宇宙世紀0093年――。
かつて、一年戦争において赤い彗星と呼ばれたエースパイロット、シャア・アズナブル。
一年戦争後の消息は不明。しかし7年後、シャアは地球連邦軍大尉、クワトロ・バジーナを名乗り、スペースノイドを弾圧する連邦軍特殊部隊ティターンズに対抗する反政府勢力エゥーゴに身を寄せた。
エゥーゴとティターンズ。同じ連邦軍勢力である両者の戦いは、地球圏を事実上の内紛状態へと移行させた。
この期に乗じる形で遥かアステロイド・ベルトより7年の歳月を経て力を蓄えた旧ジオン最大の残党勢力アクシズをも参戦し、地球圏の内紛は三つ巴の混迷を極めた。
グリプス戦役にて行方不明となったクワトロ・バジーナは、再びシャア・アズナブルとして5年の月日を掛けて己の軍隊を組織した。
赤い彗星の隣には常に一人の子供が存在していた。
ジオンの蒼き鷹――。
その名は赤い彗星に隠れがちではあるが、軍人ならばその名を知らぬ者は居ない。
赤い彗星と唯一肩を並べられるジオンのエースパイロット。
そんな彼の姿は一年戦争から常に赤い彗星と共にあり、戦場においては赤い彗星以上の撃墜数を誇ったという記録も残っているが、それでも蒼き鷹は赤い彗星の傍を離れることはなく戦場を駆け抜け続けた。
一年戦争後は彼と共にアクシズに逃れた。彼の地球圏帰還に際して同行、エゥーゴの中核を成す人物の一人としてグリプス戦役を戦い。そしてクワトロと共に行方不明となる。
シャア・アズナブルが新生ネオ・ジオンを名乗り立ち上がったのならば、当然の帰結として蒼き鷹の姿もそこにあった。
◇◇◇◇◇
新生ネオ・ジオン艦隊旗艦レウルーラ。
その甲板に立つMSの中でこの時を待ち侘びた想いを胸に、シートに身体を預ける。
苦節13年――。
辛酸を舐め続けた。しかし今日からはその必要はない。
右斜め前に佇む赤いMS。その姿はこれから世界へ挑む者たちの道標となるだろう。
レウルーラがスウィート・ウォーターの港から出港する。
既にムサカ級各艦の配置は完了している。
その周囲を編隊を組み、曲技飛行しているのは新型MSギラ・ドーガ。
設計自体はハマーン・カーンが率いたネオ・ジオンにおいて行われていたが、それを完成させ量産化。ザクⅡを彷彿させる高い汎用性を持っている機体は新生ネオ・ジオンの主力MSだ。
そして、その新生ネオ・ジオンを率いるシャア・アズナブルの専用機として開発された機体がMSNー04 サザビーだ。
ネオ・ジオン総帥専用機として開発され、新型サイコミュであるサイコフレームを採用している。フレームそのものにサイコミュと同じ機能を持つマイクロチップが鋳造されており、従来のサイコミュの様に専用のデバイスが必要なくなった他、しかし機体追従性等の各種機能は従来型を上回るものだ
そのサイコフレームを始め、現在ネオ・ジオンが誇るMS技術の髄を集めて造られたのがサザビーである。
総帥専用機ともあって、堅牢な装甲を持つ重MS型の出で立ちではあるが、最低限の機動性。機体各所のアポジモーターによる高い運動性、高出力のメガ粒子砲や新型のビームショットライフル、ファンネル等の豊富な武装と、シャア本人の腕が合わされば早々止められるものではない。
本来ならば自身の乗るMSこそがシャアの機体となる筈だったが、こちらの機体は未だ機体出力の調整が必要な為に、完成しているサザビーがシャアの現在の乗機となっている。
サザビーの後方に控える様にして佇む機体は、大型のサザビーよりも更に一回り大きく見えるMSーーもはやMAといえる様相の赤いMSだった。
MSN-04Ⅱ ナイチンゲール。
サザビーの更なる発展型のMSであり、真のネオ・ジオン総帥専用機として開発された機体だ。
しかしサザビー完成を優先したため、ナイチンゲールはまだ各部の調整問題を抱えていた。
つい数日前にロールアウトしたばかりの機体。
今回は艦の外部で駐機させておくだけで良い為、こうしてサザビーの後ろで控えさせる形となった。
そんなMSに自分が乗っているのは、このナイチンゲールを造ったのが自分であるからだ。
このパレードを終えた後、ネオ・ジオン艦隊は直ぐ様出撃し、作戦行動を開始する。
最終調整を終えれば、このナイチンゲールも実戦配備だ。
ともすれば、より良い機体にシャアが乗る事はそのままネオ・ジオン総帥である彼の命を守る事になる。故にこそ、己の仕事は責任重大である。
レウルーラから立体映像が映し出される。通信モニターのひとつはスウィート・ウォーターのテレビ中継が映っている。
シャア・アズナブル。赤いMS。
赤い彗星のシャアはジオン・ズム・ダイクンの遺児でもある。
今の地球圏で彼以上にジオンの総帥を勤められる人間は居ないだろう。本人は嫌がるが、人は生まれを選ぶことは出来ないのだ。向き不向きがあろうと、否が応でも勤めなければならない事がある。
それが彼の場合は、人の上に立たねばならない立場だというだけだ。
そんな期待を寄せられる事すら重荷であり、それを嫌うが。事実としてシャア・アズナブルという存在は人を惹き付けるのだ。
本人はそんな責任など要らず、一人のパイロットとして戦場を駆け馳せる事の方が好きであるだが、こればかりは代わりをやれる人間は居ないのだ。我慢して貰うしかない。
『このコロニー「スウィート・ウォーター」は、密閉型と開閉型を合わせて造られた極めて不安定なものである。それは過去の宇宙戦争の被害を受けた難民を収容する為に急遽、建造されたものだからだ』
ナイチンゲールの調整をしながら、ネオ・ジオン総帥をするシャアの演説に耳を傾ける。
『しかし、地球連邦政府が難民に対して行った施策はここまでであった。彼らは入れ物さえ造れば良しとして、自らは特権階級として地球へと引きこもったのだ』
既に地球という惑星単体では増えすぎた人類のゆりかごとしての機能はなく、際限なく資源を浪費し、環境さえ破壊した人類を宇宙へ巣立たせ、地球環境を再生させるのが本来の宇宙移民政策だった。
しかし、宇宙移民で地球環境に対して充分な負担のない数にまで人口が減った時。上級階級の人間はそのまま地球に住み続けた。
それがスペースノイドとアースノイドの間に溝を生じさせた。
『人類が宇宙に住み始めて約1世紀。我々は地球で安逸を貪る者の存在を許すわけにはいかない!』
故にこそ、スペースノイドの自治権確立の為に自分達は立ち上がった。
『
その言葉は、スウィート・ウォーターの全住民――いや、この放送を見ているすべてのスペースノイドに届いただろう。
ナイチンゲールを操り、大型のシールドの内側からビームトマホークサーベルを抜き、ビーム刃を出力させながらその切っ先を掲げる様にして突き出す。
「ジーク・ジオン!!」
それは呪われた言葉だと言われるだろう。しかし我々にとっては反抗の狼煙であり、戦いを決意させる言葉でもあるのだ。
自分が放った言葉は広域チャンネルに乗り、ネオ・ジオン将兵、そして今のシャアの演説を聞いていたすべての人々に届いただろう。
『ジ…』
『ジーク』
『ジオン…!』
『ジーク・ジオン!』
ジーク・ジオン――!
