-BEYOND THE TIME-Re:CCA 作:星乃 望夢
宇宙世紀0079年、1月3日。
この日、地球から最も遠いサイド3・ジオン公国は、かねてより周到な準備を進めていた独立戦争の火蓋を切って落とした。
相手は、地球圏すべてを統治する巨大な官僚機構、地球連邦である。
開戦から僅か一週間という信じがたい短期間で、ジオン公国軍は親連邦派であった三つのサイドを強襲し、壊滅させた。
さらに、あろうことか住人を毒ガスで虐殺した巨大なスペースコロニー自体を、質量弾として地球へ落下させるという悪夢のような「ブリティッシュ作戦」──コロニー落としを敢行した。
目標は地球連邦軍の最高中枢たる南米ジャブロー。
それを一撃で粉砕し、早期講和に持ち込むという戦略だった。
しかし、事態はジオンの思惑通りには進まなかった。
連邦軍の決死の迎撃と軌道計算の僅かな狂いにより、コロニーは大気圏突入時の空力加熱と負荷に耐えきれず崩壊。
いくつもの巨大な破片となって地球へ降り注ぎ、その最大質量を誇る前部がオーストラリア大陸のシドニーを直撃した。
一つの大都市が、そして数百万の命が、文字通り地図上から「消滅」したのだ。
その後、致命傷に至らなかった連邦軍に対し、ジオンは再度のコロニー落としを画策。
標的をサイド5「ルウム」へと定め、大艦隊を進発させた。
迎え撃つ連邦軍は、歴戦の猛将ティアンム提督とレビル将軍が率いる大艦隊。
その戦力比は1対3と、常識的に考えればジオンに勝ち目など皆無の圧倒的な物量差であった。
だが、「ミノフスキー粒子」による電波障害下での有視界戦闘、そして人型機動兵器「モビルスーツ」を駆使したかつてない三次元的奇襲戦術の前に、連邦軍は宇宙艦艇の実に八割を喪失するという歴史的な大敗を喫することとなった。
極限の死地となったルウムの暗礁宙域で、生き残るために必死で操縦桿を握り、ひたすらに『赤い彗星』の背中を追いかけていたユキ・アカリもまた、その凄惨な戦場の中で、ジオンの絶対的な勝利をこの目に焼き付けていた。
◇◇◇
ルウム戦役での歴史的勝利。
この切り札を突きつけ、ジオンは連邦軍に対して事実上の降伏を迫った。
破竹の勢いで進撃するジオンの驚異的な戦果を前に、連邦政府内部でも徹底抗戦の意志は揺らぎ、降伏論へと大きく傾いていたと聞く。
おれを含め、前線で血を流した兵士たちの誰もが、これでこの狂った戦争は終わるのだと信じていた。
だが、運命はひどく残酷な悪戯を好むらしい。
捕虜としてジオン本国に幽閉されていたはずのレビル将軍が、連邦軍の特殊部隊の手引きにより奇跡的な脱出を果たしたのだ。
そして彼は、ジオン本国の疲弊しきった内情を直接その目で見てきた事実を盾に、「ジオンに兵なし」という歴史的な大演説を世界に向けて打った。
そのたった一つの演説が、消えかけていた連邦の戦意を再び燃え上がらせてしまった。
かくして、早期講和の道は完全に閉ざされ、泥沼の戦争は今も続いている。
そして、時は無情にも過ぎゆく。
両軍が決定的な打撃力を欠き、重苦しい膠着状態となって八ヶ月あまりが過ぎた、宇宙世紀0079年9月──。
「……ジャブローから上がってくる艦艇でありますか?」
「うむ。距離が遠くて光学観測でも詳細な艦影は不明だが、その熱紋と推進剤の航跡を見る限り、今までのマゼラン級やサラミス級とも異なった船である事は間違いない」
暗礁宙域を縫うように航行する、ムサイ級軽巡洋艦ファルメルの艦橋。
MS部隊の副隊長という分不相応な身分を預かるおれは、出撃の合間の機体整備が完了した報告がてらブリッジへ顔を出したところで、艦長であるドレン大尉から地球のジャブロー基地から打ち上げられた謎の艦艇の存在を知らされた。
