-BEYOND THE TIME-Re:CCA   作:星乃 望夢

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エレガントの次はニュータイプまで頭を駆け巡りだしたから昔のを手直ししました。


第1話 ルウム戦役

 

 おれの父は、モビルスーツの設計技師だった。

 

 根っからの技術屋で、ジオン公国軍を象徴する傑作機、ザクの設計・開発の末席に名を連ねるほどの男だった。

 

 そんな経緯があって、おれは学校が終わった放課後に、軍の施設へ出入りし、MSのシミュレーターのテストモニターとして開発に協力していた。

 

 父も機体のフィードバックやデータサンプリングの一環として、おれにシミュレーターを触らせてくれた。

 

 最初はゲームセンターにある体感型のアーケードゲームと同じような感覚で、ただ面白半分に遊んでいただけだった。

 

 しかし、重厚な操縦桿を握り、スラストペダルを踏み込んだ時の、あの機械と自分が一体化していくような不思議な感覚が手足に馴染んだのを、今でも鮮明に覚えている。

 

 初めて実機のザクⅠが起動するのを見た時は、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

 それまでアニメや映画の中でしか見たことのない、鋼鉄の巨人が二足歩行で大地を踏みしめ、力強い駆動音を響かせて目の前に存在しているのだから。

 

 それは、一人の少年の心を永遠に虜にするには十分すぎる光景だった。

 

 そんなMSのパイロットになるために、おれは迷うことなく士官学校の門を叩いた。

 

 多分、人間が一生の間に費やす努力の全てをあの数年間に注ぎ込んだのではないかと思うくらいに、血を吐くような思いで座学と厳しい肉体訓練に励んだ。

 

 結果的に飛び級を果たし、宇宙世紀0079年、ルウム戦役開戦のわずか一週間前に、ようやく念願のMSパイロットとしての任官を受けた。

 

 戦術理論などの座学で少々もたついたことは否めないが、実技に関しては誰にも負けない自負があった。

 

 士官学校校長をしておられたドズル・ザビ閣下からは豪快な笑い声と共に肩を叩かれ、卒業試験にて実技教官を担当されたあの歴戦の勇士、ランバ・ラル大尉からも「実戦でも通用する良い勘をしている」と、直々のお墨付きを頂いた程だった。

 

 しかし、本物の戦場は、そんな子供のヒロイックな夢や憧れが通用するほど生温い場所ではなかった。

 

 開戦の火蓋が切られた途端、宇宙空間は無慈悲な死の坩堝と化し、剥き出しの殺意が牙を剥いて襲い掛かってきた。

 

「いやだ、いやだいやだやだやだやだやああああああっ!!」

 

 ヘルメットの中で自分の声が反響する。恐怖で錯乱状態になり、呼吸は浅く早く、心臓が肋骨を突き破らんばかりに早鐘を打っている。

 

 それでも、シミュレーターで嫌というほど叩き込まれた生存本能と反復練習の記憶が、身体を勝手に動かしていた。

 

 おれの搭乗するザクⅡC型は、地球連邦軍の主力戦闘機である6機のセイバーフィッシュに完全に包囲されていた。

 

 これでも最初は12機に囲まれていたのだから、ここまで生きていたのが奇跡に近い。ミノフスキー粒子が濃密に散布され、レーダーが機能不全に陥り有視界戦闘を余儀なくされる中、小隊を組んでいた僚機たちは、開戦早々にセイバーフィッシュのミサイルの雨とサラミス級巡洋艦の濃密な対空砲火に呑まれ、言葉を交わす暇もなく宇宙の塵となって散っていた。

 

 誤射を避けるためにサラミスからの砲撃が大人しくなったのが、唯一の幸いだった。

 

 おれはサラミスの巨大な船体にへばりつくようにザクを這わせ、セイバーフィッシュからも積極的に攻撃させない位置取りを死に物狂いでキープした。

 

