足取りが重い、しかも痛い。一歩歩く度に全身に激痛が走る。これでもだいぶマシになったというのが驚きだ。我ながら良く生きていると、スネークは思った。一応同じケースで生きていた前例はある。ザ・ボスも数年間昏睡状態になったが、生き残った。
しかし、その後の境遇はまるで違う。
数年の間にザ・ボスは伝説を抹消され、地下に潜らざるをえなくなった。対してスネークの伝説は未だに増え続けている。
全ての深海凄艦を生み出した中枢棲姫を、シェル・スネークが撃破した。決戦を生き残った艦娘がそんな話をネットへ広める。それは違う、あれ以降も深海凄艦は増え続けている。だからスネークは敗北したのだ。それも違う、相打ちになったのだ。スネークこそが、深海凄艦を生み出していた──人によっては英雄であり、黒幕であり、テロリスト。それが今のスネーク像だった。
その在り方は、艦娘に似ているとスネークは思った。
彼女たちをどう捉えるかも、人によって違う。深海凄艦から人々を護る英雄と見る人もいれば、そうやって人間社会に寄生しようとする、別ベクトルの侵略者。はたまた深海凄艦と同じ過去からの亡霊と考える人もいる。
真実は、サイキック・アーキアによって作られた特殊な生物だ。しかしその話をしたところで、信じる人はさほど多くはあるまい。何よりも国家が認めない。そんな事実を広めたが最後、艦娘は間違いなく『人権』を失うだろう。
ただでさえ、人かどうかギリギリのラインなのだ。これで人権までなくなったら、どんな地獄が生まれるのか、考えたくもない。広めるとすれば、もっと後。遥か先。艦娘の排斥が不可能になるぐらいの未来──深海凄艦との戦争が、完全に終わった後ぐらいだ。
ただ、今この事実を広めたところで、信じる人は何人いるのか。
それがどうかしたのか? 気に留めない人もいる。ネットに残留する、自分が求める『真実』を信じる人が大多数の筈だ。
結局、艦娘像も、スネークという英雄像も、都合の良いモニュメントになって定着する。それらは世界を過去に強く結びつける楔になる。
J.F.Kは、永遠に消えないモニュメントを創ろうとしたのだ。
それが永遠なら、世界は過去に繋がり続ける。艦娘がWW2からしか生まれないのも、WW2以外の過去を深海凄艦で抹消したのも、その為だったのだ。
中枢棲姫は倒した。だが、J.F.Kの計画は成った。
そしてJ.F.Kも消えた。かつてのように、愛国者達を打倒することはもうできない。まさしく勝ち逃げ。死に逃げを奴は成し遂げたのだ。一体全体、これのどこが英雄なのか。スネークは自嘲気味に笑うしかなかった。
そんな心境で、スネークはアメリカの大地を歩いていた。
数多のスネークが生まれていった母国であり、アーセナルにとっても母国だが、懐かしい感覚はあまりない。
逆に言えば少しはある。
過去を持っていなくても、体がここを覚えているのだろう。比喩的に過去がないと言っても、実際は必ず過去があり、そこから生まれている。何の過去もなく、突然生まれるなんてあり得ない。愛国者達にだって過程はあったのだから。
まだ、何もなかった殺風景な場所で、一人の男が墓前に立つ。持ってきた花束を捧げる。残された片目からは涙が溢れる。零れないよう上を見上げながら、彼は敬礼を捧げた。それが始まり。それがグラウンドゼロ。宇宙という全ての発端を見てきた彼女は、そこへ戻ってきた。
殺風景だった光景は、今はもうない。
男が捧げたオオアマナ──花言葉は潔白、純粋──が、数十年の間に広がり、一面が白い花畑になっていた。風に吹かれ舞い散る花弁の中に、スネークの目的があった。
ザ・ボスの墓前に、スネークは立つ。
ここは
自ら持ってきたオオアマナの花束をささげ、スネークは祈りを捧げる。
ザ・ボスに対して思うことはそんなにない。会ったことはないし、関わりもない。スネークの戦いを一応は終わらせた。その最後として、彼女に会うべきだと思ったのだ。