最初は控え目に、しかし次第に大きくなる言葉に、我に続けよと人々は互いに声を張り上げた。
惰眠を貪る連邦の亡者どもにも聞こえるだろう。
この熱い想いが。言葉が。覚悟が。
ジーク・ジオン――! ジーク・ジオン――! ジーク・ジオン――! ジーク・ジオン――! ジーク・ジオン――! ジーク・ジオン――!
遥か彼方、青く輝く母なる星へと届けと言わんばかりに増す観衆の言葉を聞きながら、その星へと視線を向ける。
この戦いが終われば、この青い星の姿も二度と目にすることはないだろう。
◇◇◇◇◇
フィフス・ルナ。
コロニー建造の為の資源採掘衛星のひとつだ。
作戦の初期段階として、この小惑星を地球に落とす。
ジオン公国、デラーズ・フリート、ハマーンのネオ・ジオン――。
かつての大戦で既に三基のコロニーが地球へと落下している。
しかし、今度はコロニー等とは比べ物にならない質量のある小惑星を落とす。
巻き上げられた塵は太陽光を遮断し、地球を寒冷化させ人の住めない世界に変える。
そうすることで地球に住む人すべてを強制的に宇宙へと追い出す。
これがネオ・ジオンの――シャアの考えた作戦だ。
そんな狂気の様な作戦を実行に移せば、必ずアムロはやってくる。
だからこそ、決着をつける為には必要な事であり、人類を宇宙という過酷な環境へ適応させてニュータイプへと目覚めさせる。
でなければ人類に未来はないと、そう思うからこそ、自分はシャアに手を貸している。
暴論であろうとも、いくら未来を見出だしても、結局は古い世の流れに淘汰されてしまうのであらば大罪人の汚名を着ようとも流れを変える必要がある。
カンカン――。
ナイチンゲールのコックピットが叩かれた。コックピットを開ければ、黄色いノーマルスーツ姿に着替えたシャアの姿があった。
「少し良いか?」
「……総帥ともあろう人間が、そう軽々しく腰を上げるべきではないと思うのですが?」
「私は総帥であると同時にパイロットでもある。ブリーフィングは必要だと思うが?」
「それだったらおれを呼びつければ良いだけのことでは?」
「他人に聞かれたくはない話というものもある」
「左様ですか」
シートから腰を上げて、シャアを招き入れる。
「どうだ? ナイチンゲールは使えそうか」
「あとは実際に動かしてみてからでないとなんとも。サザビーで充分なら、今回は向こうに乗って欲しいところですよ」
「メカニックマンとしての意見か?」
「ネオ・ジオン副総帥としての意見でもある」
正直、自分がネオ・ジオンの副総帥という立場にあるのは、反発がないのが不気味なところもある。
なにしろ見掛けは16の頃から変わっていない。一年戦争から何一つ、自分は前に進めていない。
そんな子供の様な人間が副総帥の組織。格好がつかないではないか。
「お前以外の誰がやれるというのだ」
「士官学校出の一兵卒に無茶を仰る。ナナイにやらせれば良いだろう」
「彼女はニタ研の出身だからな。作戦士官として支えて貰えても、私の機微を正しく理解できるのはお前だけだ」
それに関しては自分は彼とは古い付き合いだ。上官と部下、同志として13年もの月日を共に過ごした。
シャア・アズナブルという人間の事を一番理解しているのは自分だという自負もある。
この戦乱の世の13年はそれほど、自分達から知り合いを奪ってきた。もはや彼にとって古い馴染みは自分くらいになってしまっただろう。
そして、だからこそわかるのだ。
「いざとなれば組織を丸投げして自分はアムロと一騎討ちか。ズルい人だ」
「だから普段は好きにさせるさ。次の作戦、ナイチンゲールの調整も兼ねて出てくれ」
「良いのですか?」
ナイチンゲールは赤い彗星の為の機体だ。その機体を駆るのは自分には荷が勝ちすぎている。
「寧ろ蒼き鷹以外に誰が赤い彗星の代わりを勤まる」
シャアの手が肩に乗る。
「ナイチンゲールはMA色が強いからな。性能は認めるが、馴染む様ならそのまま使ってくれて構わない」
アクシズへと落ち延びた際。MAを駆ったシャアはしかしMAに懐疑的だった。やはり小回りの利くMSの方が性に合っていると。
そういう意味では確かに通常のMSよりも振り回される感のあるナイチンゲールは、性能は確かでもサザビーと比べて機敏さに若干譲る。
しかしその若干を許容して身を危険にするくらいならば本人の感性を信じるしかない。
「アムロはどう出てくると思う」
「こちらが動けばフィフス落としを読むところまではあるとは考えている。勘づくのならL4を抜けて、月軌道に艦隊か近寄った辺りかと。その時にはこちらはフィフスに取り付ける。向こうにはブライト艦長も居る事だし、こちらの動きは相手にも筒抜けと思った方が良い」
「ならばこちらも相手の出方が読めるわけだな」
そう。エゥーゴに所属し、共に戦った仲間でもあるブライト。ライバルでもあり、共通の敵の為に共闘したアムロならば、こちらの動きを感じられるだろう。
しかしそれはこちらも同じことだ。
「MSの性能差は五分。だがこちらにはお前とギュネイも居る。数を揃えたところでアムロ以外脅威と呼べるものはない」
「そのアムロが、一番厄介でもあるわけですがね」
シャアの言葉に苦い記憶を思い出す。
当時既に旧式となりつつあったガンダムに乗るアムロに、シャアと自分は終ぞ敵う事が出来なかった。
シャアはジオングでガンダムを相討ったらしいが、自分の場合は惨敗である。
「幸いなのはガンダムが間に合っていないこと。今のアムロはZ系に乗っているそうです。量産性を取ろうとして運用コストが嵩んだ機体で、性能もZとほぼ変わらずというものらしいですが」
「情けないMSだな」