「連邦軍の新型艦か。行き先はルナツーで間違いないだろうが、少し気になるな」
作戦卓の前に立ち、腕を組んでそう低く呟くのは、紅の軍服を隙なく着こなし、特徴的なマスクで素顔を隠すこの隊長──シャア・アズナブル少佐だった。
「それに同調してか、ルナツーからも複数の艦艇の発進が見受けられます」
オペレーターが緊迫した声でモニターの光点を指し示す。
「ほう。先の戦いで艦隊の再建すらままならぬはずだろうに、態々迎えの護衛艦を出すほどの重要な代物というわけか」
少佐の唇の端が、面白そうに僅かに吊り上がった。
先のルウム戦役により宇宙艦艇の大部分を失った連邦軍は、制宙権を完全に喪失している。
今の彼らに残されているのは、小惑星基地ルナツーと、未完成のコロニーであるサイド7だけが、宇宙における細々とした活動拠点となっているに過ぎない。
ジオン軍は、そのルナツーへさらに圧力をかけるために地球との補給線を断つ通商破壊作戦を継続的に行っており、ルナツーは強固な岩盤の奥深くに引きこもり、徹底した籠城の構えを取っていた。
そのルナツーから、リスクを冒してまで艦艇が発進する。
航路とタイミングから見ても、ジャブローから打ち上げられた新造艦との合流と護衛が目的である可能性は極めて高い。
「ふむ。ユキ中尉は出られそうかな?」
不意に、思案を巡らせていたシャア少佐から声がかかった。
「はっ。自機の推進剤および弾薬の再装填、関節駆動系のチェックは完了しております。いつでも発進可能です」
踵を合わせ、敬礼と共に返答する。
「よし。ならせっかく顔を出してくれたのだ。中尉には少々、モグラ叩きをして貰おうか」
「了解しました。380秒で出撃準備を整えます」
「わかった。ファルメルは前進し、ミノフスキー粒子散布濃度を上げろ。連邦軍の新造艦の動きをトレースする」
「了解しました! ファルメル、微速前進! 新造艦の尻尾を掴むぞ」
ドレン大尉の太い号令を背中で聞きながら、おれはブリッジを辞して無重力の通路を蹴り、格納庫へと急いだ。
本来、MSのパイロットであれば、宇宙空間での不測の事態──被弾によるコックピット内の減圧や生命維持の喪失──に備えて、必ず気密性の高いノーマルスーツを着用すべきである。
しかし、一分一秒の時間が惜しい緊急の出撃時には、こうして軍服のままMSに乗り込むこともある。
何より、シャア少佐ご自身がノーマルスーツを着ることはほとんどない。
少佐曰く「自分は撃墜されないから必要ない」という絶対的な自信の表れであり、着ないこと自体が必ず無事に生還するという強い意気込みの儀式的な意味合いもあるらしい。
その背中を追うおれもまた、いつしかそれに倣うようになっていた。
慌ただしい熱気に包まれたMSデッキには、標準塗装のザクⅡF型が3機、そしてシャア少佐の専用機である赤いザクⅡS型が固定用のアームに抱かれて並んでいる。
そして、その並びの端に、他のザクⅡとは明らかに異質なオーラを放つ一機が鎮座していた。
脚部にスラスターを三基ずつ増設し、背部のランドセルも大型の高出力ジェネレーターを搭載したものへと換装。純粋な宇宙空間での機動性と加速力にパラメーターを全振りした、ピーキー極まりない怪物。
MS-06R-1高機動型ザクⅡ。
『蒼き鷹』のパーソナルカラーたる、深い海のような群青色に塗装されたこの機体こそが、今のおれの愛機だった。
コックピットに滑り込み、シートベルトを締めながらメインジェネレーターを点火する。低く唸るような駆動音と共に、モニターが次々と光を灯していく。
