの歓喜が、少しだけ光り輝いていた。

 

「過去がないものなど存在しない。忘れているだけ、私はそれこそが最大の悲しみだと思う。だからこそ、忘れてはならない。私たちは莫大な過去の上に立っていることを。あらゆる人たちの戦いの果てに、私たちは生きていることを。いつか、全てが絶滅するとしても」

 

 彼の瞳から光が消えていく。彼にも本当の終わりがやってきたのだ。それを悲しいとは思わない。自分の未練が犯してしまった過ちで生まれた未来だが、そこでもザ・ボスの物語は生き続けていた。彼等と同じ、シェル・スネークも一匹の蛇だと、ザ・ソローは信じていた。

 

「……蛇はもういらない、こちら側でも」

 

 そうだろう、ボス? 

 

 ここに一つの物語が終わる。ザ・ボスに寄り添っていた男の話が。死んでも尚、息子たちを見守り続けた英霊が。それ故に間違えてしまった亡霊が。戦いを見届けた一人の戦士の物語が。ザ・ボスの側にいたばかりに、彼女共々歴史から抹消され、忘れられた悲哀の物語が幕を閉じる。

 

 オオアマナの花弁が、三度舞い散る。スネークはその瞬間を目に焼き付ける。いつかは消えるとしても、今は忘れることを許されない。

 そして、悲哀は消えた。元の世界からやってきた最後の一人が消え、スネークは残された。

 

 スネーク──いや、もう殻ではない彼女の話はここから始まる。

 

 

 *

 

 

 私たち艦娘は、生きているように見えるでしょう。

 息をして、ご飯を食べて、寝て、人間と変わらないように感じるでしょう。生きていると寄り添ってくれる人も大勢います、そう言われるたびに嬉しさが込み上げてきます。

 

 でも、私たちは、屍者なんです。

 一度死んだ私たちは、新しい場所からは生まれない。必ず過去の記憶と一緒にやって来る。その度、忘れられていた記憶を伝搬させる。

 

 消えたこと、忘れたこと、私たちの戦いに目を向けてくれることは、素直に嬉しいです。誰も私たちを覚えていないのは、やっぱり悲しいですから。だけど、そればかりでは何の意味がないと、私は思いました。

 

 そんな私たちは、色々な理由があったけれども、人を護る為に戦いました。

 きっとその姿勢は変わらない。何故なら、私たちの過去がそうだったから。どんな境遇でも、どんな扱いを受けても(限度はあるかもしれないけど)、誰かの為に戦おうとするでしょう。

 

 その姿勢が余計に私たちを印象付けるのかもしれません。だけどそれだけでは駄目なんです。過去にばかり目を向けていては、世界は屍者で一杯になる。

 

 そういう戦いがあったことを、どうか忘れないで欲しいんです。

 WW2だけじゃない。激しい戦いが何度もあったことを──そして、これからも起きることを。

 

 いつか、私たちの物語(ゲーム)は終わるでしょう。

 その時、また忘れられたら意味がない。だからこれを切っ掛けにして欲しいんです。普段意識していないだけで、私達は莫大な過去の上にいることを。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それさえ忘れなければ、過去を思うことができる。それを貴方たちが生きる糧にしてくれれば、私達もまた、生き続けることができる。

 

 これは、屍者の物語。

 どう感じるかは貴方達に任せます。

 願わくば、貴方のいる場所が、静かな海であらんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、スネーク! お帰りなさい。どうでしたか母国は」

 

「何も感じなかった」

 

「……そうですかぁ、まあ思い出殆どないですからねぇ。やる事は終わったんですね」

 

「そっちは大丈夫だ。全てを聞いてきた。そっちについても後で話す」

 

「じゃあ、青葉の話も聞いてくれます? あの約束なんですけど」

 

「一度帰ってくる、という約束か。あれはどういう理由だったんだ」

 

「聞きたいことがあったんです。生きて帰ってきたスネークに聞きたいことが。スネークは自由でありたいと思いますか?」

 

「……どういう質問だ」

 

「青葉は、いや艦娘は決して自由になれません。必ず過去に縛られる。でもそれを含めて『青葉』なんです。でもスネークは違う。過去がないから、ある意味最初から自由だった。でもこの戦い、『過去』との戦いを得て、今どう思うのかを聞きたいんです」

 

「……私は、自由でなくとも、良いと感じている。

 私は最初、自分が強いと思っていた。だが実際は、一人では何もできな現実だった。常に誰かに助けられてきた、そのお蔭で生きてこれた」

 

「青葉もですよね?」

 

「わざわざ聞くなよ……そうだよ、お前もだよ。その為ならこの両手が塞がっていても良い。前とは違う、私は自分がアーセナルギアで良かったと思う。そうでなければ、この感覚は一生分からなかったから」

 

「ありがとうございます、聴けて良かったです。このインタビューは確実に本に載せておきますね!」

 

「待て、本ってなんだ、聞いてないぞ」

 

「皆知りたがっているでしょう、英雄の真の姿を。需要に応えるのもジャーナリストの務めです」

 

「前言ってたことはどうした、自分の伝えたいものを伝えるんじゃないのか」

 

「それはそれ、これはこれです。では早速打ちこみをしてきます!」

 

「おい待て青葉! 私は許可していないぞ! そんな恥ずかしい真似は止めろ!」

 

「真実を伝えるのも務めですので!」

 

「……まあ、悪いことではないんだろう」

 

「お前達はどう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

METAL GEAR SOL!D

 ARSENAL GEAR THINKS

 

 THE END

 




以上を持って、アーセナルギアは思考するは完結となります。
かなー……り難しいやら抽象的やらなお話になってしまいましたが、読んで頂いた方には感謝しております。

今回のあとがきやら次回作の予告やらは、活動報告の方に乗っけておきますので、よろしければどうぞ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。