ロンド・ベルの戦力に関してはアナハイムを経由してその全容はほぼ把握している。なにしろ連邦軍の新型主力MSであるジェガンもアナハイム製。ネオ・ジオンの新型主力MSであるギラ・ドーガもアナハイム製。
死の商人ここに極まれりだ。
そのお陰でこちらは相手の戦力を把握できているわけだが。
「宮仕えの宿命ですよ。総帥の為にコスト度外視の機体を用意できるこちらと違って、向こうはジオンのシャアが生きていたなんて思いもしていないし。ロンド・ベル設立にも色々と無茶を利かせて、その上でニュータイプのアムロにガンダムを持たせるなんていうのは連邦政府からしたら堪ったものじゃないでしょうね」
ガンダム神話を打ち立て、一年戦争の英雄となったアムロはそのニュータイプ能力を危険視されて地球で軟禁生活を送っていた。
連邦軍はエゥーゴやカラバのメンバーが幅を利かせられるとはいえ、絶対数や権力では未だ旧弊が強い。
金食い虫のロンド・ベルに、ニュータイプのアムロにガンダムを持たせるのを嫌うのは地球連邦政府という絶対的な存在をニュータイプ思想に揺るがされる事を恐れている。
寧ろそんな俗物たちを振り切ってガンダムを用意しているアムロの本気度が伝わってくる。
万が一、アムロがシャアを降した時は、今度こそ地球で監禁状態になるのが目に見えている。
それほどの覚悟か。あるいは向こうもこちらとの決着に挑む気なのか。
いずれにせよ、一年戦争から続く因縁に終止符が打たれるという確信があった。
◇◇◇◇◇
宇宙世紀0079年 1月3日
この日、地球からもっとも遠いコロニー都市、サイド3はかねてより準備を進めていた地球連邦軍との戦争を開始した。
開戦から僅か一週間で地球連邦軍側に立つ三つのサイドを壊滅させ、さらにコロニー自体を巨大な質量弾とするコロニー落としを敢行。地球連邦軍の中枢である南米ジャブローを一気に壊滅させる予定だったが、連邦軍の決死の阻止行動によりコロニーは大気圏突入中に崩壊。その破片がオーストラリア大陸からシドニーという存在を消し去った。
その後、再度のコロニー落としを敢行する為にジオン軍はサイド5ルウムに進行。それを迎え撃つのはティアンム艦隊とレビル艦隊と、ジオン軍との戦力比は1対3と圧倒的であったが、ミノフスキー粒子とMSによる有視界戦闘という新戦術の前に連邦軍は宇宙艦艇の8割りを失う大敗を帰した。
赤い彗星の背中をただひたすら追い掛けていた自分も、その戦場でジオンの勝利を目にしていた。
コロニー落としと、ルウム戦役での大敗を盾にジオンは連邦軍に対して降伏を迫る。二度の大敗と破竹の勢いで戦果を上げたジオン軍に対して連邦軍では降伏へと意見が傾いていたと聞く。
これで戦争は終わると思っていた。
だが捕虜になっていたレビル将軍が救出され、ジオン本国の内情を見てきた彼は「ジオンに兵なし」と演説を行った事で戦争は今も続いている。
そして時は過ぎ、戦争が膠着状態となって8ヶ月あまりが過ぎた宇宙世紀0079年 9月――。
「ジャブローから上がってくる艦艇でありますか?」
「うむ。距離が遠くて詳細は不明だが、今までのマゼラン級やサラミス級とも異なった船である事は間違いない」
ムサイ級巡洋艦ファルメルの艦橋。MS部隊の副隊長という身分を預かる自分はMSの整備が終わり、その報告がてらブリッジに上がってみれば、艦長であるドレン大尉からジャブローから打ち上げられた艦艇の存在を知る。
「連邦軍の新造艦か。行き先はルナツーで間違いないだろうが、少し気になるな」
そう呟くのは赤い軍服を着こなしマスクで素顔を隠すこの隊の隊長であるシャア・アズナブル少佐だった。
「それに同調してか、ルナツーからも複数の艦艇の発進が見受けられます」
「ほう。艦隊の再建すらままならぬだろうに、迎えの艦を出すほどのものか」
先のルウム戦役により、宇宙艦艇の8割りを損失した連邦軍は制宙権を悉く失い、今はもうルナツーとサイド7だけが連邦軍の宇宙における活動拠点となっている。
さらにルナツーへ圧力をかけるために通商破壊作戦が継続的に行われ、ルナツーは強固な籠城の構えを取った。
そのルナツーから艦艇が発進する。タイミングから見てもジャブローから打ち上げられた艦の迎えと護衛の可能性は大だ。
「ふむ。ユキ中尉は出られそうかな?」
腕を組み、次の動きを思案していたシャア少佐に呼ばれ返事を返す。
「はっ。機体の整備は万全、いつでも発進できます」
「よし。ならせっかく顔を出してくれたのだ。中尉にはモグラ叩きをして貰おうか」
「了解しました。380秒で出撃準備を整えます」
「わかった。ファルメルは前進、連邦軍の新造艦の動きをトレースしろ」
「了解。ファルメル前進! 新造艦の尻尾を掴むぞ」
ドレン大尉の声を背にブリッジを出て格納庫へと向かう。MSのパイロットならノーマルスーツを着用すべきだろう。しかし時間が惜しい時はこうして制服のままMSに乗る。シャア少佐もノーマルスーツを着ることはほとんどないから多分大丈夫。それに少佐曰く、ノーマルスーツを着ていないから必ず戻ってくるという意気込みの意味合いもあるらしい。
MSデッキにはザクⅡF型が3機、そしてシャア少佐の赤いザクⅡS型が並び、そしてそんなザクⅡとは少々足の形状が異なるザクがある。
ランドセルを強化し脚部にスラスターを増設、空間戦闘力を強化した高機動型ザクⅡ Rー1型。蒼に塗られたこの機体が自分の機体だ。
ザクの起動を進めているとブリッジから通信が入る。相手はシャア少佐だった。
『中尉。新造艦はどうやらサイド7へ向かうらしい』
「サイド7? あそこは確か」