「貴女も、同じことを思ったんでしょうか」
彼女と同じく、スネークは宇宙から地球を見た。何か大きな変化を自分の中に感じていた。しかし、それはザ・ボスとは違うものだ。そうでなければならない。スネークは問いかけるが、当然答える人はいない。
世界を壊した件についても、最低限謝罪はしたが、それまでだ。ザ・ボスが無くなってから数十年経っている。世界を一つにする。それが何十年も、何百年も変わらず継承されるとは思わない。
尊重こそすれど、命をとして護るものではない。過去は過去、今は今だ。正しかったかどうかなんて、それこそ世界が終わる時にしか分からない。それでも、始まりは彼女だった。だから、目を閉じ、手を合わせて冥福を祈る。
それに、ここに来れば奴に会える。
「先客、か?」
「いいや、お前に会いたかった」
背後から声をかけられ、振り返る。しかし目の前には誰もない。理由は簡単、小さ過ぎるのだ。真下に彼はいた。スネークはまた懐かしいと思う。最初に会った時も、小さいせいで見つけられなかった。
「久し振りだな、エラー娘」
「生きていて何よりだ、シェル・スネーク」
相変わらず浮いた足取りで、エラー娘が浮遊する。当然だがあの時から一切変化がない。
「……少し老けてないか?」
「何だと?」
「いや、何でもない」
言われた通り、実は老けた。
まず人間に成ったのが一因。もう一つは放射線だ。どうもあのミサイルはレールガンと中枢棲姫を運ぶことのみを想定していて、普通の人間は考えていなかったらしい。結果通常はある筈の、放射線対策がなかったのだ。
元艦娘故か、致命傷にはならなかった。それでも影響は出ており、老化が普通の人より早まってしまったのだ。とは言ってもオールド・スネーク程極端ではない。気にする必要はない。言われれば気にするが。
「お前こそ何だ、私を馬鹿にしに来たのか」
「そうではない、私もお前と同じだ。彼女、ボスに会いに来た」
どこから用意したのか、エラー娘もオオアマナを取り出し、墓前に捧げた。彼が祈るのに合わせて、スネークももう一度祈る。
「……それで、私に会いに来たというのは?」
「そのままの意味だ、この事件の真相を聞いていない」
「私なら知っていると?」
J.Dの暴走、ナノマシンの暴走から始まったJ.F.Kの時間転移。そこからなる一連の事件だが、全ての事実は解かれていないと、スネークは考えていた。最大の謎はこいつ、エラー娘だ。本人から直接話を聞きたかった。
「なぜ、私なんだ」
「お前たちが誰なのか、検討がついているからだ。お前と、ぶら下がっている猫……ツェリノヤルスクから脱出した場所で、確信を得た」
イクチオス製造工場が置かれたソ連領内ツェリノヤルスク。そこからエラー娘の手により脱出した時、スネークたちは何処へ転移したか。白骨死体のあった川沿いだった。エラー娘は答えを待つように目を閉じる。
「お前は、ザ・ソロー
エラー娘の輪郭がぼやけていく。霞のように曖昧になった姿が、いつの間にか重なった。二つの人間の形状が明確になり、やがて一人の人間を作り出す。昔の夜戦服を身に包んだ男性が、底知れぬ闇を抱えた瞳でスネークを見た。
「私は、ザ・ソロー……よくここまで辿り着いた、空の蛇よ」
オオアマナの花弁が、再び二人を包み込んだ。
*
スネークの考えは事実だった。しかし、いざ真実を目の前にすると言葉が出ない。
「……本当だったか」
「君が予想したことだろう」
「いや、まさか仮にも『娘』と名乗っておいて、男だったとは」
「性別を偽るのは、諜報の世界でも定番のやり方だ。それに妖精は何れも女性の形になる。それで男を名乗る方が不自然だ」
そういう問題ではない。とスネークは内心突っ込んだ。言っていることは合っているが……よく考えれば妖精の時点で不可解な存在だ。深く考えない方が良いだろう。諦めたようにため息を吐き、ザ・ソローに向き直る。