システムチェックの最中、ブリッジから通信が入った。相手はシャア少佐だ。
『中尉。連邦の新造艦はどうやら、ルナツーではなくサイド7へ向かうらしい』
「サイド7? あそこは確か……」
サイド7。
ルナツーから比較的距離が近いという地理的要因によって、唯一連邦側で戦火による壊滅を免れた建設途中のコロニー群だ。
そして、軍内部では、連邦軍がジオンのザクⅡに対抗し得る「新型モビルスーツ」の極秘開発を行っている場所だとも囁かれている。
『中尉も知っての通りだ。噂のV作戦……あの木馬のような新造艦は、その連邦製MSを運用するための専用母艦だと私は考えている』
「如何なさいますか? 少佐のご命令とあらば、自分が木馬に先行して仕掛けますが」
この高機動型ザクⅡの加速力をもってすれば、新造艦の足に追いつくことなど造作もない。
旧式のサラミスを二隻落とすよりも、連邦軍の次世代構想の要たる新造艦をこの場で沈める方が、戦略的な意味は遥かに大きいはずだ。
『いや、当初の予定通り中尉はルナツーからの部隊であるサラミスを叩いてくれ。能力が未知数の相手に、今の我々の戦力で無駄な消耗は控えたい』
その言葉の裏にある台所事情をおれは即座に理解した。
実のところ、このファルメルはルナツーと地球とを結ぶ直線航路上での長期間の通商破壊作戦を終えたばかりであり、艦に積載されている弾薬や推進剤の備蓄、交換用の予備パーツに深刻な底が見え始めたが故の、本国への帰還の途上にあったのだ。
そういう逼迫した事情があるからこそ、シャア少佐は不確実な賭けよりも、手堅く「確実に落とせる方」をおれに任せたのだ。
対空砲火の嵐が吹き荒れる敵艦隊の陣列のど真ん中を単騎で突っ切るような無謀な作戦でもない。
ルナツーからのお迎えである、たった二隻のサラミス級巡洋艦。
このR型のカタログスペックと推力をもってすれば、遅れを取るような相手ではない。
あとは、パイロットであるおれの力量次第だ。
「了解しました。ユキ・アカリ、ザク、発進する!」
カタパルトの強烈なGが全身をシートに押し付ける。
射出された蒼いザクは、漆黒の宇宙空間へと滑り出た。
武装は右手に135ミリ対艦ライフル、腰部に120ミリザク・マシンガンとヒートホーク。オプションの対艦ライフルを持ち出している以外は、至って標準的な携行装備である。
しかし、この機体が通常のザクと決定的に異なるのは、両肩に堅牢なシールドを装備している点だ。
標準的なザクは右肩にL字型シールド、左肩に格闘戦用のショルダースパイクという非対称の装甲配置だが、おれの機体はシールドの裏側にマシンガンやライフルの予備弾倉を複数懸架する都合上、両肩ともシールドに換装している。
純粋な防御面積の拡大に加え、前線での継戦能力を極限まで引き上げるためのおれ独自のカスタマイズだった。
ミノフスキー粒子が濃密に散布された宙域では、長距離レーダーはもはや意味をなさない。
だが、ファルメルからの指向性レーザーによるデータリンクにより、おおよその敵艦の相対位置は把握できている。
背部と脚部のメインスラスターから青白いプラズマの炎を噴き上げながら、蒼きザクは星々の海を疾駆する。
「悪手だよ。ミノフスキー粒子下でそんな派手な熱源を撒き散らせば、自分から位置を教えているようなものだ」
虚空の彼方から、暗闇を引き裂くようにサラミスの単装メガ粒子砲による長距離射撃が放たれる。
だが、光学照準のみに頼った盲撃ちに近い砲撃など、推力のベクトルを指先一つで自在に変えられるR型の前では、静止している的を外すようなものだ。