サイド7、ルナツーが近い事で唯一連邦側で壊滅を免れたコロニーサイドである。噂では連邦軍がジオンのザクⅡに対抗する為の新型MSの開発が行われていると言われている場所だ。
『中尉も知っての通りだ。噂のV作戦…。あの艦はその為のMS運用艦だと私は考えている』
「如何なさいますか?」
この高機動型ザクⅡならば新造艦の足にも追い付けるだろう。サラミスを2隻叩くよりも連邦軍の新造艦を攻撃する方が意味がある。
『いや、当初の予定通り中尉はサラミス級を叩いてくれ。能力が未知数の相手に無駄な消耗は控えたい』
実はこのファルメル、ルナツーと地球との直線上の通商破壊作戦を終えたばかりで、弾薬や物資に底が見え始めたが故の帰還途中であった。
そういう事情から、確実に落とせる方をシャア少佐は選ぶと言っている。
対空砲火の嵐、艦隊陣列の真ん中を突っ切る訳でもなく、たった2隻のサラミス級に遅れを取る機体ではないとカタログスペックは物語っている。あとはパイロットの力量次第だ。
「了解しました。ユキ・アカリ、ザク、発進する!」
カタパルトで射出される高機動型ザクⅡ。武装は対艦ライフルと120mmザクマシンガン、ヒートホークとオプションの対艦ライフル以外は至って標準の装備である。
しかし異なるのは、この高機動型ザクは両肩にシールドを装備している点だ。標準装備ではショルダースパイクとシールドという組み合わせだが、シールドに予備弾倉を懸架する都合上、両肩をシールドに変え、予備弾倉を持ち運ぶ事で継戦能力を上げているのである。
ミノフスキー粒子で長距離レーダーは使えないが、ファルメルからのデータリンクで敵艦の場所は把握している。
推進材の青い炎を燃やしながら高機動型ザクは宇宙を駆ける。
「悪手だよ。自分から位置を教えてくれた」
サラミスからの長距離艦砲射撃が始まる。直撃すれば一撃でザクを撃墜する攻撃も、当たらなければどうという事はない。
こちらを迎撃する為に迎撃機が上がってくる。
機種はお馴染みのセイバーフィッシュ。数は6。
MSに乗っていても脅威と感じる数だ。実際ルウム戦役で多数のセイバーフィッシュ相手に自分も死にかけた記憶がある。
それから八ヶ月。ラル大尉やマツナガ大尉、シャア少佐、時にはドズル閣下にもMSの手解きを受けさせて頂いてきた。
青き巨星、白狼、赤い彗星といった名だたるエースたちに師事を受けて、今さらセイバーフィッシュ程度に遅れは取れない。
ザクマシンガンのセーフティを解除。武装の射程の違いから、先制はセイバーフィッシュのミサイル攻撃から始まる。
しかしミノフスキー粒子散布領域では誘導兵器の誘導性はほぼ無力化される。
ミサイルの合間を縫う様に機体を滑り込ませて第一波をやり過ごす。
「そこだ!」
直線の機動力ならばMSよりも戦闘機の方が勝っている。ドッグファイトではなく一撃離脱戦法によって翻弄され、撃墜されるMSも少なくはない。それを知った連邦軍はMSに対する一撃離脱戦法を戦闘機のパイロットたちに徹底させた。
しかし攻撃を避ける技量があるのなら、6機が相手でも1機ずつ相手にすれば1対1を6回するだけだ。
だがそんな事をしていたら日が暮れてしまう。故に一撃必殺。一発も外さない気概でトリガーを引く。
3発程度の一射。それが次々とセイバーフィッシュの胴体に突き刺さり爆発を起こして宇宙の塵となる。
あっという間に6機のセイバーフィッシュを片付け、対艦ライフルに持ち換えながら、直掩を失ったサラミスへと接近する。
サラミスに対して直上に回り込む。対空砲や単装砲がそれを阻止しようと弾幕を展開するが、脚部に追加されたスラスターの推力で機体を直角に近い軌道で回避させる事で、偏差射撃を狂わせる。
対艦ライフルを放ち、対空砲を黙らせる。船体の向きを変えて主砲で迎撃を試みようとするサラミスだが、MSと比べて艦の動きは遅すぎる。
サラミスの甲板に着地し、ヒートホークで艦橋を切り裂き、甲板を蹴って離脱しつつ、艦橋を飛び越えて見えたエンジン部分に対艦ライフルを数発撃ち込めば、貫通した徹甲弾に内部を食い破られたエンジンは盛大な爆発を引き起こして自身の船体を呑み込んだ。
僚艦が撃沈されて残ったサラミスがこちらを近づけまいと弾幕を張るが、既に対空砲は黙らせている為、同じ方法で二隻目を撃沈する。
「なんて他愛もない。鎧袖一触ってこういうことか」
手応えを感じず、流れ作業で6機の戦闘機と二隻の巡洋艦を沈める。一機のMSの戦果としては申し分ない大戦果だが、心踊る戦場を知ってしまっている手前、今一食い足りない気分だった。
◇◇◇◇◇
ルナツー部隊の犠牲を払ってサイド7へ入港した新造艦を監視していたファルメルだったが、動きに変化を見せない連邦軍に対して3機のザクを偵察へと向かわせる。
そして連邦軍のMSを前にジーンが暴走。結果、2機のザクⅡを失う形となった。
2機のザクを失ったにしては戦果が薄いとして、V作戦の何らかの情報を持ち帰る為にシャア少佐は空間騎兵でのサイド7潜入作戦を決行。高機動型ザクの整備もあった自分は留守を任され、ノーマルスーツの一団を見送った。
そしておれはその戦場で初めて対峙したのだ。
後の白い悪魔と呼ばれる機体――ガンダムと。
「一撃でザクを墜とした……? なんてやつだ……」
その光景を見た時。背筋が凍る思いだった。正直生きた心地がしなかった。
戦艦並のビーム砲がMSの機動力を持って襲ってくるなんて悪夢も良い所だった。
『ムサイまで撤退する! 援護出来るか!?』
「了解しました! しかし――」
何時もとは声質が固いシャア少佐の声に返しつつも、おれは愛機の高機動型ザクを駆る。