「お前は、元の時間軸のザ・ソローと、この時間軸のザ・ソローが、混ざった存在で合っているな?」
「その通りだ、妖精の姿が元のわたしであり、猫の方がこの時間のわたしだ」
「つまり、時間移動を起こしたのはザ・ソロー、お前だったという訳か」
いくら超能力と言えど、時間移動までできるのか疑問だった。その答えがザ・ソローだ。ザ・ソローは霊媒能力を持っている。一度死んだ人間──即ち、過去へと接続できる能力だ。それが暴走したら、
かなり概念的な予想だが、そもそもオカルトなんてそんなものだ。サイキック・アーキアなんて代物を知った今、懐疑的になる必要は全くない。
「正確にはそうなるが……」
「違うのなら話せ、私が知りたいのは事実だけだ」
「それを聞いて、意味があるのか」
「私ではない、青葉だ。あいつはこの事件の記録を残そうとしている。なら、できる限りの事実を知っていた方が良いだろ」
自分主観で良いと言っていたが、知れる真実を知ろうとしないのもいかがなものか。それを記録するかどうかは青葉に任せればいい。まあ、私自身事実を知りたいと言うのもある。こればかりは、ザ・ソローから聞くしか方法がないのだ。
「そうだな、話す責務が、私にはある」
そう言って、ザ・ソローは語り始めた。
あの時、アウターヘイブン中枢のG.Wにワームが流し込まれた時、愛国者達とヘイブンは崩壊を始めた。その時『死』を味わったことで、J.Dが暴走した──というのが、スネークの知る事実だ。
しかし、そこにはもう一つ要因があった。それがザ・ソローだった。
何とあの場に、霊体のザ・ソローがいたのだ。彼は息子たちの戦いを見守っていたのだ。だが、それこそが誤りだったと彼は語る。
私はそこから、いなくなるべきだったのだ。死人らしく、未練をなくし去るべきだった。息子たちの戦いを見届ける、と言えば聞こえは良いが、実際はただの
しかし、彼は見届けてしまった。
その時点でザ・ソローの願いは達成され、未練はなくなった。この世界にしがみつく理由が無くなったのだ。だから、マンティスの暴走に逆らえなかった。
ザ・ソローもまた、スクリーミング・マンティスの暴走に巻き込まれていたのである。
ザ・ソローとマンティス。二人の能力はJ.Dの生存本能により更に加速し、結果ワームホールを開き、時空を超えたのである。
そして行き先を決定づけたのも、また彼だった。
数十年間の間、ザ・ソローは一つの後悔をしていた。いや、迷いと言うべきだった。それはあの日、ザ・ボスに殺された日のことだ。
理屈の上では納得している。あの時どちらかが死ななければ、愛すべき息子が殺されていたのだと。感情でも納得している。生き残るべきは彼女の方だった。だが、いずれも本心ではない。
二人で生き残れたら──どれだけ良かったことか。愛すべき彼女と息子で未来を視ることができたのなら。親として、夫として、一人の人間として、当たり前過ぎる理想を彼は望んでいた。叶わないと知っていても。
それが、ザ・ソローたちを過去のツェリノヤルスクへ導いた。
無限に逆行しかけた彼らは、彼の後悔によって繋ぎ止められた。スネークが予想した
「その時点で、私の力はスクリーミング・マンティスの肉体に大半を奪われた。その場で死んだ、過去の私も同じように」
「だから、二人で合体したのか?」
「そうだ。未来の私と過去の私で、何とか存在を維持してきた」
いきなり肉体を得たJ.F.Kが、様々なアクションを起こせたのは、この辺りの理由が多きいのだろう。そこからはスネークの知っている通りだ。J.F.Kは自らが滅ぶ計画を立て、その為の世界を創るためにサイキック・アーキアを見つけ出し、中枢棲姫を創造し、艦娘と深海凄艦を建造したのだ。
「サイキック・アーキアは、自力で発見したのか……」
「いや、私の霊媒能力を使い、見つけ出したようだ。恐らくはその力で、彼岸へ繋がったんだろうな」
「どういうことだ?」
「……アーキアが現れるのは、本来遥か未来だった。とだけ言っておこう」