 隙あらば120mmマシンガンを放って牽制し、しびれを切らしてサラミスから引き剥がそうと強引に突っ込んできた機体は、その機動力のベクトルを逆手にとり、足場にして方向を変えるための土台として蹴り飛ばす。

 

 全身を圧迫する強烈なGと戦いながら、ただひたすらに死の淵を逃げ回っていた。

 

「死にたくないっ、死んでたまるかあああああーーっ!!」

 

 情けない、喉が裂けそうな悲鳴を上げながら、280mmバズーカのトリガーを引く。

 

 反動で機体が大きく揺れる中、放たれた弾頭がサラミスの最後の対空砲塔を根元から吹き飛ばし、完全に沈黙させた。

 

 残弾がゼロになったバズーカをデッドウェイトと判断し、即座に手放す。

 

 残る敵はセイバーフィッシュのみだが、おれの体力と精神力はとうに限界を超えていた。

 

 接敵からまだ10分も経っていないというのに、極度の緊張と恐怖の連続は、体感的には何十時間も休まず戦い続けているように錯覚させた。

 

 パイロットスーツの中は自身の冷や汗で濡れ、焦燥感が全身を蝕んでいく。

 

 死という圧倒的な重圧感に、心身が悲鳴をあげているのがわかる。

 

 もう操縦桿を握る手は痙攣し、ペダルを踏む足は鉛のように重い。

 

 動けなくなったMSなど、宇宙空間においては単なる巨大な標的でしかない。

 

 MSという画期的な兵器を持たない連邦軍からすれば、無傷で鹵獲できるザクは喉から手が出るほど欲しい獲物だろう。

 

 だが、中に乗っているパイロットの自分は、彼らにとって何の価値もない、ただの邪魔な肉塊であり、いくらでも替えが利く人間にすぎない。コクピットごと撃ち抜かれて終わるだけだ。

 

 その事実が余計に死の恐怖を鮮明に連想させる。

 

 生きたいなら、敵を殺さなければならない。

 

 相手もまた生きるために必死なのだ。

 

 サラミスを事実上無力化したことで、味方艦への誤射の恐れが無くなったセイバーフィッシュたちが、いよいよタガが外れたような過激な機動で殺到してくる。

 

 サラミスという巨大な障害物があることで、まるで暗礁宙域の小惑星の周りでドッグファイトをしているような状況だ。

 

 だが、障害物を気にせず全方位から撃ちまくれるあちらの方が、圧倒的に動きやすくなってしまったのは明白だった。

 

「こんなところで、死んでたまるかあああああ!!」

 

 おれはヤケクソ気味にサラミスの船体の装甲の隙間をマニピュレーターで鷲掴みにし、それを支点にして機体をAMBACの限界ギリギリのGで急旋回させた。

 

 腰部のマウントラッチからヒートホークを引き抜く。

 

 赤熱する斧の刃が、後ろからオーバーシュートして突っ込んできたセイバーフィッシュの機首からコックピットにかけてを、バターのように滑らかに熔断した。

 

 爆発の閃光がメインカメラを真っ白に染め上げる。

 

『そこのザク、よく持ち堪えたな』

 

「え?」

 

 突然、ノイズ混じりの通信から、酷く冷静で、不思議と耳に心地よい声が聞こえた。

 

 その直後、おれを包囲してトドメを刺そうとしていた残りのセイバーフィッシュが、宇宙の闇から飛来した正確無比な弾丸に次々と貫かれ、瞬く間に火球となって爆散していく。

 

「赤い……ザク?」

 

 モニター越しに見えたのは、全身を鮮烈な赤に染め上げた一機のザクⅡだった。

 

 漆黒の宇宙空間において、これでもかと目立つ、ある意味で狂気すら感じる塗装。

 

 だが、その機体は信じられないほどの推進力と、物理法則を無視しているかのような滑らかな機動で空間を完全に支配していた。

 

 助けてくれたのか。

 

 そう思考が認識する前に、死地を脱したという安堵感がどっと押し寄せ、全身の筋肉が脱力してシートに深く沈み込みそうになる。

 

『此方は、シャア・アズナブル中尉だ。応答を願いたい』

 