「やられてばかりは!」
マシンガンで白いMSを撃つも、120mm弾が弾けて爆煙を生むだけで、其処には無傷のMSの姿があった。
「なんてMS! 直撃しているのになんともないの か!?」
恐怖だった。こちらの攻撃の通じないMSなど恐怖でしかなかった。
『無理をするな! そのMSは普通ではない!』
シャア少佐の言葉を聞くまでもなく、肌身で感じていた。
じっとりとパイロットスーツの中に汗が滲みる。
白いヤツがこちらを狙ってくるが、瞬時に機体を翻して回避行動に移る。一拍遅れてビームが通り去る。
「でもこれなら!」
どのみちシャア少佐の撤退を援護するには、白いヤツを抑えなければならなかった。この高機動型ザクの推力ならば多少は離れても十分合流できると確信があるからだった。
「素人か? 間合いが甘すぎる!」
確かに凄まじい攻撃力と防御力でも、その動き、挙動が全くの素人然としていた。
脚部スラスターで通常のザク以上に細かな軌道変更が可能であるこの高機動型ザクの性能ならば勝てる。そう確信を抱きながら白いヤツへ急接近する。
ビームライフルを向けてきても、撃つまでに一瞬の間がある。しかもフェイントに対しても素直に軌道を追って銃口が動くのを見て確信する。
「自動照準程度で……このザクが捕まるもんかよ!」
ヒートホークを抜き、白いヤツの上方から急降下し、背後に回って急速反転からの急上昇しつつ切り上げを放つ。
「なんと!?」
しかし白いヤツはヒートホークをビームサーベルを抜いて受け止めた。シャア少佐ですら破った必殺の一撃を受け止められた衝撃を隠すことなどできなかった。
白いヤツのパワーに押されて、機体が後退する。
「圧倒された!?」
ザクを軽々しく押し出したパワーに戦慄を隠せない。攻撃力と防御力だけでなく、純粋な機体出力からこの白いMSはザクを圧倒していると技術者畑の頭が警告を発していた。
「しかし、その大振りじゃ当たってやれない な!」
白いヤツが仕返しにとビームサーベルを降り下ろして来るが、ザクを瞬時に斬撃の軌道から脇に滑り込ませて退避させる。
「手土産に、破片のひとつも貰っていく!」
白いヤツの肩をザクの手で掴み、機体を押さえつけて思いっきりヒートホークを降り下ろす。
だが白いヤツは頭のバルカン砲を放ってザクのカメラを破壊したのだった。
「メインカメラを!? くそっ」
サブカメラに切り替わる間を待つまでもなく勘のままに機体を急速離脱させた。
『こちらは後退した! 離脱してくれ、中尉』
「了解しました。カメラをやられましたので、離脱します」
モニターが切り替わり、若干のノイズの走る光景で遠ざかる白いMSを睨み付ける。
「連邦軍の新型MS……あんなものが量産されたらジオンは」
ちらりと脳裏を過ぎ去る嫌な妄想だった。
だがそれを一抹に感じさせるほどの性能を見せ つけられた。パイロットは素人のはずだ。動きを見ればそれがわかった。なのに倒せなかったその性能を脅威と言わずなんとする。
そんな苦い苦汁を舐め、ガンダムとの初戦は戦術的な敗北と相成った。
◇◇◇◇◇
フィフス・ルナは資源採掘衛星ではあるが、月軌道にある為、ルナツーの駐留軍がその防備を任される立場にあるのだが。
戦略的に重要な価値もないために半ば放置されている様なものだった。
故にこそ、小規模な戦闘こそ起こったが大した妨害もなくネオ・ジオン艦隊はフィフス・ルナへと接触する事が出来た。
『核エンジン点火まで210分! 総員第一戦闘配備! MS部隊は展開急げ!』
「ロンド・ベル。やはり出てきたな」
ナイチンゲールのコックピットで状況を整理する。
サイド1のロンデニオンから既に艦隊が発進しているのは確認されている。
作業終了と共に核パルスエンジンは始動。フィフス・ルナは月軌道を離れる。
しかし計算によれば落下フェイズ3。つまりは地球のチベットのラサ地区へと正確に落下させる為の最終制動を掛けるタイミングでロンド・ベル艦隊に補足される。
しかしそれでは地球の重力に引かれてフィフス・ルナは落ちる。
阻止限界点を越える前にMSにゲタを使って投入してくる筈だ。
そうすればギリギリで間に合うタイミングではある。
だがこちらは拠点防衛の上に艦隊の支援もある。
ロンド・ベルは連邦宇宙軍でも腕利き揃いの部隊とも聞く。それこそ一年戦争やグリプス戦役、第一次ネオ・ジオン戦争を戦い抜いた強者も居ることだろう。
対するこちらのネオ・ジオンの母体は、ダイクン派を中心として、ハマーンのネオ・ジオン残党を吸収した組織だが。
兵の過半数が経験に乏しい新兵だ。
いくらシャアの求心力があっても、ザビ家再興を掲げていたハマーン派のネオ・ジオン勢力はシャアの粛清を恐れてその合流は問題を抱えていた。
故に、スウィート・ウォーターでは兵を新たに募る程と言えば、ネオ・ジオンの台所事情が知れるだろう。
そうした差をギュネイの様な強化人間とNT専用MSで埋めるしかない。
その役目は自分にも期待されているところであり、でなければシャア自身が出撃する必要だってないのだが。如何せん、一騎当千のエースパイロットを遊ばせている余裕がネオ・ジオンにはなかった。
「しかし展開が早いな」
予想ならエンジン点火後辺りにMSの第一波が接触すると思っていた。
いずれにせよ、最終防衛ラインとしてレウルーラはフィフス・ルナの核ノズルの前に位置し、ここにはシャアと己も居る。
如何にアムロだとしても、今の彼にはこちらを突破できる力はない。
「様子を見る必要がありそうか」
コックピットを閉じ、機体に火を入れる。
『ナイチンゲール、何があった。出撃許可は出ていないぞ』