知る危険、というものらしい。スネークがどれだけ睨み付けてもザ・ソローはそれ以上語らなかった。代わりに自分の行動を話してくれた。
J.F.Kに力を奪われたザ・ソローは、二人掛かりで存在を維持した。その姿がエラー娘だった。奴に生み出された妖精の中で、唯一叛逆する存在。故にエラーと自称したらしい。しかし、その体でできることには大きな制限があった。
霊媒の力は使えない。他の超能力は元々持っていない。できることは、周囲の力を借りなければ何もできない状況で、唯一の武器が情報だった。ザ・ソローもまた『未来』の知識を持っていた。だから先回りができた。
J.F.Kの目的を知っていれば、推測はできる。密かにダイヤモンドドッグス崩壊からメンバーを救出したのも、エラー娘としての彼だった。彼らにアーキア、そして艦娘と深海凄艦の技術を伝えたのもそうだ。もっとも、専門家でない彼には限界があったが。
しかし、ザ・ソローは間もなくDD──アウターヘブンを去る。
そこには、ザ・ソローを知る人間が何人か居たからだ。J.F.Kはザ・ソローが消滅したと思い込んでいた。もし誰かがエラー娘の正体に気づけば、じきに奴も気づく。
おかしな話ではない。愛国者達は無意識に宿る規範そのものだ。だから彼は、再び行動を別にしたのだ。
「スネーク、君を助け出したのも私だ」
「お前が?」
「そうだ。君を奪取すれば、中枢棲姫の計画に狂いが生じる」
言う通りだが、スネークは渋い顔をする。そうして私に英雄の戦歴を辿らせることが、黒幕の目的だったのだから。
「J.F.Kの予定通りだとは感づいていた。異様に警備網が薄かった、侵入も奪取も簡単過ぎたんだ」
「お前も私も、踊らされていた訳か」
「ああ、だが、私はそれでも行動した。そして君は艦娘となった」
それでも、最後には見つかってしまったらしい。
結果私は半端な状態で海に放り出されて、最終的に艦娘のアーセナルギアとして固定された。どちらに変化するかは一切予想できなかったのだ。
「もっとも、艦娘でも深海凄艦でも君の行動はそう変わらなかっただろう。そうでなければ、こんな不確定要素を奴は残さない」
スネークは無言で同意した。
どっちになろうと、過去がなければ意味がない。史実を持たない存在に怨念とか未練がある筈もない。どう転ぼうと私は半端な存在だったのだ。きっと深海凄艦でも、最終的には中枢棲姫と戦っていた。
「後は君の知っている通り、何とか接触しようとしたが、途中で追撃部隊に襲われ──本体はツェリノヤルスクに監禁された」
「猫の部分は流れ流れて、川内に保護されたと」
「アウターヘブンの時に、少し面識があったからな。まさかそこから君に回収されるとは思わなかったが」
こっちの台詞だ。忍者から回収した荷物から、猫が顔を出した時の気持ちを考えて欲しい。当時を思い出し、スネークは遠くを見つめた。アフリカの出来事が懐かしかった。
目線を戻すと、ザ・ソローが墓前の前に移動していた。置かれたオオアマナの花をじっと見つめている。
「私は、過ちを犯した」
酷く、深く。底知れないほどに悲しげだった。
「自らの能力を、ここまで呪ったことはなかった。私がボスの望んだ世界を、より酷く歪めてしまった。世界は屍者の帝国に侵攻されてしまった」
客観的に見れば、その通りだ。この世界はあり得ない。本来沈んだ艦が歩き回り、沈んでいなければならない怨念が砲撃を放つ。ただの変化とは訳が違う。越えてはならない一線を飛び越えてしまっている。
「だからこそ、君には感謝している。戦いを終わらせてくれたことに」
ザ・ソローはスネークを見つめた。悲哀はなかった。代わりにあったのは、切ない光を持った感情だ。死んでいる筈の瞳から、僅かに涙が流れた。スネークは耐え切れず目を逸らす。
「私は失敗している。感謝される理由はない」