 何時の間にか、その赤いザクのモノアイはおれの機体を真っ直ぐに見据えており、レーザー通信による接触回線が繋がっていた。

 

 はっ、として、おれは霞みかける意識を叩き起こし、強引に思考を再起動させる。

 

 相手は将校、しかも命の恩人たる上官だ。失礼があってはならない。

 

「ハッ! おれ、あ、いや。自分はユキ・アカリ曹長であります!」

 

『若いな……。一人の様に見えるが、作戦行動中かね?』

 

「いえ、自分を除いて、所属小隊の仲間は全て沈んでしまいました……です」

 

 唇を噛み締めながら報告すると、一瞬の沈黙の後、静かな声が返ってきた。

 

『成程。……ならば私と来るが良い、これから連邦の戦艦を落としに行くぞ。恐怖で無理だと言うのであれば、近くの味方僚艦まで送り届けるが?』

 

 まだ実戦経験もない若い小僧であることを見透かされ、気を回させてしまったのだろう。

 

 シャア中尉はおれに、このまま共に地獄へ進むか、安全な後方へ下がるかの選択肢を与えてくれた。

 

 しかし、MSはジオン公国軍の切り札であり、今このルウムの戦場において間違いなく戦局を左右する機動兵器の頂点に君臨している。

 

 たとえ中身が恐怖に震える新兵であろうと、貴重な戦力を後方で遊ばせておく余裕など、今のジオンにはないのだ。

 

 それに、ここで逃げ帰れば、散っていった仲間たちに顔向けができない。

 

 おれは腹の底から勇気を振り絞り、声を張り上げた。

 

 先程までの震えや気遣いは無用だと、自らを鼓舞し、虚勢を張るように。

 

「ハッ、了解しました! これよりアズナブル中尉の指示に従い、行動します!」

 

『良い返事だ。そう硬くなる必要はない……行くぞ』

 

 思えばこれが、おれの人生を決定づける「運命」との出逢いだったのかもしれない。

 

 この時、シャア・アズナブルという男と出逢わなければ、おれは間違いなくあそこで死んでいた。

 

 もし奇跡的に生き延びていたとしても、一介の凡庸なパイロットとして生涯を終え、人の革新たる「ニュータイプ」が切り開く未来のビジョンを夢見ることもなかっただろう。

 

 後に深く愛し、そして喪うことになるあの少女、ララァ・スンと巡り逢うこともなく、名もなき星屑の一つとして宇宙の闇に消えていただろう。

 

『私が切り込む。遊撃と援護を頼むぞ、曹長』

 

「了解しました!」

 

 強烈な弾幕が飛び交う宙域を、まるで優雅なワルツを踊るように駆け抜ける赤いザク。

 

 その背中に見惚れ、引き寄せられるように、おれはスラスターを吹かして後を追う。

 

 先程の恐怖が嘘のように、頭が極限まで冷えていくのを感じていた。

 

 赤いザクの動きに連動し、自分と同じ様に赤い光に気を取られ、引き寄せられてくる哀れなセイバーフィッシュたちに向けて、その予測進路の先へ120mmマシンガンの三点射を置くように放つ。

 

 狙い澄ました1発目は機首を胴体から抉り飛ばし、続く2発目は胴体中央に致命的な風穴を開け、最後の3発目がメイン推進器を直撃し、機体が火花を散らして爆散する。

 

 まるで赤い光に吸い寄せられる羽虫を機械的に叩き落とす様に、ひたすらセイバーフィッシュを処理していく。

 

 爆散しなかった機体の残骸や、中破して漂流する敵艦の装甲を足場にして蹴り飛ばし、姿勢制御のプロペラントを節約しながら前へ前へと加速する。

 

 シャア中尉の神懸かった動きは止まらない。

 

 彼が連邦の巨大なマゼラン級戦艦の死角に潜り込み、艦橋にザク・バズーカを的確に叩き込んで指揮系統を物理的に粉砕したその瞬間。

 