レウルーラのブリッジから通信が入った。相手は作戦士官を務めるナナイだった。
「予想よりも敵の展開が早い。慣らしを兼ねて敵の動きを牽制する」
『そんな許可が出せると? ナイチンゲールは総帥の為の、ネオ・ジオンの象徴ともなる機体だ。余計な消耗は避けるべきだ』
「MSは棚に飾って愛でる人形じゃない。どのみち最終調整をするには一度出ないとわからない部分もある。ジオンの蒼き鷹を見くびっては困る」
ナナイの言い分はわかるが、このナイチンゲールならば早々墜ちはしない。
「総帥命令でもある。悪いが出させて貰うぞ」
シャアの名を出されては従うしかない。そもそもからして、作戦士官と副総帥ではこちらの方が立場は上なのだが。それでも彼女はシャアの不利益になるのならばこちらには臆する事もなく言葉を口にするだろう。
『ナイチンゲール出ます! ナイチンゲール発進!』
レウルーラのMSデッキが開放される。
カタパルトは使えない為、エネルギーケーブルを接続したままスラスターを噴かし、機体の加速度がついたところで切り離す。
MAに匹敵する大出力の推進力で飛び出す機体を操り、閃光が散らばる宇宙を駆け抜けた。
◇◇◇◇◇
ロンド・ベルのMS部隊は必死にフィフス・ルナへ向かっていた。
しかし、それを簡単に見逃すネオ・ジオンではない。
ベテランのパイロットが先行し、手練れのジェガン部隊を牽制する。新米パイロットたちはその隙を突いて迎撃する。
守勢であるからこそ、積極的に前には出ずに防衛線を維持させることで余計な消耗を抑えさせる。
だが決死の勢いでフィフス・ルナへ取り付こうとするロンド・ベルのMS部隊の勢いは凄まじい。
次々と防衛線を突破するジェガン部隊の中に混じる戦闘機がネオ・ジオン側の防衛線に血路を開いて、その穴をジェガン部隊は抉じ開けながら進んでいた。
突出する戦闘機に仕掛けたのはギュネイのヤクト・ドーガだった。
しかしそうはさせまいとジェガン部隊が戦闘機の盾になる。
「この感じ。そこに居るな、アムロ・レイ…!」
その戦闘機こそ、Zガンダムの量産検討試作機。
バック・ウェポン・システムによってウェイブライダーに変形しているリ・ガズィだった。
1個小隊のジェガンに囲まれ、ギュネイのヤクト・ドーガは身動きが出来ない様子だ。
このままではアムロをフィフス・ルナの核ノズルに到達させてしまうだろう。
「初陣のナイチンゲールには不足ない相手ではあるが」
というよりも、この機体はアムロを倒す為に用意した機体だ。相手がZガンダム程度の旧式相当の性能であっても乗っているのはあのアムロだ。
最終調整の為のテストにはうってつけの相手であるのは確かだ。
「これで終わるのならば、越したことはないが」
大型メガ・ビームライフルを構え、狙いをつける。
迸る閃光は一直線にリ・ガズィに向かっていくが、直撃の寸前で機首を跳ね上げて回避された。
「そう易々とやれるのなら、一年戦争で決着はついていたな」
避けると思っていたからそう驚きはしない。
ナイチンゲールをリ・ガズィへと向かわせる。殺人的な推進力でナイチンゲールは直ぐ様リ・ガズィへと追い縋る。
「速い! MA……、いや。MSか!?」
急接近するナイチンゲールに驚きを隠せないアムロ。いくらリ・ガズィが機動性が落ちているとはいえ、アウトレンジから一息吐く暇もなく追いつかれるとは思わなかったからだ。
「赤いMS……シャアか!」
「シャアでなくて悪いところだが。フィフスの核ノズルには触れさせんさ!」
ライフルを散弾モードに切り替えて、行き足を潰す。
そこままビームトマホークサーベルを抜き、リ・ガズィの頭上から急降下しつつ斬りかかる。
「ちぃっ!?」
だがアムロはその攻撃の軌道を先読みし、機体を傾けて回避するが、
先読みして回避しても追いつかれる脅威的な機動性と、此方の回避に合わせてくる呼吸。
獲物を追い詰める猛禽類の様なプレッシャーの正体をアムロは知っていた。
「やはりシャアのもとに居たか。ユキ!」
「赤い彗星の右腕である蒼き鷹が、赤い彗星と共に在って当然のこと!」
機体の性能差は歴然である事は最初の交差で理解したアムロはどうにかナイチンゲールを引き剥がそうとするが、WR形態によって機動性が下がっているリ・ガズィで最新鋭MSでありMAにも匹敵する推進力を持つナイチンゲールはそう易々と振り切れる相手ではなかった。
再度ナイチンゲールは加速してリ・ガズィを襲うが、アムロは機体をバレルロールさせ、機体底部を構成するシールドでビームトマホークサーベルの一撃をやり過ごす。
「ぐあっ! っ…、何故こんなものを地球に落とす! これでは地球は寒くなって人が住めなくなる! 核の冬が来るぞっ」
「地球に残った人類は自分達の事しか考えていない。自己利益と保身しか考えていない人々だ! アムロ、お前にだってわかる筈だ。その傲慢さがティターンズを生み、ニュータイプの未来すら脅かす。一年戦争の後、ニュータイプに自分達の権益を脅かされることを恐れた連邦政府に幽閉されたお前が心当たりがないとは言わせん!」
言葉と共に狙い澄ました大型メガ・ビームライフルから放たれたビームは、リ・ガズィのBWSの機首にあるメガ粒子砲を吹き飛ばした。
「メガ粒子砲が!」
フィフス・ルナを止める為の切り札をやられ、アムロは顔をしかめる。
BWSをパージ。振り向きながらビームサーベルを抜き、迫っていたビームトマホークサーベルをアムロは受け止める。
「ぐぅ! 地球には連邦政府とは無関係の人間もたくさん居る! そんな無関係の人間までも殺してなんになる!」