直撃すれば一撃でザクを蒸発させる恐るべき威力であっても、当たらなければどうという事はない。
遠距離砲撃を諦めたのか、敵艦からこちらを迎撃するために小型の熱源が複数射出されるのがサブモニターに捉えられた。
機種は、連邦軍の主力であるお馴染みの宇宙戦闘機、セイバーフィッシュ。
その数は6。
通常、MSに乗っていても、編隊を組んだ6機の戦闘機というのは十分すぎる脅威となる数だ。
実際、おれもルウム戦役の初陣において、多数のセイバーフィッシュの連携に翻弄され、危うく命を落としかけたトラウマにも似た記憶がある。
だが、あれから八ヶ月という濃密な時間が過ぎた。
おれはその間、ただ漫然と生き延びてきたわけではない。
ランバ・ラル大尉の苛烈な遊撃戦術、シン・マツナガ大尉の精密な空間機動、シャア少佐の神速の駆け引き、そして時にはドズル閣下直々の豪快な戦斧の振るい方まで、MSという人型兵器の極致を体現する名だたるエースたちから直接の手解きを受けてきたのだ。
青き巨星、白狼、赤い彗星。
彼らの背中を追い、その技術を貪欲に吸収してきた今のおれが、今さらセイバーフィッシュごときに後れを取るはずがなかった。
腰部から120ミリザク・マシンガンを抜き放ち、セーフティを解除する。
武装の有効射程の違いから、まずはセイバーフィッシュの放つ対艦ミサイルの飽和攻撃から戦闘が始まる。弾幕の壁が迫り来る。
しかし、高濃度のミノフスキー粒子散布領域において、赤外線誘導や電波誘導の兵器はその精度を著しく落とし、ただの直進するロケット弾と化す。
おれはフットペダルを踏み込み、姿勢制御バーニアを細かく吹かした。
ミサイルの弾道の僅かな隙間を縫うように、滑るようなスライド移動で第一波の火線をいとも容易くやり過ごす。
「そこだ!」
直線の最大加速力だけを見れば、質量に勝るMSよりも戦闘機の方が分がある。
それを熟知している連邦軍は、ザクとのドッグファイトを徹底して避け、一撃離脱のヒット・アンド・アウェイ戦法をパイロットたちに叩き込んでいる。
それに翻弄され、推進剤を枯渇させられて撃墜された未熟なMSパイロットも少なくはない。
しかし、攻撃の起点となる軌道を完全に読み切る技量があるのなら、6機が連携しようと関係ない。
孤立した1機に対する絶対的なアドバンテージを押し付け、1対1の状況を6回瞬時に作り出すだけのことだ。
とはいえ、そんな手間に時間をかけていれば、本命のサラミスが逃げるか、ファルメルに危機が及ぶ。
故に、求められるのは無駄のない一撃必殺。
一発たりとも外さない冷徹な気概で、おれはトリガーを引いた。
ダダダッ、と心地よい反動が右腕のマニピュレーターから機体全体に伝わる。
正確にコントロールされた三発一組の120ミリ徹甲榴弾。
それが、すれ違いざまに予測進路へ置かれたように、次々とセイバーフィッシュの薄い装甲を貫き、内蔵された燃料と弾薬に誘爆を引き起こす。
音のない宇宙空間に、六つの小さな火球が咲いては消え、無残なスクラップの雨へと変わっていく。
あっという間に6機の直掩機を片付けたおれは、マシンガンを腰のラッチに戻し、背部の対艦ライフルに持ち替えながら、剥き出しになったサラミス級巡洋艦へと一気に加速した。
サラミスの直上を取るように、大きく弧を描いて回り込む。
敵艦の防空システムが慌てふためき、対空機銃と単装副砲の狂ったような弾幕が漆黒を切り裂いて迫る。
だが、おれは脚部スラスターの爆発的な推力を利用し、機体を直角に近い変則的な軌道でジグザグに飛翔させた。