 おれはすかさず、背部にマウントしていた135ミリ対艦ライフルを構え、剥き出しになったマゼランのメインエンジン部をピンポイントで撃ち抜いた。

 

 巨大な徹甲榴弾が装甲を貫通して内部で炸裂し、誘爆を引き起こす。

 

 宇宙を真昼のように照らす盛大な光と共に、連邦の誇るマゼラン級が太陽となって轟沈していく。

 

 あっという間に単機で五隻の船を沈めて見せるその凄まじい腕前と戦場の支配力に、士官学校で「優秀だ」と持て囃され、心知らず天狗になっていた自分を心の底から恥じた。

 

 上には上が居るのだ。

 

 圧倒的な「本物」が目の前にいる。

 

 だからこそ、もっと、この光景を見てみたくなった。

 

 自分の全く知らない、常人には到達不可能な境地を見ている高揚感が、恐怖を完全に上書きし、熱い血が四肢を駆け巡り、おれのMSを手足のように躍動させる。

 

 マシンガンでまとわりつくセイバーフィッシュを容赦なく撃ち落とし、対艦ライフルでマゼランの艦橋とエンジンを次々と撃ち抜き、確実に撃沈へと追いやる。

 

 ライフルを撃ったことによる反動で僅に衰えたスピードを、撃破した敵の残骸を踏みつける反発力で無理やり加速に変え、まさに彗星の様に戦場を縦横無尽に駆け抜ける赤いザクに、必死に、ただ必死に食らい付く。

 

 今はまだ、彼の背中に着いていくだけで精一杯だ。

 

 隣に並ぶことなど到底できない。

 

 でも、絶対に置いていかれたくない。

 

 負けたくないと思う一心で、操縦桿を握りしめる。

 

 それはパイロットとしての、いや、男としての意地と、絶対的な強者に対する純粋な「憧れ」だった。

 

『素晴らしい。私の機動に遅れずに着いて来れるとは、中々の腕だな。曹長』

 

「いえ、そんな。必死に着いていくので精一杯です」

 

『世辞のつもりはなかったのだがな。謙遜することもないぞ。君のMSの操縦センスと空間認識能力は確かだ。私が保証しよう』

 

「……恐縮です!」

 

 激戦が終わり、ルウムの宙域が不気味なほどの静寂を取り戻した時、自らのスコアを確認して背筋が凍った。

 

 サラミス級巡洋艦4隻、マゼラン級戦艦1隻撃沈。たった一人の新兵が初陣で上げるには、あまりにも異常で、恐ろしくなるような大戦果だった。

 

 だが、目の前を飛ぶシャア中尉は、あの圧倒的な弾幕の中で単機でマゼラン2隻とサラミス3隻を沈め、敵の主力艦隊の中枢を完全に壊滅させていた。

 

 この常軌を逸した功績によって、シャア中尉は一気に二階級特進して少佐へと昇進し、その赤い機体色と驚異的な機動力から、連邦軍から恐怖を込めて『赤い彗星』の異名で呼ばれる事となった。

 

 そして、それに付随して誰が言い始めたのやら。彼の背後で的確に敵を仕留め、青いパーソナルカラーの機体で冷徹に戦場を舞った自分も『蒼き鷹』という身に余る異名を賜り、曹長から中尉への特別昇進が決定してしまった。

 

 周囲からは、次代のエースとして期待以上の成果を常に求められる重圧を背負うことになってしまったのだ。

 

 そんな熱狂と喧騒の中にあって、おれはシャア少佐の直属の部隊へ引き抜かれ、共にソロモン要塞での勤務と相成った。

 

 そこから始まる激動の一年戦争の記録、そして地球圏の命運を分かつ数々の戦いは、また別の話である。

 

 ただ一つ確かなのは、このルウムの戦場で、血と硝煙に塗れた宇宙で彼の背中を見た時の自分は、「真のエースパイロットというのは、まさにこの目の前にいる男のことを言うのだろう」と、魂の底から畏敬の念を抱いていたということだ。

 

 

 

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