「そうまでさせる程の業を重ねてきたのは誰だ!! 一年戦争、グリプス戦役、ネオ・ジオン戦争を経ても地球は変わらなかった。地球を潰して、連邦政府を転覆させる事が出来るのならば、大量虐殺の汚名すら甘んじて受けようとも! 少なくともおれはその覚悟を持って此処に居る! アムロ、お前にそれほどの覚悟があるか? スペースノイドの自治権を獲得する為には、地球連邦政府は邪魔でしかない存在だ!」
一年戦争から変わらない。
MSに乗りたくて身を投じた一年戦争。しかしそれはいつしかスペースノイドの自治権を獲得するという目的を持った。それがニュータイプの世界を作るという夢にまでなった。
だがすべては地球連邦のお陰でスペースノイドの自治権獲得にすら至る事はなく、地球連邦は宇宙に住む人々を武力で抑圧してきた。
一番赦せないことは、そうしたものを嫌ってエゥーゴに参加した者たちでさえ、連邦政府での地位が約束されれば彼等の側に着いてスペースノイドを抑圧する側になってしまった事だ。
この5年間。そうして変わった地球圏を見たからこそ、シャアも立ち上がったのだとアムロにならばわかる筈だ。
「エゴだよそれは!」
「外側からも内側からも変えられないのならば、器を壊すしかない。そうでなければ人類に未来はない!」
「くぅっ。プレッシャーが増した!?」
ナイチンゲールのコックピットがある頭部が淡い蒼い光を放ち、それが機体を包み込んでいく。
リ・ガズィにもバイオセンサーが搭載されている。
だからこそ感じられるユキの力は自分よりも強い。それはアムロにひとりの少年の姿を思い出させた。
だが、ユキの放つそれはその少年のものよりも確かな芯があり、力強いものだった。
純粋な機体のパワーの差に加えて、サイコフレームの放つ輝きに包まれたナイチンゲールの握るビームトマホークサーベルから出力するビーム刃が巨大化していく。
ユキのニュータイプ能力がサイコフレームによって増幅し、ミノフスキー粒子に干渉してナイチンゲールの出力を増幅させているのだ。
ニュータイプが引き起こすサイコミュのオーバーロード。
それはアムロの駆るリ・ガズィに搭載されているバイオセンサーでも引き起こされる事象だが。それはその現象を引き起こすニュータイプの心を壊してしまうほどの危険なものだった。
「よせ! それではカミーユの二の舞になるぞっ」
「お前を倒せるのならば本望だ!」
サイコミュのオーバーロードによって感情が昂っている事がアムロにも感じ取れていた。
アムロとの決着はシャアが着けなければ意味がない。
しかしそれをわかっているはずなのに、今のユキにはそんなことは頭にはなかった。
それは心の奥底に抱いていた感情が、サイコフレームの感応によって呼び起こされているからだった。
高出力のビーム刃によって機体表面の耐ビームコーティングを焼かれながらギリギリの所でリ・ガズィは踏み留まっていた。しかし少しでもナイチンゲールが本気で掛かればその刃に倒れる事をアムロは理解していた。
なのにビーム刃を切り結んだ状態を維持できているのはやはりユキが本気でアムロを倒そうとは思っていないからだった。
それはユキの目的がフィフス・ルナに向かうロンド・ベルの牽制と、ナイチンゲールのテストであったからだ。
サイコフレームの感応によって心の奥底に抱いていた感情が呼び起こされていても、それで自らを見失う程軍人として浅くはない。
「ユキ、ヤツとの戯れ言は止めろ!!」
「ハッ!?」
「まだ援護が居た!?」
切り結ぶリ・ガズィとナイチンゲールを引き裂く様にビームが両者の間を過ぎて行く。
リ・ガズィとナイチンゲールの間に割って入ったのはサザビー。そのパイロットは誰なのかを確かめるまでもない。
「シャアか!?」
「シャア…」
目の前のアムロ、そして背後のユキからの視線を感じながら、シャアは意識をアムロに向けたまま視線を背後に配る。
「帰還するぞユキ。既にフィフスの投入は終わった」
ナイチンゲールが蒼い光に包まれている光景はシャアにも見えていた。
いや、サイコフレームとの感応によって昂るユキの気配に胸騒ぎを覚えてMS部隊の撤退支援を放り投げて飛んできたのだ。
「このまま行かせると思うのか!」
「情けないMSでこのサザビーは墜とせんよ!」
アムロのリ・ガズィがビームライフルを撃つ。しかしシャアのサザビーはその撃ち出されたビームを、ビームショットライフルで撃ち落とす。
そのまま背中のコンテナからファンネルを射出した。
「ちぃっ」
舌打ちしながらアムロは機体の両腰のミサイルランチャーを放ち、そのミサイルランチャーに向けてビームライフルを撃ち込む。
撃ち抜かれて爆発を引き起こしたミサイルランチャーによる閃光は目眩ましとなる。
だがファンネルを操るシャアはそれでも明確にリ・ガズィの姿を捉えていた、ファンネルに攻撃の指示を送る。
幾条も放たれたレーザーの1発がリ・ガズィの右足を撃ち抜く。
「ぐあっ」
「脚をやられてはZ系はどうにもなるまい」
リ・ガズィの見た目からシャアは脚部にジェネレーターがあると見てのことだった。
実際にはリ・ガズィはZガンダム程の変形機構は持っていない為に胴体にジェネレーターを搭載しているが、どのみち片方の脚をやられて崩れた機体バランスでサザビーとナイチンゲールを相手出来るとはアムロも思っていない。
BWSのメガ粒子砲をやられた時点でほぼ勝敗は決していた。そこに来て赤い彗星と蒼き鷹だ。
今のアムロはシャアとユキが手加減をしているから生きているという屈辱を味わっていた。
「このフィフスの落下を阻止できないどころか、こんな無様を晒し出す事しか出来ないとはっ」
ナイチンゲールの腕を引いて撤退して行くサザビーを見送るアムロ。