予測計算に基づく火器管制システムの偏差射撃など、人間の直感とR型の機動力が生み出す軌道の前に完全に狂わされる。
迫る火線を掻い潜りながら、対艦ライフルの照準を合わせ、引き金を絞る。135ミリの巨大な質量弾が、サラミスの対空砲座を根元から吹き飛ばし、次々と沈黙させていく。
防空網を潰されたサラミスは、艦自体を強引に旋回させて主砲の射角にザクを捉えようと足掻くが、推力重量比で圧倒的に勝るMSの機動速度に対し、巨大な宇宙艦艇の動きはあまりにも鈍重すぎた。
「遅い!」
おれはサラミスの広大な前部甲板に勢いよく着艦した。慣性を足のショックアブソーバーで吸収しつつ、腰から赤熱するヒートホークを引き抜く。
そのまま甲板を蹴り飛ばして跳躍し、眼下に迫る無防備な艦橋の分厚い防弾ガラスと装甲を、溶断の軌跡を描きながら一刀両断に切り裂いた。
内部から噴き出す空気と人体の破片を一瞥することなく、おれは艦橋を跳び越える。その眼下に広がる、船体の心臓部たる巨大なメインエンジンブロックの弱点に向けて、残りの対艦ライフルを全弾、無慈悲に叩き込んだ。
分厚い装甲を貫通した徹甲榴弾が、エンジン内部の反応炉で炸裂する。
致命的な連鎖爆発が内部を食い破り、盛大な閃光と衝撃波がおれの背中を押し上げると同時に、一隻目のサラミスは自らの爆炎に呑み込まれて轟沈した。
僚艦が瞬く間に鉄屑に変えられたのを見た残る二隻目のサラミスが、恐怖に駆られたように距離を取ろうと必死に弾幕を張る。
だが、すでに対空砲の死角を完全に把握しているおれにとって、それはただの無駄なあがきでしかなかった。
推進剤の残量を計算しつつ、同じ手順で死角から懐に潜り込み、動力部を正確に破壊して、二隻目も容易く宇宙の塵へと変えた。
「なんて他愛もない……。鎧袖一触とは、まさにこういうことか」
息一つ乱れることなく、まるで工場でのルーチンワークのような流れ作業で、6機の戦闘機と二隻の巡洋艦を血祭りに上げた。
一機のMSが単独で挙げた戦果としては、軍上層部が諸手を挙げて称賛するであろう申し分ない大戦果だ。
しかし、おれの心は不思議なほどに冷え切っていた。
シャア少佐と共に戦場で感じた、あの血が沸き立つような熱狂。
命のやり取りの中で自身の限界を超えていくような、あの魂が震える高揚感。
それを知ってしまっているおれにとって、今日の相手はあまりにも歯応えがなく、今ひとつ食い足りない、虚無感だけが残る勝利だった。
◇◇◇
ルナツーからの迎撃部隊を囮にするという尊い犠牲を払って、木馬こと連邦の新造艦は目的のサイド7へと入港を果たした。
ファルメルは一定の距離を保ってその動きを監視し続けていたが、入港後も全く動きを見せない連邦軍の不気味な沈黙に対し、シャア少佐は3機のザクによるコロニー内部への偵察を命じた。
しかし、その偵察任務は最悪の結末を迎える。
連邦軍が極秘裏に開発していた「新型のMS」を偶然にも発見した焦りと功名心から、新兵であるジーンが独断で攻撃を開始してしまったのだ。
結果として、コロニー内部で戦闘が勃発し、ベテランのデニム曹長を含めた2機のザクⅡが、帰らぬ人となった。
ただの偵察任務で、貴重なザクを2機も喪失した。
その事実に対して得られた戦果が「謎の新型の存在を確認した」という曖昧な情報だけでは、到底本国を納得させることはできない。
事態を重く見たシャア少佐は、自ら空間騎兵を率いてサイド7への直接潜入作戦を決行した。
先ほどの戦闘で推進剤を大きく消耗し、機体の再調整が必要だったおれはファルメルでの留守を任され、ノーマルスーツに身を包んでハッチへと消えていく少佐の背中を見送ることしかできなかった。