「君は中枢棲姫の目的を、屍者の帝国が完成するのを止めてくれた。彼女が生き残っていたら、世界は終わっていただろう。それに、J.F.Kの計画は前提から失敗している」
「失敗? どこが?」
「人は自分が思うよりも、遥かに忘れやすいのだ。哀しみも過ちも、憎しみも。永遠はあり得ない。AIはそれを認めず、永遠に繰り返せると信じた。だが、人はいつか戦いの円環に飽きるだろう。それは人から生まれた艦娘たちも同じ。元となる模倣子が変化しなくとも、『世界』の側が変化すれば、彼女たちも自ずと変わっていく」
「それでは、同じになる。変化の過程で忘れた時、奴等はまた何処からか現れるかもしれない」
それこそ悲しみではないか。スネークは思う。
深海凄艦の本質は、忘れ去られることへの無念ではないだろうか。伝えられなかった記憶、淘汰された意志。戦い続けた人々が、
忘れた時、深海から化け物は蘇るかもしれない。サイキック・アーキアは、そうやって沈んだ記憶を糧に生きるのだから。あの虫は忘却の化身であり、保存装置なのだ。
「──そうかもしれない、いつか人は、忘れ去られた者達に滅ぼされるかもしれない。だが、それを避ける為に今を繰り返すことには、もはや何の意味もない。何事にも終わりがある。だからこそ、意味が生まれるのだ。終わる時、始めて意味が分かる。
スネーク、君は始めて時を回した、
過去に囚われず、ひたすら明日を生きようとした姿勢は、間違いなく英雄だ。それがJ.F.Kの計画であろうとも。
それに、今が続かないことは、他ならぬAIが証明している。
始まりの男、ゼロは一切を信じなかった。しかし彼が生み出したAIは、どちらも人間の可能性を信じた。既に変化は起きていたのだ」
中枢棲姫は人が報復心で自らを滅ぼすと信じた。J.F.Kは人が永遠に戦争経済から抜け出せないと信じた。あんまりな形だが、人を信じてはいたのだ。それがゼロよりかはマシな考えというのは、皮肉でしかないが。
「AIの目論見も、全てが誤りだったとは言えない。人が絶滅に瀕しても、尚繋がりを失わない。人の意志を誰かが覚えていてくれる可能性がある。それは決して、悪いことではないだろう?」
「……覚えておけるものなのか?」
「それは、重要ではない。私は忘れられる悲しみを知っている。だからこそ、忘れてはならないと彼に接触した。スネーク、君もまた──忘れることを許されない一人。
しかし、それでも忘却は防げない。私も、君も、艦娘も、彼女たちを生み出した戦いも、そこにいた戦士たちも、いつかは忘れられる。遺伝子も消え、模倣子も消え、時代へ消える」
言ってしまえば極端だが、実際真実だ。
最悪、いつか地球や宇宙が終わってしまえば、覚えるも何もない。最後は消える、それは必然だ。だからこそ、とザ・ソローは言う。
「我々人間には、『思う』機能が備わっている。
伝えられなかったこと、途絶えてしまったことが
無論、想像が事実と異なる可能性はかなり高い。間違っている真実を捏造するかもしれないが……それが、明日を生きる為の力になるのなら、私は構わない。あの日信じた未来が続くことの方が、余程重要なのだから」
ザ・ソローは、再びスネークを視た。
彼の瞳にはやはり悲哀が宿っている。しかし話し始めた時とは違う。未来が続くことへの歓喜が、少しだけ光り輝いていた。
「過去がないものなど存在しない。忘れているだけ、私はそれこそが最大の悲しみだと思う。だからこそ、忘れてはならない。私たちは莫大な過去の上に立っていることを。あらゆる人たちの戦いの果てに、私たちは生きていることを。いつか、全てが絶滅するとしても」
彼の瞳から光が消えていく。彼にも本当の終わりがやってきたのだ。それを悲しいとは思わない。自分の未練が犯してしまった過ちで生まれた未来だが、そこでもザ・ボスの物語は生き続けていた。彼等と同じ、シェル・スネークも一匹の蛇だと、ザ・ソローは信じていた。
「……蛇はもういらない、こちら側でも」
そうだろう、ボス?