コンソールに叩きつけた拳は虚しさを増長させるだけだった。
◇◇◇◇◇
「ララァ」
「あら、ユキ。もう出撃よ?」
「わかってるよ。わかってはいるけど、心配だから一言くらいかけに来てはいけない?」
「うふふ。心配ないわ。大佐が守ってくださるもの」
「でも、次の戦闘は厳しいものになるし。どうしようもなく不安で、イヤな感じがするんだ。上手く言葉に出来なくてわかりにくいと思うけど」
「あなたの気持ちは嬉しいわ。でも私は、私を救ってくれた人の為に戦いたいの。あなたにもわかるでしょう?」
「そうだけど、わかるけど」
ララァ・スン――。
シャアに紹介されて出逢ったひとりの少女。
彼女と出逢った時。涙が溢れて止まらなかった。ようやく出逢えた仲間に、荒んだ心を洗われた安心感が、心に貯めていたものを堰を切れさせた。
ニュータイプ同士という共通点から、おれと彼女は友人となった。淡い恋心すら抱いていただろう。たとえ彼女がシャアを好いていても、それはそれで良かった。ララァとの時間が戦いで荒んだ心に安らぎをくれたのだから。
互いにニュータイプだてらに多くを語らずともわかってしまうから、彼女を止められないことくらいわかってしまう。それにニュータイプ専用MAエルメスの戦力の強力さは目にしているから、今さら彼女を出撃させないという選択肢はないのだ。
「シャア大佐。本当に彼女を使うつもりですか?」
「ああ。エルメスの力は強力だ。彼女の力があれば、この戦場もすぐ終わる」
「そうですか。でもとてつもなくイヤな予感がする。十二分に気をつけてあげてください」
「わかっているさ。私とて、彼女を失うわけにはいかんのだからな」
出撃を前にしてシャアと交わした言葉。予感と言う不確かな物言いはしていても、この時の自分は確かな確信を抱いていた。
だが、作戦行動に自分の意見を挟み込める立場でもなかった。だからこそ信頼を置く人に話すしかなかった。
だが悲劇は必然のように訪れた。
「大佐! 間合いを開けて!!」
「ユキか!?」
ガンダムと戦っていたシャアのゲルググを援護する為にビームバズーカを向ける。
「中れよおおお!!」
「なにぃ!?」
放たれたビームバズーカはガンダムのシールドを直撃して吹き飛ばすが、反撃で撃たれたビームライフルがバズーカの先端を食い破っていった。
「ええいっ! ソロモンからそんなに経っていないのに、また強くなってくれて!!」
ジオン宇宙攻撃軍所属だったユキは雪辱のソロモン戦にてガンダムと対峙していた。結果は愛機である高機動型ザクを失う惨敗を期したが、その時と比べてもガンダムの動きが数段洗礼されていた。
使い物にならないビームバズーカを捨て、腰にマウントしていたMMP-80 90mmマシンガンを握ってガンダムを撃つ。だが横合いから来たビームにガンダムから注意を離さざるえなくなる。
「なんだ!? 戦闘機が邪魔をする!?」
戦闘機――コア・ブースターに向けてマシンガンを撃つが、まるで狙いを読まれているように回避していった。
「このドムを墜とせば…!」
「ちょこまかとして!」
「ダメです! セイラさんさがって!!」
「回避しろ、ユキ!!」
シャアの声が聞こえた時にはガンダムのビームライフルから放たれた閃光が、機体の右脚を貫いた後だった。
「うわああああああ!!!!」
貫かれた右足のエンジンが誘爆しなかったことは不幸中の幸いだったが、推力の下がった機体で彼らの動きに追随する腕が、ユキにはなかった。
「ユキ…! おのれガンダム!!」
シャアのゲルググがガンダムのビームライフルをビームナギナタで切り裂いた。だがガンダムは即座にビームサーベルを抜きシャアと切り結び始めた。
その間にもララァのエルメスはコア・ブースターと撃ち合い、その光景をユキは見守るしか出来なかった。
ビームナギナタを持つ赤いゲルググの右腕を、ガンダムのビームサーベルが切り裂き、トドメを討つと言わんばかりにガンダムはゲルググに肉薄した。
「くうううううっ!!」
それは回避も間に合わない致命的な間合いだった。
「大佐!!」
だが。ゲルググを突き飛ばしたエルメスのコックスピットへ、吸い込まれようにガンダムのビームサーベルが突き立てられた。
「ラ、ラァ……」
目の前の現実が信じられなくて、間抜けな声しか出せなかった。
エルメスから光が広がっていって、星々の銀河が流れる幻想の中に居た。
人の思惟が極限にまで達した世界には、もう敵も味方もなにもなかった。ただこの時刻を共有出来る想いを噛み締める者たちだけが、ここにいた。
(人は……変わっていくわ。私たちと同じように)
「そうだな……ララァの言う通りだ……」
(アムロは……本当に信じて…?)
「信じるさ…。君ともこうしてわかり合えたんだ。人はいつか、時間だって支配できるさ……」
(ああ……アムロ、刻が見える……)
永遠のように長く、一瞬のように短い刻の中での語らい。それが過ぎ去ったあとにはエルメスは光の中に消え、すべてが失われてしまったことを嫌でも叩きつけられた。
「うそ、でしょ……。ねぇ、うそなんだろ? ウソだって言ってよ、ララァ!!」
胸が引き裂かれそうな痛みに、涙が溢れてくる。
(優しい子。私の為に泣いてくれるのね……)
「ぅぅっ、ラ、ラァ……。ララァ……、ララアアアアアアア!!!!」
魂の奥底からの慟哭。大切な物を喪った悲しみ。決して癒せない心の傷だけが残った。
この時から自分の魂は過去に囚われ続けているのだろう。
アムロとシャア、そして自分も。
自分達はひとりの少女に取り込まれたままだ。
to be continued…