そして、その直後だった。
おれは、この冷たい宇宙の戦場で、生涯忘れることのできない「絶対的な恐怖」と初めて対峙することになる。
後の世に、ジオンの将兵から『白い悪魔』と恐れられることになる、常軌を逸した機体──ガンダムと。
「……一撃で、スレンダーのザクを墜とした……? 嘘だろ、なんてやつだ……」
脱出してきたシャア少佐たちが乗り込んだザク。
宇宙空間へと姿を現したその白い機体。
それが放った光の矢が、味方のザクを一瞬で、しかもその胴体を貫通した光景をモニター越しに見た時。
おれの背筋を、氷のような悪寒が駆け巡った。
正直、生きた心地がしなかった。
戦艦の主砲クラスの破壊力を持つメガ粒子砲が、MSというサイズと機動力を持って縦横無尽に襲いかかってくる。
それは、従来のMS戦のセオリーを根底から覆す、まさに悪夢が現実の形を成したような存在だった。
『ムサイまで後退する! ユキ中尉、援護出来るか!?』
「了解しました! しかし──」
通信機越しに響く、歴戦のシャア少佐らしからぬ硬く焦燥に満ちた声。
それに呼応するように、おれは調整を終えたばかりの高機動型ザクをカタパルトから蹴り出した。
「やられてばかりで、たまるかよ!」
白い悪魔に向けて、120ミリザク・マシンガンのフルオート射撃を浴びせる。正確に計算された射線は、間違いなく白い機体の胸部や頭部に全弾命中していた。
しかし、閃光と爆煙が晴れた後に見えたのは、傷一つ、焦げ目すら付いていない無傷の悪魔の姿だった。
「なんて装甲だ! 120ミリが全弾直撃しているのに、全く効いていないのか!?」
恐怖。
ただただ、純粋な恐怖だった。
自分が持っている最大の牙が全く通用しない敵。
そんな絶望的な存在を前にして、パイロットスーツの中は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。
『無理をするな! そのMSの装甲も火器も、すべてが普通ではない!』
シャア少佐の警告を聞くまでもなく、技術者の端くれとして育ったおれの肌身が、直感的にその異常性を理解していた。
装甲材質からして、ザクの超硬スチール合金とは次元が違う。
白いヤツが、あの凶悪なビームライフルをおれのザクへと向ける。
銃口が光る直前、おれは全身の毛穴が逆立つような危機感に従い、R型の強大なスラスターを全力で吹かして機体を大きく右下方へと翻した。
直後、おれがコンマ一秒前までいた空間を、青白い死の奔流が音もなく通り過ぎた。
「……でも、これなら!」
恐ろしい破壊力だが、隙がないわけではない。
どのみち、シャア少佐のザクが安全圏に撤退するまでの時間を稼ぐには、この白いヤツの意識をおれに釘付けにしなければならなかった。
この高機動型ザクの圧倒的な推力ならば、多少間合いを詰めても、いつでも離脱して合流できるという計算に基づく確信があった。
「パイロットは素人か? 機体の挙動に迷いがある。間合いの取り方も甘すぎだろ!」
確かに、機体のスペックそのものは神がかり的な攻撃力と防御力を誇っている。
だが、その動きはどうだ。
関節の駆動は滑らかだが、空間戦闘における三次元的な位置取りや、敵の攻撃に対する反応が、まるで見当外れの素人のそれだった。
ビームライフルを向けてきても、引き金を引くまでに素人特有のコンマ数秒の『迷い』の間がある。
さらに、こちらが意図的に仕掛けたフェイントの機動に対しても、相手の銃口は馬鹿正直にザクの幻影を追って動いていた。
(勝てる!)