ここに一つの物語が終わる。ザ・ボスに寄り添っていた男の話が。死んでも尚、息子たちを見守り続けた英霊が。それ故に間違えてしまった亡霊が。戦いを見届けた一人の戦士の物語が。ザ・ボスの側にいたばかりに、彼女共々歴史から抹消され、忘れられた悲哀の物語が幕を閉じる。
オオアマナの花弁が、三度舞い散る。スネークはその瞬間を目に焼き付ける。いつかは消えるとしても、今は忘れることを許されない。
そして、悲哀は消えた。元の世界からやってきた最後の一人が消え、スネークは残された。
スネーク──いや、もう殻ではない彼女の話はここから始まる。
*
私たち艦娘は、生きているように見えるでしょう。
息をして、ご飯を食べて、寝て、人間と変わらないように感じるでしょう。生きていると寄り添ってくれる人も大勢います、そう言われるたびに嬉しさが込み上げてきます。
でも、私たちは、屍者なんです。
一度死んだ私たちは、新しい場所からは生まれない。必ず過去の記憶と一緒にやって来る。その度、忘れられていた記憶を伝搬させる。
消えたこと、忘れたこと、私たちの戦いに目を向けてくれることは、素直に嬉しいです。誰も私たちを覚えていないのは、やっぱり悲しいですから。だけど、そればかりでは何の意味がないと、私は思いました。
そんな私たちは、色々な理由があったけれども、人を護る為に戦いました。
きっとその姿勢は変わらない。何故なら、私たちの過去がそうだったから。どんな境遇でも、どんな扱いを受けても(限度はあるかもしれないけど)、誰かの為に戦おうとするでしょう。
その姿勢が余計に私たちを印象付けるのかもしれません。だけどそれだけでは駄目なんです。過去にばかり目を向けていては、世界は屍者で一杯になる。
そういう戦いがあったことを、どうか忘れないで欲しいんです。
WW2だけじゃない。激しい戦いが何度もあったことを──そして、これからも起きることを。
いつか、私たちの
その時、また忘れられたら意味がない。だからこれを切っ掛けにして欲しいんです。普段意識していないだけで、私達は莫大な過去の上にいることを。
それさえ忘れなければ、過去を思うことができる。それを貴方たちが生きる糧にしてくれれば、私達もまた、生き続けることができる。
これは、屍者の物語。
どう感じるかは貴方達に任せます。
願わくば、貴方のいる場所が、静かな海であらんことを。
「あ、スネーク! お帰りなさい。どうでしたか母国は」
「何も感じなかった」
「……そうですかぁ、まあ思い出殆どないですからねぇ。やる事は終わったんですね」
「そっちは大丈夫だ。全てを聞いてきた。そっちについても後で話す」
「じゃあ、青葉の話も聞いてくれます? あの約束なんですけど」
「一度帰ってくる、という約束か。あれはどういう理由だったんだ」
「聞きたいことがあったんです。生きて帰ってきたスネークに聞きたいことが。スネークは自由でありたいと思いますか?」
「……どういう質問だ」
「青葉は、いや艦娘は決して自由になれません。必ず過去に縛られる。でもそれを含めて『青葉』なんです。でもスネークは違う。過去がないから、ある意味最初から自由だった。でもこの戦い、『過去』との戦いを得て、今どう思うのかを聞きたいんです」
「……私は、自由でなくとも、良いと感じている。
私は最初、自分が強いと思っていた。だが実際は、一人では何もできな現実だった。常に誰かに助けられてきた、そのお蔭で生きてこれた」
「青葉もですよね?」
「わざわざ聞くなよ……そうだよ、お前もだよ。その為ならこの両手が塞がっていても良い。前とは違う、私は自分がアーセナルギアで良かったと思う。そうでなければ、この感覚は一生分からなかったから」
「ありがとうございます、聴けて良かったです。このインタビューは確実に本に載せておきますね!」
「待て、本ってなんだ、聞いてないぞ」
「皆知りたがっているでしょう、英雄の真の姿を。需要に応えるのもジャーナリストの務めです」
「前言ってたことはどうした、自分の伝えたいものを伝えるんじゃないのか」
「それはそれ、これはこれです。では早速打ちこみをしてきます!」
「おい待て青葉! 私は許可していないぞ! そんな恥ずかしい真似は止めろ!」
「真実を伝えるのも務めですので!」
「……まあ、悪いことではないんだろう」
「お前達はどう思う?」
ARSENAL GEAR THINKS
THE END
以上を持って、アーセナルギアは思考するは完結となります。
かなー……り難しいやら抽象的やらなお話になってしまいましたが、読んで頂いた方には感謝しております。
今回のあとがきやら次回作の予告やらは、活動報告の方に乗っけておきますので、よろしければどうぞ。