脚部のスラスターによる、通常のザクでは不可能な急激で変則的な軌道変更。
このR型の機動力をもってすれば、射線を完全に掻い潜り、至近距離での格闘戦に持ち込んで関節部などの駆動系を直接破壊することは可能だ。
「コンピューター頼りの素人射撃で……このおれのザクが捕まるもんかよ!」
おれは腰のラッチからヒートホークを引き抜き、最大推力で白いヤツの直上へと急降下した。
そのまま相手の視界から消えるように背後へと回り込み、スラスターを逆噴射させて急速反転。
下から上へ、いかに強固な装甲とはいえ、物理的な強度が劣るはずの脇腹から肩関節にかけての隙間を狙って、渾身の切り上げを放った。
「なんと!?」
だが、次の瞬間、おれは自分の目を疑った。
白いヤツは、背部のバックパックから引き抜いた光の刃──ビームサーベルで、おれの死角からの必殺の一撃を、いとも容易く、そして力任せに『受け止めた』のだ。
あのシャア少佐ですら、模擬戦でこの変則的な機動を初見で捌き切ることはできなかったというのに。
パイロットの反応速度ではない。
機体側のコンピューターが、恐るべき速度で学習し、対応しているのか。
さらに驚愕すべきは、両者の武器が激突したその直後のことだった。
ガリガリとヒートホークの刃が悲鳴を上げ、プラズマの火花が散る中、おれの乗る高機動型ザクの巨体が、純粋な出力の差によって、強引に後方へと押し返されていく。
「パワー負けしている!?」
汎用性を投げ打ってまで、空間機動のための推力とジェネレーター出力を強化したこのR型が、真っ向からのパワーの押し合いで、赤子のように軽々と圧倒されている。
攻撃力、防御力だけではない。
機体そのものを動かす基礎出力──心臓部の反応炉の性能からして、次元が違うのだ。
「しかし、その大振りじゃ当たってやれないな!」
押し負けた反動を利用して距離を取ろうとするおれに対し、白いヤツは仕返しとばかりにビームサーベルを強引に振り下ろしてくる。
しかし、力任せの大振りな太刀筋。
おれはザクの姿勢制御バーニアを細かく連続で吹かし、斬撃の致命的な軌道から紙一重で脇へ滑り込むように退避した。
「ただで逃げるかよ。手土産に、破片のひとつでも貰っていく!」
すれ違いざま、おれはザクの左腕のマニピュレーターで白いヤツの肩部装甲をガッチリと掴み、機体全体を押さえつけるように体重を乗せ、右手のヒートホークを頭部に向けて思い切り振り下ろした。
だが、白いヤツはその瞬間、頭部に内蔵されたバルカン砲の火線を容赦なくザクの顔面に浴びせた。
「メインカメラを!? くそっ!」
頭部を蜂の巣にされ、視界が突如として暗転する。
サブカメラの映像に切り替わる数秒のラグを待つまでもなく、おれはパイロットとしての研ぎ澄まされた勘と恐怖のままに、全スラスターを開放して機体を急速後退させた。
『こちらは安全圏まで後退した! すぐに離脱してくれ、中尉!』
「了解しました。カメラをやられましたので、これより戦闘宙域を離脱します」
切り替わったサブモニターに、若干のノイズが走る。
その歪んだ光景の向こう側で、追撃を諦めたように遠ざかっていく白いMSの姿を、おれは血の滲むような思いで睨み付けた。
「連邦軍の新型MS……あんな化け物が量産されて、戦線に投入されたら、ジオンは……」
ちらりと脳裏を過ぎ去る、あまりにもリアルで、絶望的な敗北の妄想。
パイロットは、間違いなく実戦経験のない素人だった。
動きの硬さや戦術の稚拙さを見れば、それは火を見るより明らかだった。
それなのに、圧倒的な経験値と技術を持つはずの自分が、傷一つ付けることすらできず、命からがら逃げ帰ることになった。
エースとしての矜持。技術の粋を集めた愛機への信頼。
そのすべてを『圧倒的な性能差』という残酷な現実の前に打ち砕かれ、ただ苦い敗北の味だけを噛み締める。
これが、おれと『白い悪魔』との、絶望に満ちた初戦の記憶だった。
准将も書いてはいるんだ、書いては。
けれども結局私はどこまで行こうともジオンとニュータイプに魂を引かれている俗人なのだと痛感する。
そしてどこまで行こうと生粋の二次小説作家でしかなく、オリジナル展開にすると急激に筆の進みが鈍り、頭に沸いた別の光景が邪魔をして、結果その光景が勝手に次の光景を連鎖する連想ゲームとなって元々書いていた光景を塗りつぶしてしまうのだ。
あとは昔の奴の手直しだから手間の掛からなさというのもあるのかもしれない。
まったく困った脳みそだよ。